俺は普通の高校生なので、   作:雨ノ千雨

238 / 276
1章43 選別の光 ⑤

 

 次々と打ち出される水の砲撃に追われる。

 

 

 時折バランスを崩しそうになりながらも、腕に抱えた弥堂を落とさないよう気をつけながら水無瀬は飛行魔法を制御する。

 

 

 

「弥堂くん、だいじょう――」

 

「――目を離すな。次」

 

「わわっ……⁉ だ、だけど――」

 

「――いいから敵を見ろ。そうでなければせめて前を向いてろ」

 

「で、でも……っ! 弥堂くん……血が……っ!」

 

 

 アイヴィ=ミザリィに石で殴打された箇所から出血し、顏の半分が血塗れになっている。

 

 

「傷を負えば血が出る。当たり前のことだろ」

 

「でも、すごいいっぱい出てるよ⁉ このままじゃ……」

 

「『でも』が多いな」

 

「だって……、死んじゃう……っ!」

 

「このくらいじゃ人は死ねない。頭の傷だから派手に出血しているように見えるだけだ。大袈裟に騒ぐな」

 

「そ、そうなの……?」

 

「いいから前を向け」

 

「――ぅみゅっ⁉」

 

 

 心配そうに傷口を覗き込んでこようとする水無瀬の頭を掴んで無理矢理前を向かせる。

 

 そんな彼女の肩口にポタポタと自身の顔を伝って血が落ちるのを視た。

 

 

 普通の衣服ならばそのまま染みになるものだが、彼女の魔法少女のコスチュームに触れた血液は染み込むことはなく、不思議にもそのまま消え失せてしまう。

 

 

 自分では生命を賭けたところで彼女を汚すことすら出来ないのだと、心中で自嘲した。

 

 

 目線を振って追ってくる敵を確認する。

 

 

「……マッテ」「……カエシテ」「……ワタシノ」「……ナオト」「……ホカノオンナ」「……ユルサナイ」

 

 

 水砲の合間に怨嗟の言葉を吐きながらアイヴィ=ミザリィが追ってくる。

 

 

「……ドウシテ」「……スキナノニ」「……ワタシノホウガ」「……アイシテルノニ」「……ユルサナイ」

 

「さっさとこっちに来い。俺を愛してるなら捕まえてみせろ」

 

「……ナオト」「……ナオト」「……スキ」「……ワタシモスキ」

 

 

 適当な挑発の言葉をかけるとゴミクズーの口数が増え、水砲の数が減る。

 

 だが、追ってくる速度は上がった。

 

 

 今日という同じ日に、リア充グループである『紅月ハーレム』の紅月 聖人とマリア=リィーゼは海辺で似たようなやり取りをして追いかけっこをしていた。

 

 一方で日陰者の弥堂 優輝はマリア=リィーゼと同じような台詞を吐きながら近所の溝川で化け物女とおいかけっこをする。

 

 同じ教室に通う生徒なのに人間として絶望的な開きがあるが、本人たちの誰もがこの差異を知ることはなかったのは幸いかもしれない。

 

 

 ともあれ、今のやりとりでヤツが狙って追ってきているのは自分であると弥堂は確認した。

 

 今のところ距離は十分に保てており、相手の飛び道具も危なげなく凌げているので、差し迫っては特別な問題はない。

 

 

 しかし、このまま逃げ続けていればそれでどうにかなるものでもない。

 

 

 戦いを終わらせるための行動が必要だ。

 

 

「ど、どうしよう……っ!」

 

 

 胸元でそんな水無瀬の焦燥した声が聴こえた。

 

 どうやら彼女にも現状に関してそれくらいの理解はあるようだ。

 

 

「……いい方法がある」

 

「えっ?」

 

 

 自分を見上げてくるパッチリとした丸い目を無感情に視ながら弥堂は答える。

 

 

「弥堂くん、いいこと思いついたの?」

 

「あぁ」

 

「なになに? 教えてー」

 

「このまま逃げてみるのはどうだ」

 

「……? 今逃げてるよ?」

 

 

 言葉の足りない弥堂の提案ではうまくニュアンスが伝わらなかったようで、水無瀬はコテンと首を傾げた。

 

 

「そうではなく。奴はどうも水辺から出たがらないようだ」

 

「そうなの?」

 

「あぁ。だから川から離れれば奴を撒ける。そうすれば簡単に逃げられる」

 

「えっと……? あの子はどうするの?」

 

「さぁ? 放っておけばいいんじゃないのか?」

 

「えっ? だ、だって……、もしも誰かがここを通りがかっちゃったら……?」

 

「さぁ? 殺されるんじゃないのか?」

 

「えっ……⁉」

 

 

 何でもないことのように、本当に心の底からどうでもいいことのように言ってのける弥堂に、水無瀬は絶句しかける。

 

 

「ダ、ダメだよっ! そんなの!」

 

「そうか。じゃあアイツを殺すしかないな」

 

 

 思わず声をあげたが、チラリと背後へ向けた弥堂の視線に釣られてそちらを見れば、そこには自分たちを追撃してくる敵の姿が。

 

 結局彼女はここで言葉を失った。

 

 

「俺を降ろせ」

 

「えっ……?」

 

「なにもお前に殺れなどとは言ってない。俺を降ろせ」

 

「で、でも……っ」

 

 

 水無瀬は逡巡する。本来は考えるまでもないことを。

 

 

 弥堂は気遣いからそう言っているわけではない。

 

 全く期待をしていないからだ。

 

 水無瀬もそれを正確に感じ取っている。

 

 

「やっぱりダメだよ……! 弥堂くん、死んじゃうよ……っ⁉」

 

 

 取り縋るように感情を吐き出すが、そんな言葉にはなんの生産性もない。

 

 

「そうかもしれないな」

 

「だから――」

 

「――それがどうした?」

 

「えっ……?」

 

 

 いくつか前の会話と全く同じように水無瀬は言葉を失う。

 

 

 見知らぬ他人だけでなく自分の生命すらどうでもいいもののように吐き捨てる弥堂の顔を茫然と見た。

 

 

「そんなの……ダメだよ……」

 

「そうか? 俺はそうは思わないな」

 

「だって……、生命は大切にしなきゃ……」

 

「そうか。じゃあ大切にここで使おう」

 

「そんな……」

 

 

『いのちをたいせつに』

 

 人間として教わる最も基本的なことについての意見すら合わない。

 

 どうにかそれを伝えようと言葉を探す水無瀬に、弥堂はうんざりと嘆息する。

 

 

「あれもイヤ、これもダメ。そうやって消去法で潰していっても、結局最後に残ったものを犠牲にするしかない。どのみち誰かしらは死ぬんだ」

 

「で、でも、きっといい方法があるはずだよ……っ!」

 

「じゃあ、さっさとその『いい方法』とやらを聞かせてくれ」

 

「それは……っ」

 

「そうやって躊躇って何も選ばないでいると自分が殺されることになる。だが、それはまだマシな犠牲だ。最悪は自分が死ぬことじゃない」

 

「えっ?」

 

「最悪なのは、愚図なお前を守るために他の誰かが死ぬことだ」

 

「ほかの、だれか……?」

 

 

 意識せず水無瀬の目は地上のメロの方へ向く。

 

 

「今日はあのネコかもしれない。そうして生き延びた次の戦場ではお前の親が死ぬかもしれない。また別の戦場では希咲が死ぬかもな。お前の代わりに」

 

「そ、そんな……」

 

 

 ただの『もしも』の話であって確定された可能性ではない。

 

 しかし水無瀬は強く否定することは出来なかった。

 

 それを自分に言って聞かせている男の瞳の奥に微かに焔える火を見た。ドロリと粘着いた名前の知れない(ほむら)

 

 普段感情表現を一切しない男から感じた初めての感情かもしれない。

 

 その想念が弥堂の言葉に重みを持たせているように水無瀬には感じられた。

 

 

「自分の代わりに他人が――仲間が、大切な者が死に続けて、自分だけが生き残り続ける。そうやって流れ着いた先で、戦いとは無縁に平和に平穏に過ごすのはまぁまぁクソッタレな日常(じごく)だぞ」

 

「…………」

 

「そんな風になりたいか?」

 

「わ、わたし……」

 

 

 水無瀬は答えられない。

 

 弥堂の言うことの重さはわかる。だが、彼女にはそれをリアルに想像することができず、答えが出てはこなかった。

 

 

 そして、弥堂は彼女が答えを出すのを待ちはしない。

 

 

「まぁ、それでも戦場よりはマシなクソッタレかもな。好きなだけ悩んでいろ。俺も好きなようにやる」

 

「び、弥堂くん、待って……――ぁいたっ⁉」

 

 

 弥堂は水無瀬の肘付近に触れる。

 

 指で押し込んで尺骨神経溝を刺激すると水無瀬の手の薬指と小指が電気が奔ったように痺れる。

 

 それに驚いて彼女は手を離してしまった。

 

 

 弥堂は真っ逆さまに落ちていく。

 

 その先にはちょうど橋があった。

 

 

 橋の上に着地をしてどうにかそこまでゴミクズーをおびき出して仕留めようという算段である。

 

 

 着地の姿勢を作ろうとした時、アイヴィ=ミザリィの水砲が弥堂を狙い撃った。

 

 

「――ぐっ……!」

 

 

 空中で強引に身を捩りどうにか躱す。

 

 しかし、避けた先はすでに二の矢が狙っていた。

 

 

「だめぇーーーーっ!」

 

 

 水無瀬がフローラル・バスターを放つ。

 

 魔法の光線が弥堂へ迫る水砲を消し飛ばした。

 

 

 差し迫った脅威からは逃れられたが、一連の攻防で軌道がずれてしまい、弥堂の落下する先にはもう橋はない。

 

 

「弥堂くん……っ!」

 

 

 川へと落下する弥堂を救うべく水無瀬は飛ぶ。

 

 ショートブーツに顕れた魔法の羽が強く輝き急加速をしようとした。

 

 その彼女を阻むために無数の髪の束が襲ってくる。

 

 

「――っ⁉ お願いっ! 邪魔しないで……っ!」

 

 

 絡みついて拘束をしようとしてくる髪に悪戦苦闘している内に、別の髪の束が落下していく弥堂を絡めとった。落下の心配はなくなったが、敵に捉えられたのでは尚悪い。

 

 

「ちぃ……っ!」

 

 

 舌打ちをしながら弥堂は素早く左右に視線を振った。

 

 すぐ近くには橋の支柱がある。

 

 

 身を揺すって身体を振り子のように大きく動かす。

 

 支柱に取りついて足場を得ることを考えた。

 

 

 しかし、その移動した先では――

 

 

「――カエシテェェェーーーッ!」

 

 

 四つ足の獣のように手足を使って、アイヴィ=ミザリィが下から支柱を駆け上がって来ていた。

 

 

「――ぐっ!」

 

 

 空中で拘束された弥堂を通り過ぎてそのまま上へと駆け昇っていく。

 

 落下をしていたと思ったら今度は上へ引っ張られることになった。

 

 

 弥堂を引き摺って駆け上がったアイヴィ=ミザリィは橋の欄干を踏み切って大きく跳び上がる。弥堂の身体も橋の上空へと投げ出された。

 

 バカ笑いをあげながらアイヴィ=ミザリィは今度は重力に任せて落下を始める。

 

 フワッという一瞬の浮遊感の後に弥堂もまた下へ引っ張られることになった。

 

 

「――っ!」

 

 

 連続で切り替わるGに焦り慌てることなく冷静に視線を橋に定める。

 

 橋を通り過ぎる落下の途中で欄干に手を掛けて身体を引き寄せすぐに足を橋に乗せた。

 

 一瞬で全身に力を巡らせ、下に引かれる力に抵抗を試みる。

 

 

 一度グッと強く引かれた後に一瞬髪にかかる力が軽くなる。

 

 

 予測していたその隙に身体に巻き付いていた髪の束の一つを橋の斗束に潜らせる。

 

 素早く欄干に結び付け命綱とした。

 

 

 片手でしっかりとその命綱を握り、橋の下を見下ろして敵の姿を確認しようとする。

 

 

 その時、手に握った髪が伸びてきて弥堂の首に巻き付いた。

 

 

「ぐっ――⁉」

 

 

 強く首を絞めつけようとするその髪を反射的に抑えにかかる。

 

 その瞬間に他の髪の束に身体を押されたのか引かれたのか、それは定かではないが橋から宙へと身を投げることになった。

 

 

 まるでバンジージャンプのような恰好で弥堂は高所から落下する。

 

 ただし、命綱が巻き付いているのは腰ではなく首だ。

 

 このまま落ちればどうなるかは誰にでもわかる。

 

 

「弥堂くんっ!」

 

 

 もちろん水無瀬にもわかる。

 

 急いで彼の元へ向かおうとするが、彼女の行動を阻害する髪の数が増えそれを許さない。

 

 

 自身の周囲に魔法の光弾を展開したまま強引に突破しようとするが間に合わない。

 

 

 彼女の視線の先――弥堂の身体が空中で落下の動きを一瞬止め、そして上に大きく跳ね戻った。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。