俺は普通の高校生なので、   作:雨ノ千雨

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1章43 選別の光 ⑧

 

 すぐ目の前の地面をダッと踏んだことも、ビュオッと腕を振りかぶったことも気配で感じ取り理解はしている。

 

 そしてすぐに鎌を形どったその腕が自分目掛けて振り下ろされるであろうことも、弥堂は理解していた。

 

 

 しかし、身体は動かない。

 

 

 ダメージを負い疲弊した肉体は反射行動を起こさず、出血により意識が朦朧としたことで脳からの命令が正確に伝達されない。

 

 

 激情のままに真っ直ぐ向かってきて、正面から仕掛けられたボラフの攻撃に何の対処も出来ないまま、弥堂の頭部に鎌が振り下ろされる。

 

 

 茫洋とした瞳の顏に差す黒い影が大きくなり――

 

 

『――右に転がりなさい』

 

 

 その声が頭の中に響いた瞬間、機能不全に陥っていた身体が勝手に動く。

 

 右方向に身体を投げ出し、振り下ろしの鎌を避けて地面を転がると――

 

 

『――反動。すぐ立ちなさい』

 

 

 その勢いを使って立ち上がる。

 

 

『――左半身。左足から三歩下がりなさい』

 

 

 覚束ない足取りで指示通りに順番に後退すると、一歩下がるごとに追撃をしかけるボラフの鎌が空振る。

 

 

『――左に二歩分飛びなさい』

 

 

 大振りになったボラフの右の振り下ろしを空かし、

 

 

『――膝抜き、頭を下げて』

 

 

 やけくそ気味に横に振り払った鎌を潜る。

 

 

『――右肩、踏み込んで』

 

 

 ムキになって突っこんできたボラフの腹にカウンターのショルダーチャージが入り、

 

 

『――左。撃ち込みなさい』

 

 

 決め手となる左の掌はしかし、腰がうまく回らず、ペチンと力なくボラフの顏を叩いただけになった。

 

 

 なんのダメージにもなっていないが、死に体にしか見えていなかった弥堂に完璧に攻撃を凌がれたことでボラフは警戒し大きくバックステップをして距離をとった。

 

 

「な、なんなんだよテメェ……。確かに死にかけのはずなのに……っ!」

 

『何故“零衝”を打てないのです。殺せる時に確実に殺しなさいといつも言っているでしょう?』

 

 

 どこか畏れを含んだようなボラフの声と、どこか懐かしさを感じる女の声が重なり、意識せずに頬が緩んだ。

 

 

「なに笑ってやがんだ……っ! ナメやがって……!」

 

『その体たらくでよくも他人に下手くそだなどと言えましたね? 下手くそは貴方です。情けない』

 

 

 口の端を僅かに上げる弥堂の顏に馬鹿にされていると感じたのかボラフは怒りを露わにする。しかし、弥堂はもうその声を聴いていない。

 

 

『何故毎日修練をしないのです? 貴方には才能がありません。ならば人の何十倍も努力をするべきです。出来るまでやれば出来ると何度言えばわかってもらえるのですか』

 

「……勘弁してくれよ。出来ねえもんは出来ねえんだ。なんべん言えばわかってくれるんだよ」

 

「ア? なんだと……? どういう意味だ?」

 

『口答えをするんじゃありません。殺しますよ? 努力を放棄する為の言い訳を探してはいけません。それは自分を甘やかす行為――堕落です。神は怠惰をお許しにはなりません。私は貴方はやればできる子だって知っています』

 

「うるせえな。母ちゃんかよ」

 

「なに……? テメェ一体何を言って……」

 

 

 女の声は弥堂にしか聴こえておらず、まるで成立しない会話にボラフは気味の悪さを感じた。

 

 今も弥堂は何処にも焦点の合っていない眼でブツブツと誰かに喋りかけている。

 

 

『私は貴方の母ではありません。ですが、もしもそうであったのだとしたらもっと立派に貴方を育てあげますし、もっと貴方を守ってあげられました。少なくともあんな母親よりは……。叶うのなら私が母になりますから貴方にやり直させてあげたいくらいです。必ず真人間にしてみせます』

 

「やめてくれ。ガキの頃からお前のDVを受けてたら今よりヒネちまうだろ」

 

「…………」

 

『そんなことはありません。あんな……、我が身我が心可愛さに我が子を目に映すことをやめるような女よりは……』

 

「なに熱くなってんだよ。らしくねえな。大体お前俺の母親知らねえだろ」

 

『……すみません。ですが私は――』

 

「――そんなことより俺を勝たせてくれよ。実はちょっと困ってんだ。どうにかしてくれ」

 

『なんと情けない……。私はあの程度の低劣な存在に負けるような鍛え方はしていませんよ』

 

「不出来な弟子で悪かったな。だがそれはお前の教え方が悪かったんじゃないのか? 責任をとって俺を勝たせろよ」

 

『まったく……、口ばかり達者になって……。ですが、今の私は貴方の前に立って戦うことはもう……』

 

「さっきみたいに教えてくれよ。ちゃんと言われたとおりに出来たろ? キミがいないと俺は何も出来ないんだ」

 

『本当に情けない……。というか貴方、ついさっき化け物とはいえ、人間の女性の形をしたモノにあのような非道でいかがわしい暴行を加えておいて、よくも私にそんなことが言えますね? 殺しますよ?』

 

「それは恐いな」

 

 

 死の間際の譫言のようなものを漏らす男はもう押せば倒れるほどに死に体だ。

 

 だが、弥堂に対して底知れぬなにかを認めつつあるボラフは足を前に出すことを躊躇った。

 

 ただその様子を怪物を見るような目で見守るばかりである。

 

 

『――エアリスフィールを使いなさい。私はアレがとても嫌いですが、でも貴方が格上に勝つにはそれしかないでしょう』

 

「…………」

 

『というか何故使わないのです? 私などに聞くまでもなく、いつもそうしてきたでしょう? 私が教えた業よりもアレの方がよほど貴方を……』

 

「実は俺はキミに憧れていてな。どんな相手も身一つで素手で薙ぎ倒す姿にずっと憧れていたんだ。だから俺もそうしたいと」

 

『嘘はやめて下さい。勝つためなら手段は選ばない。私がそう教えましたし、貴方は私よりもそうなってしまった。その点については唯一私を超えたところでしょう』

 

「そいつはどうも」

 

『褒めていません。アレを使わないのならせめて“神薬(パルスポーション)”を……』

 

「“馬鹿に付ける薬(ドープ・ダーヴ)”ならもうない」

 

『そのような俗称で呼ぶのはやめなさいと言ったでしょう。不敬です』

 

「不敬もなにも、そもそも“神薬”なんかじゃなくて“麻薬”だろうが、あれは」

 

『それは人間の都合です。なんであれ“神”の名を冠したものを貶めることは許しません』

 

「悪かったよ。許してくれ」

 

『ダメです。許しません』

 

 

 記憶に違わず融通のきかない彼女の物言いに感じた懐古を隠して嘆息する。

 

 

『……いずれにせよ、使える物は使って、やれることは全部やるべきです。目撃者を気にしているのなら、あの娘も小型も一緒に殺してしまえばいいでしょう?』

 

「恐いことを言わないでくれ。俺はクラスメイト思いなんだ」

 

『またそんな嘘を……』

 

 

 姿は視えない彼女の呆れたような声に、記憶の中に記録された彼女の表情を重ねて弥堂は苦笑いをした。

 

 

『……貴方らしくもない。もしかして……、勝つつもりがないのですか……?』

 

「…………」

 

 

 打って変わって問われた神妙そうな声に弥堂も表情を消す。

 

 

『ユウキ、答えて下さい。貴方はもしかして……』

 

 

 聞きたくないこと。しかし聞かねばならないこと。

 

 

 それを問い質す時に、彼女はいつもどんな顔をしていたであろうか。

 

 

 わざわざ記録から掘り起こさなくてもそれはしっかりと記憶している。

 

 

 それを思い浮かべると、自然と肩から力が抜けた。

 

 

「……なぁ……? もう、いいんじゃねえか……?」

 

『えっ……?』

 

 

 戸惑ったような返事。わかっているくせに。

 

 

「ここなら、もういいんじゃないか? 人間じゃない化け物。あれが相手ならもういいんじゃないか……? まだ、赦してくれないのか……?」

 

『……許しません……っ! 私は、絶対に……、未来永劫……っ、貴方を赦しません……!』

 

「……そうか。それなら、仕方ないな……」

 

 

 ズリっと靴底を擦り、敵の方へと半身を向ける。

 

 茫洋としたままの瞳の奥に蒼い炎が僅かに灯った。

 

 

『……ゴメンなさい。本当は私がこんなことを言えた義理ではないのはわかっています……、ぐすっ……、ですが……、私は――』

 

「――うるせえな。まだいたのかお前」

 

『――えっ⁉』

 

 

 突然冷たく突き放されて声の彼女はびっくり仰天した。

 

 

「人の頭ん中でグズグズ泣いてんじゃねえよ、鬱陶しい」

 

『そ、そんな言い方……っ。酷いです! 私は貴方のことを想って……』

 

「頼んでねえんだよ。呼ばれもしねえのにノコノコ出てきて愚痴を聞かせるな。このメンヘラクソ女が」

 

『ひっ……⁉ ひぐっ……、なんでそんなヒドイこと……』

 

「戦闘中だ。邪魔だ。役に立たねえんならとっとと帰れ」

 

『そ、そ……なこ……、わ……しな……』

 

 

 通話中に電波が弱くなったかのように、急に声が途切れ始める。

 

 

「なんだ、今日はもう終わりか? 延長してくれよ。金ならあるんだ」

 

『わ…………はキ…バ……』

 

 

 それっきり声は完全に聴こえなくなる。

 

 

(じゃあな、エル)

 

 

 その言葉だけは声には出さなかった。

 

 

 ガクンと、心臓から何かが抜け落ちたような感覚がする。

 

 しかし、戦う意思はずっと変わらず、殺意は再び沸き立った。

 

 

 

 

 意識朦朧で譫言を呟いていた男が、敵意と殺意を蘇らせ自分の方へ向き直った。

 

 ボラフは警戒するが、それ以上に強烈な敵意がボラフ自身にも湧き上がる。

 

 この男の存在を許してはならない。

 

 そんな感情が身体を支配する。

 

 

「……マジでキメェんだよ……っ! この野郎、テメェは誰なんだ……⁉」

 

「別に。誰でもねえよ」

 

「そうかよっ! ちくしょうが……っ!」

 

 

 思わずと言った風にボラフが飛び掛かってくる。

 

 

 一直線に鎌を振り上げながら向かってくるのが、今度は視えた。

 

 

 しかし、身体はやはり重く、鈍い。

 

 

 ヤツの速度に反応しきれない。

 

 

 先程の焼き増しのように正面から鎌を振り下ろされる。

 

 

 今度はもう弥堂を助けてくれる者は――

 

 

「――ダメェェーーーっ!」

 

 

 弥堂とボラフの間に光の障壁が顕れ、ガチンっと音を鳴らしてボラフの鎌を弾いた。

 

 僅かに遅れて水無瀬が弥堂の腰に抱きついてくる。

 

 

 飛行魔法の勢いのまま、弥堂を抱いてボラフから距離を空けた。

 

 

 小さな手でギュッと弥堂の服を掴んで抱きしめ、もう一方の手で持った魔法のステッキをボラフの方へ向ける。

 

 

 追撃を警戒しての水無瀬の行動だったが、ボラフの方は水無瀬の姿を見るとハッとし、彼女の乱入でかえって冷静になったのか鎌を腕に戻す。

 

 そして足元に転がる首無しのアイヴィ=ミザリィへ目を向けた。

 

 

「……アツイ」「……イタイ」「……モウムリ」「……シニタイ」

 

 

 すっかりと魂が折られて譫言のように弱音を吐く肉塊の顔。

 

 そしてそれとは別に、途中から千切れて頭部の無くなった首の中からも声が漏れてくる。

 

 

「……ミズ」「……クルシイ」「……ナガサレテ」「……ドウシテ」「……カエリタイ」「……シズンデ」「……オカアサン」「……シニタクナイ」

 

 

 別の声、別の意思が発したような言葉の数々。

 

 ボラフは顔を歪める。

 

 

「解けかけてる……、もうダメか……」

 

 

 脚の付け根近く、全身タイツのような躰の腿の辺りに手を突っ込んで煙草を取り出す。

 

 カチカチと神経質そうに着火スイッチを押して火を点ける。

 

 

 敵の前であることなどまるで気にしていないかのように、深く吸い込んで重く吐く。

 

 

「あっ――⁉ び、弥堂くん……っ!」

 

 

 その隙に反応した弥堂が攻撃をしかけようと身体を動かしたが、水無瀬の手を離れるとすぐに倒れこみそうになり、すぐに彼女の手に支えられる。

 

 

「やるしかねえ……、やるしかねえんだな……」

 

 

 それすらも気にしていないようにボラフは呟くと煙草を足元に落とした。

 

 

 試験管を取り出して横たわる遺体に内容液を零しかけるとすぐに服を掴んでアイヴィ=ミザリィの躰を川に投げ捨てる。

 

 

「えっ――⁉」

 

 

 戸惑う水無瀬を無視してヅカヅカと歩き落ちていた髪を引っ掴んで生首を拾った。

 

 

 折っていた腰を戻してボラフが水無瀬たちの方へ向き直ると同時に、バシャァッと派手な音と水飛沫を上げて、今しがた川に捨てられた首無しの身体が橋の上まで飛び上がり戻ってきた。

 

 

 切断された首からは無数に枝分かれし肥大化した肉塊が何かを探すように蠢いている。

 

 

 ボラフが首を持った手を横に拡げて肩の高さまで上げると肉塊が一斉にその生首に向かう。

 

 

 肉と肉が結び付き、火傷塗れの顔と肉塊が癒着した。

 

 

 ボラフはさらに試験管を取り出す。

 

 

 肉塊の触手にぶら下がった火傷に侵された顔の顎を掴み、開かせたその口に試験管を突っ込んで中の液体を飲ませた。

 

 

 無数に呟かれる怨言が段々と叫びに変わっていき、やがて一つの大絶叫へと昇華する。

 

 四方八方へと拡がり伸びた髪の束が橋の下へと向かった。

 

 

 それぞれの髪が一斉に大量の水を吸い上げ、髪と肉塊が絡まりマリモのようになって膨らんでいく。

 

 そしてアイヴィ=ミザリィはギロチン=リリィのような巨大なゴミクズーへと生まれ直した。

 

 

 髪と肉塊の混ざった球体から触手のようにそれらが伸びて蠢く。

 

 そのボディのあちこちに顔面が浮かび上がる。それらは全て別の人間の顔だ。

 

 どれもこれも苦悶の表情で恨み辛みを吐き出している。

 

 

 やがて一本の肉塊の触手が蠢き若い少女の全身に変形した。

 

 それは先程まで戦っていたアイヴィ=ミザリィの姿だ。

 

 

 少女が金切り声をあげる。

 

 

「決着だ。もう退く道はねえ。お互いにな」

 

 

 静かに告げられた悪の幹部の声に魔法少女は顔を上げる。

 

 

 巨大化した怪物を前にして傷ついた男を強く抱きしめた。

 

 

 

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