俺は普通の高校生なので、   作:雨ノ千雨

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1章44 Lacryma BASTA! ①

 巨大ゴミクズーとなったアイヴィ=ミザリィを従えた悪の幹部ボラフと魔法少女ステラ・フィオーレが橋の上で対峙する。

 

 

「ボラフさん、もうやめて下さいっ……!」

 

 

 大怪我を負ったクラスメイトの弥堂 優輝(びとう ゆうき)を腕に抱きながらステラ・フィオーレ――水無瀬 愛苗(みなせ まな)は悲痛な叫びをあげる。

 

 

「やめる……? それは無理な話だぜ」

 

 

 それを受けたボラフは静かに答える。

 

 

 黒の全身タイツを着たような人型のボディ。フルフェイスのヘルメットに三日月型の目と口を貼り付けたような頭部。

 

 いつもは人を馬鹿にしたようなニヤケ面をしていることが多いその顔は、今は能面のようにも見える。

 

 

 これまで水無瀬は敵ながらもボラフには友好的に接してもらってきたと思っていた。

 

 その彼に今日は完全に敵対されてしまっている。

 

 ちゃんとお話すればいつかは悪いことをやめてくれて仲良くしてくれると彼女は信じていたので、今日の彼の態度にショックを受けていた。

 

 

 それもあるが、何より今は――

 

 

「――お願いします……! 弥堂くんを、病院に連れて行かなきゃ……っ!」

 

 

 自身の腕の中でグッタリとするクラスメイトの男の子のことが気がかりだった。

 

 

 頭を石で殴られて出血していたし、先程は針のように突き出したゴミクズーの髪に身体を刺されていたように見えた。

 

 それ以外にも怪物であるゴミクズーと直接殴り合いをしていたり、地上から数mの高さで大立ち回りまでしていた。

 

 

 彼は自分のように魔法で身体が守られているわけではない。

 

 彼は普通の人間で、ただの生身で、当然殴られれば痛いはずだし、血も出る。

 

 

 さらに攻撃をするにも魔法がなければやはりゴミクズーには通じない。

 

 彼には何か必殺技のようなものがあって、ゴミクズーが爆発したようになり、それは水無瀬から見れば魔法のように見えてしまうが、それでもやはり殴打である以上打倒するには至らない。

 

 

 だけど、彼は戦う。

 

 

 攻撃は通じず、逆に一発でも攻撃を受ければ生命が危険に晒されるのに。

 

 

 それでも彼は立ち向かっていく。

 

 

 普通の高校生なのに――

 

 

――魔法もないのに。

 

 

「――無駄だ」

 

「弥堂くん……」

 

 

 胸をグッと締め付ける自責の念は弥堂の声にかき消された。

 

 いつもよりは少し弱弱しく聴こえた気のする低い声音。

 

 

「それで『はい、どうぞ』と見逃してくれる敵がいるわけがないだろう。馬鹿かお前は」

 

「だ、だって……」

 

「あぁ、その通りだぜ」

 

 

 水無瀬が消沈して言葉を失うと、替わってボラフが反応する。

 

 

 先程までとは打って変わってその目には明確な敵意が籠っている。

 

 その敵意が向かう先は、弥堂だ。

 

 

 ボラフはその敵意の源泉を自分ではっきりとは理解していない。

 

 

 ボラフにとって只のニンゲンなど格下に過ぎない。

 

 殺そうと思えばいつでも殺せるし、本来わざわざ殺そうなどと考える必要もないくらいだ。

 

 それどころか、ニンゲンとはボラフのような存在にとっては養分でもある。

 

 

 ニンゲンの持つ感情をボラフたちは栄養分としている。

 

 とりわけボラフはニンゲンの不快感・嫌悪感、さらにそれを原因に生まれる苛立ちというものを好んでいた。

 

 

 だから彼らにとってニンゲンとは家畜のようなものであり、その関係性は捕食者と被捕食者のそれだ。

 

 

(――なのに…・・っ!)

 

 

 ギリっと歯を軋ませる。

 

 

 弥堂を見ているとボラフの方に不快感と嫌悪感が湧き上がる。

 

 ニンゲンがそれを栄養分とすることはないが、これではまるで立場が逆だ。

 

 

 それを認めてしまうと、自分自身の存在が覆ってしまうような危機感を強烈に感じてしまい、そしてそれは時間ともに増大していく。

 

 

 この男だけは生かしておけない。

 

 

 強くそう思い込み、そして本来自分が敵としなければならない相手を見誤った。

 

 

「オマエはやり過ぎた。生かしちゃおけねえ」

 

「そうか。出来るといいな」

 

「この期に及んでまだイキがれんのか。見ろよ。コイツを。勝てるわきゃねえだろ?」

 

 

 そう言ってボラフはアゴで巨大化したアイヴィ=ミザリィを指し示した。

 

 

 毛糸のボールのように肉と髪の絡まって出来た巨大な球体。

 

 生々しく異様な威容に存在としての格の違いが否応にも伝わってくる。

 

 

 

「どうかな。そうとも限らない」

 

「アァ?」

 

「もしかしたらこれは悪手だったかもしれんぞ」

 

「……どういう意味だ」

 

「さぁな。俺はそう思ったというだけの話だ。自分の生命だ。好きなところに賭けろよ」

 

「口車にはのらねえ。アイツを殺せ――アイヴィ=ミザリィ……ッ!」

 

「――っ⁉ 【飛翔(リアリー)】ッ!」

 

 

 ボラフの合図でアイヴィ=ミザリィが動き出す。

 

 巨躯のそこかしこに浮き出た顔面からあげられたそれぞれの叫び声が重なる大絶叫。

 

 

 その声とほぼ同時に水無瀬は飛行魔法を唱える。

 

 彼女の履くショートブーツのサイドに小さなピンク色の光の羽が顕れ、弥堂を抱えて空へと飛び上がった。

 

 

 もはや髪なのか肉なのか定かではない、無数の太い触手が攻撃に出る。

 

 水無瀬たちを追うもの。それとは別に本体近くに留まったものからは水砲が撃ち出される。

 

 

 巨大化前とほぼ変わらない攻撃行動だが、その数と大きさが段違いだった。

 

 

「――ぅっ⁉ わっ……⁉ ととと……っ⁉」

 

 

 弥堂を抱きしめたまま水無瀬は危なっかしくも、しかしどうにかその攻撃を掻い潜る。

 

 

「何をしている。撃ち返せ」

 

「で、でも忙しくってタイミングが……」

 

「避けながら魔法だけ用意しておけ。次に盾で受け止めた瞬間に振り返って撃て」

 

「う、うん……! やってみるね!」

 

 

 回避に専念しながらも水無瀬は魔力を高める。

 

 

「――いまっ! 【光の盾(スクード)】ッ!」

 

 

 タイミングを見計らって水無瀬が勢いよく振り返り光の盾を創り出すと、すぐ近くまで迫っていた水砲を受け止めた。

 

 

「フローラル……って――あわわわ……っ⁉」

 

 

 すぐさま魔法のステッキの先端に魔力を集中させようとするが、それよりも先に他の触手に襲いかかられ、慌てて魔法を中断しその場から逃げ出した。

 

 

「か、数が多い……っ」

 

「見りゃわかんだろ。なんで発射まで時間のかかる方を選択するんだよ」

 

「【光の種(セミナーレ)】の方がよかった?」

 

「こういう場合、まずは数を減らすことを考えろ」

 

「もう一回やってみる……!」

 

 

 先程と同じ手順で盾を使い、今度は光弾の魔法を撃ち出した。

 

 放った光弾は全て触手に着弾するが、太く肥大化したそれを削るだけに留まり数を減らすには至らない。

 

 

「狙いは雑で構わん。あれだけの数と大きさだ。適当に撃っても大体当たる」

 

「う、うん……っ!」

 

「代わりに数と威力に回せ。当たったら消し飛ばすくらいの魔法を出せ」

 

「わかったよ! 【光の盾(スクード)】!」

 

 

 弥堂の指示に従い今度は光球を無数にバラ撒く。

 

 当たった端から触手は千切れ飛び、目に見えてその数を減らした。

 

 

 しかし――

 

 

「――あぁっ⁉」

 

 

 水無瀬が大きな声を上げる。

 

 その声に反応して弥堂も気だるげにゴミクズーへ視線を向けると、千切れた触手は次々と再生していっていた。

 

 

「どどどどどうしようっ⁉」

 

「いちいち騒ぐな。次の選択肢は二つだ」

 

「えっ?」

 

「一つ、再生しなくなるまで削り続ける消耗戦をしかけること。二つめは特定の場所、つまり弱点のようなものを探して狙い撃つかだ」

 

「どっちにすればいいと思う?」

 

「セオリーは二つめをやってダメだったら一つめだ」

 

「そうなの?」

 

「まず、ヤツの再生に限界があるという保証がない。削り合いをしかけてから別の選択肢を選ぼうにも、その時にはこちらにも余力が残っていない可能性も高い」

 

「な、なるほど……」

 

「弱点をぶち抜けば案外一撃で終わることもある。まずはそっちを試してみることをお勧めする」

 

「そっか……、弥堂くん頭いいね!」

 

「……別に。慣れているだけだ」

 

「前にもああいうゴミクズーさんと戦ったことがあるの?」

 

「違う。俺は人間相手が主だ」

 

「それっ……て⁉ ――【光の盾(スクード)】!」

 

 

 話に夢中になりかけて触手に叩き落されそうになったのを慌てて魔法で防御した。

 

 

「慣れるのは相手にじゃない」

 

「え?」

 

「まず慣れるべきは自分というモノ。そしてその自分を戦いの中に置くこと」

 

「…………」

 

「自分が何を出来るかを理解する。そうすれば相手が何であろうと、どのように戦いを組み立てていけばいいか、そういう理屈が自分の中に出来上がる。戦力の最大値が相手より高いのに毎回苦戦するのはお前の中にその理屈がないからだ」

 

「あう……、ごめんなさい……」

 

「そしてその理屈の精度を維持するには戦うこと自体に慣れる必要がある。要は場数を踏むことだ。しかしそれで得た経験で理屈をアップデートしていかなければ、いつまでも素人のままだ」

 

「うぅ……、がんばります……」

 

「……お前、自分よりスペックの高い敵に出会ったことないだろ? 今までそうだったからといって次もそうだとは限らない。どれだけ弱くても運が良ければ生き残れることもあるが、逆に運が悪ければどれだけ強くても死ぬことがある。生き残れている内にどうにかすることだな」

 

「……弥堂くんはいっぱい戦ってきたの……?」

 

「別に。それなりだ」

 

 

 肩を竦める弥堂の様子に答える気がないのだと察して、その機会にもう一度水無瀬は魔法球を放って追手を撃退する。

 

 

「あのね……? ううん、弱点ってどこを狙えばいいと思う?」

 

「…………」

 

 

 彼女が何かを言いかけてやめたことを察しつつも、弥堂はそれには気遣わず、眼を細めてアイヴィ=ミザリィを視る。

 

 

「手っ取り早いのは無数にある顔面。最有力は身体付きの女――さっきまで戦ってたヤツだな」

 

「…………」

 

「厄介なのはあの顔面のうちのどれか一つが当たりというパターンだが、それはやってみなければわからないだろう。とりあえず適当に狙えるものを撃ってみろ」

 

「……で、でも……」

 

「なんだ?」

 

 

 ここまで感心して頷くだけであった彼女からの反論に弥堂は眉を顰めた。

 

 

「……だって、ひとだよ……?」

 

 

 そして、その言葉を聞いて深く失望の息を漏らした。

 

 

「お前にはあれがまだ人間に見えるのか?」

 

「だって……、辛いって……、苦しいって言ってるよ……?」

 

「それは可哀想だな。さっさと殺して楽にしてやれ」

 

「そんなの……⁉」

 

「あれはゴミクズーだ。化け物だ。ゴミクズーを知らない者100人に訊いても全員があれは化け物だと言うぞ」

 

「だけど……! ひとの顏で、私たちとおんなじ言葉で、助けてって言ってる……っ!」

 

 

 弥堂は水無瀬に醒めた瞳を向けた。

 

 

「それで? 攻撃しないで放っておけば奴らは助かるのか?」

 

「それは……」

 

「仮にあれが人間だとしよう。だが、それでも『かつては人間だったモノ』だ」

 

「それって……?」

 

「とっくにもう死んだ人間どもだ。死んで、たまたま魂の欠片が消えずに残ってしまい、それに生前の想いの一部が記されていた場合ああやって怨念を吐き出す」

 

「お化けってこと……?」

 

「今ここで奴らが訴えている苦しみは、今ここで感じているものではない。生前、多くの場合は死の間際の記憶だ」

 

「そんな……っ⁉」

 

「死ねばもう何も感じない。何も思わない。魂の設計図がなければ生命としてカタチを為すことはなく、またそこに新たに何かが記されることもない。あいつらはもう終わっている」

 

「…………」

 

「優先させるべきものが何か。見誤るなよ」

 

「…………」

 

 

 言葉を失くす水無瀬の様子に弥堂はやはり失望する。

 

 その失望は彼女へのものではなく、自分に対してだ。

 

 

(ハズレを引いたのは俺の方か)

 

 

 先程、ボラフに対して『ゴミクズーを巨大化させたのは悪手だ』と指摘したのは、見た目が人間の原型を留めなくなれば水無瀬の攻撃に対する躊躇がなくなって戦えるようになるのではと踏んでいたからだ。

 

 

 しかし、実際にはこのような醜く悍ましい姿になっても、優しい彼女にはあれらが人間に見えるらしい。

 

 賭けに負けたのは自分の方で、その運の悪さに自分で呆れたのだ。

 

 

 だが、運が悪い奴は死んでも仕方がないので、あっさりと踏ん切りがつき水無瀬への関心を急速に失う。

 

 

「俺を降ろせ」

 

「えっ……?」

 

 

 弥堂の提案に水無瀬は目を剥く。

 

 

「ダ、ダメだよ、そんなの……っ!」

 

「さっきもやったなこのやりとり」

 

 

 うんざりと嘆息しながら続ける。

 

 

「もう一ついいことを教えてやろう」

 

「な、なに?」

 

「ヤツの狙いは俺だ」

 

「えっ? どうして?」

 

「さぁな、よほど気に食わんらしい」

 

「で、でも、私が――」

 

「――どうでもいい。そんなことより、水無瀬」

 

「は、はい」

 

「お前、やろうと思えばアレを一撃で消し飛ばせるんじゃないのか?」

 

「えっ……?」

 

 

 思わずといった風に目を泳がせる彼女の顔をつまらなそうに視る。

 

 

「まぁ、実際に出来るかどうかはどうでもいい」

 

「…………」

 

 

 実際に催眠にかけていた時に彼女のポテンシャルは確認済だ。本人はそれを知らないのかもしれないが、今の弥堂にとってそこは重要ではない。

 

 

「さっきデカいのを撃とうとして失敗したな?」

 

「う、うん」

 

「威力は高いが、放つまでに少々時間が必要になる。そうだな?」

 

「うん、そうなの」

 

「じゃあ、こうしよう」

 

 

 弥堂はあくまで平淡な調子で平坦な声で提案をもちかける。

 

 

「俺が囮になる。襲われている間に魔法を溜めて、それで一気にぶっぱなせ」

 

「えっ⁉ そ、そんなのダメだよ!」

 

 

 彼女は拒否の意を示しているが、そんなことは関係ない。

 

 

「そうか。じゃあ勝手にしろ」

 

「勝手にって……」

 

「囮とは言ったが、俺は俺でアレを殺すつもりで勝手に戦う。お前はお前で勝手にしろ。別に戦わなくてもいいし、もしもやる気なら俺ごと消し飛ばしても構わない」

 

「そんなこと出来ないよ……っ」

 

 

 真剣に訴えてくる水無瀬のことを弥堂はもう見てはいない。

 

 ゴミクズーの方へ眼を向け、機を窺っている。

 

 

「弥堂くんは、どうして……?」

 

「……?」

 

 

 肝心の質問内容が言葉にされず不審に思い顔を戻すことになった。

 

 

「どうして、戦えるの……? どうして、そんなに……」

 

「やると決めたことをやっているだけだ。戦えるか戦えないかなど考える必要はない。この話ももうしただろ」

 

「どうして……? どうしてそんなに……」

 

「しつこいぞ。いい加減に――」

 

「――強いの……?」

 

「…………」

 

 

 僅かに意味の変わった問いかけに、弥堂は彼女を責める言葉を吞み込んだ。

 

 

『強くなどない』

 

 そう否定する言葉に差し替えようと口を開きかけたところで、頭上から振り下ろされた触手が迫る。

 

 

「――弥堂くんっ!」

 

 

 水無瀬は咄嗟に身体を回し、自分の身体が弥堂の盾になるように姿勢を変えた。

 

 

「――うくっ……!」

 

 

 質量の差から生じる大きな衝撃を背中から受け地面に叩き落される。

 

 息が詰まりながらも魔法をコントロールし体勢を戻そうと試みるが、次々と襲い来る触手から弥堂を守ることに精一杯で地面まで叩き落されてしまった。

 

 

「ぁつっ……っ!」

 

 

 地面に衝突する瞬間、自分の身体をクッションにして弥堂を守ったが、ショックで手を離してしまい、弥堂の身体が投げ出される。

 

 反射的にそちらへ手を伸ばすと視線の向いた先には『中美景橋』の表札が見えた。橋の入り口に墜落したようだ。

 

 すると、その表札はノロノロと立ち上がった男の陰に隠れて見えなくなる。

 

 

 弥堂だ。

 

 

 地面に倒れながら手を伸ばす水無瀬を一瞥すると、弥堂は彼女に背を向けた。

 

 よろめきながら橋の方へ身体を向ける。

 

 橋の向こうからは巨体を引きずりながらアイヴィ=ミザリィが近づいて来ていた。

 

 

「弥堂くんっ! ダメだよっ!」

 

 

 その言葉を無視して弥堂は右足を引き摺る。

 

 ポタポタと地面に赤い雫が落ちた。

 

 

「びと――」

 

「――強いとは」

 

「――えっ?」

 

 

 左足を一歩分引き摺って、彼女の方は見ずに続ける。

 

 

「……強いということにはいくつか条件がある」

 

「び、びとうくん、そんなことより……っ」

 

「一つは力――才能があること。二つ、その才能から生まれる力を適格に扱えること……」

 

「……はやく逃げなきゃ……っ」

 

「……三つ、その力を、誰が相手でも、躊躇いなく振るえること……」

 

「…………」

 

「この条件を揃えた者が強者となる」

 

 

『どうしてそんなに強いの?』

 

 先程の水無瀬の問いに対する答えだ。

 

 

 答える前に敵に叩き落されて有耶無耶になっていたが、元々答えるつもりもなく、仮に答えるとしても『別に自分は強くはない』、そう答えただろう。

 

 

 しかし、行動も言葉も本来自分の思っていたものとはまるで別のことをする。

 

 

「力は凶器――道具だ。それを振るう自分自身も道具だ。道具には思考も思想も必要ない。殺せるという機能さえあればいい」

 

「……わたし、そんな風には……」

 

「一つコツがある」

 

「えっ?」

 

「自分をただの装置とする。それにはコツがある。とても簡単なことだ」

 

「かんたん……」

 

「諦めればいい」

 

「え……?」

 

「自分を諦めろ」

 

「…………」

 

「それが戦場で上手く振舞うコツだ」

 

「…………」

 

「じゃあな」

 

 

 左右の足を順番に引き摺りながら緩慢に進む。

 

 敵へ向けて。

 

 

「……だから弥堂君は強いの?」

 

「そうだ」

 

 

 それは嘘だ。

 

 

 弥堂が口にした強者となる三つの条件。

 

 一、才能があること

 

 二、才能を活かせること

 

 三、それを使って躊躇なく他者を攻撃できること

 

 

 弥堂はこれの一と二を満たせない。

 

 一がないから二に至れない。

 

 

(だが――)

 

 

 そのうちの一つを徹底的に伸ばすことで、三つを揃えた強者どもとやり合って生き残ってきた。

 

 

 躊躇わず、息をするように他者に力を振るえること。

 

 その攻撃に使う力はなんでもいい。

 

 使えるものは何でも使う。

 

 

 それはつまり、手段を選ばないこと。

 

 

 そして、自分を諦めること。

 

 

 生き残る必要がないのなら、自分の生命を惜しむことはなく、それが失われることに恐怖を抱くこともない。

 

 

 橋の中へ足を引き摺り込む。

 

 

 イソギンチャクや食虫植物のように触手を蠢かせた化け物が迫る。

 

 

 それに対して弥堂は半身に構えをとった。

 

 師に教わったとおり、大地に根を張るように両足をずっしりと下ろし、左の拳を前に出して距離を測り、右の拳は腰に溜める。

 

 

 自分の生命を消費して全身に残った力を巡らせた。

 

 

 巨大な影に全身を覆われるまで引き付けて、弥堂は左足をダンっと踏み込み、自身の何倍もある巨大な化け物へ向けて“零衝”を放つ。

 

 

 

 そして弥堂は巨大な触手の群れに呑み込まれた。

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