俺は普通の高校生なので、   作:雨ノ千雨

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1章45 Killing ReStart ④

 並んで歩きながら話をする。

 

 

「しっかし、今日はヤバかったッスねー。マナの魔力が空っぽになるなんて」

 

「魔力? 魔力はまだ平気だよ?」

 

「え?」

 

 

 メロは隣を歩く水無瀬の顔を見上げる。

 

 

「魔力切れで歩けなくなってたんじゃないんスか?」

 

「うんとね、私最初に靴に捕まっていっぱい走らされちゃったじゃない? あれで足パンパンになっちゃったの。あと、いつもより戦いが長かったから疲れちゃって……」

 

「……そうだったんッスか。ちなみに魔力の方はどれくらい残ってるッス?」

 

「うーーん、多分まだ半分くらい?」

 

「そッスか……」

 

「明日筋肉痛になっちゃいそうだよぉ」

 

 

 ふとももをモミモミしながら歩く水無瀬の横でメロは思案気な顔をしている。

 

 

「……まぁ、でも、色々あったッスけど無事に終わってよかったッスね」

 

 

 そして核心に近づくことを恐れて話を逸らした。

 

 

「よかったよぉー。ホント弥堂くんのおかげだよねっ」

 

「それは、そうなんッスけど……、あいつやっぱフツーじゃねえッスよ……」

 

「うーん……、私ね、やっぱり弥堂くんは真面目なんだと思うよ」

 

「えぇ……?」

 

 

 さすがにそれは共感しかねるとメロが顔を顰めるが、水無瀬は思いのほか真剣な表情だ。

 

 

「最初にさ、初めて弥堂くんに魔法少女を知られちゃった時あったじゃない?」

 

「あぁ、意外とついこないだのことなんッスよね」

 

「あの時にさ、弥堂くんが言ってたじゃない? 『人間がゴミクズーさんに襲われてたらどうする?』とか『人間が人間に襲われてたらどうする?』って」

 

「あったッスね……、あの“あたおかムーブ”はちょっとトラウマッスよ」

 

「あはは……」

 

 

 少しだけ苦笑いをして、しかしすぐに表情を戻して続ける。

 

 

「私ね、今まで街やみんなのことを守らなきゃって漠然と考えてて、それで何かが起こってから毎回あわあわしちゃってたんだけど、でも。弥堂くんは普段からそういうこと、色んなことをちゃんと考えてるんだよね。真面目だから出来るんだと思うの」

 

「…………」

 

 

 日常生活を送りながら普通の人間たちの集団の中でそんなことを真面目に考えている奴は危険人物でしかないのだが、メロは空気を読んで口を噤む。

 

 

「あと、私って急にびっくりするようなことが起きちゃうとすぐに止まっちゃって、どうしようどうしようって何も出来なくなっちゃうことが多くって……」

 

「それは……、ジブンもそうッスね……」

 

「でも弥堂くんは違うよね。どんな時でも落ち着いてて、行動することを止めたりしない」

 

「う、むぅ~ッス……」

 

 

 水無瀬が今言っていることだけで評価するならその通りなのだが、素直に認めたくないメロは歯切れが悪い。

 

 

「それが出来るのって、さっき言った普段から真面目にいっぱい考えてるからだと思うの。あと、『やるって決めたらやる』って言ってたよね? どんな時でもちゃんとその通りにやりきれるのって、いっしょうけんめいだからだと思うの」

 

「それは……」

 

「だから、私は弥堂くんは真面目で一生懸命な人だと思うっ」

 

「…………」

 

 

 それはいい風に捉え過ぎだと、メロはそう思う。

 

 

 確かに水無瀬の言っていることは彼女にしては珍しく理屈に寄って説明出来ている。

 

 だが、前提が抜けている。

 

 その前提とは人間性だ。

 

 

 水無瀬 愛苗は基本的に混じりっけなしの善人であるので、彼女が言ったとおり真面目に一生懸命にやれるのであればそれでいいと思う。

 

 しかし、あの男は違う。

 

 

 今の時点で彼のことを悪人だとまでは言わないが、決して善性に寄った人間では確実にない。

 

 自分の大切なパートナーが、そんな人間の振舞いを正しいことだと思ってしまうのはどうなのだろうとメロは思い悩む。

 

 

 百歩譲って『真面目』と『一生懸命』を認めてやったとしても、それでもあれは振り切れ過ぎだ。

 

 仮に彼のやっていることが善いことなのだとしても、あんな風に振り切れてしまっているのは異常者以外のナニモノでもない。

 

 間違いなくあの男は狂人だ。

 

 

 自身のパートナーにはそんな狂人に関わって欲しくないのは勿論のこと、彼の言うことすることを参考にもして欲しくない。

 

 

「今思ったら、弥堂くんは最初っからそれを教えてくれてたんだよね……。やっぱり優しいなぁ」

 

「…………」

 

 

 それも絶対に違うとメロは思ったが、 しかし、彼のことを嬉しそうに話す彼女に正面からそれを否定するようなことを言い出すことは出来なかった。

 

 

「マナ」

 

「うん? なぁにメロちゃん?」

 

 

 なので、別の切り口から注意を齎す。

 

 

「アイツが言ってた……、『自分を諦めろ』ってやつ……」

 

「うん」

 

「あれは真似しちゃダメッスよ……、生き物が生きることを諦めるなんて……、そんなの生き物として終わっちまってるッス……」

 

「……うん…………」

 

 

 水無瀬が立ち止まる。

 

 自然と彼女の前に出てしまったメロも足を止め、振り返って彼女の顔を見上げた。

 

 

 弥堂の言った戦場で上手く振舞うコツ。

 

 自分を諦めること。

 

 

 水無瀬は目を閉じて胸に手を当て「うん……、うん……」と、少しずつ咀嚼して飲み込むように何回か頷いてから目を開けてメロに視線を向ける。

 

 

「……だいじょうぶだよ、メロちゃん」

 

「マナ、ジブンは――」

 

「わかってるよ。生き物として終わっちゃってる。前の私のことだよね」

 

「ジ、ジブン、そんなつもりじゃ――」

 

 

 慌てて取り繕おうとするメロへ、水無瀬は彼女を安心させるように笑顔を向けてみせる。

 

 

「だいじょうぶ。ちゃんとわかってるから」

 

「…………」

 

「だいじょうぶ。私が終わらせたりなんかしない……」

 

「マナ……」

 

 

 誓うように言葉を紡ぐ水無瀬にメロは不安気な目を向けた。

 

 

「わかってる。ううん、最初からわかってたの……。初めて会った時に、目が合って、それでピピピッてわかったの。だから、だいじょうぶだよ」

 

「マナ……、ジブンは……」

 

「メロちゃんが心配してくれてるのもわかってるよ。でもね、弥堂くんはだいじょうぶだから」

 

「……わかったッス」

 

 

 納得をしたわけではない。

 

 しかしこうなったら彼女の考えを覆すことは難しい。それはよくわかっているのでメロは受け入れるしかなかった。

 

 思い込みが強いのは欠点でもあるが、しかしこの思い込み、想いの強さが彼女の魔法少女としての強さの源泉にもなっているので、なんとも難しさを感じた。

 

 

「でも、アイツやっぱりおかしいッスよ……」

 

「メロちゃん……」

 

「ケガがないって、変じゃないッスか……?」

 

 

 また別の点を指摘する。

 

 

「刺されたと思ったのは実は刺されてなかったって、それはいいとしても、アイツ頭から血流してたじゃないッスか? いつの間にか血止まってるし、ジブンネコさんなんでニンゲンの身体のことは詳しくねえッスけど、いくらなんでもケガ治るの速すぎねえッスか……⁉」

 

「えっと……、それは私もわかんないなぁ……」

 

「出血してなくても、あんだけゴミクズーにぶん殴られたり吹っ飛ばされたりしたら、どっか骨が折れてたりとか内臓ぶっ壊れたりとかするはずッス。おかしいッスよ! それに、こないだしたケガも次の日学校に来た時にはもう治ってたんッスよね? そんなことありえねえッス!」

 

「う~ん……」

 

 

 一気に捲し立ててくるメロの指摘に今度は水無瀬が腕組みをして考え込む。

 

 そして――

 

 

「弥堂くんスゴイよねっ。身体強いよね!」

 

「えぇ……」

 

 

 彼女らしいといえば彼女らしいが、熟考したわりになんともな答えが返ってきてメロは脱力してしまう。

 

 水無瀬にしては珍しく論理的に弥堂の評価を語っていたのに、ここにきていつも通りのゆるふわな言動が戻ってきた。

 

 

 そのことで自然に空気が和らいでしまい、メロも気を持ち直す。

 

 

 申し合わせるでもなく、自然と揃って歩みを再開した。

 

 

「メロちゃんは弥堂くんが苦手なの?」

 

「苦手っていうか……、ジブン、アイツが恐いッス……」

 

「そっかぁ……。でも、だいじょうぶだよ? ちょっとイジワルなとこあるかもだけど、弥堂くん優しい子だよ?」

 

「うん……」

 

 

 トボトボと水無瀬の横を歩き、地面に顔を落とす。

 

 

 メロが感じている恐ろしさは、単純に弱いモノが強いモノに感じる恐怖だけではない。

 

 それよりも、異質なモノに向ける未知への恐怖。

 

 それの方が勝る。

 

 

 その恐怖はどちらかというと、通常は人間がメロのような存在やゴミクズーに対して感じる類のものだ。

 

 

 理解の出来ないモノ、納得の出来ないモノ、受け入れられないモノ。

 

 

 あの男の強さよりも、その存在の異質さ、異常さに恐怖する。

 

 

 あんな風に生きることに頓着せず、死ぬことを厭わず、殺すことだけに執着する、あんなニンゲンは見たことがない。

 

 

 怒りでも、恐怖でも、悦びでも、喜びでもなく。

 

 一切の感情に起因することなくただ揺ぎ無い殺意だけを維持する。

 

 

 そんな破綻した生物は今まで一度も見たことがない。

 

 

 その見たことのないモノ、理解の及ばないモノ。

 

 

 それに対する恐怖が今、メロが弥堂に感じているものだった。

 

 

 そして――

 

 

(――たぶん、ボラフのヤツも……)

 

 

 きっとメロと同じものを弥堂に感じ、彼に襲いかからずにはいられなかったのだろう。

 

 

 弥堂 優輝というニンゲンの器に収まった異常な精神体。

 

 

 本来はニンゲンよりも格上の存在であるメロやボラフが、それが恐ろしくて堪らなくなってしまったのだ。

 

 

 

「あ、お母さんだっ」

 

「ん?」

 

 

 その声で顔を上げてみれば、自宅兼花屋である『amore(アモーレ) fiore(フィオーレ)』の店先に愛苗の母親が出てきていた。

 

 話している内に自宅まで辿り着いていたようだ。

 

 

 娘の帰りを待っていた、というわけではないようだ。

 

 

 いつもなら夕飯の支度をしている時間帯だが今晩は出前だ。

 

 手が空いた分の時間を店の閉店作業の手伝いに充てているのだろう。箒とチリトリを使って店の前を掃除している。

 

 

「いこうっ、メロちゃん!」

 

「ぅなぁ~っ!」

 

 

 念のため普通の猫のフリをして、愛苗の呼びかけに鳴き声で返す。

 

 

「おかーさーんっ!」

 

 

 母を呼びながら愛苗が走り出す。

 

 

 カポカポと駆けていく彼女に続いてメロも前足を踏み出す。

 

 

 愛苗の声に反応したのか、腰を曲げて作業をしていた母親が顔を上げる。

 

 

 手を振りながら駆け寄る愛苗を見て、その顔が驚いたように固まる。

 

 

 メロの足が止まる。

 

 

 困惑したような表情の母親の前に愛苗が辿り着いた。

 

 

「お母さん、ただいまぁーっ」

 

「えっ……?」

 

「……? どうしたの? お母さん?」

 

 

 いつもはニコやかに「お帰り」と返してくれる母の見たことのない様子に、愛苗は怪訝そうに首を傾げる。

 

 

「えっ……? あっ――! 愛苗っ⁉」

 

「えっ? うん、ただいまぁ」

 

「お、おかえり――って! ど、どどどどどうしたの⁉ その恰好⁉」

 

「かっこう……?」

 

 

 何のことだろうと自分の姿を見下ろしてみれば――ずぶ濡れの制服、おまけにブラウスのボタンはいくつか引き千切られている。

 

 帰り道のほとんどの距離を弥堂におぶられて来たので忘れていたが、そういえば現在の自分の恰好はそれもうヒドイものであったと思い出した。

 

 

「ま、愛苗っ⁉ だいじょうぶ⁉ 一体何があったの……っ⁉」

 

「あ、えっと……、その、ごめんなさい。川に落ちちゃったの……」

 

「川に⁉」

 

 

 慌てて駆け寄ってきて肩を掴みながら心配する母がびっくり仰天する。

 

 

「ほ、本当に川に落ちたの……? 誰かになにかされたりとか……」

 

 

 川遊びをしたりなど、そんなヤンチャな娘ではないので、母親は最悪の想像を浮かべて顔を青褪めさせた。

 

 

「ホントだよぉ。あの、制服ダメにしちゃってごめんなさい……」

 

 

 そんな想像など思いもつかない愛苗はブラウスを破いてしまったこと、リボンを失くしてしまったことを申し訳なく思い、シュンと表情を暗くする。

 

 

「それはいいんだけど……、だいじょうぶ? どこか痛いところとか血が出てたりとか……」

 

「あ、うんっ。私はだいじょうぶだよ! ケガもしてないし」

 

 

 あっけらかんと明るく告げる娘の言葉に、とりあえず自分の想像しているようなことではないのだと安堵すると同時にハッとする。

 

 

「あ、とにかくお風呂ね! 廊下濡らしちゃってもいいからすぐにお風呂入っちゃいなさい」

 

「うん、ごめんね? お母さん」

 

「気にしなくていいのよ。愛苗が無事ならお母さんそれでいいから。それより風邪ひいちゃうから早く行ってきなさい? 着替えとバスタオルはお母さんが持っていってあげるから」

 

「はぁい」

 

 

 返事をしてカポカポと濡れた靴を鳴らして家の中へ愛苗は入っていく。

 

 

 その背中をハラハラと見送りながら娘の姿が玄関に呑み込まれると、母親は表情を思案気に変える。

 

 

「ぅなぁ~」

 

 

 その足元に遅れて到着したのはメロだ。

 

 飛んだり喋ったりする不思議ネコであることは愛苗以外は知らないので、普通の猫のように鳴き声をあげる。

 

 

「あら、メロちゃんも一緒だったのね。メロちゃんはだいじょうぶ……、って、あなたも濡れてるのね」

 

「ぅなぁ~」

 

 

 しゃがみこんで背中を撫でるとメロの毛皮も濡れていて、愛苗と一緒に川に入ったのだと想像がついた。

 

 

「もう……、一体何があったの?」

 

「ぅなぁ~」

 

「って、答えられないわよね。メロちゃんの分のタオルも用意しなきゃ。愛苗がお風呂上がるまでにドライヤーしてあげるわね。それとも一緒にお風呂入ってくる?」

 

「ぅなぅな」

 

 

 イヤイヤと顔を背けて意思表示をする。

 

 

「ふふふ。とりあえず一緒にお家入りましょう」

 

「ぅなぁ~」

 

 

 そう言って歩き出す母親の後に返事をしてから続く。

 

 彼女の横に来て顔を見上げ表情を盗み見る。

 

 先程見せた心配げな表情ではなく、どこか不可解そうな表情をしていた。

 

 

「…………どうしちゃったのかしら……?」

 

「……ぅなぁ~」

 

 

 今のメロは普通の猫なので、その疑問には答えられない。

 

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