俺は普通の高校生なので、   作:雨ノ千雨

253 / 311
1章45 Killing ReStart ⑥

 

 鍵を回してドアを開ける。

 

 

 玄関の入り口から廊下を覗き手前から奥へと一度視線を走らせ、それから中に入る。

 

 玄関扉のドアノブとすぐ近くのトイレのドアノブに目を遣り、それから玄関を閉める。

 

 

 ずぶ濡れの革靴を脱ぎ、玄関に置いてあった別の靴には履き替えず、濡れた靴下で部屋に上がる。

 

 狭くも広くもない一人暮らし用の1DKの廊下を進むとすぐにダイニングキッチンの部屋に当たる。

 

 

 分厚い遮光カーテンで外界から切り離された、ほぼ、なにもない部屋。

 

 

 買い物袋を持ったまま、べランダへ近づく。

 

 遮光カーテンを一度だけ僅かに開けて外を見る。そしてまたすぐにカーテンを閉ざした。

 

 

 ガムテープで無理矢理修復したダイニングテーブルの上に適当にスクールバッグを放り投げ、買い物袋をドサリと床に落とす。

 

 胸ポケットから取り出したスマホでリモコンアプリを起動しテレビの電源を入れる。

 

 適当なニュース番組にチャンネルを合わせ、階下から響くドタドタとした足音を聴きながらテレビのボリュームを煩いくらいにまで上げた。

 

 

『――先日遠征先にて行われた国際親善試合の結果ですが日本代表は惜しくも敗れました。まずは試合のハイライト映像を御覧ください……』

 

 

 喧しいアナウンサーの声にチッと舌打ちをして画面には眼を向けないまま、重い足を引き摺りながら寝室へと向かう。

 

 

 クローゼットを開けて中からビニールシートを引っ張り出す。

 

 大きめの青いシートを適当に寝室の床に広げてその上に乗り、雑に足で均していく。

 

 その作業と並行しながらまず手に持っていたスマホをベッドに投げて、続けて上着のポケットの中身を次々と取り出しては放り投げていった。

 

 

 空っぽになった制服ブレザーの上着を脱ぎ捨てる。

 

 次にその下のYシャツをまだるっこしいとばかりに力ずくでボタンを引き千切りながら脱いで足元に落とす。

 

 

「ふぅー」と重く一息を吐いて、最早微弱になりつつもここまで全身に巡らせ続けていた力を抜いた。

 

 

 すると――

 

 

 ボタッ、ボタッと――

 

 

 液体が落ちる音と共に足元のYシャツが紅く染まっていく。

 

 

 アイヴィ=ミザリィの髪の針に貫かれた両肩から再び出血が始まったのだ。

 

 

 エルフィーネに教わった身体操作の技術で、傷口周辺の筋肉を動かし無理矢理傷口を塞いで、後は自己治癒能力に任せて回復をするという方法でここまで凌いでいた。

 

 しかし、自然回復を待つ前に身体操作の維持に限界がきた。

 

 

 髪に指を挿し入れて頭部の傷を確認する。

 

 傷は治ってはいないが、出血は止まっている。

 

 

 なけなしの力を注いでいた身体操作で肩の傷は塞がらず、身体操作がほぼ効かない頭部の方の出血は勝手に治っている。

 

 

(――なんの役にも立ってねえじゃねえか……)

 

 

 心中で自嘲しながら肩の傷にガムテープを貼り付ける。

 

 治療道具など常備していないので、これで応急処置は終わりだ。

 

 

 半ば倒れこむようにベッド脇の壁に凭れかかった。

 

 

 壁に背を預けて座り込み天井を見上げる。

 

 

 無地のはずの天井に模様がかかったように映る。

 

 急激な眠気に襲われ視界がぼやける。

 

 

 やるべきことはまだ終わっていない。

 

 気付け代わりに咥内の頬肉を噛み潰すと視界がクリアになった。

 

 

 ベッと血肉を吐き捨ててベッドの上のスマホに手を伸ばす。

 

 

 することは電話とメール。

 

 

 記憶の中に記録されているとおりの番号を入力してコール音を鳴らす。

 

 3コールもしない内に通話状態になる。

 

 

『いよぉ、兄弟。オレだ』

 

「……あぁ、俺だ」

 

『ン? なんだ? 覇気がねえな』

 

「そうか? 頗る快調だ」

 

『ハッ、そうかい。そいつぁ重畳』

 

 

 電話をかけた先は皐月(こうづき) 惣十郎(そうじゅうろう)だ。

 

 

 ポツ、ポツっとビニールシートを打つ音が鳴る。

 

 視線を落とせば、肩の傷口に貼ったガムテープから血が漏れ出しており、その血液が腕を伝って肘から赤い雫を落としていた。

 

 

「用意して欲しいものがある」

 

『いいぜ。なんでも言いな』

 

「中古品でもいいんだがブースターケーブルを出来るだけ多く。あと鉄線を。出来れば棘のあるものを」

 

 

 Y’Sから送られてきていた必要物資のリストを思い出しながら伝える。

 

 

『……ケーブルはパクった車に入ってたのが幾らでもあるな。棘付きの鉄線ってのは有刺鉄線のことでいいのか?』

 

「あぁ」

 

『……確か前に辰っさんがバットに巻き付けるつってどっかから持ってきたのが余ってたな……。まぁ、なんとかなるだろ』

 

「明日の昼までに学園に」

 

『急だが……、それもなんとかするぜ』

 

「悪いな。頼む」

 

『構わねえよ。言ったろ? オレぁ兄弟の為なら労は――』

 

「――俺はお前の兄弟になった覚えはない」

 

 

 一方的に通話を切る。

 

 続けてメールを起動する。

 

 送る相手はY’sだ。

 

 

 明日の仕込みに必要な物は揃ったので工作の依頼をする。

 

 工作は工作でも奴の専門の情報工作ではなく物理的な工作だ。

 

 

 なんかパソコンとかに詳しいし何でも作れるだろうと決めつけて無茶ぶり文書を作成するが、その途中でまた視界がぼやけてくる。

 

 

 ポツ、ポツっとビニールシートが水音を鳴らす。

 

 

 一時的に視界が回復したとはいえ、現状のコンディションを考えればまたすぐにこうなることはわかりきっていた。

 

 電話よりも先にメールから処理するべきだった。

 

 

(そんなこと、考えなくてもわかるだろうが……、グズめ……っ!)

 

 

 胸中で吐き捨て、要領が悪く無能にもほどがある自分への激しい苛立ちを抱えながら、勘に任せて指を動かし碌に文面を確認せずにメールを送信した。

 

 

 用は済んだのでスマホをベッドへ投げ戻す。

 

 

 ヴーヴーとスマホがメールの着信を報せているが無視をしてベッドの下に手を入れる。

 

 

 自分はもう『やれ』と指示を出した。

 

 後はそれをどうやるかはヤツの領分であり、それが出来るかどうかはヤツの責任だ。

 

 

 サバイバル部員たる者、行動の選択は『やる』か『死ぬ』か、もしくは『やってから死ぬか』の三択しかない。

 

 ヤツの生命はヤツの物。それをY’sがどう使うかはヤツの勝手であり、弥堂には関係ない。

 

 

 そんなことを考えながら外した床板の下に隠していた缶ケースを取り出す。

 

 蓋を開ければ中には黒い布で覆った細長い包みと二つの十字架(ロザリオ)

 

 

 一纏めにチェーンを掴んで二本とも引っ張り出す。

 

 

 血で錆びた鉄屑の十字架と焼け焦げた銀細工の十字架が揺れるのを見ながら、自身の首から提げた逆十字をチェーンを千切るように外す。

 

 

 二つの十字架と合わせてチェーンを握る。

 

 

 壊れた二つの信仰と穢れた背信の烙印。

 

 

 肘先に溜まった血が前腕を伝って小指から鎖へ渡る。

 

 

 鉄に血は染み込むことなく螺旋を伝い落ちて逆さ十字に流れた。

 

 

 他の二つの十字架も一緒くたに血で汚すが、今更だと鼻で嘲笑う。

 

 

 そのまま流れ落ちていった赤い血は、逆十字に吊るされた赤い血泪と溶けた。

 

 

 ティアドロップの赤い石に血が触れると僅かに蒼い光が燻ぶった。

 

 

 ポタッ、ポタッと、赤い石が涙を流す。

 

 

 青いシートに拡がっていく血溜まりを茫っと見つめた。

 

 

 ポタッ、ポタッと、シートを打つ音が秒を刻む。

 

 

 しばらくその音を聴いていた。

 

 

 

(……いねえのか……)

 

 

 眼を閉じて耳を澄ませてみる。

 

 

 

『――やっぱり“美景スムージー”は長生きと健康とダイエットとアンチエイジングと成人病の予防にも良いということが最新の研究でわかったということで。みなさん是非、地元の味で健康と美容をケアしましょうね! 続いては本日の美景市のニュースです。最初の事件は――』

 

 

 聴こえてくるのはどうでもいいローカル局のニュースで、それを読み上げるのは知らないどうでもいい女だ。

 

 彼女の声は聴こえない。

 

 

 ボラフとの戦いの最中に聴こえた、弥堂の窮地を救ったエルフィーネの声。

 

 あれはただの幻聴だ。

 

 

 なにも今回初めて起きた現象ではなく、激しく消耗したり死にかけたりした時にこういったことは何度も起きたことがある。

 

 

 決してエルフィーネからテレパシーのようなものが送られてきた訳でもなければ、精神体のようなものになった彼女がこんな遠くまで会いに来てくれたわけでもない。

 

 なんなら彼女以外の過去の知人が出てくることもある。

 

 

 声が聴こえたような気がしただけで、其処に彼女が居てくれただなんてことは絶対にない。

 

 

 死にかければ毎回聴こえるわけでもなく、弥堂自身では選べず、自分で望んで再現することは出来ない。

 

 

 恐らく見聞きした全てを正確に記録しておける弥堂の記憶から、現実の出来事に紐づいたものが再生されているだけだと思っている。

 

 今日も戦闘中にリアルタイムでエルフィーネがレクチャーをしてくれたように錯覚したが、何のことはない――同じようなことは過去に何回も口を酸っぱくした彼女に言われており、何度も何度も叱られている。

 

 死の間際に流れるという走馬灯の代わりにそれが聴こえているだけのことに過ぎない。

 

 

 もしもこの現象に適当に説明をつけるのならば、大体こんなものなのだろうと弥堂は考えていた。

 

 そうでないのなら、ただの禁断症状や後遺症のようなものなのだろう。

 

 

 いずれにせよ、はっきりと解明しようとは一度も思わない。

 

 

 目を開けて缶の中に残っていた黒い包みを手に取る。

 

 

 巻き付けていた黒い布を外すと露わになったのは革のケースに納まった大きめのナイフだ。

 

 鞘から抜き放つと黒い刀身。

 

 

 サバイバルナイフやコンバットナイフのように現代的で洗練された代物ではない。

 

 無骨で粗雑な鉄に刃がついただけのもの。

 

 

 当然のことながら、水無瀬の魔法のステッキのように魔法が飛び出したりもしないし、特別切れ味が鋭いわけでもない。

 

 ただ頑丈なだけの黒鉄の刃。

 

 

 この頑丈さを弥堂は割と気に入っていた。

 

 ここに来るまでに様々なものが壊れ失われ、手元に残った唯一の物がこのナイフかもしれない。あとは全部壊れてしまった。

 

 

 元々はエルフィーネから与えられたナイフで、特段珍しい物品でもなく、彼女の所属していた組織で支給されている量産品だ。

 

 戦闘に使用する者はそれほど多くなく、主な使用用途は暗殺と、あとは自殺だ。

 

 

 黒い刀身を覗く。

 

 

 光沢のない鈍い鉄色。

 

 のっぺりとした深い黒。

 

 弥堂の瞳の色と同じ。

 

 何も映さない。

 

 

 ナイフの輝きが鈍いのか、自分の目がぼやけているのか。

 

 定かではなく、茫っと見つめたままその黒の深さに飲み込まれそうになっていると――

 

 

――ぺぽーんと、スマホが鳴る。

 

 

 メッセンジャーアプリ“edge”の通知音だ。

 

 

 そちらへ顔を向けると、ベッドの上のスマホの画面が点灯しており、ポップアップウィンドウが表示されている。

 

 

 視界が掠れて表示された文字が上手く読めずに眼を凝らしていると、画面の光が消えてしまう。

 

 

 メッセージを送ってきたのが誰かはわかっている。

 

 だが、自分で手を伸ばして手に取らなければ、彼女の言葉はわからない。

 

 

 左手には3つのロザリオ。

 

 右手には黒鉄の刃物。

 

 どれか一つを手離さなければ、選ばなければならない。

 

 

 光の消えたベッドを茫洋とした瞳で見る。

 

 何も考えず、何も思わず、何秒間か。

 

 ポタ、ポタと、滴り落ちる血がその時間を数える。

 

 

 やがて――

 

 

――目線を床に落とした。

 

 

 握りしめた十字架の鎖がチャリと音を鳴らす。

 

 

 膝頭に額を押し付け、首元にナイフを抱いた。

 

 

 冷たい刀身が血を冷やして熱する。

 

 

 

『――美景台の牧場にて家畜が数頭殺されるという事件がありました。事件現場となる家畜小屋で見つかった牛の遺体は酷く損傷しており、まるでもっと大きな動物に喰い殺されたかのようだと情報が入っています。正確な情報は検死が終わってからとなりますが――』

 

 

 動く者の居ない暗い部屋では、向こうの部屋から届くテレビの音と――

 

 

――原稿を読むアナウンサーが息継ぎをする合間に、ピチャ、ビチャと弾ける血溜まりの音が鳴る。

 

 

 それを聴く者は誰も居ない。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。