俺は普通の高校生なので、   作:雨ノ千雨

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1章46 4月22日 ④

 

 乱暴なノックで揺れる扉の方へ、席を立った望莱(みらい)がテテテッと駆け寄る。

 

 

「どなたですかー?」

 

「みらいか。オレだ。開けてくれ」

 

「む。ガラの悪い声。オレオレ詐欺の人ですね」

 

「こんな無人島で何の詐欺ができんだよ。早く開けろや」

 

「いいえ。将来は自宅警備員を志望しているわたしとしては、そんな安易に玄関を開けるわけにはいきません」

 

「ふざけんなよ! いいから開けろ! 荷物で両手塞がってんだよ」

 

「そんなに開けて欲しければ合言葉を言ってください」

 

「合言葉だァ……? ンなもん決めてねえだろ!」

 

「本物の蛮くんなら答えられるはずです」

 

「オレ名乗ってねえんだがな。オマエわかってんじゃねえか」

 

「おっと、カマかけにはノリませんよ。それでは問題です!」

 

「合言葉っつーかクイズだろそれ」

 

「小4の時に蛮くんが好きだった女子は誰でしょうか!」

 

「ア? そんなもんいねーし。バカじゃねえの」

 

「ちなみに不正解や無回答だった場合、正解の女子にわたしがここで電話をかけて当時の蛮くんの想いを伝えようと思います」

 

「ふざけんなよ⁉ 冗談じゃねえぞ……っ! オイっ! 七海っ! 七海ぃーっ⁉ いねえのか⁉ コイツどうにかしてくれっ!」

 

 

『いねーし?』とか言ってスカしていた高2男子が粟を食って自分に助けを求めてくる声を聴き、希咲は額に手をあて重い溜め息を吐いた。

 

 そして自分も席を立ち騒がしい玄関ドアの方へ歩いて行く。

 

 

 そして、貧弱ボディで一生懸命ドアを抑えつける望莱の身体の脇からドアノブを掴んで玄関を開けてやった。

 

 

「あっ⁉ ヒドイです七海ちゃん!」

 

「うっさい。なんでそういうイジワルすんのよ」

 

「まったくだぜ。カンベンしろよバカが」

 

 

 抗議の声をあげる望莱に希咲が呆れながら注意をしている脇を通り抜けて、疲労感を滲ませながら両手で抱えた荷物を床に下ろす。

 

 外から帰ってきたのは蛭子 蛮(ひるこ ばん)だ。

 

 

「ワリィな七海。助かったぜ」

 

「はいはい。おつかれ、蛮」

 

 

 幼馴染同士慣れた調子で挨拶をかわし、蛭子はテーブルに向かう。

 

 その道すがらテーブルの上を目に映して現状を把握する。

 

 

「チッ、なんだよ、まだメシできてねえのかよ」

 

 

 みらいさんのせいですっかりと機嫌を悪くした彼は盛大に舌を打ち、毒づきながら椅子に座った。

 

 

「んま。蛮くんったらヒドイです。せっかく兄さんが頑張ってお料理してくれてるのに」

 

「うっせ。そういうのいらねんだよ。心にも思ってねーこと言ってダル絡みしてくんな」

 

「あら。随分とご機嫌ナナメですね。そんなにお腹空いたんですか?」

 

「機嫌がワリィのはテメーのせいだよ」

 

「んま。わたしショックです。てゆーか、お腹空いてるのはホントなんですね」

 

「このガタイ見ろよ。燃費いいわけねえだろ」

 

 

 ギロリと大柄な金髪男に睨みつけられても、望莱はどこ吹く風でニッコリとした笑みを絶やさない。

 

 

「省エネをした方がいいです。冬眠中のクマさんみたいに丸くなってジッとしてればあんまりお腹空かないかもです」

 

「オレだって出来ればそうしてえよ。でもなぁ、こっちは昼前まで寝てるテメェらと違って朝っぱらから働いてんだ」

 

「働かなければいいじゃないですか」

 

「そういうわけにゃいかねぇだろうが……っ! マジでふざけんなよっ……!」

 

「おぉ……、蛮くんが真剣に怒ってます」

 

 

 ピクピクと頬を痙攣させながら不満を伝えてくる蛭子の怒りを受けて、みらいさんはポンっと手を叩いた。

 

 

「わかりました。蛮くんがそんなに苦しんでいただなんて。幼馴染の苦境をわたし見過ごせません」

 

「少なくとも半分はテメェのせいだっての忘れんなよ」

 

「そういうことでしたら、このみらいちゃんが頑張っちゃいましょう!」

 

「ア?」

 

 

 いいことを思いついたと快活な声をあげる望莱に蛭子は怪訝な目を向け、そんな二人の姿を希咲は胡乱な目で見る。

 

 

「明日からはわたしも手伝いましょう!」

 

「は?」

 

「早起きして蛮くんに着いていきましょう。あ、起こしにきてくださいね?」

 

「い、いや、それは……」

 

「不肖わたしも紅月の娘。立派に蛮くんのサポートをしてみせましょう! それでいいですね?」

 

「…………ゆっくり寝ててくれ。オレが悪かった……」

 

 

 売り言葉に買い言葉の最中ではあったが、この言葉を買ってしまうと明日の自分が空腹よりも遥かに酷い地獄を見ることになるのがわかってしまい、学園最強のヤンキーと呼ばれる蛭子くんは年下の女の子に詫びを入れた。

 

 

「こうなるのわかってんだから、ほっとけばいいのに」

 

「いや、だってよぉ……」

 

 

 希咲が呆れたように言うと、蛭子くんはこの島で唯一のちゃんと会話が成立する女子に情けなく愚痴を漏らしだす。

 

 

「コイツらが余計なこと言ったせいでメシの回数減るしよぉ」

 

「そうだけど、もう言ってもしょうがないじゃん。朝におにぎり作っといてあげるから我慢してよ」

 

「んもぅ、蛮くんったら手間のかかる子ですね」

 

「だからテメェのせいだって言ってんだろうが……っ!」

 

 

 ギロリと再び望莱を睨みつける。

 

 

「わかってんのか……? 紅月の金で買った材料で七海が料理すんだぞ? そんなモンいつも食ってるモンより確実にイイモン食えるに決まってんじゃねぇか……、それをテメェら……っ!」

 

「わぉ。思ってたよりもずっと切実で悲痛な訴えです」

 

「ウチは縛りのねえ神社だってのに、肉はダメだとかって精進料理みてぇなモンばっか出てくんだよ……。寺じゃねぇっつーのによ……。肉食わせろよクソッタレが」

 

「その言い方だと、あたしの料理が(おとこ)メシみたいじゃん。もう作んないわよ」

 

「ま、まて……、悪かったよ……。そういう意味じゃねぇんだ」

 

 

 希咲がジロリとした目を向けると、身長190cmオーバーのガタイを持つ男子は情けなく詫びを入れた。

 

 

 その彼に「冗談よ」とイタズラげに笑い、希咲は話を事務的な方向に誘導する。

 

 

「んで? 今日はどうするの?」

 

「……ここがまだ終わってねえから、今夜もここに泊まりかもな」

 

「終わりそ?」

 

「終わらせるしかねえんだが……、アイツらがなぁ……」

 

「あたしが手伝えることだったらよかったんだけどね……」

 

 

 彼女が空気を変えようとしているのを感じとった蛭子も真剣に現状を報告する。そして共有済みの懸念材料に揃って悩まし気に溜め息を吐く。

 

 

「こればっかはなぁ。つか、お前にも出来ちまったらその場合オレも七海もコイツらから離れるだろ? 最悪の場合この島が地図から消えるぞ」

 

「安心してください。元々地図に載ってません」

 

「そういう話してんじゃないでしょ、おばか」

 

「消えることを否定してくれよ……」

 

 

 悪びれる様子のない問題児に、二人は八方塞がりの様相を醸し出す。

 

 

「二人とも大変そうですね。悩みがあるならこのみらいちゃんが聞いてあげますよ?」

 

「悩みの種がなに言ってんのよ」

 

「とは言ってもコイツらがこうなのは今に始まったことじゃねえし、ここに来る前からわかってたしな」

 

「ホントは聖人やこの子がやんなきゃなのよね……」

 

「よりによってコイツらが管理者に指定されるなんてなぁ。出来るわきゃねえのに……、いや、出来るわけねえからか」

 

「失敗させて難癖つけて紅月パパの会社を寄こせって?」

 

「それだろうなぁ。つか、失敗の度合いにもよるが最悪の場合マジでシャレになんねえことになるっつーのによ」

 

 

 ギリリと歯を鳴らして憤りを噛み潰す蛭子に、希咲も表情を神妙そうに改める。

 

 

「それって結構マジな感じ……?」

 

「いや。少なくともオレがやってる間は良くは出来ねえが悪くはなんねえ。それくらいなら出来る」

 

「そっか。でも……」

 

「あぁ。仮に下手こいて落とし前つけろってんで紅月の会社やここを持ってかれたら。次の管理者になる奴の目的が会社を奪うことだけで、ここを放置されたらマジでやばい」

 

「そっか。てことは……」

 

「結局気合でやるしかねえんだよなぁ……。去年の夏と冬でもう二回失敗したことにされてる。今回ケチつけさせるわけにはいかねえから、実際終わるまでは帰れねえな」

 

「蛮くんがブラック会社みたいなこと言ってます。今の時代そんなことじゃ社員は着いてきてくれませんよ?」

 

「うるせぇな。ブラックに働かされてんのはオレと七海だけだろうが。オマエはせめて邪魔しねえように何もすんな。クマみてぇにずっと寝てろ」

 

「なんてヒドイこと言うんですか! わたしにやりがいをくれない社会が憎いです!」

 

 

 自分を必要としない世の中に憤慨したみらいさんは両手を突き上げて社会への不満を叫ぶと、すぐにぐでっと脱力してテーブルに突っ伏した。

 

 そしてシームレスにスマホを触り始める。

 

 

「やる気なくしたのでスマホします」

 

「おぉ、やってろやってろ」

 

 

 スマホという最高の保育士さんが困った子の相手をしてくれるというので、蛭子は満足げに口の端を吊り上げる。

 

 そして表情を少しだけ真剣なものに戻して希咲へ視線を向ける。

 

 

「なぁ、七海」

 

「ん?」

 

「……こんなこと言いたくねえんだが」

 

「なによ」

 

「京都の連中、金も人手も足りねえってんで段々形振り構わなくなってきてやがる」

 

「コワイわね」

 

「あぁ。今はまだ権力と名声だけはあるからどうにかなってるが、その権力すらなくなっちまったら逆に地獄だ。その時はどうなるかわかんねえ」

 

「そうなんだ」

 

「……クソほどうぜえがこういう家に生まれちまった以上オレらはバックレられねえ。だから――」

 

「――蛮くん」

 

「――オマエは……、ア? なんだよ、真面目に話してんだから邪魔すんな、みら……い……」

 

 

 名前を呼ばれ、希咲への話を遮られた蛭子は、どうせまた愉快犯的に余計な茶々を入れようとしてこたのだろうと、望莱の方へ不愉快そうに目線を動かす。

 

 しかし、彼女の瞳を見て言いかけていた文句を飲み込み、目を見開いて固まった。

 

 

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