俺は普通の高校生なので、   作:雨ノ千雨

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1章47 -21グラムの重さ ③

 

「お待たせ致しましたわぁ~!」

 

 

 踊るようにキッチンから現れくるくるりと慣れたターンをキメて、そんな能天気な声をあげたのはマリア=リィーゼだ。

 

 豪奢な金髪が遅れて身体に追いつき、今日も高貴にキマっている縦ロールがファサっと肩にかかる。

 

 

 婚約者(非公式)である紅月 聖人(あかつき まさと)と共に行っていた朝食の調理がようやく完了し、その旨を仲間たちへと報せに彼らの待つダイニングスペースへとやってきたのである。

 

 

 本来であれば第一王女という高い身分をもつ彼女が、仲間とはいえ彼・彼女らのような身分の低い者の為に食事を作ってやるなんてことはありえないことだ。

 

 

 しかし、美しく聡明で、そして慈悲深いマリア=リィーゼ様は、婚約者の気を惹きたいという思惑もあり、今回こうして手ずから炊事を担当してやったのである。

 

 彼・彼女らは聖人の従者とはいえ、国元に居た時に自身の国を救ってもらった恩もある。なので、たまにはこれくらいいいだろうという寛大な御心である。

 

 

 そういえば国に居た時に公務でこのような施しを行ったことがあった。

 

 凶作に見舞われた村を訪れ、飢えた民たちに炊き出しを行い、そしてこの高貴なる姿を見せてやることである。

 

 

 もちろん炊き出しを行ったのは従者たちで、マリア=リィーゼ様のしたことは、目を血走らせながら涙を流して飯をかっ食らう村人たちへ「苦しゅうないですわぁ~」と言っただけだ。

 

 しかしこれは選ばれし王族である自分にしか出来ない崇高なる業務なのだ。

 

 民たちも「マリア=リィーゼ様万歳っ!」と声を合わせて喜んでくれたのだから間違いない。

 

 

 その民たちが誰一人として食べ終わるまでこちらを見ようともしなかった所が若干気になる点ではあったが、家臣たちが問題ないと言っていたので問題はなかった。

 

 きっと学がないので仕方がないのだろう。

 

 

 そういうわけで今の状況はその時と非常によく似ている。

 

 きっと目の前の民たちもこれから自分のことを称賛するのであろうとマリア=リィーゼ様は悩ましげに溜息を漏らす。

 

 下等で低能な民に褒め称えられても高貴なるマリア=リィーゼ様はなにも嬉しくはない。希少な血統に生まれた自分が選ばれし者であることをよく知っているからだ。

 

 

 だが、そういった下賤の者達からの称賛や信奉を受け止めることもまた高貴なる者の務め。国家福祉だ。

 

 ここは自分の国ではないがそれは些事だろう。

 

 

 気高くも貴いマリア=リィーゼ様は民たちの想いを受け止めるためにバッと両腕を拡げる。

 

 

(――さぁ、わたくしを褒め称えなさい……!)

 

 

 しかし――

 

 

 

「――やっとかよ、クソが……っ」

 

 

 届いたのは万歳三唱ではなく、不機嫌さを隠しもしない野卑な男のドスの利いた声であった。

 

 

 おや? これはおかしいと、マリア=リィーゼ様は腕を拡げたまま首を傾げる。

 

 

 第一王女たるマリア=リィーゼ様は為政者として帝王学を修めている。

 

 王族たる者、何か疑問や問題が生じた時にはすぐに自分自身で解決しようとはせずに、家臣たちへ進言の機会を与えるようにと教わっている。

 

 なので高貴なるマリア=リィーゼ様は自分で考えることは1秒もせずに、悪態をついてきた蛭子 蛮(ひるこ ばん)へ説明と釈明の機会を与えることにした。

 

 

 顎先を蛭子へ向けて片側の眉と口端を吊り上げて問う。

 

 

「はい?」

 

「ア゙ァ゙ッ⁉」

 

「ヒッ」

 

 

 マリア=リィーゼ様は下々の者どもの顔色を窺ったことなどないので、特に悪意がなくても素で煽り性能が高い。

 

 彼女的には普通に聞き返しただけのつもりだったが、空腹で不機嫌MAXの蛭子くんの逆鱗に容易に触れ、地域でも選りすぐりのヤンキーと呼び声の高い彼にガンをつけられることになった。

 

 

 そして他人に怒られる経験が極端に少ない彼女のメンタルはクソ雑魚なので、瞬く間にビビりあがり身を引かせた。

 

 だが、マリア=リィーゼ様はビビリだが無神経でジコチューで第一王女なので口が減らない。反射反応で言い返す。

 

 

「な、なんですの、その言い草は……っ⁉ 身の程を弁えなさい、バン! この下男風情めが!」

 

「……テメェこそよくも言えたモンだなァ? アァッ?」

 

「王族たるこのわたくし自ら、あなた方のような下々の者の為に料理をして差し上げたというのに、一体何がそんなに不満なんですの……っ?」

 

 

 マリア=リィーゼ様は大変慈悲深いお方だ。

 

 男子高校生などという最下層付近の身分の者にこのような無礼を働かれても一旦不問とし、民の不満を聞いてやることにした。

 

 

「なにが、だとぉ……?」

 

 

 にも拘わらず、目の前の大男は一向に態度を改めようともしない。

 

 しかし、これは仕方のないことなのだと、マリア=リィーゼ様は悩ましげに溜息を漏らす。

 

 

 彼女がこの日本という国に来てもうすぐ1年となる。

 

 国名すら聞いたことのない地であったが、それくらいの期間を過ごしていれば少しはこの異国の世情というものもこの“高貴なるお耳(ノブレス・オレイユ)”に入ってくる。

 

 

 聞くところによると、このヤンキーという人種はマリア=リィーゼの国でいう山賊や野盗の一歩手前の存在に対する呼び名だと言うではないか。

 

 もしかしたらもうギリギリ山賊かもしれない。

 

 

 彼らのような生き物は基本的に『金品を奪う』『女を犯す』この二種類のことしか考えることが出来ない。

 

 

 生まれの差とは残酷なものだ。

 

 マリア=リィーゼ様はお嘆きになられた。

 

 

 ゴミ溜めに生まれた彼らは野良犬と同程度かちょっと下くらいの知性と品性しか持ち得ず、同じ人間であるはずなのに高貴なる血筋に生まれた自分とはまるで別の生き物だ。

 

 野良犬に『待て』と手を差し伸べたところで意味は通じず、涎を撒き散らしながらその手に齧りついてくるだけだ。

 

 残念ながらこれが現実なのである。

 

 

 さらに残念なことに、この日本という国では王族侮辱罪で一般市民を打ち首にしてはいけないのだという。

 

 高貴なるマリア=リィーゼ様には、民主主義などという概念は非常に愚かしく理解のし難いものであったが、ここでは彼女こそが異国の者という扱いになる。

 

 迂闊に彼らの風習や理念を否定するような指摘をすれば、内政干渉として原住民の怒りを買い外交問題に発展するかもしれない。

 

 

 ここは慎重な対応が求められる。

 

 たぶん我が国は自衛隊には勝てない。

 

 第一王女の勘がそう告げているからだ。

 

 

「よろしい。聞いて差し上げましょう。言ってごらんなさいな、バン」

 

「じゃあ、聞くがよぉ……、今何時だよ?」

 

「無礼者ぉぉーーーーっ!」

 

「うおぉっ⁉」

 

 

 泰然自若な振舞いで尋ねてきたマリア=リィーゼ様に即座にブチギレられて蛭子くんはびっくり仰天した。

 

 

「なんでテメェがキレんだよ!」

 

「これは酷い侮辱ですわ……っ! わたくしこのような辱めを受けたのは初めてです!」

 

「時間聞いただけでヒスるんじゃねえよ! このバカ金髪がよぉっ!」

 

「蛮くん蛮くん。知ってましたか? この場に金髪は一人だけではないことを……」

 

「うるせえんだよ! いちいち揚げ足とるなや!」

 

 

 みらいさんを黙らせる蛭子をマリア=リィーゼは毅然と睨む。

 

 

 かつて彼女が過ごしていた王宮には時計番というお役目があった。

 

 目上の者に時刻を聞かれた時に答えるだけの仕事であり、しかしそれは時計番を専門に熟す一族に代々受け継がれている仕事である。

 

 

 つまり、時計番専門の身分というものがあり、時間を尋ねられて答えるのは最上位の身分である王族には相応しくないのである。王族とは常に時間を尋ねる側でなければならない。

 

 すなわち、王族に対して時間を尋ねるという行為は、それ自体が王家に対する侮辱であり反逆行為なのだ。

 

 

 マリア=リィーゼ様は屈辱に身を震わせる。

 

 いくら親しき仲といえども王家への侮辱を許すわけにはいかない。

 

 

 王家の否定を許すということは、血の否定になる。

 

 血を否定するということは自分という生命の否定にも繋がる。

 

 

 出来るなら今すぐにこの野蛮な男に手袋を投げつけたい。

 

 しかし生憎本日は手袋の持ち合わせがないし、あったとしても彼は身体も大きく目つきも悪いので決闘を申し込むのは恐い。

 

 

 なので、この中で比較的自分の味方をしてくれることがあり、かつ彼らの中で発言権の強い者に代理を命じることにした。

 

 

「ナナミッ! ナナミ! なにをボーッとしているのです! この無礼者を手討ちになさい!」

 

「は?」

 

「ヒィッ⁉」

 

 

 バッと腕を振り華麗に命令を下したが、日本のギャル系JKにギロリと睨まれて異国の王女様は即座に震え上がった。

 

 彼女は蛭子のように人相が悪いわけではないのだが、目力が強烈なので特に不機嫌な時は恐いのだ。

 

 

「ど、どういうことですの……?」

 

 

 王族といえば生きてるだけで褒められる最上の存在のはずなのに、ここには自分に敵意を向けてくる者ばかりだ。

 

 だが、普段から態度のよくない彼らでも、ここまでの悪態は滅多にない。

 

 おまけに希咲 七海に関してはどちらかというと、いつもは他のメンバーを窘めることの方が多い。そんな彼女が率先してこのような態度をとることは珍しい。

 

 

「一体どういう……」

 

「…………」

「…………」

 

 

 他の二人に尋ねてみようと首を動かすと、みらいさんと真刀錵さんと顔を合わせることになった。

 

 マリア=リィーゼ様はクルっと首を戻す。

 

 

「一体どういうことですの、ナナミ……?」

 

 

 彼女ら二人には聞いても無駄なので希咲本人に聞くことにした。

 

 

 テーブルでお行儀悪く頬杖をつきながら睨めつけていた希咲は、ふとその視線を動かす。

 

 ここに居る女子の中で最も大きなサイズを誇るマリア=リィーゼのお胸をジロリと見遣った。

 

 

「は? つか、リィーゼ、あんたさぁ、ちゃんとブラしてんでしょうね? ちょっと見してみなさいよ」

 

「本当にどういうことですのっ⁉」

 

 

 メンバーの中で最もまともであると思っていた人物に唐突にセクハラをされ、第一王女様はびっくり仰天した。

 

 

「たった数時間目を離しただけで一体何が起こったというのです……」

 

「それだよ」

 

「はい?」

 

「チッ、だから時間だよ時間。今何時なのか見てみろよ」

 

「時間……ですって……?」

 

 

 再度時間を尋ねられ、今回は素直に時計に目を遣る。

 

 再び王家の血を否定された恰好だが舌打ちが恐かったのだ。きっと尊敬するお父様も許してくれるはずだろう。

 

 

「えぇと……、12時半ですわね。それがなにか?」

 

「なにか……、だとぉ……?」

 

「ヒィッ⁉ な、なんなんですの……っ⁉」

 

 

 なんの気はなしに時刻を告げると再びギロリと視線と語気を強められる。

 

 

「12時半だぞ? 12時半! なんでちょっと飯作るだけで2時間もかかるんだよ! 完全に昼飯じゃねえか!」

 

「飯……ですって……?」

 

 

 ブランチを作ると言って彼女と聖人がキッチンへ向かってから早2時間。

 

 蛭子の言うとおり最早完全にランチの時間であり、そしてだからこそモーニング抜きにされた彼は憤っているのだ。

 

 

「だいたいよぉ、こんなの前にも何回かあっただろうが。飯のことは七海の言うとおりにしときゃ間違いがねえっていつになったら学ぶんだよ? テメェもみらいもいちいち盾突いて余計なことばっかしやがって……!」

 

「バン、あなたまさかお腹が空いて苛立っているんですの……?」

 

「あたりめぇだろうがっ! こちとら朝飯抜きで働かされてんだよ……っ!」

 

「なんということですの……」

 

 

 マリア=リィーゼは愕然とする。

 

 自分の不手際に――

 

 

――では当然ない。

 

 

 生まれてからこの方食うに困ったことのない、おまけにそんな状態で働いたことのない彼女には下々の気持ちがわからない。

 

 しかし、民というものは飢えると人間性を失うということは家庭教師から教えられ、知識としては知っていた。

 

 

 王女様はそのお心を痛める。

 

 

 彼らとは身分の違いはあれど、仲間としてマリア=リィーゼの国では共に戦い、そしてこの日本では今日まで共に日常を過ごしてきた。

 

 多少の無礼はあれど気心の知れた友人として接することも許してきた。

 

 

 そんな普段は気のいい彼らも所詮は下民。

 

 ほんの少し飢えただけのことでこうまでも人心が荒んでしまうとは。

 

 

 そんな現実を思い知りマリア=リィーゼ様は打ちひしがれた。

 

 

 しかし王族たる者、このままで済ませるわけにはいかない。

 

 高貴なる者としての務めがある。

 

 

「――確かにこの者たちは下賤なる民。ですが、いずれわたくしと聖人が結婚した暁には王族付きの従者となる運命……。栄養も教養も貧しい彼らではありますが、それを正しく導くのは第一王女たるわたくしの宿命。よろしい。バン、まずは馬小屋から下積みをなさい。下男としての気構えからしっかりと――」

 

「――ひんむかれてェのかクソアマがァッ!」

 

「ヒィーッ⁉」

 

 

 ガターンと椅子を倒して立ち上がり怒鳴りつけるヤンキーの剣幕に、第一王女様はガターンと腰を抜かした。

 

 着ているブラウスの前を両手でしっかりと抑えて貞操を守りながら、ズリズリと大きなお尻を引きずって逃げようとする。

 

 

「いやぁーっ! マサトー! マサトーッ! 助けて下さいましーっ!」

 

「いちいち大袈裟にキィーキィー叫ぶなや! うるッせえな!」

 

「どうしたのー?」

 

 

 床にへたり込んで震える金髪外人女子に金髪和製男子が凄んでいると、そこにサラサラ茶髪ヘアーのイケメンが現れた。

 

 

 この『紅月ハーレム』の主、紅月 聖人(あかつき まさと)である。

 

 

 腰を抜かしていたはずの王女様は、自分の言うことにほとんど「NO」と言わないイケメンが現れると素早く立ち上がってダッと駆けだした。

 

 そして聖人に縋りつく。

 

 

「マサトッ! 聞いてくださいまし! みんなで寄って集ってわたくしを辱めようと……」

 

「えーっと……?」

 

 

 慣れたものといった風で聖人は苦笑いを浮かべつつ蛭子へ視線を向ける。

 

 蛭子は無言のまま肩を竦めてみせ、倒した自分の椅子を戻し座り直した。

 

 

 それだけでいつものことかと聖人は察し、苦笑いを申し訳なさそうな笑みに変える。

 

 

 物腰柔らかくも精悍さを損なわない美貌を持つパーフェクトイケメン様がやると、そんな卑屈そうにも映る仕草でもそうは見えない。

 

 他人を強く否定したり貶したりするようなことを決してしない彼だが、その身の裡に決して曲げない折れない己を持っており、そのため不良たちを初めとする他の男にナメられることはほとんどなく、どこか一目置かれるような存在であった。

 

 

「さぁ、マサト! この下民どもを手討ちになさい!」

 

 

 しかし、代わりに女にはナメられる嫌いがあった。

 

 

「あはは……、ごめんね、みんな。お待たせ」

 

 

 ヘタレの王女様がイケメンの威光を借りてイキリ散らしているが、彼が出てきた以上はこれ以上彼女を注意しても無駄だ。

 

 悪者を作ることを嫌う彼に「まぁまぁ」とどっちつかずに宥められて何も解決せずに時間だけ消費するのが関の山だ。

 

 

 それをよくわかっているので蛭子はもう責めることを止めた。

 

 

 そして、同じくそれをよくわかっている希咲はハァと気怠く溜息を漏らした。

 

 

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