俺は普通の高校生なので、   作:雨ノ千雨

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1章47 -21グラムの重さ ⑧

 

「――ゲロ吐きそうです……」

 

 

 静まったロッジのダイニングスペースに苦しげな望莱(みらい)の声が漏れる。

 

 

 あの後、七海ママに怒られた『紅月ハーレム』の面々は、言葉少なに粛々とキャパシティオーバーの食料を胃袋に詰め込む作業を行い、悉くグロッキー状態となった。

 

 

「汚いわね」

 

 

 お片付け中の七海ママが不機嫌そうにカチャカチャと食器を鳴らして望莱を軽蔑の眼差しで一瞥する。

 

 その視線にみらいさんは僅かな興奮を覚えるが、ぐでーっとテーブルに上体を投げ出して誤魔化した。

 

 

「昨今、無理矢理食べさせるのは虐待になります! そんなに入らないって言ったのに無理矢理入れられました! 七海ちゃんにレイプされました!」

 

「人聞きの悪いこと言うんじゃないわよ。つか、半分以上晩ごはんに回して減らしてあげたでしょうが」

 

 

 お残しは許さないと全員に命じた七海ママだったが、やはり最終的に彼女は甘いので、結局日持ちのしそうなものは冷蔵庫に運び今晩や翌朝の食事に振り分けることにしたのだった。

 

 しかし、それでも通常の一回分の食事量よりは大分多かったので、普段から小食気味のみらいさんは不満いっぱいだ。

 

 

「ぶー! ひどいです! ゲロハラです、ゲロハラー!」

 

「それなんか意味ちがくない?」

 

「……ゲロゲロうっせェんだよ、やめろや……!」

 

 

 あまり真面目に彼女の相手をしない希咲が適当に首を傾げる横から、さらに不機嫌そうなガラの悪い声があがる。

 

 顔色を悪くした蛭子(ひるこ)くんだ。

 

 

「テメェはゲロ吐くほど食ってねェだろうが……! 半分以上もこっちに寄こしやがって……っ!」

 

「えー?」

 

 

 恨みがましい目を向ける蛭子に望莱は惚けた声を返す。

 

 その二人のやりとりに希咲は呆れ気味に嘆息した。

 

 

 今しがた蛭子が言ったとおり、みらいさんは自身に配分されたノルマのほとんどを隣の席に座る蛭子に無理矢理横流しし、彼に処理をさせていたのだ。

 

 

「そうやって甘やかすからその子がチョーシにのるのよ」

 

「いや、だってよぉ……」

 

 

 冷たい希咲の言葉には怒ることはなく、蛭子は情けない声で言い訳を始めた。

 

 

「コイツよぉ。メシ食いながら横でずっと『これ以上私に食べさせるとゲロ吐きますよ? いいんですか? 蛮君の膝の上にぶちまけますよ? いいんですか?』って脅してくんだもんよぉ……、ゲロハラだぜ……」

 

「きったないわね……」

 

「仕方がなかったんです……。大好きなみんなを苦難から救うにはもうわたしがテーブルにゲロ吐いて全ての料理をやっつけるしかないと……」

 

「ふざけんなよ。あの状況でそんなことされたら全員もらいゲロして心中だろうが」

 

「サイテー」

 

 

 熱く拳を握りしめ強い使命感から男泣きをするような雰囲気だけを醸し出すみらいさんに侮蔑の視線が集まった。

 

 

「やはり英雄とは死ぬまでその偉業を理解されないものなのですね……。心が苦しくてゲロ吐きそうです」

 

「だからあんた吐くほど食べてないでしょうが」

 

「吐きそうなのはこっちだぜ……。流石にオレでもあの量はキツイぞ……」

 

「あたしだってキツイし、完全にカロリーオーバーよ」

 

 

 憂鬱そうに溜め息を漏らす希咲へ、ふと気づいたことがあり蛭子は視線を向ける。

 

 

「そういえばオマエって意外と量食えるよな」

 

「…………」

 

 

 蛭子の指摘に七海ちゃんはスイーと視線を逸らし、聞こえないフリをする。

 

 そのままスーンとお澄まししながら、積み重ねた食器を持ってキッチンへと退散していった。

 

 

(あとで運動しなきゃ……!)

 

 

 そう強く心に誓った彼女の背中を見送り、聞いてはいけないことだったかと蛭子くんは反省した。

 

 

 

「――あんまりですわっ!」

 

 

 するとドンとテーブルを叩く音と共にそんな叫びがあがる。

 

 

 マリア=リィーゼ様だ。

 

 

 彼女は涙をダーっと流しながら、ブロッコリーのぶっ刺さったフォークを握る手でドンドンとテーブルを叩いて不平不満を訴える。

 

 

 一見取り乱しているようにも見えるが、実際はそうでもない。

 

 ご飯を食べている時にこのように大声を出したり暴れたりすると七海ママに怒られることがわかっているので、彼女はママが離席するタイミングを待っていたのだ。

 

 その程度の冷静さは保ちながら、自分は不当な扱いを受けていて可哀想な存在であるとアピールを開始する。

 

 

「食べきれないのに、勿体ないから無理してでも食べろだなんて……! 第一王女たるこのわたくしに、貧民のような浅ましい真似をさせるだなんて酷すぎますわ! わたくしこのような辱めを受けたのは生まれて初めてです……っ!」

 

 

 演技がかったような仕草で涙ながらに訴える彼女の主張を蛭子はうんざりとした顔で聞き流すが、その隣の席に座るみらいさんは意を得たと力強く頷いた。

 

 

「なるほど。リィゼちゃんの言いたいことはよくわかりました。今すぐ七海ちゃんに伝えてきますね」

 

「お待ちになって!」

 

 

 ガタっと椅子を鳴らして立ち上がるみらいさんを、ガタッと椅子を鳴らしてマリア=リィーゼ様が慌てて止めた。

 

 

「ナ、ナナミは今忙しいでしょうし、あまり手間をかけさせるべきではありませんわ……」

 

「なるほど。よくわかりました」

 

 

 あっさりと聞き入れたみらいさんは、どうやら彼女をおちょくりたかっただけのようで、大人しく席に座り直した。

 

 どうにか危機を逃れたと、王女様も静かに座り直す。

 

 そしてまたメソメソと泣き始めた。

 

 

「小学校の時こういうの見ましたよね?」

 

「アン?」

 

「ほら、給食食べきれなくて、昼休みになってみんなお外で遊んでるのに教室に残されて泣いてる子です」

 

「あー……、そういやいたなぁ」

 

「わたしたちがこうしている今も何処かの教室でロリやショタが泣いてると思うと興奮しますよね」

 

「しねーよ。かわいそうだろ。つーか、今はもうそんな風に居残りで無理矢理食わせるとか出来ねえんじゃね? それこそ“何とかハラ”だろ」

 

「そんな……っ! わたしはニンジンが食べれなくて居残りさせられたというのに、ズルイです! 今の子たちもわたしと同じように苦しむべきです!」

 

「老害みてえなこと言うなや。つか、その先生やるじゃねえか。オマエに言うこと聞かせるなんてよ。オマエ嫌いなモン絶対ェ食わなかったもんな」

 

「いいえ。『じゃあ、わたしは何をされても食べないように頑張るので、先生もわたしが食べ切るまで帰れませんよ?』ってチキンレースを仕掛けて勝ちました」

 

「クソガキがよ!」

 

「わたしは三日三晩戦い抜く自信があったんですが、その先生ヨワヨワで19時にはもう壊れちゃいました」

 

「かわいそうによ……。結局どうしたんだよそれ?」

 

「えぇ。泣きながら『どうかもう帰ってくれ』って懇願されたんですが、『お残しはダメです。食べきるまで帰れません』って断ってたらお家に電話されてしまいました」

 

「あぁ……、なんかそれ覚えてるわ。七海が迎えに行ったんだよな?」

 

「はい。七海ちゃんがいっぱい謝ってました」

 

「かわいそうによ……、アイツだって小学生だったろうに……」

 

「はい。当時のわたしも蛮くんと一緒でムカーだったので、先生の背中にニンジン入れてやりました」

 

「なんでそんなことすんだよ……、あと、オレがムカついてんのは先生じゃなくてオマエな」

 

「はい。わたしも自分自身の不甲斐のなさに怒りが湧きました。心の底から呪いました。わたしにもっと力があれば、と。するとその時です。ロリわたしの頭の中で声が聴こえました。『チカラが欲しいか?』と」

 

「あー、うっせうっせ、もういい。マジで話通じねえなテメェは」

 

「――あんまりですわ!」

 

「今度はこっちかよ! どっちもうるせえんだよ!」

 

 

 これ見よがしにメソメソと泣いていたマリア=リィーゼ様が復活する。

 

 泣いても誰も優しくしてくれなかったので文句を言うことにしたのだ。

 

 

「あんまりですわ! これは国際問題ですわよ!」

 

 

 そしてまたブロッコリーのぶっ刺さったフォークを振り回し始める。

 

 

「おい、ブロッコリーが飛ぶだろ。さっさと食え」

 

 

 するとその行儀の悪さを見咎めた天津に注意をされる。

 

 さすがの真刀錵(まどか)さんも食べすぎで若干顔色が悪い。

 

 

「わたくしこの青いおキノコ嫌いですの! どうして嫌いなものを食べなければいけないんですの⁉」

 

「それは野菜だ。黙って食えキノコ女」

 

「どういう意味ですの⁉」

 

「さぁ?」

 

「なんたる侮辱……っ! わたくしこのような辱めを受けたのは初めてですわ……!」

 

 

 どうやら煽るために惚けたわけではなく真刀錵さんは適当に罵倒しただけのようであった。そして喋るのに飽きたのか、食べ過ぎで気持ちが悪いのかは不明だが、彼女はキャンキャン吠える王女さまを無視してそのまま黙り込んだ。

 

 

「チッ、うっせぇな……。いい加減にしろよ」

 

 

 一人で騒ぐその高音の王女ボイスが癪に障ったらしく、今度は蛭子くんに怒られる。

 

 

「なんですの⁉ まさかわたくしが悪いと仰るんですの⁉」

 

「最っ初っからテメェが悪いとしか言ってねえよ」

 

「第一王女たるこのわたくしになんたる無礼な言い草……っ! わたくしぶったまげましたわ!」

 

「おい、翻訳バグってんぞ。つーかよ、第一、テメェも大して食ってねえだろうが」

 

「食ってますわ! おのれバンっ……! マサトの従者だからと大目に見ていれば……っ!」

 

「隣見ろよ。その聖人(まさと)が死にかけてんじゃねえか。テメェのせいで」

 

 

 ブロッコリーをブンブンする王女様の横では、蛭子の指摘どおり聖人がテーブルに突っ伏してグッタリとしていた。

 

 

 大袈裟に騒いではいるが、マリア=リィーゼ様は望莱同様に然程多くは食べておらず、隣の席の聖人に大部分の処理を押し付けていたのだ。

 

 つまり彼女はただブロッコリーが食べられなくて喚いているだけであり、そして元気にキャンキャン叫び続ける程の余裕があることがその証拠である。

 

 

 自分に水を向けられたことに気が付いた聖人は力なく首を動かして、茫洋とした瞳を親友の蛭子くんへと向けた。

 

 

「……ハハッ……、見てくれよ、蛮……。手の震えが止まらないんだ……」

 

「頑張りすぎだろ。逆に引くわ」

 

 

 そんな彼に蛭子は胡乱な瞳を返す。いつものことだからだ。

 

 

「あぁ……、マサト……っ! わたくしのために、こんな……っ!」

 

「え? なに感動してんのコイツ。きっしょ……、マジ引くわ」

 

 

 そして、そんな弱り切った様子の聖人をうっとりとした顔で見つめる王女さまにどん引きした。

 

 

「フンっ! 貴方のような野蛮な男にはわかりませんわ!」

 

「そりゃわかんねえよ。つかよ、少しは責任とか罪悪感とか感じろよ。ヤバすぎだろオマエ……」

 

「ま、まぁまぁ、許してあげてよ、蛮」

 

 

 結構ガチめの説教を始めそうな雰囲気の蛭子を聖人が宥める。

 

 

「ほら? リィゼはさ、知らない土地に一人で来ちゃって色々大変なんだ。その苦労は僕たちにもわかるだろ?」

 

「そりゃ、まぁ……、そうだけどよ……」

 

「あの時はリィゼが全面的に僕たちのサポートをしてくれたじゃないか。僕たちだって向こうの文化やマナーとか全然わからなくて色々迷惑かけちゃっただろ? でも、そんな僕たちにリィゼは怒ったりなんかしなかった。だからさ、今度は僕たちが彼女を助けてあげようよ」

 

「マサト……っ、わたくしっ……、わたくし……っ!」

 

 

 自身を庇ってくれて、温かい言葉をかけてくれて、そして他の者たちにも呼び掛けてくれる。

 

 マリア=リィーゼはそんな婚約者の行動とイケメンスマイルにジィーンと感じ入り、感動の涙を浮かべた瞳で熱っぽく見つめる。

 

 

 しかし――

 

 

――他の者たちは一様に白けた目で二人を見ていた。

 

 

「あ、あれっ……?」

 

 

 思っていた反応と違って聖人はイケメンスマイルを困惑させる。

 

 

「サポートしてくれたっつーかよ……」

 

「そもそもその女のせいで私たちはあそこへ行く破目に陥ったんだがな」

 

「あはー。結局全部リィゼちゃんのせいってことですねー」

 

「そ、それは……、その……」

 

「マサトっ⁉」

 

 

 綺麗事では誤魔化しきれない純然たる事実を突きつけられ、気まずそうに目を逸らす聖人にマリア=リィーゼ様はショックを受けた。

 

 

 そんな王女さまへ天津が近寄っていき、彼女の目の前のテーブルにゴトリと鞘に収まった刃物を落とす。

 

 自害用の短刀だ

 

 

「腹を切れ」

 

「味方はいないんですの⁉」

 

 

 頭を抱えながら絶叫し、目の前の刃物を見ながら愕然とする。

 

 

「――なにまた騒いでんのよ。うっさいわね」

 

 

 すると、そこへ七海ママが戻ってきた。

 

 

「ナナミィーーーッ! 聞いてくださいましっ!」

 

「わっ⁉ なにっ⁉ なんなの……⁉」

 

 

 戻ってきたら、途端に泣きながら縋りついてくる王女様に希咲は困惑する。

 

 

「なんなの? なんでちょっと目を離しただけでこの子心折れてんの?」

 

「ホームシックのようです」

 

 

 どうせ嘘だろうと望莱の返答を無視して聖人に目を向けると彼は曖昧に苦笑いをし、次いで蛭子を見ると適当に肩を竦められ、最後に天津を見ると彼女は黙って目を閉じた。

 

 まったく要領は得られなかったが、どうせいつものことかと雑に金髪を撫でながら希咲は嘆息した。

 

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