俺は普通の高校生なので、   作:雨ノ千雨

271 / 312
1章47 -21グラムの重さ ⑩

 

 未曾有の食料危機に直面した若者たちは、これ以上ママに怒られないよう真剣に一週間後の自分たちの未来について議論を重ねていた。

 

 

「――やっぱりさ、一回帰るしかないんじゃない?」

「だから無理だっつってんだろ」

 

「じゃあ残る組と戻る組で別れるのはどう?」

「ついでにドラマの予約をしてきてくれませんこと? 忘れてしまいましたの。どうしてTVにはアーカイブがないんですの?」

「黙っていろ。豚女め」

「七海ちゃん、わたしアイスがたべたいです」

 

「それも駄目だ。万が一ここを留守中にアイツらが来ちまったら終わりだ。まず最低でもオマエとみらいが残るのはマストだ」

「えー? わたしもう帰りたいですー」

「うるせえ。それからオレも残らないと作業が進まねえ。あとは真刀錵は……」

「私は聖人の側に常に」

「――だそうだ」

「う~ん……、それなら七海とリィゼに買い出しに行ってもらうのは?」

 

「……あのな? バカ王女はいない方がマシだが、オマエよ、七海ナシでここの生活あと数日もたせる自信あんのか?」

「それはー……、あはは……」

「無礼者っ! 下男風情がこのエルブライト公国第一王女であるわたくしを見縊りましたわね! わたくしこのような屈辱は生まれて初めてです!」

「そうです! リィゼちゃんに“はじめてのおつかい”はまだ早すぎます! 少しは考えて発言してください!」

「そのとおりですわ! ミライ! もっと言っておやりなさい!」

「はい! リィゼちゃんはゴミカスニートです!」

「オーッホッホッホッホ、ぐうの音もでねえようですわね!」

「……馬鹿女が」

 

「……というわけで別働は無理だ」

「わたしにいい考えがあります」

「ほんとに? 助かるよみらい。聞かせてくれる?」

「はい。口減らしをしましょう」

「……コイツに喋らせるなよ」

「わたしたちは6人もいますのでとりあえず半分は死んでもらって、生き残った人が死体を食べればきっと期日まで完走できます」

「い、いや……、それは……」

「とりあえずわたしと七海ちゃんの為にみんな死んでください」

「それだったら全員でバックレた方がまだマシだろうが! ここに来た目的見失ってんじゃねーか! あとで検査に来た連中になんて説明すんだよ⁉」

「その人たちもわたしが殺して食べちゃうので大丈夫です。安心してください。一人たりともこの島からは生きて帰れません……、もうダメなんです……、わたしたちはもう終わりなんです……、あは、あはははははは……っ! おわり……っ、もう終わりよ……っ! あはははは――」

「と、唐突に正気を失うんじゃねえよ……、こっわ……」

 

 

 バンっとテーブルが叩かれる。

 

 その音の方へ目を向けるとジト目に睨まれた。

 

 会議を袋小路に迷い込ませていたメンバーたちは着席する姿勢をスッと正し静粛にする。

 

 

「はい、それじゃあここまでの意見で方針を纏めてください」

 

 

 希咲はその様子に「うんうん」と満足そうに頷くと、軌道修正を施した。

 

 

「まとめろたって……なぁ?」

 

「う~ん……、やっぱりみんなで協力しないとね」

 

「いや、だからよ。協力して具体的に何をするのか決めろって話だろ? また怒られんぞ?」

 

「えーっと……、補給しに帰るのが無理なら、ここで食料を確保するしかないよね?」

 

 

「おや?」と希咲は興味深そうに彼らの会話に耳を傾ける。

 

 ようやく建設的な方向に話が進んだからだ。

 

 

 破天荒で無軌道な彼・彼女らはとりわけ、生きるために食べるということに無頓着だ。須らくボンボンであることも起因している。

 

 希咲はこういった機会があればその度に彼らの躾をしようとこれまでも何度も試みていた。

 

 もしかしたら今回は進歩が見られるかもしれないと期待を寄せる。

 

 しかし――

 

 

「それって自給自足するって言ってんのか? どうやって?」

 

「そうだね……、えっと……、木の実を集める……とか……?」

 

「この人数の食事に見合うようなもん見かけたか?」

 

「じゃあ……キノコ、とか……?」

 

「……食えるモンわかんのか?」

 

「それは……、七海に見てもらうとか……? あっ、じゃあさ、魚釣りは?」

 

「……道具は?」

 

「それは……、七海に作ってもらうとか……? あっ、じゃあさ、鳥を捕まえるとかはどう?」

 

「……どうやって?」

 

「罠を仕掛けてさ」

 

「……その罠は? オマエ作れんのか? つか、仕掛け方とか知ってんのかよ」

 

「えっと……、それは七海にやってもら――」

 

「――あのよ? それで捕まえても結局捌いて料理すんのも七海じゃねえか。オレは作業にかかりきりになるし、結局オマエら何も協力できてねえじゃねえかよ」

 

 

 至極真っ当なヤンキー男の指摘にイケメンお坊ちゃんは苦し気に呻いた。反論の余地がなかったからである。

 

 

「女に世話にしてもらわないと何もできないクソヒモ野郎ですね。さす兄です」

 

「ひどくない⁉」

 

「でも大丈夫です。兄さんは顏だけはいいし、おまけに家もお金持ちです。このアドバンテージのみでいけるとこまでいってみましょう?」

 

「みらいは僕をどうしたいの⁉」

 

「話が進まんな。致し方なし。みらいの案を採用しよう。とりあえずこの白豚を捌いて食おう」

 

「無礼者っ! 冗談でも言っていいことと…………、あの? 冗談、ですわよね……?」

 

 

 結局みらいが混ぜっ返しマリア=リィーゼが喚いて結論までは至らなかった。

 

 いつでも真剣(マジ)な真刀錵さんの目に怯える王女様の姿を見ながら、希咲はハァっと溜息をつき、パンパンっと手を叩いて全員の意識を切り替えさせる。

 

 

 そして同時に自身も切り替えを行う。

 

 

『潮時か』と。

 

 

 今回は解決策を出すところまではいかなかったが、少しは反省している様子も僅かに見られたことだし、ほんの半歩ほどは進歩したと評価することにしてそろそろ助けてやることにする。

 

 

 実はこういった不測の事態が起こる可能性もあるだろうと希咲は予め予測をしていて、秘密裏に一週間分ほどの予備の食料を個人的に持ち込んでいたのである。

 

 

 それをすぐに伝えて甘やかしてはいけないので、彼らの自立と反省を促すために自分たちのことで自分たちで困って、そして自分たちで解決方法を考えるように仕向けていたのだ。

 

 

 期待していたほどの進歩ではないが、しかしあまり意地悪をし過ぎるのもよくない。

 

 追い詰めすぎると、今目の前で起きているようにすぐに彼らは仲間割れを起こすのだ。

 

 

 コホンと、喉を鳴らして希咲は全員に通達をする。

 

 

「まったく、仕方ないわね。まぁ、いいわ。実はね、こんなことも――」

 

「――こんなこともあろうかと!」

 

 

 しかし、全部を言い切る前にガタっと椅子を鳴らして立ち上がったみらいさんに発言権をインターセプトされた。

 

 全員の視線が望莱へと集まる。

 

 

「こんなこともあろうかと! 実はこのみらいちゃん、こんなこともあろうかと、こんな時のためにこんなこともあろうかというアイテムを用意しておきました。こんなこともあろうかと!」

 

「なに言ってんだオメェ」

 

 

『こんなこともあろうかと』を言いたくてしょうがないお年頃のみらいさんに蛭子くんが胡乱な瞳を向ける。

 

 

「さぁ、蛮くん。ボーっとしてないで、そこの入り口のとこのコートロッカーを開けてみてください」

 

「アン? なんだってんだ……」

 

 

 悪態をつきながらも何だかんだ言うとおりにロッカーを開けに行ってくれる優しい幼馴染のお兄さんに、みらいさんは調子こく。

 

 発言の機会を失っていた希咲は、その様子を見ながら猛烈に嫌な予感が湧き上がってきた。

 

 

 玄関近くに設置されているコート用のクローゼットを蛭子が開けると、中から彼の方へ細長い棒状の物が何本か倒れてくる。

 

 

「なんだこりゃ……?」

 

 

 それを受け止めながら彼は眉を顰めた。

 

 みらいさんはドヤ顏で大きく頷く。

 

 

「タケヤリです!」

 

「は?」

 

「タケヤリ……?」

 

 

 一同が怪訝そうな顔をする。

 

 

「これ、オマエが作ったのか?」

 

「通販で買いました」

 

「売ってんの⁉」

 

 

 自身のおすすめリストには現れたことのない商品の存在に七海ちゃんはびっくり仰天して、止める機会すら逸する。

 

 

「んで、これがなんだってんだ?」

 

 

 蛭子の問いにみらいさんのドヤ顏が一層うざくなった。

 

 

「さぁ、みなさん。ここからはサバイバル生活ですよ!」

 

 

 ビシッとメンバーを指差して高らかに宣告をする。

 

 

「なに言ってんだオマエ」

 

「これで獣を狩ってドロップしたお肉を集めてきてください!」

 

「アァ?」

 

「第34回紅月ハーレム チキチキ誰が最初にお腹こわすかたいかーいっ!」

 

 

 パチパチと拍手をしたのはみらいさん一人だけだ。

 

 当然だが他の者たちは着いてこられていない。

 

 

 これはマズイ流れだと希咲が大会中止の命令を出そうとするが――

 

 

「――無礼者ぉーーっ! 第一王女たるこのわたくしに狩猟の真似事をしろですって……っ⁉」

 

 

 プライドだけは高く、沸点は限りなく低い。

 

 そんな第一王女さまが光の速さでぶちギレた。

 

 

「ミライ……、一応はこの国の貴族の娘と思いこれまで多少のことは多めに見てきましたが……、どうやら甘やかしすぎたようですわね……!」

 

「えー?」

 

「わたくし、このような屈辱を受けたのは生まれて初めてですわ!」

 

「でもでも、リィゼちゃん? 立場ある者は責任をとらないといけませんよね? リィゼちゃんはこの国の政治家のおじさんたちみたいに、やるだけやって失敗したらバックれる系の王女さまなんですかー?」

 

「見縊らないでくださましっ! 行きますわよ! マサト!」

 

「え? 行くの⁉」

 

 

 光の速さでキレた王女さまはバカだったので光の速さで言い包められてしまった。

 

 

「ちょ、ちょっと待って……! そんなことしなくても――」

 

「――待ってください!」

 

 

 慌てて希咲が止めようとするが、またもみらいさんに発言を邪魔される。もちろん確信犯だ。

 

 聖人の手を引きながら勢い勇んで狩りに出かけようとしていた王女さまがバッと振り返った。

 

 

「なんですの⁉」

 

「タケヤリを」

 

「はい?」

 

「そこのタケヤリを持って行ってください」

 

 

 煽り性能の高い顏で問い返す王女様に望莱は蛭子が持つタケヤリを指し示す。

 

 

「このわたくしにこのような貧相な武装は必要ありませんわ!」

 

「ダメです」

 

「なんでですの!」

 

「作法です」

 

「お断りですわ! そのような異国の風習でこのエルブライト公国第一王女を止められると思って⁉ このような野蛮で下等な道具はマドカにでも持たせておきなさい。お似合いですわ!」

 

 

 槍玉にあげられたその真刀錵さんは既に蛭子から自分用にタケヤリを一本受け取っており、ブンブンと振り回して感触を確かめている。

 

 その無表情はどこか満足げなものだ。わりと気に入ったらしい。確かにお似合いのようだった。

 

 

「ですがリィゼちゃん。このタケヤリは一本一万円です」

 

「ユキチ様っ⁉」

 

 

 頑なに拒んでいた王女様は望莱から告げられたその驚きの価格に瞠目する。

 

 彼女は王族なので基本的にほとんどの物を金額で判断するのだ。マリア=リィーゼ様の毎月のお小遣いは五千円なのでこれは高額商品で間違いがない。

 

 

「本体価格だけでなく、なんと注文してからたったの二日で中国から届けられたのです。さらに感謝の言葉が日本語で綴られたカードまで同封されて」

 

「い、行き届いておりますわ……! ホスピタリティが……⁉」

 

「あ、あんたそれ一万円って……、詐欺業者に騙されてんじゃ……」

 

「こ、これはどういった逸品ですの⁉」

 

 

 希咲の指摘は興奮した王女様の声に遮られた。

 

 

「はい。商品説明によると、実はこのタケヤリは四千年前に中国の仙人さまが植えて、現代まで残った竹から作られているそうです」

 

「仙人さまが⁉」

 

「えぇ。そしてあの有名なパンダさんがその竹から成った笹の葉っぱを好んで食しているようなんです」

 

「あの有名なパンダさまが⁉」

 

「これは中国四千年の歴史の結晶なのです」

 

「なんということですの……」

 

 

 衝撃の由来にマリア=リィーゼ様はワナワナと震える。

 

 彼女自身、自分がなににそこまで驚いているのかはわかっていなかったが、そこは雰囲気だ。

 

 それに彼女は王族なので歴史や権威には敬意を払うように教育をされている。『四千年』『仙人』『有名な』のワードを彼女は重んじていた。

 

 

「ちなみに竹と笹は別の植物だ」

 

「真刀錵って意外とそういうの知ってるわよね。てか、ねぇ? みらい」

 

「はい?」

 

「あんたそれ騙されてんじゃないの?」

 

「いいえ。しっかりと商品説明ページに書いてありました。惜しむらくは商品が届いてからもう一度そのページを開こうとしたら消えてなくなってしまっていたことですが。スクショしとけばよかったです」

 

「それ……、絶対にダメなやつじゃん……。一万円……、一万円……」

 

 

 希咲がげんなりと肩を落としながら諭吉さんの重さに震える横で、王女様も葛藤に震える。

 

 そして、

 

 

「――やはりお断りですわ!」

 

「ほぉ」

 

「武器を振り回して獲物に襲いかかるなどできませんわ!」

 

「自給自足をしようって決めましたよね?」

 

「わたくしは王族ですわよ」

 

「ですが現在無所得です」

 

「ゔっ――⁉ そ、それは……っ⁉」

 

 

 最高位の身分を主張する王女さまの年収を指摘すると彼女はあからさまに狼狽えた。

 

 

「で、ですが、ミライ……っ」

 

「居候です」

 

「そ、それは――」

 

「税金も納めていません」

 

「くっ、くぅ……っ!」

 

 

 みらいさんによる畳み掛けるような事実の陳列に、王女様は肩身を狭くする。確かに現在の彼女は紅月家に居候をして、家賃も食費も納めないどころかお小遣いまで頂いている身分だ。

 

 

「し、しかし、これでは国の者たちに申し開きが――」

 

「――リィゼちゃんのサブスク全部解約しますよ?」

 

「仕方ありませんわね! いきますわよ、マドカ!」

 

 

 光速で手のひらをクルっとした王女様はタケヤリを手に持ち、戦闘狂女子を引き連れてロッジから出ていった。

 

 異国の地よりこの日本に来て彼女ももう1年が経つ。

 

 娯楽大国であるJAPANのCOOLな文化に順調に侵された彼女は既にエンタメ中毒になっており、映画・ドラマ・音楽等々、これらのサブスクを解約されては手の震えが止まらなくなってしまうのだ。

 

 それはつまり、立派に愚民化した王女様は、月額料金をお支払い頂いているみらいさんには基本的に逆らえないことを意味する。

 

 

「ちょ、ちょっとあんたたち……!」

 

「心配だから僕も行ってくるよ」

 

「むしろお前が先頭きって行って来いよ」

 

 

 神妙な表情で駆け出す聖人を蛭子はシラっとした目で見送り、テーブルの上のティーカップを手に取る。

 

 

「ちょっと、蛮! 止めてきてよ」

 

「アン?」

 

 

 慌てた様子の希咲とは真逆に、蛭子はリラックスした仕草でお茶を啜る。

 

 

「ほっとけよ」

 

「ほっとけって……いいの?」

 

「どうせいても邪魔だしな。一時間くらい遊んだら飽きて帰ってくんだろ」

 

「そうじゃなくってさ……!」

 

 

 ツンツンしつつも心配性な希咲に蛭子は意地悪げな笑みを浮かべる。

 

 

「思い出してみろよ」

 

「え?」

 

「この島でなんかでけぇ動物見たことあるか?」

 

「え? あっ……、そういえば!」

 

 

 蛭子に指摘されて思い至る。

 

 そういえばこの島には特に危険となるような動物はいなかった。

 

 

「そういうことか」

 

「そういうことだ。ここには野性の獣なんていねえんだよ。残念だったなバァーカ」

 

「ぶー」

 

 

 前半は希咲に、後半は望莱に対して言う。

 

 あざとく頬を膨らませた望莱を鼻で嘲笑ってから、蛭子はまた希咲に向きなおる。

 

 

「あー、だからあんたそんなに落ち着いてんのね」

 

「まぁな。真刀錵のアホに惨殺される可哀想な動物がいたらとっくに止めてるわ」

 

「ふふ、心配する方そっちなのね。フツー逆じゃない?」

 

「そうは言ってもよ、鹿とか猪くれぇじゃ真刀錵にゃ勝てねえだろ? オレ動物が可哀想なのは無理なんだよ。まぁ、アイツあのヤリぶん投げて、ワンチャン鳥か魚くれぇなら獲ってくるかもな」

 

「まぁ、獲れなくってもだいじょぶよ。実はねあたし、こんなことも――」

 

「――こんなこともあろうかと!」

 

 

 再びみらいさんに『こんなこともあろうかと』を被せられ、にこやかに談笑していた希咲と蛭子はスッと真顔になる。

 

 ツウと冷たい汗が一筋。嫌な予感しかしなかった。

 

 

「ご安心ください。こんなこともあろうかと、このみらいちゃんが予め獲物を用意しておきました!」

 

 

 予感はあっという間に確信に変わる。

 

 

「……獲物を用意したって……、どういうこと?」

 

「はい。私の方で野生の獣くんたちを仕入れまして。私たちが来る前にこの島に放っておきました」

 

「仕入れた……だと……?」

 

 

 ニコニコ笑顔でされる説明を聞けば聞くほどにヤバイ案件のニオイが濃くなっていく。

 

 希咲は事実確認を行うため、慎重に問いを投げかけた。

 

 

「……放ったって、なにを?」

 

「えっとぉ……? 鹿とか、猪とか、色々なんですけどぉ……、あと何がいましたかねえ……」

 

 

 既に本人も詳細を碌に把握していないことが露呈し、希咲と蛭子の不安が膨らむ。

 

 

「おい……、それって生態系とか、そういうの大丈夫なのか? もしかしてこれ相当ヤベエんじゃ……」

 

「あ! とっておきの子がいたのを思い出しました! ペトロビッチくんです!」

 

「は? ぺとろ……? なんて?」

 

「はい。コディアックヒグマのペトロビッチくんです」

 

「ヒグマっ⁉」

 

 

 耳に馴染みのないややこしい名前の熊さんに七海ちゃんはびっくり仰天してサイドテールがぴゃーっと跳ね上がる。

 

 

「別名アラスカヒグマです。ペトロビッチくんはアラスカ半島出身でロシア育ちのグッドボーイで、既にわかっているだけで3人ほどニンゲンさんを食べちゃったフダ付きのワルです」

 

「人食い熊じゃねえか!」

 

 

 想像のナナメ上をいくヤバイ事態に蛭子くんもびっくり仰天したが、七海ちゃんがフリーズしてしまったので強く正気を保った。

 

 

「オマエ、そんなもん一体どうやって……」

 

「通販で買いました」

 

「嘘つけ!」

 

「ねぇ、アラスカってアメリカじゃなかった? なんでロシア?」

 

 

 思ったよりも早く回帰した希咲がとても不審そうに問う。

 

 

「いいですか、七海ちゃん。実はアラスカ半島ってロシアの領土から日によっては肉眼で見えるくらい近いらしいんです。それはそれとして不思議ですね。なんでアラスカ生まれのクマさんがロシアにいたんでしょうね?」

 

「…………」

 

 

 とても白々しかったが闇が深そうで希咲は追及が出来なかった。

 

 

「……お、おい、コイツなんかネットで最強のヒグマだとか言われてっぞ……?」

 

「はい。ペトロビッチくんも齢3歳にして体重が750kgもあるタフガイです。人間ごとき丸かじりです」

 

「…………」

 

 

 スマホ片手に蛭子くんは絶句する。

 

 

「このペトロビッチくんの生い立ちなんですが、ロシアの軍を退役されたピョートルおじさんが犬だと思って拾って育ててたらしいんですけど……」

 

「成長してびっくりしちゃったのね……」

 

「いいえ。ピョートルおじさんはウォッカのやりすぎで脳まで溶けていたらしく、頑なに犬だと言い張って手放そうとせず、オリにも入れないのでご近所さんも大変迷惑していたようです」

 

「やば」

 

「それである日仲間たちとウォッカパーティをして酔っぱらった際に、ペトロビッチくんにコサックダンスを仕込もうとして、景気づけにウォッカを飲ませたら仲良く食い殺されたそうです。唯一の生き残りさんの証言より」

 

「やばすぎ」

 

「まぁ、それでペトロビッチくんもお酒が回って酔いつぶれてしまったんですが、それが幸いして射殺されずに捕獲されたそうです」

 

「熊って酔っぱらうのか……」

 

「そして保護されて処分待ちだったところをわたしが通販で買い取りました。まる」

 

「売るんじゃねえし、テメェも買うんじゃねえよ!」

 

 

 ドン引きする二人を前にみらいさんはふと悩ましげに溜息を漏らす。

 

 

「それがですねえ、ちょっと困ったことがありまして……」

 

「オマエのせいでオレたちはいつも困ってるぜ」

 

「ほら? わたし、いくつか会社をやってるじゃないですか?」

 

「聞けよテメェ……、んで?」

 

「はい。まぁ、ほとんどが税金対策用のペーパーカンパニーなんですけど……」

 

「聞きたくねえ、やめろ」

 

 

 また新たなヤバイ話が出てきて蛭子くんは耳を塞いだ。

 

 

「実はそろそろ税務署に目を付けられてるってタレコミがありまして」

 

「いっそ掴まっちゃいなさいよ」

 

「何でもいいので実績と実態が必要になりまして、この際動物保護ビジネスでもやってついでに一般社団法人も作って国からたんまりと補助金をかっぱいでやろうかなって」

 

「あーあー、きこえなーいっ」

 

 

 蛭子くんの後を継いだ七海ちゃんもあっという間にお耳を塞いでしまった。

 

 

「オマエはほんとに余計なことしかしねえよな!」

 

「かわいそうなペトロビッチくん……、人間の都合で……!」

 

「そういうのいらねえんだよ! 全部テメェの都合じゃねえか!」

 

「あぁ……、きっとペトロビッチくんは忘れないでしょう。彼は必ずいつまでも覚えています。人間への深い恨みと、そしてその血と肉の味を……」

 

「このクソガキがよ! やっていいことと悪いことを――」

 

「――ですが、そんなペトロビッチくんも知ることになります。人類には天津 真刀錵という化け物がいることを……」

 

「やめろよ! オレ動物が可哀想なの無理だって言ってんだろ! あとグロイのも無理なんだよ!」

 

「ヤンキーのくせにダサイですね」

 

「うるせえよ! おい! 七海っ!」

 

 

 コイツと話していても埒があかないと、蛭子は希咲に呼びかける。

 

 

「行くぞ七海! 戦いを止めに!」

 

「え? あー……、うーん……」

 

 

 勇ましく出動を申し出たが、希咲の方からは気のない返事が返ってきた。

 

 彼女はスマホをカツカツと操作している。

 

 

「なに見てんだよ? 今そんな場合じゃ……」

 

「え? や、ほら? あたしクマって捌いたことないからさ、どうやって下処理すればいいのかなーって」

 

「――っ⁉」

 

 

 まさかの裏切りに蛭子君は絶句する。

 

 

「オ、オマエ……、まさか……」

 

 

 呆然としていると希咲が半眼を向けてくる。

 

 

「いい? 蛮。食べていくってのは遊びじゃないの」

 

「お、おう……」

 

「悪戯に狩りをしようとは思わないわ。でも犠牲になっちゃった生命は無駄にはできないし、生きているあたしたちの生命も無駄にできない。食べれるものは食べれる時に食べるのよ」

 

「い、いや、ペトロビッチくんはまだ……」

 

 

 謎の重厚感で説得力を醸し出す希咲に慄いた蛭子が尚も辛うじて言い募ろうとすると、希咲は悲しげな顔でフルフルと首を横に振った。

 

 

「ムリよ……、真刀錵からは逃げられない……。こんなとこで偶然出会った強そうなクマさんを、あの戦闘狂バカが見逃すはずがないわ……」

 

「そ、それは……」

 

「いいんですか? 蛮くん。こうしている間にもペトロビッチくんが真刀錵ちゃんに八つ裂きにされてしまいますよ?」

 

「うっ……うぅ……っ」

 

 

 面白半分に追い詰めてくるみらいさんの言葉に、蛭子くんは僅かに逡巡すると――

 

 

「――う、うおぉぉぉっ……! ペトロビッチくーんっ……!」

 

 

 ガッとタケヤリを一本引っ掴み勢いよく玄関から外へ飛び出していった。

 

 その背中をみらいさんはニッコリ笑顔で見送った。

 

 

「うふふ、蛮くんったら必死です……、おや?」

 

 

 飛び出していった蛭子がバタンっと強く扉を閉めた衝撃で、空っぽになったはずのロッカーから何かが倒れてきて床に落ちる。

 

 

「ん? あ、スコップあるじゃん。ちょうどいい」

 

 

 それを見つけた希咲が早速拾い上げる。

 

 望莱は彼女へ怪訝そうな目を向ける。

 

 

「スコップなんてどうするんです? ペトロビッチくんのお墓でも掘るんですか?」

 

「や、違うけど。ほら? 謎のリィゼ汁処理しなきゃじゃん? あれ排水溝に流れなそうだし、川とか海に捨てたら魚が浮かんできそうでコワイし、埋めちゃおっかなって」

 

「あぁ、なるほどです」

 

「それに――」

 

「はい?」

 

 

 希咲はふと遠い目になると宙空を見上げた。

 

 

「……血抜きとかする時も穴とかいるかなって……」

 

 

 ボソッと寂しげに呟いた彼女にみらいさんは満足げに笑う。

 

 

「ふふふ。七海ちゃんったら、たくましカワイイです」

 

「うっさい。あんた後でマジでおしおきだかんね――」

 

 

 罪悪感のカケラもないバカにジト目を向けようとしたその時、森の方から轟音が轟く。

 

 爆発音だ。

 

 

「――へ……?」

 

 

 希咲は一瞬呆けて、すぐに首を振って気を確かなものにし、急いで二階へ駆け上がる。

 

 そして手近な部屋に入り、窓を開け放って外の様子を確認した。

 

 

「――んなっ⁉」

 

 

 その有様に言葉を失う。

 

 

 森の奥まった辺りで火の手が上がっている。

 

 

 轟轟と燃え上がり天へと立ち昇る煙が空の色を塗り替えていく。

 

 

 バサバサっと無数の鳥たちが翼を鳴らして森の木々から飛び立っていく。

 

 

 希咲のいるロッジ周辺の開いた場所には森の中からシカさんやウサギさんなどが粟を食って逃げてくる。

 

 

 その様相はまさしく――

 

 

「――じ、じごく……」

 

 

 突然のこの世の終わりのような光景に呆気にとられていると、横からのんきな声が聴こえてくる。

 

 

「あ! 見てください七海ちゃん! カンガルーさんです! あれもわたしが買いました!」

 

「うっさい、おばかっ! 犯罪自慢してる場合か!」

 

「えー?」

 

 

 希咲が叱りつけながら森の中の火を指差すと、ようやく望莱もそちらへ関心を向ける。

 

 

「あー……、あれはきっとリィゼちゃんの仕業ですね。こういうのは大体リィゼちゃんのせいです」

 

「大体いつも全部あんたのせいだろうがっ!」

 

「あいたぁーっ⁉」

 

 

 ズビシっと望莱の頭にチョップを落とし、希咲は彼女を置いて部屋を飛び出し階段を駆け下りる。

 

 そして玄関の扉を開け放った。

 

 

「どいつも、こいつもーーーっ! バカタレがーーーっ!」

 

 

 八つ当たり気味の怒声に驚く動物さんたちの間を縫うように駆けながら、希咲はスコップ一本片手に火に包まれる森の中へ飛び込んでいった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。