俺は普通の高校生なので、   作:雨ノ千雨

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1章47 -21グラムの重さ ⑬

 

 昼休みの残り少ない時間。

 

 

 学園敷地内の北西部にある部室棟周辺から、自身が所属する2年B組の教室のある2年生校舎へ向かって歩いている。

 

 

 少し前に校内放送で生徒会長室――先日ちびメイドに拉致されて連れていかれた部屋――へ来るようにと呼び出されていたが、弥堂は特に行く気はなかった。

 

 

 そうすると今日の放課後か明日の朝にでもまたちびメイドを差し向けられることになるであろうが、言い訳はなんとでも出来る。

 

 

(そうだな――)

 

 

 生徒会長室に来いとは言われたが、具体的にいつ行けばいいのかについての言及がなかった。自分は行くつもりはあった。ただ、まだ行っていなかっただけでバックレたわけではない。

 

 

 それに、『大至急』という文言はあったが、それが実際にどのくらい急を要して、どのくらい急ぐのかは個人の感覚に準拠する。

 

 人によってはそれを5分以内にと感じる者もいるだろうが、自分は大体一週間以内くらいの感覚だった。

 

 

 人間は一人一人それぞれが能力も考え方も何もかもが違う。

 

 特に感覚的な部分に関しては誰のものが正しくて、それ以外は間違っているなどと決めつけられるものではないし、決めつけるべきではない。

 

 一人一人のそういった感性は大事にするべきだし、全ての個人に対して配慮とリスペクトをするべきだ。だから文句を言うな。

 

 

(……こんなところか)

 

 

 自らの脳内で行った理論武装に瑕疵がないかを精査していると、進行方向に一つの人影を発見する。

 

 

 水無瀬 愛苗(みなせ まな)だ。

 

 

 弥堂は反射的に物陰に身を隠し周囲を確認する。

 

 

 ここいら辺は学園内でも人通りの少ない場所で、人目に付きづらい場所だ。

 

 そのため不良生徒たちの溜まり場にもなりやすい。

 

 そして昨日の昼休みに水無瀬と遭遇した場所と大体同じ場所だ。

 

 

 教室に居場所がなくてなんとなく外をプラついているというわけではなさそうだ。

 

 何か明確な目的を持っている。

 

 

 水無瀬は昨日同様に何かを探すように辺りをキョロキョロと見回しながら時折クンクンと鼻を鳴らしている。

 

 

(こいつ、まさか――)

 

 

 彼女が何を探しているのか、思い当たるものが出来た。

 

 

 さて、どうしたものかと考える。

 

 

 昨日ここで彼女を発見した時には、誰かしら彼女へ悪意を持つ者に呼び出されたのではと疑ったが、実際にはなにも起こってはいなかった。

 

 今日の教室での寝室 香奈(ねむろ かな)結音 樹里(ゆいね じゅり)の様子を考えると、今回も特になにも問題はなさそうに思える。

 

 

 寝室たち以外でも、水無瀬に直接危害を加えようとする者がいるのならば、それは希咲に依頼された案件の内容の範疇になる。

 

 だが、現在教室内で起きている、多くの生徒が水無瀬へ関心を失くしているという問題や、水無瀬が今ここで探しているであろうモノについてはその限りではない。

 

 

 それについては積極的に関わるつもりはないが、しかしそっちは生徒会長閣下に命じられた生徒を守れという指令の範疇にはなるかもしれない。

 

 

(どうするか……)

 

 

 あまり長考をしていると、昨日の様に水無瀬にニオイで発見されるかもしれない。

 

 

 決断を逡巡していると、水無瀬は校舎と校舎の間に出来た細い路地のような場所へ這入って行ってしまう。

 

 昨日隣のクラスの山田くんが仕事をしていた場所だ。

 

 

 音を出さぬように舌を打って後を追う。

 

 

 壁を背にして角の向こうを覗き込む。

 

 

 すると路地の中に居たのは水無瀬一人だけ――ではなかった。

 

 

(へぇ……)

 

 

 心中で感嘆する。

 

 

 水無瀬と向かい合う形で何かを話している者たちがいる。

 

 

 寝室 香奈と結音 樹里。

 

 白黒ギャルと謂われるコンビと他には何名かの男子生徒たち。

 

 D組の猿渡という不良男子とその取り巻きたちだ。

 

 

 自分の見立てや予想はこうまで外れるものかと心中で苦笑いを浮かべ自嘲する。

 

 

 だが、この方が都合がいい。

 

 

 この眼にも視えないものを、あぁだこうだと考えて答え合わせをするよりも、目の前に立った者を殺していった方がわかりやすく話も早い。

 

 この世界ではそれはとても遣りづらいことであるが、そうであるからこうしてノコノコと出てきてくれるのはとても喜ばしいことだ。

 

 それに呼び出しに応じなかったことの正当性も確保できる。

 

 

 彼女らが水無瀬に直接手を出してくれる場面を目撃して、このことを決定的な出来事にしたい。

 

 しかし、希咲の依頼では水無瀬が暴力を奮われる直前に助け出せと要請されている。

 

 もしかしたら不測の事態が起きて不幸な事故と為ってしまうかもしれないが、一応は希咲の要望を叶えるつもりでいつでも動き出せるよう努力をする。

 

 

 胸元に手を遣りポケットの中のボイスレコーダーの録音を開始するボタンを押し込むと同時、それをスイッチに心臓に火を入れて身体中に熱を廻らせた。

 

 

 するとその瞬間――

 

 

 寝室と何やら会話を交わしていた水無瀬が唐突に鼻をクンクンと鳴らし、パッと振り返る。

 

 そして、路地の入口から様子を窺っていた弥堂と目が合ってしまった。

 

 

「あ! やっぱり弥堂くんがいた!」

 

 

 嬉しそうに顔を輝かせる彼女とは対照的に弥堂は舌を打つ。

 

 

「は? 弥堂……? サイアク……」

 

 

 何故気付かれたと、始まりそうになった思考は寝室の不快そうな声によって遮られた。

 

 

 彼女を視る。

 

 

(安心しろ。最悪なのはこちらも一緒だ)

 

 

 心の裡を隠そうともせずに表情を歪める彼女に声には出さずに共感をしてやる。

 

 もっとも、言葉にして伝えたところで彼女は嬉しくもなんともないだろうが。

 

 

 この上は隠れていても仕方がないので、路地へ踏み入る。

 

 水無瀬の隣へと辿り着く前に彼女の方からパタパタと駆け寄ってきた。

 

 

「えへへ、弥堂くん今日もここに来てたんだぁ。なにして遊んでたの?」

 

「…………」

 

「わわわ……っ⁉」

 

 

 にこやかに話しかけてくる水無瀬に返事はせず、無言で彼女の頭に手を置いて雑に髪をかき回してやる。

 

 これまでの経験でこの少女は出会いがしらにこちらの戦意を削いでくることがわかっていたので、その為の対応だ。

 

 

 希咲には女子にやってはいけないことランキングBEST5の内の一つだと言われていたが、その希咲自身がよくこうして水無瀬を大人しくさせていた。

 

 実際に今回も水無瀬は頭を撫でられる犬や猫のようにジッとしているので、やはり有効な方法のようだ。

 

 

 とりあえずこの場で一番強い者を無力化することに成功した弥堂は、他の者たちをジロリと見遣る。

 

 

「は? 見てくんなし。キメェんだけど」

「なにしに来やがったんだよ、テメェ」

 

「…………」

 

 

 露骨に敵意を剥き出しにしてきたのはジュリカナのギャルコンビだ。他の4名の男子生徒は沈黙したまま気持ち身を硬くし、緊張したような様子を見せている。

 

 

「なにしに来た、だと? 俺がここに来たら何か困ることでもあるのか?」

 

「ハァ?」

 

「お前らこそここで何をしていた? 言ってみろ。それとも俺が言ってやろうか?」

 

 

 以前に彼女たちが校舎裏でしていた悪だくみは録音してある。

 

 本当はもっと決定的な行動を起こすまで待ちたかったが、こうなった以上は挑発して興奮させ、こいつらの失言を引き摺り出したい。

 

 

 ここを逃したら次はもっと上手くやられてしまうかもしれないと、そのように弥堂は考えた。

 

 

 視線にこめる圧力を強めてやると男子生徒たちはわかりやすく委縮し、ジュリカナも半歩ほど後退った。

 

 

「べ、べつに、ウチらなにもしてねーし……っ」

「オマエにカンケーねえだろっ」

 

「そうか。それはもしかして俺に関係されるとなにか困るという意味なのか? どうなんだ? 言ってみろ」

 

「ハァ? イミわかんないし」

「アタシら普段からここらによくいるし。オマエが勝手に来ただけだろ!」

 

 

 二人がかりで勢いよく言い返してくるが、それが意味のある言語として弥堂の耳に入ることはない。

 

 彼女らを有罪にすることはもう確定しているので、言い分を聞く必要はない。必要なのは弥堂にとって都合のいい自白となるような供述だけだ。

 

 よってこれらはただの鳴き声にすぎない。

 

 

 続いて黙り込んでいる男子生徒達を睨めつける。

 

 彼らはわかりやすく肩を跳ねさせた。

 

 

「おい。お前らはどうだ? ここで何をしていたんだ?」

 

「い、いや……」

「何もしてねえよ。ビトウ……くん……」

「ヤニだって吸ってねえし」

「あぁ。ヤニは女に嫌がられるからな」

 

「ふん」

 

 

 つまらなそうに鼻を鳴らしながら弥堂は彼らへ近寄っていき、彼らの前をうろつきながら顔を覗き込み睨めつける。

 

 

「返答はそれでいいのか? 慎重に答えろよ。ここでのお前らの発言はそのまま記録され公的な文書となる。後でそれに虚偽があったと発覚した場合、どうなるかはお前らにもわかるよな?」

 

「ま、まってくれよ……っ!」

「オレらぁベツにウソなんて……」

 

「あぁ。そうだな。俺はお前らを信用しているぞ。だからお前らから聞いたままをレポートに書く。そんな俺の信用を裏切ることはしないよな? 俺に嘘をつくということは、つまり俺に喧嘩を売っているということになる。お前ら、俺と喧嘩がしたいか?」

 

「ハハッ……、ケンカなんて、そんな……、ね、ねぇ? サータリくん……」

「あ、あぁ……、カンベンしてくれよ、ビトウくん……」

 

「ちょっと! サータリっ!」

 

 

 終始気弱な態度の彼らに寝室が怒りを示す。

 

 こいつらでは盾にもならないと判断し、弥堂へ憎悪の目を向けてくる。だが、先程よりもその表情には余裕がなくなった。

 

 

「なんなの⁉ ウチらみたいなの目のカタキにしてさ!」

「ここでタムロってただけで犯罪者みたいに言われるのはナットクできねーぞ」

 

「お、おい……っ! ジュリもカナもやめとけって……!」

 

 

 動物どものなんの役にも立たない鳴き声を弥堂は一旦無視し、手近な不良男子の肩を軽く突き飛ばしてから元の水無瀬の隣まで戻ってくる。

 

 本日も安定して状況がよくわかっていない愛苗ちゃんはぽへーっと弥堂の顔を見ていた。

 

 また気の抜けるような余計なことを喋らせる前に、弥堂は彼女の頭をポンポンとおざなりに撫でて牽制し、それから不良たちに向きなおる。

 

 

「お前らが何もしていなかったというのはわかった」

 

「最初からそう言ってんじゃん!」

「ネチネチとキメェんだよ、弥堂っ!」

 

「お前らはいつでも何もしていないからな」

 

「どういう意味っ⁉」

「いちいちムカつく言い方しやがって……!」

 

「では聞き方を変えることにしよう――水無瀬は、ここで何をしていたんだ?」

 

「ハァ?」

「何言ってんだ、オマエ」

 

 

 続いて弥堂から投げかけられた問いにギャルコンビは眉を歪める。

 

 

「私? えっとね、実は今日も――」

 

「――お前は黙っていろ。さぁ、この酢こんぶを食え」

 

「えっ⁉ あ、あのね? 弥堂くん、私じつは酢こんぶはあんまり――むにゅぅっ⁉」

 

 

 イヤイヤと首を振る水無瀬の口に酢こんぶを無理矢理突っこんで黙らせ、弥堂は鋭い眼をギャルたちに向ける。

 

 

「お前らのようなクズがこういった場所を好むことなど知っている。だが水無瀬までがどうしてここにいる? お前らがその無駄な生命のリソースを無駄なことに消費して無駄な時間を過ごしてばかりいることはよくわかっている。それで? 水無瀬はここで何をしていた? 彼女をここに連れ込んで何をするつもりだった?」

 

「ハァ? 意味わかんないし」

「何が言いてえのかわかんねえけど、アタシらがイジメでもしてたみたいな言い方すんなよ!」

 

「イジメ? 俺はそんなこと一言も言っていないが? 俺は何をしていたのか、としか聞いていない。なのにどうして急にイジメなどという言葉が出てきた? なにか思い当たることでもあるのか? おい、どうなんだ?」

 

「――ま、まって、弥堂くん……っ!」

 

 

 ここからさらに厳しく問い詰めていこうとしていると、水無瀬から制止の声をかけられる。

 

 反射的に言葉を止めて振り返ってしまう。

 

 

 こちらを向いて目があった弥堂にすぐに何かを言おうと口を開きけたところで愛苗ちゃんはハッとなり、パっとお口をふたつのお手てで抑えて酢こんぶを一生懸命ムグムグした。

 

 

「…………」

 

 

 そんな様子を弥堂が胡乱な瞳で見ていると、十秒ほどしてからようやくゴックンコした彼女が“ごせつめい”を始める。

 

 

「待って、弥堂くん! ちがうの!」

 

「…………」

 

「あのね? 私ね……、どうしたの? 弥堂くん」

 

「……いや、ちがうのか?」

 

「うんっ、ちがうの!」

 

「……そうか」

 

 

 弥堂は見事に意気を削がれ、馬鹿みたいに言われたことを反芻することしか出来なくなった。

 

 

 その様子に不良男子たちから小さく「おぉ……」と感嘆の声が漏れる。

 

 

『風紀の狂犬』と悪名高い弥堂 優輝といえば、一度絡まれれば自主的に金を払って許しを請うまで延々と小突き回してくる頭のおかしい風紀委員だというのが共通認識だ。

 

 こちらが実際に悪いことをしていたかどうかは重要ではなく、一度疑われれば例え本当にやっていなかったとしても、罪を認めない限り解放してはもらえない。とにかく話の通じない男である。

 

 

 そんな血に飢えた狂犬のような男の勢いを止めることが出来る者がいるとはと、彼らはそんな風に感心したのだ。

 

 

「あのね、弥堂くん。香奈ちゃんも樹里ちゃんも道を教えてくれたのっ」

 

「道……?」

 

「うんっ。私ね、今日も迷子になっちゃってて……」

 

「お前。昨日も迷子だったのか……?」

 

「そうなの。クンクンするのに夢中になってたらどこにいるのかわかんなくなっちゃって。それでこっちかなぁーって曲がったらここに来て。そしたら香奈ちゃんたちが居て。ここは危ないよーって」

 

「…………」

 

 

 安定の要領の得られなさに眉を寄せて、ギャルコンビへ視線を向けると意外に親切にも彼女たちが翻訳してくれる。

 

 

「……だからなにもしてないって言ったじゃんっ」

「アタシらが言うのもなんだけどよ、ここはフツーの子が一人で来るようなトコじゃねえからさ」

 

 

 望んでいたものとはまるで真逆の供述がボイスレコーダーに記録され、弥堂は不満げに眉を歪めると不良男子たちをジロリと睨む。

 

 

「ほ、ほんとだぜっ! こんなとこ来ちゃダメだぜって言っただけで……」

「edgeのIDだってまだ聞いてねえし……っ!」

 

 

 こちらも口々に無実を訴えてくる。

 

 弥堂は水無瀬へと視線を戻した。

 

 

「みんな親切にしてくれたの! 午後の授業までに帰れなかったらどうしようって思ってたから。みんないい人だね――ぁいたぁーーっ⁉」

 

 

 純粋無垢なお目めで嬉しそうに言ってくる愛苗ちゃんの後ろ頭を、弥堂はペシッと引っ叩いた。

 

 

「な、なんでぶつのぉー……?」

 

「ちょっと! なにしてんの!」

「テメェ、こんなフツーの子にまで手出すんじゃねえよ!」

 

 

 そのシーンを目撃したギャルコンビが足早に水無瀬に寄ってくると彼女の手を引く。

 

 

「こっちおいで?」

「コイツに関わっちゃダメだぞ」

 

「えっ? えっ……?」

 

 

 戸惑いながらも水無瀬は弥堂から引き離される。

 

 

「あのね? 水無瀬……ちゃん? コイツと喋っちゃダメだよ?」

「そうだよ。アイツさ、マジで頭おかしいから、水無瀬……? みたいなフツーの子は近寄っちゃダメだからな」

 

「え? で、でも――」

 

「――いいからっ! もういこ? 教室まで連れてってあげる」

「気をつけろよ? 油断するとウリとかやらされるからな?」

 

 

 そんな注意喚起をしながら、ジュリカナのギャルコンビは水無瀬の手を引いてこの場から居なくなった。

 

 

「……なぁ、あの子けっこう可愛くね?」

「おぉ、オレも思った。ちっちゃいのにおっぱいスゲーよな?」

「くそ、ID交換してぇ。アイツらと同クラってことはB組の子か」

「水無瀬ちゃんって呼ばれてたぜ! “サータリ”くんっ!」

 

「おぉ、サンキュ! ヒデっ! くっそぉ、水無瀬ちゃんかぁ……。オレとしたことがノーチェックだっ――」

 

 

 暢気な会話を交わしていた不良男子たちは、そこで弥堂がジッと自分らを見ていることに気が付く。

 

 ツッと冷たい汗を顔に流し、どうにか取り繕おうとする。

 

 

「さ、さぁーって、そろそろ昼休みも終わりだなー」

「お、おぉ。次の授業ってなんだっけか!」

「う、うちは次は科学だな」

「やっべ、急がねえと授業に遅れちまうな。オレ科学大好きなんだ――」

 

「――待て」

 

 

 白々しく学習意欲をアピールしながらこの場を立ち去ろうとしていた彼らは肩を跳ねさせてピタっと立ち止まる。

 

 ダラダラと汗を流しながらそぉーっと後ろを振り返った。

 

 

 そこにあるのは冷酷な一対の眼。

 

 

「まさか帰れるなんて思ってないよな?」

 

 

 そして冷淡に自分たちは赦されないのだということが告げられる。

 

 

 一体何が赦されないのかについては誰にもわからなかったが、彼らは本能に従って命乞いをした。

 

 

「ま、まってくれよビトーくんっ!」

「オレたちアンタに逆らう気はねえよ!」

「たのむっ! 科学を受けさせてくれ! あのセンセ最近なんか元気ねえんだ!」

「どうか見逃してくれよ!」

 

 

 恥も外聞もなく地面に膝をついて助命を嘆願する者どもを弥堂はつまらさそうに見下ろす。

 

 そして徐に懐へ手を突っこんだ。

 

 

「ヒ、ヒィっ⁉」

「や、やめて!」

「殺さないでくれ……っ!」

「おがあちゃーん!」

 

 

 チャカでも出てくるのではとチビリ上がった不良たちは揃いもそろって腰を抜かす。

 

 

「勘違いをするな。殺しはしない。生徒会長閣下に生徒を殺すなと言われているからな

 

「い、言われてなきゃ殺るのか……っ⁉」

「コイツやっぱヤベェよ……っ!」

 

「うるさい黙れ。それとも殺された方がいいのか?」

 

「や、やめて……!」

「助けてくれ!」

 

「フン、だったら余計な口をきかずに会長閣下への感謝の手紙でも書いて投函しておくことだな。彼女は最近自分が本当に生徒たちの幸福に役立っているのかと心を痛めておられる。つまりお前らは幸福であることが義務づけられている。しっかりとその旨を手紙に認めておけよ」

 

「わ、わかった……っ!」

「書くっ、書くから……っ!」

「オレたちは幸せだっ!」

「幸せすぎてツライぜっ!」

 

 

 弥堂は自身が守っている学園の生徒達が涙ながらに幸せを噛み締めている姿を見て一定の満足感を得た。

 

 そして彼らがより幸福になれるように次の要求に移る。

 

 

「さて、それではお前らのその幸福を維持する為に必要なものがある」

 

 

 弥堂は言いながら懐からスマホを取り出してメモ帳アプリの画面を表示し、彼らへと見せてやった。

 

 

「な、なんだ? これ……」

「URL……か……?」

 

「今すぐこのURLを打ち込んでサイトへアクセスしろ」

 

 

 紙に書かれた文字を覗き込む彼らへそう命じる。

 

 

「て、手打ちかよ……」

「メンドくせえな」

「なぁ、ビトーくん。これデータ通信で共有してくれね? それかedge――っでっ⁉」

「サ、サータリくぅーーんっ⁉」

 

 

 突如サータリくんの鳩尾に蹴りをぶちこんだ弥堂に男子たちはびっくり仰天する。

 

 

「な、なにすんだよ、ビトーくんっ!」

 

「うるさい黙れ。意味のわからんことを抜かすな」

 

「い、いみって……、ただ共有してくれって言っただけ――」

「――や、やめろヒデっ!」

 

「コーイチ⁉ で、でもよぉ……」

「いいから黙っとけって。アイツ多分わかんねーんだよ」

「おぉ、そうだぜ。オッサンとかにスマホのこと聞かれてよ、教えてやってもアイツら自分がわかんねーとなんかキレて誤魔化してくるだろ? アレと一緒だよ」

 

「そ、そっか……。ビ、ビトーくんゴメンな? オレらが悪かったよ」

「お、おぉ。今すぐやっからよ」

「カンベンしてくれな?」

 

 

 そう言って彼らはいそいそとURLを打ち込み始める。お腹を抑えたサータリくんも片手でパッパッと作業を熟していく。

 

 要請したとおりではあるが、弥堂は何故か屈辱を感じた。

 

 

「お、終わったぜ――って、なんだこりゃー⁉」

「か、勝手になんかダウンロード始まったぞ⁉」

「お、おい、3GBってなんだよ……っ⁉」

「ビ、ビトーくんどういうことだよ⁉ MSN……?ってなんなんだ⁉」

 

 

 弥堂はサータリくんの頬をバチコーンっと張った。

 

 

「サ、サータリくぅーーんっ⁉」

 

「M、N、S、だ。二度と間違うな。神をナメてるのか? 殺すぞ」

 

「わ、わりぃ……、けど、これは……?」

 

 

 無様に地面にへたりこむサータリくんの前に弥堂もしゃがみこむ。

 

 そして懐にまた手を入れる。

 

 

「さてお客様。インストールが終わる前にお前らには書いてもらうものがある」

 

 

 弥堂は彼らの前に封筒から出した紙を差し出す。

 

 

「な、なんだこれ……? 『登ろく書』……?」

「おきゃくさま……?」

 

「いいから、さっさと書け」

 

 

 そう命じつつ彼らに朱肉を渡し、そのままポンポンと自身の制服を何ヶ所か叩く。

 

 

「あ、ペンか? オレ持ってるッス」

 

「そうか」

 

「アンタなんでこんなもん持ってるのにペンくれえ持ってねえんだ」

 

「うるさい黙れ」

 

 

 パワハラで生徒を黙らせながらまた懐に手を入れる。

 

 

「ところで――」

 

「――えっ?」

 

 

 測るような鋭い眼で彼らを視る。

 

 

「――お前らは『佐城派』だったな?」

 

「あ、あぁ……。でも待ってくれ、佐城さんにメーワクかけるのは――」

 

「――黙れ」

 

 

 再度のパワハラを行い、口を噤んだ彼らに渡す物を懐から取り出す。

 

 

「お前らは、“赤”だ」

 

 

 制服の内ポケットから取り出した物が外の光に触れる前の一瞬、弥堂の手の中の紙きれに記された『会』の字が赤く光っていた。

 

 

 

 

 

 

「お腹すいたぁーっ!」

 

 

 水無瀬家のダイニングにそんな声とともに入ってきたのは水無瀬父だ。

 

 テーブルの前で椅子に座りスマホを弄っていた水無瀬母が、その声に驚いて肩を跳ねさせる。

 

 

「えっ? あな、た……?」

 

 

 戸惑いながら壁に掛けられた時計に目を遣ると――

 

 

「――えっ⁉ もうこんな時間⁉ やだ、私ったら……」

 

 

 そのリアクションに水無瀬父はふにゃっと悲しげに眉を下げる。

 

 

 現在確認した時計の時刻は午後の1時少し前。

 

 花屋の店の方の午前の営業が一段落し、昼飯を摂りにきたらまだ出来上がっていなかった、そういう構図のようだ。

 

 

 テーブルの上で丸くなった飼い猫のメロがシッポを、ゆらーんピタン、ゆらーんピタンっと振りながらテーブルを叩いている。

 

 

「ご、ごめんなさい……!」

 

 

 水無瀬母はすぐに腹を空かした夫と飼い猫に謝罪をするが、

 

 

「いや、いいんだよ。もしかして疲れてた? 最近お店手伝わせちゃうこと多いし……」

 

 

 逆に水無瀬父は心配そうに彼女の顔色を窺う。

 

 

「う、ううん、大丈夫。ちょっと気になることがあって調べものをしてたらボーっとしちゃって……」

 

「気になること……? 何か心配事かい? 今日は僕が作ろうか?」

 

 

 水無瀬父は余計に深刻そうになる。

 

 そんな夫に水無瀬母はフルフルと首を横に振った。

 

 

「平気よ。あなたこそ疲れてるでしょ? 下ごしらえはしてあるから、座って待ってて」

 

「本当に……? どこか具合が悪いとか? もしかして愛苗の定期検査の件でなにか?」

 

「もうっ、心配性なんだから。私は元気だし、愛苗の病院も来週よ」

 

「そ、そっか……、あはは……」

 

 

 気恥ずかしそうに後ろ頭を掻く夫に微笑みかけながら母は席を立つ。

 

 

「5分もかからないで出来るから。手を洗ってからゆっくりしててね」

 

「あぁ。わかったよ、メロももうちょっとの辛抱だぞ?」

 

 

 そう言ってテーブルから離れていく彼らへ「んなぁ~」と鳴き声が返る。

 

 

 ゆらーんピタン、ゆらーんピタンっとシッポでテーブルを叩きながら丸くなるメロの隣には画面が点灯したままのスマホ。

 

 

 そのスマホに表示されているのはブラウザの検索結果の画面。

 

 

 検索窓に打ち込まれたワードは――

 

 

――『若年性認知症』

 

 

 ダイニングへ届く二つの足音が止まると、メロは手を伸ばしスマホのサイドボタンを押して画面を消した。

 

 

 そして再びテーブルの上で丸くなり瞼を閉じる。

 

 

 ゆらーんピタン、ゆらーんピタンっとシッポが振れる。

 

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