俺は普通の高校生なので、   作:雨ノ千雨

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1章48 周到な執着 ⑤

 

 繁華街へと続く道を歩く。

 

 

 本日は国道からのルートではなく、新興住宅地から外れて新商店街のメインストリートである『はなまる通り』へと繋がる細い裏道を選んでいる。

 

 メインストリート側から裏路地に入ってギャングに出くわした場合、すぐに奥の細かい路地に逃げられる場合がある。

 

 しかし、その逃げる先の方から奴らに接敵すれば余程のことがない限りはメインストリートの方へ逃げることは少ない。

 

 

 その“余程のこと”を起こしに行くわけだが、不良どもなど所詮は素人。

 

 迅速に正確で適切な判断をし統率のとれた行動をすることは出来ない。

 

 間誤付いている間に2.3人ぶちのめして尋問出来れば上出来だろう。

 

 地道な作業だが今は少しずつ会員様を増やしていくことが重要である。

 

 

 もうじき新興住宅地の裏道から、繁華街の裏路地に変わる。

 

 明確に誰が見てもわかるようなラインが引かれているわけではないが、裏路地の空気を知っている者には肌で判別できる。

 

 

 その目印かのように裏路地の手前に空き地がある。

 

 復興予定のまま放置されている空き地だ。

 

 

 空き地の入口には工事開始予定日が数年前の日付で記されている看板が立てかけてある。

 

 弥堂はその看板の前で進路を折れて空き地の中に這入った。

 

 

 空き地の真ん中より少し奥には、まるで古い漫画のように大きな土管が横たわっており、その土管の手前に放置された建築木材が積まれていた。

 

 その木材の右端に弥堂は腰かけると、懐から手作りのように見える紙巻タバコを一本取り出して火を点ける。そしてタバコの火のついた部分を宙に浮かして自身の脇に置いた。

 

 

 煙だけが無為に立ち昇るのを尻目にスクールバッグの中へ手を突っ込む。

 

 

 まず取り出したスマホを煙草の横に置き、続いて小瓶を取り出した。

 

 

 その小瓶も脇に遣り、今度は足元に落ちていた鉄の棒を使ってガリガリと土の地面を削る。

 

 視界の端で煙がゆらゆらと揺れるのを捉えながら、まるで手持無沙汰かのようにも見える気怠い姿で暫くそうしていると、スマホが着信音を鳴らした。

 

 

「俺だ」

 

『いよぉ兄弟。オレだ』

 

「あぁ」

 

『頼まれてた件。待たせたな』

 

「いや、速い対応で助かる」

 

 

 そっけなく礼を述べながら燃え尽きかけていたタバコを地面に落とし、さらに新しいものを取り出して火を点けるとまた脇に置く。

 

 

『ん? 珍しいな。ヤニ吸ってんのか』

 

「必要があればな」

 

『まぁいい。先に用件を伝えるぜ。警察の見解がわかった。まだ発表前のもので公式声明ではない』

 

「変わる可能性がある?」

 

『あぁ。理由はあとで説明するが、内容はほぼ確定で間違いがないみてぇだが、ちょっとありえねえってんで公式発表はまだ控えてるらしい。後でもしも『やっぱり違いました』なんてなったらあちこちうるせえからな』

 

「殺人でもあるまいし、どうせ報道などされないだろう」

 

『……それがそうでもないかもしれねえ』

 

「どういうことだ」

 

 

 先を促しながら鉄筋を使い、地面に落ちたタバコの灰を先ほど削った土の溝に落としていく。

 

 

『まずは犯人の話をしよう。人間じゃない。大型の動物で間違いないらしい』

 

「そうか。で?」

 

『トラかライオン』

 

「なんだと?」

 

『トラかライオン。少なくともそのクラスの獣の仕業だとよ』

 

「……そんなものがこの辺に逃げたという情報は?」

 

『全くない』

 

「ありえるのか?」

 

『そこで最初に言った「ありえねえから発表できない」ってのに繋がるんだぜ』

 

「なるほどな」

 

 

 相槌を打つ片手間に地面を弄る。或いは作業の片手間に相槌を打つ。

 

 

『まず、美景市内に限らず関東近辺でトラだのライオンだのを逃がしただなんて情報は一切ない』

 

「だろうな。範囲を日本中に拡大してもそんな話はなかった」

 

『だから普通はそんなことありえねえんだが、まぁ、どっかの馬鹿が密輸して逃がしちまったけど届けを出すに出せねえってパターンはなくもねえが』

 

「新美景港ならありえるか?」

 

『ありえないとまでは言わねえが、今んとこそんなシノギしてるヤツはウチも含めていねえはずだ。人間の密輸ならあるが』

 

「もっと前の話ならどうだ?」

 

『前?』

 

「猫だと思って飼っていたら実はトラだった」

 

『カカッ、そいつは傑作だな。少しも笑えねえ。だが、それもありえないとは思うが、そこまで遡るとなると即答は出来ねえな……、あいつら生まれてからどれくらいでデカくなるんだ?』

 

「さぁ。それよりも、それは信頼できる筋の情報なのか?」

 

『アン?』

 

 

 二本目のタバコを落として三本目に火を点ける。

 

 同様に脇に置くとまた鉄筋を使って灰で地面の溝を埋める。

 

 

『ナジミの刑事(デカ)から買ったからカタリではねえな。ただ、あのおっさんちょっと馬鹿だからよ』

 

「あぁ、あの人か。じゃあ嘘ではないんだろうな」

 

『まぁ、実際発表できねえよな。出所不明の猛獣が潜んでるとかよ』

 

「トラやライオンでなかったとしても、同じことが出来るだけの“ナニか”が人里に這入りこんでいることには変わりはないしな」

 

『人間の仕業じゃあないことだけは確かみたいだ。だが、他にどんなヤツがいるって言われてもな』

 

「俺はまず最初に熊を連想したが――っ⁉」

 

『……兄弟?』

 

 

 言葉の途中でハッと気が付く。

 

 ほんの少し前の記憶から再生されたものが閃きとなって脳裏に過ぎったのだ。

 

 

 

 

――ゴリラ。

 

 

――さらにラッパ。そしてパンダだ

 

 

 

 部室での意味深げな廻夜部長の言葉。

 

 もしやこのことを示唆していたのではと気が付く。

 

 

『――おい! どうした兄弟! 鉄砲玉か⁉』

 

「――ゴリラ……」

 

『アン……?』

 

「この事件、ゴリラの仕業という可能性はないか?」

 

『……なに言ってんだオメェ? ゴリラって牛襲って食ったりすんのか? アイツらってバナナ食ってんじゃねえの?』

 

「では、パンダの仕業という可能性は?」

 

『大丈夫か? パンダって……、いや、でもアイツら一応熊なんだよな……? 笹以外も食うのか?』

 

「……いや、すまない。忘れてくれ」

 

 

 よくよく考えたらトラやライオンよりもありえなそうだ。

 

 それにラッパの説明がつかない。

 

 

「……現場にラッパが遺されていたりとかは?」

 

『……兄弟、オメェ疲れてんのか?』

 

「忘れてくれ」

 

 

 一応確認してみたが違うようだ。

 

 どうやら部長の言葉はこの件とは関係がないと見るのが正しいだろうと判断する。

 

 

 迷走している間に燃え尽きていた三本目のタバコの灰も、これまで同様に地面に描いた溝に落としていく。

 

 

「警察の対応は?」

 

『あ? あっ、あぁ……、もう動いてるぜ』

 

「そうか」

 

『秘密裏に雇った専門家を私服と組ませて何チームかを既に動かしてる。準備ができ次第に制服も大動員するんだろうが目立ちたくねえだろうな』

 

「間違いなくパニックになるだろうな」

 

『発表を遅らせてるのはそれも理由だろうな。会見開く前に一気に終わらせるつもりだろうよ』

 

「それは素晴らしいな。出来るのなら、の話だが」

 

『カカッ、ちげえねえ』

 

 

 弥堂は使っていた鉄筋を適当に放り捨て、先程取り出しておいた小瓶の蓋を開ける。

 

 

「だがこの件、俺たちにとっては――」

 

『――大チャンスだぜ』

 

 

 どうやら通話相手も自分と同じ見解のようで、弥堂は一定の満足感を得た。

 

 

「制服警官が大量に動員される。しかしそいつらは――」

 

『――そのへんの畑から無限に生えてくるわけじゃあねえ。市内の警官がかき集められることになる。ということは――』

 

「――普段街を巡回している警官が居なくなる。当然繁華街や路地裏からも。そうなると――」

 

『――オマワリの留守を狙って虫が湧く。出てくるぜ。蛇かもな。薄汚ねぇスラムの中からヌルリとよ。これは――』

 

「――ヤツらにとっても千載一遇のチャンスだ。仮に外人街が直接動かなかったとしても――」

 

『――ガマンのきかねえサルが先走るだろうな。普段から大っぴらに売りたくても売れねえ売人どもの内の一人か二人は必ずやらかすぜ。そこを――』

 

「――刺す」

 

 

 小瓶を傾けて中の液体を溝に落とす。

 

 出来の悪い落書きを描いたような地面の溝に赤い液体が流れていく。

 

 

『恐らく先発隊はもう動いてる。明日には街の警官がごっそり減るだろうな』

 

「外人街の動きは?」

 

『あの人にもう頼んでる。明日落ち合ってくれ。放課後に孤児院だ。ウチのモンも行かせる』

 

「わかった。今日は偵察をメインにする」

 

『頼むぜ。そういや他に注文されてた荷物はもう届いたか?』

 

「問題ない。要望通り全て納品した」

 

『そうかい。そいつぁ重畳』

 

 

 空になった小瓶に蓋をしてバッグに仕舞う。

 

 そしてその辺に落ちていた適当な板切れを足でズラして落書きに被せた。

 

 

『オレからはそんなとこだな。ヘヘッ、兄弟、やっぱオメェは最高だぜ。オメェから話をもらってすぐにピンときたぜ』

 

「そうか。理解が早くて俺も助かっている」

 

『オレたちゃいいコンビだよな? どうだ? やっぱり卒業後はこのままウチへ――』

 

「――あぁ、俺からはもう一つあったんだが、いいか?」

 

『ん? なんだ? なんでも言えよ』

 

「じゃあ、遠慮なく――」

 

 

 弥堂は木材から立ち上がる。

 

 

「――俺はお前の兄弟になった覚えはない」

 

 

 言い捨てて返事を待たずに電話を切った。

 

 

 バッグを肩に提げて空き地から出る。

 

 迂回して表の道から『はなまる通り』へ入るルートへ変更をする。

 

 

 

 そのまま通常範囲内での風紀委員の見廻り業務を行った。

 

 

 今日は魔法少女には出逢わなかった。

 

 

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