俺は普通の高校生なので、   作:雨ノ千雨

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1章49 偃鼠ノ刻の狩庭 ④

 

 驚きに目を開き、弥堂は視上げる。

 

 

「フフッ、ださーい……」

 

 

 片足が倒木の下敷きになり身動きがとれない弥堂のすぐ手前で、キメラのようなネコ型のゴミクズーが地に伏している。

 

 大型のトラを超えるサイズのその巨体の上でエプロンドレスの長いスカートの裾が薄い風に靡く。

 

 

「とても無様。無様でとてもカワイイ。“ふーきいん”」

 

 

 化け物との血みどろの殺し合いを繰り広げる戦場に似つかわしくない抑揚の抑えられた可憐な声。

 

 その声の持ち主は、学園名物のちびメイドの片割れ。

 

 青い方の女児である“うきこ”だった。

 

 

 いつも通りのメイド服を着用した彼女が、ゴミクズーを足蹴にして立っていた。

 

 

「お前、いつの間に……」

 

「ん? フフフ……、今来たとこ。まるでデートみたいな会話。デート代は深夜出張費込みで30k」

 

「どこから現れた」

 

「あそこ」

 

 

 そう言って彼女が指差したのは二階建ての部室棟の屋上だ。

 

 

 弥堂を踏み殺そうと跳び上がったネコキメラの遥かに上空から飛び降りて踏みつけるようにその巨体に乗り、そのまま地面に叩きつけたようだ。

 

 

 “うきこ”の足の下のネコキメラが必死に藻掻いているが、まるで抜け出すことが出来ない。

 

 自動車よりも大きな獣が、小学生女子と変わらぬ姿のメイドに踏みつけられて完璧に抑え込まれていた。

 

 

「……何故ここに」

 

 

 その様相を視ても弥堂は驚かない。

 

 元より彼女らが見た目通りの人間の子供と同じだとは思ってはいなかった。

 

 だが、ここまでのことが簡単に出来る力があるとも想定出来ていなかった。

 

 

 自身の見切りの甘さを自嘲しそうになるが、今はそんなことにリソースを割く場面ではない。

 

 彼女に窮地を救われた形ではあるが、この場へ現れた目的を探り、油断のない眼つきを向ける。

 

 

「すやすや寝てたら変な“におい”がして目が覚めた。鼠くさくて男くさい。こんなくさくていやらしい“におい”は“ふーきいん”しかいないと思って見に来た」

 

「そうか」

 

「“ふーきいん”こそこんな夜中に学園で何をしてる? 怪しすぎる。ついに不審者としての本性を剥き出しにした」

 

「不審なのは俺じゃなくてそいつだろう。侵入者だ」

 

「そいつ……?」

 

「お前が踏んでるソレだ」

 

 

 ゴミクズーの上でコテンと首を傾げる彼女の足元を指差してやる。

 

 すると、“うきこ”はまるで初めて気が付いたかのような仕草をする。

 

 

「おや。こんなところにニャンコが。フフッ……カワイイ」

 

 

 まるで自身よりもずっと矮小な存在を扱うかのように。

 

 しかしそれは事実として、彼女とネコキメラとでは圧倒的な力の差があるようだ。

 

 

 “うきこ”がちっちゃな足でグッと踏み躙ると、それだけで低い唸り声をあげて藻掻こうとするネコキメラは動けなくなる。

 

 無表情な彼女の瞳には隠せない嗜虐の色が灯っていた。

 

 

「夜中に学園に忍び込んでニャンコにエサをあげて一緒に遊んでたの? “ふーきいん”にもカワイイところがある。どういうつもり? そうやって“ぎゃっぷ”を見せつけて私をどうするつもり? “ふーきいん”は本当にワルいオトコ」

 

「意味がわからんな。それよりもそれが普通の猫に見えるのか? どう見ても尋常な生き物ではないだろうが。俺は学園に侵入したそいつを始末しようとしていたんだ」

 

 

 弥堂には初見ではこのゴミクズーがトラのように見えたが、“うきこ”には猫に見えるようだ。

 

 同じモノを観ているはずなのに、その認識がまるで別のモノとなる。

 

 その差異はそのまま見る側それぞれの存在の格の違いということになる。

 

 

 明確に格上となる今宵の学園の守護者に、このゴミクズーと一緒くたに不法な侵入者と見做されては都合が悪いので、弥堂は自身がここに居ることの正当性を主張した。

 

 しかし――

 

 

「――うそつき」

 

 

――その虚偽は即座に看破される。

 

 

 弥堂は眼を細めて“うきこ”を視た。

 

 

「“ふーきいん”はいつもそうやって私に嘘をつく。本当にどうしようもないオトコ。でも大丈夫。私はそんな“ふーきいん”のことをわかってあげられる」

 

「なにが嘘だ」

 

「わかってる。“ふーきいん”は本当は夜這いにきた」

 

「あ?」

 

 

 どうも弥堂が思っている方向の看破ではないようだ。

 

 

「私は最近『前より大人っぽくなったね』ってお嬢様に言われた。そんな大人っぽくなった私に我慢できなくて“ふーきいん”は襲いにきた。『待て』の出来ないダメなワンコ」

 

「そのような事実はない」

 

「“ふーきいん”がついに変質者としての本性を隠さなくなった」

 

「……あのな――」

 

「でも、だぁめ――」

 

 

 呆れながら弁明しようとする弥堂の言葉は遮られる。

 

 青い髪の無表情な女児メイドはチロリと小さな舌先を出して唇を舐める。

 

 

「――襲うのは常に私の方」

 

 

 瞳の中の嗜虐が赤く光った。

 

 

 弥堂は呆れの気持ちの方が強いが、努めて警戒心を持つようにする。

 

 目の前のこの女児もゴミクズー同様に尋常の存在ではないからだ。

 

 

「お前が襲わなければならないのは俺じゃなくて、その化け物の方なんじゃないのか?」

 

「フフッ、怯えてるの? “ふーきいん”。情けなくてカワイイ……」

 

「……赤ちびはどうした?」

 

 

 執拗に残虐性を帯びた目を自分へ向けてくるちびメイドに、話を逸らすために別のことを聞いてみた。

 

 

「“まきえ”? “まきえ”なら寝てる」

 

「お前らちゃんと宿直できてるのか?」

 

「もちろん。だから私は今ここにいる。でも“まきえ”はザコ。“ふーきいん”の気配に気付いて私は起きたけど、“まきえ”は私が着替えて部屋を出る時になっても大口あけてガーガー寝てた」

 

「起こせよ」

 

「うん。私が働こうとしてるのに気持ちよさそうに寝てるのに腹が立ったから、そのへんにいたクモを口の中に入れてやった」

 

「……それで?」

 

「びっくりして起きると思ってたのに寝たままモグモグしちゃった。“いい”リアクションをしてくれると思ってたのにとんだ期待ハズレ。失望したから簀巻きにして窓から吊るしてきた」

 

「……そうか」

 

 

 何故そんな意味のないことをするんだと弥堂は思ったが、言ったところで無駄なのはわかっていたので口を噤んだ。

 

 

「お嬢様の所有物である学園に侵入者が来ているのに、警備もしないでガーガー寝てるなんて“まきえ”はお嬢様をナメてる。ナメてる子には罰が必要」

 

「ナメてるといえば――」

 

「なに?」

 

 

 未だに木の下敷きになって動けない弥堂は顎だけ動かして“うきこ”の足元のゴミクズーを指す。

 

 

「そいつは閣下をナメてるぞ」

 

「この子が?」

 

 

 弥堂は今度は部室棟の校舎の方を示す。

 

 

「よく見ろ。校舎が破壊されてるだろ。そいつがやったんだ」

 

「なんてこと……、これはヒドイ……」

 

 

 口ぶりとは裏腹に彼女の目は酷くどうでもよさそうなものだ。

 

 

「これはナメてる。私のお嬢様がこんなニャンコごときにぺろぺろナメられてしまった。許せない。罰が必要」

 

 

 そう言って“うきこ”は校舎へ向けていたやる気のない目を足元に向けた。

 

 

「スクワット。オマエは魂が健全じゃない。だからそんなにザコ。スクワットがぜんぶ解決してくれる」

 

「……四つ足の動物がやったら腕立て伏せにならないか?」

 

「そんなことは小さな問題。筋肉があればそれでいい」

 

「…………」

 

 

 なにか筋トレに並々ならぬ拘りがあるのか、よくわからないことを言う彼女に弥堂は呆れる。

 

 スクワットを命じられたネコキメラからも威嚇の鳴き声が返ってきた。

 

 

「生意気。ザコのくせに」

 

 

 格下の存在のくせにその弁えぬ態度に“うきこ”はムっとする。

 

 

「“まきえ”ですら出来ることも出来ないゴミクズのくせにナメた態度。だから――」

 

 

 言いながら“うきこ”はネコキメラの背中の上でチョコンとしゃがみ、化け物の脇腹に手を伸ばした。

 

 

「――別の罰を与える」

 

 

 身体の側面から生えている牛の生首を小さな手でガッと鷲掴むと、その瞬間ミチミチと肉の裂ける音が鳴る。

 

 ネコキメラが痛みに悲鳴をあげるよりも速く、ブチブチィッと牛の首が引き抜かれた。

 

 

 噴き出す血と絶叫が学園内の夜空へと昇った。

 

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