俺は普通の高校生なので、   作:雨ノ千雨

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1章49 偃鼠ノ刻の狩庭 ⑤

 

 紫がかった深蒼の夜に鮮血が舞う。

 

 

 それは空へは吸い込まれずボタボタと音を立てて地面を叩き、弥堂の前髪も赤く濡らす。

 

 

「牛肉とれた。“特上かるび”はどれ?」

 

 

 自身の何倍も大きい化け物の躰の一部を素手で捥ぎ取った“うきこ”は、言葉や仕草だけは見た目相応の無邪気さで、千切れた首の断面を覗き込んだ。

 

 

 ただ上に乗っているだけで然程体重や力を掛けているようにも見えないのに、彼女の足元で痛みに絶叫をあげるネコキメラはのたうつことすら出来ないでいる。

 

 

「……カルビはそこにはないぞ」

 

「ざんねん。でも“たんしお”はゲットした。“ふーきいん”知ってる? 牛さんのベロは“たんしお”と言う。お嬢様の好物」

 

「……どこに塩があるんだ?」

 

「さぁ? わからないけど、このブツブツ?」

 

 

 首を傾げながら“うきこ”が手に持った生首を揺すると、デロンと口から垂れさがったベロがブランブランと揺れた。

 

 

「私はお高い女。カルビ以外は食べない」

 

 

 すぐに興味を失うと“うきこ”は牛の生首を適当に投げ捨てる。

 

 倒木の下敷きになっている弥堂のすぐ近くに落ちると血潮と砂埃が舞い、弥堂の頬を汚した。

 

 

 それに不快感を示したのは弥堂だけではなく、躰から牛の頭を捥ぎ取られたネコキメラも同様のようだった。

 

 足元からの低い唸り声にしかし、“うきこ”は全く意に介さず侮蔑の視線で見下ろした。

 

 

「フフフ、牛ネコはザコ。ちょっと大きくなっても所詮はニンゲンに媚びるしかないダサイ生き物。でも。それよりも――」

 

 

 しかし、それすらも彼女は二言ほどで興味を失くし、軽い調子でゴミクズーの上からピョンッとジャンプする。

 

 

「――っ……!」

 

「――それよりも、もっと。“ふーきいん”はザコ」

 

 

 弥堂の片足を敷く倒木に飛び乗り、言葉とは裏腹に楽し気な目で弥堂を見下ろす。

 

 

「こんな小動物に追いかけまわされちゃってダサすぎる。こんなに情けない男は見たことがない」

 

 

 倒れた木の上をトコトコと歩いてきて下敷きになっている弥堂の足の上で立ち止まるとグッと一際踏みしめた。

 

 

「グッ……!」

 

「グッ、だって。カッコわるい。こんなに酷い醜態を晒してどんな言い訳をするの?」

 

 

 言いがかりのように責める言葉を重ねる度に“うきこ”の瞳に宿る嗜虐的な色が濃くなっていく。

 

 だが、弥堂は特にそれに反発をするようなことはない。

 

 

「……言い訳などない」

 

「へぇ……?」

 

 

 “うきこ”は興味深げな声を漏らす。

 

 普段無表情を装っているその顔には隠し切れない悦びがあった。

 

 

「見たまんまだ。俺はそいつより弱い。だから代わりに殺してくれ」

 

「ふ、ふぅ~ん……?」

 

「あとこの木もどかしてくれ。立てないんだ」

 

 

 一応は彼女も学園を守護する者だ。

 

 人格的にアレな存在だし、まさかゴミクズーに勝てるほど強いとも思っていなかったので、今夜の戦力として勘定はしていなかった。

 

 

 しかし現状がこうなっている以上、使えるのなら使うべきだと判断した。

 

 自分で戦うよりも勝てる確率が高いのならこいつをゴミクズーにぶつけてやった方が効率的だ。

 

 

 その為にはどうでもいい反論をして臍を曲げられては面倒なことになる。

 

 自身の屈辱など優先度は全く高くなかった。

 

 

「“ふーきいん”はダメ。本当にダメなオトコ」

 

「そうか」

 

 

『ダメ』『ダメ』と連呼しながらも何故か嬉し気にソワソワし始めた女児メイドを弥堂は胡乱な瞳で視た。

 

 

「本当に“ふーきいん”はダメ男。一人じゃ猫も追い払えないし、立ち上がることすら出来ない。私がいないと何も出来ないんだから」

 

「そうだな。助けてくれ」

 

「助けて……? フフッ、今たすけてって言った? ダサい。“ふーきいん”は本当にダメダメ。そんなに助けて欲しいの?」

 

「あぁ。早く助けてくれ」

 

 

 恥も外聞もなくみっともなく自分に懇願してくる男の情けない態度に、“うきこ”の承認欲求がギュンギュンと満たされていく。

 

 実際にはその男はひどく面倒そうな顔をしていて誠意も必死さもカケラもなかったが、彼女にはどうでもよかった。

 

 青い髪をペタペタ触りながら「えー? どーしよっかなー?」などと、もったいぶっためんどくさい仕草をする。

 

 

 しばらくそんな優柔不断な態度をした挙句――

 

 

「――でもダメ」

 

 

 引っ張るだけ引っ張られた後に素気無く断られた。

 

 

 弥堂はイラっときた。

 

 

「おい、ふざけるなよ。無駄な時間をとらせやがって。やる気がないならお前はもう用済みだ、消えろ」

 

「フフッ、ほら、本性をみせた」

 

 

 掌を返した弥堂に“うきこ”はニヤリと笑った。

 

 

「やっぱりそう。絶対そうだと思った」

 

「なんのことだ」

 

「“ふーきいん”はダメ男。そしてクズ男」

 

「調子に乗るなよ」

 

「お願いをする時だけ可愛くする。でも明日になればまた『パチンコ代を寄こせ』と言う。絶対にそう。そしてそのうち『車を買ってくれ』と言う。そうに決まってる」

 

「餓鬼に金をせびる訳がないだろう」

 

 

 何やら意味のわからないことを言い出した女児に半眼を向けるが、彼女はまるで聞いてはいない。

 

 

「私は知ってる。“ふーきいん”はそういう男だって。私はそう信じてる」

 

「お前の勝手な思い込みだ」

 

「そんなことない。私が『いいかげん働いて半分でいいから家賃払ってよ』って泣いてお願いすると、“ふーきいん”は『じゃあゲーム実況で一発当てるからパソコン買ってくれ』って言うの。こないだネットでそういうの見た。“ふーきいん”にそっくりなクズ男だったから“ふーきいん”も絶対にそうに決まってる」

 

「そもそも同居してねえだろうが」

 

 

 酷い被害妄想を何故か夢見がちな様子でうっとりと語る彼女は完全に弥堂の理解の範疇を超えていた。やはり尋常の生物ではないのだろう。

 

 

「“ふーきいん”はダメ。すぐに女から金を吸い上げようとするワルいオトコ。でもダメ。そんな簡単には渡さない。たまにうっかり『少しだけならお金あげてもいいかな?』って思っちゃう時もあるけど、でも絶対にダメ――」

 

 

 “うきこ”は自分に言い聞かせるようにして意思を固めてから、キッと強い眼差しで弥堂を睨む。

 

 

「――私は常にお金をもらう側。お助け代はホ別50k、非課税でお願いします……っ!」

 

 

 ドンっと指差してくる女児へ胡乱な瞳を向け、弥堂は今度生徒会長閣下に会ったらこいつにネットをやらせないよう進言することを決める。

 

 とはいえ、金で済むのならその程度の金額は化け物一匹殺すのに比べたら安いものだと、手持ちの金額を思い出そうとしていると――

 

 

「――フギャアァァーーーッ!」

 

 

 拘束を解かれていたネコキメラが背後から“うきこ”に襲いかかった。

 

 

 完全に不意をつかれた形だが、しかし――

 

 

「――邪魔」

 

 

 振り下ろされた前足の一撃は“うきこ”にあっさりと受け止められる。

 

 

 ガラス玉のような瞳の奥の赤い光が苛立たしげに煌めいた。

 

 

「いま私が“ふーきいん”とお話してるの。ザコのくせに出てこないで」

 

 

 ネコキメラは唸り声をあげて前足に体重をかけてちびメイドを圧し潰そうとするが、やはりビクともしない。

 

 

 “うきこ”はゆっくり手を伸ばすと、ゴミクズーの片目から生えている大きな蛇を掴む。

 

 そしてそれをズルズルと力づくで引き抜いた。

 

 

 周囲の空気をビリビリと震わせるほどの苦悶の絶叫を眼前で浴びても彼女は意に介さず、引き抜いた蛇を適当に捨てる。

 

 

「オマエにはもっときついお仕置きが必要。ということで、ぽいっ――」

 

 

 そして、“うきこ”は、今目の前で起きたことは見間違いかと錯覚するような可愛らしいかけ声でネコキメラをはるか上空へ投げ上げた。

 

 二階建ての部室棟校舎の屋上を簡単に越えて、五階建ての時計塔の半ば以上まで大きなトラがぶっ飛んでいく。

 

 

「ダメなオトコとペットは叩いて躾ける」

 

 

 言いながら“うきこ”は弥堂の重石となっていた倒木を片手で持ち上げる。

 

 弥堂にとって降って湧いた脱出のチャンスだが、小学校中学年ほどの身長の女児が校舎の二階にまで届く大きな木を振りかぶる異様な姿から眼が離せなかった。

 

 

 やがて重力に従い落下するネコキメラ目掛けて“うきこ”はその木を振るう。

 

 ブォンっと轟音のようなスイング音とほぼ同時に木はゴミクズーをぶっ叩いてバラバラに砕け散った。

 

 

 周囲に撒き散らされる木片の向こう側で、ネコキメラの巨体が冗談のように一直線に飛んでいく。

 

 

「アハ――」

 

 

 部室棟の壁にぶち当たってコンクリを砕くゴミクズーを追って、“うきこ”は哄笑をあげながら加速する。

 

 僅かに跳ね返ってきたネコキメラを片手で掴むと校舎に巨体を押し付ける。

 

 

「アハハハハハハ――」

 

 

 無邪気なようにも聴こえる高笑いとともに、“うきこ”は掴んだゴミクズーを壁に引き摺りながら走り出した。

 

 

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