俺は普通の高校生なので、   作:雨ノ千雨

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1章49 偃鼠ノ刻の狩庭 ⑥

 

 ガラスとコンクリの破片を撒き散らしながら、ゴミクズーごとこの場から離れていく“うきこ”を視て、弥堂は立ち上がる。

 

 そしてすぐに身体の状態を確認する。

 

 

 ようやく自身を下敷きにしていた倒木から脱した格好だが――

 

 

(――駄目か)

 

 

 左足が完全に折れていた。

 

 痛みを無視すれば移動する程度はどうにかなるが一定のパフォーマンスの低下は否めず、戦闘に関しては言わずもがなだ。

 

 

 だが、そのことについて嘆こうと、何を考えようと。

 

 それで折れた骨がくっつくわけでもないので、ただの現状として把握し受け入れる。

 

 

(いざとなれば――)

 

 

 とれる手段はまだある。

 

 しかしいずれにせよ、突然の乱入者が敵を連れ去ってしまったので予定を変更せざるをえない。

 

 出来ればあのまま彼女がゴミクズーを殺害しておいてくれれば非常に都合がいいのだが、子供の姿をしたメイドが遊び半分でやっている仕事に大きな期待はできない。

 

 

 下手をしたら中途半端に痛めつけた状態でその辺に捨ててこられたゴミクズーを、あとで捜し出してトドメを刺さなければならなくなる可能性もある。

 

 とりあえず、先程使おうとしていた道具だけ回収しておくかと弥堂が腰を曲げたところで、地面に向けた頭のすぐ上に大きなものが落ちてきた。

 

 

 ズンっと音を立てて地面に叩きつけられたのは、先程“うきこ”に攫われていったネコキメラだ。

 

 瀕死――とまではいかないが、この短時間で相当に痛めつけられたようでピクピクと痙攣している。

 

 

「捜しにいく手間が省けたな」

 

 

 嘯きながらゴミクズーをよく視ると、躰の脇から生えていた豚の頭も失くなっている。

 

 あいつに捥ぎ取られたのかと考えを巡らせようとしたところで、前方から何かが物凄い速度で飛んできて、弥堂の身体のすぐ横を通り抜ける。

 

 

 咄嗟に振り返り擦れ違ったモノを視ると、それは時計塔の壁にぶち当たってピンクと赤のペンキを塗りたくったようなデキの悪いストリートアートとなった。

 

 

「――ぴょん」

 

 

 すると背後――元々向いていた方向――から可愛らしいかけ声と、ネコキメラの苦悶の叫びがほぼ同時に聴こえる。

 

 弥堂は身体の向きを戻した。

 

 

「フフフ、おしおき完了」

 

 

 そこではまたも踏みつけにしたネコキメラの上で女児メイドがドヤ顏をキメていた。

 

 

「まだ生きてるぞ。きっちり殺せ」

 

 

 弥堂は当たり前のようにちびメイドに命じる。

 

 しかし女児は鼻で笑い飛ばした。

 

 

「フッ、“ふーきいん”ビビってる。カワイイ」

 

「そうだ。そいつが恐いから早く殺してくれ」

 

「情けない。でもダメ。私は“ふーきいん”が苦しんでる姿が見たい。実はさっき猫に追いかけられてる時も少しの間ジィーっと観察してた」

 

「少しは真面目に仕事をしろ」

 

 

 性格の破綻具合も思っていた以上のもののようだった。

 

 

「“ふーきいん”が自分でなんとかすればいい。私はそれを観察してる。大丈夫。もし“ふーきいん”が死んだらちゃんとカタキはとってあげる」

 

「そうか」

 

「どうしてもと言うなら裸で土下座すれば考えてあげ……“ふーきいん”?」

 

 

 ご満悦な様子で好きに喋っていた“うきこ”は言葉の途中で弥堂が動き出したことで怪訝な顔をする。

 

 

「お前がやらないなら俺がやる」

 

「強がらない方がいい。“ふーきいん”はザコ。大人しく私に土下座してお願いするべき」

 

「そうか。じゃあサービスであと20秒だけそいつを押さえておいてくれ」

 

「20秒? それくらいなら特別に許してあげる」

 

 

 彼女の了承を待たずに弥堂は拾い上げた赤いポリタンクの蓋を回して開けつつネコキメラに近づく。

 

 喉奥を鳴らし唸り声をあげて睨んでくるゴミクズーの目はまだ死んでいない。

 

 

「それは助かるな。もう少しそのままだ」

 

 

 言いながらポリタンクの中身の液体をドボドボとゴミクズーにかけていく。

 

 

「それなに? お水? 私寝起きで喉がかわい……、ん……? なにこのにおい……?」

 

 

 顔を顰めながら鼻を鳴らす“うきこ”に答えずに弥堂は少し離れる。

 

 

「あと6秒……」

 

 

 そして数えながら懐から取り出した爆竹に慣れた手つきで着火する。

 

 

「花火……? “ふーきいん”、一体なにを――」

 

「――3秒前」

 

 

 訝しがる“うきこ”を無視して弥堂はカウントゼロまで数えずに、その爆竹を彼女の真下のゴミクズーへ下手で放り投げた。

 

 放物線を描いて近づくその火種を“うきこ”は自然に目で追う。

 

 

「ちなみにその液体はガソリンだ」

 

「――え」

 

 

 “うきこ”が表情をギョッとさせるよりも速く、パンッと一度乾いた破裂音を鳴らすと一気にその場に火柱が上がった。

 

 

「――みゃあぁぁぁぁーーーーっ⁉」

 

 

 ネコキメラではなく“うきこ”の悲鳴だ。

 

 寸でのところでゴミクズーから飛び降りたが、衣服に多少のガソリンがかかっていたらしく、彼女にも着火していた。

 

 

 パニックになった“うきこ”は、火だるまになりのたうち回るネコキメラの周囲を、お尻に火のついたメイドスカートから逃げるようにグルグルと走り回る。

 

 

 実験経過を観察する研究員のように、弥堂はその様子をジッと見守った。

 

 

「“ふーきいん”は頭おかしいっ!」

 

 

 やがて無様に地面にお尻を擦り付けてゴロゴロと転がり消火に成功した“うきこ”が食ってかかってくる。

 

 弥堂はゴミクズーに向けていた眼で彼女を視た。

 

 

 火を消すことは出来たようだが彼女のスカートはほぼ完全に焼け落ちてしまっている。その下から露わになった肌には少しの火傷もない。

 

 どうやらこっちの化け物を焼き殺すのは不可能なようだと弥堂は眼を細めた。

 

 

「やだ。“ふーきいん”いやらしい。すごい見てくる」

 

「お前の勘違いだ」

 

「勘違いじゃない。獣のような目で私のぱんつを見てた。すごく変質者っぽい」

 

「子供の下着を見て俺に何の得がある」

 

「こどもぱんつじゃない。“まきえ”と一緒にしないで。私は最近大人っぽくなったことに定評のある女。当然ぱんつも大人ぱんつ」

 

「大人おパンツだと?」

 

 

 眉を寄せた弥堂は改めて彼女の下半身を視る。

 

 

 そこにあるのは、腰回りをお腹からお尻まですっぽりと覆うような野暮ったいパンツで、決して彼女の言うような大人っぽいパンツなどではなかった。

 

 

「また見てる……。正直に言えばいい。私の黒の大人パンツに性的な興奮を隠しきれないと」

 

「どう見ても子供用の白い下着にしか視えないんだが」

 

「“ふーきいん”は往生際が悪い。今なら20kで許して――みゃあぁぁーーーっ⁉」

 

 

 童貞をイジメるお姉さんのつもりでニヤニヤと嬲っていた“うきこ”がふと自身の下腹部に視線を遣ると、そこにあったのは正真正面混じりっけなしのガキぱんつだった。

 

 驚愕に目を見開き素っ頓狂な叫びをあげると、それまで堂々とスカートの失くなった下半身を晒していた彼女は慌てて手でガキぱんつを隠した。

 

 

「み、みないで……っ!」

 

「わざわざ見るほどのものじゃないだろ」

 

「ちがうのっ!」

 

 

 下らないと弥堂が目線を切ると、彼女はなにやら弁明のようなものを始めた。

 

 

「たまたま……っ、今日はたまたまなの……っ!」

 

「……?」

 

「いつもは黒の大人ぱんつなのに、今日は洗濯だすの忘れてて替えがなくて……っ、それでこれしかないからたまたま……っ! それも忘れちゃってて……っ!」

 

「そうか」

 

 

 必死な様子で言い訳をする彼女へ至極どうでもよさそうに弥堂は返す。

 

 実際に彼女の言うとおり、普段は大人パンツだけど今日はたまたま子供パンツを穿いていて、そしてそのことを忘れてしまっていたのだとしても、弥堂にとっては『それがどうした』以上の感想は出てこなかったからだ。

 

 しかし、“うきこ”にとってはそれは重要なことのようで、いつも無表情で無気力に喋る彼女が頬と目元を真っ赤にし、目に涙を浮かべながら言い募ってくる。

 

 

 理解し難いと半眼になると、“うきこ”はそれを疑惑の眼差しと受け取ったようだ。

 

 

「ほ、本当なの! 信じて“ふーきいん”! 私は意識の高い女。寝る時も決して油断はしない。だからたまたま……、ていうかあんまり見ないで……! こんな恥ずかしいこどもパンツを見ないでっ……!」

 

 

 恥ずかしがるポイントがおかしいだろと弥堂は思ったが、それを指摘する前にテンパった彼女は走り出した。

 

 

「“ふーきいん”のロリコンやろーーっ!」

 

 

 居た堪れなくなった“うきこ”は乙女のように走り去る。

 

 その際、行きがけの駄賃のように藻掻き苦しむゴミクズーを撥ね飛ばした。

 

 

 夜空に打ちあがって冗談のようにぶっ飛んで行ったネコキメラを視てから視線を下ろすと、“うきこ”の姿はもう見えなくなっていた。

 

 あの様子ではもう戻っては来ないだろう。

 

 

 つまりこの後は自分で決着をつける必要があるということだ。

 

 

 弥堂は折れた足を引き摺りながら時計塔に近寄る。

 

 

 そして、豚の生首の肉片がこびりついた壁の横にある窓ガラスを叩き割って中へ侵入した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「すっかり遅くなっちまったッスねー」

 

「…………うん……」

 

 

 小声で言いながらネコ妖精のメロが部屋のドアを開けてやると、パートナーの少女が鈍い反応を見せる。

 

 濡れた髪でウトウトしながら家の廊下を歩く愛苗ちゃんはもう“おねむ”だ。

 

 

 時刻はもうあと30分もすれば日付が変わってしまう時間帯。

 

 普段22時前には寝てしまうことの多い水無瀬にとっては十分に夜更かし判定となる時間だ。

 

 

「今日もハズレだったッスね。無駄にいっぱい歩いたからマナも疲れただろッス」

 

「……うん。足がパンパンになっちゃった」

 

「髪乾かしたら肉球マッサージをしてやるッスよ」

 

「……うん。ありがとう」

 

 

 街の平和を秘密裏に守るコンビである彼女らは、今日も今日とて日課のパトロールをしていたのだが昨日に続いて目当てのゴミクズーを発見することが出来なかったようだ。

 

 

 彼女たちがしていたのは、4月20日に公園で遭遇して戦い結果として取り逃してしまったネコ型のゴミクズーの捜索だ。

 

 場所が住宅街だったために住民が遭遇してしまっては大変だと、捜査を強めていたのである。

 

 

「アイツどこ行っちゃったんスかね? マナとジブンで二人がかりでクンクンしたのに全然見つかんねーッス」

 

「……なんか学校であの子のニオイがした気がしたんだけどなぁ……」

 

「我々ネコさんはナイーブッスから、ケガしてる時にあんなニンゲンの多いとこには行かねーッスよ」

 

「うーん……、気のせいだったのかなぁ……? メロちゃんが言うんならきっとそうなんだよね」

 

「ヘヘッ……、ジブンなにせネコ妖精ッスから」

 

 

 水無瀬の頭にバスタオルを被せて肉球でポンポンして水気をとってやりながら、ネコ妖精はドヤ顔をした。

 

 

「そういえば、今日はアイツに会わなかったッスね」

 

「あいつって……、弥堂くん?」

 

 

 そして話題を変えると水無瀬の関心もすぐにそちらに移る。

 

 

「ここんとこ毎日会ってたッスからね」

 

「学校では元気におさんぽしてたよ?」

 

「アイツ、学校になにしに来てんッスか……。でもまぁ、基本アタマおかしいッスから極力関りたくねえッスけど、いないとちょっと物足りなくも思えるッスね。気をつけるんッスよマナ。これがクズ男の手口ッス。こうやってちょっとずつ依存させてから『車を買ってくれ。外車が欲しい』とか言い出すんッス」

 

「でも弥堂くんまだ免許とれないよ?」

 

 

 よくわからない注意喚起をするメロに水無瀬はズレたフォローを入れた。

 

 弥堂ではあまり話が広がらなかったので、メロは再度話題の転換を試みる。

 

 

「まぁ、そんなことより髪を乾かそうッス。ドライヤーしてあげるからベッドに座るッスよ」

 

「はぁい」

 

 

 いそいそとドライヤーをコンセントに挿し込むメロに水無瀬は気の抜けた返事をする。

 

 

 水瀬家では平和に今日が終わろうとしていた。

 

 

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