俺は普通の高校生なので、   作:雨ノ千雨

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1章49 偃鼠ノ刻の狩庭 ⑦

 

 バタバタと――

 

 

 たなびく上着の裾が風を叩く。

 

 

 時計塔最上階の屋根の縁に立ち、弥堂は眼下を睨む。

 

 

 足元――屋根の上には有刺鉄線や電力ケーブルが一面に張り巡らされていた。

 

 

 目玉をギョロギョロと左右に振ると、すぐに捜していたモノが見つかる。

 

 

 弥堂の立つ位置からほぼ正面の方角。

 

 校庭からこちらの方へヨタヨタと四つ足で歩く手負いの獣。

 

 もうキメラとは呼べないかもしれないネコ型のゴミクズーを発見した。

 

 

「運がいいぜ」

 

 

 位置関係がいい。

 

 これなら一直線にここに向かって来てくれるだろう。時計塔の裏側に居られたら少々面倒だった。

 

 片腕・片足と骨に損傷を負っているが、消耗しているのは向こうも同じ。

 

 

 これなら勝てる――と確信し、時計塔に入った時に送っておいたY’sへの指示メールに追加で実行命令を素早く送信してスマホを仕舞う。

 

 

 ゴミクズーは鼻を鳴らしながらあちこちへ視線を振っている。

 

 向こうもこちらを捜しているのだろう。

 

 

 折れた左足の膝を上げて振り下ろし靴底で時計塔の屋根を叩いた。

 

 

 目が合う。

 

 

 一瞬でこちらに気付いたゴミクズーはウィスカーパッドを持ち上げ歯を剥き出しにして唸る。

 

 恨み、怒り、憎しみを自分よりも弱いモノ――弥堂へと向ける。

 

 

 その視線を受け止め、弥堂は血の混じった唾をベッと夜空に破棄捨てる。

 

 

「来いよ。決着(ケリ)をつけてやる」

 

 

 ネコのゴミクズーは血を撒き散らし魂の欠片を散らしながら一直線に向かって来る。

 

 あっという間に時計塔に取りつき、壁を垂直に駆け上がってくる姿を視た。

 

 

「必ず殺してやる」

 

 

 言い捨て、弥堂はその為の次の行動に移る。

 

 

 地上五階の屋根の上は強風が吹きつけている。

 

 ブォォォンッと唸るような音を立てて山から吹き下ろす風が弥堂と擦れ違い、海へ向かって街の中を通って行った。

 

 

 

 

 

 

 ブォォォンっと鳴っていたドライヤーの音が止まる。

 

 

「――ヨシッ! ドライヤー終わりッス!」

 

「ありがとぉ……」

 

 

 水無瀬は目をショボショボとさせながらメロへ礼を告げる。

 

 

 メロはドライヤーのコードを巻いて回収しながら苦笑いを浮かべた。

 

 

「こんな時間まで起きてるの久しぶりだからめっちゃ眠そうッスね」

 

「うん……、魔法少女で疲れちゃっていつもすぐ寝ちゃうから……」

 

「今日は時間延長して頑張ったのになんの成果も得られなかったッス!」

 

「もうちょっと早く帰ってきなさいって、お父さんに怒られちゃった……」

 

「ショボショボンッス……」

 

「しょぼしょぼ……」

 

 

 二人揃ってションボリと肩を落とすと、お目めをしょぼしょぼさせた愛苗ちゃんはそのまま舟をこぎ始めた。

 

 

「あとはジブンが片付けとくッスから、マナはもう寝ちゃっていいッスよ」

 

「うん、ゴメンねぇメロちゃん……」

 

「なぁに、ジブンはお助けマスコットッスから。お助け男子よりは役に立つとこをここでアピールするッス。さ、もうお布団に入るんッスよ」

 

「はぁい……」

 

 

 うつらうつらとしながら、水無瀬はベッドに入る。

 

 

「前もって言っておいたッスけど、ジブン今夜はネコさん会議に出席するから朝帰りになるッス」

 

「メロちゃん私より忙しいね。疲れてるのに大丈夫?」

 

「大丈夫っス。ジブンが行かないとアイツらダメダメッスからちょっくら頑張ってくるッス」

 

「そっかぁ。がんばってね」

 

 

 濡れたバスタオルを片付けながらメロは水無瀬が布団を被るのを見守る。

 

 布団がしっかりと彼女を覆い顔だけが外に出ている状態を確認し、カラカラと窓を開ける。

 

 少し冷たい夜気が部屋の中に這入りこみ、それが火照った頬に当たると水無瀬は心地よさを感じ眠りへと誘われる。

 

 

 その様子を見て取ったメロは、もう幾許もなく彼女は眠りにおちてしまうだろうと判断し、施錠については今回は言及しないでおこうと決める。

 

 

「おやすみ、マナ」

 

「……うん。おやすみなさい」

 

 

 もう瞼を閉じた水無瀬と明日までの別れの挨拶を交わし、メロが窓の外へと踏み出そうとした時、僅かに強い風が吹く。

 

 

 その風は先程よりも濃い外気で部屋の中を塗り替える。

 

 吹き込んだ夜気がまた水無瀬の顏に触れると彼女の小鼻がピクっと動き、そして――

 

 

 

――パチッと目を開いた。

 

 

 

「ど、どうしたんッスか、マナ?」

 

 

 もう眠る寸前だと思っていた彼女が突然ガバっと身を起こしたことでメロは驚く。

 

 

「…………におい」

 

「え?」

 

 

 水無瀬の鼻がクンクンと動く。

 

 

「弥堂くんのにおいがする」

 

「少年……? マナ、一体どうし――」

 

 

 戸惑うメロの言葉には答えずに水無瀬は布団を跳ねのけると窓際に駆け寄る。

 

 そして外へ顔を出し、先程より強く鼻を鳴らした。

 

 

「――やっぱり! 弥堂くんのにおいがする。困ってるにおいがするよ!」

 

「え? いや、ジブンにはなにも……、ってマナ? なにを――」

 

 

 彼女に倣ってメロも鼻をクンクンと動かすが、彼女の言うような痕跡は何も掴めなかった。

 

 その間に水無瀬は部屋に戻り、慌てた様子で荷物をあさり始める。

 

 

「――行かなきゃ……っ!」

 

「行かなきゃって……、どこに?」

 

「弥堂くんのとこ!」

 

「へ? いや、こんな時間になにしに……」

 

「わかんないけど、助けてあげなきゃ……!」

 

 

 数度会話をしている間に水無瀬は目的の物を見つけて立ち上がる。

 

 その手の中にあるのは魔法少女の変身ペンダントであるBlue Wishだ。

 

 

「マナっ……⁉ まさか――こんな時間にダメッスよ……!」

 

「でも、私が行かなきゃ……! 弥堂くんが困ってるの。私が助けてあげないと弥堂くんが死んじゃう……っ!」

 

「ま、待つッスよマナ――」

 

「――Seedling(シードリング) the() Starlet(スターレット)――Full(フル) Blooming(ブルーミン)!!」

 

 

 メロの制止を最後まで聞くこともなく、水無瀬は握りしめたペンダントに願いをこめて変身の呪文を唱える。

 

 

 寝静まった住宅街の中で一軒の家の二階の窓からペカーっと強い光が夜に漏れた。

 

 

「マ、マナーッ!」

 

 

 そして驚くメロの声を置き去りに、一気に夜の空へ身を躍らせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ガンッと白いポリタンクを蹴り倒すと、中身がボトボトと零れ斜めに傾く時計塔の屋根の上を滑っていく。

 

 周囲には同様に倒されたポリタンクがいくつもあり、空になった物から用済みだとばかりに宙空に蹴り出すと階下へと消えていった。

 

 

 ダダダダッ……と時計塔の壁を蹴って駆け上がってくるゴミクズーの足音と振動が強まっている。

 

 もうすぐに最上階のここまで辿り着くだろう。

 

 

 弥堂は宙空へチラっと視線を向けてから、他に用意してあった別の赤いポリタンクの蓋を開けておく。

 

 そしてコードレスの高圧洗浄機のノズルとトリガーを確かめ、強烈な異臭を放つバケツの中へ給水ホースを落とした。

 

 

 ここは時計塔の屋上の小さな屋根の中、頭上には巨大な鐘があり、足元には面積の狭い平らな床。

 

 そこに置かれたバケツやポリタンクの隙間には電源コードがうねっており、床に空いた穴に掛かっている梯子に絡まって塔の内部からここまで伸びてきている。

 

 僅かに覗いた梯子の下には大量の車のバッテリーが所狭しと並べられていた。

 

 

 準備は整った。

 

 

 あとは殺すだけの単純作業となる。

 

 

 弥堂は鐘が収容されている小部屋から外の屋根へ身を出す。

 

 

 屋根の縁へ向けて高圧洗浄機のノズルを向けてその時を待った。

 

 

 ダダダダッと響いていた足音がダンッと一際強く踏む音を最後に途切れる。

 

 それとほぼ同時に手負いの獣が飛び出してきた。

 

 

 ノズルを僅かにクンっと持ち上げ、迷わずトリガーを引く。

 

 

 バケツの中から給水ホースが急速で吸い上げた液体が、飛び上がったゴミクズーの鼻面に直撃した。

 

 

「――フギャァァァァーーッ⁉」

 

 

 空中で悲鳴をあげトラ以上の巨体がバランスを崩す。

 

 

 バケツの中身は先程も使った木酢液だ。

 

 

 突然に強烈な刺激臭のする液体を浴びたことでゴミクズーは面食らう。半ばパニックになりながら屋根の上へと落ちていき、しかしそれでもどうにか無事に着地をしようと前足を伸ばす。

 

 その足が屋根に触れた瞬間――ズルンっと大きく滑る。

 

 着地に失敗して顎と腹を強かに打ち付けた。

 

 

 屋根の上に四肢を伸ばして腹ばいになったゴミクズーの躰の下には先程弥堂が撒き散らした大量のローションだ。そのままツルーっと滑り落ちていく。

 

 しかし屋根に仕掛けられているのはローションだけではない。一面に張り巡らされた有刺鉄線が滑り落ちるゴミクズーの身を削る。

 

 

 それ自体はこの化け物にとってはとるに足らないダメージだ。

 

 しかし、連続で罠に嵌ったパニック状態下ではより冷静さを失わせる。

 

 

 もう少しで時計塔の最上階から落下といった寸でのところで、ゴミクズーは二本の前足を伸ばして有刺鉄線に爪を引っ掛ける。

 

 巨体化したことで皮肉にも増えた体重を支える為に爪に力をこめて屋根に突き刺し、どうにか落下を免れることに成功した。

 

 

 しかし一息つく間もなく、その顔にビチャビチャとまた何かの液体がかけられる。

 

 それは体組織に触れた瞬間に先程のものとはまた別の異臭を放ち、そして煙を噴き上げた。

 

 

「ニギャァァーーーーッ⁉」

 

 

 絶叫をあげる獣の元に屋根を伝って同じ液体が流れてきて、爪を立てて屋根を掴む前足に触れると同様の痛みが奔る。

 

 これは硫酸だ。

 

 

 すぐにこの液体から身を離したい。

 

 しかしそうすれば落下は免れない。

 

 

 もしかしたら化け物であるゴミクズーならば、この高さから落ちたとしても致命傷にはならないかもしれない。

 

 しかし、落ちそうになったら落ちないように踏ん張る。

 

 人間も含めて多くの動物は反射的にそうしてしまう。

 

 それは猫も同じだ。

 

 

 どうにか耐え抜こうと屋根に刺さる爪に力が入ったのが弥堂の眼には視えた。

 

 最後に残った数個のポリタンクを傾け、中身をゴミクズーへとぶち撒ける。

 

 

 このニオイにもゴミクズーは覚えがあった。

 

 これもついさっき嗅いだニオイ。

 

 

 顏を上げてニンゲンの男を見ようとすると、鼻面に何かがガンっとぶつけられた。

 

 

 空になった赤いポリタンクが塔の下へと落下していく。

 

 

 このニオイは熱くなる水のニオイ。

 

 

 ガソリンだ――

 

 

 ギロチンにかけた受刑者へかける言葉は無く、弥堂は宙空の一点へと眼を遣った。

 

 

 立てた親指を下に向け、まるで其処に誰かが居るかのように、その手を下に落とすジェスチャーをする。

 

 

 弥堂の目線の高さ、学園の象徴たる五階建ての時計塔の上空に浮かぶモノがあった。

 

 

 吹き荒ぶ風に煽られ弥堂の上着の裾と前髪が暴れる。

 

 そしてその強風の中で微動だにせず滞空するドローンのカメラが、その男の唇の動きを捉えた。

 

 

 

『や・れ――』

 

 

 

 弥堂は心臓を強く打たせ、生み出されたエネルギーの一切を足に流し込み、夜空へ高く跳んだ。

 

 

 その瞬間、不可視の処刑の刃(ギロチン)が落とされる――

 

 

――バリバリバチィッと強烈な破裂音にも似た音を鳴らし、夥しい威力の電流が鉄線を通して屋根中に流された。

 

 

 それは撒き散らされた液体ローションを通り、硫酸を通ると異常な煙を噴き上げる。

 

 

 Y’sによって一切の良心も手加減もなく流された無慈悲な電流は有刺鉄線上でバチバチと青白い火花を散らし、そしてそれは瞬く間にガソリンにも引火して小爆発を起こした。

 

 

 火と煙を噴き上げて白目を剥いたゴミクズーの爪が屋根から抜け、巨体は階下へと落下していく。

 

 

 

 しかし、これで終わりではない――

 

 

 先に地上への落下を開始したゴミクズーを上空から弥堂は追う。

 

 

 

 ゴミクズーは屋根のすぐ下にある、この建物が時計塔と呼ばれる由縁となっている大きな時計の秒針にしがみついた。

 

 

 23:55を指していた長い針はトラよりも大きな猫の体重を支えられず、時間が巻き戻る。

 

 

 ククッと時間が10分戻ったところで、ゴミクズーは時計盤に後ろ足をあてて踏ん張らせ、それ以上の時間の遡及を防ぐ。

 

 

 その躰の上に勢いよく弥堂が落ちてきた。

 

 

 ゴミクズーに着地をした瞬間に零衝(ぜっしょう)を叩き込んで力を何倍にも増幅させる。

 

 時間は勢いよく巻き戻っていって、さらに30分ほど遡ったところで勢いを失くす。

 

 

 心臓から全身へ廻るエネルギーの全てを使い切るつもりで、ダンっと時計盤を強く踏み『世界』から汲み上げた力で渾身の零衝を放つ。

 

 

 狙うのはゴミクズーではなく、現在自身と化け物を支えている巨大な秒針だ。

 

 

 鈍い音を立てて、鉄製の秒針は拉げて圧し折れる。

 

 

 弥堂とゴミクズーは再び宙空へと身を投げ出された。

 

 

 

 今度もやはり体重の重いゴミクズーが先に落ちていき、その後を弥堂が追う。

 

 

 先程ゴミクズーが垂直に壁を駆け上がってきたのとは真逆に、地面とほぼ垂直に立つ時計塔の壁を蹴りながら弥堂は真下へと走った。

 

 それは地上5階の時計塔最上部からゴミクズーと一緒に地上へ落下している絶対絶命の状況であるというのに、触れれば必ず死ぬ地面へと自ら向かっていくことと同義で、まさしく狂気の沙汰だ。

 

 

 ダダダダ……ッと細かく壁を蹴って頭を下にしながら身体が壁から離れないように力の方向を調整する。

 

 折れた左足が痛みを訴えるが、この後もっと強い痛みを全身で受けることになるので、そんな小さな不満を聞いてやったところで意味がない。

 

 身体を労わるのは生き残ってからすればいい。

 

 生き残れるかどうかなど殺した後で運次第だ。

 

 何よりも自分の生命よりも、まず殺すことだ。

 

 

 殺せ――

 

 

 ただ殺せ――

 

 

(――他はどうでもいい)

 

 

 自分を諦めてしまえば――

 

 

 戦いが終わった後に自分が生存していることを視野に入れなければ、殺すために選べる手段は無限に増える。

 

 

 それが弥堂 優輝の戦い方であり、弥堂 優輝という存在の在り方だ。

 

 

 二つの魂の煌めきが猛スピードで落下しながら夜の空で瞬いた。

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