俺は普通の高校生なので、   作:雨ノ千雨

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1章51 死線上で揺蕩う窮余の一択 ⑤

 

 最下部まで目を通してから望莱は希咲と弥堂のチャット履歴を少し上に戻して一ヶ所を指差す。

 

 

「まず、ここ」

 

 

 希咲は望莱の指先が示す文章に注目する。

 

 

 そこに書かれているのは――

 

 

『現状は何もおこっていない。だが本当になにもおこっていないのではなく。誰かがなにかをしているわけでもない。だから目に見えては何もおこっていなく。なにも怒っていないということがおこっている。それがおかしい。』

 

『俺にもよくわからない。何か教室にいわかんがある。だがふとそのいわかんを何も感じなくなるというか忘れることがある。野崎さんたちにも聞いてみてくれ。だが俺の言ったことを伝えずに彼女たちがどう感じているかをお前から聞いたほうがいい』

 

 

 弥堂にしては長文に分類されるメッセージ。

 

 

「わかりやすく怪しいですよね」

 

「そうね。リアタイで見た時はびっくりしちゃった」

 

「はい。色々よくわかんないこと書いてありますけど、ここの要点は後半の文章の『だがふとそのいわかんを何も感じなくなるというか忘れることがある。』この一文ですね。他はカモフラージュかトラップです」

 

「トラップ?」

 

「はい。このメッセージ、出だしは『俺にも~』で始まってるじゃないですか? その流れで読んでいくと『だがふとその違和感を~』の主語も『俺』、つまり『弥堂せんぱい』であるように読めちゃうんですけど、多分それはミスリードだと思います」

 

「嘘ついてる……ってこと?」

 

 

 希咲が目線をスマホから望莱の顏へ移すと、彼女は一度だけニッコリと笑いすぐに表情を真剣なものに戻した。

 

 

「あからさまというか、確定的な嘘ではないですね。嘘を吐かずにわざと相手を誤認させて、それで騙すっていう詐欺師のテクニックです」

 

「誤認……。でも、そうね。確かにあたしもこれアイツのことだと思っちゃった」

 

「そう考えた根拠は一旦置いておいて、わたしからすると、あのせんぱいがこういう文章を書くこと自体に違和感があります」

 

「どういうこと?」

 

 

 希咲に問われると望莱はスマホに目を戻し、指で操作してこの一文よりも少し前の会話まで履歴を戻す。

 

 

「ここらへん。基本的にあの人って言葉が少ないですよね。単語だけで返したり、長くてもワンセンテンスで終わらせてる」

 

「そうね。漢字の変換しなかったりミスってたりも直さないし、あたしはちゃんとメッセしてるのにナマイキ」

 

「七海ちゃん、チューしましょ」

 

「しない。マジメ、続けろ」

 

「ぁいたぁーっ」

 

 

 突然求愛行動をしてきた望莱の脳天にチョップを落とし、希咲は続きを促した。

 

 

「ぁいたた……、えっとぉ、まぁ、そのメンドくさがりで適当な返事しかしない人が急にこんな文章送ってくるのは“ヘン”ですよね?」

 

「まぁ、言われてみればだけど、でもアイツってばヘンなのがデフォだし。会話トクイじゃないから一生懸命説明しようとしてくれてんのかなって思ってた」

 

「んもぅ、七海ちゃんの陰キャキラー」

 

「チャカすな。それで?」

 

「はい。確かに七海ちゃんが言った線もあるんですけど、人柄的にちょぉっと違和感かなって。わたしは、あの人は自分でもわからないことをいちいち言語化して他人に説明しようとはしないと思うんですよね」

 

「うーん……」

 

「それに。この教室の異常? 異変? ってクラスメイト全員が対象ですよね?」

 

「たぶん?」

 

「もしも教室中でその異変があるとあの人が感じたんなら、多分その場で誰かしら捕まえて情報を吐かせると思うんですよ。あの人そういう直接的な手段で効率を出すのが好みだと思うんです」

 

「それは……、たしかに……」

 

 

 希咲は顎に手を遣り、弥堂と一緒にトラブルに巻き込まれた時のことを思い出しながら望莱の意見を肯定する。

 

 

「最初に七海ちゃんが水無瀬先輩のことを聞いた時も、『野崎さんたちは何て言ってる』ってボカしてますよね? あの人の性格を考えるとこの時点で何かあるなら『ある』、無いなら『ない』って答えると思います」

 

「……誤魔化したってこと?」

 

「うーん、それは確定できないです。でも、あの人って多分嘘を吐くことに躊躇いなんてないですよね?」

 

「そうね。クズ男よ」

 

「はい。なので、騙す気があったり誤魔化す気があるならこの時点で嘘を吐くと思うんですよ。これは予想というより勘になりますが、多分この時点ではどう答えるか決めるための時間稼ぎで話を逸らしたんだと思います」

 

「ふむ、時間稼ぎか……。でも、なんのために?」

 

「それを説明するために先の会話に進みましょうか。でも、その前に――」

 

 

 望莱は希咲へ顔を向ける。

 

 

「七海ちゃんが弥堂先輩とした約束ってどういう形式のものなんです?」

 

「けいしき……?」

 

 

 コテンと首を傾げる希咲へ指を立てて望莱は説明する。

 

 

「なにか契約のようなキチンとしたものですか? それともただの口約束のような軽いものです?」

 

「あぁ、そゆことか。う~んとね……、契約って云えるほどのおカタいものではないわね。口約束ではあるんだけど……」

 

「曖昧なんですね」

 

「そうねー。今回の愛苗の件とは別なんだけど、一個前にアイツとモメたっていうか、アイツと一緒に変態たちとモメたんだけど……」

 

「なんですかそのおもしろイベント」

 

「一個もオモシロくないから。そん時にアイツと取引したのよ」

 

「取引?」

 

 

 自分の知らなかった話に望莱は興味を向ける。

 

 

「そ。あたしのお願い聞いてくれる代わりに旅行から帰ったらアイツの仕事手伝うって」

 

「仕事、ですか……?」

 

「や、ほら? アイツってばあぁ見えて風紀委員じゃん? それだと思う」

 

「『風紀の狂犬』でしたっけ? ぷっ、ダサすぎて面白いです」

 

「……あたしも不良が勝手に名乗ってるダサい二つ名みたいなのかと思ってたけど、アイツってばマジ狂犬だったから笑えない……」

 

 

 学園内での弥堂の通称について、クスクスと笑う望莱と、げんなりと肩を落とす希咲、実に対照的なリアクションとなった。

 

 

「それはともかく。何を手伝うのかちゃんと確認したんですか?」

 

「ん? だから風紀委員のでしょ?」

 

「弥堂先輩がそう言ってたんですか?」

 

「えーーっと……、あたしが『仕事って、風紀委員の?』って聞いたらなんか大体そんな感じだって言ってた」

 

「……七海ちゃん」

 

「なに?」

 

 

 望莱はスッと姿勢を正してベッドに正座をする。

 

 希咲も釣られて彼女の正面に正座した。

 

 

「デビューおめでとうございます」

 

「は? でびゅー?」

 

「AVデビューです」

 

「はぁ⁉」

 

 

 厳かな雰囲気には似つかわしくない賛辞を贈られ、希咲は素っ頓狂な声をあげる。

 

 

「あんた、なんですぐそういうことゆーのっ⁉ 今マジメに話してたじゃんっ!」

 

「ですが……、これはもう残念ながら騙されてるとしか……」

 

「そういうのいいからっ! 確かにアイツが嘘ついてる可能性はあるけど、いくらなんでもそんなことあるわけないでしょ!」

 

「いいえ。わたしは確信してます。七海ちゃんは油断するとそういうえっちなイベントに巻き込まれるタイプの女の子だって」

 

「バカなこと言ってんじゃないの」

 

 

 沈痛そうな面持ちで心中を察そうとしてくる望莱の言葉を切り捨てて軌道修正する。

 

 

「そんなわけでその取引があったから、今回もその延長のつもりだったの」

 

「弥堂先輩もそう言ってたんですか?」

 

「や、なんにも言ってないけど」

 

「……今回の件は取引って形をとっていないんですね?」

 

「んーー、前に一回あんたに話したけど、ちょっとあたしが強引に? ってゆーか、アイツを遣りこめるような風にしちゃって、なし崩しにお願いを聞いてもらったっていうか……」

 

「んま。七海ちゃんったら悪い女です」

 

「そーゆーんじゃないから。でもちょっと悪いことしちゃったから、アイツの仕事手伝う時はちゃんとマジメに手伝ってあげよーって思ってたんだけど」

 

「つまり、今回のことは相手からは見返りを要求されていないんですね?」

 

「……そーいえばそうね。アイツらしくないけど。なんかあの時やたら疲れてたみたいだったから……」

 

「……弥堂先輩にお伝えください。わたしが必ず完成作品を3本購入するので、発売の際には絶対にお声がけくださいと。あと出来れば撮影の時は見学をさせて頂きたいと。あともしも叶うのならカメラはわたしに任せて欲しいと」

 

「要求多いわね。つか、あんたまだそれ言ってんの? バッカじゃないの」

 

 

 大真面目な顔でふざけたことを言う望莱へ希咲は軽蔑の眼差しを向けたが、みらいさんは内心で、その時の為に今の内に弥堂に取り入っておこうと心に決めていた。

 

 

「あんたがふざけるからグダっちゃったけど、まとめると今回の愛苗の件はあたしが一方的にお願いしたってことね」

 

「なるほど。まぁ、おかげで一つ合点がいきました」

 

「なにが?」

 

 

 話を戻す希咲に倣って望莱も表情を改めて所感を述べる。

 

 

「なんかやたらと七海ちゃんに『自分で確認しろ』的なことを促してるじゃないですか? これってどういう意味なのかなって考えてたんです。多分取引とか契約って形をとってないから、彼の言う仕事――例えば風紀委員とか? そういう活動に取り組む時ほどには本腰を入れてないんですね。だから七海ちゃん自身に確認をとらせて、何かあった時の責任を投げようとしてるのかなって、今思いました」

 

「あーー……、そっか。そうね、そういうヤツだわ。失敗したなぁ。ちゃんと取引って言えばよかった」

 

「一応最低限“お願い”は聞いてくれてるみたいですけど……。てゆうか、なんでちゃんと詰めなかったんです? 次からは書面で交わすことをお勧めします」

 

「んー。や、ほら? 取引とかにするとなんかおカタイじゃない? ちゃんと仲良くしてお願い聞いてくれるようにした方がいいかなーって思っちゃって」

 

「…………」

 

 

 望莱さんは余計な口をきかないようにニッコリとだけ笑った。

 

 きっとそうやって無自覚に誑し込んだ男子がたくさんいるんだろうなと想像すると、身体の奥底から昂ってくるものがあるが、それを表に出すと自分の見ていない時の話をしてくれなくなってしまうので努めて自制をした。

 

 

「まぁ、今回は仕方ないです。次に活かしましょう」

 

「ん? えと、まぁ、そうね?」

 

「では、先程のわたしの話の続きをします」

 

「うん……、うん……?」

 

 

 その為にやや強引に話を変える。

 

 希咲は若干その様子を訝しんだ。

 

 それに気付かないフリをして望莱は話を戻す。

 

 

「では何故弥堂先輩が時間稼ぎで答えをボカしたか、についてです。さっきの長文の後の“ここ”と“ここ”」

 

「どれどれ」

 

 

 再び望莱が指し示したスマホの画面を希咲も覗き込む。

 

 

『お前はみなせを覚えているのか』

 

『みなせまなを知っているかと聞いて即答できるかどうか見極めてこい』

 

 

 望莱が示したのはその二つの弥堂の発言だった。

 

 

「わたしの予想する流れとしては、最初に七海ちゃんに水無瀬先輩のことを聞かれた時はどう答えるか決めかねていた。それで彼が選択したのはどうともとれるような長文での責任逃れ。でも、その次の水無瀬先輩を覚えているのかって所ではそれも変わってます」

 

「ふんふん……」

 

「『お前はみなせを覚えているのか』これの少し前にチャットのやりとりが終わろうとしてますよね?」

 

「そね。あたしはここで打ち切ろうとしてた」

 

「それで『まて』と。わたしが思うに、『お前はみなせを覚えているのか』って聞くつもりがあったのなら、あの人はあんな変な長文打つ前にとっくに聞いてると思うんです」

 

「……そうね。あたしもそう思う」

 

「多分ここで気が変わったんだと思います」

 

「真面目にやろうって思ったってこと?」

 

「いいえ。七海ちゃん、あとわたしたちに疑いを持ったんです」

 

「え? どゆこと……?」

 

 

 目を丸くする希咲に望莱は再び弥堂の長文メッセージを指差す。

 

 

『現状は何もおこっていない。だが本当になにもおこっていないのではなく。誰かがなにかをしているわけでもない。だから目に見えては何もおこっていなく。なにも怒っていないということがおこっている。それがおかしい。』

 

『俺にもよくわからない。何か教室にいわかんがある。だがふとそのいわかんを何も感じなくなるというか忘れることがある。野崎さんたちにも聞いてみてくれ。だが俺の言ったことを伝えずに彼女たちがどう感じているかをお前から聞いたほうがいい』

 

 

「これの『だがふとそのいわかんを何も感じなくなるというか忘れることがある』の部分。これの主語が違うってさっき言いましたよね?」

 

「うん」

 

「これの主語が弥堂先輩でないのなら、では一体『誰が』『何を』『忘れる』のでしょう?」

 

「……野崎さんたち、というかクラスのみんな?」

 

「そうです。きっとこれを打った時点では、これに気付いたのなら自分で解決しろ。気付かなかったのならお前のせいだ。そんな風に考えていたと思います」

 

「あー、そんなこと言いそうだわ。でも、それが変わった?」

 

「そうです。クラスの他の人間は水無瀬先輩のことを忘れているのに、そんな中で七海ちゃんは毎日のように水無瀬先輩のことでメッセを送ってくる。それに違和感を持ったんです」

 

「そんな毎日送ってないし」

 

「まぁ、それはともかく。だから急に口調も論調も変えて『お前はみなせを覚えているのか』と聞いてきたんです」

 

「なるほど……」

 

「でも、これはおかしいんですよ」

 

「え?」

 

 

 今まで自分で説明していたことをいきなり否定するような望莱の言葉に驚き、希咲は思わず彼女の顔を見る。

 

 望莱もスマホから視線をあげ希咲へと目を向けると、どこか得意げで、そしてどこか仄暗い笑みを浮かべた。

 

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