俺は普通の高校生なので、   作:雨ノ千雨

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1章51 死線上で揺蕩う窮余の一択 ⑫

 

 言っても意味のないお説教を飲み込んで希咲は弥堂の戦闘スタイルについて言及する。

 

 

「スタイルって言っても、ガッコの廊下だったし、その時周りに他の子たちも居たしで、そんな大決戦! みたいな戦いじゃなかったのよね」

 

「普通のケンカみたいな?」

 

「うん。結局フツーのケンカじゃやらないようなことまでやっちゃったんだけど、やってることはフツーの殴りっこの延長……みたいな……?」

 

「んま。七海ちゃんったら野蛮カワイイです」

 

「そういうのいいから」

 

 

 余計なチャチャを入れてくる望莱にシラっとした目を向けて、無駄口にはもう付き合わないことを強調する。

 

 

「では、武器とか他の手段を使ったりとかはなかったんですね?」

 

「そうね」

 

「それで、彼はどんな……?」

 

「う~ん……、格闘技……? なのかなぁ……?」

 

「見てもわかんなかったんですか?」

 

「そうなのよ。なんかちょっとヘンで」

 

「七海ちゃんが見てもわからなかったんなら、それは格闘技ではないのでは?」

 

「たぶんそうなんだろうけど……、でも、ただ手足を振り回すだけのケンカ殺法とも違くて、ちゃんとした動きだったと思うのよね……」

 

「きちんとした流派になっているような系統立ったものではない? ということはオリジナル――ユニーク、ですか?」

 

「や。お師匠さんがいて、その人に教わった的なこと言ってた」

 

「……なんかもうこの時点で普通じゃないですね」

 

 

 目を細めて考えだす望莱に合わせて、希咲もその時のことを思い出そうとする。

 

 

「……あ、そういやその時その場に元空手部のヤツがいたんだけど、ムエタイとか総合とかあとは中国拳法……? なんか色々混ざってるって言ってた」

 

「ふむ、そのあたりは蛮くんや真刀錵ちゃんに聞かないとわかんないかもですね」

 

「あっ、それだ。真刀錵のとこの妖怪おじいちゃん。あのおじいちゃんに似た感じがしたかも」

 

「……ということは、伝承されていない古武術……なんですかね」

 

「んー……、使ってる技がってよりは、人かな? あいつとあのおじいちゃんの雰囲気が似てるっていうか……。上手く言えないけど」

 

「彼、まだ高2ですよね?」

 

「まぁ、あそこまでの達人って感じではなかったけど。あくまで雰囲気が?」

 

「なるほど。七海ちゃんがそう感じたなら、そうなんでしょう。でもそれだけのことで七海ちゃんがやりすぎなきゃいけないようなことになったんですか?」

 

 

 望莱からのその質問に希咲は眉を寄せる。

 

 

「……あいつ。あたしのスピードに対応してきたのよ」

 

「へぇ……、それはすごいですね」

 

「初見でフツーにガードされちゃって、少しギア上げたんだけどそれでも避けるし捌くしで見えてるみたいで。だからフツーのケンカじゃやらないくらいまでもう一個ギア上げたのよ。それでも対応されちゃった」

 

「……それ周りで見てた人たちドン引きしてたでしょうね。まともに見えてないでしょうけど」

 

「あー……、まぁそうかもだけど、フツーじゃ絶対にありえないような特殊なことはあたしも弥堂もしてなかったし。だからギリ……オッケ……? みたいな?」

 

「というか、それでどうやって七海ちゃんの攻撃から逃れてたんです?」

 

「えっと、フツーに……? なんかトクベツなスキルとかってより、ただの技術と身体能力で……的な」

 

「……う~ん。ただの身体能力にブーストがかかってるだけの人、とかなんですかね……? 見込み違いでしたか」

 

「あ、でも。絶対にフツーじゃないのもあった」

 

 

 弥堂の評価を下方修正するべきか考える望莱に、希咲は新たな情報を加える。

 

 若干『なんかあたしがあのバカのプレゼンしてるみたいでヘンじゃない?』と疑問を感じそうになったが、気にしないように思考の中から追い出す。

 

 

「なにか怪しいスキルとか術とか、ですかね?」

 

「わかんないけど、気になったことが二つ。一つはなんかイミわかんない変態パンチしてきた」

 

「変態パンチ……? 胸でも揉まれましたか?」

 

「もっ、揉まれてないからっ!」

 

 

 想定外の返答からその日の該当する出来事を急に思い起こされ、瞬時に顔にカっと熱が昇ってきた。

 

 すぐさま頭を振り、記憶から消し去っていたイヤな思い出を再びなかったことにして、話の軌道を維持する。

 

 

「そういう変態じゃなくって。なんかね、立ったまま壁にこう……拳を当てて。そんでギュルンって感じで足から全身を捻じる……? 回す……? みたいな。それでコンクリに穴開けてた。変態っぽいでしょ?」

 

「それは変態っぽいですね」

 

 

 ベッドに座りながら手を伸ばし、雑に実演してみせる希咲の意見に望莱も同意し、『変態パンチ』ということで見解が一致する。

 

 

「なんかあれも技術っぽいようなこと言ってたんだけど、でもフツーそうはならないでしょって思って」

 

「“HAKKEI!”っぽいですけど、これも聞いてみないとですね。“変態ぶじゅつ”と云えば真刀錵ちゃんですし。それでもう一つは?」

 

「うん。こっちの方が怪しいかも」

 

「もっと変態なんですか? お〇んちんボロォンッてされました?」

 

「さっ――⁉ さささされてないからっ! セーフだったから……っ!」

 

「おっ? おっ……? おぉう……?」

 

「んんっ。そうじゃなくって、もっとイミわかんないっていうか……。実はあたし、結局ガチでやっちゃって……」

 

「えっ?」

 

 

 目を丸くする望莱に気まずそうに頬を掻きながら希咲は説明を続ける。

 

 

「その、ホンキのホンキでマジの全開ってわけじゃないんだけど、それでも普通の人間じゃ見えないし反応できないくらいの速さで近づいて蹴っちゃおうとしたのよ」

 

「あらま。それじゃあ弥堂先輩にはご愁傷さまですね。それでブッ飛ばして勝ったんですね」

 

「それが違うのよ。逆にあいつに、あたしがわかんないくらいの速さで近づかれて、そんで変態パンチ打たれちゃったのよ」

 

「はぁ? 嘘ですよね?」

 

「それがマジなのよ。それで緊急回避まで使わされちゃうし。あたしもびっくりしちゃったわ」

 

「……それって…………」

 

 

 望莱は口元を手で覆い目線を下げる。

 

 そうやって少し思考をまわしてからジッと希咲の顔を見た。

 

 

「えと……? みらい? どうかした?」

 

「……いえ。なんでもないです。それで?」

 

(……気付いてない?)

 

 

 急に見つめられて戸惑う希咲の心の内を一瞬だけ探るように窺い、すぐに望莱は先を促した。

 

 

「んと、それで終わったっていうか、それ以降はベツの戦いになっちゃったっていうか……。とにかくそれ以上派手なバトルにはならなかったのよね……」

 

「そうですか」

 

 

 この時点で弥堂の戦闘に関する望莱の関心は半ばほど薄れていた。

 

 

 弥堂のチカラよりも、彼の人間性について。

 

 今の話で重大な情報があり、そちらに興味を惹かれていた。

 

 

 しかし、そのことに当事者の希咲が気が付いている様子は見られず、このことを彼女にこの場で知らせるべきか、望莱は少し迷う。

 

 そして迷った後にこの場では一旦保留することとし、話の流れを継続させることにした。

 

 

「――というか、七海ちゃんがスピードで後れをとるなんて珍しいですね? 油断でもしてました?」

 

「ゆだん……、んー……、そんなつもりはなかったんだけど、でも限界ギリギリでやらなきゃいけないような相手とも考えてなかったから、油断と言われれば油断かも……」

 

「ということは、その時の状況と相手に合わせて、それなりにガチだったわけですね? 七海ちゃんより速く動けるとか、ちょっと信じ難いです」

 

「それなんだけど。単純に速いとかそういうのじゃない感じがして……。それで『なんかヘン』って思ったの」

 

「なるほど。ちなみにどういう状況だったんです?」

 

 

 問われた希咲は当時の戦況を身振りを交えて伝えようとする。

 

 左右の手の立てた人差し指を人間に見立て、両手の距離を少し離して向かい合わせる。

 

 

「こっちがあたしで、こっちがあいつね? どういう状況ってほどじゃないんだけど、こうやって向かい合った状態で『よーいどん!』みたいな?」

 

「不意を討たれたとか、見失ってたとかじゃなくって、ホントに真正面からのガチだったんですね。尚更信じられないです。その状態で七海ちゃんに勝つなんて……」

 

「手加減しすぎだと攻撃しても当たらないし、あいつの変態パンチもくらいたくなかったからさ。もうスピードで捻じ伏せて、何かされる前に蹴り飛ばそうと思ったのよ」

 

「向こうもスピード自慢だった……?」

 

「たぶん、ちがう……。あいつもあたしのスピードに驚いてたし、対処するのには最初はそれなりに苦労してた気がする。自分の方が速かったらそういうリアクションはとらないと思う」

 

「でもそれだったら――」

 

「――あいつ、なんかやったと思う」

 

 

 不可解さと不審さで希咲の目元が険しく歪む。

 

 

「あたしが動き出そうとした瞬間に、あいつを完全に見失ったのよ」

 

「……正面にいたのに? それもありえない話ですね」

 

「確かに全力じゃなかったけど、でもあたしもホンキだった。絶対に先手をとるつもりだったから、あいつのことはちゃんと見てた」

 

「なのに見失った――ですか……。具体的にどうなったんですか? 見失って気付いたら目の前に居て、それで変態パンチ……?」

 

「んーと、大体合ってるんだけど、変態パンチされたのはここらへん――最初のお互いの立ち位置の中間くらい」

 

「……どういうことです?」

 

「ここがヘンなとこなんだけど、多分あいつの方が先に動いたんだと思う。それであたしはあいつを見失ってたんだけど、自分が見失ってることに気付いてなくてフツーに突っ込んじゃったのよ」

 

「見失ってることに気付いてない?」

 

 

 怪訝な目を向ける望莱に、希咲は両手を下ろして説明を試みる。

 

 

「自分が動こうとしてて、でもそれより前に相手を見失ったらフツーまずは探すわよね? それで見つからなきゃ、あたしだったらまずは一旦距離をとって安全を確保する」

 

「だけど見失ったことに気付いてないから、当初のプラン通りに突撃してしまったと」

 

「うん。んで、中間点で“ごっつんこ”しそうになって慌ててストップしたってわけ」

 

「……なるほど」

 

「身体を動かすのは間違いなくあたしの方が速い。でもちょうど中間でぶつかったってことはあいつの方が先に動いたってことになる……」

 

「理に適ってますね」

 

「真ん中でぶつかりそうになったことで、あたしはあいつを見失ってたことに気が付いた。突っ込もうとしてたら急に目の前に現れるからびっくりしちゃって、テンパってるうちに変態パンチ打たれちゃった。それで緊急回避しちゃって、あいつの背後に回って距離をとった。戦闘はここまでね」

 

「……自分で使ったんですか?」

 

「ううん。悔しいけどあたし完全にテンパってフリーズしちゃってたからさ、身体が反応して勝手に使っちゃったって感じ」

 

「……そうですか。でもそれなら、そこで戦いが終わって幸いでしたね。すぐに仕切り直してもう一回同じことやられたら七海ちゃんと謂えど危険でしたね」

 

「……今考えたらそうね……。あの時は他にもっとムカつくことあってなんかよくわかんない口ゲンカに変わっちゃったんだけど、結果的にラッキーだったのね」

 

「ていうか。わりとマジなバトルが有耶無耶になるって、一体何があったんです?」

 

「い、いわないっ」

 

 

 何故か顔を紅くしてプイッと顔を逸らす彼女にみらいさんはニッコリした。

 

 

「結局なんなんでしょうね。弥堂先輩の“それ”。瞬間移動とかの類ではないですよね。中間地点で交錯したってことは七海ちゃんの方に向かって移動してきていることになりますし……」

 

「パっと思い浮かんだのは前に真刀錵が言ってた武術の移動技……? みたいなやつなんだけど、なんだっけあれ……?」

 

「“SHUKUCHI!”ですね。漫画とかでは基本です」

 

「あぁ、そう、それ。でもそんなに有名な技なら見えるはずだしなぁ……」

 

「それもそうですね。今ここで考えられるのはここまでですね。他には何かありませんでしたか?」

 

「他か……、こんなもんだったかなぁ。んー…………、あっ!」

 

 

 弥堂との戦いを振りかえってみると、一つ思い当たる。

 

 

「なにかありました?」

 

「……直接戦闘でなにかってわけじゃないんだけど――あいつの目」

 

「目……、ですか?」

 

「うん。あいつ、たまに人のことジッと見てる時があるの。目線的には完全にあたしのこと見てるんだけど。でも……、あたしのこと見ながら全然別のものを見てるような……」

 

「別のもの……」

 

「スッゴイ嫌な感じがするの。全部、奥底まで見通されてるような……」

 

「ちょっと想像つかないですけど、でもなにかあるんでしょうね」

 

「とりあえずこんなもんかな。どう思う?」

 

「ふむ」

 

 

 希咲に問われると望莱は真剣に考えを巡らせる。

 

 

「……難しいですね。普通でないのはもう確定でいいと思いますが、どんなチカラなのかは全くわかりません。バレないように隠しているのか、それとも探ること自体を阻害しているのか……。でもそれと戦闘で使った技はまた別ですし、色々出来るってことなんですかね。一つの突出した固有のチカラではなく、様々な(すべ)を身に着けている。さらに戦闘経験が豊富。でも歳は高校二年生。歪で謎な人ですね……。いっそのこと真刀錵ちゃんを一回嗾けてみたらわかるかもしれないですね」

 

「いや、それもう修復不能な亀裂ができちゃうでしょ」

 

「ふふ、それはそれで面白そうです。というか、その真刀錵ちゃんも『あいつはヤバイから軽々しく揉めるな』って感じのこと言ってましたね」

 

「そうだったんだ。それあたし知らなかったわ」

 

「というか、結局どうやってぶっ飛ばしたんですか?」

 

「ゔっ――⁉」

 

 

 何の含みもなく純粋な疑問を望莱が口にすると、希咲は一瞬言葉に詰まる。

 

 そしてキョドキョドと視線を彷徨わせてから気まずそうに答えた。

 

 

「えっと……、あたしが『もう蹴らないからケンカやめよ』って言って、それで一回終わってたんだけど……」

 

「ふむ……?」

 

「でも、あいつがあんまりにもあんまりで……、それで、つい、ちょっと……プッツンってきちゃって……」

 

「はぁ……」

 

「あいつがあたしの……落とし物を拾ってくれた時に不意打ちでオモクソ顔面ぶん殴って、それから蹴っ飛ばして……、ぶっ飛ばしちゃった……」

 

「んま。七海ちゃんったら卑劣カワイイです」

 

「でも、絶対あいつが悪いの! てゆうか、野蛮とか卑劣でカワイイってどういう感性なわけ?」

 

「わたし基本的に推しのやること全肯定なんです」

 

「やめてよ……。なんかアイドルとかのヤバイ信者みたいじゃん……」

 

「ふふ。ヤツらに誰が真のアイドルなのか思い知らせてやります」

 

「あぁー、もういい! 話逸れちゃってるし」

 

 

 手をブンブン振って話を無理矢理戻す。

 

 

「今のところはこんなところ……でいいのかしら?」

 

「そうですね。これ以上は直接会わないとわかりません」

 

「とりあえずはあいつを刺激しないようにすればいい?」

 

「そうですねぇ……。もしも筋を通すなら、こちらからまずわたしたちのことを明かして、それから協力を要請することになるんですけど。彼の正体によってはそれやった時点でアウトになりかねないですね。彼のことを探るようなことはもちろんダメですが、可能ならこちらが彼のことに気づいたってことを隠したいですね。彼のことが調べ終わるまで」

 

「じゃあ、当たり障りなく今までみたいな連絡を続けるわ」

 

「とりあえずはそれでいいです。むしろ無能だと思われてるくらいの方が都合がいいです」

 

「おけ。気をつけるわ」

 

 

 弥堂への対応についての意思が統一され、希咲は両手を天井に上げて背筋を伸ばす。

 

 

「んーーーっ。今日はこんなもんかな? 時間遅いのに長くなっちゃってゴメンね」

 

「えっ?」

 

 

 ようやく話が終わったといった仕草を希咲が見せると、望莱は軽く驚きの声をあげて意外そうに目を開いた。

 

 

「ん? まだなんかあったっけ? クラスの子たちのことは向こうに帰ってみないとわかんないって言ってたわよね?」

 

「えと、まぁ、そうですね。ここに居る間にも出来ることはいくつかありますけど、基本は、まぁ……」

 

「……? なんか煮え切らないわね?」

 

「んーー……」

 

 

 希咲が不思議そうに首を傾げると、少し迷うように望莱が唸る。

 

 数秒それを続け――

 

 

「――はぁ。仕方ないですね」

 

 

 諦めたように溜息を吐いた。

 

 

「ん? どしたの?」

 

「これはわたし的には言わない方が都合がいいんですが……」

 

「え? ごめん、ちょっとマジでわかんないんだけど……」

 

「あまりあのロリ巨乳先輩に塩を送るようなことはしたくありませんが、でもわたし、ヤバイ信者なので」

 

「みらい……?」

 

 

 戸惑いの目を向ける希咲へ、望莱はもう一度真剣な表情を作る。

 

 

「七海ちゃんともあろう者が抜けちゃってますよ。話が長引いて集中力が切れちゃいましたか?」

 

「えっと……、話が長引いたのは大体あんたのせいだけど。でも、あたし何か大事なこと忘れてる?」

 

「はい。七海ちゃんにとっては最も大事なことです」

 

「え」

 

 

 望莱の雰囲気に冗談の類ではないと、希咲にも伝わった。

 

 

「いいですか、七海ちゃん。きちんと整理してもう一度よく考えてください」

 

「整理して……?」

 

「そうです。今回の。現在の学園の事件は『誰に』起こっていることですか?」

 

「誰に……?」

 

「はい。被害者は誰ですか?」

 

「被害者って……、記憶がおかしくなっちゃったクラスの子たちでしょ?」

 

「違います」

 

 

 まるで教師に詰問をされているような錯覚を希咲は覚え、望莱へ窺うように目線で問う。

 

 

「今回の事件――一体誰を中心にして起きているものなのでしょうか?」

 

「誰って……――あっ⁉」

 

「いえす。その通りです。確かに異常に見舞われているのは周囲の人々ですが、実際の中心的な被害者ではありません。なんかやたらと怪しい弥堂先輩のせいで焦点がぼやけましたが、彼も加害者ではないし中心人物でもありません」

 

「そうよ……っ! あたしなんで……」

 

「水無瀬 愛苗――今回のことは完全に彼女を中心にして起こっている事件です」

 

 

 希咲にとって最も大事なこと。

 

 望莱の指摘通り、それを完全に失念していた自分を希咲は責める。

 

 

「まぁ、気付いたのならオッケーですよ」

 

「……ゴメン、助かったわみらい。ありがと」

 

「いえいえ。それより、確認するまでもありませんが、水無瀬先輩に他の人たちに見られるような異変は?」

 

「ないわ」

 

「ですね。ついでに先に言っておきます。水無瀬先輩自身や彼女の家庭にも、こっちの業界との関連はありません。人為的なものではないと判断した材料の一つが、そんな彼女を業界の方々が狙って、こんな回りくどい異変を仕掛ける理由がないからです」

 

「……なんで愛苗が」

 

「そうです。『何故水無瀬先輩なのか』。この事件をもし解決するなら必ずここを明らかにする必要があります。先程天災とは言いましたが、これが怪奇現象なのだとしても何故水無瀬先輩なのかって理由は高確率で存在するはずです」

 

「みらい……、あたし、どうしたら……」

 

「…………」

 

 

 急に狼狽え始めた希咲を望莱は一度目を細めて見つめ、そして先程のように諦めの溜息を吐き出す。

 

 

「さっきも言ったとおり、現場に行かなければわかりません。最低でも蛮くんと京子ちゃんは巻き込む必要があります」

 

「でも、それって……」

 

「はい。ここでの仕事を放棄することが出来ない以上、最低でもあと二週間はあちらには取り掛かれません」

 

「…………」

 

「一応ここでも七海ちゃんに出来ることはあります。クラス外の生徒で水無瀬先輩を知る人、それから学園の外で水無瀬先輩を知る人。その人たちにも異常が出ていないか。それは出来るだけ早く調査した方がいいです」

 

「そ、そっか……、そうよね……」

 

 

 慌ててスマホへ手を伸ばす希咲を望莱はやんわりと止める。

 

 

「落ち着いてください。今は深夜ですよ? それは明日にしましょう」

 

「う、うん……。ごめん……」

 

「んもぅ。ちょージェラシーです。だから言いたくなかったですー」

 

「ご、ごめん……」

 

「ふふ、冗談ですよ。あとは出来ることといえば、弥堂先輩を味方につけて連携しながら現地の対応をお願いすることですが、さっき言ったとおり今それをするのは賭けですね」

 

「敵になっちゃうかもってことか……」

 

「いえす。水無瀬先輩に何かされるかもしれないですし、じゃなければこれ以上巻き込まれるのを嫌って姿を晦ますかもしれないですね」

 

「……とりあえず今のままなら、あいつが愛苗になにかするってことはないのよね?」

 

「ですね。その気ならとっくにやってるでしょうし、なにより現状は消極的にではありますが、七海ちゃんの“お願い”に協力してくれていますし」

 

「そっか、そうね。協力してもらうなら、こんな風に疑っちゃダメよね……」

 

 

 動揺する希咲を望莱は面白くなさそうに見つめ、さらに追い詰めるように必要なことを言う。

 

 

「――窮余(きゅうよ)の一策」

 

「えっ?」

 

 

 聞きなれない言葉に希咲は望莱の顔を見る。

 

 

「追い詰められた時にギリギリで考え付いた策のことです」

 

「えっと、それが……?」

 

「ギリギリで考え付いた策で起死回生! って聴こえはいいですけど、でもそれって他の選択肢が全部なくなってそれしか選べなかったってことでもありますよね?」

 

「みらい? なんの話を――」

 

「――今の七海ちゃんにはまだいくつか選択肢があります」

 

「えっ?」

 

 

 思考がまだ追いついていない希咲は未だ戸惑うばかりだ。

 

 そんな彼女へ望莱は平淡に告げる。

 

 

「一つはこのまま予定通りこちらを終わらせてから美景に帰って、それからあちらに対応する。二つ、賭けに出て弥堂先輩に頼ってみる。三つ、こちらを放棄してすぐに美景に帰る。もう少し考えればまだ他にもとれる選択肢はあるかもしれないですね」

 

「選択肢……」

 

「どれが最善かは結果が出るまではわかりません。どの選択にもリスクや問題はあります。一つ目の場合、向こうの異常が現状のレベルのままなら水無瀬先輩に実質的な命の危険まではありませんが、その保障はない。二つ目は言わずもがな。三つ目は、蛮くんとわたしを置いて七海ちゃんだけで帰って、あちらの異常を解明できるとは限らない」

 

「あはは……、そう言われると相当、キツイわね……」

 

「はい。現状の情報で最善を選ぶのは難しい。でも時間が経てば選択肢は減っていきます。迷っているうちにどうにもならないところまで事態が進んでしまえば、その時に選べるものがどれだけ残るか……。最悪は一択。もしかしたらそれすら無い可能性もあります」

 

「…………」

 

「今この場で選ぶ必要はないですが、明日の朝にみんなに相談してみて、それでどうするか。たぶん早めに決断した方がいいと、わたしはそう思いました」

 

「……わかった。ありがと」

 

 

 望莱からの助言を重く受け止め、絞りだすように了承の意だけを口にする。

 

 ここまで意識して平淡な口調で話していた望莱は大袈裟に調子を明るく変える。

 

 

「まぁ、それも今考えても仕方ないですし、とりあえず今夜はもう寝て明日の朝にでも蛮くんと京子ちゃんに聞いてみましょう?」

 

「……うん、そうね」

 

「蛮くん忙しいでしょうけど、そこはわたしが無理矢理――」

 

 

 望莱が何か蛭子くんにとって不吉なことを口に仕掛けたタイミングで、ロッジ内のどこかの部屋の扉がバンッと勢いよく開かれた大きな音が廊下から届く。

 

 驚いた希咲と望莱が顔を見合わせていると、これまた大きな足音で階段を駆け下りる様子が伝わってきた。

 

 

「足音が一つ……、噂をすれば蛮くんですかね? どうしたんでしょうこんな夜中に」

 

 

 続けてすぐにロッジの玄関が同様に勢いつけて開かれた音がする。

 

 

 疑問を浮かべながら、本人に声をかける為か、望莱が部屋の窓へ向かう。

 

 その中、希咲は目を閉じて瞼の裏で何かを見た。

 

 

「――違う! こっち!」

 

 

 すぐに目を開けて、希咲は部屋の出口へと走った。

 

 

 扉を開け、廊下の窓を開け放つと――

 

 

「――蛮っ!」

 

 

 ロッジの裏口側へ回ってきていた蛭子へ二階から声をかける。

 

 

 寝静まった森の夜に声がよく響いた。

 

 

「ン? あぁ、起こしちまったか。ワリィ!」

 

「どうしたの?」

 

「……緊急事態だ」

 

「え?」

 

 

 予期せぬ返答に背筋が粟立つ。

 

 

「脈が乱れてる。流れが完全におかしい」

 

「えっと……、けっこうヤバめ?」

 

「それを確かめに今から祠に行ってみる」

 

「なにか手伝えることは?」

 

「とりあえずはねぇ……、いや、ちょっと待て」

 

 

 言いながら蛭子はポケットからスマホを取り出して、二階の窓から顔を覗かせる希咲へ投げ渡した。

 

 

「――おと……っと」

 

「京子と連絡とってる。あっちにチカラが流れてっから、向こうの様子を聞いてみたんだが、今から学園の護法石を見てくるってよ! 返信があったらみらいに見せろ。問題あるようならオレに報せてくれ」

 

「えっと、あんたが持ってなくていいの?」

 

「祠の近くは電波ねェんだわ」

 

「おけ。てか、マジで緊急っぽいわね」

 

 

 酷く焦った様子の蛭子に、希咲も深刻な表情になる。

 

 

「まだなんとも言えねェが、最悪去年のアレだ。んで最悪中の最悪なら15年前の再現だ」

 

「……ウソでしょ」

 

「とりあえずオマエらは寝てろ。必要なら起こしに行く」

 

「……ちょっとだけ待ってて!」

 

 

 希咲は急いで部屋に戻る。

 

 

「みらい! ちょっとあんたのスマホ貸して!」

 

「え? はい、どうぞ」

 

「ありがと!」

 

 

 急なことで経緯を飲み込めていないみらいさんだったが、彼女は推しに「出せ」と言われればお金でもなんでも出してしまう習性があるので、素直に自分のスマホを希咲に渡した。

 

 希咲はまた廊下の窓へ引き返す。

 

 

「蛮っ! これっ!」

 

 

 そして望莱のスマホを蛭子へ投げ渡した。

 

 

「アン? なんだこれ? みらいのか?」

 

「一応あんたからも連絡できた方がいいでしょ? 緊急の時は祠から少し離れれば電波入るだろうし」

 

「ン? まぁ、そっか」

 

「京子センパイのはあたしが気付くようにしとくから!」

 

「わかった! んじゃ、頼んだぜ!」

 

 

 やりとりを打ち切り森の中へ駆けていく蛭子を見送る。

 

 

 学園の方の異常に気付いた矢先にこちらでも異常が起こる。

 

 

 どちらもまだ詳細は掴めないが、これまでの経験上こんな風な展開で何事もなく終わったことなど一回もない。

 

 嫌な予感が止まらなかった。

 

 

 窓枠を掴む手に力が入る。

 

 

「――あれ? 七海ちゃん? もしかしてわたしのスマホ蛮くんに貸しちゃいました?」

 

 

 背後から望莱の声がするが、今の混乱した状態では内容が上手く頭に入ってこない。

 

 

 希咲は答えを求めるように夜空を見上げた。

 

 

 そこにあるのは遠くで輝く星だけで、その光は何年も前に発せられたものだ。

 

 今ここで起こっていることの真相を明るみには出してくれることはない。

 

 

「――あの、わたしスマホがないと手の震えが止まらなくなるんです」

 

 

 答えのない夜空を見つめ脳裏に浮かべたのは、希咲の知る限り最も光から遠い男だ。

 

 

 弥堂 優輝。

 

 

 彼の存在は紛れもなく現在の事態を複雑なものにしている一因だ。

 

 だが、だからこそ彼の立ち位置次第で状況は変わる。

 

 

 彼がどう行動するかが、今回のことがどんな顛末に向かうかのキーになる。

 

 そんな気がした。

 

 

 星が明るくする夜の空を睨む。

 

 

「あんた、今なにしてんのよ……」

 

 

 今頃、この同じ空の下で普通なら眠りについているはずの彼へ、恨みがましく文句を呟いた。

 

 

 窓を閉めて部屋へと引き返す。

 

 

「――ねぇ、七海ちゃん。わたし蛮くんが中1の時に好きだった女の子とメッセしてて、蛮くんにバレると結構まずいんですけど……」

 

「うっさい。あんたもう寝なさい」

 

 

 誤魔化すように明るく振る舞いながら望莱を叱り、そして複雑な事態に背を向けるようにして後ろ手でパタンと部屋の扉を閉めた。

 

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