俺は普通の高校生なので、   作:雨ノ千雨

315 / 341
1章52 4月23日 ③

 

「――ごめんね、弥堂くん……」

 

 

 HRが終わり木ノ下先生が教室からトボトボと出ていったタイミングでハッと目を覚ました水無瀬さんはションボリと謝罪の言葉を口にする。

 

 彼女は未だに弥堂の膝に乗っており、ハンドタオルを手に、自身の涙と鼻水と涎でベチョベチョになった弥堂のYシャツをゴシゴシしていた。

 

 

 作業をしやすいようにと、弥堂と向かい合うために股を開いて膝に座る格好となっており、周囲から見たその様相はどう見ても特殊なサービス店のように映り、より犯罪性を増していた。

 

 

「別にいいって言ってるだろ。ほっとけば乾く」

 

「で、でも、汚しちゃったし……、本当にごめ――」

 

 

 重ねられようとしていた謝罪の言葉は途中で止み、なにか気になるものでもあったのか、水無瀬の顏が横を向く。

 

 ジッとそちらを見る彼女の視線を追って弥堂も同じ方向へ眼を遣ると、そこにあったのはスマホだ。

 

 

 弥堂と水無瀬の席の間の通路からスマホの背面がこちらを向いており、カメラレンズがキラリと光る。

 

 

 当然、スマホがひとりでにその場所で浮いているわけではなく、端末の両端には3本ずつ指が見えていて、本体の向こう側には人がいる。

 

 

 被写体が二人ともにカメラ目線になっているので、当然撮影者はそれに気が付いているはずだが、特に何か申し開きすることもなくそのまま無言でスマホを向けてくる。

 

 数秒ほどカメラレンズを睨んでみたが状況が変わる気配がないので、仕方なく弥堂は口を開いた。

 

 

「……なにをしている?」

 

「…………」

 

「……おい。早乙女」

 

「お気になさらず! ののかはカメラマンなので空気だと思ってくださいっ!」

 

「またかよ……」

 

 

 今回の盗撮犯もやはり早乙女 ののかであった。

 

「また……?」と首を傾げる彼女へうんざりとしながら、一応確認をとることにした。

 

 

「撮影しているのか?」

 

「バッチリ! まかせてっ!」

「バッ、バカッ、ののかっ! やめなって……。ご、ごめんね、弥堂くん……、あははは……」

 

 

 相変わらず悪びれもしない彼女へ胡乱な瞳を向けていると、苦笑いを浮かべた日下部さんが割り込んでくる。

 

 

 彼女らはつい2日前にも同じようなやりとりをしていて、それとほぼ変わらないような会話を今繰り返した形だが、日下部さんの態度には前回の時にはまだあった弥堂に対する怯えのようなものはなかった。

 

 

 弥堂はスッと眼を細めて日下部さんを視る。

 

 すると、彼女は不思議そうに首を傾げた。

 

 

「えっと、弥堂君……? 私がどうかした……?」

 

「……いや、キミも大変だなと思ってな」

 

 

 視線を弱めてそう返すと彼女はまた苦笑いをする。

 

 

「ははは……、この子ちょっとアホだからさ……」

「あーっ! マホマホひどいんだよー! そんなことないよね? 弥堂くん」

 

「そうか。心中お察しする。それよりも日下部さん。キミは俺のことを恐がっていなかったか?」

 

「あれ? ののかのことはガン無視……?」

「え? あ、ごめんね。もしかして気を悪くしちゃってた……?その、色々誤解しちゃってて……」

 

「誤解? というと?」

 

「この対応の差よ……。マホマホ狙われてるぜっ! 『この女もう抱くしかねえな』って思われてるんだよ!」

「ののかうるさい! えっと、弥堂君。一昨日は言わなかったんだけど、なんていうか噂とか……? 正直なことを言うと、それでよく知りもしないで、恐いって決めつけちゃってたっていうか……。本当にごめんなさい」

 

「なるほどな」

 

 

 前回よりも真剣に頭を下げてくる彼女へ適当に返事をし、なんのフォローもしないまま少し思案を巡らせようとすると、別の方から新たな声がかかる。

 

 

「――弥堂君ごめんなさい。私が悪いの」

 

 

 現れたのは学級委員の野崎 楓だ。隣には舞鶴 小夜子も居る。

 

 希咲の意図した形とはだいぶ違うが、彼女に水無瀬のことを頼まれた4人組が水無瀬の周囲に集まってきたことになった。

 

 

 すると、腕の中の水無瀬がビクリと僅かに肩を震わせる。

 

 

 早乙女と日下部さんの二人が来た時は、どこか居心地悪そうに身を縮めていただけだったが、さらに二人追加されると今度は露骨に怯えたような反応を見せた。

 

 その水無瀬の頭頂部へ一度だけチラリと視線を遣ってから、弥堂は野崎さんへ応える。

 

 

「いや、構わない」

 

「あの、野崎さんを責めないであげて? 噂なんか真に受けてた私が悪いの……ごめんなさいっ」

「ううん、ちがうよ真帆ちゃん? 弥堂君は誤解されることは怒らないよ。それよりも自分のことで、本当のことをあれこれ話される方が嫌だと思うから。だからやっぱり私が悪いよ。ごめんなさい弥堂君」

「あ、あれ……? もしかして、これ結構ガチなやつ……⁉」

 

 

 お互いを庇い合いながらさらに謝罪を重ねる野崎さんと日下部さんの様子に早乙女が焦り出す。

 

『もしかして自分は空気読めてなかったのでは?』と戦慄するが、それでも撮影中のスマホはまだ下げないところに彼女の人間性が表れていた。

 

 

 深刻そうな顔でキャイキャイと喚く女どもに内心苛立ちながら、弥堂が口を開く。

 

 

「いや二人とも気にしないでくれ。俺が悪いんだ」

 

「え?」

「え?」

「え?」

「え?」

「え?」

 

 

 弥堂が自身の非を認めるようなことを言うと、誤解は解けたといった風なことを話していたはずの少女たちは揃って驚きの声を上げる。

 

 余程に、普段から決して非を認めることなどない人物だと、そう思われてでもいるのか、会話に参加していなかった舞鶴まで目を丸くしていた。

 

 どうやら誤解は大して解けていなかったようだ。

 

 そしてその誤解は実際には誤解ではないので、実は彼女たちの反応は正しい。

 

 

 弥堂は八つ当たりに胸を前に押し出して、何故か一緒になってびっくりしていた水無瀬の頭を小突き、話を続ける。

 

 

「誤解というか勘違いをしていた。一昨日にも全く同じことを聞いていたのを、『つい』、『うっかり』、『忘れて』、しまっていたんだ。許してほしい」

 

「あ、うん……。許すっていうか……」

「そんなことで怒ったりしないから、謝らないで大丈夫だよ……?」

 

「そうか」

 

 

 謝罪の言葉ではない部分をやけに強調した弥堂の物言いに戸惑いつつ、二人は恐縮する。

 

 女どもがまたどうでもいいことを喋り始める前に弥堂は発言を続けた。

 

 

「ところで、HRが終わったばかりだというのに全員で集まってきて一体どうしたんだ? 何か用事か?」

 

「えっ?」

 

 

 その問いに女子たちは互いの顔を見合わせた。

 

 少し困ったように考えてから、それぞれが自分の目的を口にする。

 

 

「……改めて聞かれると、特別『どうした』って言えるほどの目的みたいなものはないんだけど……。強いて言うなら、ののかのウザ絡みを何となく止めなきゃって思って……」

 

「ののかは『とりあえず撮らなきゃ!』ってアツイ使命感が何故か湧いてきて……」

 

「私は弥堂君と真帆ちゃんが、私のせいで気まずくなっちゃったらいけないと思って……」

 

「私は何となく楓に着いてきただけね」

 

「…………」

 

 

『なんとなく』と――口を揃えてふわふわした理由を述べる彼女たちを視る。

 

 

(本当にそうか……?)

 

 

 なんとなく集まっただけ。

 

 

 それに対して『そんなわけがない』と即座に斬って捨てられるほど、不合理でも不自然な言い分だとも思えない。

 

 

 明確な理由はなくとも、なんとなくそうした。

 

 

 人間はそういうこともする生き物であるし、元々仲の良い彼女らが普段から授業の合間のちょっとした時間にもこうやって集まって談笑している所は何度か目撃している。

 

 それには文句はない。

 

 

 だが、その集まった先が弥堂や、今の水無瀬の元というのが腑に落ちない。

 

 

 きっかけは早乙女の行動だろう。

 

 だが、今の彼女には元々の水無瀬との関係性はほぼ無くなっているはずだ。

 

 だとしたら、早乙女は水無瀬の所にではなく、弥堂の所に来たことになる。

 

 

(そんなことがありえるか?)

 

 

 絶対にありえないと――そう言い切りたいところではあるが、可能性としてはゼロではないかもしれない。

 

 先週に比べて彼女らには気安く話しかけられるようにはなったが、それでも休み時間にわざわざ訪問先に弥堂を選ぶほどではないと考えた方が自然だ。

 

 

(俺ではなく、希咲か……? 水無瀬のことは忘れていても希咲から何か頼まれたことは僅かに覚えていて無意識に行動した……? あいつの影響力がまだ上回っている……?)

 

 

 確かにここ数日で、希咲からの頼まれごとで、水無瀬に関連することで、彼女らと弥堂との間にも多少の関係性が出来てしまい、不本意ではあるが以前よりも馴れ馴れしくされるようになった。

 

 しかし、その肝心の接点である水無瀬に関連することが現在の彼女たちからは抜け落ちているはずなのに、水無瀬が居ることで培われた弥堂との関係性や、彼女たちの弥堂への好感度のようなものはそのまま残っている。

 

 それまで大した接点のなかった弥堂でそうなら、元々関係がありクラスへの影響力も強い希咲からの頼まれごとはより強く彼女たちへ影響を与えているはずだ。

 

 

(野崎さんはともかく、俺とこの3人の関係性が、水無瀬を接点にしたものではなく、希咲を接点とした関係に変わっている……?)

 

 

 この点に弥堂は違和感を抱いていた。

 

 

 友人Aの紹介でBという人物とも友人となり、しかし後からAという人物の存在が『世界』から消えて、Aとの全ての出来事が無かったことになったとしたら、Bとの関係性も消えて然るべきだ。

 

 Bとは仲が良いが、何をきっかけとして友人になったかわからないし、思い出せない。それでは記憶に齟齬が起きて、様々な矛盾が生じるはずなのだ。

 

 

 しかし彼女たちにはそういった不具合がない。

 

 

 自覚がないだけで不具合は起きているのだが、どうもそういった違和感を感じないようになっているようだ。

 

 

 HR前の早乙女と日下部さんとの会話を思い出しながら、ここまでに弥堂の記憶の中に記録された彼女たちの発言を引っ張り出す。

 

 

 水無瀬が普段から頻繁に弥堂のことを構っていたこともあって、一部の生徒たちは彼女が弥堂に好意を抱いていると勘違いをしている。弥堂もそのことは把握している。

 

 だから、これまでは彼女たちも、自分たちが弥堂と話をしている時に、それを見た水無瀬がどう思うかという点に気を遣っている素振りを何度か見せていた。

 

 

 だが、今朝は『水無瀬がどう思うか』が、『希咲がどう思うか』に置き換わっていた。

 

 

(矛盾を起こさないように勝手に思い違いをするようになっているのか……?)

 

 

 該当の人物が誰も存在しないと明確に記憶に齟齬が起きる場合は、その時身近にいた他の人物との出来事だとして記憶違いをするようになるのだろうか。

 

 

 関係図の中の『水無瀬 愛苗』の部分が置き換わっている。

 

 さっきは希咲に、今回は弥堂に。

 

 

 しかし、これ自体も絶対にありえないことでもなく、人間であれば起こりうることだ。

 

 

 例えば、友人CとDと自分の3人で会話をしていて、Cがとても面白い話をした。

 

 少し時が過ぎて、ふとその面白い話を思い出した時に、それを誰が言っていたものかも思い出そうとしたが、そのことだけは思い出せない。

 

 そうなった時に、Dが言っていたような気がすると、そんな風に記憶違いをし、思い違いをし、そして人違いをする。

 

 

 そういったことなら、人間の間にはよく起こることだ。

 

 

 ただし、それは何十年も前の若き日の出来事を思い出そうとする老人なら、そういうこともある。

 

 そういう話だ。

 

 

 いくらなんでも一日二日前の出来事のことで、それも高校生複数人が同時に陥るようなものではない。

 

 

 だが、とはいえ。

 

 

 現在起こっている、周囲の人々が水無瀬に関して意識することがなくなり印象が薄れ、その影響で彼女についての記憶を引き出せなくなり、思い出せないからさらに印象が薄れ意識しなくなる。

 

 そんな通常では起こり得ないことが起きているわけだが、それは魔法のような非現実的な手段で問答無用に現実を書き変えているわけではなく、人間の身体に起こりうる反応を引き出すことによって、この現状を実現していると考えることが出来る。

 

 

 つまり、『世界』が何か変えられているわけではなく、人間たちに起こった変化によって現状が引き寄せられていることになる。

 

 

 幸い被験者は目の前にも周りにも大勢いる。

 

 

(少し突いてみるか)

 

 

 急に黙り込んで何かを考えこんでいたと思ったら、突然実験動物を見るような眼を向けてきた男に、女子たちは思わず本能的にビクっと身を引かせた。

 

 

 弥堂はその内の一人を選んで話しかける。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。