俺は普通の高校生なので、   作:雨ノ千雨

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1章53 Water finds its worst level ⑦

 

 この時には希咲は自分のことを彼に明かしてしまっても構わないとまで思いかけていた。

 

 だが、あと一歩が踏み出せない。

 

 

 そうさせるのは――しがらみだ。

 

 

(最悪あたしのことだけなら言える……、でも……っ)

 

 

 他の幼馴染たちのことを伏せてそれを説明する方法が思いつかない。

 

 もしかしたら全てを話してしまって、弥堂のことも全部聞いて、それで何も問題が起こらない可能性だってある。

 

 しかし、幼馴染たちと弥堂との間で揉め事が起こらなかったとしても、ここで関係性を作ってしまったことで後々に彼らの実家と弥堂との間でトラブルになる可能性はある。

 

 

 それは完全に弥堂を余計なことに巻き込んでしまうことになるし、さらに最悪の最悪の場合、水無瀬までをもそれに巻き込んでしまうことにもなりかねない。

 

 

(フツーの女の子として平和に暮らしてる愛苗にそんなこと……)

 

 

 とても今この場で決断は出来なかった。

 

 

 しかし、だからといって何も出来ないわけではない。

 

 

 全てを明かさないことで状況を進めることが出来ないのなら、『明かせない事情』というものを打ち明けた上で、お互いに妥協点を見つけて協力することは出来るかもしれない。

 

 

『ね、ねぇ弥堂? あたし――』

 

「――もう戻るぞ」

 

『えっ? あ……、うん……』

 

 

 そう考えた希咲が弥堂へ交渉を持ちかけようとすると、それを察したように弥堂が元の位置――他の者たちの元へと歩き出す。

 

 それが希咲には拒絶のように感じられて言葉を吞み込んだ。

 

 

「ん? あー、戻ってきたー」

 

「もういいの? 弥堂君」

 

「あぁ。すまないな野崎さん」

 

 

 希咲の心情とは裏腹にこちらは明るい雰囲気だった。

 

 

 弥堂はジッと水無瀬の様子を視る。

 

 するとすぐに目が合い、彼女はこちらへ寄ってきた。

 

 

「えへへ。おかえり弥堂くんっ――って、なんでぇ⁉ いひゃいいひゃいっ!」

 

 

 野崎さんたちとの会話に最初はオズオズとしていた愛苗ちゃんだったが、お喋りしている間に楽しくなってきてしまったのか今ではニッコニコだった。

 

 それが何となく気に食わなくて弥堂が彼女のほっぺをつねると途端に涙目に変わる。

 

 

『ちょっと! 愛苗になにしてんのよ! 見えないんだけど!』

 

「別に。何もしてない」

 

『そんなわけないでしょ!』

 

「あ、ななみちゃんもおかえりー。楽しかったー?」

 

『あ、うん、ただいま。こいつとお喋りするのが楽しいわけないでしょ』

 

 

 あっという間に気の抜けた雰囲気になり、弥堂は辟易とした。

 

 自分が混ざりたくないため、水無瀬の方へ希咲の顔が映った画面を向けてやる。

 

 

『愛苗は? お喋りたのし?』

 

「うん。みんな仲良くしてくれるよ!」

 

「へへへ。そこはののかにお任せなんだよー」

 

『そ。なに話してたの?』

 

「えっとね、ななみちゃんの下着のことだよ」

 

『は?』

 

 

 怪訝そうな希咲の声を聴くと同時、これはまた喧しいことになると察した弥堂は水無瀬の手にスマホを握らせ自分はこの場を離れようとする。

 

 しかし、背を向けようとしたところで思いついたことがあり、足を止めて画面に映る希咲の顔を視た。

 

 

『なんでそんな話になんのよ……』

 

「あのね? ののかちゃんたちが、ななみちゃんの下着見たいんだって」

 

『えぇー……』

 

「いやさ、弥堂くんが見た七海ちゃんの下着どんなんだろうねって話してたらさ、愛苗っちが七海ちゃんの下着はいつもカワイーって言うからさ。ちっと見してよー」

 

『やーよ』

 

 

 軽く要請してくる早乙女の頼みを希咲は素気無く断る。

 

 

「ののかちゃん、七海ちゃん恥ずかしがっちゃうからやっぱり無理だよぉ」

 

「むー、愛苗っちの言ったとおりかぁ。女子同士だしいいじゃーん。そこをなんとか?」

 

『や。てゆーか、むしろ着替えさせてよ』

 

「てかてか、気にしてなかったけど今どんな格好してるの?」

 

『え? シーツかぶってる。ほら――』

 

 

 そう言って希咲はスマホの角度を下げて自身の身体を写す。

 

 そこに映るのは身体全体を覆うように肩から掛けた真っ白なベッドシーツだった。

 

 弥堂はスッと目を逸らした。

 

 

「……おぉ。なんか……、逆にエロい……?」

 

『なんでよ。なんにも見えてないでしょ』

 

「ののか、無理言って七海を困らせないの」

 

「えーっ! マホマホでもさー! 弥堂くんが言ってたピンクと黒のシマシマが気になるんだよー! すっごいカワイっぽくない?」

 

 

 駄々を捏ねてる風だが、日下部さんが止めるまでもなく早乙女もそこまで本気ではないのだろう。ただの話のタネの一つとして言っているだけなのかもしれない。

 

 それを見定めて、しかしだからこそ弥堂は女どもの会話に口を挟んだ。

 

 

「――そんなもんわざわざ見るほどのものじゃないぞ」

 

『は?』

 

 

 ボソっと呟いただけのようで、何故かその声はよく徹った。

 

 一段低くなった希咲の声に周囲の女子たちはツーと汗を流す。

 

 

『なにその言い方。変態のくせに』

 

「俺が変態なのだとしたら、その変態をしても見る価値がないものだということになるな」

 

『はぁっ⁉』

 

 

 意味もなく突如としてギスギスしだした二人に他の者たちは困惑する。

 

 そんな中でいち早く大好きな親友の七海ちゃんのために擁護に動いたのは水無瀬さんだ。

 

 

「だ、だめだよ弥堂くんっ!」

 

 

 しめたと、弥堂は内心でほくそ笑む。

 

 

「なんだ?」

 

「そんなこと言っちゃだめなんだよ?」

 

「何故だ?」

 

「え? だってななみちゃんの下着カワイーもんっ」

 

「そうか。ところで水無瀬」

 

「なぁに? 弥堂くん」

 

「お前は嘘吐きだ」

 

「え?」

『ちょっと弥堂っ!』

 

 

 突然罵倒の矛先を水無瀬へ変えたことで彼女はキョトンとし、希咲は怒りの眼差しを向けてくる。

 

 弥堂はさりげない動作でその辺に立っていた早乙女の上着を脱がせて、それをスマホを持つ水無瀬の手に被せた。

 

 

『――えっ? なになに⁉ また真っ暗になった!』

 

「え? ののか何で脱がされたの?」

 

 

 騒ぐ二人を無視して水無瀬に話しかける。

 

 

「水無瀬。お前は嘘つきだ」

 

「私ウソついてないよぅ」

 

 

 突然の冤罪に愛苗ちゃんはふにゃっと眉を下げた。

 

 

「お前は希咲の下着が可愛いと、そう言ったな?」

 

「うん」

 

「それは真実か?」

 

「真実だよぉ」

 

「じゃあお前見たのかよ」

 

「へ?」

 

 

 コテンと首を傾げる水無瀬へビシッと指を指しそう言った。

 

 

「しょ、小学生みたいな……」

 

「び、弥堂君は真面目だから……」

 

「ちょっと苦しいわね、楓」

 

 

 周囲は若干呆れ気味だった。

 

 

「えっと、いつもお着替えの時とかに見てるよ?」

 

「今日は見てないだろ」

 

「見てないけど、でもでもっ、いつもカワイーし」

 

「だからといって今日も可愛いとは限らないだろ。もしかしたら今日は油断していてババアみたいなダルダルの下着を着けていた可能性が絶対にないと。お前はそう言い切れるのか?」

 

「えっと、えっと……、言い切れ、ないかもだけど……、でもななみちゃんだし!」

 

『コラァーっ! 弥堂! 見えないけどちゃんと聴こえてんだからねっ! 誰がババアだこのヤロー!』

 

 

 少しこもった希咲の声を無視して、弥堂は水無瀬を諭す。

 

 

「なに、誤解をするな。なにもお前の言うことが間違っていると言っているわけではない」

 

「そうなの?」

 

「そうなんだ。しかしきちんと自分の目で確認していないことをまるで事実かのように吹聴することは関心できない。そういう話だ」

 

「えっと、うん……」

 

「つまり、キミはちゃんと希咲の下着を確認し、その目でババア下着でないことを目視してから、彼女の下着は今日も可愛いと、そう早乙女に伝えるべきではないのか?」

 

「それは……、うんっ! 確かにそうかも!」

 

「わかってくれて嬉しいぞ。キミは賢いな」

 

「そうかな? えへへ」

 

「俺もキミを否定したかったわけじゃない。当然そうだと思い込んでいたことを軽はずみに口にしてしまったことで、それがたまたま重大なデマになってしまう。そういうことも世の中にはたくさんある。キミがそうならないようにキミのためを思っての苦言だ。許せ」

 

「わ。そうだったんだ。ありがとう弥堂くんっ」

 

『ダメよ! 愛苗っ! そのクズに騙されちゃダメ!』

 

 

 必死に訴えかける希咲が映ったスマホに被せられていた布がガバっと剥がされる。

 

 

「さぁ、水無瀬。自分のするべきことがわかるな?」

 

「うん! だいじょうぶだよ、弥堂くん!」

 

 

 弥堂は早乙女にブレザーを返してやりながら水無瀬の背を押してやった。

 

 

「あのね? ななみちゃん」

 

『愛苗っ、あのバカの言うこと真にうけちゃ――』

 

「――ブラジャー見せてくださいっ!」

 

『――うけちゃうわよねっ! わかってたぁーーっ!』

 

 

 スマホの中で希咲は頭を抱えた。

 

 

「お? お? いけちゃう感じ? ついでにののかにも見せてー」

「あ、私もちょっと見たいー」

 

 

 そこに興味を惹かれた女子たちも集まってくる。

 

 

『えっ? え……? なに? なんでこんなことになんの……⁉』

 

「「おねがいしますっ!」」

 

『うっ⁉ うぅ……』

 

 

 困惑する希咲に水無瀬と早乙女の真剣な眼差しが向けられ、意外と押しに弱く流されやすくもある彼女はわかりやすく怯んだ。

 

 

『ほ、ほんとに見たい、の……?』

 

「うん! 見たいっ!」

 

『お、女の子どうしなのに……?』

 

「え? うん。ななみちゃんいつもカワイーから私好きなのっ」

 

『……わ、わかった……、愛苗がそんなに言うんなら……』

 

「ほんと? えへへ、やったぁ」

 

「ひゅーっ! ギャルのブラ見れるぜー! ひゃっほーぅ!」

 

『ののかうっさいっ!』

 

 

 ついオッケーを出してしまった希咲だったが、途端にあがった早乙女の下品な燥ぎ声ですぐに正気にかえる。

 

 

「えー? 今オッケーって言ったのにー。なー? 愛苗っち?」

 

「え? うん。あっ……、もしかしてななみちゃんイヤだった……?」

 

『ぅぐっ……! わかった! 見せる! 見せるけど! その前にちょっと弥堂にスマホ渡して!』

 

「わかったぁ……、はい弥堂くん。ななみちゃんが弥堂くんにも見て欲しいんだって!」

 

『ちがうからっ! ちょっと話があんのよ!』

 

 

 弥堂は思い通りの方向に話が進んだことに一定の満足感を得ながら水無瀬からスマホを受け取る。

 

 

「なんだ?」

 

『あんた! どういうつもりなわけっ⁉』

 

「うるせぇな」

 

『うるせえじゃないわよ! なんですぐイミわかんないことすんの⁉』

 

 

 希咲の当然の訴えを鬱陶しそうに聞きながら必要なことと割り切って弥堂は答える。

 

 

「意味はわからないかもしれないが、決して意味がないことではない」

 

『はぁ? もっとマシな言い訳ないの⁉ この子たちにあたしの下着見せて何の意味があんのよ! さっきあんだけマジメに話してたのにどうしていきなりこんな頭おかしいこと言い出すわけ⁉』

 

「うるさい黙れ。いいから言ったとおりにしろ」

 

『命令すんなって言ってんでしょ! あたしあんたの彼女じゃないんだからっ!』

 

「必要なことだ」

 

『なんの必要があんのよ! あんたヘンタイすぎっ! 女の子が女の子に下着見せてるとこ遠巻きに見て喜ぶとか狂ってるでしょ! 直接見たがるよりキモいんだけど!』

 

「勘違いをするな」

 

『はぁっ⁉』

 

 

 冷静に狂った要求をする弥堂に希咲は眦をあげる。

 

 

「お前が彼女らに見せているところを遠巻きに見学などしない」

 

『だからなんなのよ!』

 

「俺も見る」

 

『…………はい?』

 

「俺にも見せろ」

 

『だっ、だだだだ誰が見せるかバカヤローッ!』

 

 

 ついに直接的に性的な要求をするようになったクズ男に七海ちゃんはびっくり仰天した。

 

 

『あ、ああああんた……! ついに本性を現したわね! このヘンタイセクハラクズヤロー!』

 

「それだ」

 

『どれよ!』

 

 

 すっかり気が動転してしまった彼女を落ち着かせるため、弥堂は極めて冷静に伝える。

 

 

「俺はふざけているわけじゃない」

 

『むしろふざけてて欲しいんだけど⁉』

 

「落ち着け。これはさっきの話の続きだ」

 

『さっき……? なに? 全然いみわかんないんだけど……』

 

「いいか、希咲。冷静になれ」

 

 

 弥堂は少し声を潜めて画面の中の彼女の目を真っ直ぐに覗く。

 

 

「さっきお前と電話が繋がった時に彼女らの認知が少し戻った。そうだったな」

 

『そうかもだけど……、それと今の話になんの……』

 

「いいから聞け。お前にはそうなったことに心当たりがないと言ったな? だが、俺には少し心当たりがある」

 

『えっ?』

 

 

 極めて真剣な弥堂の眼差しに希咲も気を落ち着けて彼の顔を見返した。

 

 

『ど、どういうこと……?』

 

「あぁ。前回と今回、そしてさっきお前に電話する前にも、実は少し似たような現象が起きたんだ」

 

『な、なにかわかったの?』

 

「確信までは至らない。だがそれに近付けるために必要なことをしようとしている」

 

『そ、そうだったのね。ゴメン、あたしてっきり――』

 

「――構わない。キミにそう思わせてしまう言動をしてしまった俺にも原因がある。だが、今は置いておけ。重要なことを優先しよう。お互いに」

 

『わかったわ』

 

 

 理解を示して熱がこもった希咲の瞳の色を確認して、弥堂は彼女を強く見つめ返す。

 

 

『それで? なに? 教えて』

 

「彼女らが以前のように戻る。それが起こった時の状況には共通点がある」

 

『共通点……? あたしとの電話……、じゃないのよね?』

 

「そうだな。それも共通点だったんだが、それを除外した場合にもう一つ共通点があるんだ」

 

『……もう一つ。それってなに?』

 

「あぁ、それは――」

 

『それは……?』

 

 

 ゴクリと希咲の喉が動いたのが見えて、それから弥堂は唇を動かす。

 

 

「――セクハラだ」

 

 

 一瞬で希咲の瞳から温度が消えた。

 

 

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