俺は普通の高校生なので、   作:雨ノ千雨

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1章54 drift to the DEAD BLUE ⑲

 

「――もう一回訊きましょう。今までに水無瀬先輩のこと調べた人はいますか? それは身元などの情報だけでなく、彼女の実力や人間性を測ったり、なにかしらそういったアクションを起こそうとしたことはありますか?」

 

 

 先程と同じ問いにはやはり同じように誰も答えがない。

 

 

「それは何故ですか?」

 

 

 そして今度はそのことを追及する。

 

 

「何故って言われても……、なぁ?」

 

「う、うん……」

 

 

 蛭子と聖人がやや気まずげに、やや困惑気味に顔を合わせる。

 

 

「では、弥堂先輩についてはどうでしょう? 彼のことを何か調べたりしたことはありますか?」

 

 

 質問を変えた望莱に戸惑いつつ、お互いに空気を読み合いながら、蛭子が答える。

 

 

「……オレはある」

 

「へぇ」

 

「業界の関係者だとは思ってなかったが、不良共からよく名前を聞くからな。話半分だとしても行動がちょっとイカレてるし、理事長や皐月(こうづき)組に問い合わせたことはある」

 

「そうですか。他の方はどうでしょう?」

 

「あたしもちょっとだけ。って言っても、1年の時のあいつと同じクラスの子に少し聞いたくらい」

 

「僕はないなぁ……。ちょっとどうなんだろって思ったことはあるけど、行動には移してない」

 

「まぁ、兄さんはそうでしょうね」

 

 

 それぞれの答えが予想どおりなことに満足しながら望莱は笑う。

 

 

「真刀錵ちゃんも調べてますよね?」

 

「…………」

 

「もちろん七海ちゃんや蛮くんのような情報収集はしていないと思います。でも真刀錵ちゃんはこないだわたしに『あいつには関わるな』と言いました。それって彼のことを測ったことがあるってことになりますよね?」

 

「……そうだな」

 

「どうでした?」

 

「強いと噂になっていたからな。それで少し注意を向けていたことがある。実力はわからんが、危険な男だということはわかった」

 

「ありがとうございます。リィゼちゃんは?」

 

「……あのような下民の調査は王族の仕事ではありませんわ」

 

「ダウトです。リィゼちゃんって弥堂先輩のことめちゃくちゃキラってますよね?」

 

「…………」

 

「クラスで孤立してる彼のことを気にかけて、兄さんが話しかけようとすると毎回リィゼちゃんがジャマしてそうはさせないようにしていますよね? スッゴイ目つきしてますよ?」

 

「……わたくし、あの男が嫌いなんですの。理由は自分でもよくわかりません。ですが、とても、嫌いです」

 

 

 諦めたように溜め息を吐いて、マリア=リィーゼは望莱の言を認める。

 

 望莱は満足げに頷く。

 

 

「というわけですが、何故弥堂先輩のことはみんな調べたのかというと、それはシンプルにあの人が怪しいからです。別に今回のことがなかったとしても、普通に生活してるだけで存在が怪しいです。不審者界の大スターです」

 

「……オマエなにが言いたいんだ?」

 

「はい。何が言いたいのかというと、わたしたちは身の周りに怪しい人がいればその人のことを調べる。そこまでしなかったとしても警戒はするんです」

 

「ん? それって当たり前なんじゃない?」

 

「そうですね。一般の普通の人でもそうですが、わたしたちは生まれ育ちの事情的により顕著にそうでしょう。じゃあ、水無瀬先輩のことは?」

 

「――っ」

 

 

 そこでようやく各々が望莱の言いたいことを察し始める。

 

 

「先に答えを言ってしまうと『七海ちゃんの友達だから』です。七海ちゃんが親友に選ぶくらいだから彼女は大丈夫――そのように思い込む、というか自然に当たり前にそう思ってしまっていたからです」

 

「…………」

 

 

 望莱の出した答えにはやはり誰も反論をしなかった。

 

 

「それは何故か? まぁ、言うまでもないんですけど。わたしたちの七海ちゃんへの信頼は絶大です。絶対的でもあります。当然その七海ちゃんがミスったのが悪いって、そんなことが言いたいわけじゃありません」

 

「え、えっと……? みらい……?」

 

「これまでわたしたちは散々七海ちゃんに助けられ、日常的になんでもかんでもフォローされ、骨の髄まで甘やかされてきた結果、一人残らず生活の全てを彼女に依存するダメ彼氏のようになってしまいました」

 

「なんか例えがヘンくない……?」

 

「まぁ、大袈裟なことを言ってしまいましたが、わたしたちは自然と『七海ちゃんだから大丈夫』と思ってしまいます。そしてこれは特別なことではなく、普通の人にも普通にある普通のことです。わかりますか? 兄さん」

 

 

 望莱に話を振られると聖人は少しだけ考え、それから首肯する。

 

 

「友達の友達は友達……、みたいなことだよね?」

 

「惜しいです。ちょっと違うけど、でも次の話をするのに便利なことを言ってくれたので“はなまる”をあげます」

 

「え……? あ、ちょっと……、待ってよ。顔はやめてよ……」

 

 

 言いながらみらいさんはテーブルの上にあった希咲のペンをとって、実際に兄の顔面に“はなまる”を描こうとする。

 

 イヤイヤと顔を振って抵抗しながらも、妹に手荒な真似をするわけにはいかず聖人が困っていると、希咲が望莱からペンをとりあげて助けてやる。

 

 

「やめろばか」

 

「あん。“はなまる”……」

 

「いいから。次っ」

 

 

 指を咥えながらふにゃっと眉を下げて取り上げられたペンを見る望莱に、希咲は先を促した。

 

 

「まぁ、好意や信頼も過ぎると、時に現実に不都合や不具合を起こすバイアスにもなりかねないというお話でした。ですが、さっきも言ったとおり、良いことではないですが誰しもに起こりうる普通のことでもあります。そして兄さんが言った『友達の友達は友達』、これも普通のことですよね? わたしたちくらいの年代ってそうやって人脈や交友を拡げますし。蛮くんにはわからないと思いますけど」

 

「ウルセェよ。ほっとけ。んで?」

 

「はい。でも、わたしたちはそうではありませんよね? 友達の友達だから友達にする。そういうわけにはいきません。先程お話したこのコミュの特殊性です」

 

「信用云々を抜きにしたとしても、オレらの事情に巻き込めねェからな」

 

「そういうことです」

 

 

 ヤンキーの分際でなかなかに理解力のある幼馴染のお兄さんにみらいさんはニッコリと微笑んでファンサをしてあげる。

 

 しかし、蛭子くんは特に彼女のファンでもなんでもないので、そのことで喜ぶことはない。

 

 

「兄さん同様、七海ちゃんも人気者です。主に兄さんのせいで一部の女子に嫌われているとはいえ、基本的に男子も女子も七海ちゃんには好意的です。また、主に兄さんのせいで必要性があり、コミュ力と行動力を発揮して色んな人たちと揉めないように関係を調整したりしているので顔も広いです。主に兄さんのせいで」

 

「3回も言わなくてもよくない?」

 

「なのに、そんな七海ちゃんなのに、これまでわたしたち以外に特別親しい友人は居ませんでした。蛮くんとは違って作ろうと思えばいくらでも作れるのに。それは何故でしょうか?」

 

「いちいちオレをディスるんじゃあねェよ」

 

 

 望莱の問いにはまた誰も答えない。やはりその答えはわかりきっているからだ。

 

 そしてわかりきっているからこそ、誰もが気まずそうな顔をした。

 

 それは希咲も同様だった。

 

 

「あ、あの、さ? その話はやめない? みらい……」

 

「いいえ。七海ちゃんが外で男を作らないのはわたしたちのせいです」

 

「おい、せめてその言い方はやめろ。ひっぱたくわよ」

 

「理由は言うまでもないですが、仲良くなりすぎてこっちのグループにまで入れてしまったら危険な目に遭わせてしまうかもしれないからです」

 

「…………」

 

 

 少しの間。

 

 

 ここに居る誰もがわかっていながら、それでも誰もがあえて言葉にすることなく、罪悪感を持ちながらもここまである種なぁなぁにしてきてしまったことだ。

 

 

「それの良し悪しについては今日はお話しません。趣旨はでないので。今日の趣旨はそんな七海ちゃんが特別な友達を作ったことです」

 

「みらい、七海は別に――」

 

「――兄さん。良し悪しは話さないと言いました。てゆうか、悪いとか言う人いるんですか? 七海ちゃんのすることは全肯定して下さい。それが出来ない人にはわたしが地獄を見せますよ?」

 

「い、いや、そんなこと言ってない……」

 

「キッショ……、おい七海。コイツやべぇぞ?」

 

 

 不快げな顏をする蛭子に希咲は答えずただ溜息を吐いた。

 

 わざわざ言葉にするまでもなく、彼女がこうなのはわかりきっていたことだからだ。

 

 

「閉鎖的でないといけない私たちが例外として七海ちゃんと仲間になって、それに合わせてくれていた七海ちゃんも例外を作った。七海ちゃん全肯定のわたしたちは特にそれを何とも思わず、そのお友達を疑うこともしなかった。中間まとめです」

 

「中間……? これからは気をつけましょうねって結論になんのか?」

 

「いいえ。これ、おかしくないですか? わたしはそう言いたいんです」

 

「え? でも、さっきはそういう思い込みは普通だから仕方ないって言わなかったっけ?」

 

「はい。わたしたちも特殊ではありますが人間ではありますので、そういった心の所作が表れることもあるでしょう。ですが、兄さん。わたしはそれでも『おかしい』と思います」

 

「……どういうことなの? みらい」

 

 

 最後に問いかけてきた希咲へ向けて望莱は語る。

 

 

「確かにバイアスで説明出来ちゃいそうなんですが、いくらなんでも全く何も感じないことがあるのかなーって思いました。加入のタイミング的に仕方ないのでリィゼちゃんは除外します。また兄さんや真刀錵ちゃんなら細かいこと気にしないので疑問を持たなくても不思議はありません」

 

「そうだな。私は今になっても疑問を感じていない」

 

「はい。でも、図体の割に意外と細かいことをビクビク気にして、実はストーカー体質の気がある蛮くんまで全く調べもしないってちょっとおかしいと思います」

 

「――おい、おかしなレッテルを貼るんじゃねェ」

 

「このわたしでさえも全く一切気にしていませんでした。当然調べてもいないです」

 

「えっ――?」

 

 

 ここまでの望莱の話を理屈としては納得して聞いていた希咲だったが、ここで彼女の言葉に違和感を感じる。

 

 どこにそう感じたのだろうと考えようとすると、望莱がニコッと笑みを浮かべ、希咲の疑問の声は拾わず先を続ける。

 

 

「ここからは可能性の話になります。その可能性があるならこうだろうと、こじつけて話をします」

 

 

 そう前置いた望莱に誰もが怪訝な顔をする。

 

 

「もしも、わたしたちのこのコミュニティに誰か人を送り込もうとしたら――わたしだったら七海ちゃんにその人を近付けます」

 

 

 全員が小さく息を呑む中で、希咲だけは目線を険しくさせた。

 

 湧き上がる感情で、つい今感じた違和感がどこかへ消える。

 

 

「……水無瀬がスパイだって言いてェのか?」

 

「『水無瀬先輩』という固有名詞を一旦外してください。あと今回の事件のことからも一回離れてください。ただ単純に私たちの中に誰か潜り込ませるなら。そのことの可能性だけを話しています」

 

「…………」

 

 

 問いかけた蛭子に言いながら、今のは自分に釘を刺した言葉だと希咲は感じた。

 

 おかげで荒げそうになっていた声が引っ込んでしまった。

 

 

「確かに。それをすることだけを考えたのならば、有効な手段だと思いますわ」

 

 

 望莱の話に誰も肯定も否定もしないでいると、マリア=リィーゼがそう言い放つ。

 

 望莱は彼女のこういった部分を割と気に入っていた。

 

 

「ですが、マナさんとナナミの関係は一年ほど続いています。その間どうやって気付かせずにいられたのか。その話をしたいのでしょう?」

 

「はい。ですが、その前に前提を。さっきわたしは、全体的な話と昨夜の襲撃は別けて話しましょうと言いました。そして昨夜のことの話はもう粗方終わりました。今は全体的な話に入っています。いいですね?」

 

「よきに」

 

「……あぁ、オレもいいぜ」

 

 

 望莱が確認をとると各々頷く。

 

 そんな中で希咲はここでもまた違和感を感じた。

 

 

(なに……? なにがヘンなの……?)

 

 

 その答えを見い出そうとするが、答えが出る前に望莱が口を開いた。

 

 

 

「紅月家が抱える問題。わたしたちを取り巻く事情。この島でのお役目。その結果によって左右される進退と立場。そんな中で起こった昨夜の襲撃。これに加える出来事がもう一つありますね? わたしたちが学園を離れた途端に起こったように思える水無瀬先輩のことです」

 

「みんなはやっぱり水無瀬さんのことも関係してるって考えてるの?」

 

「……根拠までは持ってねェが、オレは無関係じゃねェと考えてる」

 

 

 聖人が全員に意見を求めると蛭子だけが答える。

 

 

「真刀錵は?」

 

「知らん。私の出番は敵が決まってからだ。それまでのことはどうでもいい」

 

「あ、あはは……」

 

 

 クラスメイトに関することなのでとても褒められた回答ではなかったが、彼女は常に“こう”で、そこに悪意があるわけでないことはわかっていた。なので聖人は苦笑いだけで済ませる。

 

 

「七海は?」

 

「あたし、は……」

 

 

 希咲は答えられない。

 

 

『根拠はないが』と蛭子が言ってしまったことで、同じく根拠を持たない彼女は否定する言葉を口にすることを躊躇してしまった。

 

 

 現在の水無瀬に起こっている『他人から忘れられる』という不思議な現象。

 

 それが自分たちを取り巻く事情に関連したことだとは思いたくない。

 

 だから否定をしたい。

 

 しかし、根拠となる証拠を持ち合わせていないので、それはただ『そう思いたくない』という感情論でしかない。

 

 そして、それは先程の『水無瀬も怪しい』という望莱の言葉にしっかりと反論し、完璧に否定出来なかったことも同じだ。

 

 

 当然今でも水無瀬がそういった目的をもって近づいてきた敵側の人間だとは思っていない。それは確信している。

 

 だけど、そうではないと他人に説明して納得させるだけの客観的な証拠など持っていないのも事実だ。

 

 

 彼女のことを疑われるのには怒りがある。

 

 

 そう思いたくない。

 

 

 どうしてもその感情だけが先走りしてしまう。

 

 

 

「……趣味が悪いですわよ」

 

「えー?」

 

 

 マリア=リィーゼと望莱の間で、何やら小声でやりとりがされているのが聴こえたが、今はそれを気にする余裕は希咲にはなかった。

 

 

「さて、ここで水無瀬先輩に起こっている不思議現象のことを考えてみましょう」

 

 

 そうして歯噛みしている内にまた話が進んでしまった。

 

 

「と言っても、昨夜わたしと七海ちゃんで色々考えてみて、そのことは既にみんなにお話ししたとおりです。それを踏まえてもらった上で、ここで新たな考えを聞いてもらいましょう」

 

「新たな……? みらいと七海の考えって、水無瀬さんが偶然怪奇現象に巻き込まれたか、それか誰かが彼女に仕掛けたかって話だったよね?」

 

「ですです。そこに第三の可能性を追加します。それは水無瀬先輩自身が自分にそういう術を掛けている――です」

 

「えっ――?」

 

 

 その言葉に全員が目を見張る。

 

 

「人々が彼女を忘れる。それは記憶から消えるわけではなく、彼女自身が他人から意識されなくなり、関心を払われなくなり、その結果彼女についての情報が思考に浮かばなくなるので忘れられる。弥堂先輩はそんな風に言ってました。ですよね? 七海ちゃん」

 

「……そうね」

 

「そして、それを実現する手段としてわたしたちにも馴染みの深い『認識阻害の術』、それで同じようなことが出来ると蛮くんが言いました。ですね?」

 

「……そうだな」

 

「ですが、学園でそんなことをするには御影の目を掻い潜らなければ出来ない。それに日常的にずっとそんなことをするのなら監視の目にわたしたちも含まれるようになります。よって実行は極めて難しい。そんな話になっていました」

 

 

 スラスラとプレゼンをするように語る望莱の話に聞き入る。

 

 

「そこで、です。学園の敷地内に術式を仕込むのが無理なら、水無瀬先輩本人に仕込むのならどうでしょう? もちろん他人にそんなことをされれば本人が気付く可能性や抵抗する可能性もあります。しかし、自分で自分に。それなら誰にもバレずに実現させることが出来ますよね? つまり、最近になって発生した出来事なのではなく、最初から起こっていたことなのではないか。そういう話です」

 

「最初、から……?」

 

「はい。ですがその前に――蛮くん」

 

「……なんだ?」

 

「自分で自分に、自分が他人に認識されづらくなる――そんな認識阻害の術式を仕込むことは可能ですか?」

 

「…………」

 

 

 蛭子はすぐには答えず、チラリと希咲の顔色を一度窺ってから口を開いた。

 

 

「……可能だ」

 

「難易度は?」

 

「高くない……、というか、さっき言った学園に術式を仕込んだり、他人に直接仕掛けるよりも格段に簡単になる。自分で自分にやるわけだから精神的な抵抗もないし、おまけにバレにくい」

 

「ですよね。水無瀬先輩は最初からこれを使ってたんじゃないかって思うんです」

 

「……京都の刺客だって言うのか?」

 

「さぁ。それはまだなんとも。蛮くんは『神道じゃなくっても他の宗教にも似たような教えはある』って言いましたよね? じゃあ、別に陰陽術じゃなくっても他に似たようなことが出来る力や技術があってもおかしくはないですよね?」

 

「……そうだな」

 

 

 蛭子が不服そうに肯定すると望莱は嬉しげに笑う。

 

 

「学園には認識阻害の結界が設置されています。ただ、それは常時全開で動いているわけではありません。なにせ普段は普通の高校ですからね。認識されなくなったら誰も登校できないし、入学もしてこなくなっちゃいます。平時はごく薄く展開――煩い時計塔の鐘にクレームが入りにくくなる程度の効果しかなく、しかし緊急時には全力で展開して学園内の出来事を隠蔽出来るようになっています。まぁ、今回は結界が壊されて警察に通報されちゃったみたいですが」

 

「それがどうかしたのか?」

 

 

 一部のバカ者以外には共通認識になっているはずの情報を突然説明しだした望莱へ、希咲や蛭子は怪訝な目を向ける。

 

 

「水無瀬先輩もそうなんじゃないかなーって思ったんです。今までは弱めに術を発動させていて、最近――わたしたちが居なくなってからそれを強めたんじゃないかって。ほら、目の前で術を全開にしたら流石にわたしたちの内の誰かが気付きますよね?」

 

「それは、そうかもしんねェけど――」

 

「――だが、みらい」

 

 

 反論をしかけていた蛭子の言葉は天津に被された。

 

 

「お前はさっきから水無瀬にそれが出来る前提で話している。お前の言っていることは水無瀬の位置に刺客や工作員――何でもいいが、お前の言ったような芸当が出来る奴を当て嵌めれば可能だという話だろう? 水無瀬がそうだという根拠は何もないではないか」

 

「へぇ」

 

 

 天津の言葉に望莱は思わず感嘆の息を漏らす。

 

 彼女は普段こういった議論の場で積極的に発言をしようとはしないはずだ。

 

 

「はい。真刀錵ちゃんの言うとおりです。さっきも言いましたがこれは“こじつけ”です。仮に水無瀬先輩が“そう”だとしたら、可能だと。そういう可能性の話です。もしもそうだった時に慌てなくても済むように次善の心構えが出来るよう、こういうこともありますよーって、その為に話をしています」

 

「……そうか。悪いな七海。ここまでだ」

 

「えっ? あ、えっと……、うん……?」

 

 

 天津はそれっきりまた目を伏せて黙り込む。その直前に希咲へ向けた目には謝意のようなものが籠っていたような気がして、それを受けた希咲は困惑するだけだった。

 

 本人には伝わっていないようだが、その意思を正確に察した望莱は意見が対立している立場ではあるが、ほっこりと微笑む。

 

 

「水無瀬先輩って可愛いですよね?」

 

「えっ?」

 

 

 天津の態度に気を取られていた希咲は、続いた望莱の言葉に尚更困惑を深める。

 

 水無瀬へ嫌疑をかけていた者が急に褒めだしたからだ。

 

 

「さっきの話の兄さんや七海ちゃんほどではないですが、彼女も人気がありますよね? というか、あるはず、ですよね?」

 

「……? どういう意味……?」

 

 

 わざわざ不可解な言い方に言い直した望莱に眉を顰める。

 

 

「どちらかというとマスコット的なポジションに近いですかね。それでも水無瀬先輩って、ちょっと幼いですけどお顔も愛嬌があって可愛いですし、お胸も大きい。性格も人当たりもよくって、女子にも男子にも可愛がられるタイプですよね」

 

「あんた、何が言いたいわけ?」

 

「はい。では七海ちゃんにお聞きします。そんな水無瀬先輩ですが、これまでに誰か男子に告白されたりとかって一度でもありましたか?」

 

「え……?」

 

 

 望莱の問いにすぐには答えが出ない。

 

 それは答えを知らないからではなく、彼女の真意が掴めなかったからだ。

 

 

「……ない、わ。本人から聞いたことないし、あたしが知ってる限りでもない」

 

「当然調べてますよね?」

 

「知らないっ」

 

「ふふ。でも、変だと思いません? 彼女って誰にでも優しいじゃないですか? あんな風に無邪気にニコーって笑いかけてもらったら勘違いする男子が一人くらいは居てもいいと思うんですよね。それに――」

 

 

 続く望莱の言葉は、何を言われるか希咲にはわかったような気がした。

 

 焦燥感が噴き上がる。

 

 

「――それに。水無瀬先輩って女子の友達もいませんよね? 七海ちゃん以外には。別に嫌われてもいないし、避けられてもいないし、愛想が悪いわけでもなければ、周囲との関係が悪いわけでもない。なのに、仲のいい友達がいないって不自然じゃないです? 彼女の方が積極的じゃなくても、友達になろーって言い寄る子が一人くらいは居てもいいと思うんです」

 

「それ、は……っ」

 

 

 言い返そうとして言葉が続かない。

 

 事実だからだ。

 

 

「わたし、これって認識阻害の術式のせいなんじゃないかって思ったんです。ずっと『あれー?』とは感じてたんです。でも、今ここでこういうことになって改めて考えてみたら、そういうことなんじゃないかって。そう思ったんです」

 

「みらい……」

 

「理屈だけなら通りますよね? 可能性だけならありえますよね?」

 

「…………っ」

 

「だって、男子でも女子でも、あんないい子を好きになる人が誰もいないって、そんなのありえなくないですかー?」

 

 

 希咲は言い返せない。

 

 だってそれは、自分自身も思っていたことだからだ。

 

 

「たぶん、認識阻害の術式のせいで、彼女と接して感じた印象や共有したはずの思い出が薄れちゃうからじゃないんですかね。だから想いが積み重ならない。人当たりがいいからその場で悪く思うことはないけど、でも好きが膨らまない。意識しない子のことは好きにはならない。それって、今起こっていることと一緒ですよね?」

 

 

 違う。そんなことはない。

 

 

 そう言いたいが言えない。

 

 

 理屈だけなら望莱の言うことに希咲自身説得力を感じてしまっている。

 

 

「状況証拠で弥堂先輩が怪しいと言えるのなら、同じく水無瀬先輩も怪しくないですか?」

 

 

 それは違う。それだけは絶対に違う。

 

 

 だが、やはりそれを押し通せるだけの言葉がない。

 

 

 希咲が知っているのは『違う』という答えだけだ。

 

 

 望莱は『そう』だと思えるまでの過程となる『根拠』を示した。

 

 

 希咲にあるのは『答え』だけで、『そうではない』と他人にも思わせるだけの『根拠』の持ち合わせがない。

 

 

 望莱の言う理屈には対立する希咲からしても、ある種の正しさがあると思えた。

 

 だが、それでも絶対に違うと、今でも確信を持てる。

 

 

 その人物が水無瀬 愛苗である以上、絶対に違うのだ。

 

 

 しかし、そこには『そうであって欲しい』という想いが多分に籠められていて、願いが強すぎて、気持ちが溢れ過ぎていて。

 

 想いの強さが他人に説明できるだけの理屈も情報も全てを置き去りにしてしまっている。

 

 

 そのせいで望莱を捻じ伏せ、他の全員をも賛同させるような論を展開することが出来ない。

 

 水無瀬のことが好きだという、本来は良いものであるはずの感情が冷静さを奪い、怒りと焦りだけを募らせた。

 

 

「わたしたちにとって七海ちゃんは例外で、七海ちゃんにとって水無瀬先輩は例外。そして水無瀬先輩にとっても七海ちゃんは例外。より正確に言うのなら、彼女の使う認識阻害の術式にも七海ちゃんは例外とされていたのではないでしょうか。その理由は――わかりますよね?」

 

 

 そんな希咲の顔を見て、望莱はやはり嗜虐的に微笑んだ。

 

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