俺は普通の高校生なので、   作:雨ノ千雨

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1章56 Away Dove Alley ①

 八番目の路地を曲がり進んだ先にあるライブハウス――Southー8。

 

 

 店の周囲に屯する男たちの視線を受けながらビルへ入り、1階の入り口のドアを開ける。

 

 

 扉を開いた瞬間に独特の甘いニオイが鼻腔を通り、それが脳まで届いたような錯覚を覚えた。

 

 店内には外よりもさらに悪そうな若者が大勢いる。

 

 自分たちのテリトリーに入ってきた者をジロジロと眺めるが、特に誰も声をかけるようなことはしない。

 

 

 フロントの男が鋭い目を向けてきたが、目を合わせると興味を失くしたように顔を逸らした。

 

『通ってよし』ということだ。

 

 そのまま店内の階段から地下へ降りる。

 

 

 ビルの外にも地下へ降りる直通の階段があるが、そちらは緊急時以外は使用禁止となっておりゲートキーパーが封鎖している。平時は一部の幹部以外は使うことを許されない。

 

 それがこの店のルールだ。

 

 

 カンカンと音を鳴らして鉄製の階段を降りて重い防音扉を開いた。

 

 1階よりも甘いニオイがきつくなった。

 

 

 地下1階はライブを行うためのスペースだ。

 

 部屋の中にはステージやバーカウンター、ソファやビリヤード台などが設置されていて、壁にはダーツボードがいくつか飾ってある。それにはダーツバレルだけでなくナイフが刺さったままになっていた。

 

 

 一目でライブやイベントなどが真っ当に行われている様子などないことが感じ取れる。

 

 

 スピーカーから響く喧しい音楽に少し眉を顰めて、部屋の中を見廻し目的の人物を探す。

 

 それは間もなくして見つかった。

 

 

 ビリヤード台の方へ進む。

 

 

 そこには自分よりもいくらか年下の男たちが5.6人集まっている。

 

 台の上に腰かけ、ビリヤード台のポケットを灰皿代わりにタバコの灰を落としながらビール瓶に直接口をつけバカ笑いしている。

 

 その彼らに声をかける。

 

 

 

「――ジュンペー」

 

「あ?」

 

 

 その集団の中のリーダー格と思われる坊主頭の男は名前を呼ばれて振り向き、そこで初めて店に入ってきたその三人組に気付いた。

 

 

「あぁ……、馬島(まじま)さんッスか。ドーモ……」

 

「オウ、久しぶりだな」

 

 

 ジュンペーたちが目の険を緩めて雑に会釈すると馬島は得意げに笑うが、彼の連れの二人は困惑を浮かべる。

 

 自分たちが歓迎されていない空気を感じたのだ。

 

 

「ッスね。で? チーム引退した馬島さん、今日はなにか? ここは現役の溜まり場ッスよ」

 

 

 ジュンペーの言葉どおり、このライブハウスが入っているビルはまるごとR.E.D(レッド) SKULLS(スカルズ)の溜まり場となっており、現役を引退した者は基本ここには来なくなる。

 

 

「なにかじゃねえだろ? メッセで言っただろうが」

 

「そりゃ、言われたか言われなかったかと聞かれりゃ、確かに言われたッスけどね」

 

「だったらメッセの通りだよ。ちっとノルマがキチィんだ。“WIZ”捌くの手伝ってくれよ」

 

「……馬島さん。アンタ勘違いしてるよ。だから、『今日はなにか? ここは現役の溜まり場ッスよ』って言ったんだ」

 

 

 “WIZ”

 

 最近この街で売られ始めている新種の薬物だ。

 

 

 その名前を聞いた途端ジュンペーの周りにいる者たちの目つきが変わったことに気付き、馬島の連れたちは思わず一歩下がる。

 

 しかし馬島はそれには気が付かずに、怒りを露わにした。

 

 

「ンダそりゃ……⁉ チーム引退したら関係ねぇって言いたいのか⁉ テメェ後輩だろうが!」

 

「そんなこと言われてもなぁ。高校同じだからって卒業後も一生先輩ヅラされたらたまんねえや。こっちはアンタの居る居ないでガッコ選んでねぇんで」

 

「テ、テメェっ! ナメてんのか⁉」

 

「ナメてんのはアンタだろ? ここは“South-8”でオレらは『RAIZIN(ライジン)』だぜ? オレらにクスリ売ってこいだァ? 喧嘩売ってんのかよこの野郎」

 

 

 ジュンペーの啖呵と共に彼の仲間たちもビリヤード台を降りて馬島たちを取り囲む。

 

 自身がここのOBで彼らの先輩ということでマウントが取れていると勘違いしていた馬島は熱くなっていたが、ここにきてようやく状況を理解したのか彼らの威圧感に尻ごむ。

 

 

「お、落ち着けよ……! 喧嘩売りに来たわけねえだろ? オレだって“RAIZIN”のOBなんだぜ……?」

 

「だからなんだ? アンタ現役の時だってロクに喧嘩したことねえだろ? 身体張らねえヤツをオレらは仲間だとは思わねえよ」

 

「そ、そこまで言うのかよ……⁉」

 

「オレらは喧嘩チームだ。言うこと聞かせてぇんならオレとタイマン張れや」

 

 

 一歩前に出たジュンペーはアウターシャツを脱ぎ捨てる。

 

 タンクトップの露わになった肩から、イナヅマをバックにした髑髏のタトゥーが馬島に睨みを利かせた。

 

 

 こんなことになるはずではと馬島が呆然としてしまうと、先に彼の仲間たちが反応した。

 

 

「ト、刻悸也(トキヤ)くん……っ! 帰ろうぜ。ヤベェよ……!」

 

 

 スーツ姿の二人に上着を引かれ、馬島はハッとする。

 

 

「わ、わかったよ、悪かった。もう帰るよ」

 

 

 馬島は詫びを入れ踵を返そうとする。

 

 

 肩透かしを食った形だがジュンペーはただ白けた目をしただけだ。

 

 この馬島という男に自分と喧嘩をするだけの根性がないことはわかっていたからだ。

 

 立ち去ろうとする後ろ姿へ声をかける。

 

 

「待てよ――」

 

「――っ⁉」

 

 

 ビクッと肩を跳ねさせて3人組は立ち止まる。

 

 

「誰が行っていいつったよ? 勝手に帰ってんじゃねえよ」

 

 

 先輩ということで僅かに取り繕っていた言葉遣いも捨て去る。

 

 ジュンペーの鋭い声に馬島たちの緊張感は高まる。

 

 

「な、なんだよ……、クスリならもう……」

 

「そりゃアンタの話だろ? こっちの話が終わってねえって言ってんだよ」

 

「は、話……?」

 

「アンタ“WIZ”っつったよな? その件で話がしたいって人がいるんだわ……」

 

 

 ジュンペーは言いながら仲間の一人に目配せする。

 

 

「おい、ヤマトくん呼んで来い」

 

「ッス」

 

 

 指示を出された男はすぐに店の奥へ向かう。

 

 馬島はその姿を思わず目で追った。

 

 彼には“ヤマト”という名前に覚えはないが、これから自身にとって非常にまずいことが起きることだけは理解できた。

 

 

 急いで出口の方を向くがもう遅い。

 

 地下フロアから出る扉の前はすでに他の構成員たちに塞がれていた。

 

 

 そうしている間に奥に行った男が戻ってくる。

 

 その後に少し遅れてもう一人この場へやって来た。

 

 

「なーに? ゲームしてたんだけどー」

 

「おつかれッス、ヤマトくん」

 

 

 文句を言いながら出てきた男にジュンペーは軽い調子だが頭を下げる。

 

 その様子を馬島は怪訝な目で見た。

 

 

 大きめのパーカージャンパーを着ていてもそう感じるほど線の細い男。背は低い方だ。

 

 首から軍用の物のように見えるナイトスコープを提げている。

 

 フードを目深に被っていて顏はよく見えないが、見覚えのない男であることはわかった。

 

 

 ヤマトと呼ばれたその男が馬島たち三人組に気付いた。

 

 

「誰? そのチャラい人たち」

 

「コイツが馬島 尚斗(マジマ ナオト)ッス」

 

「って言われても、誰よそれ」

 

「あー、ほら。昨日言ったじゃないッスか……」

 

 

 首を傾げるヤマトにジュンペーは経緯を説明する。

 

 その姿を見ながら馬島はやはり違和感に戸惑っていた。

 

 

 坊主頭でガタイのいいジュンペーもその周りの仲間たちも、一目でわかるほどに悪そうでケンカの強そうな集団だ。

 

 だが、彼らに“ヤマトくん”と呼ばれる男はそうは見えない。

 

 顏は見えないが、線も細く声もどこか幼さを感じるような細さだ。

 

 

 馬島から見ても弱そうに見えるヤマトに、ここら一帯を仕切る“R.E.D(レッド) SKULLS(スカルズ)”の中でも最強の喧嘩集団である“RAIZIN”のメンバーたちが、まるで目上の者に対するような態度をとっていることに困惑していた。

 

 馬島自身も以前は“RAIZN”に所属していたのでよくわかっているが、“RAIZIN”というチームは強さが全てだ。例え幹部相手でも強さを認めなければ平気で噛みついていく、そういうチームなのだ。

 

 

「あぁ、はいはい。そうだった。そういや頼んでたね。ゴメンゴメン」

 

「ッス」

 

 

 ヤマトは馬島の方を向いた。

 

 

「あー、お兄さん、アンタ馬島さん……? “RAIZIN”のOBなんだって? オレ新参だからさ。知らなくても勘弁してね」

 

「あ、あぁ……、そうだけど……、そのオマ……、アンタは……? スカルズの幹部なのか?」

 

「オレ? オレはなんていうか外部派遣で社内ベンチャーのお手伝いっつーか? あ、中三ッス」

 

「は? 中坊……?」

 

 

 聞いたことについて明確に答えになるものは何も返ってこなかったが、彼の年齢を聞かされ馬島は驚く。

 

 どれだけ有望でも“R.E.D SKULLS”に中学生が入ることはほとんどない。少なくとも幹部ではないだろうとアタリをつけ、そして無意識に相手を侮る。

 

 特に喧嘩が強いわけでなくても、不良ぶってイキった金持ちのバカ息子が時々スポンサー枠で加入することがあるからだ。このヤマトという少年もその類なのだろうと見当をつけた。

 

 

「……で? その中学生のヤマトくんがオレに一体何の用が……?」

 

「ふぅ~ん……」

 

 

 ヤマトは質問に答えず、若干余裕を取り戻したように態度を変えた馬島を目を細めて見た。

 

 

「……ま、いいか。なぁ、ウマジマセンパイさ」

 

「……マジマだよ。ウマじゃねえよ……!」

 

「あ、そう? ゴメンゴメン。アンタ馬面だからさ。つい」

 

「あぁ⁉」

 

「キレんなよメンドくせぇ。オレ中坊だからさ。細かいことは見逃してよ」

 

 

 飄々と挑発しながらヤマトは本題に入る。

 

 

「そんなことよりさ、ウマジマくん。アンタ、オレらに“WIZ”を売れって?」

 

「あ、あぁ……、それは……」

 

「それは? 正気で言ってんのかい? “R.E.D SKULLS”よ? オレら」

 

「オ、オレはそのOBだ……! OBが現役に頼むなんざよくある話だろ!」

 

「へぇ、よくある話ねぇ。それって“ハーヴェスト”のこと言ってんのか? 確かにスカルズ引退したヤツらはハーヴェストに入って働いてるのは“あるある”だし、昔の幹部が現役に仕事卸してくるのもまぁ、ない話じゃないけど。アンタもハーヴェストなん? これカタリだったらエライことになるぜ?」

 

「そ、そうだ……! カタリなんかじゃねえよ!」

 

「ふぅん」

 

 

 相槌をしながら目線で問うとジュンペーは肩を竦める。

 

 ヤマトは溜息を吐いて一歩、馬島の方へ踏み出した。

 

 馬島は思わず後退りしそうになるが、その瞬間――

 

 

「――“動くな”」

 

 

 短く呟いたヤマトに睨まれると、馬島は身体の自由が利かなくなる。

 

 

「な、なんだ……⁉」

 

 

 手足を動かせずに動揺する馬島へヤマトはゆっくりと近づき、彼のスーツのポケットを適当に漁る。

 

 上着の内ポケットに入っていた名刺ケースから一枚取り出し、つまらさそうに読み上げる。

 

 

「……なに? 刻悸也(トキヤ)って? アンタ、ウマヅラ トキヤって名前なん?」

 

「そ、それは源氏名だよ……!」

 

「あー、ヤマトくん。そいつは馬島 尚斗ッス。さっきも言ったッスけど」

 

「そういやそうか。でも、刻悸也(トキヤ)ねぇ……、うわぁ……厨二クセェ……、去年思い出して壁に頭突きしたくなるじゃん……」

 

「こう言っちゃワリィけどよ。昔のことは知んねえが、ヤマトくんは今の方が多分厨ニクセェと思うぜ?」

 

「うっわ、ジュンペーひっど。オレ普通に傷ついちゃうわ」

 

 

 ニヤリと口を吊り上げたジュンペーの言葉にヤマトは額を押さえて天を仰いだ。

 

 

「……ま、いいか。あ、これも没収な」

 

 

 気を取り直してボディチェックに戻ると、無抵抗の馬島の懐からアンプルケースを強奪した。

 

 

「もう動いていいぜ」

 

 

 その言葉の直後、馬島の身体に自由が戻る。

 

 意味不明な状況に呼吸が乱れた。

 

 

 ヤマトの方は何ということもなしに奪ったアンプルケースを雑にお手玉しながら、先程の名刺をさらに読む。

 

 

「あー……、はいはい。『STARDUST』ね。一応ハーヴェストグループの店なんだろうけどさぁ……」

 

「な、なんだよ……⁉ ウソは言ってねえだろ……!」

 

「だっる。この店ってさぁ、開店ブーストかかってんのにコケた店だろ? ハーヴェストって売上出ねえ店はすぐ潰すじゃん。これでハーヴェストの一員名乗るのは無理があるでしょ。なんだよ、ただのカスホストかよコイツ」

 

「だ、誰がカスホストだコラァッ⁉」

 

 

 声を荒げる馬島の言葉を、パーカーフードの上から耳を塞ぐフリをして聞き流す。

 

 そしてヤマトは声をワントーン下げる。

 

 

「つーかよ、これ三嶽(ミタケ)は知ってんのか?」

 

「――っ⁉ そ、それは……」

 

「ハーヴェストからの仕事ってことならまずミタケだろ? “RAIZIN”のアタマはアイツなんだからさ。知ってなきゃおかしいよね? でしょ? ジュンペー?」

 

「そッスね。ウチは基本喧嘩が多いッスけど。それでもまずはミタケさんに話を通すのが筋だし、ミタケさんに言われなきゃ基本オレらは従わねえ」

 

「だってさ? どうなんよ、トキヤくーん?」

 

「…………」

 

 

 痛いところを突かれた馬島は咄嗟に答えられない。

 

 心なしか、周囲を囲んでいた“RAIZIN”のメンバーたちがジリっと包囲を縮めた気がして、心身で感じる“重圧”が増す。

 

 

「答えらんねえんなら勝手に決めつけちゃおうかな。ホストとしてカス。店にあんま客呼べねえから“WIZ”もロクに捌けねえ。どっちのノルマもキチィってわけだ。んで最後の手段で先輩ヅラして後輩を使おうとしてジュンペーに連絡した。そうだろ? 終わってんなオマエ」

 

「ク、クソ……ッ!」

 

「つーかさ、バカじゃねえの? 自分がヤバイことになってるって気付いてるか?」

 

「な、なんだと……⁉」

 

「金のノルマが達成できなきゃハーヴェストに、クスリのノルマが出来なきゃ外人どもに詰められる。だけど、コイツら使ってクスリと金作っても今度はミタケにシメられる。詰んでるだろ」

 

「う、うるせぇ……!」

 

 

 馬島は怒りに流されヤマトへ向ける目に敵意を剝き出しにした。

 

 

「さっきから大人しくしてりゃ……! 中坊が誰にクチきいてんだ!」

 

「はぁ……」

 

 

 激昂する馬島にヤマトはわざとらしく溜息を吐いた。

 

 

「ナメんなガキがぁ……!」

 

「オイ――」

 

 

 その態度にキレた馬島がヤマトに殴りかかろうとすると、ジュンペーが短く仲間に指示を出す。

 

 馬島はヤマトに近づくことも出来ずにあっさりと二人の不良に取り押さえられた。

 

 

「は、離せ……! クソ……!」

 

「……ウマヅラくんさぁ」

 

「マジマだって言ってんだろうが!」

 

「あーあー、うっせうっせ。あのさ? アンタこそ誰にクチきいてるつもりなん?」

 

「あぁ⁉」

 

 

 辟易としていたヤマトはまた声を重くする。

 

 

「なんかおかしいと思わねえの? オレみたいな中坊がここでデカイ顔してて、喧嘩上等でイケイケの“RAIZIN”の中でも武闘派で通ってるジュンペーがそんなガキに敬語っぽいの使ってて。おまけにミタケのこと呼び捨てだぜ? なんか気付かねえの?」

 

「な、なんだと……⁉」

 

「あのよ、ウマヅラくん。アンタ多分そういうとこだぜ? 空気読めねえっつーか、頭ワリィっつーか。器じゃねえのに悪ぶってもアンタは無能でカスなんだよ。そりゃなにやってもダメだって。普通はここで察してオレにそんな態度とらねえんだよ」

 

「ど、どういう意味だ……」

 

 

 口では問いながら、ここまで自分でも感じていた違和感を言語化され、馬島はさらにプレッシャーを受ける。

 

 

「ここまで言ってもわかんねえのかよ。つーか、テメェよ――」

 

 

 ヤマトはパーカーフードを僅かにズラして、そこから覗いた目で馬島を睨みつける。瞳から赤い輝きが煌めく。

 

 

「――“ズがたけェんだよ”」

 

 

 言葉と同時に馬島の身体が崩れる。

 

 途轍もなく重い物に圧し掛かられたように床に這いつくばった。

 

 

 馬島を拘束していた二人はそのまま彼を床に押し付ける。

 

 

「――な、なんだこれ……っ⁉」

 

「ト、刻悸也くん……⁉」

 

「ウルセェな。テメェらも“跪けや”――」

 

「――ぅぐっ⁉」

「――ぐぇッ⁉」

 

 

 ヤマトが同様に馬島の仲間たちに目を向けると彼らも床に倒れる。

 

 そこへ近づいてきた“RAIZIN”のメンバーたちが次々と暴行を加え始めた。

 

 

 ヤマトは馬島の前にしゃがみこみ、床に顔を付ける彼の髪を鷲摑みにして無理矢理顔を上げさせた。

 

 

「――ぃぎっ……!」

 

「なんかさー、ホストってこういう髪型多いよな。やたらボリューミーっつーか、これ何ていうのジュンペー?」

 

「オレずっと坊主なんでわかんねえッス」

 

「あっそ。ホストってなんか馬面多いじゃん? 顔長いの誤魔化すためにこうやって盛ってんの? これって実際どうなん? 女子にモテるの?」

 

「か、身体が……、なんで……っ⁉」

 

「まぁ、モテてたらこんなとこで床に這いつくばってねえか。だっさ」

 

「テ、テメェ……! オレに何しやがった⁉」

 

「べつに? 何かすんのはこれからだよ」

 

 

 ヤマトは言いながら腕を振る。

 

 すると、パーカージャンパーの袖の中から滑り落ちて来た警棒がその手には握られていた。

 

 その警棒で躊躇いなく馬島の顔面を殴りつける。

 

 

「――ぅがっ……⁉ い、いてぇ……!」

 

 

 そのまま無言で二発、三発と殴りつけてから手を止める。

 

 

「ぃ、いてぇ……っ! ちくしょう……!」

 

「ウマヅラ先輩よぅ、ナメてんのはオマエだよ」

 

「オ、オレは“RAIZIN”のOBだぞ……! それを……!」

 

「あ? よく見ろよ無能」

 

 

 涙と憎悪を滲ませた目で睨み上げてくる馬島に、ヤマトは自身の着ているパーカーの胸にプリントされたエンブレムを見せつける。

 

 王冠を被った髑髏の絵がプリントされていた。

 

 

「そ、そのエンブレムは……⁉」

 

「オレは“エンペラー”だ。“RAIZIN”のOBなんざ知ったこっちゃねえよ」

 

「エ、エンペラーは潰れたはずだ……!」

 

「いつの話だよ。情弱かよ。その潰れたとこにオレが派遣されてきたんだよ。外人街からな」

 

「が、外人街だと……⁉」

 

「オレが今の“エンペラー”のアタマ――来栖 大和(クルス ヤマト)だ」

 

「ア、アタマ……⁉ こんなガキが“R.E.D SKULLS”の幹部だと……っ⁉」

 

 

 大きな驚愕を浮かべる馬島から興味を失くし、ヤマトは面倒そうに立ち上がる。

 

 

「もうだるいな。オマエら適当にボコっとけ」

 

「ッス」

 

 

 背中を見せて離れるヤマトと入れ違いにジュンペーが近寄ってくる。

 

 

「オイ、立たせろ」

 

 

 馬島を拘束していた二人が力づくで彼を立たせて両腕をロックする。

 

 その前に立ったジュンペーが拳を握ると、彼の肩に彫り込まれた稲妻を纏った髑髏の威容が増したように馬島は錯覚した。

 

 

 ジュンペーは拳を振りかぶる。

 

 

「や、やめ――」

 

 

 骨に骨が打ち付けられる鈍い音が鳴った。

 

 

 

 

 

 

「――や、やべで……っ! もうやべでぐだじゃい……っ!」

 

 

 強かに殴りつけられた顔面を抑えながら、腫れあがった唇を必死に動かして命乞いをする。

 

 

「喧嘩売ってきたのはお前らだろ?」

 

 

 そんな無様な男を弥堂 優輝(びとう ゆうき)は冷酷に見下ろした。

 

 さらに腹を蹴りつけ無慈悲な追撃を与える。

 

 

「――うっ、うぼえぇぇぇぇ……っ」

 

「オ、オレらスカルズだぞ……⁉ テメェは一体なんなんだ……⁉」

 

 

 蹲って吐瀉物を撒き散らす男の頭を踏みつけて、吐き出したモノの中にその顔面を押し付けていると、別の男から声があがる。

 

 

 弥堂は踏みつけていた頭から足を離すと、無言でそっちの男の顔面を蹴りつけた。

 

 

「――ぃぎぃっ……!」

 

 

 ドっと地面に転がるその男の胸倉を掴んで無理矢理目を合わさせる。

 

 

「俺は佐川 百介だ――」

 

 

 そして名乗ると同時に拳を見舞い男の意識を奪った。

 

 

 

 

(ホワイト)チーム配置についたのだ』

 

 

 次の場所へ向かおうと歩き出すと耳に付けたイヤホンからそんな声が聴こえる。

 

 思わず耳たぶに手を遣ってしまってから弥堂は不快げに眉を歪めた。

 

 

『続けて報告なのだ――』

 

 

 こういった機器には慣れずに苛立ちを感じていると、そんなことにはお構いないしに電子音声が次の文章を読み上げてくる。

 

 

(パープル)6、あと3駅ほどで新美景駅に到着するのだ』

 

「パープルシックス……?」

 

 

 弥堂は足を止めてスマホを取り出し、アプリを起動する。

 

 Y’sに作らせたアプリである『M(ikkoku)N(etwork)S(ervice)』だ。

 

 

 先程から合成音声AIとやらがホワイトだのパープルだのと言っているのは何のことなのかを確認しようと思ったのだ。

 

 

 アプリ内のMAPを表示させる。

 

 

 現在地である新美景駅南口の路地裏一帯の地図が画面に現れると、地図上ではいくつかの光点が点滅していた。

 

 

『青がポイントアルファなのだ』

 

 

 タイミングよく入った音声に従い青い点を探すと、その位置は第一襲撃候補であるライブハウス“South-8”の在る場所だった。

 

 そしてその付近に少しサイズの小さな白い光点が4つ表示されている。

 

 

 白い光点の一つをタップすると――

 

 

『佐川 百介……』

 

 

――名前以下の個人情報が表示された。

 

 

(なるほど。そういうことか……)

 

 

 ようやく得心し、次は紫を探す。

 

 しかし、画面内には見つからなかった。

 

 

『ピンチアウトして表示範囲を拡大してなのだ』

 

「…………」

 

 

 意味がわからないので弥堂は無視した。

 

 すると――

 

 

『――ピンチアウトは画面に指を二本置いて、間隔を広げるように指を拡げる操作方法のことなのだ』

 

「…………」

 

 

 また妙にタイミングよく指示が入り、不審に思った弥堂は画面から顔を上げて周囲を視る。

 

 すると、すぐ隣から滞空するドローンが弥堂の持つスマホを覗いていた。

 

 

(こいつ、ずっと着いてくるつもりか?)

 

 

 マズイ奴にマズイ玩具を与えてしまったのではと感じながら、弥堂は無言でシッシッとドローンを追い払う。

 

 そして画面を改めて操作し、地図を広範囲で表示させた。

 

 

 すると新美景駅から伸びている線路上に紫の光点が点滅していた。

 

 その紫をタップする。

 

 

『小島 瞳……』

 

 

 先程同様に名前以下の個人情報が表示された。

 

 しかし――

 

 

(小島 瞳……?)

 

『昨夜のデリ嬢の本名なのだ。カイカン熟女クラブの人気嬢、朝比奈さん29歳カッコ公式設定カッコ閉じる、乳輪直径8.1cmカッコ実寸カッコ閉じるなのだ』

 

「あぁ……」

 

 

 そういえば彼女の写真を撮る際に使った社員証にも同じ名前が書いてあったと思い出す。

 

 つまり、彼女がこちらへ向かってきているという意味だ。

 

 

 好都合だと弥堂は内心で口の端を吊り上げアプリを閉じた。

 

 “M.N.S”を消すと現在通話中の“edge”が画面に戻る。

 

 

 そのままスマホを仕舞おうとしたが、その前に未読通知が目に入った。

 

 

 特に意識せずにそれをタップしてメッセージを表示してしまう。

 

 メッセージの送り主は『@_nanamin_o^._.^o_773nn』さんだった。

 

 

 弥堂は思わず舌打ちをする。

 

 

 開いてしまったのなら仕方ないと一応内容を確認することにする。

 

 決して、また返事が遅いと後でイチャモンを付けられることを恐れたわけではない。

 

 

 メッセージが送られてきたのは今日の昼休み頃の時刻。

 

 仕事中のため通知音をミュートしていたせいで気付かなかったようだ。

 

 

 もしや水無瀬をヤンキーたちと触れ合わせたことがバレたのかと危惧するが、どうもそういうわけではなさそうだ。

 

 

 メッセージはとても簡潔で短いものだった。

 

 

 たった4文字で完結されたそれが弥堂の瞳に写る。

 

 

『ごめんね――なのだ』

 

 

 無言で隣に眼を遣るとそこにはまたドローンが。

 

 弥堂は腕を振って追い払う。

 

 

 そして希咲からのメッセージの意味を考えた。

 

 

 ごめんね。

 

 謝罪の言葉。

 

 何に対してのものなのか不明なその短いメッセージにこめられた意味とは――

 

 

(――殺害予告か)

 

 

 弥堂はクラスメイトの女の子からのメッセージをそのように受け取った。

 

 

 朝のHR後の騒動では、彼女と腹の探り合いのようになる場面もあった。

 

 その時は希咲はこちらに協力を促すようなことを言っていたが、どうやらこちらへの疑惑を深めて殺害に踏み切ることにしたようだ。

 

 

『てゆーかー、色々頼んじゃったけどー、なんかだるいしー、あたしー、やっぱあんた殺すことにしたしー、ごめんねー?』

 

 

 正確には恐らくこのような意味なのだろう。

 

 

 フンっとつまらなそうに弥堂は鼻を鳴らして侮蔑の息を漏らした。

 

 

「殺せるものなら殺してみろ」

 

『たぶん違うと思うのだ』

 

 

 思わず口から出た呟きに耳からツッコミが入り、それと同時にスマホがメールの着信を報せる。

 

 

 それを開いてみると送り主は不明なアドレス。

 

 恐らくY'sからだろう。

 

 

 メール本文には適当な文章とリンクが貼られていた。

 

 

 他の場所に配置されているドローンが何か重要な情報を掴んだのかと、弥堂はそのリンクを踏む。

 

 何度か操作をすると、画面には写真画像が表示された。

 

 

 その写真に写っているのはスマホ。

 

 随分と拡大された画像のようで、スマホの画面に表示されたものを撮影したもののようだ。

 

 

「…………」

 

 

 写真内のスマホに映っていたものを視て、弥堂は眉を盛大に顰める。

 

 

 そこに映っているのは下着姿の少女。

 

 見覚えのある顔、見覚えのある下着と考えていって、そこで弥堂は無理矢理遠回りに思考して結論に辿り着くまでの時間稼ぎをするのをやめた。

 

 

『窓ガラス越しに写したスマホの画面を拡大しまくったから、見やすくなるまで画像処理して画質を上げるのに手間取ったのだ。最近のAI技術は優秀なのだ』

 

 

 状況を推察するに、今日の朝の希咲とのビデオ通話中の出来事だろう。

 

 

 女子どもが窓際に並んで、その彼女らに水無瀬が手に持ったスマホに映った希咲が下着姿を披露する。

 

 そんなイカレた催しの様子をY’sがまた窓の外からドローンで盗撮したのだろう。

 

 

「……これはどういうつもりだ?」

 

『よかれと思ったのだ』

 

「…………そうか」

 

 

 何のつもりで撮影したのか。何のつもりで自分に送ってきたのか。そもそもどうやってこの場面を察知したのか。

 

 聞きたいことは色々あったが、一つ一つ聞き出すのが面倒な割に、どんな答えが返ってきても自分にとってどうでもいいことだったので、弥堂は聞きだすことを断念した。

 

 

(これは、運がないな……)

 

 

 希咲 七海といえば自分にとって相性最悪の女だ。

 

 そしてそんな彼女の下着はパンツもブラも弥堂にとって災厄以外の何ものでもない。上下セットともなれば一入だ。

 

 

 戦場の中でこんなものを目にするとは、いよいよ潮時かもなと心中で嘯く。

 

 

 Y'sの意図も、希咲の謝罪の意味も、今ここで考えたところで意味がない。

 

 

 それらを考えるのは今日この戦場を生き残ってからのことだ。

 

 

 今ここで何をしても、死んでしまえば全てが無駄になる。

 

 

 希咲が何を考えているのかわからないが、彼女がどういうつもりだとしても、次に彼女と再会する前に自分が死んでしまえば、それはそれで胸が空くような気がした。

 

 

 スマホに表示された写真の彼女を消して、代わりに脳裏に記憶の中に記録された彼女の顔を浮かべる。

 

 

 不機嫌そうな眼差しを向けてくる見慣れた顔の彼女へ「ざまあみろ」と吐き捨てた。

 

 

 そしてスマホを仕舞い、弥堂は次の獲物を求めて路地裏を歩いて行った。

 

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