俺は普通の高校生なので、   作:雨ノ千雨

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1章56 Away Dove Alley ⑬

 

 スケボー通り。

 

 

「――ク、クソ……ッ! コイツ……つえぇ……っ!」

 

 

 スカルズとやり合っていたモっちゃんたち四人はボロボロになっていた。

 

 

 彼らの前に立っているのはたった一人の男だ。

 

 

 

「――ねぇ、ジュンペー?」

 

「なんだ」

 

 

 一人でダイコー四人組を相手にしているジュンペーにヤマトが声をかける。

 

 

「なんで他のヤツらを下がらせんの?」

 

「それじゃ意味がねェからだ」

 

 

 ジュンペーは後方にいるヤマトに顔を向けず、敵の方を見たまま答える。

 

 

「なんで?」

 

「ここに居るのはせいぜい10人ちょいだ。その程度の人数でボコったって数で負けたって思うだけだ。そうすっと次は数を集めて向かってくる」

 

「へぇ」

 

「だが、オレ一人に数でかかって負けたんなら力の差を認めるしかねェ。こういう歯向かう気のあるヤツらはこうやって心を折らねェとまた来るからな」

 

「そうなんだ」

 

「それか、そんな気が起きねェくらいの数――例えばスカルズの全兵隊の半分くらいが今ここにいるんなら話は別だがな」

 

「ふぅん……。だってさ? もう心折れた?」

 

 

 至極どうでもよさそうな相槌を打ったヤマトがそう聞くと、無理矢理顏に笑みを浮かべたモっちゃんが唾を吐いた。

 

 

「ジュンペー? 足りてないみたいよ?」

 

「チッ、ダリィな……」

 

 

 悪態をつきながらジュンペーが前に出ようとすると、彼のスマホが鳴る。

 

 

「出れば?」

 

「それよりもコイツを――」

 

「――ジュンペー君。オレがやっとくよ」

 

 

 代役を申し出るリクオに何かを言おうとしたが、答えを聞く前に彼は拳を鳴らして“ダイコー”四人組の方へ向かってしまった。

 

 口を開きかけていたジュンペーは嘆息し、電話に出る。

 

 

「オレだ。どうした?」

 

 

 ジュンペーが通話を始めると、ヤマトは状況に飽きてきたのか電話の内容にも、あちらで“ダイコー”の連中に罵声を浴びせるリクオにも興味を向けず、無意識にパーカージャンパーのポケットから取り出したアメ玉を作業的に口に放り込んだ。

 

 

「…………ア? マジで言ってんのか? ちっと待て――ヤマトくん」

 

「ん? なに?」

 

「“South-8”が壊滅した」

 

「は?」

 

 

 思いもよらぬ報告にヤマトは口を半開きにして呆ける。

 

 彼の口からアメ玉がポロリと落ちた。

 

 

「例の通り魔野郎だ。店に殴り込みに来やがったらしい」

 

「へぇ……、被害は?」

 

「金庫の中の金と、あとは店に居たヤツらも財布とられたってよ」

 

「……金目的?」

 

「いや、本命は多分ヤクだ。“WIZ”を持ってるヤツはどこだって聞かれたってよ」

 

「そう」

 

 

 短く返答しながら既に頭は回している。

 

 ヤマトは数秒だけ思考し、すぐに方針変更を決断した。

 

 

「ミタケに連絡して。さっきの雑魚を攫えって命令は撤回だって」

 

「わかった。それで?」

 

「代わりに表に出てるヤツら使って、通り魔を捜し出せって言え」

 

「店のヤツらは」

 

「とりあえず待機で」

 

「オケ」

 

 

 ジュンペーは通話相手に『待機』を伝えると、すぐに“はなまる通り”の方の構成員に電話をかける。

 

 ヤマトはさっきとは打って変わってジッとその様子を見る。

 

 目深に被ったパーカーのフードの中の目が据わっていた。

 

 

 すぐそこではリクオがモっちゃんに暴行を加える音や声が聴こえていたが、そんなことはもうどうでもよくなっていた。

 

 

 

 

 

 

「――オラァッ! バカが……っ! こうなるのはわかってただろうが!」

 

「グッ……っぱ、つぁ……っ!」

 

 

 辛うじて立っていた体のモっちゃんはついに地に倒れる。

 

 

「弱ェくせによ! カッコでもつけたつもりかよ……っ!」

 

 

 2・3発蹴りを入れてから、リクオはモっちゃんの頭を踏みつけた。

 

 彼は自分でも制御できないほどの怒りが湧いており、その理由がわからない為か――あるいは認めたくないからか、激しく苛立っていた。

 

 

 罵声がなおも止まらない。

 

 

「テメェは雑魚なんだよ……! オレと同じで……! ただの雑魚だ! 勘違いしてんなよっ!」

 

「――ウルセェッ!」

 

「なっ⁉」

 

 

 踏みつけにされてなお、モっちゃんは気合を吐いて強引に立ち上がった。

 

 そしてフラつく足で力づくで地面を踏み、リクオに殴りかかる。

 

 

「んなこたわかってんだよ!」

 

「だったら――」

 

「だが、知ったことかっ!」

 

「――ぅがぁっ……!」

 

 

 何かの感情を自分にぶつけてくるリクオに真っ向から対峙し、彼を逆に殴り倒した。

 

 

「ク、クソ……ッ! なんで、こんなヤツに……っ!」

 

「オマエもうどいてろよリクオ。なにキレてんだ」

 

 

 電話を終えたジュンペーが戻ってきて、不機嫌そうな顏でリクオを下がらせる。

 

 

「……まぁ、わかるけどな」

 

 

 彼を追い越した後、誰にも聴こえぬよう小声でそう呟いた。

 

 

 

 

 

 

「ど、どうしよう……」

 

 

 ここに至っても、水無瀬はいまだに逡巡していた。

 

 

「どうしてみんな……」

 

 

 何故争いが起きているのかはやはりわからない。だが――

 

 

「――わからなくても、それでも止めなきゃ……」

 

 

 原因はわからず、しかし何となく自分も関係しているように思える。

 

 それを止めなくてはいけない。

 

 しかし――

 

 

「――どうやって……?」

 

 

 止めるように呼びかけても、正しさを説いても、彼らは止まらなかった。

 

 それでも止めなければいけないと思うが、その方法がわからない――わけではなかった。

 

 

 本当はわかっている。

 

 

 やろうと思えばいつでも出来る。

 

 

 その力が彼女にはあった。

 

 

 こういった修羅場に不慣れな彼女が不良たちの喧嘩に巻き込まれてしまい、どうしていいかわからなくなってしまっていた。

 

 だが、それでも彼女が――水無瀬 愛苗が恐怖に竦むことは全くなかった。

 

 

 “それ”を自覚をしているわけではない。

 

 それでも彼女は、彼女の身体は無意識下で“それ”を理解している。

 

 

『この場の誰よりも、自分が一番強い』

 

 

 意識することでもなければ、思考することでもない。

 

 それはただの事実で、わざわざ判断するほどのことでもないのだ。

 

 

 存在が違う。

 

 存在する力の差がそうなっている。

 

 

 例えば、公園で遊ぶ人間の小さな子供がそこに居る蟻の一匹に、鳩の一羽に身の危険を感じることなどない。

 

 人間とそれらの間には存在として格差がある。子供ですら本能的にそれを理解している。

 

 

 つまり、水無瀬 愛苗という存在と、ただの人間に過ぎない彼らという存在の間には、上記の例と似たような存在の格差があるのだ。

 

 

 本当は、暴れる彼らを魔法で鎮圧しようと思えば、ほんの一瞬の内に簡単に全滅させることが水無瀬には出来る。

 

 

 なのに彼女がそうしないのは、それは『やってはいけないこと』として教えられて彼女が育ってきて、そして彼女自身がそれに理解・納得・共感をしているから遵守しているためだ。

 

 だが、この場ではその『やってはいけないこと』が既に起こっていて、『やってはいけない』という正しさでは止めることが出来ない。

 

 

 では、指を咥えて『やってはいけないこと』の成り行きを見ているのか――

 

 それとも自分も『やってはいけないこと』をして、他人に『やってはいけないこと』を止めさせるのか――

 

 どちらかを選ばなければならない。

 

 迷い立ち止まっていればそれは自動的に前者を選んだことになるので、『選ばない』という選択肢は存在しない。

 

 

 

『お前たちがそこの路地に入ると人間が人間に襲われていた。さぁ――』

 

 

 ふと脳裡に少し前の過去の言葉が蘇る。

 

 

『――どうする?』

 

「弥堂くん……」

 

 

 それは約1週間前の4月17日――

 

 

「でも、魔法は……、人に撃っちゃ……」

 

『そうか。では、人間の社会に迷惑をかける人間は駆除しないのか?』

 

 

 放課後の奇しくもここに近い路地裏で――

 

 

「だって、ゴミクズーさんじゃない……」

 

『ここに来るまでも見かけなかったか? ガラの悪いヤツらを。あいつらはこのあたりをナワバリにして、徒党を組んで一般人を囲み恐喝をし暴力を奮い金を奪って女を攫っているような連中だ。こいつらもゴミクズだろう?』

 

 

 初めて魔法少女であることを彼に知られてしまった日――

 

 

「魔法少女は人を……」

 

『警察に通報するか? それもいいだろう。正しい選択だ。だが、それでは間に合わない場合はどうする? 今、まさに、人間が殺されようとしていたら?』

 

 

 その時に既に問われていた問題だった。

 

 

「警察……」

 

 

 今更その手段を思いつきスマホを仕舞った場所を意識するが。その意識はすぐに目の前の怒号に引き戻される。

 

 間に合うわけがない。

 

 今からでは助けてもらえない。

 

 

『お前の手の中にはそれをどうにかする力が――魔法がある。さぁ、どうする?』

 

「弥堂くん……」

 

 

 脳裏に過ぎるのは彼の声だけ。

 

 彼の言葉は既に自分に渡されたモノで、彼自身は此処には居ない。

 

 

 助けてはもらえない。

 

 

「言ってくれてたのに……」

 

 

 先週直接言われた時は何がなんだかわからなかった。

 

 気にもしていなかったわけじゃない。

 

 何も考えていなかったわけじゃない。

 

 

 その機会は今日までにもあった。

 

 4月21日、美景川の橋で『アイヴィ=ミザリィ』と戦った時にも同じように問われた場面があった。

 

 

 人を殺してはいけない。

 

 人に魔法を撃つと危険。

 

 だから『やってはいけない』。

 

 

 そしてそれに対する“願い(アンサー)”はその時に手に入れた。

 

 

 枷が一つ外され、一つの自由を得た。

 

 

 この手に“それ”は在る。

 

 

 その『加護(ライセンス)』が魔法(ねがい)に宿っている。

 

 

 胸の前のペンダントを両手で握る。

 

 

 

『どうするかはお前が決めろ』

「わたし、が……」

 

『お前は俺を止めることも出来るし、何もしないことも出来る』

「わたし、は……」

 

『俺を殺すことも出来るし、希咲を見殺しにすることも出来る』

「そんなの、だめ……」

 

『お前は誰でも殺すことが出来るし誰も殺さないことも出来る』

「わたしは、できる……」

 

『好きにすればいいし好きにすることがお前には許されている』

「そんなの……」

 

『世界がお前に許している』

「ほんとうに……?」

 

 

 本当にそうなのだろうか?

 

 

 そんなことが本当に許されているのだろうか?

 

 

 選択の時は近く、だが遠くすることも自分には許されている。

 

 

 他の人には無く、自分には在る。

 

 

 そのことの意味を、恐ろしさを、水無瀬は初めて強く認識した。

 

 

 恐れか迷いか――揺れる瞳が目の前の光景を映す。

 

 

 自分が自由に出来る世界を映す。

 

 

 その世界の中でジュンペーがモっちゃんへと腕を伸ばした。

 

 

 

 

 グイッと力づくで胸倉を引き上げられるとモっちゃんは息を詰まらせた。

 

 

「“South-8”、オレらの溜まり場だ。そこが潰された」

 

「あ? なんだって……?」

 

「やったのは“ダイコー”のヤツ。例の通り魔野郎だ。知ってんだろ? 吐けよ……っ!」

 

 

 鋭い目で声を荒げるジュンペーに自白を強要されるが、モっちゃんはそれに怯えることはなく顔を逸らす。

 

 それは拒否の意思表示ではなく、仲間たちの方を見るためだ。

 

 

 仲間たちも自分と同じような表情をしていた。

 

 どうやら自分の直感は間違っていないようだと確信し、モっちゃんは仲間たちと顔を見合わせて笑い始めた。

 

 

「テメェッ! なにがおかしいっ⁉」

 

「あぁ、ワリ。別におちょくってるわけじゃあねェんだ」

 

「アァ⁉ 吐けっつってんだよ!」

 

「オマエら終わりだぜ?」

 

 

 怒りをあらわに恫喝をするジュンペーにモっちゃんは答えになっていない答えを返し、ニヤリと頬を吊り上げた。

 

 

「ア?」

 

「そんな目で睨んだって知らねえモンは知らねェよ」

 

「だったら『終わり』ってのはどういう意味だ?」

 

「ヘッ――」

 

 

 絶対的に不利な状況下で格上相手に敗北寸前の中、モっちゃんは勝利者気取りの勘違い者を鼻で嘲笑う。

 

 

「――店の件は知らねェ。オレらはなんにも知らねェ。オレらごときには知らされねェ……。だが、オレらみてェな三下でも知ってることがある……」

 

「なんだ? 言えよテメェ」

 

「悪いことをしたら“狂犬”に噛みつかれる。おっかねェ“狂犬”にな。“ダイコー”のヤツなら誰でも知ってる。ジョーシキだ……」

 

「狂犬だと……?」

 

「そういや、オマエら“スカルズ”ってよぉ、悪いこといっぱいやってんよなぁ?」

 

「アァ?」

 

 

 モっちゃんは盛大にバカにした目でジュンペーを見上げる。

 

 

「――次に噛まれるのはテメェかもな」

 

 

 ジュンペーは無言で拳をモっちゃんの顔面に叩きつけた。

 

 

「それはオマエの仲間か?」

 

「い、いや……? どうだろうなァ……、少なくともあっちはそう思ってねェだろうな……」

 

「そうかよ」

 

 

 地面に倒れた彼の脇腹を何度か蹴る。

 

 

「仲間じゃねェってんならオマエらを助けに来るわけじゃねェだろ? なに勘違いしてフキアガってんだカスが……っ!」

 

「――やめてぇっ!」

 

「ア?」

 

 

 ジュンペーがもう一度蹴ろうと足を動かすと、彼とモっちゃんの間に水無瀬が割り込んだ。

 

 ジュンペーは動揺することもなく冷たい目で背の小さな彼女を見下ろした。

 

 

「女が男の喧嘩に入ってくんじゃあねェよ」

 

「ぼ、暴力はダメだと思います……っ!」

 

「は?」

 

 

 胸の前でペンダントをギュッと握りしめた彼女が背後にモっちゃんを庇いながら必死に訴えかける主張に、ジュンペーは心底理解できないといった顔をした。

 

 

「だから?」

 

「えっ?」

 

 

 問い返されると水無瀬も同様に理解出来ないといった表情になる。

 

 身を置く環境と価値観がまるで違い、コミュニケーションが成立しない。

 

 

「じゃあどうすんだ?」

 

「えっと……、その、話しあい……とか……」

 

「そんなもんでどうにもなるか。つーか、こんだけ言い合ってたのにどうにもなってねェだろ? 少なくともこっちは一つも譲れねェんだよ」

 

「で、でもっ……、仲良くなればきっと……」

 

「あのな……」

 

 

 ジュンペーとしても彼女は今まで出遭ったことのない人種だ。それに遭遇したようにやりづらそうにしながら辟易とした顔になる。

 

 

「こっちは不良だ。そういう世界じゃあねェんだよ。ガキが」

 

「で、でも、世界が許してくれるって弥堂くんが……」

 

「はぁ?」

 

「不良をやめてみんなで遊びましょうっ! そうすれば――」

 

「――不良やめろだ? 遅ェよ。何年か前のオレに言ってくれ」

 

「今からだってきっと……!」

 

 

 話にならないとジュンペーは苛立ちを露わにする。

 

 凝り固まった己は――その魂を定義する設計図は日々更新され、ミスした作業を元に戻す便利なショートカットキーなど存在しない。

 

 

「不良は“やる”もんじゃあねェ。“為る”もんだ。なっちまったらもう戻れねェんだよ。そこをどけ」

 

「どきません……!」

 

「殴るぞ」

 

「水無瀬ちゃんダメだっ! もういいから逃げろ……っ!」

 

 

 ジュンペーが目つきを鋭くすると慌てて彼女を止めたのはモっちゃんだ。

 

 “R.E.D(レッド) SKULLS(スカルズ)”は女の子だからと配慮をしてくれるようなチームではない。

 

 

「私……、どかないもんっ!」

 

「女だから手を出されないとでも思ってんのか? オレは殴るぞ」

 

「それでも……っ! 私以外の誰かがぶたれてるのを見てるだけなんて……、そんなのできません……っ!」

 

「じゃあオマエを殴ってから他のヤツも殴るだけだ」

 

 

 ジュンペーは拳を解いて水無瀬の顔を目掛けて平手を放つ。

 

 

「――へぶぅっ⁉」

 

「モっちゃんくんっ⁉」

 

 

 その手が彼女の頬を打つ寸前、形振り構わず身体を滑り込ませたモっちゃんが水無瀬の身代わりとなった。

 

 ジュンペーに顔面を打たれ、モっちゃんは水無瀬を巻き込んでわざと大袈裟に倒れる。

 

 彼女をジュンペーから遠ざけるためだ。

 

 

 ダメージを受けスタミナを失い疲弊しきった身体は一度倒れるともう一度立ち上がるのに多大な労力を必要とする。

 

 それでも彼は無理矢理その身体を動かし、水無瀬を自分の背後へと隠した。

 

 

 ジュンペーは不機嫌そうに眉間を歪めて彼を睨む。

 

 

「随分と頑張るじゃあねェか」

 

「……ったりメェだろ……⁉ オレは“ワル”だからな……ッ!」

 

「アァ?」

 

 

 モっちゃんは無い力を気合いで補完し、もう一度戦意を漲らせた。

 

 

「テメェは間違ってるぜ……!」

 

「意味がわかんねェな」

 

「“不良(ワル)”は“為る”モンじゃあねェ……! “やる”モンだッ! ツッパるのも、上等切るのも全部自分(テメェ)次第なんだよ!」

 

「……不良名乗って言葉遊びかよ、クソウゼー。どっちでもいいだろうが」

 

「ハッ――“R.E.D(レッド) SKULLS(スカルズ)”も“RAIZIN(ライジン)”もその程度かよ……! 今までビビってて損したぜ!」

 

「あ? ベコベコのツラしてなにイキがってんだ。結局テメェは勝てねェだろうが!」

 

「それがどうしたァ⁉」

 

「わかってんなら頭下げろよッ! オレらァ“R.E.D(レッド) SKULLS(スカルズ)”だぞッ!」

 

「さっきテメェも言っただろうが! 譲れねえモンがあるっ!」

 

 

 ジュンペーはグッと拳を固めなおし、モっちゃんもグッと両足を踏みしめた。

 

 

不良(ワル)同士でやり合ってんなら弱いヤツが強いヤツにやられんのは仕方ねェよ! でもな――ッ!」

 

 

 真っ直ぐに敵を睨みつける。

 

 

「――この子は……、水無瀬ちゃんはフツーの子だ! カタギのヤツらに手ェ出して、騙して脅して! テメェらクスリだのウリだのやらせてんだろ⁉」

 

「ウルセェよ!」

 

 

 ジュンペーは今日初めて全力で拳を振るい、モっちゃんの顔面にストレートを叩きつけた。

 

 

 だが――

 

 

「――なにっ⁉」

 

 

 モっちゃんは倒れない。

 

 これまで手加減した打撃で簡単に何度も倒れていた彼は今度は倒れない。

 

 

 額でジュンペーの拳を受け止めながら両足で踏ん張って押し返そうとする。

 

 

「テ、テメェ……ッ!」

 

 

 ジュンペーが咄嗟に左を打とうすると、彼の顔に当てたままのオープンフィンガーグローブの端から覗く彼の左目と視線が交差する。

 

 

「――ダッセエんだよッ……! テメェらはァァァ……ッ!」

 

 

 その目の戦意に一瞬気圧されると右腕が押し戻された。

 

 

「歯ァくいしばれやァッ、バカヤロウッッ!」

 

 

 モっちゃんは気合いをこめた拳を全力でジュンペーの顔面にぶちこむ。

 

 

「……ア?」

 

 

 それはどちらの声だったのか。

 

 

 思わずそんな声が出るほどに、必殺と思われたモっちゃん拳には力がなかった。

 

 ジュンペーの頬がペチッと音を鳴らしただけだった。

 

 

「ク、クソ……ッ!」

 

 

 モっちゃんの膝が揺れる。既にもう限界だったのだ。

 

 

(ここまでなのかよ……!)

 

 

 気合いだけではやはり勝てなかった。

 

 すぐに反撃の鋭い拳が飛んでくるだろう。

 

 自分にはもうそれに抗う力は残されてはいない。

 

 

 しかし――

 

 

「……ん?」

 

 

 その反撃はいつまでたってもこなかった。

 

 

 恐る恐る目を向けると、ジュンペーは目を見開いてモっちゃんを見たまま呆けていた。

 

 

「は……?」

 

 

 さっきの拳が効いているはずがない。

 

 モっちゃんも困惑したまま固まってしまった。

 

 

 周囲の者も状況に戸惑い誰も動き出せない中、抜け目のない者もいた。

 

 

「――ジョオトォォォッ!」

 

「サトル……ッ⁉」

 

 

 コソコソと這いつくばりながら立ち尽くすジュンペーに忍び寄り、その両足に掴みかかったサトルくんだ。

 

 

「――モっちゃん!」

 

「オマエら……っ!」

 

 

 そしてジュンペーから少し距離を置いた場所では、左右に開きながらお互いの両手を組み合わせて腰だめに構える他の2人の仲間の姿が。

 

 

 彼らの意図することを一瞬で察したモっちゃんは背を向けて走り出す。

 

 当然逃げるためではない。

 

 

「テメェ……ッ! 放せ――なっ……⁉」

 

「ギャハハハッ!」

 

 

 サトルくんに掴まれたことで我に返ったジュンペーは足にしがみつく彼に膝蹴りを見舞おうとする。

 

 しかし、それが悪手となった。

 

 

 ジュンペーの両足首を括るようにいつの間にチャリチェーンが巻かれており、それをサトルくんが両手で握りしめていた。

 

 ジュンペーは大きくバランスを崩す。

 

 

 モっちゃんはある程度距離をとったところで踵を返し、残った力全てを出し尽くすようにダッと地面を蹴った。

 

 

「――来いッ!」

「――モっちゃん!」

 

「うおぉぉぉぉぉっ……!」

 

 

 手を組む仲間目掛けて全力で走って助走をとり、思い切り地面を踏み切った。

 

 

「離れろッ、雑魚がッ!」

 

「ぅぐッ!」

 

 

 ジュンペーがサトルくんの顔面に拳を打ち落とす。

 

 それでも彼は手を離さなかった。

 

 

「コンジョオォォォッ……!」

 

 

 力いっぱいチェーンを握った手に血が滲む。

 

 そして地面を踏み切ったモっちゃんの足が仲間二人の手に乗った瞬間、ついにジュンペーが後ろへ倒れ、背中から地面へ落ちていく。

 

 

「ウオォォォッ!」

「いっけぇぇぇ!」

 

 

 仲間二人はモっちゃんを空へと放り投げる。

 

 宙を舞うモっちゃんはニヤリと笑みを浮かべた。

 

 

「でかしたぜ、サトルゥゥゥ――ッ!」

 

「――やっちまえ! モっちゃんっ!」

 

 

 気合いだけで勝てなくとも、彼には仲間がいた。

 

 

「――オレがッ! 佐川 百介(サガワ モスケ)だぁぁぁッ!」

 

「バ、バカな……ッ⁉」

 

 

 拳を振るえないのなら身体全てでぶつかればいい。

 

 

 モっちゃんは落下する重力に任せ、地面に倒れてがら空きになったジュンペーの顔面に頭から落ちていった。

 

 

「――ガァッ……⁉」

 

 

 鼻面に体重60㎏超の物体が落下し、そのショックでアスファルトに後頭部も打ち付ける。

 

 ジュンペーの目から光がトんだ。

 

 

 ジュンペーの顔面に頭で着地したモっちゃんも一瞬倒立をしたのちに、その隣にドシャァっと倒れる。

 

 

「“R.E.D(レッド) SKULLS(スカルズ)”上等だッ……!」

 

 

 そして勝鬨をあげる。

 

 隣で大の字になるジュンペーは動かない。その鼻からドロリと鼻血が垂れた。

 

 

 

 シンッと場が静まる。

 

 

 誰もが目の前で起きた出来事を受け入れられないでいた。

 

 スカルズの兵隊だけでなく、ヤマトですら唖然とした顔で固まっていた。

 

 

 しかし、それも僅かな間――

 

 

「――て、てめぇ……」

 

 

 誰かのそんな声を皮切りに――

 

 

「なにしてんじゃコラァッ!」

 

「よくもジュンペーくんを……!」

 

 

 次々と怒号があがる。

 

 

「へっ、へへっ……、こりゃヤベェかな……」

 

 

 その様子に頬を引きつらせるモっちゃんはふとリクオに目がいく。

 

 

 自分に対して妙に怒りを向けてきた彼だったが、この状況の中で意外にも声は上げずにボーっとしている。

 

 信じられないといった目で倒れるジュンペーを見ていた。

 

 

 だが、そんなことを気にしている暇はない。

 

 スカルズの兵隊たちはこちらへ向かって来ようとしている。

 

 

 今度こそ絶体絶命かと思われたが――

 

 

「――あー、ウルセェ」

 

 

 気怠げなその声に喧噪はまたピタリと止んだ。

 

 

 前に出てこようとしていたスカルズの兵隊たちを追い越してヤマトがゆっくりと近づいてくる。

 

 

「もうメンドくせェよ。こんなヤツら」

 

「――待て」

 

「アァ?」

 

 

 そのヤマトを制止をしたのはジュンペーだった。

 

 

「アン? なに? ジュンペー気絶してんのかと思ったよ」

 

「んなわけねェだろ」

 

「あっそ。どうでもいい。それよりも通り魔だ。金庫やられたって言ってただろ。70万くらい入ってたはずだ。それカッパらわれてんだぞ? あっちが最優先だ。そいつらどうせ連れ歩けねェしもう捨ててこうぜ」

 

「そういうわけにはいかねェ――」

 

 

 ジュンペーはギロリとヤマトを睨む。

 

 

「――コイツはチームの名に上等コキやがった」

 

 

 不良たちの価値観を理解しないヤマトはうんざりとした顔をする。

 

 

「ホントメンドクセェよ、オマエらのそういうの。もういいや。オレには“South-8”の件の方が重要だ。オレもうこっち抜けっから。あとは勝手にやれよ」

 

「言われるまでもねェよ……!」

 

「つか、勝てんの? そんなのにマジで負けたらお笑いだぜ?」

 

「アタリメェだろうがッ!」

 

「コイてんじゃねェよ“RAIZIN(ライジン)”のダサ坊がよォ! モっちゃんは最強なんだッ! シャベェんだよオマエらァ!」

 

「アァ⁉ 殺すぞボケがッ!」

 

「サ、サトルくん? どうしてそんなこと言うの? やめようよ……」

 

 

 サトルくんがチョーシこくとジュンペーは激昂し、怒りの目を向けてくる。

 

 小声でサトルくんを窘めたのは水無瀬ではない。

 

 ちょっと弱気になったモっちゃんだ。

 

 

「キレすぎだろジュンペー」

 

「ウルセェ、早く行けよ」

 

「あー、その前に。この子だけ鑑定してくわ。もうバッテリー気にする必要なくなったし」

 

 

 ヤマトは首から提げたナイトスコープを顔に持っていく。

 

 

「まぁ、どうせハズレだろう、け……ど――」

 

 

 それを両目に合わせてスコープ越しに水無瀬を覗き込んだ瞬間――

 

 

「――は……?」

 

 

 ポロリとナイトスコープが手から零れ落ちる。

 

 

 ストラップを首に通しているため地面まで落ちることはなかったが、反動でスコープが胸を打つ。

 

 だが、呆然自失のまま水無瀬に視線が釘付けになったヤマトはそんなことに気が付いていなかった。

 

 

「え……、えっと……?」

 

 

 突然イカついゴーグルで自分のことを見てきた男のその尋常でない反応に水無瀬は戸惑う。

 

 

「な、なんなんだコイツ……?」

 

「オイ、どうした?」

 

 

 そんな彼女の様子や、モっちゃんやジュンペーが訝しむのにも構わずに、ヤマトは震える両手でゴーグルを掴み、再度目の位置へ持っていく。

 

 

 そして――

 

 

 

「……ぅひゃっ――」

 

 

 乾いたような声がその口から漏れる。

 

 

「――ふひゃっ……、うひゃっ、ふひゃぁっ、はっ、ハハっ、アハハハハハハ――ッ!」

 

 

 突然狂ったように馬鹿嗤いを始めた。

 

 

 誰もがその気味の悪さに何も反応を示せない。

 

 

 そのまま嗤い続ける彼に、やがてジュンペーが慎重に声をかける。

 

 

「……お、おい――」

 

「――“跪け”ッ!」

 

 

 それを無視したヤマトがパーカーフードをグイっとズラして、その目を水無瀬たちに向けて命令を発すると――

 

 

「――わわわっ……⁉」

 

「――うぐっ⁉」

 

 

 先に見せた現象と同じく、モっちゃんたちだけでなく水無瀬も地面に這いつくばるような姿勢を強要された。

 

 

「――えっ? な、なんで……?」

 

「クソッ……! またこれかよっ⁉」

 

 

 水無瀬は不思議な力で身体が地面に磔にされ驚く。

 

 周囲で悔しそうな声をあげるモっちゃんたちも同じ状態のようだ。

 

 

「……気が変わったのか?」

 

「いいや?」

 

 

 ジュンペーが問うと、グリンっと首だけを回したヤマトが嗤う。

 

 

「その子だよ」

 

「……あ?」

 

 

 怪訝そうなジュンペーに含み笑いを漏らしながら再び水無瀬の方へ顔を向けて、彼女を指差す。

 

 

 苦悶の表情で藻掻くモっちゃんたちの横で、その指を見つめた水無瀬がコテンと不思議そうに首を傾げた。

 

 

「――アタリだ」

 

「あたり?」

 

「アタリもアタリ、大アタリだ……ッ! こんな大きさ、こんな強さ! 見たことねェよ! バケモンだッ!」

 

「え?」

 

 

 水無瀬が疑問の声をあげるが、ヤマトは応えない。

 

 彼女へ話しているようで彼女の声は聞こえていないかのように笑い続けている。

 

 

「ヤ、ヤマトくん……っ!」

「オ、オレらも……!」

「といてくれよ……っ!」

 

「ア?」

 

 

 上機嫌に笑っていると苦しそうな声で要請され、ヤマトは不快を露わにする。

 

 声の方を見てみると、スカルズのメンバーも何名か同じように地に這っていた。

 

 

「あぁ、興奮しすぎて巻き添えにしちまったか。まぁ、オマエらどうせ役に立たねェんだし、そのまま寝てろよ」

 

「通り魔はいいのか?」

 

「もうどうでもいい。ミタケにやらせとけよ。この子一人で70万くらい全部帳消しにしてそれ以上のお釣りが返ってくる。多分ね」

 

「…………」

 

 

 彼の言っていることは厳密にはジュンペーにもわからない。

 

 だが、アタリとは客を選んで売っている“WIZ”の上客だと、そんな意味でとらえて言葉を噤んだ。

 

 

 ヤマトも説明する気はなく前に出る。

 

 

「ちょうどいい。オレ流の心の折り方ってのをやってやるよ。オマエらがトロいからよ。サービスだ」

 

「………」

 

 

 ジュンペーは答えず舌を打つ。

 

 ヤマトはそんなことは気にせずに水無瀬たちへ話しかける。

 

 

「わかんないだろ? 自分の身に何が起きてるか。今何をされているのか。それって恐いよね?」

 

 

 上から見下ろすヤマトの不気味さに、モっちゃんたちは畏れを露わにし、水無瀬は「むむむ?」と何かを考えながら身体をヨジヨジさせた。

 

 

「……さっきも思ったけど鈍いのか、天然ちゃん? ま、いいや。スペックが全てだし――」

 

 

 彼女の危機感の薄いリアクションに少し不満を漏らしてヤマトは兵隊たちへ命令する。

 

 

「――やれ」

 

 

 その声に従い、ゾロリと軍勢が倒れたまま動けない水無瀬たちの方へ近づいてくる。

 

 

「ち、ちくしょう……! 誰か動けねェのか⁉」

 

「ダ、ダメだ、モっちゃん!」

 

「くそ、水無瀬ちゃん逃げ――」

 

「あれっ?」

 

 

 無駄とわかっている願いをモっちゃんが叫ぶ最中、水無瀬は近づいてくる軍勢の向こうに何かを見た。

 

 

 悲鳴をあげながら何かが路地の中から飛んできて、鈍い音をたてて地面に落ちる。

 

 

 その音で軍勢の足は止まった。

 

 

 

「――た、たすけて……っ!」

 

 

 スカルズたちが振り向くとほぼ同時、そんな懇願が聴こえる。

 

 

 ヤマトもそちらへ目を向けて、そこに居た者に眉を顰めた。

 

 

「あん? ウマヅラくん……?」

 

 

 そこに居たのはホストの馬島だ。

 

 

 こちらへ向かっていると聞いていたので彼がここに居ることには特段不思議はない。

 

 だが、異常に怯えた様子を訝しんだ。

 

 

「オマエ、タイミング悪いよ。空気読めよ――」

 

「――たっ、たすけ……っ、ばけも……、ころされ……っ!」

 

「アァ?」

 

 

 要領をえない叫びばかりをあげる彼に苛立ち舌打ちをする。

 

 

「んだコイツ、ダリィ。オイ、二人行け。ウゼェからあの馬面もボコれ」

 

「は、はいっ!」

 

 

 その命令に慌てて二人ほど彼に近い位置にいた兵隊が馬島に駆け寄っていく。

 

 

「オイ、テメェ。よくわかんねェけどブン殴るぜ」

 

「――オ、オイッ! オマエらッ!」

 

 

 馬島に近づいた男が胸倉を掴み上げて拳を握ると、そんな慌てた声が背後からかかる。

 

 

「あん? なんだよ?」

 

 

 男は振り返り仲間の方を見るが、呼び止めておいて彼らは何も言わず動かず、ポカンっと口をあけて自分の方を見ていた。

 

 男は眉を寄せる。

 

 そしてややすると、彼らの視線は自分にではなく、自分の背後に向いていることに気が付く。

 

 

「なんだって、ん、だ……」

 

 

 訝しみながら振り返り彼らの視線の意味を確かめようとすると、彼もまた同様に呆けてしまった。

 

 

 すぐそこの路地の入口からノソリとナニかが出てくる。

 

 

 チチチ……と、そんな音が聴こえた。

 

 

 それは近づいてくる。

 

 

 男は動けず、彼に掴まれた馬島は泣きながら失禁した。

 

 

「……あっ……、あ、あっ……?」

 

 

 目に映しておきながら“それ”が理解出来ない。

 

 ただ、視線が逸らせない。

 

 

 やがて“それ”が近づいてくるにつれて彼の首は上を向いていく。

 

 

 ついに目の前で立ち止まった“それ”を見上げる彼の顔に大きな影が差した。

 

 

「あ、あれは……」

 

 

 水無瀬も驚く。

 

 

 

 そこに居たのはネズミ。

 

 路地裏に居ればそれなりに見かける。

 

 

「な、なんなんだありゃあ……」

 

 

 ヤマトの驚く声。

 

 

 それも無理はない。

 

 

 そのネズミは通常の大きさではない。

 

 

 直立して見下ろすその全長は成人男性よりもだいぶ大きい。

 

 

 一目でわかるその存在の尋常でなさに誰もが動けなくなっていた。

 

 

「ゴミクズーさん……⁉」

 

 

 ただ一人“それ”を知る水無瀬が驚きの声をあげると同時、“それ”の目が妖しい光を放った。

 

 

 ゆっくりと腕をあげ、それを振るう。

 

 

「――ぅぎゃっ……⁉」

 

 

 馬島と彼に付いた二人を同時に殴り飛ばす。

 

 

 冗談のように宙を舞った三人は背後にいたスカルズの軍勢を飛び越えて、水無瀬たちの前で落ちた。

 

 当然だが、一撃で三人とも目を回している。

 

 

「――うっ、うわあぁぁぁぁぁーーーッ⁉」

 

 

 彼らが地面に落ちると同時に、その場は一気にパニックになった。

 

 

 不良だなんだと息巻いていてもそれは人間が相手の場合に限る。

 

 覚えのある獣程度なら立ち向かう者ももしかしたら居たかもしれない。

 

 

 だが、どう見ても普通でないバケモノの前では彼らも所詮はか弱きただのニンゲンだ。

 

 

 我先に逃げ出した何名かが手近な路地に飛び込もうとする。

 

 

 しかし――

 

 

「――ぶげぇッ⁉」

 

 

 ポンポンとボールでも投げるようにスケボー通りに投げ返される。

 

 

「こ、こっちにも⁉」

「な、何匹いるんだ……⁉」

 

 

 彼らの声に周囲を見回すとあちこちの路地から同じネズミのゴミクズーが現れる。

 

 

 ここらは一瞬で阿鼻叫喚の地獄と化した。

 

 

「オイオイオイ、なんだよアレ? ネズミってあんなにデカくなんのか?」

 

「んなわけねェだろ!」

 

 

 流石のヤマトやジュンペーもこの事態には混乱している。

 

 

 その声を聴いてモっちゃんがハッとなった。

 

 

 身体を動かそうとするがやはり動かせず、彼は必死に目玉を動かしてある人物を探す。

 

 

 そして――

 

 

「――オイ! オマエ! リクオとかいうヤツ……!」

 

「……あ?」

 

 

 モっちゃんに呼びかけられ、緩慢な動作で顔を向けたのは腰を抜かしかけたリクオだ。

 

 

「たのむ……っ! オマエ、水無瀬ちゃんを! 彼女を連れて逃げてくれ……!」

 

「えっ……?」

 

「早くしろよ! よくわかんねェけど、どうせオマエも彼女のダチになったんだろ……⁉」

 

「あ、あぁ……!」

 

 

 自分にやけに怒りを向けてきていたリクオにどこかシンパシーのようなものを感じていたモっちゃんはその可能性に賭けた。

 

 呆けていたリクオは慌てて水無瀬の元へ駆け寄ってくる。

 

 

「み、水無瀬ちゃん……! オレ、ワリィ……、逃げるぞ……!」

 

「え?」

 

 

 水無瀬は少し驚いたような顔をして、それから自分へ近付いてくる彼の手をとった。

 

 

「え? あれ?」

 

 

 そしてクスリと声を漏らし、彼らへ安心させるような笑顔を向けた。

 

 

 その顔に彼らは一瞬見惚れ、それからすぐに我にかえる。

 

 

「み、水無瀬ちゃんだけでも――」

 

 

 そして彼女に避難を呼びかけようとするが、その言葉は最後までは言えなかった。

 

 

 彼らの目の前で水無瀬はスクっと立ち上がる。

 

 

「えっ?」

 

 

 驚く彼らの視線の先で水無瀬の制服スカートがヒラリと揺れた。

 

 

「だいじょうぶだよ。みんな守ってあげるからね」

 

 

 短く伝え、彼女は呆然とする彼らを置いて前に出る。

 

 

 トコトコと軽い足取りで水無瀬が歩いていると、その姿に気が付いたヤマトがギョっとした。

 

 

「は? え? なんでオマエ動いてんの……⁉」

 

「危ないから早く逃げてください! ここは私に任せて?」

 

「はぁ……?」

 

 

 あんぐりと口を開けるヤマトやジュンペーを置いて水無瀬はさらに進み、最前線に立つ。

 

 

 

 そして胸の前のペンダントを両手でギュッと握り、魔法に願いをこめて祈る。

 

 

「――お願いっ、Blue Wish……ッ!」

 

 

 願いに迷いはない。

 

 

 

 絶望の路地裏に魔法の光が輝いた。

 

 

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