俺は普通の高校生なので、   作:雨ノ千雨

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1章58 決着! 悪の幹部! ~さらばボラフ~ ⑤

 

 敵を殺すことが出来なければ、自分が死ぬ。

 

 かつての(おんな)は俺にこう言った。

 

 それは概ね正しかったように思う。

 

 

 

 自分の生命を捨てることが出来なければ、仲間が死ぬ。

 

 かつての保護者(おんな)は俺にこう言った。

 

 それは概ね正しかったように思う。

 

 

 

 仲間すら犠牲に出来なければ、何も成せない。

 

 かつての支配者(かいぬし)は俺にこう言った。

 

 それは概ね正しかったように思う。

 

 

 

 それらはどれも簡単ではなく。

 

 それらを全て成立させることは難しく。

 

 だが、それらが出来なければやはり目的を達することは不可能だと思えた。

 

 

 見逃した敵は次の日に殺しにくるし、助けた仲間の生命は次の日に失われるし、戦わなくても敵はやはり殺しに来るし。

 

 人々の一人一人の生命の在る無しなど考えるだけ無駄で、それなら最低限目的だけでも達するべきだと思うようになった。

 

 

 だから、目的の為ならば敵も味方も自分さえも、あらゆる生命を犠牲にするべきだ。

 

 

 もしも、生命と触れ合いたくないのならば、目的など持たなければいい。

 

 

 だが、それを考えること、選ぶことが出来るのは、戦場に出る前までだ。

 

 戦場に出てしまった後では、もう総てが手遅れだ。

 

 

 ならば次はと、そう考えるのであれば、生き残らなければならない。

 

 

 そうする為にはやはり、敵を殺し、自分を諦め、仲間を犠牲にする必要がある。

 

 

 これらが破綻した論理であることは俺にも自覚がある。

 

 だが、それで別に構わない。

 

 争いとは破綻を引き起こす為のものだからだ。

 

 自分や他人の想い、生命、全てが破綻する。

 

 

 それが戦場という場所であり、そして――

 

 

――ここはもう戦場だから。

 

 

 

 

 

 

「――そんなんで勝てるわけねェだろォッ!」

 

 

 突撃してきた小型の蜘蛛の鎌を盾で受け止め、魔法弾を放って追い払う。

 

 

 二体に分裂したボラフの前に水無瀬は劣勢だ。

 

 

 大型の蜘蛛が放つ砲撃から一般人たちを防御魔法で守りつつ、隙をついて接近戦を仕掛けてくる小型の蜘蛛を攻撃魔法で牽制する。

 

 今のところどうにか凌げているが、だがそこまでだ。

 

 それ以上のことには手が回らず、状況を変えることは出来ない。

 

 

 人を護りたい、仲間を助けたい。

 

 そんな世迷言を吐いてノコノコと戦場までやって来ても――

 

 

「――結局はこんなものだ」

 

 

 殺せる時に殺さないから。

 

 自分を諦めないから。

 

 そうなってしまったのなら、それはそれで仕方ないとして。

 

 そして今も、他人を犠牲にすることが出来ず、結局このままでは何も手に出来ずに全員が死ぬ。

 

 

 ひどくつまらなそうに言葉を漏らす弥堂へメロが眦を上げる。

 

 

「そんなこと言うなら助けてくれよ……ッ!」

 

「……仮にそれが可能だったとして、何の意味がある? ここで助けたとしても早ければ明日にでもまた同じ状況に陥る。どうせ死ぬなら今日死んだって同じだろう?」

 

「オマエは頭がおかしい……ッ!」

 

「そうだな。だが、一般的に正しいとされる者たちは今そこで死にかけているぞ。これから死ぬだろう。だったら正気であることに何の意味がある?」

 

「そんなの……ッ」

 

「だがそれでも、運が良ければここから生き残ることもある。今朝の占いはチェックしたか? 彼女の運勢はどうだった?」

 

「もういいッ!」

 

 

 メロはもう言葉を返すことを諦め、険しい目で戦況を見守った。

 

 

 

 

「このままじゃ……っ!」

 

 

 戦況の悪さは水無瀬本人が一番よく理解している。

 

 

 砲台と遊撃に別れて連携してくる二体の蜘蛛に手を焼いていた。

 

 

「どっちかやっつけなきゃ……っ!」

 

 

 防衛対象である一般人たちがいる以上、さっきまでのように自分が飛び回るわけにはいかない。

 

 この場を動かずに攻撃しようにも、小型の蜘蛛は動きが速すぎて魔法弾を当てられない。

 

 

 では、砲台の方を狙うかというとそれも難しい。

 

 大型の蜘蛛の方には魔法弾を当てることは出来るだろうが、それでは倒せなかった。

 

 必殺の『Lacryma(ラクリマ) BASTA(バスター)』ならとも考えるが、チャージする時間は小型の蜘蛛が与えてくれない。

 

 それに、先程正面から撃ちあって威力での押し合いに負けたばかりだ。

 

 

 水無瀬のバスターから魔力を吸い取ってそれを撃ち返してくる。

 

 うっかり同じことを繰り返したら、背後の友達たちにまでその被害が及んでしまう。

 

 

 そうすると――

 

 

「――【光の種(セミナーレ)】ッ!」

 

「当たらねェって言ってんだろ……ッ!」

 

 

 黒い糸の塊に囚われたモっちゃんたちを狙う小型のボラフへ魔法弾を放つ。

 

 こちらから先に倒すしかないが、やはり簡単に避けられてしまった。

 

 

「どうしよう……、もっとがんばらなきゃ……っ!」

 

 

 だが、それはどうやって?

 

 浮かぶ疑問が意思の加速を阻害する。

 

 

 単純に威力を上げるだけならば、それはどうにか出来そうな気もする。

 

 だが、当たらないという問題を解消するにはそれでは不足だ。

 

 

 もっと速度を上げるか?

 

 それとも数を増やすか?

 

 

「もっといっぱい、もっとはやく……、でもそれじゃモっちゃんくんたちを巻き込んじゃうから当たっても大丈夫なようにして……、それからシールドで砲撃の防御も……」

 

 

 それら総てを同時に熟すのは、無理なような気がした。

 

 

「それなら――っ!」

 

 

 水無瀬は小型の蜘蛛を追い立てるように魔法弾を放つ。

 

 

「無駄だって――なに……ッ⁉」

 

 

 ビルの壁を走って魔法弾から逃げようとするボラフの前方に魔法の盾が現れる。

 

 それを避けて走ろうとするが、進路を変えた先を魔法弾に狙われ、それを何度か繰り返す内に全方位を魔法の盾で囲まれ、ピンク色の光の箱に囚われた。

 

 

「今――っ!」

 

 

 ちょうど大型からの砲撃も止んでいたこのチャンスに水無瀬はバスターのチャージを開始し、杖の先を捕らえた小型の蜘蛛へ向ける。

 

 

「これは一回見ただろ! ナメんなァ……ッ!」

 

「えっ――」

 

 

 ボラフは箱の中で躰を回転させる。

 

 8本の鎌がミキサーのように高速回転し、周囲を囲む魔法の盾を斬り裂いた。

 

 

「喰らえッ!」

 

 

 自由になったボラフは続けて足の一本をゴムのように伸ばし、先端の鎌で水無瀬自身を守る為に展開していたシールドを破壊する。

 

 

「イクぜェ……ッ!」

 

 

 そのチャンスを待っていたように大型の蜘蛛から魔力砲が発射された。

 

 

「ス、【光の盾(スクード)】……ッ!」

 

 

 水無瀬は慌てて盾を展開し直すが魔力を十分にこめることが出来ず、数秒ほど砲撃と拮抗してから盾は砕け散る。

 

 黒い魔力光が彼女を撃った。

 

 

「きゃあぁぁぁ……っ⁉」

 

「水無瀬ちゃん……っ⁉」

 

 

 幸いにも射線に入っていなかったモっちゃんたちの前に、水無瀬が墜落してくる。

 

 

「あぁ……、マナぁ……」

 

 

 心配そうに呻くメロの隣で、弥堂はチラリと大型の蜘蛛を視た。

 

 次弾のチャージはもう始まっている。

 

 次に項垂れるネコ妖精を見下ろした。

 

 

(ここまでだな)

 

 

 心中でそう確認し、もう一度戦場へ視線を戻す。

 

 そしてピクリと、眉を動かした。

 

 

(なんだ……?)

 

 

 戦場に何か違和感を感じる。

 

 まだ異変とも呼べない何かの予兆。

 

 眼に力をこめてその正体を視る。

 

 

 

 

 水無瀬は掌を地面につけて立ち上がろうとする。

 

 

「ぅっ……くぅ……、早くしないと……」

 

 

 手に力を入れて上体を起こすと、視線の先には魔力チャージ中の大蜘蛛が映った。

 

 

「水無瀬ちゃんもういいっ! 逃げてくれ……っ!」

 

 

 背後からモっちゃんが叫ぶ。

 

 

「そんなことできないよ……っ!」

 

 

 水無瀬は膝に力をこめて、震える足で立ち上がった。

 

 守るべき普通の人を背に、砲台の前に立ちはだかる。

 

 両腕を前に伸ばした。

 

 

「【光の盾(スクード)】ッ!」

 

 

 魔力を解放し強固な盾を創り出す。

 

 

「まとめて吹き飛べェェッ!」

 

 

 黒い魔力光が盾に激突した。

 

 

「くっ……、くぅぅぅ……っ!」

 

「水無瀬ちゃん……っ!」

 

 

 水無瀬は両手で盾を押さえる。

 

 ジリジリと押され地面を踏みしめる靴底がアスファルトと擦れた。

 

 

「だ、だめっ……、絶対におさえなきゃ……っ!」

 

「こっちを忘れてねェかァッ!」

 

「あっ――セ、【光の種(セミナーレ)】ッ……!」

 

 

 必死に魔力砲に耐える水無瀬を嘲笑うように、小型の蜘蛛が糸に囚われた人間たちにチョッカイを出そうとする。

 

 水無瀬は反射的に魔力弾を生成し、それを妨害した。

 

 すると、盾の方への意識が薄れその分後退させられてしまう。

 

 先程と似たような状況だが、確実に悪くなった。

 

 

 

「ち、ちくしょう……っ!」

「モっちゃん……、このままじゃオレらのせいで水無瀬ちゃんが……っ!」

 

 

 美景台のヤンキーたちは焦燥を浮かべる。

 

 

「ど、どうしようモっちゃん……⁉」

「オ、オレらに出来ることなんて……」

 

「――がんばれっ!」

 

 

 モっちゃんが無力感に顔を俯けようとした時、そんな叫び声があがる。

 

 反射的に声の方へ顔を向けると、声を張り上げたのはリクオだった。

 

 

「オ、オマエ……?」

 

「ア? なにボサっとしてんだ。テメェが言ったんだろ? オレらに出来るのは応援だって」

 

「あ、あぁ……、だけどよ――」

 

「――ハッ、やっぱ所詮は“ダイコー”かよ。ヒヨりやがってよ。マジでダサ坊しかいねェよな、テメェらのガッコ」

 

「アァッ⁉ んだとコラ! “ダイコー”ナメてんじゃネェよ! オイ、オマエら声出せ! コイツらに負けんな……ッ!」

 

「ジョオトォォッ!」

 

 

 煽り合いをしながらスカルズの3人に負けじとモっちゃんたちも水無瀬へ声援を送り始めた。

 

 

 

「み、みんな……」

 

 

 その声は水無瀬の背に届く。

 

 水無瀬は一瞬呆けた後にすぐに瞳に力を宿して、盾と衝突する魔力光を睨みつけた。

 

 

「がんばらなきゃ……っ!」

 

 

 そう強く心に誓う。

 

 しかし――

 

 

「――ウルセェんだよニンゲンどもがァッ!」

 

 

 小型のボラフがモっちゃんたちにまた襲いかかる。

 

 

「あっ……⁉ だめぇっ!」

 

 

 水無瀬はドーム型の光の膜を彼らの周囲に展開し、黒い鎌から守った。

 

 

「もっと、がんばらなきゃ……!」

 

 

 そうは願っても、どちらも守らなければならず、またそれだけではなく敵も倒さなければならない。

 

 どれか一つに集中することが出来ず、その願いに具体的なイメージが伴わない。

 

 それでは魔法としては発現しなかった。

 

 

 それでも諦めるわけにはいかない。

 

 今も彼らの声は響いている。

 

 

 彼らだって恐いだろうに、不安だろうに、それでも自分へ「がんばれ」と想いを飛ばしてくれている。

 

 それは確かにこの背に届き、この胸の裡を震わせている。

 

 だけど、それだけでは足りず、実効には至らない。

 

 

「黙れっつってんだろうがァッ……!」

 

 

 苛立ったように執拗に一般人たちを狙い始めた小型の蜘蛛にどうしても集中を削がれてしまう。

 

 それを魔法弾で狙うがやはり回避されてしまった。

 

 このままではいつか魔力が尽きるのを待つだけだ。

 

 

「やっぱり、掴まえなきゃ……!」

 

 

 先程の攻防の思考に戻ってくる。

 

 だが、箱に捕らえるのは失敗した。

 

 何か別の方法を考えなければならない。

 

 

「鎌を使えないように……」

 

 

 イメージのとっかかりまでは掴めたが、焦りから答えまで辿り着けない。

 

 それに今の状況で捕獲するための魔法にリソースを割けるかも自信がなかった。

 

 

「水無瀬ちゃんがんばれーっ!」

「負けるなーっ!」

 

 

 今も応援の声が背を耳を胸を震わせている。

 

 その声に応える力を、彼らの願いを叶える魔法が欲しいと、心からそう思った。

 

 

 その時――

 

 

「――えっ……?」

 

 

 何かを感じ取る。

 

 

「なんだァ……?」

 

 

 ボラフの訝しむ声も聴こえる。

 

 

 ぞわぞわと、首筋を何かが走る。

 

 だが、それは悪寒などではない。

 

 

 水無瀬は感じたものはどんどんと確かなモノに変わっていく。

 

 

 背が震え、耳が震え、胸が震え――

 

 

――そして今、心が震えている。

 

 

 前方へ向く水無瀬の瞳にはまだ映っていない。

 

 

 彼女の背後。声援を送る人々。

 

 

 その間の空間がキラキラと輝き始めていた。

 

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