俺は普通の高校生なので、   作:雨ノ千雨

405 / 441
1章59 最期の夜 ②

 

「「お世話になりました」」

 

 

 二人声を合わせて頭を下げ、法廷院 擁護(ほうていいん まもる)高杉 源正(たかすぎ もとまさ)は接骨院を出る。

 

 

「いやー、よかったねぇ。ここが開いてて」

 

 

 帰路につくなりそう口を開いた法廷院に高杉が答える。

 

 

「ここは俺が通っている道場の掛かり付けのようなものですからね。夕方の練習でほぼ毎回ケガ人が出るので、わりと遅くまで開けてくれているんです」

 

「そうかい」

 

 

 気楽な調子を維持しながら法廷院は続ける。

 

 

「それで? どうだったい?」

 

「えぇ。折れていました。あとおそらく罅も入っているから明日にでも美景台病院で診てもらうようにと紹介状を渡されましたよ」

 

「なんてこった! それは『ひどい』話だね!」

 

 

 大袈裟な反応をしてみせる法廷院に、高杉は自嘲気味な笑みを浮かべた。

 

 

「尋常な勝負の上でのことです。俺には異議も禍根もありません」

 

「意義はあったかい?」

 

「そうですね。純粋に勉強になりました。路地裏(ストリート)の戦いも奥が深い。それに……」

 

「それに?」

 

 

 ニヤリと笑う法廷院にすぐには答えず、高杉は先程の“はなまる通り”での戦闘で最後に手刀を当てた時のことを思い出す。

 

 

「……まるで鉄の塊を打ったような感触でした。比喩ではなく、本当に分厚い鉄板を叩いた時と同じでした……」

 

「鉄板を叩いたことがあるのかい?」

 

「はい。瓦割にある程度自信がついた頃に。ステップアップのつもりで鉄板に挑戦したことが以前にあります」

 

「割れたのかい?」

 

「はい。俺の手の骨が」

 

「キミも大概だねぇ」

 

「面目ありません」

 

 

 仏頂面で淡々と語られたエピソードに苦笑いを浮かべると、高杉は真摯に頭を下げてきた。

 

 

「ということで経験があるのでわかるのですが、あれは鉄板を叩いた時とほぼ同じでした」

 

「そうだねぇ。ボクの方まで“ガインッ”とかって物騒な音が聴こえたよ。それによる怪我の具合まで同じだしね」

 

「そうですね。しかし代表……、あれは一体……?」

 

「うーん……」

 

 

 隣を歩く高杉に神妙な目を向けられると、法廷院は頭の後ろで手を組み空を見上げた。

 

 言葉を探しながら、いつもは饒舌な彼がゆっくりと口を動かす。

 

 

「率直に正直に申し上げると、わからない」

 

「そうですか」

 

「なにがなんだかわからない――という意味ではなく、“どっち”かの判別がわからない。それがより正確な答えだね」

 

「……我々は何をさせられているのでしょう」

 

「それに関しては本当になにがなんだかわからないねぇ」

 

 

 ニカッと男クサイ笑みを浮かべて、法廷院はスマホを取り出す。

 

 

 そしてメールアプリを立ち上げ、受信メールの内の一つを画面に表示させた。

 

 

『当該人物:水無瀬 愛苗。美景台高校二年女子。栗色の髪、二つ結び、三つ編みおさげ、背が低い、胸が大きい、顔は幼い

 

 目的:当該人物をスカルズの三人構成の巡回部隊に引き渡してサウス8に行かせろ。その後はなまる通りで騒ぎを起こし、可能な限り多くのスカルズの兵隊をおびき寄せろ。警察が来る前に撤収』

 

 

 そこに書かれていたのはこのような内容だ。

 

 

「まったく我が友人ながら何を考えているのか。そして、何が見えているのか……」

 

「……今後、どうしますか?」

 

「そうだねぇ……」

 

 

 法廷院はスマホを仕舞いながら考える時間を作り出す。

 

 

「……鉄みたい――じゃあない」

 

「え?」

 

 

 返ってきたものがまるで違う答えであったことに高杉は目を丸くする。

 

 

「多分ね。鉄だったんだと思うよ。少なくともあの瞬間は」

 

「あの瞬間……」

 

 

 高杉は三嶽 梁呉(ミタケ リョウゴ)に手刀を落とした時のことを頭に浮かべる。

 

 手刀は間違いなく三嶽の身体に直撃し、おまけに彼は上半身にタンクトップしか着用していなかった。服の中に鉄板を隠していたなどということは確かにありえない。

 

 

「ですが――」

 

「――何をさせられているのか、これから何をさせられるのかはまだわからない」

 

 

 法廷院の示唆する可能性が俄かには信じ難いものだったので、それを否定しようとするが、彼に言葉を被されてしまい高杉は沈黙した。

 

 

「それでも、どうやらこれはボクに無関係なことではないようだ」

 

「代表……」

 

「“アレ”がもしも天然モノなら、これはボクが立ちはだかるべき問題だ。だけどね高杉君。もしも“アレ”が養殖モノなのだとしたら――そんなことが可能ならば。その場合はボクが首を突っこむべきことなのかどうか……、正直その判断がまだ下せないんだよ……」

 

「…………」

 

「せめてもう少し事の全容が見えてくるまでは、このままヤツの指示に従ってみようと思う」

 

「承知」

 

「こんな『弱い』ボクを許してくれるかい?」

 

「当然です。お付き合いします」

 

「ふふっ、ありがとう」

 

 

 お互いの意思を確認し、帰り道を歩く。

 

 

「しかし、これじゃあ西野君や本田君は巻き込めないなぁ」

 

「今日も連れてこなくて正解でしたね」

 

「同士に隠し事をしたり仲間外れなんかにしたくはないけれど。こればっかりは是非も及ばすだなぁ……」

 

 

 弱き者の味方はその(せいぎ)の在り方に自嘲的な笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――ふざけんなクソッタレが……ッ!」

 

 

 “South-8”の地下フロア。

 

 

 バーカウンターに並ぶ椅子の一つを蹴り飛ばしたのはヤマトだ。

 

 蹴られた椅子は床を転がり、防音扉の前に横倒れしているビリヤード台にぶつかって止まる。

 

 

 それを見てうんざりとした顔をしたのはジュンペーだ。

 

 

「オイ、片付けたばっかなんだ。また拾い直すのメンドクセェからやめてくれよ」

 

「クソッ……! なんなんだ! バケモノどもが乱入してきてシマ荒らされるとか、そんなこと誰が予想できっかよ……!」

 

 

 形ばかりの注意を与えてみたがヤマトは聴こえていない様子で怨嗟を吐き続けている。

 

 先程の出来事が余程腹に据えかねたようだ。

 

 

 同じ当事者としてその気持ちはよくわかるのでジュンペーもそれ以上何も言わず、黙って倒れていたビリヤード台を起こした。

 

 

 スケボー通りでの乱闘騒ぎ。そこから命からがら逃げ出してきた後の今である。

 

 

 初めは“R.E.D(レッド) SKULLS(スカルズ)”のナワバリである新美景駅南口の路地裏を巡回しつつ、“WIZ”という薬物を売ることの出来る相手を探していただけだった。

 

 そうしたらナワバリに侵入していた美景台学園の不良たちと喧嘩になり、そこに表通りを巡回していた兵隊が“WIZ”の客だといって美景台学園の女子生徒を一人連れてきた。

 

 そこまではよかった。

 

 その後に起こった出来事が、実際に体験をした後でもどうにも受け入れ難い。

 

 

 突然大型犬よりも大きなネズミが何匹も乱入してきてパニックになり、そうしたら捕らえていた女子高生が突然魔法少女に変身して化け物ネズミと魔法で戦いだす。

 

 そうした混乱の中に殺し屋が這入りこんできて自分たちを狙いだしたと思ったら、今度は全身タイツの変態がその殺し屋に襲いかかりそのまま殺し合いを始める。

 

 そして異形の怪物へと姿を変える変態に何故か逃がしてもらい、遅れて撤退してきた仲間たちとこの店で合流したのがついさっきのことだ。

 

 

「イミがわからねェ……ッ!」

 

 

 改めて時系列順に並べてみてもまるで理解が出来ない。

 

 現実に存在するわけがない、存在していてはいけないもののオンパレードだ。

 

 

 だが、その一連の物事の中で最もヤマトの印象に残ったのはネズミや変態の化け物でも、魔法少女でもない。

 

 

「――っ⁉」

 

 

 殺し屋の男。

 

 何故か執拗にヤマトを狙ってきた男の冷酷な瞳を思い出して背筋を震わせる。

 

 

 あの男がここ最近“R.E.D(レッド) SKULLS(スカルズ)”の構成員を無差別に襲撃している“通り魔ヤロウ”で間違いがないだろう。

 

 そのこと自体は別に構わない。

 

 

 問題はやはりあの男の目だ。

 

 あれはヤマトにとって覚えのある種類の目つきだ。

 

 

 外人街。

 

 北口のスラムの住人たち。

 

 特にその中でも戦闘を生業としている者たち。

 

 

 人を人と思わない。

 

 今目の前に居る者を自分と同じ生物だと認めていない。

 

 

 ヤツらの目と全く同じであった。

 

 

(あのヤロウ、オレを殺しにきてやがった……!)

 

 

 明確な殺意があの“通り魔ヤロウ”からは感じられた。

 

 

 あの男から刻まれた恐怖と敗北感、それがヤマトの心を今も大きく乱している。

 

 殺されそうになったのは確かに問題だ。

 

 こちらの所持する薬物を狙ってきていたのも大問題である。

 

 

 だがそれ以外にも、ヤマトには個人的に大きな問題が二つほどあった。

 

 

 一つは――

 

 

(あのヤロウ、何でオレのチカラが通じない……⁉)

 

 

 ヤマトには特別な力がある。

 

 だが、それが全く通用しなかった。

 

 

(バケネズミに効かなかったのは説明できる……、魔法少女に無効化されたのもまだ理解できる……だが――)

 

 

 あの“通り魔ヤロウ”に効果が無かったのは、やはり理解が出来なかった。

 

 

(ヤロウは間違いなく普通の人間だったはずだ……)

 

 

 首から提げたナイトスコープを手で掴む。

 

 

(それはコイツで間違いなく確認した……、なのに――)

 

 

 自分のチカラが通用しない一般人が居る。

 

 それが彼にとっての一つ目の問題だ。

 

 

 そしてそれに付随して二つ目が――

 

 

「――オイ、ヤマトくん。落ち着いたら手伝ってくれよ」

 

 

 それを浮かべようとした時にジュンペーに声を掛けられる。

 

 

 周囲に目を遣れば、他のメンバーたちも店内の片付け作業に従事していた。

 

 清掃など彼らのような不良が普段は絶対にしないことだが、通り魔によって荒らされた店内は溜まり場にするにも難しい有様で、仕方なく黙々と作業をしている。

 

 

 ヤマト同様にジュンペーの言葉が聴こえていた何人かがヤマトへ目を向ける。

 

 その視線にこめられているのは『嫌々掃除してる横でギャーギャーうるせぇな』と、そんなような意味だ。

 

 

 しかし、ヤマトはそうは受け取らなかった。

 

 

「――“跪け”……ッ!」

 

 

 ビリヤード台を持ち上げようとしていた数名が、ヤマトの目線と命令を受けて床に這いつくばる。

 

 

「――ぅあっ……⁉」

「な、なんで……っ⁉」

 

 

 突然のことに激しく動揺する彼らにヤマトは懐から警棒を取り出しながら近づいた。

 

 

「テメェら……、なんだその目は……? ナメてんじゃねェぞ……ッ!」

 

「ぐぁ……っ⁉」

「や、やめ……っ!」

 

 

 そして自身のチカラの影響により身動きのとれなくなった彼らを警棒で滅多打ちにする。

 

 

「オイ、ヤマト――」

 

「――ウルセェッ! クソがっ! 雑魚のくせに! モブのくせに……ッ! 見下してんじゃねェぞ……ッ!」

 

 

 ジュンペーが制止の声をかけたが、完全に激昂しているヤマトは止まらない。

 

 

 これこそがヤマトが抱える二つ目の問題だった。

 

 

 ヤマトには特殊なチカラがある。

 

 それは腕力が強いだとか、足が速いだとか、そういった種類の長所ではなく、普通の人間が持ち得ない特殊な能力(チカラ)があるという意味だ。

 

 

 そしてこの能力こそが彼がこの場に居て、“R.E.D(レッド) SKULLS(スカルズ)”を構成する4つのチームの内の一つ“皇帝(エンペラー)”を任されている理由である。

 

 

 彼は元々不良でもないただの中学生だ。

 

 

 そんな彼がこの街で一番大きな不良チームに所属し、その中で大きな顔をしていられるのはこの能力があるおかげなのだ。

 

 こうして能力で相手の身動きを封じ、そして警棒で滅多打ちにする。

 

 彼の戦い方は単純だが、複数人を同時に拘束出来るのでただの不良相手には頗る強力であった。

 

 

 しかし、この能力がなければ彼は――来栖 大和(くるす やまと)はひ弱なただの中学生に過ぎない。

 

 

 彼が懸念しているのは、自分の能力が効かない人間が居ること――そしてさらにそれを身内に見られたことだ。

 

 

 あの通り魔に能力が効かなかった理由がもしもヤマトが予想している通りなのだとしたら、それはあの男の精神が狂っているだけなのである意味仕方ないことでもある。

 

 だが、それによって、自分の醜態を見られたことで他の者どもにナメられてしまうと――精神的なイニシアチブをとられてしまうと、彼らにも能力が効かなくなってしまう。

 

 

 そうなってしまったら、自分など猛獣の檻に裸で放り込まれたも同然だ。

 

 今後の仕事がやりづらくなるどころか、身の安全すら確保出来なくなる。

 

 

 だから、ナメられるわけにはいかない。

 

 だから、自身へ恐怖を抱かせる必要がある。

 

 

 そういった強迫観念が今ヤマトを暴力へ駆り立てていた。

 

 

 

「オイ、いいかげんに――」

 

「――ウルセェッ! テメェもやってやんよ……!」

 

 

 ヤマトの肩を掴んで止めに入ったジュンペーにもその狂眼を向けようとした時――

 

 

「――騒がしいぞ」

 

 

 カンカンと、外から地下まで直通の非常階段を鳴らす音と共に、威圧感のある声が聴こえる。

 

 

 扉の破壊された非常口からこの地下フロアへ姿を現したのは――

 

 

「あ、ミタケさん。おつかれッス」

 

「あぁ」

 

 

 “RAIZIN(ライジン)”の頭領(ヘッド)三嶽 梁呉(ミタケ リョウゴ)だった。

 

 

 ミタケは店内の様子を見廻し、それからヤマトへジロリと目玉を向けた。

 

 

「そこまでにしろ。それ以上はオレが許さん」

 

「うるさいっ! 遅ェんだよ! 今まで何をしてた⁉ ミタケェッ!」

 

「オマエが通り魔を探せと言ったんだろうが」

 

 

 ヒステリーを起こしたように甲高い声で喚くヤマトにミタケは呆れ気味に嘆息をした。

 

 ミタケが言った通り、ヤマトから彼への最後の指示がそれで、その後未曾有の大パニックに巻き込まれたので指示の変更を伝えていなかったのだ。

 

 ここまで撤退してきたジュンペーが連絡したことでようやく事態の変化を知り、捜索を打ち切って引き上げてきたことになる。

 

 

「とにかく、話を訊かせてもらうぞ」

 

 

 重いミタケの声にヤマトは深く息を吐き出し、そして能力を解除した。

 

 

 

 

 

 

「――じゃあこっちは引きあげちゃっていいの?」

 

 

 夕陽の光が黒く塗りつぶされ始めた川原。

 

 

 希咲 七海(きさき ななみ)は今しがた自分で荷物を詰めて蓋をしたばかりの木箱に腰かけ、送話口に向かって声を当てる。

 

 

『あぁ、マサトと姫さんは先に向かわせた。もうすぐそっちに戻ると思うから真刀錵とみらいのバカを拾ってくれ』

 

 

 通話相手は蛭子 蛮(ひるこ ばん)だ。

 

 

「ん、おけ。作業はどう?」

 

『まぁ、ボチボチだな……。終わらせちまうわけにもいかねェから適当にやってる』

 

「そか。行き先って本邸? 本宅? なんて言えばいいんだろ……、あの泉の近くのお屋敷でいいのよね?」

 

『あぁ。あんま行きたい場所じゃあねェが、無人島とはいえ日本国内で野宿したくねェしな』

 

「そ? たまにはキャンプ気分でならいいんじゃない?」

 

『……今からキャンプすっか?』

 

「や。シャワー浴びたい」

 

『…………』

 

 

「じゃあ言うなよ」と蛭子くんは思ったが、こういった話では男性である自分の立場の弱さはよくわかっているので口を噤んだ。

 

 

「確かに泉に近いから出来れば近寄りたくない場所だけど、お風呂ナシよりはマシよね」

 

『……まぁな』

 

「あそこ広いからお掃除すんの大変なのよ」

 

『そっちかよ!』

 

 

 気を遣って直接的に言及することを避けていたが、全く認識を共有出来ていなかったことが発覚し、蛭子はつい声量が上がる。

 

 すると、クスクスと希咲がイタズラげに笑った。

 

 

「冗談よ。“そっちも”、ね」

 

『勘弁しろよ。だがまぁ、大丈夫だろ。昨夜の龍脈の乱れが不吉だが、二年前みたいなことにはなんねェよ』

 

「不思議よね……。世間的には去年のことなのよね……」

 

『冗談じゃねェよな。中学の時の話する時とかよ、たまに時系列こんがらがって頭おかしくなりそうだぜ』

 

「あー、ね。わかる」

 

『まぁ、さすがにもうねェだろ』

 

「そうね」

 

『…………』

 

「…………」

 

 

 お互いに同意するが、それに100%の確信が持てず何とも気まずい沈黙が起こる。

 

 

『ま、ともかくだ。オレも直接屋敷に向かうからよ。荷物とか大丈夫か?』

 

「うん。ロッジにあった物はもう回収済みよ。あとは川原にあるもの持ってくだけだから」

 

『わかった。じゃあまたあとでな』

 

「ん」

 

 

 通話を終了させる。

 

 

 とりあえず望莱と天津が戻ってくるのを待つ。途端に手持ち無沙汰になると、今の蛭子との話についてつい深く考えてしまいそうになる。

 

 その思考を止めるために“edge”を開いてメッセージの確認をする。

 

 

 すると親友の水無瀬からのメッセージが通話中に受信されていたようだ。

 

 文面を読むと、どうやら彼女は晩御飯を待っているらしい。

 

 

『@_manamin_o^._.^o_nna73:今晩はししゃもなんだって! でもししゃもさんはニセモノだからこのししゃもさんはダレなんだろねー? 不思議だねー?』

 

 

 メッセージを見て希咲はクスリと笑みを漏らす。

 

 すぐに返信メッセージを送った。

 

 そして、スマホとにらめっこをして『さて次はどんなメッセが返ってくるかな』とソワソワしていると話声が近づいてくる。

 

 

「――真刀錵(まどか)ちゃん真刀錵ちゃん、わたしお腹すきました」

「腹を切れ」

 

「でもでも、お腹開いたら中身出ちゃうじゃないですか? そうしたらもっとお腹空いちゃうと思うんです」

「む、確かに。では腹に刃を刺しっ放しにするのはどうだろうか」

 

「それだと血が出過ぎて喉が渇いちゃいます」

「む、そうか。儘ならぬものだな」

 

「今の時代に閉塞感を感じますよね。これも政治が悪いせいだとわたしは考えます」

「然り。今の政治家には志が感じられん」

 

「昔は違ったんですか?」

「さぁ? なにぶん産まれていなかったからな」

 

「まぁ大変です。これはわたしたちの知る権利が侵害されています」

「そうなのか?」

 

「はい。許せませんよね」

「然り。この私が叩き斬ってくれる」

 

「誰を斬るんですか?」

「それはわからん。だが、政治家なら誰でもいいだろう。とりあえず市長を斬ってみよう」

 

「そうですね。まずは行動することが大事ですね」

「然り。道はその後にきっと開けるだろう」

 

「真刀錵ちゃんの言うとおりです。市長も腹を開けば心も開いてくれるでしょう」

「そうだな。今の市長は何を考えているかわからん。斬って腹を割れば本心も見えてくることだろう」

 

「でもでも、お腹開いたら中身出ちゃうじゃないですか? そうしたらお腹が減って戦が出来なくなっちゃいます」

「む、確かに。儘なら――」

 

 

 

 中身が全部零れ落ちてしまったかのようなスッカスカの会話内容に希咲は頭を抱えた。

 

 溜め息をついてスマホをしまうと立ち上がって彼女らを迎える。

 

 

「おかえり」

 

 

 以前あーだこーだと言いあう彼女らに声をかける。

 

 

「あら七海ちゃん、お疲れ様です」

「む、七海。ちょうどよかった。お前の意見を聞きたい」

 

「……なに?」

 

 

 本音では聞きたくなかったが、七海ちゃんは基本いい子なのでとりあえず聞くだけは聞いてあげることにした。

 

 

「お前は今の市政についてどう思う? 私はこのままではよくないと思うのだ」

 

「何がダメだと思うわけ?」

 

「わからん。とりあえず市長を斬らねばという強い想いだけがこの身を焦がすのだ」

 

「なんで一番物騒なとこだけ頭に残ってんのよ。あんたみらいに洗脳されてるから」

 

「なんだと? みらい、貴様またこの私を謀ったのか?」

 

「いいえ」

 

「だが七海がそうだと言っているぞ」

 

「まぁ。七海ちゃんが言うのなら間違いがないですね。わたしは真刀錵ちゃんを洗脳してしまいました。ごめんなさい」

 

「うむ。わかればいいのだ」

 

「あんたたちって……、ホント……」

 

「お詫びとしてわたし切腹します」

 

「そうか、だがみらいよ。お前は腹が空いたと言っていなかったか?」

 

「そういえばそうでした。切腹したらもっとお腹空いちゃいますね」

 

「儘ならぬな――」

 

「――だぁーーっ! もういいっ! やめっ! 二人とも一回黙れっ!」

 

 

 頭痛を堪えながらバカ二人を黙らせる。

 

 どうにか話題を変えさせようとジッと二人を見る。

 

 

「……てゆーか、なんで肩車してんの?」

 

 

 何故か天津が望莱を肩車している件について言及してみた。

 

 

「お腹がすいたので」

 

「あんたお昼いっぱい食べてたじゃん。なんで歩けなくなるくらいに腹ペコになっちゃうわけ?」

 

「空腹よりもコイツが隙をついて何度も逃亡を図ったのでな。こうして担いで連れ歩くことにしたのだ」

 

「あー……ね、そういうことね……」

 

 

 何となく想像がついて希咲は納得をした。

 

 

「大体あんたが言い出したことでしょ? なんで逃げようとするのよ」

 

「それが求められているムーブかなと思いまして」

 

「イミわかんない。つーか、ちゃんと仕事は終わったわけ?」

 

「まぁまぁ終わりました」

 

「腹が減ったと文句ばかり言って碌に作業をしないのだ」

 

「あっそ……」

 

 

 本当はお説教をしてやりたかったが、先程通話で蛭子も言っていたとおり、現在は時間稼ぎで作業をしているところもあるので、それが終わってしまったら終わってしまったでそれも問題だ。そのため、何とも強く出づらく七海ちゃんはお口をもにょもにょさせた。

 

 

 今の彼女たちの事情としては、この島での役目を放り出してでも美景に帰るべきだと言い出した望莱の兄である紅月 聖人(あかつき まさと)を足止めしている状況である。

 

 足止めとは、昨晩暴走した龍脈の力を利用してこの島に展開されている認識阻害の結界を強める作業を出来るだけ延ばすことだ。

 

 その作業が終わるまではこの島に居るようにと聖人に約束させ、作業を引き伸ばしている間に現在出張中の美景台学園の理事長が学園に戻るまでの時を稼いでいる。

 

 

 そのミッションを立案したのはみらいさんなのだが、だからといって彼女が真面目に作戦に従事してくれるわけでもなかった。

 

 

 希咲は諦めたように溜息を吐く。

 

 きっとさっきの『お腹が減って儘ならぬトーク』をここまで延々とループさせてきたのだろう。

 

 この二人の会話に巻き込まれると頭がおかしくなるので、どうにか主導権をとり続けるべく口を開く。

 

 

「もうすぐ晩御飯だから。これからお屋敷に移動するわよ」

 

「あら、結局あそこ使うんですね」

 

「気は進まないけど野宿よりはマシでしょ」

 

「わたしは気にしません」

 

「あっそ。着いたらまたお掃除だから。あんたらにもやってもらうかんね」

 

「ぶー」

 

 

 わかりやすいブーイングで不満を伝えてくる望莱をジロリと睨む。

 

 

「うっさい。つーか、あんたそろそろ下りなさいよ。自分で歩け」

 

「それは無理な相談です」

 

「は? また『お嬢さまだから』とかイミわかんないこと言うわけ?」

 

「いいえ。よく見てください。わたしのこのお膝を」

 

「え……?」

 

 

 希咲は眉を顰めながら、白いワンピースの裾から出た望莱の両足に注視する。

 

 

「――ぅわっ⁉ な、なにこれ……?」

 

「ふふふ……」

 

 

 希咲がギョッとした顔をすると、みらいさんは得意げに笑う。

 

 

 天津の顔を挟む望莱の膝から下の足が不自然な方向にプラプラと動いていた。

 

 

「ぅげ……キモいんだけど……」

 

「執拗に逃亡しようとするのでな。逃げられぬよう両足の関節を外してやったのだ」

 

「これにはさすがのみらいちゃんもお手上げです」

 

「二人揃ってドヤ顔すんな! バッカじゃないの!」

 

 

 生理的嫌悪感を湧きたてるみらいさんの両足の動きに顔色を悪くしながら、常軌を逸したじゃれあいをする二人を叱りつける。

 

 

「こういうグロい遊びすんなって何回もゆったじゃん! どうすんのよこれ!」

 

「ご心配には及びません。いきますよ真刀錵ちゃん――っ!」

 

「む?」

 

「――とぅっ!」

 

 

 気合いの声とともにみらいさんは宙に跳び上がる。

 

 ちなみに自力で跳んだのではなく、掛け声に反応した天津が反射的に彼女を放り投げたのだ。

 

 

「――はぁぁぁ……っ!」

 

 

 空中でポーズをキメたみらいさんがさらに気合いを吐くと、彼女の両膝がペカーっと光り輝く。

 

 すると折れていた膝関節が見る間に完治した。

 

 

 希咲は重力に従い落下する彼女をジト目で見遣る。

 

 

 その視線の先でみらいさんはゴシャァっと鈍い音を立てて川原に肩から落ちた。

 

 

「ぎゃあぁぁぁぁーーっ⁉ 肩が……っ! 肩がぁぁぁ……っ⁉」

 

 

 そして左肩を押さえながらゴロゴロと転げまわる。

 

 

 身体能力がクソザコである彼女がまともに着地できるとは考えていなかったので、希咲も天津も特に驚きはしなかった。

 

 無様に地面をのたうつ彼女へただ呆れの目を向けた。

 

 

「ひ、ひぐっ……ぅぇぇ……っ、肩がぁ、わたしの肩が外れちゃいましたぁ……」

 

「…………」

 

「ふぇぇ、七海ちゃん慰めてください……」

 

「…………」

 

 

 真っ白な彼女の肌とワンピースが土埃で汚れて、骨折した肩が皮膚を不自然に隆起させ、どこか擦りむいたのか出血もしており、乱れた黒髪が涙で頬に張り付いている。

 

 なまじ見た目が美少女なだけに殊更に最悪な絵面に映った。

 

 

 折れた左腕を右腕で持ってこちらへプラプラと向けて助けを求めてくる様子から、これはまたふざけているなと判断し、希咲は無視することにした。

 

 

「承知」

 

 

 希咲が無言で目線を向け顎を振ると、天津は短く了承の意を唱えてコクリと頷く。

 

 そしてそのまま有無を言わせずにみらいさんを担いで屋敷の方へ運搬していった。

 

 

 この場にまた一人となった希咲は少し大きく溜息を吐くと、目線を動かす。

 

 そこにあるのは、彼女がまとめた荷物だ。

 

 

 木箱にクーラーボックス、段ボールと中々の量だ。

 

 

 希咲は目を閉じて左手をギュッと握る。

 

 すぐに手を開くとその手の中には指輪が一つあった。

 

 そのリングを右手の小指に嵌める。

 

 

 銀細工のリングに小さな宝石が一つ。

 

 その石が淡く輝いた。

 

 

 希咲は荷物の方を見ながら右手を上げて、それから軽く振り下ろす。

 

 

 すると、大量に積んであった荷物は一つ残らずにパッと消えた。

 

 

 希咲はすぐに二人の後を追って歩き出す。

 

 この現象には驚きも満足もなく、ただ当たり前のこととして流し目すら送らない。

 

 

 歩きながらもう一度軽く右手を振ると、小指に嵌めた指輪も忽然と消えた。

 

 

 そして彼女もこの場から離れて行く。

 

 

 朝からキャンプ地としていた川べりにはもう何も残っていない。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。