俺は普通の高校生なので、   作:雨ノ千雨

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1章63 母を探す迷い子 ①

 学園を出て国道を歩く。

 

 

 美景台学園の前を通る国道66号。

 

 弥堂 優輝(びとう ゆうき)は他の下校中の生徒たちに紛れ、その歩道を新美景駅方面へ向かって進んでいる。

 

 

 目的は学園から逃亡したクラスメイトの水無瀬 愛苗(みなせ まな)を捕獲することだ。

 

 

 学園から近いこんな場所ですぐに見つかることなどないだろうが、弥堂は一応視野を広く確保し、周囲の同じ学園の制服を着た者たちの中に水無瀬が居ないか確認しながら歩いている。

 

 そして、周囲を歩く無関係な一般生徒さんたちも、チラチラと弥堂の方を気にしている様子だった。

 

 

 これが紅月 聖人(あかつき まさと)であれば、学園でも人気の高いイケメン様だからみんなが見ている――ということになるのだが、残念ながらここに居るのは弥堂で、さらに彼はイケメン属性ではないのでそうはならない。

 

 

 弥堂 優輝の属性といえば、頭のおかしい危険人物だ。

 

 なので、そんな男が近くを歩いているから一般生徒たちが怯えて警戒をしているのかというと、今回に限ってはそういう訳でもないようだ。

 

 

 生徒たちの視線は弥堂と彼の足元あたりとを行ったり来たりしている。

 

 弥堂には同行者がいた。

 

 

「あっ、あぁ……、見られてるぅ……、ジブン、こんなに大勢の人に見られちゃってるぅ……ッス……」

 

 

 弥堂は足元をフラフラ歩く四足歩行の生物を蔑む眼で見下ろした。

 

 同行しているのは魔法少女ステラ・フィオーレのパートナーであるネコ妖精を自称する如何わしい動物だ。

 

 

 周囲の生徒たちはまず弥堂に気がついて、目を合わせたらどんなイチャモンを付けられるか知れないと慌てて顔を背ける。

 

 そしてすぐに「ん⁉」と二度見をするという行動をとっていた。

 

 

 血も涙もないのは周知の事実で、おまけに一切の感情もないのではと専らの噂である『風紀の狂犬』と他称される如何わしい男が、彼に全く似合わないラブリーな生物を連れ歩いている姿がひどくシュールに映ったのだ。

 

 生理的な嫌悪感を伴うほどの歪な違和感を、生徒たちはどういう情報として処理すればいいのか困惑していた。

 

 

 そして不快感を覚えていたのは弥堂も同じだ。

 

 

「おい、余計な口をきくな。真っ直ぐに歩け」

 

 

 ベロを出して息を荒げる妖精さんに注意を与えた。

 

 

「へへっ、ジブンネコさんっスから。ちょっとは大目にみてくれッス」

「意味がわかんねえよ。人に注目されると興奮する猫など見たことがない」

 

「我々ネコさんは敏感なんッス。ニンゲンと比べて感度3000倍なんッスよ」

「そんな生物は風が吹いただけで死ぬだろ」

 

「そう、我々ネコさんは儚いんッス。そして我々をこんな生き物にしたのはオマエらニンゲンッス。ちゃんと地球が滅ぶ日まで我々の面倒を見ろよッス」

「知ったことか。いいから目立つ真似は慎め」

 

「少年はナイーブッスね。そんなに心配しなくてもジブン魔法で誤魔化してるッスからお喋りくらい許してくれよッス。そんなに周りを気にしてちょっと感度良すぎじゃないッスか? 3000倍なんッスか?」

「殺すぞ」

 

 

 セクハラ紛いの下品なことばかりを口にする野生動物の言葉を切り捨てる。

 

 しかし、確かにメロの言うとおり、こうして彼女と会話をしていても周囲の人間たちには違和感を持たれてはいないようだ。

 

 

(だが、待てよ)

 

 

 そこでちょっとした疑問を持つ。

 

 

 弥堂が猫と会話をしていることに違和感を持たれないのは、どういう仕組みなのだろうか。

 

 自分と彼女の会話が誰にも聴こえなくなっているのか、それとも聴こえてはいるがその認知にジャミングをかけているのか。

 

 例えば、メロと会話をしながらそのへんの人間に話しかけたら自分の声掛けは認識されるのだろうか。

 

 弥堂はそんな疑問を感じた。

 

 

「おい、貴様。おぱんつはちゃんと穿いているのか?」

 

「は? え……? パ、パン……?」

 

「ん? なんだ、聴こえるのか」

 

「え? え?」

 

「もういい。用済みだ。とっとと帰れ」

 

「な、なんなんですか……?」

 

「うるさい黙れ。大人しく下校をしろ。指示に従わないと貴様のおぱんつを押収するぞ」

 

「ひっ――⁉ い、いやあぁぁぁっ……!」

 

 

 早速試しに手近に居た女子生徒に話しかけてみたら、予想外に普通に話が通じてしまった。

 

 声が届いてしまった場合にどうするかを考えていなかったために、苦し紛れの反射行動でセクハラとパワハラのコンボを繰り出し強引に追い払う。

 

 下校中に痴漢に遭遇した憐れな女子生徒は、スカートを押さえ悲鳴を上げながら逃げていった。

 

 俄かに周囲がざわつく。

 

 

「オ、オイ……ッ! 何してんッスか少年⁉ オマエ頭おかしいんじゃないッスか⁉」

 

「別に。ただの実験だ」

 

「唐突に性犯罪に走るのやめてくれねぇッスか⁉ 日常会話の最中に、いきなりそのへんの女で性的欲求を満たそうとすんじゃねぇッスよ!」

 

「そのような事実はない」

 

「あんまジブンに恥かかせないでほしいッス! 少しは常識を持ってくれよッス……」

 

「…………」

 

 

 ネコごときに常識を説かれ弥堂は酷く屈辱を感じたが、面倒なので相手にするのをやめた。

 

 それでもお喋りなネコさんは勝手に喋り続ける。

 

 

「いいッスか? いきなりカラダを要求すんのはダメッスよ。女子は繊細なんッス」

「…………」

 

「確かに我々女子にもヤリモクな時はあるッス。結構あるッス。お互いに最初からそういうつもりな出逢いの場もあるッス。でもそれでもちゃんと手順を踏んで欲しいんッス。その手間暇をかけてくれるからこそ『あ、このヒトちょっといいカモ……』とか『じゃあ……いいよ?』って感じになるもんッス。ただヤリに行っただけという足跡を残すわけにはいかんのだッス」

「あぁ」

 

「オマエら男子には、我々女子にしっかりと理由と言い訳を用意してくれと言ってるんッス。そういうのをちゃんとやってくれるから我々は『このヒト、ワタシをダイジにしてくれてる』ってなって『じゃあ少しだけならお部屋いっちゃおっかな』ってなるんッスよ? もちろんそれでワンナイトで終わることもあるッス。その時には我々はもちろん『騙された』とか『ヤリ逃げされた』とか言うッス。それは許せッス」

「キミの言う通りだ」

 

「確かにその被害者仕草は次の男を誘き寄せるための撒き餌でもあるッス。しかしそれ以上に同じ女子からの目も重要なんッス。あちこちで男食い荒らしてるヤリモク女と思われるわけにはいかないんッスよ。なんでかわかるッスか?」

「そうだな」

 

「節操のないヤリマンだと女子に認定されると敵視されるんッス。自分の狩り場を荒らされるんじゃないかって警戒されちまうんッスよ。どいつもこいつも似たようなことしてる癖に、我々女子はボロを出した同属に殊更厳しいんッス。もちろんジブンも死ぬほど叩くッス」

「キミは素晴らしいな」

 

「それがなんでかって言うと、下手こいたヤリマンを叩くことによって『自分はこの女とは違う、清廉潔白で清楚可憐な女である』とオマエらにアピールしてるんッスよ。つまり、オマエら男どもに少しでもカワイイって思ってもらいたいという健気でいじらしい努力なんッス。オマエら男はそんな我々女子の努力をリスペクトするべきッス。そして我々が行っている努力に見合うだけの努力をしている姿勢をオマエらも見せて欲しいッス」

「……あぁ」

 

「いいッスか? まずはランチから。もしくはカフェでお茶。これは鉄則ッス。いずれにせよ最初は日中にしてくれッス。いきなり晩ごはんに誘うのはやめてくれッス。何故かというと、それだとご飯の後は飲みかホテルしか行くとこがないからッス。初回にそれはカンベンしてくれッス。当たり前だな?」

「……キミの言う通りだ」

 

「まずはランチ、それからお買い物ッス。なんか買ってくれッス。それでキゲンがよくなったらその後カフェでお喋りしてやるッス。カフェスタートだった場合もその後は買い物な? なんか買ってくれッス。常識な?」

「……そうだな」

 

「そんで及第点出してくれたら、早ければ次のデートから“えっちOK”してやるッス。ただ、きちんとホテルとれよッス。そのへんの汚ねェラブホなんかに連れ込むんじゃねぇッスよ? お高いホテルのバーで美味くて映える酒呑ましてくれッス。それから『実は部屋をとってて、そこで呑み直さない?』ッス。そしたら『え? じゃ、じゃあ、お金ムダにさせちゃうのも悪いし、あと一杯だけなら……』って着いてってやるッス。ただし、我々がまだ『オッケー』してない段階でこのホテルコンボ出しやがったら、酒だけ飲んで帰った後に『クソキメェ』『性的搾取』ってSNSで晒すからな? それは許せッス」

「……キミは素晴らしいな」

 

「ちなみにこの『オッケーサイン』は口に出して『オッケー』って言うわけじゃないからな? 我々の雰囲気で察してくれッス。勘違いして欲しくないのは一回『オッケー』したらその後も、いつどんな時でも『オッケー』ではないということッス。ちゃんとその場その場での空気を読めッスよ」

「…………」

 

 

 四足歩行の分際でイッパシの女子気取りをするクソネコが鼻について仕方がなかったが、弥堂はどうにか『女の話に自動で相槌を打つスキル』で乗り切った。

 

 

 そうして歩いていると、前方の様子がおかしいことに気が付く。

 

 

 弥堂たちが歩く歩道とは反対車線側。

 

 そちらに停車中のパトカーが何台か見え、その近くに交通誘導を行っている警官の姿があった。

 

 

「ん? なんかあったんッスかね?」

 

「…………」

 

 

 そういえば帰りのHRで担任教師が『国道で交通事故があった』と言っていたなと思い出す。

 

 そんなに大袈裟なものではないと勝手に思い込んでいたが、近づくに連れて露わになっていく物々しさに、なかなかに規模の大きい事故だったのだなと感じさせられた。

 

 

 ちょうど現場の対面まで来て、弥堂は足を止めた。

 

 眼を細めてその様子を視る。

 

 

 かなりの台数のパトカーが停まっていて、レッカー車も来ている。

 

 現場を仕切りとなるロープで囲っていて見張りの警官まで立たせている。

 

 

 その向こうにはかなりの数の事故車が見えた。

 

 どうも玉突き事故を起こしたようで、引っ繰り返った中型トラックまである。どのような事故が起こればこうなるのかと疑問を感じた。

 

 

 だが、自分には関係ないかと眼を逸らすと、車道と歩道の境ギリギリに立つネコ妖精の姿があった。

 

 そういえば静かになったなと様子を視ていると、メロは歩道側の車線を走ってくる自動車を睨みながら、今にも駆け出したそうにジリジリとお尻を捩り、フミフミと地均しをする。

 

 そして車が通り過ぎると間一髪とばかりに「フゥーッ」と息を吐いた。

 

 

「お前ら猫ってどう見ても車が来てるのに急に道路を渡ったりするよな。あれはなんなんだ? 馬鹿なのか?」

 

「え? あぁー……、浅いッスね……」

 

 

 呆れた目でネコさんに問いかけてみると、何故か彼女はドヤ顔をした。

 

 

「いいッスか? 我々ネコさんはスリルを求める動物なんッス。元は狩りをする生き物ッスからね。一瞬の最中での閃きに生の実感を得るんッス。安寧のお家に引きこもりながらも、常に危険とともに生きていたいと考えているんッス。我々ハードボイルドなんッスよ」

 

「そうか」

 

 

 何かを言っているようで何も言っていないクソのようなコメントを弥堂は無視した。

 

 

 そしてまた歩き出そうとするが――

 

 

「あ――っ⁉ 少年アレ……!」

 

「うん?」

 

 

 急に真剣な声音で叫んだメロの声に呼び止められる。

 

 

 メロが前足で示す方向を見ると、そこは事故現場の中の一角。荷物類が集められている場所のようだ。

 

 

「あれがどうした?」

 

「アレ! あそこの荷物置き場みてぇなとこにマナのバッグがあるッス!」

 

「なんだと?」

 

 

 目を細めて注視してみると確かに弥堂たちの通う美景台学園の指定鞄が視えた。

 

 

「しかも……、クツ! あの靴もマナの物っス!」

 

「…………」

 

 

 メロの指摘通り、バッグの近くには学園で指定された女子用の室内シューズも置かれていた。ただし片足分だけ。

 

 

「……あれは間違いなく水無瀬の物だとわかるのか?」

「間違いねぇッス! マナのニオイがするッス!」

 

「何故あいつの持ち物が……」

「ま、まさか……、マナが事故に……⁉」

 

 

 最悪の想像をしてメロが顔色を悪くするが、弥堂はまったくそうとは思わなかった。

 

 

「自動車がぶつかった程度であいつがどうにかなるか?」

「そ、そりゃ魔法少女に変身中ならそうッスけど、でも変身する前に轢かれたりすれば……」

 

「……変身していない時には魔法少女の時のような防御力は働いていないのか?」

「そうッス!」

 

「…………」

 

 

 弥堂は再び事故現場を視る。

 

 

 基本的に車道の中で玉突きになったようだが、その奥には歩道のガードレールが破壊されている箇所が見えた。

 

 仮にさっきの引っ繰り返っていたトラックがもしも歩道を歩いている水無瀬に後ろから突っこんできたら――

 

 

(なるほど。そうすれば彼女でも死ぬ可能性はある。そうすれば――)

 

 

――魔法少女でも殺せる。

 

 

 そのように考えを修正した。

 

 

「しょ、少年っ……、どうしよう……⁉」

 

「ふむ」

 

 

 どちらにせよ、もう少し近づいてみるか、警官から話を聞いてみない限りは被害者の有無は確認できない。

 

 この現場を素通りしてあちこち水無瀬を探し回った後で、実はここで交通事故でとっくに死んでいましたとなっては間抜けにもほどがある。

 

 

 ならば事故の詳細を把握する必要があると、弥堂はそのように判断をした。

 

 

「よし、任せろ」

 

「え?」

 

 

 強く請け負って弥堂はネコ妖精の首をムンズと掴みあげる。

 

 

「へ? なんッスか? 抱っこなら後でさせてあげるから――」

 

 

 何かを言っているケダモノを無視して、弥堂はこちら側の車線を走ってくる自動車の位置を確認する。

 

 

 そして――

 

 

「へ――?」

 

 

 煩い黒ネコを車道へ放り投げた。

 

 

「うぎゃぎゃぎゃーーーッス⁉」

 

 

 びっくり仰天するネコさんは走ってくる自動車の進路に着地した。

 

 そして喧しいスキール音が鳴り、車が急停止する。

 

 

「ひっ、ひぃぃぃ……」

 

 

 辛うじて衝突は免れたものの、死の危険を感じたネコさんはプシっと粗相をした。

 

 

 車道に急に飛び出してきた猫のせいで、事故現場の反対車線側も一時的に交通の流れが止まってしまう。

 

 事故現場側の交通誘導をしていた警官が血相を変えて急停止した車の方へ走って行く。

 

 急に飛び出してきたネコさんを轢きそうになってしまった哀れな運転手さんは職質を受ける羽目になった。

 

 

「しょ、少年テメェ! いきなりなにするんッスか⁉」

 

「ご苦労」

 

 

 当然の怒りを向けてくるネコに適当な労いを返し、弥堂は当たり前のように車道を渡って事故現場の方へ近づいて行く。

 

 

「ご苦労」

 

 

 立ち入り禁止のロープの前に立つ警官が近づいてくる不審な男に気付いて声をかけようとしたが、弥堂は先に適当な挨拶をしてロープを潜る。

 

 余りに自然に挨拶され、当たり前のように入ってきたので警官は思わずその行動を見送ってしまった。

 

 

「ちょっとちょっと! キミっ! 勝手に入っちゃ駄目だよ!」

 

 

 するとロープの中に居た別の警官が慌てて寄ってくる。

 

 弥堂は警官二人に挟み込まれた。

 

 そしてまた何かを言われる前に先に口を開く。

 

 

「待たせたな。遅れて悪かった」

 

「え? 待たせた……?」

「遅れて……?」

 

 

 まるで身内か関係者かのような口ぶりにお巡りさんたちは困惑する。

 

 

「早速で悪いが責任者は何処に? これ以上遅れるとまた怒られちまう」

 

「は? え?」

「え、えっと……、あちらに……」

 

 

 警官が指差す方、転倒したトラックの近くで指示を出している警官を視る。

 

 

「そうか。感謝する」

 

「あ、ま、待ちなさい……っ!」

 

 

 すぐにそちらへ向こうとしたが当然のことながら呼び止められる。

 

 

「なんだ?」

 

「あ、あの、キミは一体……?」

 

 

 ようやくここで素性を確かめられるが、ここまでの関係者然とした弥堂の態度から警官たちも若干及び腰だ。

 

 

「俺か? 貴官たちは俺のことを知らんのか?」

 

「は、し、失礼ながら……」

 

「ならばこの機会に憶えておけ。これからまた何度も会う機会があるだろう」

 

「…………っ」

 

 

 何やら大物ぶった仕草にお巡りさんたちはゴクリと喉を鳴らす。

 

 

「――俺は高校生探偵だ」

 

「は?」

「え?」

 

 

 そしてその予想だにしない答えにあんぐりと口を開けた。

 

 

「では」

 

 

 その間に弥堂はズカズカと責任者の居る方へと進んでいく。

 

 背後では残された警官たちがコソコソと話す声が聴こえた。

 

 

「お、おいっ、高校生探偵ってなんだ……⁉」

「そ、そりゃ、高校生が探偵やってるんじゃ……?」

 

「そ、それって漫画とかドラマでよくあるアレのことか?」

「そうじゃねぇの? というか、リアルでも居るんだな……、高校生探偵」

 

「で、でもよ、交通事故で何で探偵が出てくるんだ?」

「い、いや、わかんねぇけど……」

 

「も、もしかして、これ事故じゃなくて密室殺人なのか……⁉」

「屋外なのに⁉」

 

「や、やべぇな……、まさかリアル密室殺人の現場を経験出来るとは思わなかったぜ……」

「俺たち交通課なのにな……」

 

 

 若い警官たちが無能感を漂わせる会話を繰り広げている傍ら――

 

 

「あばばばばば……っ」

 

 

 血相を変えたのは黒いネコさんだ。

 

 現場へ堂々と立ち入って行く弥堂の背中を見ながら泡を吹きそうになり、そして彼がどんどんと離れて行くことにハッと気が付くと、慌てて後を追った。

 

 

「オイ! オイ! この野郎っ!」

「なんだ」

 

 弥堂の背中を駆け上がり肩に乗ると、肉球でペチペチと顔を叩いた。弥堂は迷惑そうな顔をしながら極めて冷静に返事をする。

 

 

「オマエ……! ヤベェんじゃねぇんッスか⁉ これはさすがにヤベェんじゃねぇんッスか⁉」

「別に。大したことじゃない」

 

「ホ、ホントッスか……? ジブン、イヤッスよ? 巻き添えで保健所送りは……!」

「いいから大人しくしていろ」

 

 

 弥堂は答えるとスッと進路を変える。

 

 先程教えてもらった責任者の方へは向かわずに、現場から回収された荷物置き場へと踏み入った。

 

 

「ま、まさか荷物パクるつもりッスか⁉」

「人聞きの悪いことを言うな。回収して本人に届けてやるだけだ」

 

「その本人は⁉」

「一人歩きしている警官が近づいてきたら物陰に引き摺りこんで吐かせる。事故の被害者に水無瀬が居なかったかどうかを」

 

「なんでそんなことするんッスか⁉ フツーに聞けばよくね⁉」

「まともに聞いても答えてもらえない可能性が高いし、荷物も渡してはもらえない。だったらより自分の欲しい物が手に入る方法を選択するまでだ。当たり前のことだろう?」

 

「ブタ箱一直線なんだが⁉ 当たり前のことだろッス!」

「うるさい黙れ。俺の邪魔をするなこの役立たず――」

 

「――おい! ここで何をしている⁉」

 

 

 メロと口論をしながら水無瀬のものと思われるバッグを回収しようとしていると、背後から鋭い声がかかる。

 

 ネコ妖精の顔は絶望に染まった。

 

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