俺は普通の高校生なので、   作:雨ノ千雨

452 / 468
1章68 破滅の入口 ①

 美景新港。

 

 

 開発途中の埠頭付近にて水無瀬 愛苗(みなせ まな)は“闇の秘密結社”と対峙する。

 

 

 いつも連れ添ってくれたパートナーであるネコ妖精のメロも、最近一緒に戦ってくれていたクラスメイトの弥堂 優輝(びとう ゆうき)も今日は居ない。

 

 初めて、一人で敵の前に立つ。

 

 

 ここらは新たな船着き場の開発途中の現場で、工事の建材や道具などがそこらにある。

 

 すぐ近くには美景川の方から繋がる水路もあった。

 

 

 対面には黒いタキシードスーツを着た銀髪のアス。

 

 筋骨隆々の巨体に鬣のような髪を生やしたクルード。

 

 彼ら二人の立つ背後には大きな檻のような籠があり、黒い布がかけられ中は見えない。

 

 

(あの中にメロちゃんが……っ!)

 

 

 メロを誘拐したから一人で来るようにとアスから要求され、水無瀬はここまでやってきた。

 

 のんびりした性格の彼女も漠然と感じている。

 

 ここが彼らとの最終決戦の場だと――

 

 

 

「約束どおり一人で来たようですね」

 

 

 薄い笑みを浮かべたアスが口を開く。

 

 

「またあの男を連れてくるかと思いましたよ」

 

「……弥堂くんは危ないから、逃げてもらいました」

 

「懸命です。何にせよ、ポイント高いですよ。我々は約束を重んじます。それを守る者を好みます」

 

「…………」

 

 

 軽い世間話のように話しかけてくる彼に水無瀬は戸惑う。

 

 気持ちの揺れが視線に表れ、アスの横に立つ大男に目がいく。

 

 

 アンビー=クルード。

 

 

 昨日新たに現れた敵。

 

 アスが敬称で呼ぶ存在で、そして――

 

 

――水無瀬が手も足も出ずに負けた相手だ。

 

 

 昨日彼から受けた暴力が頭に浮かぶ。

 

 怖気づいてしまいそうな気持ちをどうにか抑え込んだ。

 

 

 クルードはこちらを見てはおらず、やる気がなさそうに、関心がなさそうに、外方を見ている。

 

 昨日は哄笑を上げながら暴れまわっていたので、彼には粗野なイメージがあった。

 

 なので、現在の無気力そうな出で立ちには戸惑いも覚えつつ、一方で彼への恐怖心を抑え込む一助にもなっていた。

 

 

「――約束をお忘れなく」

 

「……契約は契約だ。流儀は守る」

 

 

 水無瀬の方を向いたままで、ポツリとアスが諫めるようなことを呟くと、クルードが不快そうに答えた。

 

 その様子も気になったが、他にも水無瀬には気掛かりなことがある。

 

 

 この場にはもう一人の人物がいた。

 

 

 アスとクルードと、少し離れた場所に一人の少女の姿がある。

 

 

 小学校高学年か中学生になったばかりの年頃か。

 

 子供にしては露出の高い服装をしているので少し大人びても見える。

 

 顔を俯けていて、顔つきは確認できない。

 

 

 気になるのは――

 

 

(――髪の毛……)

 

 

 銀色の髪。

 

 アスに似ている気がするが、キラキラと綺麗なアスの銀髪に比べて少しくすんだ色のように見えてしまう。

 

 何にせよ、水無瀬には見覚えのない少女だ。

 

 

「あの……」

 

「なんでしょうか?」

 

「その子は……? アスさんの妹さんですか?」

 

「はい?」

 

 

 何を言われているかわからない。

 

 聡明なアスにしては珍しく少し素っ頓狂な声をあげた。

 

 

 すると、横に居るクルードが「ククク」と僅かに肩を震わせて笑う。

 

 そのことで、アスは言われたことの意味を察したようだ。

 

 表情に嫌悪を表す。

 

 

「これは随分と心外なことを言われました」

 

「え?」

 

「コレと私が同類ですって? 酷い侮辱です」

 

「あ、あの、私、そういうつもりじゃ……」

 

「まぁいいでしょう。コレは人質です」

 

「人質……⁉」

 

「迷子か何かわかりませんが、近くを一人で歩いていて邪魔でしたので。捕まえてついでに人質にしてみました」

 

「そんな……⁉ 帰してあげてくださいっ! きっとお母さんが探してます!」

 

「さぁ。それはアナタの態度次第ですね」

 

「くだらねえ」

 

 

 アスが含み笑いを漏らすと、クルードがつまらなそうに唾を吐き捨てた。

 

 

 水無瀬としては予定外に守らなければならない対象が増えてしまい、焦りを募る。

 

 早くあの少女を助けてやらねばならないが、しかしまだ気掛かりなことはあった。

 

 

「あ、あの……っ、メロちゃんは……⁉」

 

 

 元々人質にとられていたのはメロだ。

 

 その彼女の姿がどこにもない。

 

 

「ん? あぁ……、そうですね」

 

「その中にいるんですか⁉ メロちゃんに会わせてください!」

 

 

 焦燥感からつい声を張り上げてしまうと、驚かせてしまったのか銀髪の少女の肩が跳ねる。

 

 悪いことをしてしまったと、奇しくもそのことで水無瀬は冷静さを保つことが出来た。

 

 

 アスはどうでもよさそうに黒い布のかかった檻を横目で見遣り、水無瀬の質問に答える。

 

 

「まぁ、必要な時がくればわかりますよ」

 

「お願いします! メロちゃんも、その子も、返してください……っ!」

 

 

 切実な水無瀬の叫びに、アスは軽く肩を竦めた。

 

 

「私、一人で来ました。約束が違います!」

 

「おっと、痛いところを責めてきましたね」

 

「私は逃げませんから、二人を返してください!」

 

「そうですね。もう少しこちらの催しに付き合って頂けたら考えて差し上げますよ」

 

「催し……?」

 

 

 怪訝な顔の水無瀬にアスは薄い笑みを浮かべる。

 

 

「さて、それではそろそろ始めようと思うのですが、他には何か聞いておきたいことはありませんか?」

 

「え……?」

 

「始めてしまったらそんな余裕はなくなります。これが最後の機会かもしれません。何か聞いておきたいことがあれば、答えられることなら答えますよ?」

 

「…………」

 

 

 その不敵な申し出に水無瀬は少し考える。

 

 そして疑問を口にした。

 

 

「あの……、私一つだけ聞きたいことがあるんです……」

 

「はい。なんでしょう?」

 

「私の周りで起こってること……、これは何なんですか?」

 

「起こっていること、とは?」

 

 

 泰然とした調子で、まるで全てわかっているようにアスは問い返す。

 

 それを彼女の口から言わせるためかのように。

 

 

「……みんな、私を忘れちゃったんです……っ。私のことわからなくなって……、今までの思い出も全部……っ」

 

「…………」

 

「お友達も、みんな居なくなっちゃって……、お父さんも、お母さんまで……っ!」

 

「なるほど」

 

「これは、アスさんたちが何かしたんですか……?」

 

「そうですね……」

 

 

 その問いに、アスは少し言葉を選んでから回答する。

 

 

「私が、私たちが直接“そう”させているわけではありません。“そう”とは、人々がアナタを正しく認知出来なくなる現象のことです。ただ――」

 

「……ただ?」

 

「全く何も関与していないわけでもない」

 

「――っ⁉」

 

「それが正しい答えです」

 

 

 その言葉に水無瀬は驚く。

 

 だが、予想出来なかった答えというわけでもない。

 

 

 キッと、彼女にしては敵意に近いものをこめた瞳をアスへ向けた。

 

 

「なんで……、何が目的なんですか……⁉」

 

「おや? 質問が二つ目ですね」

 

「それは……、ごめんなさい……っ。でも、私、わからないんです! どうして私にこんなことをするんですか……⁉ どうして街のみんなに迷惑をかけるんですか⁉」

 

「ククク……」

 

 

 非難の感情を向ける水無瀬にアスはどこか嬉しそうに笑った。

 

 

「その質問にはもう答えたことがあったんですがね。あっちの男の方に答えたんでしたっけ……」

 

「アスさん……!」

 

「いいでしょう。改めて答えます」

 

 

 アスは冷たい眼差しで水無瀬を射抜く。

 

 

「全ては我々の悲願の成就のため――」

 

「ひがん……?」

 

「――そう表現すると少し大袈裟なのですがね。ですが、重要なプロジェクトの一つであることには違いありません」

 

「プロジェクトって、なんですか……?」

 

「前に言った通り。『世界』の環境を守ること。そして少子化対策。この二つを同時に叶えられる効率のいいプロジェクトなんですよ。この『魔法少女計画』は」

 

「魔法少女計画……って、待ってください! どうしてアスさんたちが魔法少女――」

 

「――おっと、少々口が滑りましたね」

 

「よく言うぜクソモヤシが」

 

 

 水無瀬の言葉を遮るようにアスが腕を振る。

 

 クルードが何かを呟いたように聴こえたが、アスの手の中に現れた物に気を取られ、水無瀬にはよく聞き取れなかった。

 

 

 アスが手にするのは杖。

 

 木の根か枝や蔦のようなものが複雑に絡まって出来た長い杖だ。片方の先端には頭蓋骨ほどの球体が付いている。

 

 アスはそれを地面に突き刺した。

 

 

 コンクリートを貫いて杖が突き立つ。

 

 

 その瞬間、ドクンと――

 

 何かが大きく脈打ったのを水無瀬は感じた。

 

 

「な、なんですか……? それ……」

 

「『世界樹の杖(セフィロツハイプ)』私の父の作品の一つです」

 

「作品……?」

 

 

 アスはそれには答えず、杖の球体に手を伸ばす。

 

 薄い果物の皮を剥くように、球体の表面の膜のようなものを指で摘まんで剥がした。

 

 すると中からは人面が現れる。

 

 

「ひ――っ」

 

 

 思わず水無瀬の口から上擦った声が漏れる。

 

 

 まるで人の顔の額から顎までのようなモノ。

 

 顔つきや表情は無く、大理石のような白い表面に鼻と口があり、瞼は二つとも黒い革紐のようなもので縫い付けられている。

 

 

 開いたままの口は動かぬまま、喉の奥から譫言のような声が漏れ続けている。

 

 水無瀬には理解出来ない言語。だが、それが怨嗟と憎悪であることは感じられてしまった。

 

 

 思わずそれを凝視してしまった間に、アスの手にはどこからともなく取り出した大きなフラスコが。中で白い液体が揺れる。

 

 アスはコルク栓を抜くとそのフラスコを逆さまにして、球体の開いた口にそれを突っ込んだ。

 

 ゴボゴボと溺れるような声を立てつつも、フラスコ内の白い液体を球体の顔が飲み干していく。

 

 やがて空っぽになったフラスコが傾いて地面に落ちる。

 

 

 パリンっとガラスが割れる乾いた音の直後、球体の口から苦しみの絶叫が上がった。

 

 革紐に縫い付けられた瞼の隙間から血涙が流れ落ちる。

 

 

「な、なに……?」

 

 

 余りの光景に水無瀬は動くことが出来ない。

 

 ただ悍ましいその工程を見守るしかなかった。

 

 

 そんな彼女の視線の先。

 

 球体の瞼から溢れた血の涙は頬を伝い顎を伝い、その下の根と枝と蔦を伝い、杖が突き立った地面の亀裂へと流れていく。

 

 

 そしてもう一度、ドクンと――強く大地が脈動し、地面に赤く輝く血管のような回路がいくつも浮かび上がった。

 

 地震でも起きたように『世界』が揺れる。

 

 

「わわわ……っ⁉」

 

 

 バランスを崩した水無瀬はその場でしゃがみこみ、周囲の状況を呆然と見まわした。

 

 

「――大地には脈があります」

 

「え?」

 

「アナタたちニンゲンの学問に合わせて差し上げるとそれは“龍脈”と呼ばれています」

 

「りゅうみゃく……?」

 

 

 唐突に講釈でもするようにアスが語り始める。

 

 

「ニンゲンで謂えば血管のようなモノですね。大地の星の生命エネルギーがそこには流れ、そして循環しています」

 

「…………」

 

「この美景市の龍脈はとりわけ出来がいい。人為的にデザインしたらしいですがニンゲンが造ったとは思えないほどに素晴らしい。私の父の設計思想に近いものを感じて、私は感銘を受け素直に称賛致します」

 

「あ、あの、一体なにを……」

 

「この『世界樹の杖(セフィロツハイプ)』は龍脈を意図的に暴走させ、少しだけ意図的に操作することが出来ます」

 

「暴走……っ? なんでそんなことを……⁉」

 

 

 その問いにアスは深い笑みを顔に表した。

 

 

「暴走はあくまで副次的な結果。あくまで用途は操作すること。何のためにそれを? その答えは大量の魔力を吸い上げるためですよ」

 

「魔力を……?」

 

「幾千、幾万の魂の残滓が再び現世にカタチを得るほどの魔力を……!」

 

 

 バッと、アスが両腕を広げる。

 

 それと同時に赤く輝く大地の龍脈が一層激しく発光する。

 

 

 光の瞬きが収まると地震も止んでいた。

 

 地鳴りも鳴りを潜めている。

 

 

 しかし、代わりに聴こえてくるものがあった。

 

 

 呻き。

 

 

 そして嘆き。

 

 

 意味を為さないその声は一つではなく。

 

 数えきれないほど判別出来ないほど重なり不協和する。

 

 その声は新たな地鳴りのように周囲の音を埋め尽くし、段々と大きくなってくる。

 

 

 少しして、その声の発生源が掴める。

 

 

 水路からだ。

 

 美景川と海とを繋いでいる水路。

 

 

「――かつてこの土地では大きな災害があったそうですね」

 

「え?」

 

「18年ほど前でしたか。地震が起き地盤が沈下し、津波が押し寄せ海側の家や人を飲み込んでその地震で出来た穴へ流し込んだ」

 

「それって美景の大災害……」

 

「えぇ。不幸にも多くの人や動物の生命が失われてしまったそうですね。万を超えるニンゲンが死んだ。ですが原因は災害。残された者たちは誰を恨むこともできない。やり場のない生者の怒りと悲しみ、生き場のない亡者の嘆きと苦しみ。そんな怨念がこの地には渦巻いている。笑って生きる者たちが踏む大地の下で常に蠢いていた」

 

「…………」

 

「――ですが。一般的には知られていませんが、その災害にははっきりとした原因があるのです」

 

「えっ?」

 

「もうわかるでしょう? 龍脈の暴走です」

 

「まさか――」

 

「龍脈の暴走によりかつての大災害は起きたっ! そして今――」

 

 

 指揮棒を振るうような仕草でアスは怨嗟の轟く水路を指す。

 

 水無瀬がそちらを見ると、水路から這い出てくるモノがあった。

 

 

 縁に手がかかる。

 

 指が五本。

 

 

 ニンゲンの手。

 

 

 いくつもいくつもニンゲンの手が這い出てくる。

 

 その内のいくつかは指が崩れて、或いは手首から捥げて、再び奈落へと落ちていく。

 

 しかし、それよりも遥かに多くが大地の上へと這い上がってきた。

 

 

「ひ、ひと……っ⁉」

 

 

 その姿はニンゲン。

 

 

 腐り崩れ膨らみ破けた――損傷が多く月日を経た水死体。

 

 

「アナタが名前付きと戦った美景川。あの川がどうして造られたかご存じですか?」

 

「かわ……?」

 

「津波に流されたモノたちはあのあたりに流れ着いたんですよ。地盤が沈下した窪地で湖となった。つまり、巨大な死体プールです」

 

「そんな……」

 

「陸のど真ん中に溜まった水は排水しなければなりませんよね? 方法はいくつかありますが、アナタは何か思いつきますか?」

 

「ま、まさか……」

 

「正解です。回収不能の死体と一緒に、陸に溜まった海水を海に還す。あの川は、そしてここの水路はその為のものなのです……!」

 

「じゃ、じゃあ……、この人たちは……」

 

 

 水無瀬は次々と水路から這い出てくるまるでゾンビのようなバケモノたち――龍脈の魔力によって強制的に造られたゴミクズーたちを見た。

 

 

「そう! 大災害によって死んだ数千の水死体! 理不尽な不幸によって突然生命を奪われ、現世に心を残したまま死んだモノたちです!」

 

「そ、そんなのひどい……」

 

「そうです! 酷い事故でしたからね、死んだモノたちの未練はなかなかのものです! その未練は怨念となり、魂の残滓にこびりついて、20年近くもの間川の底で燻ぶり続けていたのです!」

 

「それを……」

 

「その通りっ! 龍脈の暴走によって死んだ哀れなゴミクズどもを! 同じく龍脈の暴走によって現世に蘇らせてやったのですよ! アハッ……! アハハハハハハハハ……!」

 

「なんてことを……」

 

 

 アスは片手で顔を覆い、天を仰ぎながら狂ったように嗤う。

 

 再び水無瀬が水路へ目を向けると、そこには千とまではいかないが少なくとも百以上の亡者が這い出てきていて軍勢となっていた。

 

 

 見た目はまんま映画などにあるゾンビだ。

 

 

 人のカタチをして二本の足で立ち、呻き声をあげながら何処を見るともなく佇んでいる。

 

 その身体は所々腐り、欠損し、中には別の生物の部位が混じる個体も散見している。

 

 カエルやザリガニ、魚など。

 

 水棲の生物だけでなく溺れて死んだと思われる陸上の動物や鳥まで混ざったモノも居た。

 

 

 グロテスクなその姿を恐れていると、ふと、チリンッと透き通った音が鳴る。

 

 いつのまにかアスの手にはガラス製のディナーベルが。

 

 精巧で美しいそのベルを鳴らした音だ。

 

 

 その音色に反応して、何をするでもなく立ち尽くしていたゾンビたちの一部が動き出す。

 

 ノソリと身体の向きを同じ方へ向け、ズルリと足裏を引き摺るようにして移動を開始する。

 

 その先は――

 

 

「まさか――」

 

「街です」

 

 

 ゾンビの一群は街の方へ向かい始めた。

 

 

「昨日、あれらの特性を説明しましたね? 覚えていますか?」

 

「特性……? も、もしかして……⁉」

 

「えぇ。あれらは生きる者への嫉妬があります。そしてそれを奪って自らがより強固な存在となりたい。そんな欲望があります。ということは?」

 

「た、たいへん……!」

 

「アレらは生きているニンゲンを喰らいます。自らの欠落を埋める為に」

 

「と、止めなきゃ――」

 

「――おっと、待ちなさい」

 

 

 慌ててゾンビたちを追おうとする水無瀬をアスは呼び止める。

 

 

「じゃ、邪魔をしないでください! 早く止めないと……」

 

「本当にいいんですか?」

 

「えっ……?」

 

 

 意味深なことを言うアスを水無瀬は怪訝な目で見る。

 

 

「これはまだ動いていますよ」

 

「これって……」

 

 

 アスが示したのは地面に刺さったままの『世界樹の杖(セフィロツハイプ)』だ。

 

 その杖を示した手を手品でもするように動かすと、長い針のようなものが握られる。

 

 アスはその針を球体の顔の額に突き刺した。

 

 

「ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ア゙ア゙ァ゙ァ゙ァ゙ッ゙ァ゙ァ゙ァ゙……ッ゙!」

 

 

 名状し難い叫び声が球体の口から轟く。

 

 すると、一度は収まったように見えた龍脈の輝きが再び赤くゆっくりと点滅するように瞬き始めた。

 

 

「これを放っておくと龍脈が大暴走を起こしますよ。そうするとどうなると思います?」

 

「まさか……」

 

「そうです。18年前の大災害の再現――いえ、それ以上のことが起こるでしょう! この地は滅びを迎えます……!」

 

「アスさん……どうして……⁉」

 

 

 水無瀬の悲痛な叫びにアスは再び笑いだす。

 

 

 紳士然とした男の狂ったような嗤い声。

 

 球体の顔の嘆きの叫び。

 

 水底より這い出た幾千の亡者たちの苦悶の呻き。

 

 赤く血の色に明滅する大地。

 

 

 入口は開かれ、ここはまさしく地獄となった。

 

 

「さらに!」

 

 

 チリンッと、グラスベルを鳴らす。

 

 

 この場に留まっていた亡者たちが今度は水無瀬の方を向いた。

 

 

「くっ……!」

 

 

 水無瀬も胸元のペンダントを握り、それらと向き合う。

 

 

「アナタにはもう一つ、試練を、苦難を与えましょう」

 

「な、なにを……」

 

 

 戸惑う水無瀬を尻目にアスは華麗に腕を振り、魔法の刃を生み出す。

 

 その刃の切っ先を、囚われの銀髪の少女の首元へと近づけた。

 

 

「やめて……っ!」

 

 

 水無瀬の声に刃は少女の首筋すぐ近くでピタっと止まる。

 

 少女の躰が強く震えだした。

 

 

「アナタには魔法を禁じます」

 

「え……?」

 

「アナタが魔法を使えば、その瞬間にこの娘の首を斬り落とします」

 

「そ、そんな……っ⁉」

 

 

 水無瀬の表情に絶望が浮かぶ。

 

 

「さぁ、始めましょうか。この状況――どう乗り切ってみせますか……!」

 

 

 その言葉とともにチリンッとベルが鳴らされる。

 

 

 ズリ、ズリ、と――足を擦り。

 

 

 ゾンビの大軍がゆっくりと水無瀬へ向かって進軍を開始した。

 

 

 絶望的に不利な状況で、最後の決戦の火蓋が切られてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私立美景台学園。

 

 

 本日土曜日は学園は休日となっている。

 

 

 しかし生徒たちの授業はなくとも、施設の管理や維持のためにそこでは働く者たちが居る。

 

 

「――ひぇぇぇぇっ、や、やめておくれぇぇぇ……っ!」

 

 

 その学園の正門近くの桜並木で、しゃがれた五十路男性の悲痛な叫びがあがる。

 

 

「な、なにやってんだよ“うきこ”……!」

 

 

 その悲鳴があがる場所へ慌てて駆けつけてきたのは、学園で働くちびメイドの赤い方である“まきえ”だ。

 

 長いメイド服のスカートをパタパタさせながら走って来る。

 

 そして、花壇への水撒き用のホースを使って五十代男性の股間へ水をかけ続ける、青い方のちびメイドである“うきこ”を制止した。

 

 

「止めないで“まきえ”。このジジイはお嬢様をナメてる。だからお仕置き中」

 

姦作(かんさく)さんはお嬢様をナメたりしねェよ!」

 

 

 年端もいかないちびメイドに虐待を受けているのはこの学園で働く用務員の姦作さんだ。

 

 

「そんなことない。ナメてる。あと普段からJKを嘗め回すような目で見てる」

 

「そんなことねーよ! ナメてねーって! なんでそうなるんだよ!」

 

 

 “まきえ”はJKへの視線に関しては否定しなかった。

 

 

「そんなことある。このジジイは私の指示に従わなかった」

 

「指示?」

 

「今日の学園は完全休業、完全閉鎖することになった。だから出て行けと言ったのに抵抗した」

 

「は?」

 

「か、花壇が、花壇の手入れがまだ途中なん――わぷっ⁉」

 

 

 “うきこ”は口答えをしようとした姦作さんの顔面に水をぶっかける。

 

 

「うるさいジジイ。そのテカテカと脂ぎったキモイ顔をトゥルトゥルにしてあげる」

 

「あぶぶぶぶぶ……⁉」

 

「や、やめろって……! とにかく姦作さんをイジメんなよ!」

 

 

 “まきえ”は“うきこ”の手に取りついて、姦作さんから水の射線をズラす。

 

 姦作さんは頭を抱えて亀のように地面に丸まった。

 

 

「ふん。ざこのくせに逆らうから悪い」

 

「つーか、完全閉鎖ってなんだよ? そんなのオレだって聞いてねーぞ?」

 

「さっき決めた」

 

「アン?」

 

「私がさっき決めた。だからこのジジイは速やかに出ていくべき」

 

「ム、ムチャクチャ言うなよ! 仕事の途中なんだから仕方ねーだろ⁉」

 

「関係ない。お嬢さまは私のことを今日もカワイイって言ってくれた。そのカワイイ私の言葉を無視するのはお嬢様をナメてることになる」

 

「ムリヤリすぎんだろ! オマエさ、マジで“ふーきいん”の真似はやめろって! 頭おかしいよ!」

 

「うるさいだまれ。あんな野良犬の真似なんてしてない」

 

「がぼぼぼぼぼ……っ」

 

 

 “うきこ”はびっくり仰天する“まきえ”の口にホースの水を流し込んだ。

 

 陸上で溺れそうになった“まきえ”は引っ繰り返る。

 

 

「ク、クソォ……ッ、クソォ……ッ! ガキが……! メイドも女子高生も、どいつもこいつも大人のワシを馬鹿にしおって……! ワシは昭和を知る男……! 何故あんなガキどもにこんな仕打ちを受けねばならん……!」

 

 

 四つん這いになって地面を拳で叩きながら怨嗟の声をあげる姦作さんへ“うきこ”は目を向ける。

 

 

「……復讐じゃあ……! この恨み晴らさでおくべきか……! どんなことをしてでも、生意気なガキどもに大人の怖さをわからせてやるんじゃ……! そう……、身体で――おほぉっ⁉」

 

 

 “うきこ”はホースの放水口をムニっとして、何やら脂ぎった決意をしていた姦作さんの肛門に水圧を高めた放水を直射してやった。

 

 すると奇怪な叫び声をあげて跳び上がった姦作さんは、お尻を押さえながらヒョコヒョコと逃げて行った。

 

 

「ふん。やっぱりジジイはざこ」

 

「オ、オマエやめろよな。カワイソウだろ?」

 

「やだ。姦作さんは顔がキモイ。ギトギトしててたまにニチャァってする。キモイからやっつける」

 

「そういうのいけないんだぞ」

 

 

 マジレスで自らの片割れを窘めながら“まきえ”は立ち上がる。

 

 

「あーあ、びしょびしょだよ。着替えなきゃ……」

 

「着替えるなら早くした方がいい。そんな暇が無くなる前に」

 

「え――?」

 

 

 スカートを絞っていた“まきえ”が、意味深な言葉を吐く“うきこ”へ目を向けた瞬間――

 

 

「――な、なんだ……⁉」

 

 

 地面が揺れる。

 

 

「じ、地震か……⁉」

 

「多分ちがう」

 

 

 正門から校舎へ繋がる並木道。

 

 その道に沿って赤い光が浮かび上がる。

 

 この並木道の下は――

 

 

「――これ、龍脈⁉ まさか……」

 

「たぶん暴走」

 

「一体なにが起こるってんだ⁉」

 

「わからない。でも――今に始まる」

 

「クソッ……!」

 

 

 毒づいて“まきえ”は踵を返し校舎へ向かう。

 

 走りながら振り向いて――

 

 

「オレはお嬢様に報せてくる! “うきこ”は外を頼む!」

 

 

 かけられた言葉に“うきこ”はコクリと無言で頷いた。

 

 

 そして門の外へ目を向ける。

 

 

「これがみらいが言ってたこと……?」

 

 

 ニヤリと愉快そうに口元を歪めた。

 

 

「今日は楽しめるお客さんが来るかしら? 出来れば壊れないオモチャだとうれしい」

 

 

 これから起こることに期待を膨らませて、メイド服の腰元で縛ったリボン――その先端の飾りのポンポンを愉しげに揺らした。

 

 

 

 

 

 

 

 住宅街の中を走る。

 

 

 美景の新港へ向かって弥堂 優輝(びとう ゆうき)は進んでいる。

 

 鉄板や鉄骨の仕込まれた重いブーツの靴底でアスファルトを蹴り続ける。

 

 ここは旧住宅街から新興住宅街へと繋がる道だ。

 

 

 すると行き先に見覚えのある人影が見える。

 

 

「――アン?」

 

 

 あちらも弥堂に気が付いた。

 

 

「なんじゃあ狂犬! ワレコラァッ!」

 

 

 ガラの悪い挨拶を投げかけてきたのは皐月組のヤクザ三人組だ。

 

 

「どうもォォッ! 皐月組ですゥゥッ!」

「オドレ誰に断ってウチのシマ歩いてんじゃコラァ⁉」

 

 

 いい歳をした大人は往来で横一列になってガバッと股を開き、弥堂の行く手を阻もうとする。

 

 弥堂は走る速度を加速させた。

 

 

「オウ、狂犬。こないだはウマイ酒飲めたわ。オドレたまには――」

 

 

 そして一切減速することなく辰のアニキとヤスちゃんの間を駆け抜ける。

 

 擦れ違う寸前両腕を横に拡げた。

 

 

「オゲェッ⁉」

「ヒャフゥッ⁉」

 

 

 全力のラリアットを喰らったヤクザ者たちは突然の逆上がりを強要され背中から地面に落ちる。

 

 

「アニキィ! ヤスゥッ!」

 

 

 残されたリュウジの悲痛な声を置きざりにして弥堂は走り去った。

 

 

(少し、長く居すぎた……)

 

 

 この美景の街に来て一年が過ぎた。

 

 日常生活の中で極力誰にも関わらないように過ごしてきたが、それでも完全にそれをゼロにすることは出来ない。

 

 

 住む場所、通う場所、仕事をする場所。

 

 行かざるをえない場所はいくつかあり、何度も通えば自然と顔見知りは出来てしまうし、関係を持ってしまう人物も出来てしまう。

 

 それは社会で生きる以上、絶対に避けられないことだ。

 

 いくらそれを忌避し嫌悪しようとも、生きている以上はずっとつき纏ってくる。

 

 

(潮時か……)

 

 

 だが、それは清算することが出来る。

 

 リセットはいくらでも効く。

 

 人にはいつでもそれを選ぶ自由が能えられている。

 

 この道の先にその自由がある。

 

 

 頭を振って思考を切り替え、弥堂は右手に曲がる。

 

 

 この辺りは学園に通う生徒も住んでいる地域だ。

 

 また誰かと顔を合わせれば面倒だ。

 

 県道の方に出て、あとは真っ直ぐ南下して港方面へ向かうことを決める。

 

 

 すぐに三車線道路の広い歩道に出た。

 

 軽く周囲を見て現在地の見当をつける。

 

 

 美景川での戦いの日、水無瀬を自宅に送った後に寄ったホームセンターの近くだ。少し先にもうその建物が見えている。

 

 

(水無瀬は魔法で飛んで向かったのだろうか)

 

 

 このまま走っても数十分ほど目的地までかかる。

 

 もしも彼女が魔法で急行していたのなら、到着した時にはもう殺されている可能性もある。

 

 

(そうなったら、そうなったか……)

 

 

 それは自分にはあまり関係がない。

 

 そうだとしても足を止める理由にはならない。

 

 気持ち足を速めようとすると――

 

 

「――あれ? おぉーいっ! ビトーくーん!」

 

 

 またも自分を呼ぶ声がする。

 

 

 チッと舌を打って声の方に眼を向けると、ホームセンターの駐車場から手を振る四人組が居た。

 

 それも知っている顔――同じ学校のヤンキー集団であるモっちゃんたちだ。

 

 

 弥堂は無視して走りすぎようとして、彼らの近くに置かれているものを眼にして速度を緩めた。

 

 

「どこ行くんだビトーくん?」

 

 

 人懐こい笑みを浮かべてモっちゃんが話しかけてくる。

 

 弥堂は不快感を覚えた。

 

 

「オマエら――」

 

「――わ、わーってるよ! 外出禁止だろ? もう解散するとこだぜ」

 

 

 弥堂のその表情を見て、彼らは慌てて取り繕うように言い訳を口にし始める。

 

 弥堂はそんなものに耳を貸すつもりはない。

 

 無言で彼らの横にある物を指差した。

 

 

「それは?」

 

「アン?」

 

 

 モっちゃんたちはその指の先を見てから、ニカっと得意げに笑った。

 

 

「いいだろ! この単車!」

「こないだビトーくんに貰った金で買ったんだ!」

 

 

 先日の新美景駅前路地裏での戦いのことだ。

 

 “R.E.D(レッド) SKULLS(スカルズ)”の拠点から盗んできた金を、彼らへ振った仕事の報酬としてくれてやったのだ。

 

 

 先のヤクザ者たちも同じ。

 金をやって、その代わりに言うことを聞いてもらった。

 

 目の前の彼らも。

 命令を聞かせて、代わりに金をやった。

 

 

 頻繁に顔を合わせるわけでもない連中。

 

 それでも、与え、与えられ――その関係性が出来てしまっている。

 

 

 それは人間の常であり、そして自らの業だ。

 

 

「シビィだろ? ペケジェーって言うんだぜ?」

「旧車なんだ!」

「ホントは100万らしいんだけどよ」

「解体屋のオヤジがオマケしてくれたんだ!」

 

 

 嬉しそうに報告してくる彼らを無視して、弥堂はそのペケジェーとやらに跨る。

 

 

「あ、あれ……?」

 

 

 彼らは一斉にイヤな予感がして顔に汗を浮かべた。

 

 

「どうやって動かすんだ? 右手のこれを回せば前に進むのか?」

 

「ビ、ビトーくん? まさか……?」

 

「ギアはどう繋ぐんだ?」

 

「あ、あのつかぬことをお聞きしますが、その、免許は……?」

 

 

 卑屈な態度で伺ってくる彼らに弥堂は胸ポケットから取り出した物を見せてやる。

 

 

「これで問題ないだろ?」

 

「あ、あぁ、持ってたのか。それなら――」

「――モ、モっちゃん! これ普通免許だぜ?」

 

「え?」

「ビ、ビトーくん? これ車の免許じゃ……」

 

「何が問題だ?」

 

「い、いや、これじゃ単車は……」

 

「うるさい。車の方が高いんだ。だから大丈夫だろ」

 

「つ、つーか、オレらの歳じゃフツメンはまだ……」

「ビトーくん、これどうやって……」

 

 

 年齢的に取得できるはずのない免許を持つ男に彼らは恐る恐る問いかけた。

 

 弥堂は自信満々に答える。

 

 

「買った」

 

「買った⁉」

 

 

 その答えにヤンキーたちはびっくり仰天した。

 

 

「オ、オイ、サトル……、免許って売ってるのか……?」

「ワ、ワリィ、モっちゃん。オレ馬鹿だからわっかんねぇんだわ……」

 

「おい、いいから早くしろ。このバイクを壊されたくなければさっさと俺に動かし方を教えろ」

 

「ってことは、やっぱり……?」

 

「このバイク貸せよ」

 

 

 聞きたくなかったが、わかりきっていた答えに彼らは顔に絶望を浮かべる。

 

 

「わ、わかった……、じゃあ、まずエンジンだけどよ……」

 

 

 しかし、彼らは下っ端根性の染みついたヤンキーだ。

 

 目上の方に単車貸せよと言われれば従う他ないのだ。

 

 たとえそれが買ったばかりの物だったとしても。

 

 たとえそれが絶対に無事には返ってこないとわかっていたとしても。

 

 

 やがて本当に簡単で基本的なレクチャーを終え、彼らは心配げな様子で弥堂を送り出す。

 

 

「た、頼むぜ? オシャカにしないでくれよ? 絶対返してくれよな?」

 

「生きてたらな」

 

「え?」

 

「お前らも死にたくなければ家に帰った方がいいぞ」

 

「ビトーくん?」

 

「じゃあな――」

 

 

 戸惑う彼らを置いて弥堂は走り出す。

 

 

 しかし、車道へ出た瞬間に喧しい車のクラクションが鳴らされた。

 

 

「ビトーくんっ⁉」

 

 

 右方向を確認せずにホームセンターの駐車場から左折して県道に出た弥堂に後方から自動車が迫る。

 

 運転手が咄嗟に右にハンドルを切るとギリギリのところで弥堂の乗る単車を回避した。

 

 真横に並んだ瞬間、弥堂はその車のサイドドアにゴツいブーツの靴底でゴシャアっと蹴りを入れる。

 

 世の車好きが見たら一人残らず発狂するほどにドアが歪んでへこんだ。

 

 

 激しいブレーキのスキール音とともに自動車が蛇行する。

 

 蹴りの反動で十分な車間距離を作り、弥堂は安全な走行を心掛けることに成功した。

 

 

 車の運転手は危険運転をするバイクを睨みつけもう一度クラクションを鳴らそうとするが、フロントガラス越しにバイクの運転手の顏が目に映りそれを止める。

 

 自分が悪いくせにこちらを顔だけで振り向きながら睨んでくる男の目つきが、どう見てもカタギの目つきには見えなかったので、そっとハザードを点灯してアクセルを緩めた。

 

 

「ハ、ハンパねえ……」

 

 

 ドラレコの録画をSNSに投稿したらバズり間違いなしの炎上行為を躊躇わない男の背中をヤンキーたちは呆然と見送る。

 

 ポツリと漏らしたモっちゃんたちの呟きと、事故車を置き去りにして、弥堂は港までの直線を加速した。

 

 

 これで後は十分ほど直進するだけだと思ったところで、今度は耳の中のイヤホンから声が聴こえる。

 

 Y'sからの通信だ。

 

 

 家には自分で買った二台目のスマホを置いてきて、ここまでは前に華蓮さんから貰った一台目のスマホを持ってきていた。

 

 それを使って通信を繋いでいる。

 

 

『新港で補足していたターゲットを見失ったのだ』

 

 

 Y'sに命令して昨夜から張り込みをさせ、指定した者を尾行させていたのだ。

 

 

「移動したのか?」

 

『ノーなのだ。突然消えたのだ』

 

「そうか」

 

 

 その情報だけでも状況が推測できる。

 

 おそらく結界だ。

 

 つまり、戦闘状態に入ったことを意味する。

 

 

「もういい。撤退しろ」

 

『でも……なのだ』

 

「いいから従え。じゃあな――」

 

 

 また一方的に別れを告げ、弥堂はイヤホンとスマホを投げ捨てた。

 

 

 関係を悪くするような行為だが、別に構わない。

 

 普段から誰に対してもこうだし、関係が悪くなって無くなってしまっても一向に構わないのだ。

 

 

 

 関係が出来ても、関係を持っても、それらはどうせ全て喪われる。

 

 ある日突然奪われるよりはこっちから捨ててしまった方がマシだ。

 

 

 この道は真っ直ぐ伸びる。

 

 戦場まで真っ直ぐ伸びる。

 

 

 あの日、戦場まで歩いた道はここには無く。

 

 あの日、戦場まで歩いた供はここには失く。

 

 

 今はずっと一人で其処まで進む。

 

 もうずっと、一人で歩いてきた。

 

 

 いつもの帰り道。

 

 戦場へと帰る道。

 

 

 だがそれも、これで最期だろう。

 

 

 

 最期の戦場へ――

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。