俺は普通の高校生なので、   作:雨ノ千雨

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1章69 不滅の願い ③

 

 腐肉を撒き散らしながらバックホーが走る。

 

 

 フロントガラス越しにクルードを魔眼に映しながら、弥堂は車輛を突っこませた。

 

 クルードは目玉をギラつかせニヤリと嗤った。

 

 

「またオレサマの前に立ったなァ⁉ ニンゲン……ッ!」

 

 

 身長2mほどの大男は迫り来る3mほどの高さの建機を恐れることなく迎え撃つ。

 

 雑に振りかぶった拳を勢いよく振り上げた。

 

 

 見た目が人間の男に見えるとはいえ、中身は悪魔。

 

 派手な打撃音を鳴らして、3tもの重量物を空中に打ち上げた。

 

 

「チィ……ッ」

 

 

 操縦不能になった運転席の中で弥堂が舌を打つ。

 

 ガラス越しの眼下に映るクルードの貌が獰猛に牙を剥いた。

 

 

「ブッ飛べやオラァッ!」

 

 

 咆哮をあげた直後、獣のような男の口から魔力砲が撃ち出された。

 

 弥堂を乗せたバックホーを光線が貫く。

 

 光が通り抜けて一瞬後、空中でそれは爆発を起こした。

 

 

「ハッハァーッ! チンケな花火だぜェッ!」

 

 

 その爆発と轟音が震わせる空気の振動に嗤い、地に落ちた車輛が燃え上がるのを目にしてクルードは歓びの咆哮をあげる。

 

 

 その背後――

 

 

「――【切断(ディバイドリッパー)】」

 

「ア?」

 

 

 聖剣を構えた弥堂が襲いかかる。

 

 

「――うおっ⁉ おぉっと……⁉」

 

 

 全く予期出来ていなかったようだが、クルードは寸でのところで青白い刃を躱しバックステップを踏んだ。

 

 目を丸くして弥堂を見た。

 

 

「おぉ……、ビックリして反射的に避けちまったじゃあねェか。オメェ死ななかったのかよ?」

 

「偶然運転席から落っこちてな。運がよかったんだ」

 

「フカシてんじゃあねェよ。言えよ。メンドくせェな」

 

 

 弥堂が肩を竦めて適当に答えると、クルードは途端に苛立ちを露わにする。

 

 随分と気が短いようだ。

 

 

「つーか、テメェが来んのかよ。まさかオレサマとやり合えるとでも思ってんのか? ザコのくせに二度もオレサマの前に立ちやがって」

 

「まぁ、無理だろうな」

 

「アァン?」

 

 

 ジロリと睨みつけられる。

 

 

「ンだそりゃァ? やる気もねェのに出てきやがってナメてんのか。まぁいい。オレサマはあっちのヤツを喰う。ザコはどっか行ってろ」

 

「それは困るな」

 

「アァ?」

 

 

 弥堂は無表情でのらりくらりと言葉を吐きながら、眼では油断なく相手を視続ける。

 

 

「時間を稼ぎにきたんだ。ちょっと付き合ってくれよ」

 

「ハァ……?」

 

「水無瀬にグールを皆殺しにしてもらおうと思ってるんだ。だからお前には俺を無視されちゃ困るんだよ」

 

「ナニ言ってんだオマエ?」

 

 

 嘲るでも嘯くでもなく、心底意味がわからないとクルードは口を開けた。

 

 

「ソレそのまま言ってくるヤツ初めて見たぜ。お前の上司があのモヤシヤロウだったらクソほど詰められんぞ」

 

「それは怖いな。だが考えてもみろ。まともにぶつかっても俺がお前を相手にロクに時間も稼げないのは明白だろう? だから正直に頼んでみようと思ったんだ」

 

「クカカ……、そりゃちょっとオモシレエな。だが、なんでオレサマがニンゲンごときの頼みを聞いてやらなきゃなんねェんだ? ア?」

 

「別に。そう重く捉えないでくれ。ただ、ちょっと遊んでいけよと言っているだけだ」

 

「遊びになると思ってんのか?」

 

「それはお前次第だ」

 

「なんだと?」

 

 

 あまり会話を楽しむ性質ではないが、あまりにも会話に手応えがなくクルードは訝し気な顏になる。

 

 

「お前は別に戦いに結果を求めていないだろ?」

 

「どういう意味だ」

 

「お前は勝つことが好きなんじゃない。戦うことが好きなんだ。そうだろ?」

 

「…………」

 

「多分殺意か敵意……、もしくは純粋な戦意か。それがお前の“不要な栄養(リュクス・アーモンド)”。お前はそういう性質の悪魔だろう?」

 

「ヘェ……?」

 

 

 その言葉にクルードの目の色が変わった。

 

 

「詳しいじゃねェか。オマエ教会のヤツか?」

 

「本当に気になるか? そんなこと本当はどうでもいいんだろう?」

 

「あぁ。どうでもいいな。いいぜ。遊んでやるよ、ニンゲン」

 

「そうか」

 

「さっきオマエに出し抜かれた時のモヤシヤロウの顏が笑えたからよ。その褒美だ」

 

「そうか。じゃあもっとやる気が出るようなことを教えてやる」

 

「なんだァ?」

 

 

 弥堂は心臓に火を入れ全身に魔力を巡らせる。

 

 戦闘用の“刻印魔術”をいくつか起動させて聖剣に魔力を注ぎ青白い殺意を仄めかせた。

 

 

「ボラフ――」

 

「ア?」

 

「お前の眷属だろ? 俺が殺した」

 

「クックックックカカカカ……ッ」

 

 

 クルードが心底可笑しそうに嗤いだすと、鬣のような髪の毛がブワっと逆立った。

 

 

「――言ったな? ニンゲン」

 

 

 ギラギラと獰猛な殺意がクルードの瞳から発せられる。

 

 その向き先は弥堂だ。

 

 

「オレサマの嗜好は“闘争心”だ。オレサマの前に立ったからにはそれを見せろよ?」

 

「善処しよう」

 

「やるからには死ぬ気でこい。じゃねェとあっという間に喰っちまうからな」

 

「当然――殺す気だ。お前を殺す」

 

「オモシレエじゃねェか――ッ!」

 

 

 足元のコンクリを爆散させてクルードが突っこんでくる。

 

 

 グールの壁の向こうでは水無瀬が変身をした気配が伝わってくる。

 

 今から彼女がグールを皆殺しにするまでの間、このバケモノの足止めをしなければならない。

 

 

(さて、どれくらいもつか……)

 

 

 弥堂は気負うことも絶望することもなく、いつものように危険に心臓を晒して身近な死へと向かう。

 

 

 

 

 

 

 

 美景市内、美景川近くの新興住宅地。

 

 

「――ちょっとアンタたちッ!」

 

 

 道を行く子供たちに威勢のいい中年女性の声がかかる。

 

 子供たちは驚いて肩を跳ねさせた。

 

 

「アンタたち! 今日は外に出ちゃダメって知らないのかい⁉」

 

 

 どうも近所を見廻りして『外出自粛令』を注意して廻っているようだ。

 

 

「アンタたちどこのお家の子だい⁉ 親はなんも言ってないのかい⁉ ちょっとオバチャン文句言ってやるから家まで連れていきな!」

 

「う、うわああ! タルのオバチャンだぁっ!」

「逃げろー!」

「タルババアこわいよー!」

 

「ダァレがタルだぁ⁉ このクソガキャァ! 大人をバカにしてるとオバチャンお尻ひっぱたくよ!」

 

 

 走りだす子供たちの背中へオバチャンはサンダルを握った手を振り回して怒りを露わにする。

 

 子供たちは一目散に逃げて行った。

 

 

「まったく最近の親は子供になんにも注意しないんだから……! オバチャンの若い時は――んんっ……?」

 

 

 グチグチと溢していると別の方向から複数の人影が近づいてくることに気が付く。

 

 オバチャンはそちらへ鋭い目を向けた。

 

 

「あらヤダよ! ちょっとアンタたち! 今日は外へ出るなって言われてんのを知らないのかい⁉」

 

 

 すかさず怒鳴りつけるが、その集団は聞き入れる様子もなく、緩慢な動きで近づいてくる。

 

 

「なんだい無視かい! まったくいい大人が恥ずかしくないのかい! 子供が真似するだろ――」

 

 

 オバチャンは文句を言いながら威勢よく集団へ向かっていくが、近づいたことで彼らの姿がはっきりと見え、そこで言葉が止まってしまう。

 

 

「――ヒッ⁉」

 

 

 往来を歩いてきたのは結界を抜け出したグールたちだった。

 

 

「ギャアアアアアアッ⁉」

 

 

 醜悪なその見た目の怖ろしさににオバチャンはガターンと腰を抜かした。

 

 

「なななな、なんだい! なんなんだいアンタたちィ……⁉」

 

 

 オバチャンへグールたちが迫る。

 

 

「あらヤダよォーーッ! ゴメンよアンタァーーッ!」

 

 

 先立つことを愛する者に詫びながらオバチャンは目を瞑る。

 

 

「ヒィィィィッ、犯されるぅぅ……、ん? あれっ……?」

 

 

 しかし思っていたような乱暴はいつまでたってもされず、オバチャンは恐る恐る目を開けた。

 

 すると、グールたちはオバチャンには目もくれずに通り過ぎ、通りの向こうを目指して足を引き摺っていた。

 

 

「な、なんなんだい……」

 

 

 気付けば後からもまばらにグールたちが続いている。

 

 それらもやはりオバチャンには反応せずに同じ方向へと向かっているようだ。

 

 

「あらヤダよ……」

 

 

 呆然と彼らが通り過ぎるのを見送っていると、オバチャンは自分の股がガン開きしていることに気が付き、頬を染めながらベージュのババアパンツを隠した。

 

 

「あ、あっちで映画の撮影でもしてるのかい……?」

 

 

 照れ隠しに呟きながらグールたちが向かう先を思い浮かべる。

 

 

 あちらの方向には――

 

 

 

 

 

 

「――なんなんだコイツらァ……ッ!」

 

 

 嫌悪感を露わにしながら“まきえ”は竹ぼうきをブン回してグールの頭を吹っ飛ばした。

 

 

 私立美景台学園高校。

 

 休日のはずの学園には突如として招かれざる客たちが大挙して押し寄せて来て、学園で働くちびメイドたちはそのお客様方の応対をすることを余儀なくされていた。

 

 

「コイツらは“屍人《しびと》”……」

 

 

 青い方のちびメイドである“うきこ”がちっちゃなお手てをブンッと振ると、近くにいたグールの上半身が消し飛び宙を舞った血肉が“まきえ”の上に降り注いだ。

 

 

「ぎゃああああ⁉ きったねェ……!」

 

 

 グールには何ら脅威を感じていなかった“まきえ”だったが、それには泡を食って喚き始めた。

 

 

(今のところはみらいの言ったとおり。この先は……?)

 

 

 その声を聴き流しながら“うきこ”は思案する。

 

 すると頭の中に声が届いた。

 

 

《結界、いきます》

 

 

 “伝心術”にて伝えられたこの学園の生徒会長――郭宮 京子(くるわみや みやこ)の声だ。

 

 

「“まきえ”、早く門の中に」

 

「――ぶぇっ⁉」

 

 

 “うきこ”はパニックになる“まきえ”に蹴りをぶちこんで彼女を正門の中、学園の敷地内へとぶっ飛ばした。

 

 自分もそれに続く。

 

 

 二人が門の中に入るとすぐに敷地に沿って半透明の壁が出現する。

 

 生徒会長による結界術だ。

 

 

 その壁にとりついたグールたちの身体から焼け焦げるように煙が噴き、苦悶の声があがった。

 

 

「う、うえぇ……、気持ちワリィ、ゲロ吐きそうだよ……」

 

「“まきえ”がゲロ。お似合い」

 

 

 グールの血肉でメイド服を汚した彼女を“うきこ”は嘲笑った。

 

 

《間に合って、よかった》

 

 

 蚊の鳴くような小さな囁き声がテレパシーのように直接頭に聴こえてくる。

 

 突然のグールたちの襲撃に“まきえ”と“うきこ”が外に迎撃に出て、生徒会長が学園の防御術式を操作することで対応していた。

 

 

「ふふ、お嬢様。私のおかげ」

 

「みらいのおかげだろ」

 

 

 “うきこ”がちっちゃな胸を張ってドヤ顔をすると、“まきえ”はジト目で見遣った。

 

 

《うん。うきこ、えらい》

 

「ふふっ、私は役に立つ女。“まきえ”はゲロ吐いてただけ」

 

「ちょっと待てよ! お嬢様、オレゲロなんか吐いてねェよ? これ“屍人”の返り血だから!」

 

《うん、だいじょうぶ》

 

 

 途端に言い合いを始めそうなちびメイドたちに生徒会長も慣れた対応だ。

 

 彼女が幼い頃からこの二人のちびメイドたちは仕えている。

 

 

「でも、間に合ってよかったな。中に入られたらちょっとメンドくせェぜ」

 

《うん。準備してなかったら》

 

「つまり私のおかげ。私はデキる女」

 

《うん、教えてくれてなかったら》

 

「間に合わなかったかも……か。こんな短期間でまた龍脈が暴走するなんて、何が起こってるんだ……」

 

 

 “まきえ”は眉間を歪めて結界にとりつくグールたちを睨む。

 

 

《何処かで、龍脈に触られた》

 

「誰かが仕組んでる?」

 

《うん。港の方に魔力が流れてる》

 

「龍脈の力を使おうとしてるってことか……⁉ バカじゃねェの⁉」

 

「どうする? お嬢様」

 

 

 驚愕する“まきえ”と対照的に“うきこ”はどうでもよさそうにお嬢様に指示を請うた。

 

 

《市の“清祓課(せいばつか)”に、連絡した》

 

「クソキモオヤジたちもたまには働くべき」

「オレたちはここを守ってればいいのか⁉」

 

《ここは重要。でも街も手が足りない》

 

「龍脈を狂わせてる元を潰さないとジリ貧」

「オレか“うきこ”が出るか?」

 

《まずは学園。私は龍脈の鎮静を》

 

「“まきえ”は防御結界を交代」

「でも、かなりの数が集まってきてるけど……」

 

《“屍人”には結界を破れない。でも》

 

「ここに溜まられてると誰か通りがかったらヤベエよな……」

 

《私は、異常の元を探る。それまでは》

 

「オレたちから潰しには行けないってことか……! クソッ!」

「ふふっ――」

 

 

 悔しげな声をあげる“まきえ”を尻目に、“うきこ”は嬉しげに笑って門の方へ歩き出す。

 

 

「“うきこ”……?」

 

「お嬢さま、結界に一瞬穴を」

 

《うん》

 

「オマエ、まさか?」

 

「私が蹴散らす」

 

 

 “うきこ”は並木道の植木の幹を小さな手で掴む。

 

 短い指が木に食いこみ、片手でそれを引き抜いた。

 

 

《3,2、1、今――》

 

「アハ――」

 

 

 抑揚に乏しいカウントダウンに合わせて“うきこ”は引き抜いた植木を正門に投げつけた。

 

 直線軌道で飛んだ木は、そこに群がっていたグールたちを根こそぎ通りへ弾き返す。

 

 

 “うきこ”は投擲直後すぐに駆けだして、結界の穴から外に躍り出る。

 

 

 長いメイド服のスカートをふわりとさせて倒木の上に着地し、周囲を睥睨する。

 

 その間に結界は再び閉ざされた。

 

 

 すでに50体近いグールが国道に集まっており、特に正面の美景川の土手から次々と這い出てきているようだ。

 

 そして国道の向こうからもこちらへ歩いてくるグールが少しずつ見え始める。

 

 

「ふふっ……、すぐに壊れるオモチャ……、だけど――」

 

 

 “うきこ”が腰で結んでいるエプロンのリボンを掴むと“たれ”が伸びる。

 

 “たれ”の先端についた飾りのポンポンが地面に落ちるとゴトリと硬質な音を鳴らした。

 

 ポンポンの中身は鉄球だ。

 

 

「――だけど、壊しても尽きないオモチャ……」

 

 

 “うきこ”はリボンのたれを握って布に繋がった二つの鉄球(ポンポン)を振り回し始める。

 

 

「オマエらはマズそうだから全部壊しちゃう――」

 

 

 そしてグールの大軍へと突撃を開始し、遠心力の乗った鉄球で薙ぎ倒し始めた。

 

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