俺は普通の高校生なので、   作:雨ノ千雨

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1章72 火の粉は舞い、戦火は広がり、震える魂は ①

 ピンク色の魔素を撒きながら愛苗は空を飛ぶ。

 

 

「結局逃げんのかァ……⁉ アァッ⁉」

 

 

 それをクルードが追っていた。

 

 

「逃げてなんかいません……っ!」

 

 

 愛苗は後方へ魔法弾をばら撒く。

 

 クルードはそれを避けることもせずに突っこんできた。

 

 愛苗は飛行魔法の速度を上げてクルードを引き連れていく。

 

 

「思いっきり戦える場所に……っ」

 

 

 まず、地上に居る仲間――弥堂とメロを巻き込まない所までクルードを誘導する。

 

 そこで決着をつけるつもりだ。

 

 

 

 

 

 

 

 一方、弥堂たちも戦いの場から少し離れた位置まで連れてこられていた。

 

 転移酔いを堪えながら弥堂は立ち上がる。

 

 

 弥堂とメロをここまで連れてきたアスは不敵な笑みを浮かべながら戦闘の様子を観察している。

 

 

「た、助けてくれたんッスか……?」

 

 

 恐る恐るメロがアスへ声をかけた。

 

 アスはチラリと横目で彼女を見てからすぐに戦闘へ目線を戻した。

 

 

「巻き込まれて余波で死なれては困りますからね」

 

「ど、どうして……」

 

「あれでまだ足りなければ、後でアナタ方の生命を使って彼女を仕上げます」

 

「なっ――」

 

 

 戦っている愛苗の方を示しながらのアスの言葉にメロは絶句した。

 

 それっきりアスが黙ってしまったので、沈黙に気まずくなったメロは一頻り目をキョロキョロさせてから、意を決して弥堂に話しかける。

 

 

「しょ、少年……」

 

「…………」

 

「あ、あの……」

 

「……なんだ?」

 

 

 出来ればまだ呼吸が整っていないことをアスに悟られぬため話しかけて欲しくなかったのだが、弥堂は仕方なく不機嫌そうに返事をした。

 

 その態度にますます委縮しながらメロは顔を俯けつつ言葉を口にする。

 

 

「その、ゴメンッス……」

 

「なにがだ」

 

「なにがって、だから、ジブン裏切ってて……、その……」

 

「……? 何故謝る?」

 

「何故って、だって……、少年にもなんつーか迷惑っていうか……」

 

「よくわからないな」

 

 

 それは皮肉でなく、本気で弥堂は首を傾げた。

 

 

「そうする必要があったのか、そうぜるをえなかったのかは知らんが、裏切るもなにもお前の都合で行動しただけだろ? それで何故他人に謝る必要がある。何が悪いんだ?」

 

「なにがって……、え……?」

 

「裏切った方が都合がいいなら普通裏切るだろ。当たり前のことだろ?」

 

「は……? だって、怒ってないんッスか?」

 

 

 どんな誹りを受けても仕方がないと覚悟しての謝罪だったが、返ってきたのは意味のわからない返答でメロは混乱する。

 

 

「お前の裏切りで俺が不都合を被ったのなら怒ることもあるだろうな。だって俺に都合が悪いのだから」

 

「は、はぁ……」

 

「だが今回に関してはお前の裏切りを利用して逆にハメてやったからな。お前の内通や密告のおかげで悪魔を一匹楽に始末できた。ただ味方にいるだけの無能よりもむしろ好感度が高いぞ」

 

「な、なんかジブンめちゃくちゃムカついてきたッス……!」

 

「それは俺がお前に都合の悪いことをしたからだ。そんなもんだろ」

 

「あの……、ジブンこんなこと言えた立場じゃねェのはわかってるんッスけどそれでも言うッス。オマエは頭がおかしいッス……!」

 

「そうか」

 

 

 裏切りの告白、そしてその謝罪。

 

 それは本来とても気が重くなるもので、実際重かったのだが、相手が“あたおか”過ぎたおかげでメロの罪悪感は若干薄れた。

 

 それがいいことなのか、悪いことなのかの判断が難しく、銀髪の少女の姿をした悪魔はげんなりとしながら溜め息を吐いた。

 

 

 ふと気付くと、愛苗とクルードの戦闘を観察しているはずのアスが横目でこちらを見ていた。

 

 その目には軽蔑の色が多分にこめられていた。

 

 

「なんだ?」

 

「あの、悪魔の私が言うのもなんですが、アナタは人としてどうかと思いますよ?」

 

「そうか」

 

「アナタ普段からそんなこと考えているということは、アナタも平気で他人を裏切りますよね?」

 

「当然だ。裏切りはとても有効だからな――と、言いたいところだが、生憎とどういう訳か、裏切れるラインまで他人に信用してもらえないんだ。難しいものだな」

 

「どういう訳かというか、そういうところだと思いますよ?」

 

「コイツに裏切られても、『まぁ、知ってた』ってなるだけッスもんね……」

 

 

 悪魔たちはニンゲンの悪徳さにドン引きし閉口してしまった。

 

 そうしている間に息が整ってきた弥堂はアスに問いかける。

 

 

「俺からも聞くが、どういうつもりだ?」

 

「どう、とは?」

 

「必要があって魂が揺らぐまで水無瀬に揺さぶりを仕掛けていたんだろう? 何故それを中断してまた戦わせるんだ?」

 

「まぁ、それに関しては色々と事情が。ですが、別に不要な行為をしているわけでもありません。戦闘での魔力運動でどれだけ伸ばせるかというデータも欲しいですし」

 

「そう欲張って殺されてしまったら意味がないんじゃないのか?」

 

「それはその通りですね。本音を言えば私としてはあのまま追い詰めたかったのですが、流れというものも大事です。それに再現性を担保するためにはやはり多様なデータが必要――それも間違いなく本音です」

 

「よくわからないな」

 

「えぇ、私の立場の大変さは中々理解が得られなくて苦労しています」

 

「卵に魔素を吸わせて成長させる。それで何かが生まれる。何故こんな茶番が必要になる?」

 

「フフフ、その複雑さこそがまさに私の大変さなのですよ。父の作品の可能性はただそれだけではない。一つでも多くの可能性を観測する。それが私の存在の意味です」

 

「…………」

 

 

 存在の意味。

 

 

 霊子で構成される魂に様々な不純物が結合して物質と為って出来ているのが生物だ。

 

 “実在存在”と言われる、より不純物が多く、より物質的な生物、それが人間や動物たちだ。

 

 

 一方で悪魔のような、より不純物が少なく、より魂の純度が高い、生命維持を肉体に依存しない存在は“非実在存在”と呼ばれる。

 

 “非実在存在”はその存在の純度の高さ故に、その存在の意味に在り方が縛られる。

 

 その存在の意味を成す為の行動をとりがちだ。

 

 

 一見知性的で、論理的な物言いをするアスのようなモノでも、その本能のようなものには抗えない。

 

 それはニンゲンのような不純な生き物には共感することは不可能なことだ。

 

 

 そう断じてそれ以上の理解を弥堂が放棄すると、今度はアスの方から水を向けられる。

 

 

「それよりも、その口ぶりでは彼女は負けると、そう思っているのですか?」

 

「答える必要があるのか? あれは無理だろ」

 

「そうでしょうか? 見て下さい」

 

 

 アスは遠くの戦闘の場を指し示す。

 

 

「おっと、これだけ距離があるとニンゲンの視力ではよく見えませんか……」

 

 

 そう言ってパチンと指を鳴らす。

 

 すると、弥堂たちの近くの空間にまるでモニターのように戦闘の映像が映し出された。

 

 

「どうぞ御覧ください」

 

「マ、マナ……ッ!」

 

「…………」

 

 

 視聴を勧められるとメロは心配そうにモニターに食いつく。

 

 弥堂は眼を細めて静かに愛苗の戦いぶりを見た。

 

 

 彼女はやはり劣勢だ。

 

 

 シンプルに強くて、シンプルに速く、そしてシンプルに頑丈――

 

 そんなクルードの突進に追い回されている。

 

 

 このシンプルに全ての性能が高いというのは頗る厄介だ。

 

 弥堂は特にこのタイプの敵を苦手としていた。

 

 

 それは弥堂だけでなく、愛苗にしてみても同じだ。

 

 そもそも彼女の魔法少女としての“売り”も、その火力の高さと頑丈さだった。

 

 その点で上回られてしまっては、彼女の長所が無くなってしまったのに等しい。

 

 

 愛苗の魔法は彼女の願いによってカタチ創られている。

 

 彼女の性格上、弥堂がするような相手をカタにハメて騙し討ちするような類の魔法を発想することは出来ないだろう。

 

 であるならば、戦いに勝つ為には、純粋な力勝負にて相手を凌駕するしかない。

 

 

 しかし、それは先程一度やって、既にもう敗北をしたのだ。

 

 もう一度同じことをしても結果が変わるわけがない。

 

 

 弥堂はそのような考えから、彼女が勝つことは不可能だと判断していた。

 

 そして実際に彼女は不利なままであった。

 

 

 クルードが行っている攻撃は、ただ魔力のオーラを纏って突進し、巨体で愛苗を撥ね飛ばそうとしているだけだ。

 

 しかし、愛苗はただそれだけのことへの対応に四苦八苦してしまっている。

 

 

 攻撃こそまだ一度も受けてはいないものの、牽制で放つ魔法弾は避ける必要すらなくクルードの躰に弾かれ、たまに隙をついて放つ大技(バスター)すらも効いていない。

 

 先程の心が折れかけた状態からまた立ち上がったのは素直に称賛に値するが、しかし気合や根性、何かへの想い――それだけではどうにもならない。

 

 

 ニンゲンという存在、大悪魔という存在――

 

 それらの間にはどうしようもない存在の格差がある。

 

 

『世界』がそう定めている以上、これはどうしようもないものなのだ。

 

 

 たとえ愛苗がニンゲンとしていくら規格外の存在だったとしても――

 

 

(――自分自身の“魂の設計図(アニマグラム)”の規格は超えられない……)

 

 

 そのはずだ。

 

 

 だが――

 

 

「――ほら、見てください」

 

 

 同じものを見ているはずなのにアスの見解は違うようだ。

 

 

「確かにまだ戦いと呼べるほどの鬩ぎ合いには至ってはいない。ですが、先程私とアナタがやり合っていた時には、クルードの暴威に振り回されるばかりだったというのに、今はどうにか凌いでいる……」

 

(クルード……?)

 

「そして、さらに1秒を重ねるたびにどんどんと適応していっている……」

 

「…………」

 

 

 声音に興奮の色が混じり始めたアスの言葉を聞きながら、弥堂は愛苗の戦いを見続ける。

 

 

 確かに適応と謂えばそうだが、これは力が伸びているというよりは慣れだ。

 

 速さも強さも何度も見て、それに対する回避行動も何度も行えば慣れる。

 

 ただそれだけのことのように弥堂には見えるが、アスにはそうではないらしい。

 

 

「いいですね。既にヒトの最高到達点は優に超えていましたが、まだ昇っている。ヒトがヒトのままでどこまで至れるのか……!」

 

「お前らが用があるのは“生まれ孵る卵(リバースエンブリオ)”の方じゃないのか? 魔法少女がどこまで強くなるのかなどに何故拘る?」

 

「フフフ、“どちらも”ですよ。正確に言うのならば、それらは同じことなのです。正直、先程心が折れかけた時にもうここまでだと思ったのです。まさかまだ先があるとは……! 私の想像を超えてきました! 彼女が特別優れた個体なのか、それとも父の作品が傑作なのか、私はその答えを知りたい……っ!」

 

「……確かに凌げてはいるが、どのみち倒す手立てがないのでは時間の問題だろう」

 

「それはそう。ですが、見てください。見ましたか? 今彼女の魔法弾が僅かですがクルード様の勢いを削ぎましたよ? まだ昇っている……」

 

「それでも勝つとなれば話は別だ。まだまだ足りなすぎる……」

 

 

 まるで敵味方を入れ替えたような論調で言い合う二人にメロは所在なさげにし、コソコソと弥堂へ話しかける。

 

 

「オイ、少年……」

 

「なんだ」

 

「オマエちゃんとマナの応援しろよッス。なんでクルード様の味方みたいに喋ってんッスか」

 

「そういうつもりはないが」

 

 

 そんな話をしている間にアスは新たな動きを見せる。

 

 

「さて、さらに薪をくべてみましょうか――」

 

 

 言葉と同時にまた指を鳴らした。

 

 

 弥堂たちの前にあるモニターよりも大きな映像が、愛苗が戦っている場所の近くの空にいくつも浮かび上がる。

 

 

「――っ⁉」

 

 

 そこに映し出されたものは――

 

 

 

 

 

 

「――【光の種(セミナーレ)】ッ!」

 

 

 突進してくるクルードに魔法弾がいくつか当たる。

 

 

「……チッ」

 

 

 これまでは何の痛痒にもならずにただ弾き返されていたが、三発四発と当たったところで僅かにクルードの前進を押さえることが出来た。

 

 

「いける……っ!」

 

 

 愛苗はここにきてまた手応えのようなものを少しずつ感じていた。

 

 

「私はまだ強くなってる……、まだ強くなれる……! もっと頑張れる……っ!」

 

 

 魔力砲を撃ちだす。

 

 クルードは前進を止めて両腕でそれをガードした。

 

 

「まだやれるじゃねェか。いい調子だぜ!」

 

「私、負けません……っ!」

 

 

 二人は睨み合う。

 

 

『――ククク、随分と威勢のよさが戻りましたね……』

 

「えっ?」

 

「……モヤシヤロウ?」

 

 

 そこにアスの声だけが届く。

 

 

『ですが、これを見てもまだ強気でいられますか?』

 

「な、なに……?」

 

 

 戸惑う愛苗の周辺にいくつもの映像が映し出されていく。

 

 

「え――っ⁉」

 

 

 それを見た愛苗の目が驚愕に開かれた。

 

 

 そこに映し出されていたのは、街の様子だった。

 

 

『大分時間が経ちましたからね。鈍足のグールでもいい加減辿り着きます』

 

 

 人里へ侵入したグールが街を襲う光景がそこにはあった。

 

 

「そ、そんな……っ⁉ ゾンビさんが……!」

 

 

 とはいえ、まだ数はそんなに多くは無い。

 

 だが一体、また一体と、中に人間が居るであろう住居の閉められた戸に取りつくグールが増えていく。

 

 

 わかりやすいのはホームセンターだ。

 

 

『キャアアァァーーーッ! イヤァーーッ!』

 

 

 この港に来る途中の県道沿いにあるホームセンター。

 

 その入口のガラスで出来た自動ドアを数体のグールが引っ掻いている。

 

 どうにか寸でのところでドアをロックしたのであろうと思われる若い女性従業員が、ガラスの向こうの店内で悲鳴をあげて腰を抜かす様がまざまざと映し出された。

 

 

 さらに――

 

 

『ギャアァーー! いやーーっ! キモイーーッ!』

 

『マキちゃん! いいからそっちのテーブルしっかり押さえて!』

 

『手がー! 手が入ってきたぁーっ⁉ 華蓮さんたすけてー!』

 

 

 他の映像では、下町の居酒屋と思われる店の中で、テーブルで無理矢理塞いだ入口を必死に抑える華蓮さんとマキさんの姿があった。

 

 

「あぁっ⁉ お姉さんたちが……!」

 

 

 店の中はパニック状態にあった。

 

 

『だから言ったじゃん! 休みでいいじゃんって! 駅前は人がいないだろうから居酒屋貸し切って臨時営業するとか黒瀬さんが言うから……っ!』

 

『ふむ……、どう見ても金持ってなさそうですね。マサル、フロントで全員追い返しなさい』

 

『マサルくんならお尻噛まれたショックでそっちで白目剥いてるわよ! あぁ、もう……気に食わないわ! この守銭奴はぁ……っ!』

 

 

 怒鳴り声をぶつけあいながら必死に抵抗していた。

 

 

「た、たいへん……っ」

 

 

 愛苗は焦燥を浮かべる。

 

 それに気をよくしたアスはさらに他の場所も映像に映し出した。

 

 

「これは……、学園……っ⁉」

 

 

 愛苗と弥堂の通う美景台学園の前の国道には、車道を埋め尽くさんばかりのグールが殺到していた。

 

 

『大部分をここに向かわせたから他の場所にはグールが少ないというのが実情なのですが、まぁそれも時間の問題でしょう』

 

「こ、こんなにゾンビさんが……、どうして学園に……っ!」

 

『おやおや? こっちはもっと大変みたいですよ?』

 

「え?」

 

 

 揶揄うようなアスの声に新たな映像に目を向けると――

 

 

『あらやだあらやだあらやだよーーっ⁉』

 

 

 樽のようなシルエットをした中年女性がドスドスと便所サンダルを鳴らしながら住宅街を爆走していた。

 

 何体かのグールから逃げているようだ。

 

 

「オバチャン――っ⁉」

 

 

 さらに――

 

 

『――ママァ……っ!』

『コワイよぉっ!』

 

 

 どうやら数人の子供を引き連れて逃げているようだった。

 

 

『泣くんじゃないよアンタたちィ! お母ちゃんに会いたきゃしっかり走んな……!』

 

 

 オバチャンは子供たちを励ましながら逃げる。

 

 その足は決して速くない。

 

 やがて疲れて追いつかれてしまうのは時間の問題のように見えた。

 

 

『ククク……ッ! 直接ニンゲンを襲うグールはどんどんと増えていくでしょうね! さぁ、どうします!』

 

「や、やめさせてください……! 街の人にヒドイことしないで……!」

 

『何を言っているのです? アナタが助けに行けばいいでしょう? アナタは魔法少女なのですから……!』

 

「くっ……!」

 

 

 愛苗は悔しそうに歯噛みする。

 

 

『これはアナタのせいですよ? アナタが弱いから! アナタがモタモタしていたせいで! アナタさえしっかりと魔法少女の仕事を熟せていたら……ッ!』

 

「…………っ!」

 

 

 言い返したい気持ちは多分にある。

 

 だが、アスの言うことが正論で、愛苗は言い返すことが出来なかった。

 

 そんなことよりも街の人たちを救うことを先に考えなければならない。

 

 だが、それにはここを突破しなければならなく、そしてそれが一番難しいことであった。

 

 

『ちなみに――』

 

 

 そうして焦る愛苗にアスはさらに揺さぶりを仕掛ける。

 

 

『――街に行きたければ行ってもいいですよ?』

 

「え?」

 

『しかも今なら我々はアナタを追いません』

 

「オイ、モヤシヤロウ」

 

 

 意外なアスの提案に愛苗は怪訝そうにし、クルードは目つきを鋭くした。

 

 

『ただし!』

 

 

 それを意に介さずアスは一方的に喋り続ける。

 

 

『もしもその時には、これです! どーん――!』

 

 

 

 ふざけたような仕草と口調でアスは新たな映像を出す。

 

 

「弥堂くん! メロちゃん……っ!」

 

 

 その映像には無数の魔法の剣に取り囲まれた二人の姿があった。

 

 

『言わずともわかると思いますが! もしもアナタがここを放棄して街へ向かえばこの二人を殺します!』

 

「そ、そんな……⁉」

 

『さぁ選びなさい、ステラ・フィオーレ! この二人の生命か、もっと多くの住民の生命か……ッ!』

 

「……っ!」

 

 

 その問いに愛苗は逡巡する。

 

 先にも一度問われたが、選べるわけがない。

 

 

 だがそれでも優先度はつけてすぐにでも行動を起こさねば手遅れになってしまう。

 

 なのに、身体は動き出すことが出来なかった。

 

 

 それに苛立ったのはクルードである。

 

 

「テメェ! モヤシヤロウ! 余計なマネすんじゃあねェよッ! せっかく面白くなってきたってのによ……!」

 

『これは必要なことなのですよ』

 

「クソが……ッ! オイ、魔法少女! 萎えてんじゃあねェよ! オレサマとヤリあってんだろうが! オレサマと戦えェ……ッ!」

 

「え? あ……っ、きゃああぁぁぁーーっ⁉」

 

 

 クルードとしては街になど行かれては堪ったものではない。

 

 ギリッと歯を軋ませて迷いを浮かべる愛苗に突撃をした。

 

 

 集中を欠いていた愛苗は、ここまで対処出来ていたはずのクルードの突撃に対して回避をミスしてしまう。

 

 直撃こそしなかったが、ギリギリのところで避けたせいで衝撃が彼女を掠めた。

 

 

 吹き飛ばされた愛苗は錐もみしながら墜落する。

 

 

「チィ、モヤシがァ……ッ! チャチャ入れやがったせいで……ッ!」

 

 

 もっと戦いを愉しみたいクルードは地面に衝突した愛苗を苛立たしげに睨む。

 

 

 うつ伏せに倒れた彼女はしかし、すぐに立ち上がった。

 

 

「……ヘェ?」

 

 

 それを興味深げにクルードは表情を変える。

 

 

 先までなら衝撃を掠めただけで彼女は大ダメージを負っていた。

 

 それが今は――

 

 

「――ナルホドな。そうやって強くなんのか。気に食わねェが、いいぜ。のってやる――」

 

 

 独り言ち、クルードは再び彼女へ突撃をする。

 

 

 愛苗は隕石のように落ちてくるクルードを飛行魔法で回避し、再び空へと上がった。

 

 クルードはそれを追う。

 

 

「オラァ! どうすんだァ! 街のヤツらを見捨てんのか⁉」

 

「そんなこと……、しません……っ!」

 

「じゃあアイツらを犠牲にすんのかァ⁉」

 

「それも……しません……っ!」

 

「ナメてんのかァーーッ!」

 

 

 先程以上の激しさを以て、空中でデッドヒートを繰り広げる。

 

 

「誰かを犠牲に……、勝手に誰かのことを諦めたりなんか、しない……!」

 

「それじゃ全員死ぬかもなァ!」

 

「私が! 守る! 魔法少女は……、こんな時だって諦めたりなんかしない……! 諦めちゃいけない!」

 

 

 愛苗は魔力を一層強くこめて魔法弾をバラまく。

 

 状況はピンチで焦りもある。

 

 だが不思議と魔力が尽きるような気は全くしなかった。

 

 

「またギアが上がったなァ! もっとだ! もっとオレサマについてこい!」

 

「遊びじゃ、ないんです……っ!」

 

 

 愛苗が強くなったら、さらにその分クルードが力を解放して彼女を上回る。

 

 短時間の間にそのイタチごっこを高回転で繰り返していく。

 

 

Lacryma(ラクリマ) BASTA(バスター)ッ!」

 

「あめぇんだよッ!」

 

 

 愛苗の魔力砲に手を翳し、掻き消しながらクルードは突っ込む。

 

 寸でのところそれを回避するが、また余波に吹き飛ばされてしまった。

 

 

「あくっ……、【光の種(セミナーレ)】!」

 

 

 しかし今度は墜落することなく、空中でバランスを取り戻しながら魔法弾を撃ちだした。

 

 

 避けて逃げているだけでは相手を倒せない。

 

 倒せなければこの場を離れることは出来ない。

 

 

「みんな……、みんなを助けるんだ……っ!」

 

 

 その不可能な願いを愛苗は強く、より強く魔法で描く。

 

 

 だが、まだ足りない。

 

 

「ぎっ――⁉ キャァァ……ッ!」

 

 

 よりリスクをかけて攻撃にリソースを割いたせいで、ついにクルードの体当たりを受けてしまう。

 

 咄嗟に出したいくつもの魔法の盾は壊れながらも衝撃を軽減してくれたが、余波で吹き飛ばされるのとは比べようもないダメージを受けて愛苗は地に墜ちゴロゴロと転がった。

 

 

「あぐぅ……、うぅぅぅ……っ!」

 

 

 言葉にならない焦りと悔しさを呻きながら無理矢理身体を立ち上がらせる。

 

 そしてよろめきながらも再び空へと飛んだ。

 

 

「もっと……もっと……、あの時みたいに……っ」

 

 

 思い出すのはボラフとの決戦の時。

 

 

 あの場にいた他のみんなの応援を受けて強い力が湧き上がった。

 

 あの時みたいな力が欲しいと、そう願おうとする。

 

 

 だが――

 

 

 愛苗はチラリと空中に映し出されたままの映像を見る。

 

 

 今はそのみんながピンチなのだ。

 

 それにもう誰も自分のことなど覚えてはいない。

 

 だからみんなの応援など到底望めない。

 

 

「私が……今は、一人でがんばらないと……! 私が先にがんばる番……!」

 

 

 もっと、もっと力が湧き上がれと願い、クルードへ向かっていく。

 

 

 孤独な戦い。

 

 だが魔法少女は負けるわけにはいかない。

 

 

 何度も立ち向かい、そしてその度に打ち落とされる。

 

 それがここから何度も続いた。

 

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