俺は普通の高校生なので、   作:雨ノ千雨

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1章72 火の粉は舞い、戦火は広がり、震える魂は ②

 

 クルードの猛突進に撥ねられ愛苗は地面に落ちる。

 

 衝突の衝撃でコンクリートが砕け散るほどだ。

 

 

 だが舞い上がって漂う粉塵の中で、愛苗は身体をよろめかせながらも立ち上がる。

 

 そしてまた魔法で空へと翔び上がっていった。

 

 

 何度も繰り返されている光景だ。

 

 

 戦況は変わらずクルードが優勢。

 

 何とか根性で愛苗が喰らい付きながらその力をどんどんと成長させていっているが、徐々に解放されていくクルードの地力が依然として上回り続けていた。

 

 最初から暫くは、彼女の成長ぶりや己の優位性に馬鹿笑いをあげながらクルードは戦っていた。

 

 

 しかし、今はその表情は真剣なものに変わっていた。

 

 さらにその顔が不機嫌なものに歪められる。

 

 

 倒れても立ち上がりその度に強くなっていく愛苗の力に危機感を覚えたわけではない。

 

 それはむしろクルードにとっては喜ばしいことのはずだ。

 

 

 クルードという悪魔はとても野蛮な性質を持つが、無為に他者を虐げて歓びを得るタイプの嗜好ではない。

 

 あくまで闘争の果てに相手を凌駕し蹂躙し、勝利というその結果を以てして最強と称賛を得る――それが彼という存在の意味だ。

 

 その過程で戦っている相手の抱く恐怖や殺意、敵意といった感情を好み摂取する。

 

 それ故闘争という行為、勝利という結果、それら無くしての称賛には意味がないと考えていた。

 

 

 だから、愛苗に対しても闘争心の源泉――つまり戦う理由、そしてその果てにある勝利の絵――つまり戦う意味、それらを求めた。

 

 心折れかける寸前で見出した彼女のそれらに一度は納得したのだが、戦いを再開してからこれまでの時間で違和感を覚えるようになっていた。

 

 

 その不可解さに不快感を抱いていた。

 

 

「――沈んじまえ……ッ!」

 

「きゃああぁああっ⁉」

 

 

 上から拳を叩きつけてまた愛苗を地に堕とす。

 

 

 しかし、言葉とは裏腹にその攻撃は絶妙に加減がされたものであった。

 

 

 クルードは闘争を愉しむ為にある程度相手に合わせて戦う性質がある。

 

 だが、今行っている手加減はそれとは少し種類の違うものだった。

 

 

 彼女はもう十分に強くなった。

 

 だからここからはもうクルード自身も己を解放して思う存分に力を奮いたい。

 

 彼の本来の行動ではそうするのが通常だ。

 

 

 なのに今もある意味相手を気遣ったような戦い方をしているのはアスとの契約の為だ。

 

 

『新たな魔王と為る為の協力をする』

 

 アスがそれをする代わりにクルードは今回のプロジェクトの邪魔をしない。

 

 そういった契約を昨日アスと結び、彼との揉め事を手打ちにした。

 

 

 本来であれば格上であるクルードの言が優先される。それが悪魔のルールだ。

 

 しかし『契約』というカタチをとると話が違ってくる。

 

 悪魔たちは自由奔放にそれぞれの享楽に耽る一方で、『約束』というものを重んじる。

 

 その為にクルードは現在のような行動を強いられていた。

 

 

 闘争によって強さを極め全てに勝利をする。その結果を以て自身を最強とする。

 

 悪魔にとって最強の象徴とは『魔王』だ。

 

 そこに至ることにクルードには強い拘りがあった。

 

 

 その為にこうして今回のプロジェクトに参加しているのだが、しかしこれは彼にとっては本意でも本分でもなかった。少しズレている。

 

 純粋な闘争の果てに是非を問うのがクルードという悪魔なので、アスの組み立てる計画や小細工などは、同じ闘争という行為でもクルードの本質とは乖離がある。

 

 純粋ではないと彼は感じていた。

 

 

 故に、そのズレに対して彼は苛立ちを感じていた。

 

 

 相手がまだとるに足らない実力だった時は気にならなかった。

 

 だが、こうして自分に近づいてきた今となっては非常に強い我慢を強いられていた。

 

 彼の本質はこういった活動には向いていないのだ。

 

 そういった小さな瑕疵と乖離がクルードの精神の不調に繋がっていた。

 

 

 自覚のない苛立ちをこめてクルードは眼下を睨む。

 

 

 地上の粉塵の中、ピンク色の魔力が輝く。

 

 

 小さく華奢なその身体には目に見えて疲労とダメージがある。

 

 だがこちらを見上げる目はまだ死んではいない。

 

 

 尽きることのない魔力と闘争心――それを感じさせられた。

 

 

 彼女がニンゲンであることを考えればその魔力はもう尽きていなければおかしいくらいだ。

 

 だが、クルードにはやはり彼女の闘争心――折れない心が気に掛かる。

 

 

「まだやる気か……⁉」

 

「もちろんです……!」

 

「オレサマには勝てねェ、諦めな!」

 

「そんなわけにはいきません……っ!」

 

 

 本心や本質とは矛盾するはずの言葉が口をつく。

 

 当然愛苗が諦めるはずがない。

 

 

 再び空に上がり対峙する。

 

 

「オレサマが強ェッ! オレサマが最強だ……ッ!」

 

「そうかもしれません……、でも、私だって負けられないんです!」

 

「負けられないだとォ? そりゃあ防戦だ。弱者の抵抗だ! 勝ち取るための戦いじゃあねェ! 何も奪えねェ! その先に何がある……⁉ 何の意味があってオマエは戦う⁉」

 

「なんのって……」

 

 

 その問いに愛苗は怪訝そうな顔をした。

 

 

「あの、言ってることおかしいと思います」

 

「アァ?」

 

「クルードさん、さっきは戦うことが全てで、理由とか他のことは全部いらないって言いました……」

 

「ウルセェんだよッ……!」

 

 

 矛盾を指摘するとクルードは激昂して襲い掛かってきた。

 

 これまでと同様の魔力を纏っての突進。

 

 

 愛苗は飛行魔法を使ってそれを回避する。

 

 

「それに無意味なんかじゃありません……っ!」

 

「グッ――」

 

 

 物凄い勢いで通り過ぎたクルードの背へ向けて魔法弾を放つ。

 

 それはちょうど急停止してこちらへ方向転換しようとしていたクルードに当たり、その出足を止めた。

 

 

「無意味だろうが……ッ! オマエはこの戦いに勝って何を得る⁉ 何もねェ! なのにその闘争心はどこからくる……⁉」

 

「なにもないことなんか――っ!」

 

 

 再び突っこんできたクルードを躱して愛苗は言い返す。

 

 

「みんなの平和と……生活が、街にはあるの……っ!」

 

「だからそれはオマエのモンじゃねェ! それは弱者の、奪われる者の抵抗だッ! オマエは強い側だ! そんなモンで強くなるわけがねェ……ッ!」

 

「そんなことないっ! みんなのしあわせがあるから……! そのためなら私は強くなれる……っ!」

 

 

 追ってくるクルードに魔法弾をバラ撒きながら空を翔ぶ。

 

 クルードはより強くチカラを解放してそれらを弾き返しながら怒りのままに突っ込んだ。

 

 

「そんなモンはまやかしだ! 強さはチカラだ……ッ!」

 

「ちがいますっ! 他の子のためにがんばれる子が強いんだ! 弥堂くんも七海ちゃんもそうだもん……っ!」

 

 

 魔法を魔力を身体をぶつけあいながら言葉もぶつけ合う。

 

 その言葉は己という存在の裡からくる真の想いと感情。

 

 それは魂のぶつかり合いだ。

 

 

 魂と魂が鬩ぎ合い、より強いモノが己の想いで世界を塗り替える。

 

 強いモノが世界を支配し、我を通すのだ。

 

 

「テメェら気持ちワリィんだよッ! テメェといい、あっちの男といい……! テメェらには『自分(テメェ)』がねェッ! 自分(テメェ)の欲求も、歓びもねェのになんでそれで戦える⁉ 何故立ち上がれる……⁉ 気持ちワリィんだよ……ッ!」

 

「がんばることは……キモくなんかない……っ!」

 

 

 愛苗の放つ弾幕にクルードが突っ込み、魔法弾が1発2発と巨体に当たる。

 

 3発目が当たった時にクルードの前進が止まり、4発目が彼を仰け反らせた。

 

 そこへ残りの魔法弾が殺到しクルードを地上へ堕とす。

 

 

他人(ひと)にキモいとか言っちゃ、BASTA(めっ)ーーッ!」

 

 

 落下するクルードに愛苗の魔力砲が直撃する。

 

 

 ピンク色の光の奔流がクルードを飲み込み、轟音を立てて地面に突き刺さった。

 

 

 さっきまでとは逆の立場になり、今度は愛苗が粉塵が晴れるのを上空から見下ろす。

 

 

 クルードは地に立っていた。

 

 だが、今までのように全くの無傷ではない。

 

 躰の其処彼処が煤けたようになっておりプスプスと焦げたような煙を上げていた。

 

 

「これくらいじゃまだ……、もっと……!」

 

 

 それは愛苗にも折り込み済みだったようで別段動揺はない。

 

 

 クルードの目玉がギョロリと動く。

 

 その目線の先はアスだ。

 

 

「モヤシヤロウ、もういいよな……?」

 

 

 禍々しく強大な魔力のオーラがその身から漏れ出す。

 

 

「もういいだろ……⁉ コイツはもう大悪魔級……ッ! それも魔王級にかなり近い……! オレサマと同じだ……ッ! もう手加減はしねェ……ッ!」

 

 

 アスの答えは待たずその力を全て解放した。

 

 

「ゥゥウウウゥオオォォオオォォ……ッ!」

 

 

 躰のサイズは然程変わらない。

 

 魔力が物質化し逆立った体毛のようにその身を覆う。

 

 より獣に近い姿へと変わった。

 

 

「ブッ殺してやるァ……ッ!」

 

 

 瞳に強烈な赤の光をギラつかせクルードは上空の愛苗に襲いかかる。

 

 愛苗は怯まない。

 

 彼女の瞳にも強い輝きがあり、胸に飾られた青い宝石の中の花が、その花弁を全開にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――アナタと彼女は一見真逆の性質の存在であるようで、確かにその存在の在り方にどこか似ているところがあるかもしれないですね……」

 

 

 ついに本気で殺しにかかりだしたクルードと愛苗の戦いを観察しながらアスが言う。

 

 

「――ですが、一方でそれでもその存在の向かう先(ベクトル)がやはり真逆だとも思えます」

 

 

 クルードが言っていた弥堂も愛苗も、尽きない闘争心があるようでしかしその源泉となる『自分』が無い――という話についてである。

 

 

「……似ているものかよ」

 

「おや? 珍しく今ムキになりましたね? 何か思うことでも」

 

「別に。何か言っているようで実質何も言っていない、そんなコメントに呆れただけだ」

 

「フフフ、しかしよくそんなアナタ方が共存していますね。普通は思想が相容れないか、そうでなくとも同族嫌悪を起こしそうですが」

 

「別に共存しているつもりもない」

 

 

 若干の興味がありつつも揶揄うようなアスの言葉に弥堂はにべもない。

 

 

「マナぁ……」

 

 

 傍らでは心配そうにメロが戦闘の映像を見守っていた。

 

 同じ映像を見ている弥堂の表情は全く動いていない。

 

 

 アスは目を細めて弥堂の感情の動きを覗き、そして怪訝そうに彼に問いかけた。

 

 

「……アナタは少しは心配をしたりしないんですか?」

 

「なんの心配だ?」

 

「魔法少女のこともそうですが、街のニンゲンたちのこともです」

 

「俺が心配をしたら何か状況が変わるのか?」

 

「ふむ……、本気で言っていますね……」

 

 

 徹底した個人主義ぶりに半ば呆れを見せる。

 

 

「今グールに襲われている者の中にはアナタの知り合いだっているでしょう? 情はないのですか?」

 

「…………」

 

 

 言われて初めて弥堂は映像の中の知人へ眼を遣る。

 

 

「……答えは変わらんな。今ここで俺が何を思おうと彼らは救われないだろう」

 

「喪失への恐れ、奪われることへの怒り、そういったものも感じないと?」

 

「感じたところで、だ。今日ここで死ななかったとしても人は必ず死ぬ。どれだけ俺が彼らを惜しもうと死ぬし、どれだけ守ろうとしたとしてもやはり死ぬときは死ぬ。そんなことにいちいち気を揉んでも無意味だ」

 

「あぁ……なるほど。少し見えました。それは“慣れ”ですね?」

 

「どうだろうな」

 

 

 どうでもよさそうに答える弥堂にアスは薄く微笑んだ。

 

 

「その“慣れ”が今日も上塗りされるかもしれませんね」

 

「そうか」

 

「だって、ほら。街のニンゲンの全滅は時間の問題ですよ?」

 

「そうかな?」

 

「なんですって……?」

 

 

 人々の無事など諦めたかのような論調だった弥堂がそれを否定したことでアスの片眉が跳ねる。

 

 

「見てみろ――」

 

 

 そのアスへ弥堂は一つの映像を指す。

 

 

「これは――」

 

 

 それを見たアスの目が驚きに見開かれた。

 

 

 

 

 

「――あぅ……っ⁉」

 

 

 愛苗は再び地に叩きつけられる。

 

 彼女自身目覚ましい進化を見せてはいるが、それでもまだクルードの本気には届かなかった。

 

 

 彼女はまた立ち上がろうし――

 

 

――だが身体に力が入らずに前のめりに倒れてしまった。

 

 

「うぅぅ……っ、私、まだ……っ!」

 

 

 気力はまだあるのに身体が着いてこない。

 

 愛苗は顔に悔しさを滲ませるが、やはりどんなものにも限界はあるようで視界がうっすらとぼやけてしまった。

 

 

「やっと諦めやがったか」

 

 

 その近くにクルードが降り立つ。

 

 嘲るようなその言葉に愛苗は拳を握る。だが、それ以上のことは何も出来なかった。

 

 

「あきらめてなんか……っ!」

 

 

 でも身体は言うことをきかない。

 

 

「私が、プリメロだったら……、負けないのに……! 負けちゃいけないのに……!」

 

 

 人には生きる時間の中で何度か限界を知る機会がある。

 

 これ以上は超えることが出来ない――そんな壁が、ラインが、目の前に現れることがある。

 

 

 水無瀬 愛苗にとって、今がその時なのかもしれない。

 

 

「私が……、がんばらないと……っ!」

 

「フン、ムダだ」

 

 

 心折る挫折への抗い――

 

 そんな弱者の仕草をクルードは鼻で嘲笑った。

 

 

「さっきも言っただろ? 頑張ったところで何になる?」

 

「がんばれば、みんなが……」

 

「そのみんなはオマエを見ない」

 

「――っ!」

 

 

 直情的な物言いをするクルードが冷たく静かに言い放った。

 

 

「オマエが頑張ったところで誰もオマエを覚えない。たとえここでオマエが勝ったところで誰もそれを知ることはない……。自分の身に起きてること、わかってんだろ?」

 

「そ、そんなの……」

 

「オマエがここで他のヤツらの為に自分を犠牲にして血反吐を吐いたところで、ソイツらは誰一人オマエに感謝もしなければ称賛もしねェんだ」

 

「…………っ」

 

 

 クルードの目に再び激情が宿る。

 

 

「そんな王はいない……ッ! そんなことに意味はない! これ以上は頑張ってもムダだッ! もう折れちまえ!」

 

(くやしい……っ!)

 

 

 一方的なクルードの物言いに愛苗は歯噛みする。

 

「そんなことはない」と言い返したいが、だが現実は彼の言うとおりで、自分は何も出来ず、彼に勝てず、もう立ち上がることすら出来ない。

 

 

(がんばったら、なんでもできるって……! 魔法少女ならみんなのためにがんばれるって……!)

 

 

 そう信じていた。

 

 

 しかし、想いだけではどうにもならない現実が彼女の前に立ちはだかり、それを認めるよう強要してくる。

 

 

(このままじゃ弥堂くんもメロちゃんも街の人たちも……、それにお父さんお母さんや、七海ちゃんだって……っ。でも、もう……、ダメなのかな……?)

 

 

 奇跡の否定は彼女の魔法の否定。

 

 それはその存在の在り方の否定だ。

 

 

 元々強いモノには勝てない。

 

 弱いモノは弱いままでただ悲しみを負う。

 

 

 そんな辛く残酷な現実の前に愛苗の魂の根幹がまた揺らぎそうになる。

 

 

 そんな姿を見て、もう心が折れる直前の様子に、上機嫌を取り戻したクルードはバカ笑いを上げた。

 

 

「ギャハハハハッ! やはりオレサマだ……! 王だッ! 獣の王……ッ! オレサマこそが相応しい……!」

 

 

 愛苗は言い返すことも出来ず、彼へ顔を向ける力すら残っていない。

 

 

「モヤシヤロウ……! バカどもが……ッ! なにが増やすだ! そんなモンいらねェよ……! オレサマがコイツを喰って……! そして次の魔王と為る……ッ!」

 

 

 両腕を広げて天に向かって獣は吼えた。

 

 

「クハハハハハッ! 景気づけにこの街のニンゲンは皆殺しだァ……ッ! 全員ブッ殺してやるぜェ……ッ!」

 

「……そんなこと、させない……」

 

 

 その言葉に愛苗が反応して身動ぎをする。

 

 しかし、それだけだった。

 

 

 クルードは目に残忍な色をこめた。

 

 

「ハッ――ムダだってまだわかんねェのか⁉ オマエはオレサマには勝てねェし、もし勝てたとしても今から街に向かったって間に合わねェよ! その頃にはグールどもに食い荒らされてるぜェ……!」

 

「う、うぅ……っ」

 

「お? オイオイ、見てみろよ。あの逃げてたニンゲンこけちまったぜ? もうダメかもなァ?」

 

「えっ――」

 

 

 クルードが愉快そうに示した映像へどうにか顔を向ける。

 

 だが――

 

 

「――アン? なんだァ?」

 

 

 愛苗がそれを見るよりも先に、愉しげにしていたはずのクルードが不可解そうな声をあげた。

 

 遅れて愛苗は映像を目にする。

 

 

「あ、あれは――っ⁉」

 

 

 そこで彼女の目に飛び込んできたのは――

 

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