俺は普通の高校生なので、   作:雨ノ千雨

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1章74 生まれ孵る卵《リバースエンブリオ》 ②

 

「――な、何が起こったの……?」

 

 

 胸を押さえ地に蹲りながら、変貌を遂げたアスを愛苗は呆然と見上げる。

 

 

「……悪魔には“魔核(コア)”と呼ばれる部位がある」

 

「え?」

 

 

 ぼそっと喋り始めた弥堂の方へ愛苗もメロも目を向けた。

 

 

「俺たちでいう心臓に近いものと考えろ。生命の根幹でありながら、“魔核(コア)”はソイツそのものでもある。だから普段はヤツらが棲息する場所へそれを隠し、こちらへちょっかいをかけに来る時は自分の一部をアバターのようにして現界している」

 

「フフフ……、それが出来るのは一定以上のチカラを持った悪魔だけですがね」

 

 

 アスは得意げに補足を入れる。

 

 どうやらすぐに襲い掛かってくるつもりはないようだ。

 

 

「……そして、悪魔は他の悪魔の“魔核(コア)”を喰らうことで、そいつの存在を取り込んで自身の存在の強度を上げ、魂の位階すら上げることが出来る……、らしい。俺も初めて見た」

 

「そ、そんな……、それじゃあ……」

 

「……想像のとおりだと思うぞ」

 

 

 クルードの“魔核(コア)”を取り込んで、見た目からして強靭な肉体となったアス。

 

 それはクルードの強さと、元々のアスの知能。

 

 それを併せ持った存在であり、元のアスの強さも相まって――

 

 

「――先程のクルードよりも遥かに強い。そう考えて頂いて問題ないと思いますよ。ククク……」

 

 

 泰然とした仕草でアスは笑った。

 

 自身の躰の調子を確かめるように手を握ったり開いたり、腕を動かしてみたりとしている。

 

 

 

 弥堂はチラリと愛苗を見る。

 

 喋れなくなるほどではないようだが、まだ体調が思わしくないようだ。

 

 

「……なるほどな」

 

「ん?」

 

「ようやくお前の目的がわかったぞ」

 

「ほぉ」

 

 

 少し時間を稼ぐためにアスの興味を惹く。

 

 

「聞きましょうか」

 

 

 姿が変貌したといっても元の本質は変わっていないようで、アスは愉しげに瞼を細めた。

 

 

「魔法少女をダシにして他の悪魔を弱らせ、それを喰う。そしてお前が魔王になる。それがお前の狙いだったんだろう」

 

「違いますよ?」

 

「なんだと?」

 

 

 しかし弥堂の見当と目論見は外れたようで、あっさりと否定をされた。

 

 

「それを語ってもいいのですが、その前に――少しウォーミングアップに付き合って頂きましょうか」

 

「なに――」

 

 

 その言葉に疑問を口にするよりも早く、アスの姿が消えた。

 

 

「――さぁ、防御なさい」

 

「なっ――」

 

 

 次の瞬間には弥堂の横――

 

 地に膝を着ける愛苗の目の前で、足を開いて拳を振りかぶっていた。

 

 

「水無瀬――」

 

「ス、【光の盾(スクード)】ッ」

 

 

 間一髪、防御魔法を発動させる。

 

 アスの拳はそれに轟音をたてて直撃し、掬い上げるように愛苗を空中へと打ち上げた。

 

 

「――きゃああぁっ⁉」

 

「次です――」

 

 

 高度を上げる彼女を見上げながら囁くと、ブンッと再びアスの姿が消える。

 

 そして次の瞬間には、打ちあがってくる愛苗の上空で待ち受けていた。

 

 

「くぅっ! 【飛翔(リアリー)】!」

 

 

 愛苗はすぐさま飛行魔法で自身の身体を制御し、同時に魔法弾を複数バラ撒く。

 

 

「そんなつまらない目晦ましは不要。撃ってきなさい、大技を」

 

「いきますっ! Lacryma(ラクリマ) BASTA(バスター)ァァーッ!」

 

 

 余裕たっぷりに魔法弾を弾き飛ばすアスへ、愛苗は要望通りに渾身の魔力砲を撃った。

 

 

「ふん――ッ!」

 

 

 だが、それは片手で簡単に握り潰されてしまった。

 

 

「そんな……⁉」

 

「ハハハハハ……! 素晴らしいこのチカラ……ッ!」

 

 

 愕然とする愛苗の前でアスは己の掌を見下ろして嗤った。

 

 

「馬鹿だ、低能だと蔑んでいましたが、なるほど。確かにこれだけのチカラがあれば大抵のことは力尽くでどうにでもなる。そうなるのも頷けなくはない。ククク……」

 

「力に酔っているようじゃ所詮は三流だぞ」

 

「ハッ――」

 

 

 時間稼ぎにと地上からそう挑発をしたが、軽く嘲笑われる。

 

 弱者からの誹りなど口ほどにもないのだろう。

 

 

「それなら……、もう一回、ホンキで……っ!」

 

 

 今のアスの強さを目の当たりにし、愛苗はクルードとの決戦時のように魔力オーラを大きく放つ。

 

 

 だが――

 

 

「――あぐぅっ……、いたい……っ!」

 

 

 その瞬間、また胸に強烈な痛みが奔り、放出しかけた魔力は霧散し、彼女は胸を押さえたまま落ちていく。

 

 

「マナッ⁉」

 

「おっと――」

 

 

 メロの叫びよりも早く、アスがまた姿を消すと落下していく愛苗を受け止めた。

 

 

「え……?」

 

「困りますよ。躰は大事にしていただかないと。もうアナタだけの御身ではないのですよ?」

 

 

 戸惑う愛苗を腕に抱きかかえたままアスはゆっくりと降下する。

 

 

 そして弥堂やメロの近くに、丁寧に彼女を下ろした。

 

 

「――【切断(ディバイドリッパー)】」

 

 

 アスが腰を屈めて愛苗を放し、そして姿勢を戻す瞬間。

 

 そのタイミングを狙い、弥堂は聖剣を使ってアスの眼球を狙う。

 

 

 しかし、またフッとアスの姿が消え、その攻撃は空振った。

 

 

「フフフ……」

 

 

 すこし離れた場所から冷たい笑い声が届く。

 

 

「このタイミングでは殺しに来ないだろう――それを積極的に狙っていくのがアナタの戦闘論理(バトルロジック)の基本的なコンセプトですね?」

 

「…………」

 

「涙ぐましい弱者の工夫。好感が持てます。ですが、私にはもう不要な思考」

 

 

 弥堂はそれには答えなかったが、アスは勝手に結論をつけたようだ。

 

 すぐに別の話に移る。

 

 

「あぁ。そんなに警戒しないで大丈夫ですよ」

 

「敵にそう言われて信じる馬鹿がどこにいる」

 

「少し力試しに付き合って頂いただけです。私には彼女と戦ってどうこうするような心づもりはありません。ありがとうございました」

 

 

 そう言ってアスは苦しむ愛苗へ丁寧に腰を折る。

 

 

「おかげで今の自分がどの程度の強さを持っているか概ね把握出来ました。先のクルード程度なら軽く捻れる。ですが、先の万全なステラ・フィオーレが相手では負ける可能性の方が高いかもしれない。まぁ、そんなものでしょう」

 

「…………」

 

「そんな目で睨まないで下さいよ。もう攻撃の意思はありません。それに、私は彼女の敵ではないのですから」

 

「なんだと?」

 

「もう、敵ではない。敵役ですらなくなった。ハハッ、アハハハハハ……ッ!」

 

「こいつ……」

 

 

 また笑いだすアスを弥堂は魔眼で視る。

 

 

 基本的には元のアスのままの人格のようだ。

 

 だが、所々に野蛮な言動が見えてくる。

 

 パワーアップした己の力に酔い、興奮状態にあるのだろうか。

 

 それとも――

 

 

「さて――」

 

 

 考えていると、アスがまた“世界樹の杖(セフィロツハイプ)”を操作した。

 

 すると、龍脈の明滅が強まり耳障りな異音まで聴こえてくる。

 

 暴走が激化しているのだろう。

 

 

 ハッと気が付いて水路の方へ眼を向けると、そこから這い出るグールの数も増えているようだ。

 

 

(本気で一万体も魔物を生み出すつもりか? だがそれで――)

 

 

 弥堂はアスへ視線を戻す。

 

 

「――なにをするつもりだ?」

 

「うん?」

 

 

 弥堂の問いにアスは首を傾げる。

 

 先程までの優男然とした姿の時はそれなりに様になる仕草も、今の彼の姿でやると色んな意味で気持ちが悪い。

 

 

「そう何度も問われても困りますね。私の目的は最初から何一つ変わってはいないのですよ」

 

 

 言いながらアスは杖の持ち手に浮き出た顔面に新しい針を取り出して刺した。

 

 不快な杖の悲鳴と共に、杖を中心とした地点から魔素が集まって、煙のようになったそれが愛苗の方へ向かう。

 

 

「な、なにっ……?」

 

 

 胸の痛みで動けない彼女はそれに包まれた。

 

 そして“Blue Wish”がそれを吸い込んでいく。

 

 

「――いっ⁉ いたいっ! いたい……っ!」

 

「マ、マナ? どうしたんッスか⁉」

 

 

 介抱しようとするメロの声も届かないくらいに、彼女は一層苦しみ始める。

 

 

「なんだ……⁉」

 

 

 その様子を視ていた弥堂の眼にも異変が起こる。

 

 

 先も一度あった現象だが、眼に映る彼女の姿――その輪郭が歪み、映像が幾重にも重なり、解像度が落ちたかのようにボヤケて不鮮明になる。

 

 意識して魔眼へ送り込む魔力を強めて、彼女の“魂の設計図(アニマグラム)”を強く意識すると、やがてその現象は落ち着いた。

 

 

(なにが起こっている)

 

 

 非情にまずい事態だと謂えた。

 

 

 敵はあと一体。

 

 本人の言を信じるのなら、愛苗さえ万全なら討ち倒すことは可能。

 

 だがこの土壇場でその本人が体調不良。持病の発作を起こしてしまった。

 

 

(運が無いな……)

 

 

 結局はそんなものかと諦めようとして、ハッと違和感を覚える。

 

 

「待て……」

 

 

 思わず呟き、愛苗の苦しむ様子に注視する。

 

 

(これは本当に病気の発作なのか……?)

 

 

 嫌な予感を感じ、メロがそうしているように弥堂も愛苗の横に膝をつける。

 

 

「水無瀬、聴こえるか?」

 

「ぅくっ……、び、びとうく……っ」

 

「今すぐ変身を解け!」

 

「え……?」

 

 

 茫洋とし始めた彼女の瞳を視て端的に告げる。

 

 

「変身を解け。そのペンダントを破壊する」

 

「少年⁉ なにを……」

 

「いいから早くしろ。“生まれ孵る卵(リバースエンブリオ)”、元凶はそれだろ。それを壊せば――」

 

「――無駄ですよ」

 

 

 必死の思考を嘲笑うかのようなアスの声が挿しこまれる。

 

 

「無駄です。それはただのデバイス。卵ではない」

 

「……どういうことだ?」

 

 

 アスを一睨みしてから弥堂はメロへ問う。

 

 

「あっ……⁉ あ、あぁ……、ジ、ジブン……、ちがくて……っ。マナの……」

 

 

 意味を成さないメロの声は、愛苗が上げた一際大きな悲鳴に掻き消された。

 

 反射的に全員が愛苗の方へ目を向ける。

 

 

 地に倒れながらもがき苦しむ愛苗。

 

 まず変化が見られたのはそのコスチュームだ。

 

 純白に輝いていたその服が色と輝きを失い薄汚れていっているように見える。地面をのたうっているから、という理由だけではないだろう。

 

 

 そして(ほつ)れた服から伸びる糸のように、細い蔓のような物がいくつもコスチュームから出てくる。

 

 その蔓のいくつかは地面に刺さり地中へと伸びていった。

 

 

「なんだこれは……」

 

 

 その現象に弥堂すら言葉を失う。

 

 そして同時に自身が抱いた違和感の正体に気が付いた。

 

 

「そうだ……」

 

 

 先程クルードを斃した後の、宙に漂う魔素が彼女のペンダントに吸われた現象。あれを見た時の違和感。

 

 

 いつもの光景と言えばそうなのだが、それはいつも常に自分が勘違いをしていたというだけの事実に繋がる。

 

 

 魔法を使い周囲に魔素を生み出し、斃したゴミクズーのモノも含めて魔素を吸収して自身の魂の強度を上げる。

 

 

 魔素を吸っていたのはペンダントのはずだ。

 

 ならば、何故それで水無瀬 愛苗の“魂の設計図(アニマグラム)”に影響が出る。

 

 ペンダントと彼女は別のモノなはずなのに。

 

 

 他の魔素を吸い上げて己の強度を上げる。

 

 まるで魔物――ゴミクズーのような特性を持つそれが“生まれ孵る卵(リバースエンブリオ)”なのだとしたら――

 

 

「まさか卵とは――」

 

「――そのとおり!」

 

 

 弥堂のその気付きにアスが歓喜の声を上げた。

 

 

「“生まれ孵る卵(リバースエンブリオ)”とは、心臓に寄生し同化する。卵それ自体が元は一つの悪魔……ッ!」

 

「持ち主と同化するだと……?」

 

「孤独な魂……、他に信じるモノもなく縋れるモノもない。未だナニモノでもなく、それでいながら強い願いを持つ魂……ッ! それが“生まれ孵る卵(リバースエンブリオ)”を寄生させる適格者……ッ!」

 

「心臓に寄生……」

 

 

 弥堂はメロへ眼を向ける。

 

 彼女は俯き震えていた。

 

 

 新しい心臓に換えない限り、手術をしない限り治る見込みのない病気。

 

 なのにメスを入れることもなく、死の際まで追い込まれた病状が奇跡的に回復。

 

 その理由が明らかになった。

 

 

「魔法少女への変身とは一時的な悪魔化。これは少々語弊がありますが、まぁそんなようなものです。そして魔法少女という個体を造り、魔法を使わせ、ここの世界に魔素を生み出す……!」

 

 

 種明かしでもするようにアスは朗々と語る。

 

 

「また卵自身もそれを吸い取りながら成長していき、やがては魔王にまで至る……ッ!」

 

「“生まれ孵る卵(リバースエンブリオ)”とは人間を魔王に孵る為の卵にすること……」

 

「そのとおりですッ!」

 

 

 弥堂の相槌が気に入ったようでアスは正解を出した生徒へするように拍手をした。

 

 

「そんなことが出来るはずが……」

 

 

 しかし、その正解を述べたはずの生徒――弥堂の方が懐疑的な眼をアスへ向ける。

 

 

「それもまたその通りです」

 

 

 そしてそれを認めた。

 

 

「簡単なことではありません。ニンゲンに卵を寄生させることは基本的にはどの個体にも可能。9割以上死にますがね。さらに一定の適正――つまり魔力運用が出来ないと魔法少女には為れない。その上で魔法少女から魔王の位階まで上がってこられる、そんな奇跡のような存在なんて……」

 

「『世界』が許しはしない」

 

「えぇ。どうしても“魂の設計図(アニマグラム)”、ニンゲンとしての、元の存在としての規格の限界がありますからね。ですが、その壁を突破する――そんな奇跡を可能にする条件が二つあります!」

 

「奇跡の条件だと……?」

 

 

 自身の嫌いな言葉。

 

 それを悪魔の口から聞かされ殊更不快感を露わにする。

 

 

「まずは母体の適正。この適性がある者がなかなか見つけられなかった。しかし今回ついに、それが見つかった。魔王への孵化。それに耐えられる母体を見つけた……!」

 

「それが――」

 

「――えぇ。それが彼女。彼女こそが奇跡の異常個体ですッ!」

 

 

 アスの視線に釣られて弥堂も愛苗を視る。

 

 

 確かに弥堂も初めて彼女を眼にした時に、『なんだこのバケモノは』と、そう感じた。

 

 それは“生まれ孵る卵(リバースエンブリオ)”によって彼女がそうされていたのではなく、彼女の生まれつきの才能ということだったようだ。

 

 

「そしてもう一つの条件が“生まれ孵る卵(リバースエンブリオ)”。正確にはこれを創ったモノ……ッ!」

 

「創った?」

 

「そう。これは道具なのですよ。一つの目的の為に創られ、それを可能にする仕組みを与えられ、条件が整ってさえいれば再現が可能な道具! そしてそれを創ったのは私の父です」

 

「悪魔の魔道具……」

 

「魔王ファウスト――原初の魔王に数えられる内の一体。知の蒐集家であり、稀代の発明家。それが私の父であり、彼の方もまた異常個体と呼べる……! ここに条件は二つとも揃った!」

 

(魔王の内の一体……?)

 

 

 弥堂はその部分に眉を顰めたが、興奮を禁じえない様子のアスは答えへ進む。

 

 

「“生まれ孵る卵(リバースエンブリオ)”とは、その存在の意味を書き換え、為り変わり、生まれ変わり、別のモノへと生まれ孵る! 魔王を生み出す為の卵なのです!」

 

 

 全ての存在はこの『世界』で生まれながらに“魂の設計図(アニマグラム)”によってその意味を規定され、それを拡げる範疇を規制される。

 

 自分でも他者でも、その“魂の設計図(アニマグラム)”を書き換えるなどということは絶対に出来ないし、それは『世界』が許さない。

 

 

 その『世界』の真理に、絶対の法に、抗えない原理原則に挑んだ狂気の悪魔。

 

 魔王ファウスト。

 

 

 その存在を知り、弥堂は歯を噛む。

 

 

 仮に今ここで、目の前のアスを撃破し、そこいらのグールどもを皆殺しにしたところで、その上でまだアスを上回るような魔王がバックに居る。

 

 アスがプロジェクトと呼んでいたモノはそんな深さを持ったモノで、そしてその規模も――

 

 

(これは最早人類全てで……)

 

 

 世界の命運をかけて争うような規模のものだ。

 

 いくら魔法や魔術が使えるからといって、一介の高校生が何人かで相対するような話では全くない。

 

 

 さらに言うのなら、たとえ人類全てで戦争をしたとしても、本気で争う気になった悪魔どもに勝てるわけがない。

 

 そしてまたさらに、最早人類が出る幕でもない。

 

 

(そんな規模の話だというのなら出てくるのは人類ではなく――)

 

 

「――かつて戦争がありました……」

 

 

 弥堂の思考を遮るように、アスが遠くへ語る。

 

 

「アナタたちニンゲンには遠い昔のことですが、我々にとっては少し前、くらいですかね。当時の担当の者が少々調子に乗り過ぎましてね、我々悪魔と天使の間で戦争が起こりました」

 

「…………」

 

 

 人間である弥堂には、神話のような現実味のない話。

 

 だが本人である悪魔が語るのならば真実なのだろう。

 

 

「あの忌々しい“WHITE”どものせいで、我々は随分数を減らしてしまいました。雑魚はいくらでも生まれますからどうでもいいのですが、魔王の数が減った。何体かの魔王まで滅ぼされてしまったのは、長く我々の社会において傷跡を残すことになってしまいました」

 

「魔王が……、減った……?」

 

「その際にウチの父が思い付きで、魔王を意図的に生み出せないものかと創ったのが“生まれ孵る卵(リバースエンブリオ)”なのです。とはいえ、当時は適正者が見つからず、先に父が飽きてしまいまして。碌に効果を検証もされないままこの道具は倉庫に放り込まれていたのですよ……」

 

 

 溜め息混じりにアスは言う。

 

 魔王ファウストとは随分といい加減なモノのようだが、強力な悪魔ほどその人格部分は人間の理解の及ばないモノだ。

 

 

「それが最近になって、これを使おうと言い出した方がおりましてね。これは私にとっても青天の霹靂だったのですが、しかしいくら放置されていたとは言っても、父の作品を使う以上は私たちの誰かしらは観測をせねばならない。なので私がプロジェクトに志願したのです」

 

「……? お前の父が主導している話ではないのか?」

 

「えぇ。本人は何処にいるのかすらわかりません。気紛れで自由な方ですので。それに一度飽きたモノにあの方が再び興味を向けることは滅多にありません。だから私たちが大変なのです」

 

 

 ということは、魔王であるファウストに近しい権限を持つモノがまだ別に居ることになる。でなければ魔王の私物を勝手に使うことは許されないはずだ。

 

 

(人間の常識であればそうだが……)

 

 

 果たして悪魔の社会にその常識がどこまで通じるのか。

 

 弥堂はまたも底が見えなくなった話に眉間を歪めた。

 

 

「というわけで、最初に言ったとおり、これは我々悪魔の少子化を解決して、ついでに『世界』の魔素の循環も良くする。そういったプロジェクトです」

 

「……魔王を増やして天使どもに報復でもするつもりか?」

 

「それはどうでしょう? 私個人としてはどうでもいいですね。平穏に効率よく社会のシステムが回っている方が心地よいです」

 

「だが、こんな大きなことを――『世界』の理に反するようなことをすれば……」

 

「えぇ。出てくるでしょうね。クソのような“WHITE”どもが。その時はその時。ヤツらに強い恨みを持つ魔王も居ますし、ね」

 

「とはいえ、確実な成果を出す前に天使どもとやり合うのは割に合わない。だから――」

 

「――そうです。だから目途が立つまでは目立たないようにする必要があった」

 

「もう、その段階は超えた……」

 

「はい。アナタ決して頭はよくないですが、そういった部分の察しは悪くないですね。どうです? アナタも“生まれ孵る卵(リバースエンブリオ)”に寄生されて魔王化にチャレンジしてみませんか? 魔法の適正すらないので間違いなく死ぬと思いますけど」

 

「考えておくよ」

 

 

 せめてもの意趣返しに適当な返事を返すが、アスは愉しげに笑うだけだ。

 

 

「フフフ、気分がいいので他に質問があれば答えますよ? どうせ彼女が孵化するまですることもないですし」

 

「…………」

 

 

 弥堂は考える。

 

 だが、何も見つからない。

 

 ここから自分の出来ることが何もない。

 

 

「……魔王とは複数いるのか?」

 

「ん?」

 

 

 なので、どうでもいいことを聞いてみた。

 

 

「えぇ、そうですよ」

 

「なのに足りないと?」

 

「何があるかわからない世の中ですからね。先のことを考えれば多いに越したことはありません。普通の悪魔が莫大な時を経たとしても、魔王になれる確率など一桁以下ですから」

 

「それで少子化対策、ね」

 

「そのとおりです。嘘は言ってませんよね?」

 

「魔王とは悪魔の王という意味か?」

 

「変なことを気にするんですね。正確には“魔王級”、その手前は“大悪魔級”と、位階を表す分類上の呼び名だというのが本来の意味です。つまり魔王とは悪魔の中でも最上位の存在という分類」

 

「だが、お前らは強いモノに従う」

 

「そう。だから事実上の王でもある」

 

「なるほどな。そういう意味か」

 

「なにか?」

 

 

 納得の意思を見せた弥堂に対して、アスはどこか違和感を覚え問いを返す。

 

 

「別に。俺の知っている魔王とはちょっと違うように感じたから訊いただけだ。大した意味はない」

 

「魔王を、知っている……?」

 

 

 そして続いた弥堂の言葉にアスがさらに眉を顰めた瞬間、一際強く愛苗の悲鳴が響いた。

 

 

 彼女のコスチュームから伸びる蔓の数が増えている。

 

 衣服からの解れだけでなく、スカートや胸元、袖の中からも溢れてきた。

 

 

「アハハハハハハ……ッ!」

 

 

 今までの弥堂との話など無くなったかのように、アスはその光景に歓びを露わにする。

 

 

「ここまできたらもう止められないッ! 生まれますよ! もうじき! 新たな魔王が! 新世代の王が!」

 

「マ、マナ……! クソッ……!」

 

 

 彼女を心配するメロはアスの耳障りな高笑いに苛立つが、しかし彼女にもどうしようも出来ない。

 

 

「さらに――ッ!」

 

 

 アスは握った手を叩きつけるようにして、“世界樹の杖(セフィロツハイプ)”の顔面に一際太い針を突き刺した。

 

 これまで以上の絶叫を杖が上げる。

 

 

 すると、杖によって操作をされていた周囲の魔素が集結して密度を上げ、また煙のようなカタチをとり何処かへ向かう。

 

 

「あれは――」

 

 

 煙が向かった先にあったのは空間の裂け目だ。

 

 

 クルードが己の全てを現界させる時に使った次元の裂け目。

 

 それがまだ残っていた。

 

 

 集まった魔素がその裂け目にとりつくと、穴が拡がる。

 

 

「なんの真似だ……っ?」

 

「見ていればわかりますよ」

 

 

 アスは不敵に哂う。

 

 

 やがて徐々に裂け目は大きくなっていき、クルードの時と同じようにそこからナニカが出てきた。

 

 数が多い。

 

 

 黒い、小さな靄のようなモノがいくつも穴の中から出て来て、そしてそれらは水路から這い出たグールたちの方へ向かった。

 

 

 黒い靄が屍人に取り憑く。

 

 

「あ゙あ゙あ゙あ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙っ゙ぁ゙ぁ゙……っ!」

 

 

 間延びしたような呻きしかあげなかったグールたちが苦しげに、だが力のこもった声を発する。

 

 そしてその腐敗した肉体が肥大化する。

 

 

 服を全て突き破ってヒトのカタチをした2m弱の巨体となる。

 

 顔を失い元の人の特徴などなく、ただの肉の塊のように見える。

 

 

 ヒトを模した肉人形。

 

 生皮を剥いだようなピンク色の瑞々しい肉の塊。

 

 申し訳程度の頭部に口だけが空いている。

 

 だが、グールの時のような脆弱さは感じられず、腕も足も太くなり見た目からして強靭さが窺えた。

 

 

 全てのグールが肉人形に変貌していく。

 

 

「フフフ、魔王の誕生記念です。たまには“劣等(ゴミ)”どもにも福祉をしてあげようかと思いまして。彼らは自力では受肉出来ないので、こちらへ出てくる機会は早々ありませんから」

 

「あれはまさか……」

 

「アナタ方が“レッサーデーモン”と呼ぶ最底辺の悪魔ですよ。下等な魔物(ゴミクズー)よりは少し上、そこの下級悪魔よりは少し下。そんな程度のカスです。ですが――」

 

 

 アスは大仰な仕草で腕を広げ、レッサーデーモンの軍勢を示す。

 

 

「――ですがその数は4千ッ! まだまだあと5千以上は出てきますよ!」

 

「悪魔の大軍勢……」

 

「人間界で魔王が生まれるとあっては天使どもに気付かれないはずがない! 遅かれ早かれ戦争が起きる!」

 

 

 弥堂は直感的に空間の裂け目をもう一度視た。

 

 その大きさはまだまだ拡大していっている。

 

 

「新たな王の誕生を総出で祝いましょう! 裂け目が拡がりきればもしかしたら暇をしている魔王の誰かも出てくるかもしれませんねッ!」

 

「神話の再現……」

 

 

 人間界を舞台に天使と悪魔が戦争をする。

 

 天使は悪魔と敵対することが多いが、決して人間の味方などではない。

 

 人間の存在などお構いなしに力を奮い、なりふり構わず『神の敵』を滅しようとする。

 

 ある意味、悪魔の方が人間に配慮をしてくれる。

 

 

 だから、そんな二勢力が人間の世界で本気で戦争をするということは――

 

 

――それは人間たちにとっては文明の滅びにも等しい。

 

 

「開きますよ! 地獄の門がッ! ここからが本当の最終幕ですッ!」

 

 

 開戦の合図のようなアスの叫びに肉人形たちが呼応し吠える。

 

 大気を震わすような軍勢の咆哮。

 

 戦争の空気、戦場のニオイ。

 

 懐かしい場所。

 

 

 足元には傷つき倒れ、苦しむ少女。

 

 それを気遣う戦う力のない少女。

 

 

 この手にはチャチなナイフが一本。

 

 

 まさにここは地獄と化した。

 

 

 このような絶望の光景の前に弥堂がごとき人間に出来ることなど最早何もない。

 

 軍勢に踏みつぶされて死ぬだけだ。

 

 

 最大戦力である魔法少女は魔王に侵食され戦闘不能。

 

 彼女の問題を解決すればあるいは逆転もあるのかもしれないが、その術は弥堂には見当もつかない。

 

 欲望に忠実な悪魔がここまで慎重に事を進めてきて、その上で『もう止められない』と言うのならば、事実そうなのだろう。

 

 

「潮時か」

 

 

 変貌を終えた順にバラバラにこちらへ歩き出す悪魔の軍勢を見ながら、口の中でそう独り言ちた。

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