俺は普通の高校生なので、   作:雨ノ千雨

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1章74 生まれ孵る卵《リバースエンブリオ》 ④

「――これは……、だいぶマズイね……っ」

 

 

 目の前の光景に紅月 聖人(あかつき まさと)は笑顔を引き攣らせた。

 

 

 美景の港から約百数十㎞ほど離れた海の上にある地図に無い無人島。

 

 その島の中心に位置する屋敷からほど近い大きな泉。

 

 

 その泉の水面の上に、大きな門が出現していた。

 

 

 荘厳な石造りの門。全体が強力な魔力で覆われている。

 

 どう見ても自然にそこに在ったモノでも、その場に造られた物でもない。

 

 

 その門はまだ開いてはいない。

 

 だが、両の扉の間には隙間が空いており、そこから瘴気のような空気が漏れ出ている。

 

 その瘴気は周辺の温度を下げ、泉の水面が徐々に凍っていっていた。

 

 

「これは――どっちだ? “二年前”と同じか?」

 

 

 門へ鋭い眼差しを向けた天津 真刀錵(あまつ まどか)が問うと――

 

 

「いいえ。“去年”とは違いますね。だってほら――」

 

 

 天津の言葉に若干の訂正を施しつつ紅月 望莱(あかつき みらい)が答えた。

 

 さらに彼女は門を指差す。

 

 

「――悪魔が出てきていますね」

 

 

 望莱の言葉どおり、門の中から瘴気と共に黒い靄が出てきて方々に散り、泉の氷を破って水中から、また周囲の木々の隙間から、肉塊の人型レッサーデーモンが集結していた。

 

 

「残念でしたね、リィゼちゃん」

 

 

 そして望莱はマリア=リィーゼへと揶揄うように水を向ける。

 

 

「……見当違いですわね。わたくしの居るべき場所はマサトの隣。国に未練はありませんわ」

 

 

 いつもなら挑発に即座に激昂する王女さまだが、真剣な瞳で静かに誓うように答えた。

 

 その言葉に聖人は曖昧に苦笑いを浮かべて、そして表情を真剣なものに変えた。

 

 

「じゃあ責任もって僕がリィゼを守らなきゃね」

 

「あら、嬉しいですわマサト。もちろんわたくしも――」

 

「――うん、悪いけどリィゼの力も借りるよ」

 

「ふふ、よろしくてよ」

 

 

 真剣な聖人の瞳に、マリア=リィーゼは不敵な笑みを返した。

 

 

 その時、門が動き扉が少し開かれた。

 

 

 そして、その隙間を目掛けて中から巨大な(アギト)が突っ込んできた。

 

 ソレは轟音を立てて扉にぶつかり、無理矢理押し開こうとする。

 

 

 だが、門はビクともせずに巨大な顎は泳ぐようにして奥へ戻った。

 

 だが、まだ其処に居る。

 

 

 巨大な蛇のようなカタチをしたエネルギーの集合体。

 

 それが門の向こうで泳ぎながら扉が開くのを今か今かと待ち受けている。

 

 

「アレってやっぱ……、“アレ”だよね?」

 

「――そうだ。『海神伝説』それに出てくる荒神だ」

 

 

 緊張した目でソレの姿を見る聖人に答えたのは蛭子 蛮(ひるこ ばん)だ。

 

 泉前に陣取る彼らの背後の森から、葉音を鳴らして現れる。

 

 

「蛮? あれ? ここに来てよかったの?」

 

「……ここまで来ちまうともう龍脈は制御不能だ。進行を遅らせる術式だけ置いてきた」

 

 

 ベッと不機嫌そうに唾を吐いて、蛭子は聖人の隣に並んだ。

 

 

「門が出た以上、これを鎮めないともうどうにもならないってことですか?」

 

「そういうことだ」

 

「屋敷の方は大丈夫なの? あっちの屍人は?」

 

 

 望莱に答えた蛭子は聖人の問いに肩を竦める。

 

 

「思った以上にペトロビッチくんが無双しててよ。任せてきた。熊ってやっぱ強ェのな」

 

「こんなこともあろうかと用意しておいた、このみらいちゃんの秘蔵っ子ですから!」

 

「うるせえよ」

 

 

 冗談めかす望莱を突き放してから、蛭子は表情を真剣なものに戻した。

 

 

「美景でも悪魔が出ているらしい。街が一部襲われてる」

 

「なんだって⁉」

 

「警察と行政で対応してるらしいが、手が足りるかどうか」

 

「どうしてこんなことが……」

 

「龍脈の魔力が意図的に港の方に集められてるらしい。誰かが仕掛けて来てるってのは確定だ……ッ!」

 

「誰がこんなことを……!」

 

 

 聖人の目に怒りの火が入る。

 

 今回はそれを止めることはなく、蛭子は望莱へ目を向けた。

 

 望莱は問われる前に頷き、口を開く。

 

 

「これで教会と陰陽府の線は消えましたね」

 

「やっぱそうか」

 

「教会が悪魔を使うわけがないです。それにここまでの規模の暴走……、これは完全に昔の大災害レベル。まだ20年も経っていない過去のことを陰陽府も忘れてはいないでしょう。あれは彼らにしても完全に“やり過ぎ”でした」

 

「これ、もしかして途轍もなくデカい事件(ヤマ)なんじゃねェのか?」

 

「そうでしょうね。裏の歴史に載りますよ。わたしたち伝説の人物ですね」

 

 

 緊張した様子の蛭子に対して、望莱は偽悪的な笑みを浮かべた。

 

 今度は聖人が問いかけてくる。

 

 

「みらい、港の方は何か情報ある?」

 

「強力な結界のようなモノが張られているようです。並みの術者じゃ看破も突破も出来ないような」

 

「その中に犯人が……?」

 

「恐らくそうでしょう。残念ですがそこへ突入出来る人材が居ません。一般人の避難を優先するようにスタッフに指示を出しました」

 

「そうか……、無理はさせられないよね……」

 

「つーか、オマエ当然のようにオレらにも知らせずに伏兵配置してんじゃあねェよ。なんだよスタッフって」

 

 

 物憂げに聖人は目を伏せ、蛭子は呆れたように望莱を睨んだ。

 

 みらいさんは「ふふふ」と清楚に微笑む。

 

 

「……七海が到着すればあるいは」

 

 

 ポツリと天津が言う。

 

 だが、誰の表情にも希望的なものは浮かばなかった。

 

 

「大丈夫かな、七海……」

 

「いくら七海でも単独で当たらせるにはちょっとヤバイよな」

 

「みらい。弥堂や水無瀬さんについては?」

 

 

 その問いには望莱はすぐには答えず、表情を真顔に落とした。

 

 

「……スタッフが保護した一般人の中に水無瀬先輩のご両親が居たそうです」

 

「えっ? どういうこと?」

 

「わかりません。ですが、やはり渦中に彼女がいるようですね。彼女本人の姿は確認出来ていませんが、港の監視カメラが弥堂先輩の姿を捉えました」

 

「二人ともそこに居るってことか……!」

 

「……アイツらは“どっち”だ?」

 

 

 鋭い目をした蛭子からの問いに望莱も目を細める。

 

 

「味方――だと思いたいですね。いずれ其処に着く七海ちゃんのことを思えば」

 

「……だな」

 

「憂いていても仕方ない。誰もが出逢った敵を斬るのみ」

 

 

 天津の言葉に全員が悪魔の軍勢に意識を向ける。

 

 

「蛮、作戦は?」

 

「正面突破だ。悪魔はどうでもいい。門を最優先で」

 

「わかった。僕が龍だね」

 

「そうだ。キッツイの全力でお見舞いしてやれ。手加減はいらねェ」

 

「わたしたちは兄さんの援護ですね」

 

「露払いは請け負った」

 

 

 天津の手にはすでに槍が握られていた。

 

 

 望莱と蛭子、マリア=リィーゼは一度左胸に手を当て祈るように目を閉じる。

 

 そして、心の裡からそれを抜き出した。

 

 

 望莱の手には金色の文字が刺繍された黒い表紙の分厚い本が。

 

 

 蛭子の両腕には盾のついた頑強なガントレットが。

 

 

 マリア=リィーゼの左腕には赤い宝石のついた腕輪と一体化したシースルーカフスがそれぞれ顕れる。

 

 

 武器を構える仲間たちの前に聖人は一歩進み出た。

 

 そして同様に心臓の位置へ右手を当てて祈り、それからその手を横へと広げた。

 

 

「勝利の光を――『輝きの聖剣(クラウソラス)』ッ!」

 

 

 その声に呼応して聖人の右手に美しい長剣が顕れる。

 

 

 装飾の施された白金の剣。

 

 それは勇を示し、供を兵を従える英雄の威光を顕した長剣。

 

 その柄を力強く握った。

 

 

「龍は門奥に押し返してやればいいんだよね?」

 

「おう、ついでに扉も力尽くで閉めちまえ」

 

「わかった。みらい」

 

 

 聖人は妹の名前を呼んで要請する。

 

 

「はーい。バフいきますよー」

 

 

 それに適当な返事を返しながら望莱は本を開く。

 

 パラパラと勝手にページが捲れていき、そして仲間たちを光が包んだ。

 

 

「みんな征くよ……! 僕たちがこれを止めないとまた大災害が……っ!」

 

 

 聖人の号令に皆が強く頷いた。

 

 

 その返事を確認して聖人はマリア=リィーゼの目を見る。

 

 

「リィゼ、悪いんだけどいつもどおりに」

 

「えぇ。お任せください。貴方の進む道はわたくしが拓きます」

 

 

 マリア=リィーゼは聖人の隣に立つと、腕輪のついた左手の甲を優雅に振るい、敵の軍勢へと向けた。

 

 そして朗々と唱える。

 

 

flamme(フラーム)éclair(エクレール)droit(ドロワ)explosion(エクスプロズィオン)(熱く瞬け疾く征きて爆ぜよ)――いきますわよ……っ! 【ブラスト・ノヴァ】ッ!」

 

 

 詠唱をし、名を叫び、魔法が顕れる。

 

 

 高熱を孕む閃光が一直線に悪魔の軍勢に届き、着弾と同時に爆発を起こした。

 

 

 泉の氷を粉々に砕きながら蒸発させ、爆発の轟音が森の木々を揺らす。

 

 肉人形たちは魔法に灼かれ消し飛び、残ったモノの一部も足場が崩れたことで泉に落ちた。

 

 

 その魔法使いの王女は満足げに笑う。

 

 

 水面はすぐに再び凍り始め、悪魔もまた補充されるように増えていく。

 

 しかし、確かに門までの道は拓けた。

 

 

 聖人は聖剣を構えてその道を走り出す。

 

 すぐに両脇から蛭子と天津が追い抜いて行った。

 

 

 先行した二人は悪魔を殴りつけ、槍で突き刺す。

 

 彼らへ声をかけることもなく聖人はその二人の間を駆け抜けた。

 

 

「光を――」

 

 

 美しい長剣が強烈な光を放つ。

 

 

「《スラッシュウェーブ》ッ!」

 

 

 聖人はその剣を横に大きく薙いだ。

 

 広範囲に渡って並んでいた悪魔たちを、光の剣閃が纏めて斬り裂いた。

 

 

 そしてまた聖人を蛭子と天津が追い抜いて、突出した個体に攻撃をしかける。

 

 

「いくよ……、『クラウソラス』……」

 

 

 聖剣の名を呼び刀身に光を纏わせ、聖人は真っ直ぐに突っ込んで行く。

 

 そうして三人は門へ向けて進軍していった。

 

 

 泉の縁に残ったマリア=リィーゼは彼らの討ち漏らしを魔法で狙撃しつつ、望莱を守る。

 

 支援と治療が役割の望莱は最後方で戦況を見守りつつ、必要があれば戦術を修正するのがいつものロールだ。

 

 

 接近戦担当の三人の、悪魔の軍勢を歯牙にもかけない暴れっぷりを眺めつつ、頭の中では別の思考も回す。

 

 

(先輩たちと七海ちゃんのチームが勝つのか、或いは負けるのか……)

 

 

 本当の最前線はここですらなく美景の港。

 

 それは読み通りだった。

 

 

 だが――

 

 

(わたしとしたことが一つ見落としていました……)

 

 

 望莱は隣のマリア=リィーゼに悟られぬよう爪を噛む。

 

 

(もう一つの可能性を――)

 

 

 己の失態。

 

 そしてそれは知っていたとしてもどうすることも出来なかった。

 

 その運命のようなモノを呪う。

 

 

(七海ちゃん、どうか無事で……)

 

 

 彼女はもうそろそろ美景に到着する頃だ。

 

 だが、あともう少しは時間がかかるはずだ。

 

 その彼女のことを想った。

 

 

(美景に七海ちゃんを配置する。そんな流れ……。わたしはそう読んだ。ですが――)

 

 

 眉を歪ませる。

 

 

(この盤面……、そしてこのタイムテーブル……、これではまるで――)

 

 

 

 

 

 

 

――美景の港まであと十数㎞ほどの太平洋上にて。

 

 

「――なんなわけ? あんた」

 

 

 希咲 七海(きさき ななみ)は征く手を遮るように立つモノと空で対峙していた。

 

 

 無人島からここまで魔石を惜しみなく消費して全力で空の上を駆けてきたら、海の上、空の上、こんな場所で謎の人物に待ち伏せを受けた。

 

 

 だが、それは少々語弊があるかもしれない。三つほど。

 

 

 まず、目の前の人物は最初から其処に居たわけではない。

 

 

 この場を希咲が通りがかったら突然、何もない場所からここに顕れた。

 

 少なくとも希咲の目にはそのように見えた。

 

 

(気配察知にはなんにも引っ掛からなかった)

 

 

 瞬間移動してきたのか、それとも突然今ここに湧いたのか――

 

 

 とても不自然な現象だ。

 

 

 そしてもう一つ。

 

 

(こいつ、ホントにあたしを……?)

 

 

 目の前の人物は立ちはだかるように希咲の進路に居るが、しかし希咲の方をまるで見ていない。

 

 どこかボーっとしているように虚空へ視線を向けている。

 

 

 そして三つ目。

 

 

(これ、人間……?)

 

 

 目の前に居るのは女性。

 

 

 希咲と同じ年代くらいか、とても美しい少女とも謂える女性。

 

 

 全体的に白い法衣のような服装で、髪も肌も白い。

 

 美しいのだが、どこか造りモノめいた美しさに映る。

 

 最高のグラフィックで表現された完璧すぎる精巧な3Dモデルのような。

 

 

 生命の薫りのしない、冷たい美――

 

 ゾッとするような美しさだ。

 

 

 なにより――

 

 

 彼女の背へ目を向ける。

 

 そこには大きな翼があった。

 

 

 白い翼。

 

 3対6枚の輝く翼。

 

 

(まさか天使とか言うわけじゃないわよね……? つか、天使ってマジでいるの?)

 

 

 非現実的な想像に乾いた笑いが出そうになるが、どう見てもそのようにしか見えない。

 

 それに非現実的という点では希咲自身も他人のことを言える立場でもなかった。

 

 

「ちょっと、聞いてんの? いきなり人の前に出てきてシカトすんな」

 

 

 考えてわかるようなものでもなさそうなので、再度声をかける。

 

 

 相手は目の前に顕れてからただの一度も希咲を見ていない。

 

 まるでこちらの存在になど気付いていないように。

 

 とるに足らない存在に対してそうするように。

 

 

 その失礼な態度に思い当たる人物がいて、つい言葉尻が強くなる。

 

 

 だが、それでも翼の生えた少女は希咲に反応をしなかった。

 

 

 彼女が徐に顔を動かす。

 

 どう見ても尋常な存在ではないので希咲は反射的に警戒を高める。

 

 

 しかし、彼女の顏が向いたのは希咲の方ではなかった。

 

 

 天使のような少女の視線の向く先にあるのは――

 

 

(――美景の方を見た……?)

 

 

 希咲の目的地である、現在何か大変なことが起こっていると思われる美景市だ。

 

 

「――“RED”……」

 

「え?」

 

 

 ポツリと少女が漏らした小さな呟き、透き通るような可憐な声に思わず聞き返してしまう。

 

 少女はやはり希咲には反応せずに今度はこちらへ顔を向けた。

 

 

 彼女が視るのは希咲――ではなく、その後方。

 

 そっちにあるのは希咲が何時間か前までいた、例の無人島だ。

 

 

「“RED”……」

 

 

 少女はまた同じ言葉を呟いた。

 

 

「あんた、人のこと無視しといてなに意味わかんないこと――」

 

 

 どこか底知れぬ気味の悪さに思わずまた喋りかけようとして、希咲の言葉が止まる。

 

 少女の眼が自分を視た。

 

 

 過剰な精巧、完璧過ぎる故の悍ましさ。

 

 その美に怖気が奔った。

 

 

 なにより――

 

 

(なに、この子の目……)

 

 

 薄い蒼色の瞳のその瞳孔の奥に白い光が灯っている。

 

 その小さな白い穴からこちらを覗き見られているようで、正体不明の不快さを感じた。

 

 なにより――

 

 

(黙ってジッと見てくるこの仕草、色の無い目……、まるで――)

 

 

 その先を思い浮かべようとした時、少女の視線が僅かに下に動く。

 

 その眼が視るのは希咲の足元、彼女の脚を包む白いロングブーツだ。

 

 

「……“RED”」

 

 

 そして、また同じ言葉を呟いた。

 

 

「な、なん――」

 

 

『なんなの!』と、声を荒げて去勢を張ろうとした瞬間、その言葉は飲み込まされる。

 

 

「――っ⁉」

 

 

 希咲のすぐ近くで少女の眼が見下ろすように希咲を覗いていた。

 

 

 希咲と少女との間には10mほどの距離があったはずなのに、なんの予兆も感じさせずに一瞬でそれをゼロにされていた。

 

 

 さらに、少女の手にはいつの間にか武器が。

 

 

 白く輝く身の丈の倍以上ある幅広の大剣だ。

 

 等間隔に赤い宝石が飾られた刀身が鏡面が揺らめくようにして銀色の刃と為る。

 

 

「――Guilty」

 

 

 声とともに、巨大な大剣が希咲の頭上に振り下ろされた。

 

 

「んの――っ!」

 

 

 希咲は身を翻してそれをギリギリのところで躱す。

 

 

「いきなりなに――」

 

 

 抗議の声と同時に睨みつけようとしたが、その時には少女は刃を水平にして引き絞っている。

 

 

「【Lævateinn(レーヴァテイン)】……」

 

 

 刀身の宝石から焔が噴出し大剣に纏わりついた。

 

 

「――っ⁉」

 

 

 その熱量に希咲が息を呑んだ瞬間、焔の暴風が横薙ぎに振られた。

 

 激しい焔が周辺の範囲ごと希咲を呑み込んだ。

 

 

 轟っと火柱が上がり火勢が哭く。

 

 

 少女が無表情のまま大剣を払うと、焔は立ち消える。

 

 

 何事もなかったかのように少女は美景の地へもう一度眼を向けた。

 

 

「“RED”……、Guilty……」

 

 

 小さく呟き背の翼を大きく拡げる。

 

 今にもそちらへ向かって翔び立とうとしたその時――

 

 

 

「――あー、ね。そういうこと……」

 

 

 

 喉の底で怒りが震えるような極めて不機嫌そうな声が背後から聴こえた。

 

 少女は翼の張を緩めて顔だけで振り返る。

 

 

 沈みゆく太陽の光を反射して虹色に輝く瞳が天使を映していた。

 

 

「今の事態、このタイミングで、この場であたしの前に出てきたってことは、そういうことでいいんでしょ……?」

 

「…………」

 

 

 感情を抑えるように希咲は静かに低く話す。

 

 それは衝動を押し殺し円満にやり過ごす為の抑制ではない。

 

 この後、一挙に爆発させる為の、溜めだ。

 

 

「あんたが誰だか、“何”なのか知んないけど……、人間じゃないことは確かよね? それって手加減しなくていいってことよね?」

 

 

 虹色を内包した希咲の瞳が攻撃的に煌めく。

 

 猫のように縦長に収縮した瞳孔が獲物を捉えた。

 

 

「気安くあたしにカラんできたこと、後悔させてあげる。あたし……っ、マジで怒ってんだから……!」

 

 

 小指の指輪が淡く光り、希咲の周囲に十数個の魔石が現れる。

 

 

「――“魔力装填(リローテッド)”ッ!」

 

 

 コマンドに応え宙空に現れた全ての魔石からパシューッという抜けるような音が鳴る。魔石は色を失い煙をあげながら海へと落ちて行った。

 

 その代わりに希咲の右手薬指に填められた指輪が色鮮やかに輝き出した。

 

 

「煌めけ――『七色の宝石(アルカンシェル)』!」

 

 

 希咲の喚び声に応え、一層強く七色に光る。

 

 

「“WHITE”……? “Replicant”」

 

 

そしてその光が収まると、希咲の身に着ける各装飾品に力が宿った。

 

 

「“RED”……」

 

 

 天使の少女はそれを視止めると希咲の方へ相対するように身体を向ける。

 

 

「【舞踏剣・双極(ソードダンサー)】……!」

 

 

 両耳の勾股弦の形のイヤリングが赤く輝き、その姿が消える。

 

 次の瞬間には希咲の両手に細身の直剣が一本ずつ握られていた。

 

 

 舞踏用に見える装飾が施された、長剣よりは短く、短剣よりは長い、双剣。

 

 

「あんたが……、あんたたちが……っ――」

 

 

 左右の手でその重みを確かめ、しっかりと握りこむ。

 

 

「――あんたたちが愛苗を……っ!」

 

「Guilty……」

 

「ざけんなっ!」

 

 

 完全なる敵意を発する。

 

 

 それを受けた少女は大剣を構え、

 

 

「レーヴァテ――」

 

 

 その名を唱えようとした瞬間――

 

 

「――ッ⁉」

 

 

 今度は希咲の姿が忽然と消え、そして一瞬で少女の眼前に現れた。

 

 

「愛苗は何も悪くない――っ!」

 

 

 身体ごと捻って双剣を振るい、大剣の上に叩きつけた。

 

 少女は僅かに後退し互いの間に隙間を作ると、すぐさま反撃を振るう。

 

 希咲は宙空をブーツで蹴って跳び、横薙ぎの剣撃を躱しながら宙がえりをする。

 

 そのまま落下をしながら交差させた双剣で少女を狙った。

 

 

 至近距離での打ちあいを嫌って少女は希咲の剣を受け止めた大剣で彼女を押し返す。

 

 希咲は左の剣を横に構えた。

 

 

 その一撃を空振りさせ、その隙を狙って大剣を振るために、少女は翼を動かして後退する。

 

 だが――

 

 

「《スラッシュウェーブ》ッ!」

 

 

 気合の声とともに振った剣からは横薙ぎの剣閃が飛び、舞踏剣の見た目のリーチ以上の間合いに剣撃が届いた。

 

 少女は大剣による防御を余儀なくされる。

 

 希咲は次の先手も狙って突っ込んで行く。

 

 

 少女は翼を動かしてさらに後退する。

 

 希咲は宙を蹴ってさらにそれを追う。

 

 

 迫る希咲に少女は大剣から焔を放った。

 

 

「《バニッシングピアース》――ッ!」

 

 

 希咲がそう唱えるとその焔の殺傷範囲にあった彼女の姿がパっと消える。

 

 

「――ッ⁉」

 

 

 そして次の瞬間には焔を越えた先――少女の前に現れ、赤く輝く右手の剣を突き入れてきた。

 

 力のこもった突きを少女は大剣を盾にして受け止める。

 

 希咲の見た目の体重からは考えられない威力で大剣が圧された。

 

 

 その勢いで後退した少女との間にまた距離が出来ることになるが、希咲は間を置かずにそれを潰しにいく。

 

 

 相手の武器は大剣だ。

 

 縦に振るにも、横に振るにも、突き入れるにも、いずれにせよスペースが必要になる。

 

 希咲は相手に肉薄し続けることで、大剣のリーチによるアドバンテージを殺しにかかる。

 

 

(一発の威力はたぶん向こうのが強い……)

 

 

 それを速度と回転力で封殺する。

 

 それが彼女の基本的な戦闘論理(バトルロジック)だ。

 

 

 絶えず双剣を振って大剣を叩きながら、相手にそれを振らせる機会を作らせない。

 

 白い少女は希咲の攻撃を全て防御し、翼による飛行で距離を作ろうとする。

 

 

 フィールドは空だが、希咲は厳密には飛行をしているわけではない。

 

 彼女の足に着けられているロングブーツは、宙空のどの空間でも踏むことが可能だ。

 

 

 上下左右に前も後ろも――

 

 全ての空間を足場にして兎のように飛び跳ねながら多次元的な剣撃で全方位から少女を襲う。

 

 止めどない高速攻撃が少女を追い込む。

 

 

「《クレイブロンド》――ッ!」

 

 

 一瞬身を低く伏せ、双剣を翼のように左右に拡げながら宙を蹴る。

 

 

 瞬く間に肉薄し身を回しながら左右の剣を交互に撃つ。

 

 舞い踊るような八連撃――

 

 

 それが少女を完全に圧しこんだ。

 

 

「ぶっとべ……ッ!」

 

 

 剣撃の嵐に潰されるように攻勢を失った少女へ、大剣の上から強烈な蹴りを撃ち込む。

 

 少女は勢いよく吹き飛んだ。

 

 

 姿勢を取り戻すために6枚の翼を大きく拡げ、少女は無理矢理慣性を殺す。

 

 だが、ピタっと止まったその場所は既に鳥かごの中だ。

 

 

「――ッ⁉」

 

 

 少女の周囲360度を無数の黒い短剣が切っ先を向けて取り囲んでいる。

 

 

「【無尽の害意(ダガーハード)】――」

 

 

 いつの間にか双剣を消した希咲が少女へ向けて右手を翳している。

 

 人差し指に嵌った指輪の黒い宝石が怪しく煌めいた。

 

 

 少女を囲んだ短剣が一斉に射出される。

 

 

「【Lævateinn(レーヴァテイン)】」

 

 

 少女は呟き、その場で回転しながら大剣を振るった。

 

 焔の暴威が無数の害意を跳ねのける。

 

 

 全ての短剣を防ぎ、焔が収まると少女は希咲へ眼を向ける。

 

 

 だが、すでに其処に彼女は居なかった。

 

 

「【跳兎不墜(クラッシュレス・リープ)】――」

 

 

 声が聴こえた頭上へ少女は顔を向ける。

 

 希咲のロングブーツが光を纏った。

 

 

「堕・ち・ろォ……ッ! 《クレッシェント・スラム》ッ!」

 

 

 上空からの蹴り足が大鎌を振ったような軌跡を描く。

 

 強烈な蹴りが叩き落とされ、少女は海へ向かって墜落を開始した。

 

 

「【心射つ幻穹(ハートピア)】――」

 

 

 蹴りを叩き落した瞬間にはもうそれを呟き、希咲の左の腕輪に嵌った翠色の宝石が輝く。

 

 

 海へ落ちていく少女は翼を大きく拡げて抗う。

 

 翼持つモノにとって、地に墜とされることはこの上ない屈辱だ。

 

 

 これまで感情らしきものが一切見えなかった少女の瞳に、僅かな怒りの火が灯る。

 

 

 だが――

 

 

 その怒りで見上げた上空、映った光景に眼を見開くこととなった。

 

 

「――“魔力装填(リローテッド)”……」

 

 

 そこには弓を構えた希咲の姿が。

 

 彼女の周囲に出現した数個の魔石がパシュッ、パシュッと音を立てて、彼女の持つ魔穹へ魔力を供給する。

 

 

 存在しない矢を番えて弦を引くと、熱線の光が顕れ獲物へ向いた。

 

 

「《炎熱》・《閃光》・《直射》・《爆裂》……っ! 【ブラスト・ノヴァ】――ッ!」

 

 

 詠唱に応え魔穹が魔法を顕す。

 

 光で形成された矢を放つと、白熱する熱光線と為り、墜落する少女を呑み込んで海に突き刺さった。

 

 海水に沈み、そして爆発を起こす。

 

 

 強烈な水柱が上がり、上空の希咲の位置にまで飛沫が舞い上がった。

 

 

 希咲はジッと目を細めて魔穹を消す。

 

 そして両耳のイヤリングが輝くと、再び双剣が彼女の手に顕れた。

 

 

 ほぼ同時に、荒れ狂う波の中、ゴポっと静かに少女の顏が海中から出る。

 

 

「Guilty……」

 

 

 表情は変わらない。だが、希咲を見上げるその眼には明らかに殺意がこもっていた。

 

 

「ハッ――」

 

 

 希咲はそれを鼻で嘲笑い、左手の舞踏剣を宙へ放り上げる。

 

 空いた左手でサイドテールをパンっと払い、クルクルと回りながら落ちてきた剣をその手でキャッチする。そしてその剣を戦意を露わにするように横に振る。

 

 

「さっさと上がってこい。どうせ倒さなきゃ通れないんでしょ?」

 

 

 少女にダメージの無い様子に動揺を抱かず、不敵に見下ろした。

 

 

 ザパッと音を立てて、少女が同じ高さまで上がってきた。

 

 無貌の瞳がジッと希咲を映す。

 

 

「その目、何故だかわかんないけど、マジでキライなのあたし。ムカつくからぶっとばすわ」

 

「“RED”……、Guilty……」

 

「うっさい。それしか言えないわけ?」

 

 

 希咲の挑発に反応したのかどうかは不明だが、少女は3対6枚の翼を大きく振って、水気を飛ばす。

 

 そして1対の翼が頭部を包み、もう1対の翼が身体を包んだ。

 

 それぞれ兜と鎧に変化をする。

 

 

 戦乙女のように武装をした少女は残った1対の大きな翼をもう一度振り、白の大剣を構えた。

 

 

「なに? これからがホンキってこと? おっせぇんだよブス。そんなんであたしに着いてこれると思うなノロマ」

 

 

 嘲るように挑発をして、そして――

 

 

(――ゔっ……、ちょっと言い過ぎた……)

 

 

 すぐに後悔する。

 

 

 どっかのクズみたいに表情が変わらない少女の顔色を変えてやりたくて、どっかのクズの真似をしてみたら、

 

 

(あいつ、よくあんな罵詈雑言ばっか人に言って心痛まないわね……)

 

 

 むしろ罪悪感で自分の心にダメージを負う羽目になった。

 

 

(精巧過ぎてっていうか完璧すぎて作り物みたいでコワイけど、どう見てもあたしよりカワイイしなぁ……)

 

 

 おまけに少し虚しくなった。

 

 頭を振って切り替え、双剣を振って構える。

 

 

(美景まであとちょっとだっていうのに、なんでこんな厄介なのが……)

 

 

 口上とは裏腹に焦りもある。

 

 

(逃げて振り切れる……? でも、そしたらコイツを美景に連れてっちゃうことになるし……、やっぱここで倒すしかないか)

 

 

 油断なく相手の姿を映しながらプランを修正した。

 

 

(この子……、マジでホンモノ……?)

 

 

 幼馴染たちから聞いていた話では、業界の人たちは悪魔とは戦うことが稀にあるらしい。

 

 だが、天使との遭遇というのは聞いたことがなかった。

 

 教会は天使を信奉しているらしいが、陰陽府はその実在に関しては懐疑的らしい。天使を模した悪魔なのではという説もあるという。

 

 それこそ神話の中での大戦争くらいでしかその存在は記録にない。

 

 

(てゆーか、あたしどっちかっていうと“セイギの側”だと思うんだけど……。なんで天使にギルティ言われて襲われるわけ……⁉)

 

 

 納得いかないところが多々あるが、それを正しても聞いてくれる相手ではなさそうだ。というか、コミュニケーションが通じている感触が一切ない。

 

 

(こんなワケわかんないのが出てくるなんて、美景は今どうなってるの……⁉)

 

 

 何から何まで意味のわからない事件だ。

 

 

(つーか、こっちは天使で、あっちは悪魔と戦ってたりしたら笑えるわね。全然おもろくないけど)

 

 

 考えても仕方がないのでせめて茶化してみる。

 

 親友のことを考えると焦燥が加速するばかりだからだ。

 

 

 だが――

 

 

(――わかってるわね、七海っ! ここが正念場よ……!)

 

 

 絶対にミスが許されない盤面だ。

 

 

(こんなトンデモ女を街で暴れさせるわけにはいかない)

 

 

 自身の行動の正解を確認する。

 

 

(こいつは絶対にここで倒す。“なるはや”でやっつけて、急いで愛苗のところに向かう……!)

 

 

 思考や感覚が冴えわたる手応えがあった。

 

 

(うん、勘がちゃんと働いてる。ワケわかんないことだらけだけど、多分それでいい。これは、そういう運命だ……っ!)

 

 

 得体の知れない事態や正体の見えない敵を想像して気を病ませているだけに比べれば、この状況の方が遥かにマシだ。直接蹴り飛ばせる方が色々とスッキリする。

 

 

「あんたをぶっ飛ばして、ここを通る……っ!」

 

 

 双剣を握り、人知の外に在る敵へと希咲は突撃した。

 

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