俺は普通の高校生なので、   作:雨ノ千雨

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1章77 燃え尽きぬ怨嗟 ①

 

 チカチカと視界が光る。

 

 

(……おかしいな)

 

 

 目の前の情景は変わらぬ地獄。

 

 狂い叫ぶ悪魔どもとの血みどろの闘争。

 

 

 その映像がチカチカと光る。

 

 

 光点が瞬くように、或いは閃輝暗点――視界の端に稲光が奔ったように。

 

 

 魔眼の使い過ぎで脳の負荷が許容を超えたのだろうか。

 

 

 水無瀬 愛苗であればキラキラと表現するのだろうか。

 

 

 わからない。

 

 

 戦い、死に、戻り、戦い、死に、戻る――

 

 

 時に、身体が欠損したり、魔力がなくなってくれば、自殺して元に戻す。

 

 

 そうしながら殺して、殺されてを繰り返している。

 

 

 身体は死ねば治るが、己の分を超えた戦場で限界以上の力を使い続けたことで精神は疲弊していく。

 

 

 リアルタイムで自分が行っているはずの戦闘が、まるで記憶の再生を視ている時のようにどこか他人事に映る。

 

 

 もしかしたら俺はもう死んでいて、その際に視ている過去の光景なのかもしれない。

 

 

 殺し殺され、殺され殺し。どこに居ても誰と向き合っていても。

 

 

 ずっとその繰り返しだ。

 

 

(おかしい……)

 

 

 それなりに悪魔どもを殺したはずだが、一向にヤツらの数は減らない。

 

 俺が殺す速度よりも、門から新たに這い出てくる速度の方が速いのだから当たり前のことだが。

 

 

 頭がクワガタ虫のようなカタチをした悪魔に、そのハサミで胴体を挟まれる。

 

 そういやさっきもこいつに殺されたな。

 

 

 ハサミは即座に俺の腹を破り背骨に引っ掛かって止まる。

 

 出血でまた視界がチカチカと光った。

 

 

 クワガタのハサミを一本圧し折ってがら空きの脳天にぶっ刺してやると、その悪魔は痙攣しながらゆっくりと倒れる。

 

 残ったもう一本のハサミも俺の腹から離れるが、ノコギリのようにギザギザとした刃に引っ掛かって腸がズルズルと外へ引っ張り出された。

 

 

 あー、これはもう駄目だな。

 

 また死ぬか。

 

 

 そう思って自害を実行する間もなく他の悪魔が群がってきて、俺は喰われ、死ぬ。

 

 そしてまた死にに戻る。

 

 

 喰いつかれたままだったので戻った瞬間に齧りつかれるが、いい的だ。

 

 聖剣で突き刺して食事に夢中なクズどもを殺す。

 

 

 しかし、死に戻った瞬間にいきなり重傷だ。

 

 “魂の設計図(アニマグラム)”のバックアップが完了する前にもう一度殺されば、今度こそ本当に死ぬ。

 

 これでもう終わりかもな。

 

 

 

「なんなんだこの人間は……ッ⁉」

 

 

 アスが驚愕の声をあげている。

 

 恐怖ではなく嫌悪だろうな。

 

 

「何故殺せない……、何故まだ戦える……ッ! 貴様はナニモノだ……ッ⁉」

 

「……別に。誰でもねえよ」

 

 

 いつまでテンパってんだ。こんなヤツ簡単に殺せるだろ。

 

 さっさと正気にかえれ。早くしろ。

 

 

 知能が高く沈着冷静で冷血なのが特長だと思っていたが、クルードを喰ってとりこんだせいか、特性が混ざってねえか?

 

 確かに戦闘能力は上がったようだが、その分野蛮になったように見受けられ、そして思慮も浅くなったように思える。

 

 だが、だからといってそれで戦況が引っ繰り返るわけでもないし、別にどうでもいいか。

 

 

 俺はアスに興味を失くし、また雑魚どもに殺されにいく――

 

 

 

 

 

 

「――どうしますか……」

 

 

 アスは眉間を歪めながら弥堂を見ている。

 

 

「これは誤算でしたね……」

 

 

 素直にそれを認める。

 

 だが、それはいくら殺しても蘇る弥堂が脅威だという意味ではない。

 

 

「まさか本物の禁忌だとは……ッ」

 

 

 嫌悪を露わにする。

 

 だがこれは捨て置くことは出来ない。

 

 見つけてしまった以上、確実に潰さなければならない。

 

 

 そしてそれはこの男をここで殺すだけで済む話ではない。

 

 どのようにしてこの“生き返り”を実現しているのかというその理屈と技法。

 

 さらにこれがどの程度拡散されている情報なのかを調べ上げた上で、二度と行えないように徹底的に潰す必要がある。

 

 

「よりにもよってこの大詰めの場面で……、これだからニンゲンは……ッ!」

 

 

 強い苛立ちがこみ上げるが冷静に対処しなければならない。

 

 その上であまりのんびりもしていられない。

 

 もうじき天使たちが顕れるはずだからだ。

 

 

 元々天使たちとはある程度戦うつもりではあったが、ここに“禁忌”があるとなれば話は全く変わってきてしまう。

 

 悪魔と天使が『世界』にとって“禁忌”とするものはほぼ同じだが、それへの対処のスタンスは全く異なる。

 

 

 アスたち悪魔はその“禁忌”に繋がる技術や知識を抹消し、二度と再現を出来なくする。

 

 一方天使たちはその“禁忌”に触れた可能性のあるモノを皆殺しにすることで抹消する。

 

 

 天使がこの場に顕れた時にあのニンゲンが生きていれば、最悪の場合天使どもはその矛先をアスたち悪魔ではなくニンゲンへ向ける。

 

 おそらくこの国のニンゲンを根絶やしにする。最低でもそれくらいはやるだろう。

 

 

 悪魔たちにとってはニンゲンの数が激減することは好ましくない。

 

 だが天使たちにはそんなことは関係ない。

 

 ヤツらは『世界』を良くする為には、そうなるような活動をして良くなる働きかけを試みるのではなく、“悪いモノ”を消すことによってそれを実現しようとする。

 

 

 元は魔王誕生を喧伝して出てきた天使をある程度血祭りにあげ、適当に挑発してやってから撤退をするつもりだった。

 

 その程度のはずだった戦いが――日本人を守るためにどちらかが全滅するまで天使と戦争をするという意味のわからないモノに変わってしまう。

 

 さすがにそれは許容出来ない。

 

 

 減ってしまった魔王や強力な悪魔を増やすための計画だったはずなのに、それが一転して総力戦をする羽目に陥りかけている。

 

 全く意味がわからない。

 

 だからそれを避けるため、アスは全方位に気を張りながら全速で頭を回して最適な対処を考えていた。

 

 

 それもこれも――

 

 

「――全てあの男のせいだ……ッ。虫ケラだと思って放っておいたら最後の最後、この局面でこんな爆弾を出してくるとは……ッ!」

 

 

 急いであの“死者蘇生”の方法を解き明かし、その上であの男を抹殺せねば。

 

 しかし、安全を考えれば今の内にあの男を冷凍保存して地中深くにでも埋めて隠すべきかもしれない。

 

 高速で計算を回しながらアスは忌々しげに弥堂を睨んだ。

 

 

 

 

 アスだけでなくメロも戦況を憂いている。

 

 すると眠っていた愛苗が目を醒ました。

 

 

「めろ……ちゃ……」

 

「マナッ⁉」

 

 

 だが、半ば寝ぼけているような状態で瞼は半分も空いていない。

 

 

「マナ、大丈夫ッスか……?」

 

「うん……、あのね……、めろちゃん……」

 

 

 心配げに顔を覗き込むと愛苗は途切れ途切れに話す。

 

 

「前の……、なんだっけ……?」

 

「え……?」

 

 

 しかしそれは要領を得ない。

 

 

「前に……、びょういんで……、ご本……よんでくれた……」

 

「マ、マナ……? 一体なんの話を」

 

「うん……、おはなし……、えいゆうさんの……おはなし……」

 

「英雄……?」

 

 

 今の状況と全く関係のない話題に、メロは増々彼女が心配になる。

 

 

「マナ、今はそんな場合じゃ……、少年がまだ一人で戦ってるッス……!」

 

「……ひとり……、そう……、ひとりぼっちの、えいゆうさん……」

 

「マナぁ……」

 

 

 一向に夢見心地なままの彼女の様子にメロは涙を浮かべて情けない顔になった。

 

 

「えいゆうさん……、なんだっけ……? えいゆうさんじゃ、なかった気がするの……、べつの……」

 

「英雄が英雄じゃない……? マナ、ジブンにはなんのことだか……」

 

「おぼえてない……? めろちゃんが……、よんでくれた……ごほん……」

 

「本……? 病院で? それって入院してた時の……?」

 

「なんだっけ……、おもいだせないの……。えいゆうさんだけど……、えいゆうじゃなかった、ような……、ちがう……」

 

「ジ、ジブン思い出しとくッスから……、まだ無理しない方が……」

 

 

 うつらうつらと船を漕いで、愛苗はまた眠ってしまった。

 

 どう見ても尋常な様子ではない。

 

 

 メロはまた不安げに一人で戦いに目を向ける。

 

 

 弥堂の戦いは何も変わっていない。

 

 一人で悪魔の軍勢に向かっていってから何も変わっていない。

 

 

 今、彼は自分たち――愛苗を守ってくれている恰好だ。

 

 だが、それでもやはりメロは彼が――弥堂 優輝というニンゲンが恐ろしかった。

 

 

 死んでも生き返る。

 

 

 それは悪魔であるメロにとっては“禁忌”だ。

 

 死にかけていた愛苗を“生まれ孵る卵(リバースエンブリオ)”で救うこともそれに近いものがあるが、あれはその抜け道を使って“禁忌”に抵触しないようになっているらしい。

 

 だから愛苗の件については“禁忌”に該当はしないが、弥堂はそうではない。あれは“禁忌”そのものだ。

 

 

 悪魔の“禁忌”への忌避感は、一般的な人間が“殺人”に対して抱くそれと近い。

 

 だが、半端な悪魔であるメロにとってはアスに比べればそれに対する忌避感は弱い。

 

 

 “禁忌”への畏れではなく、やはり弥堂自身への怖れが強かった。

 

 

 何度殺されても、どんな残虐な殺され方をしても、どんな凄惨な死に方をしようとも、どんなに圧倒的な力の差の前に死のうとも――

 

 

――彼は表情一つ変えずに立ち向かっていく。

 

 

 死ぬことは怖い。

 

 死に至るまでの痛みと喪失が怖い。

 

 孤独に孤独なまま自分独りだけ消えていくのはとても恐ろしい。

 

 死んだらどうなるかわからないからすごく怖い。

 

 

 彼はそれを何度も何度も繰り返している。

 

 死が怖くないのだろうか。

 

 それとも死んでも戻れるという確信があるから怖れないのだろうか。

 

 

 わからない。

 

 

 死を重ねても戦い続けるその闘争心にはやはり根拠がない。

 

 その源泉となる感情が無い。

 

 だからわからない。

 

 わからないものは怖ろしい。

 

 

 だけど――

 

 

「――ん? あれッ……?」

 

 

 メロは弥堂の姿にどこか違和感を覚える。

 

 そして注意深くその姿を見守った――

 

 

 

 

 

 

 

――あれからまた少しの時間戦い、俺は大きなサイのような悪魔の突進を受けて全身の骨を粉々にされて死ぬ。

 

 そしてまた死に戻り立ち上がる。

 

 

「…………」

 

 

 それを見た悪魔たちも最初の頃ほどは騒がない。

 

 いい加減に慣れてきたようだ。

 

 いいぞ。その調子だ。

 

 そろそろ俺を殺せるんじゃないか?

 

 

 しかし、いくらちょっと死んでも大丈夫だからといっても、こんな一対多の混迷の中でここまで時間がかかるとは思わなかった。

 

 意外と粘れるものだな。

 

 

(……おかしい)

 

 

 自分を客観視すれば健闘と謂えるような戦況のはずだが、俺は自分にずっと起こっていた不調を確信する。

 

 

 やはり、おかしい。

 

 

 まだ自分が死んでいないこと。

 

 まだ魔力が尽きていないこと。

 

 

 いくらなんでもそれはおかしい。

 

 

 確かに死んで戻れば、肉体がバックアップ時の状態に戻るため魔力も戻る。

 

 だが、それを絶えず連続して行っていけば徐々に目減りしていく。

 

 元々一般人に毛が生えた程度の少ない俺の魔力が未だに尽きていないのは不自然だ。

 

 

『死に戻り』は魔術の形式をとっている以上、その発動には魔力を要する。

 

 もうとっくに尽きて、刻印が起動せずにそのまま死んでいなければおかしいのだ。

 

 

『――オイ、後ろから来てるぞ』

 

 

 背後を振り返る。

 

 

 考え込んでいる隙に嘴のような口を大きく開けて迫ってきていた個体の首を掴んで吊り上げる。

 

 

(やはりおかしい)

 

 

 そいつに聖剣を突き刺しながら再度疑う。

 

 

 《身体強化》の魔術の効果が上がっている? 悪魔を相手に俺がこんな強引な殺し方を出来るはずがない。

 

 

『――次は左からだ。集中切れてんぞカス』

 

 

 うるせえな。わかってるよ。

 

 

「――【falso(ファルソ) héroe(エロエ)】」

 

 

 襲い掛かってきた敵の背後をとり、聖剣(エアリスフィール)を振って首を斬り落とす。

 

 

「…………」

 

 

 変だ。刃の長さが伸びている?

 

 

『オマエその消えるヤツに頼りすぎなんだよ。使い過ぎだ』

 

 これしか出来ねえんだから仕方ねえだろ。弱いヤツには出し惜しみする余裕なんかねえんだよ。

 

 

 そんなことよりも、聖剣の魔力刃は持ち主の魔力に応じて刃を形成する。

 

 それが大きくなっているということは、俺自身の魔力が増えていることの証明になってしまう。

 

 そんなはずはないのに。

 

 

『オラ、次だ』

 

 

 聖剣の刃を見下ろしている間に飛び掛かってきたヤツを躱して蹴りを入れた反動で飛び距離を作る。

 

 余計なことをしていたせいで聖剣を振るえなかった。

 

 こんな無駄な行動をとること自体も不調だと謂える。

 

 

『チッ、今殺せただろ。この下手クソが。ちくしょう、アタシに代われよ。イライラしてきたぜ!』

 

 

 それにさっきから幻聴が煩い。

 

 幻聴も不調もおそらくさっき使ったクスリ――“WIZ”が原因だろう。

 

 

 俺が元々常用していたのは“馬鹿に付ける薬(ドープ・ダーヴ)”という蔑称で呼ばれていた魔力増強の麻薬だ。

 

 この街で最近出回り始めているこの“WIZ”という薬品は、“馬鹿に付ける薬(ドープ・ダーヴ)”と非常に酷似している。

 

 

 俺は“WIZ”を使ったことがなかったし、その効能も詳細には知らなかったのだが、【根源を覗く魔眼(ルートヴィジョン)】で見比べたところ、そのカタチも酷似していた。

 

 無機物を魔眼で視るのは強い負担がかかるし、またその精度も生物に使う時よりも落ちるのだが、俺はまず類似品で間違いがないと当たりをつけた。

 

 そして“馬鹿に付ける薬(ドープ・ダーヴ)”の手持ちが無くなったので、代わりに“WIZ”を使ってみたところ、実際に当たりであった。

 

 

 “馬鹿に付ける薬(ドープ・ダーヴ)”はそれを服用することで直接的に魔力が増えるのではなく、心臓の鼓動を無理矢理速める効果があり、副次的に魔力の生成ペースが上がるという詐欺のような代物だ。

 

 代わりに強い興奮作用に幻覚・幻聴を引き起こし、強い中毒性もある。そして使う内に心臓や血管が破裂して死に至る確率が極めて高い。

 

 “WIZ”の詳細はわからないが、集めた情報によればきっと大体同じだろう。

 

 

 俺はずっと“馬鹿に付ける薬(ドープ・ダーヴ)”を使い続けてきたので、ある程度これに耐性が出来ていると思われる。

 

 だが類似品とはいえ使ったことのない“WIZ”を服用したことで、“馬鹿に付ける薬(ドープ・ダーヴ)”ではあまり起こらなくなった興奮作用や幻覚症状が現れたものだと考えられる。

 

 感情が昂っていたのもそれが原因に違いない。

 

 

 つまり、今の俺に起こっている不調はクスリの副作用だ。

 

 だが、俺の場合はヤクのヤり過ぎで身体や頭がイカレても死ねば治る。だから戦闘には支障がないので実質使い放題だ。

 

 

『テメェそのクスリやめろよ。エルのバカめ……、ガキに余計なモン教えやがって』

 

 

 俺はヤクに頼らなければ雑兵以下の魔力しかない。

 

 したがって、これを俺に渡したエルの判断は間違ってない。

 

 

『その本人がクソほど後悔してんだよ。泣いてたぞアイツ』

 

 それよりも戦いが終わらないな。大将首でも狙ってみるか?

 

『シカトすんなよクソガキが』

 

 

 口の悪い幻聴に苛立ちを募らせていると、胸の真ん中がジクリと痛む。

 

 

 なんだ?

 

 

 胸の中ではなく表面、心臓近くの肌が灼けるように熱を持っている。

 

 手を遣って確認しようかと思ったが、どうせ死ねば治るのでやめる。

 

 

『わかってんだろ?』

 

 今まで一度も役に立ったことのないこれが何をいまさら。

 

『それにアタマを狙うだァ? オマエは絶対にそれをしないね』

 

 そんなことよりも目の前の戦いだ。戦いは好きでもなんでもないが、これで最期だと思うと少しは感慨深いものが……、特にないな。

 

『それをやっても無駄死にするだけだ。テメェは勝つ為には何でもするクズだが、最適でないことは絶対にやらない。何でもはするが、何でもは出来ない。そんな手段はとれない。手段は問わないなどと嘯いて自由なようでいて、その実酷く不自由だ。テメェはそういう風に出来ている』

 

 こんなザマでも初めて戦場に出された時に比べれば遥かにマシになった。

 

『テメェはこの場を離れられない』

 

 

 幻聴が煩いな。

 

 いつも以上に耳障りだ。

 

 酷く苛つく。

 

 

『誰が幻聴だこのクソガキ。オイテメェ、こっち見ろよ』

 

 

 幻聴のくせに自己主張をしてくる傲慢さに憤りを感じ、つい声のする方を見てしまう。

 

 

 そこには一人の人物。

 

 緋い髪の背の高い女。左腕はない。

 

 

『オゥコラ、テメェ今目ェ合っただろ』

 

 わざわざ記憶に照らし合わせなくても見覚えのある女。その幻覚だ。

 

『なんなんだよテメェは。いつもいつも幻覚だの幻聴だのと、クスリのせいにしやがってよォ。ンなワケねェだろうがッ』

 

 そうでないのなら記憶の再生だ。

 

『テメェとアタシの間でこんな会話をしたことが過去にあったかァ? アァン、ユキちゃんよォ?』

 

 

 ガラの悪い話し声、ガラの悪い仕草で身を屈めた緋い髪の女が、俺の顔を下から覗きこんでくる。

 

 戦いの邪魔だと反射的に手で振り払おうとすると、その女の幻覚を突き抜けて悪魔が太い針のような腕を伸ばしてきた。

 

 それが顔面を貫通し、俺は死んだ。

 

 

「……チッ」

 

 

 死に戻ってその悪魔を殺し、舌を打つ。

 

 

『つかテメェ、聴こえてんじゃあねェか。返事してっしよォ』

 

「独り言だ」

 

『オラ見ろよ。幽霊かもしんねェぞ?』

 

「そんなものは存在しない」

 

 

 何故ならそこに“魂の設計図(アニマグラム)”がない。

 

 俺の眼にはその女――ルビア=レッドルーツの姿が視えているが、そこには彼女の“魂の設計図(アニマグラム)”がないのだ。

 

 

 俺の記憶の中にはルビアの“魂の設計図(アニマグラム)”のカタチが正確に記録されている。

 

 だが、この場にそれが存在していない以上、視えてはいても存在はしていないということになる。

 

 つまり幻覚だ。

 

 

『もしかしたら、アタシの精神? だかなんだかが、遠く離れたこんな地まで着いてきて、オマエに話しかけてるかもしんねェだろ?』

 

 

 そんなことはありえない。

 

 そんなあやふやなモノは『世界』に存在しない。

 

 

『かぁーッ! ったくこのガキャアよ。男のくせに理屈っぽくてたまんねェや』

 

 

 それに、なにより――

 

 

『ア? なんだよ?』

 

「別に」

 

『ンだそりゃあ? イジけた野郎だな。言えよテメェ』

 

「うるさい黙れ」

 

 

 

 

 

 

 

 だってアンタ、もう死んじまったじゃねえか――

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