俺は普通の高校生なので、   作:雨ノ千雨

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1章77 燃え尽きぬ怨嗟 ④

 

 存在の意味。

 

 

 人が存在する意味。

 

 

 存在した意味なら、人が死んだ時に本人以外の残された者には強制的にその答えが突き付けられる。

 

 

 だが、自分が今存在する意味は自分で見出すしかない。

 

 

 そして、それはある日突然急に求められることがある――

 

 

 弥堂 優輝は極限の戦場の中で今それを求められていた。

 

 

 しかし、当然のことながらそれを敵は待ってはくれない。

 

 

 ギリギリの戦いの中で使い慣れないチカラを扱いながら、かつての保護者にそれを促され、弥堂は頭を回している。

 

 

 だが、答えは出ない。

 

 

 凝り固まった穢れは己を頑なにさせる。

 

 これまでに培ったモノ、罪重ねたモノ。

 

 価値観や自己認知は変えられない。

 

 もうとうの昔に、何年も前に自分など見限っている。

 

 

 そして、そもそもこの戦場に弥堂の勝利条件は存在しない。

 

 

 大悪魔を含む悪魔の大軍勢に一人で打ち勝つなど人間には不可能だ。

 

 さらに多少の時を稼いで先延ばしにしたとしても、悪魔へと生まれ孵った水無瀬 愛苗が元に戻ることもない。

 

 今日までに弥堂 優輝と水無瀬 愛苗が失ってきたモノは、たとえ悪魔を皆殺しにしたとしても、一つたりとも取り戻せはしないのだ。

 

 

 じゃあ、何故戦っているのかといえば、それは死ぬためだった。

 

 

 今日まで続いてきた弥堂 優輝という最も愚かしい連続を断ち切るためにこの戦場に来たのだ。

 

 ずっとその死に場所を求めていた。

 

 

 今から死のうという人間に、自分が存在する意味を見いだせようはずもない。

 

 それが無いから現世(うつしよ)を彷徨い、この死の海まで流れ着いたのだ。

 

 

 今からそれを覆そうと思うような心境の変化があったわけではない。

 

 少なくとも弥堂にその自覚も自認もない。

 

 だから彼自身、そんな必要性は感じていないし、そんな考えはさらさらない。

 

 

 だが、ルビア=レッドルーツ――

 

 

 かつて7年ほど前に迷い子となった弥堂の面倒を見ていた女。

 

 この『世界』とどう向き合い、どう立ち向かうのか。

 

 その流儀を教えてくれた人。

 

 そして今よりももっと無力で、ずっと人間らしかった弥堂を守るために死んだ人。

 

 

――その彼女にそう言われ求められたのならば、弥堂にはその求めを本気で拒否する言葉も気概もない。

 

 

 独り立ちする前に死に別れ、その怨みはずっと弥堂の魂の奥底で燻っていた。

 

 激しく燃え盛る彼女の怨みの火は、分け火として弥堂の中で燃え続けていたのだ。

 

 

 だからルビアは今でも弥堂にとって保護者のような女であり、弥堂は彼女にとって庇護される子供のままだった。

 

 普段はそうではなくとも、こうして目の前に出てこられて、声を言葉を与えられてしまえば、途端にそうなってしまう。

 

 

 狂気で塗り固めた自分が揺らいでしまった。

 

 だから、彼女には従ってしまうのだ。

 

 あの時のように――

 

 

 

「俺は……何に……、怒りを……っ」

 

『ホントにどうしようもねェな、テメエは』

 

 

 だが、それは上手くはいかず、弥堂は行き詰まる。

 

 ルビアはそれに呆れを示した。

 

 

「教えてくれよルヴィ。アンタが教えてくれなきゃ、俺はなにもできねえんだ」

 

『この色ガキが。どこでそんな手口覚えやがった』

 

「アンタが教えてくれたんだ」

 

『チッ、じゃあ仕方ねえなァ……』

 

 

 失敗したと後ろ頭を掻きながらルビアは再び弥堂に問う。

 

 

『オマエはさっき何を見てキレた?』

「水無瀬だ」

 

『そうだ。それがオマエに火をつけた』

「だが、怒る理由がない」

 

『なんでだよ。女をやられてムカつかねえのか?』

「俺の女じゃない」

 

『ガキをいいように使うクズにムカつかねえか?』

「そんなことは『世界』にはいくらでもある」

 

『じゃあ、テメエはこれを許せるのか?』

「俺がどう考えようが意味がない。実際に起こっているのなら、それは『世界』が許しているということになる。運がなかったのさ」

 

『ンなこた訊いてねんだよ。“テメエが”赦せるのかって訊いてんだ。云えよ』

「……たとえば、『赦せない』と俺がそう思ったとして、俺には俺がそう思う理由がわからない。そうなる理由がないんだ」

 

『コ、コイツ……ッ、どんだけ重症なんだよ……』

 

 

 ルビアは思わず額を押さえる。

 

 

『クソ女どもめ。ウチのガキをこんな風にぶっ壊しやがって……ッ』

 

 

 怒りの火が沸き上がりそうになるが、

 

 

『アタシも他人のこた言えねえか……』

 

 

 その怨みを溜め息で吐き出してから気を取り直し、そして口を開き直した。

 

 

『……テメエのその胸のヤツ――』

 

 

 右手で指を差す。

 

 

 弥堂の胸の中心に刻まれた黒ずんだ古傷にも見える葉脈のような入れ墨。

 

 弥堂の身体に最初に刻まれ、そして一度も起動したことのない刻印。

 

 

「この役立たずが今更なんだ?」

 

『その役立たずのはずの“ソレ”が、今オマエに力を与えている』

 

「なんだと?」

 

 

 思わず眉間に皺を寄せ、弥堂は自身の胸を見下ろした。

 

 そしてすぐに唾を吐く。

 

 

「今まで一度も使えたことのない役立たずが、いきなり使えるようになるわけがない」

 

 

 そう斬り捨てた。

 

 

『役立たずには役立たずなりの理由がある。オマエと一緒だよ』

 

「どういう意味だ」

 

『だから“ソイツ”が役立たずだったのには理由があったんだとよ。使えるようになるには条件があるらしいぜ?』

 

「条件だと?」

 

『そいつを今からオマエに教える』

 

「待て――」

 

 

 胸の“聖痕”について語ろうとするルビアを弥堂は思わず止めた。

 

 

「それが真実だったとして、何故アンタがそんなことを知っている?」

 

『アン? どうでもいいだろ、そんなこと』

 

「他のヤツならまだわかる。セラスフィリアや、教会関係者であるエルフィやシャロなら。だが、アンタはただの傭兵(ゴロツキ)だろ。そんな知識がアンタにあるはずがない」

 

『そ、そりゃオメエ、アレだよ……。ベ、勉強したんだ……』

 

 

 急に歯切れが悪くなったルビアに弥堂は胡乱な瞳を向ける。

 

 

「アンタが勉強なんかするわけねえだろ。アル中のクズがよ」

 

『細けェな。いいからオマエはアタシの言うこと聞いてりゃいいんだよ!』

 

「さっき自分で考えろと言ってなかったか?」

 

『ウルセエ黙れ』

 

 

 死んで枕元に立つように現れたかつてのパワハラ上司の話を弥堂は一応聞いてやる。

 

 

『その……、なんだっけ? 聖痕? が刻まれたヤツには『世界……?』がなんかチカラとか与える……』

 

 

 だがいきなり疑問形で話し出す彼女をとても疑わしく思った。

 

 

「何故だ?」

 

『ア? ンなことアタシが知るかよ。くれるっつーんだから貰っときゃいいだろバカかよ』

 

「バカはてめえだよ」

 

 

 先程は彼女に真剣に諭され真面目に考えていたが、記憶にあるとおりのいい加減な態度に馬鹿々々しくなってきた。

 

 

「じゃあ何故アンタにそんなことがわかるんだ? 俺にそんな力が能えられなかったのは、アンタがよく知ってるだろ」

 

『だが初代と二代目にはあった』

 

「だから三代目の俺は落ちこぼれだった。もうそれで答えが出てただろ。セラスフィリアが散々検証したんだ。今更答えは変わんねえよ」

 

『テメエ、アタシとあの冷血女のどっちを信じるんだよ!』

 

「セラスフィリアだ」

 

『なんだと⁉』

 

 

 一分の思考の余地すらない即答にルビアはびっくり仰天する。

 

 

『なんでだよッ! テメエはあの女が大嫌いだろうが!』

 

「嫌いだが、それでもあのイカレ女は俺が知っている限り最も頭のいい人間だ。好き嫌いの感情とは別だ」

 

『あーッ! もういい! もうムカついたッ! もう教えてやんねェ! オマエもう負けて死んじまえよ、バーッカ!』

 

「いい歳こいて恥ずかしくねえのかアンタ……」

 

 

 享年で二十台後半に入っていたはずで、死んだ後も数えればもう三十を超えている女が不貞腐れて地面に寝転ぶ。

 

 弥堂はその行動を強く軽蔑した。

 

 

『あーあ、せっかくお姉さんがよォ、おっ死んだ後でまで面倒みてやろうとしたのによォ。ったくこの恩知らずのクソガキ…………ア? なんだよ?』

 

「あ? なんだって?」

 

『ア? テメエに言ってねんだよ。こっちの話だ』

 

「こっち? なんのことだ?」

 

 

 また突然様子のおかしくなったルビアを訝しむ。

 

 

『――ウルセエな。あー…………、どっちもウルセエ! わぁーったよ。ちゃんと言えばいいんだろッ!』

 

「ルビア? アンタ誰と話してんだ?」

 

 

 だが彼女はどこか虚空へ向かって誰かの話を聞いているように何度か頷いていて、弥堂の話は聞いていなかった。

 

 

『――あぁ……、あー……、うん? おう……おう……? オイ、ユキ!』

 

「ユキじゃねえよ」

 

『ウルセエ、口答えすんな。とにかくオメエあれだ』

 

「どれだよ」

 

『余計なチャチャ入れんな! とにかく! 初代と二代目には出来たのにオマエはカスだった……、アン? ウルセエな、別にカスくらい言ったっていいだろうが。ジャマすんなよ』

 

「ルヴィ? お前、マジでどうした?」

 

『その名前で呼ぶな!』

 

 

 弥堂は本気で心配の眼を向けたが、彼女は挙動不審なまま要領の得ない話を続けていく。

 

 

『初代と二代目には有って、オマエにはないモンがあった! そのせいでオマエは資格……? なんかそんなのが足んなくてよ、その……なんだっけ?』

 

「“聖痕”か?」

 

『おー、それそれ! そう、その聖痕が……、なんだっけか?』

 

「駄目だってことだろ?」

 

『おう! そうな! ダメだ。オマエはダメだ!』

 

「……話が終わったぞ?」

 

 

 思わずげんなりとし彼女へ胡乱な瞳を向ける。

 

 本人は不思議そうに首を傾げてしまった。

 

 

『あれェ? おっかしいな? なんか調子が出ねえな……。オイ、エル。オマエちょっと酒持って来いよ』

 

「エル? エルと話してんのか?」

 

『喰いついてくんじゃあねェよ! オマエどんだけあのクソメイドが好きなんだよ。つかよ、さっきまで話してたのはエルじゃ――ア? あー……、わぁーってるよ。これでもマジメにやってんだアタシャ』

 

「何も言ってないが」

 

『今のはオマエに言ってねんだよ!』

 

「ややこしいんだよ」

 

 

 呆れを見せつつ弥堂は心中で疑う。

 

 幻覚の女が幻覚を見ることがあるのかを。

 

 

『おう……おう……、ン? ちょっと待てって。オマエ早口過ぎんだよ。もうちょいゆっくり……、ア? だから酒呑ましてくれって。一杯呑めばイケっから! あー、あー! うぜえッ! いちいちヒステリー起こすなよな。ったくドイツもコイツもよォ。このクソガキのことになると目ん玉引ん剥いて金切り声あげやがって。女臭くてかなわねェや……』

 

「アンタ本当に誰と喋ってんだ?」

 

『ア? アレだよ。聖女だよ聖女』

 

「聖女……? シャロのことか? シャロは生きてるはずだが……、まさか彼女も死んだのか? おい、どうなんだ?」

 

『ダァーッ! あっちからもこっちからも怒鳴るんじゃあねえよッ! 嬢ちゃんのことじゃあねェ!』

 

「だったら一体お前は誰の話をしてるんだ!」

 

 

 いつまでたっても見えてこない話に弥堂も声を荒げる。

 

 ルビアは盛大に溜息を吐いた。

 

 

『いいからよ、条件だ。オマエちゃんと守れよ!』

 

「あ? なにを?」

 

『なにをじゃねェんだよボケ! テメエが自分のことばっか考えてるクズだからダメだって言ってんだよ! ちゃんと守るって気合い入れろよこのカス!』

 

「なにキレてんだ? 意味がわかんねえんだよ」

 

『わかれよ! ホントどうしようもねえガキだ……、ア? なんでだよ? ちゃんとテメエが言ったとおりに言っただろ⁉ なんでアタシのせいになんだよッ!』

 

「もういいからそいつに代われよ! アンタじゃ話になんねえ」

 

『だから代われねんだよ! テメエがまだ資格を満たしてねェから聖剣と繋がってねェんだ!』

 

「聖剣……? おい、ルヴィ。ちゃんとイチから説明を――」

 

 

 ようやく重要な内容であることだけは弥堂に伝わり、きちんとルビアから話を聞き出そうとするが――

 

 

「――時間切れです」

 

 

 突如目の前にアスが現れる。

 

 

「――っ⁉」

 

 

 悪魔の一群に突っ込もうとしていた脚に命令を出して無理矢理に急ブレーキをかけた。

 

 首目掛けて振られたアスの魔法剣を聖剣(エアリスフィール)で受け止める。すかさず――

 

 

「――【切断(ディバイドリッパー)】」

 

 

 聖剣に宿った加護で魔法剣を切断した。

 

 

 だが、間髪入れずにアスの追撃の拳が迫る。

 

 

「くっ……!」

 

 

 大振りのフックのような軌道のそれに対して弥堂は上体を逸らしながら両足は開き、そしてその足をそれぞれ捻る。

 

 

「なに――ッ⁉」

 

 

 スウェーで拳を躱しながらアスの肘に“零衝”を打ち込んで自分に当たらない軌道に変えさせる。

 

 

『お?』

 

 

 アスの攻撃を逸らすことには成功したが力負けをし、肘関節が壊れて皮膚を破って骨が飛び出した。

 

 

『オイ、今のやるじゃねえかってエルが褒めてんぞ』

 

「黙ってろ――っ!」

 

 

 木っ端悪魔たちとは違い、アスは会話をしながら片手間に相手を出来るものではない。

 

 横槍を入れてくるルビアを怒鳴りつけ、弥堂は『世界』から自分を引き剥がす。

 

 

「――【falso(ファルソ) héroe(エロエ)】」

 

 

 そしてバランスを崩したアスの背後に立ち、

 

 

「くたばれ――」

 

 

 その背を小剣ほどのサイズになった聖剣で狙う。

 

 だが、その切っ先はまだアスの躰には刺さらない。

 

 見た目も頑強になった躰に弾かれた。

 

 

「ちぃ……っ」

 

 

 舌打ちをすると同時、弥堂の足元に魔法陣が浮かび上がる。

 

 そしてアスの姿が消えた。

 

 

 弥堂もすぐにその場を退避しようとするが両足に銀色の鎖が巻き付いてくる。

 

 

「これは……」

 

 

 事態に気付いた時にはもう遅い。

 

 弥堂の身体の周囲を銀色の壁が囲み、直方体の中に閉じ込められた。

 

 そしてその壁の中は足元から凍りついていく。

 

 再び『世界』から自分を引き剥がす間もなく、弥堂は氷漬けにされてしまった。

 

 

 アスは氷の棺に閉じ込めた弥堂を油断なく見る。

 

 

 すると、氷が大量の汗をかいて溶け始める。

 

 溶けた水は蒸発するのでなく油に引火したように燃え上がり、やがて氷の一点に穴が空くと、そこから蒼い焔が噴き出して棺は燃やし尽くされた。

 

 

「その焔……、魔術ではなく加護ですね?」

 

「あぁ、そうだ。俺の焔は俺が燃やすと決めたモノを何でも燃やす。たとえ悪魔だろうとな」

『アタシの焔だがな』

 

「試してみますか?」

 

「試すなんてケチなことを言うな。全て喰らっていけ。必ずお前を消し炭にしてやる」

『いや無理だろ』

 

「しかし、その焔が加護ということは他のチカラは加護である線は消えましたね。加護は一つの魂に一つ。それが原則」

 

「俺は多重人格なんだ。俺の身体には複数の魂が宿っている。そしてその全てが別々の加護を持っている」

『オマエってすげぇウソつくよな』

 

「多重人格による加護の複数持ち……? バカな……、いや? 前例がないわけではない……? まさか……」

 

『あーあ、信じちまったぞアイツ。悪魔のくせにマジメかよ』

「うるせえな。お前ちょっと黙ってろよ」

 

「なんですって……⁉」

 

「あー、今のはアレだ。別の人格と会話してたんだ」

 

「……そういえばさっきから誰かと会話していましたね。本当に加護の多重保持……?」

 

 

 ブツブツと呟きながらアスは考え込んでしまう。

 

 ルビアは呆れた目を弥堂へ向けた。

 

 

『オマエ適当な啖呵切るのやめろよな。変な風に興味持たれちまったじゃねえか』

「別に、好都合だろ」

 

『まぁ、そりゃそうかもしんねェがアタシはイヤだぜ? 悪魔に捕まって人体実験とか。見てると気が滅入るんだよ』

「オマエは幻覚だから関係ない」

 

『まだ言ってんのかよ。つーか、それよりよォ。エルがまた泣いたぞ。メンドくせえから泣かすなよ』

「あ? なんで勝手に泣いてんだあのバカ。メンドくせえなメンヘラクソ女が。くたばれと言っとけ」

 

『あーあ、トドメさした。もうアイツ今日使い物になんねえわ。そういうとこだぞオマエ』

 

 

 暢気な会話を交わしている内にアスが我にかえった。

 

 

「いけません。今はそんな暇はない」

 

「忙しいようで何よりだな」

 

「えぇ、おかげさまで。天使にアナタが見つかると厄介なので、冷凍して持ち帰らせて頂きます」

 

『ほら言ったじゃねえか! また人体実験コースだよ! これで何回目だよ!』

「もう慣れたから問題ない」

 

「遊びは終わりです!」

 

 

 アスが魔法弾を放ってくる。

 

 弥堂はそれを焔で焼き払った。

 

 

 先程一度やりあってみて、思っていた以上には捌けた。

 

 だが、それだけだ。

 

 

 クルードのフィジカルとアスの元々の魔法の器用さ。

 

 これもやりあってみてわかったが、勝てる相手ではない。

 

 

 殺されても戻れるが、だがそれをやったら終わりだ。

 

 アスは凍らせると言った。

 

『死に戻り』の仕組みはわかっていなくても、その取り回しの弱点はもう見破られていると考えた方が妥当だ。

 

 

 そうなれば、もう打倒するしかなくなる――

 

 

 

 しかし、それは想定どおりに難しかった。

 

 弥堂はあっという間に追い詰められていく。

 

 

『オイ、代われよ。アタシよ、ああいうスカした野郎が大嫌いなんだ。ケツから火ィぶっこんでカエルみてェに破裂させてやんよ』

 

「代われるもんなら是非代わって欲しいな……っ!」

 

 

 焔で処理しきれない程の量の魔法弾に追い込まれ、【falso(ファルソ) héroe(エロエ)】を使って距離をとっても圧倒的な身体スピードですぐに追いつかれる。

 

 背後をとって殺しにいっても聖剣(エアリスフィール)の刃は、やはりその魂にまでは届かない。

 

 

 やがて魔法弾を一発もらうと、バランスを崩したところに二発三発と撃ち込まれ弥堂は吹き飛ばされる。

 

 死なせないように手加減された魔法だ。

 

 

 追撃をどうにか焔で焼き払いながら地面を転がり、顔を上げた時にはもうアスが目の前に居た。

 

 肥大化して大男となったアスの拳が弥堂へ打ち落とされる。

 

 

 それを背後へ大きく飛び退いて躱すが、弥堂の足が地面に着くことはなかった。

 

 

 そこは水の中だった。

 

 空中に不自然に発生した水の塊。

 

 その中に飛び込んでしまった。

 

 

 【燃え尽きぬ怨嗟(レイジ・ザ・スカーレット)】の焔は水ですら燃やす。

 

 だが、元々自分のチカラではなくまた使い慣れてもいないため、咄嗟に『水を燃やす』ということが発想できない。

 

 まず呼吸の方に意識がいった。

 

 

 ゴポっと肺の中の空気を漏らした瞬間、周囲を何重にも銀色の壁が囲む。そしてまた箱の中が凍り付いていく。

 

 

 もう逃がすつもりはないようだ。

 

 

 水はすぐには凍らずに、ただ急激に温度が下がった。

 

 まるで生き物のように動いた水が口の中から体内へ侵入してきて、内臓まで冷やしていく。

 

 

(溺れて意識を失った瞬間に凍らせるつもりか……⁉)

 

 

 それを見抜いても極低音の水に体温を奪われ、また何かの魔法でも働いているのか急激な眠気に襲われた。

 

 

 グッと奥歯を噛んで左腕から焔を出そうとする。

 

 だが、焔は出ない。

 

 すぐに右手の聖剣を使おうとする。

 

 しかし小剣ほどの長さのあった刃は今やナイフよりも短い。

 

 

(魔力切れ――か……)

 

 

 結局新しいオモチャを与えられたとしても、ほんの少し魔力が増えたとしても、地力が――基本的なスペックが違いすぎる。

 

 不意を討って騙し討って、ほんの一合二合を凌ぐことは出来ても、その度にガス欠していたのでは勝つことは不可能だ。

 

 それを解決する唯一の手段だった『死に戻り』も、今は出来ない。

 

 

 少し本気を出されればあっという間に手詰まり。

 

 所詮はこの程度。

 

 奇跡など起こせはしない。

 

 

(ここまでか……)

 

 

 わかりきっていたことが起きただけのこと。

 

 そう諦めて眼を閉じようとした時――

 

 

「――なにッ⁉」

 

 

 アスの驚きの声が聴こえ、それに反応して瞼を開けると、弥堂を閉じ込める魔法の箱に太い木の根が巻き付いていた。

 

 

(まさか――)

 

 

 そう思いついた瞬間、水温が一気に上がる。

 

 温い風呂の温度ほどまで水が温かくなり、外側の氷は溶けて無くなった。

 

 そしてそれを囲っていた銀色の壁も破壊される。

 

 弥堂はずぶ濡れになって地面に落ちた。

 

 

「まだ、己を保てているのですか……ッ⁉」

 

 

 驚きを露わにするアスへ向かってピンク色の魔法弾が次々に飛んでいく。

 

 

「――弥堂くんは今、大事な時なの……っ!」

 

 

 後退するアスを追って巨木が動く。

 

 コンクリートの地面を捲り上げながら這うようにして前に出た。

 

 

「邪魔はさせません……っ!」

 

「チィ……ッ! オマエたち! お相手なさい!」

 

 

 アスは愛苗へ悪魔たちを向かわせる。

 

 

 胃の中の水を吐き出しながらその様子を見ていた弥堂を、一本の木の根が優しく掴みあげる。

 

 そして巻き添えにならぬように彼を少し離れた場所へとやった。

 

 

 シュルリと根が身体から離れると、弥堂はハッとして愛苗へと叫んだ。

 

 

「水無瀬っ! もうやめろ……っ!」

 

 

 彼女は魔法弾でアスを狙い、木の根で悪魔の軍勢を薙ぎ払いながら、こちらへ顔を向ける。

 

 そして微笑んだ。

 

 

「弥堂くん、だいじょうぶだから……信じてっ! おかあさんの言うこと聞いてあげて! だいじょうぶだから……っ!」

 

「お前……なにを……」

 

 

 それを言ったきり、彼女は前へ向き直り、戦いに集中する。

 

 

『あーあ、まただよ。また女に守られてやんの。クソダセェ』

 

 

 冗談めかしたようで、はっきりと蔑んだようにルビアが横目を向ける。

 

 

 だが――

 

 

「バカな……、あいつ……なんで……」

 

 

 ルビアのそんな煽り文句も気にならないほどに、弥堂は茫然と愛苗の姿を視ていた。

 

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