俺は普通の高校生なので、   作:雨ノ千雨

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1章80 闇を断つ原初の光 ②

 戦場の中心で激しく打ち合う。

 

 

 身体と躰をぶつけ合うたびに周囲の空間が震え、干渉し合った魔力の余波が他の雑魚悪魔を塵に変える。

 

 

(やれる――)

 

 

 元々が上位の悪魔で、さらに大悪魔であるクルードを喰らった――そのアスと単純にフィジカルで渡り合えている。その実感が弥堂にはあった。

 

 しかし一方で、まだ馴染んでいないという実感もある。

 

 

 強くなった代償と謂えるほどでもないが、いつも使っている体捌き――エルフィーネ直伝の体術は上手く使えていない。

 

 膨大な魔力にモノをいわせた身体強化が強力すぎて、自身の身体の能力が把握しきれておらず制御に苦労をしていた。

 

 

(だが、押しきれる――)

 

 

 大振りのアスの拳を力ずくで跳ねのけて半歩踏み込む。

 

 正中を肘で打つとアスはたたらを踏んだ。

 

 

 自分と敵との間に生まれたスペースを使って聖剣(エアリスフィール)を振る。

 

 すると剣の軌道上に幾重にも障壁が張り巡らされる。アスの防御魔法だ。

 

 聖剣の加護で障壁を切り裂きながら的を狙うが、僅かに出来たその時間を使ってアスはバックステップを踏む。

 

 

「チィ……っ」

 

 

 毒づきながら弥堂はそれを追った。

 

 

 さすがに聖剣による斬撃は警戒されている。

 

 今やこの刃も加護も、自身に徹ることをアスもわかっているのだろう。

 

 剣の攻撃だけは絶対に受けないという意思が立ち回りから見て取れた。

 

 

「――死ねェッ!」

 

 

 突っこんでくる弥堂に対してアスは無数の魔法の剣を生成し、一斉に射出をする。

 

 四方から迫り来る剣の群れに、弥堂は構わずに突っこんだ。

 

 

「なんだと――⁉」

 

 

 その自殺行為に驚愕し目を剥くアスに肉薄する。

 

 何本かの剣に串刺しにされながら弥堂は長剣を振り上げた。

 

 

「ウ、ウオォォ……ッ⁉」

 

 

 アスは咄嗟に身を反らそうとするが間に合わず、再生したばかりの左腕を切り飛ばされた。

 

 

「ニンゲンごときがァ……ッ!」

 

 

 しかし、剣撃を見舞っている間に弥堂にはさらに何本もの魔法の剣が突き刺さっている。行動不能に陥るまで肉体を損傷した彼目掛けてアスも手にした剣を振り、弥堂の首を刎ね飛ばす。

 

 

 だが、すかさず――

 

 

『アハッ――【殺害再開(キリング・リスタート)】』

 

 

 エアリスが呪文のようなものを口にすると同時に、弥堂の“魂の設計図(アニマグラム)”が一瞬で修復された。

 

 

「オ、オマエら――ッ」

 

 

 すぐに追撃を仕掛けてくる弥堂に慌てて対応しながら、アスは周囲へ目を泳がせる。

 

 

「な、なにをしている……! 私を守れ……ッ!」

 

 

 二人の戦いに着いていけずに半ばギャラリーと化していた他の悪魔たちへ、聖剣を握る弥堂の手首を抑えながら命じた。

 

 一瞬の間を空けて、悪魔たちは弥堂へ殺到した。

 

 

「逃がさん……ッ!」

 

 

 咄嗟に身を退こうとした弥堂の身体に魔法の鎖が巻き付く。

 

 

「ここで死ね! バケモノめ……!」

 

 

 アスに抑え込まれたまま無抵抗の弥堂に数体の悪魔が飛び掛かった。

 

 

 だが――

 

 

『――【這い寄る悪意(ディスマリス)】』

 

 

 エアリスの声とともに、聖剣の根元からキラキラと白滅する糸が伸びる。

 

 弥堂の魔眼に映るその意図は限りなく霊子に近い物質で構成された不可視の糸だ。

 

 飛び掛かってきた悪魔たちに知覚させることなく、その糸が彼らを絡めとる。

 

 そして触れた瞬間に――

 

 

『――【切断(ディバイドリッパー)】』

 

 

 聖女エアリスが『世界』から能えられた“加護(ライセンス)”が発動し、悪魔たちをバラバラに切断した。

 

 

『ドグサレのビチグソどもがァッ! 汚ねェ手でワタシのユウくんに触るんじゃあねェよゴミがァァッ!』

 

 

 ヒステリックな叫びと同時に、霊子の糸が周囲の物質をとりこんで膨らむ。

 

 それはあっという間に黒い触手と為ると、滅茶苦茶に空間を蠢いて襲い来る悪魔たちを薙ぎ払った。

 

 

「ク、クソ……ッ!」

 

 

 アスは慌てて飛び退り距離をとる。

 

 

『アハァ――逃げた。逃げたな? 悪魔。アハハハハッ! 畏れろ! 我が神を畏れ縮んで潰れて死ねェ……ッ!』

 

 

 優勢の愉悦に酔った触手がアスに追い縋る。

 

 アスは周りの悪魔たちを盾にしながら必死に身を躱した。

 

 

『神の意に背くか! 異端の偶像どもがァッ!』

 

 

 怒り狂ったエアリスは触手を巨大蚯蚓のように肥大化させ、進路上にいる悪魔たちを喰い散らかした。

 

 その隙にアスは転移魔法を使って離れた。

 

 

『クソがクソがクソがクソがクソが……! ゴミどもがッ! せめてその血と魂を神に捧げろッ!』

 

 

 激昂したエアリスは巨大蚯蚓の本体から無数の触手を伸ばし、そこらの悪魔たちに次々と突き刺さす。

 

 すると、ポンプが吸い上げるように触手の幹をボコン、ボコンと膨らませて内容物を啜り上げた。

 

 

『アハハハハハッ! 肥溜めになって『世界』に還れドグソがァッ!』

 

 

 吸い込んだ悪魔たちの血肉が巨大蚯蚓の口から放たれる。

 

 放水車のように赤い水流を噴射し、悪魔たちを押し流した。

 

 

『ギャハハハハ……ッ! 死ね! 死ねェッ! 悪魔は一匹残らず死ねェェッ!』

 

「な、なんと悍ましい……! このような邪悪は見たことがない……ッ!」

 

 

 血肉の洪水に流される悪魔たちの姿を見ながら実に愉しそうに哄笑をあげる触手聖女に、アスは慄いた。

 

 

『ククク……ッ、ハハハハァ……ッ、アーハッハッハッハッハ……ッ! さぁ、ユウくん! ワタシの勇者様! 魔力を! ワタシにもっと魔力をちょうだい! お姉ちゃんがユウくんの為に悪魔も人間も皆殺しにしてあげるわ……ッ!』

 

 

 自らに集まる異端者どもからの負の感情に俄然調子づいた初代聖女さまは、そう弥堂に要求した。

 

 弥堂は無言のまま右手で柄を強く握りしめながら聖剣を振り上げ――

 

 

――そして全力で地面に叩きつけた。

 

 

『――あぁ……っ⁉』

 

 

 エアリスさんはDV彼氏に引っ叩かれた財布女気取りでわざとらしい悲鳴を上げる。

 

 弥堂は足を上げると、頑強なブーツの靴底でガシガシと剣を踏みつけた。

 

 

『あっ、そんな……、唐突なファンサありがとうございます!』

 

「うるさい黙れ」

 

 

 全く効いた様子の無い彼女の態度に弥堂はますます苛立つ。

 

 

 髪の毛を引っ張り上げる気分で聖剣を目線の高さまで掴み上げた。

 

 

『あっ、あっ、あっ……、ガチ恋距離……っ』

 

「おい」

 

『は、はい! もちろん……、産みます……!』

 

「意味わかんねえんだよ。お前、立場を弁えろ」

 

『えっ……?』

 

 

 過度の興奮状態にあったエアリスは、冷や水を被せるような弥堂の言葉に困惑し僅かに冷静さを取り戻した。

 

 

『ご、ごめんなさい……、お姉ちゃん一生懸命ユウくんのために頑張ってたつもりだけど、まだ足りなかったよね……? もっと悪魔ぶっ殺すね……? だからユウくんのもっとエッチな魔力ちょうだい』

 

「違う」

 

 

 もっとエッチな魔力の意味はわからなかったので無視し、弥堂は何かにつけて魔力をねだってくる豚女をギロリと睨みつける。

 

 

「お前は何だ?」

 

『え? お姉ちゃんですけど?』

 

「勝手なことを言うな。俺に姉などいない」

 

『で、でも、お姉ちゃんずっとユウくんのお世話してきたし……』

 

「知るか。お前は剣だろうが」

 

『でも! 確かにお姉ちゃんは聖剣だけど……、でも剣である前に女なの……! アナタを愛する一人の女なの……!』

 

「無機物の分際で図々しいんだよ。気持ちワリィな」

 

『あ、ありがとうございます……!』

 

 

 直球の罵倒に興奮し、犬の様に『ハッハッハッ……』と息を切らす変態に対して冷淡に告げる。

 

 

「いいか? お前は武器だ。道具だ」

 

『そ、そんな……、モノ扱いだなんて……』

 

「お前は殺しの道具だ。道具が意思を持つな、感情を持つな。お前の人格なんていらねえんだよ」

 

『あっ、あぁ……、なんてヒドイことを……』

 

「道具の分際で俺に要求をするな。お前をどう使うかは俺が決める。黙って俺に使われてろ」

 

 

 例え相手が剣だからといって、意思あるモノに対して発言するべきではないあまりに非人道的な言葉を弥堂は投げつける。

 

 だが――

 

 

『――ははははいぃぃぃっ! ちゅかわれまひゅ……っ! モノみたいにガシガシ乱暴にしていいからぁ……! いっぱいちゅかってくだひゃいっ!』

 

「うるせえなこいつ……」

 

 

 度を超した変態のメンタルは無敵なので全く堪えた様子がなく、あまりの不快さに弥堂の方が顔を顰めた。

 

 

『ユウくんの……、お姉ちゃんはユウくんのモノだから……! ユウくんだけの聖剣(オンナ)だからぁっ……!』

 

「嘘つくんじゃねえよアバズレが。少なくとも俺で最低三人目だろうが」

 

『ちがうの……! 女の子は男の子と付き合うたびに“初めて”になるの! それに前の勇者(オトコ)たちのことは全然好きじゃなかったの! お姉ちゃん無理矢理使われちゃったの……!』

 

「クソ女が。死ね」

 

 

 この初代聖女さまは男と別れると途端に事実を捻じ曲げ、無理矢理ヤられたと主張するタイプのクソ女であることが発覚し、弥堂は強い軽蔑の念を抱いた。

 

 

『女の子だから……! お姉ちゃん剣だけど女の子として扱って……!』

 

「なにが女の子だ。お前数千年生きてんだろババア。その間とんでもない数の勇者が召喚されては処分されたって二代目のノートに書いてあっただろうが」

 

『あぁ……ごめんなさいっ! 色んな勇者(オトコ)の手垢のついた中古女でごめんなさい……! でも今はユウくんだけの女なの……っ!』

 

「…………」

 

 

 勝手に『姉』と『彼女』を名乗ってくる性剣女とこれ以上話していると頭がおかしくなりそうだったので、弥堂は剣を握り直し敵に向かって走り出した。

 

 

『あっ……するの……? お話してたら急にシたくなっちゃったの……?』

 

「…………」

 

『んあぁ……っ、魔力……入って……くるぅ……っ⁉』

 

 

 聖剣に魔力を注ぎ長剣を創り出して悪魔に斬りかかった。

 

 

 ジルクフリードの剣技を意識して剣を振る。

 

 

 近付いて、先に剣を振るなら一太刀で斬り伏せ、先に打たれた場合は確実に防いで返す刃で確実に仕留める。

 

 速く振って当てるだけ。

 

 当てさえすれば今の“存在の強度”が上がった弥堂ならば、確実に聖剣(エアリスフィール)の加護を徹せる。

 

 

 敵中に飛び込んで暴風を巻き起こすように剣を振り続けた。

 

 

 数は多いが着実に殺していく。

 

 

 あれだけ絶望的だった戦況が今やまったく問題にもならない。

 

 

 だが、その中で、感情の浮き沈みに苦しむ。

 

 

 今日これまでに経験した戦いは、弱者としての戦いだった。

 

 敵の猛攻を凌ぐことに終始四苦八苦し、そのギリギリの死線の中で勝機を探る戦いだった。

 

 

 それらは文字通り綱渡りのような戦いだったが、必死に攻防を行うことに集中していて余計なことを考える余裕がない。

 

 言い換えればそれは、己を戦いに最適化してしまえば他に何も考える必要がなく、ある意味では楽なことだった。

 

 

 しかし今は違う。

 

 

 今この時、弥堂は圧倒的で超越的な強者として敵に向かい合っている。

 

 

 今までの苦労はなんだったのだと愚痴を言いたくなるくらいに、簡単に敵を殺せるし、敵の攻撃を捌くことにも一切の苦が無い。

 

 だからその分、殺意がぼやける。

 

 

 

 自身の身から湧き出る超越的なチカラ。

 

 奮えば起こる圧倒的な暴力という現象。

 

 その行為と結果から強力な快楽に酔う。

 

 

 その陶酔に抗おうと己を抑えると、途端にリフレインする過去の罪悪。

 

 弱さという名の罪。

 

 それに浸れば今度はチカラが衰える。

 

 

 四方八方から向けられる憎悪と恐怖の中心で、連続で切り替わる躁鬱に脳幹が痛むような錯覚を覚える。

 

 

 だが、これを捻じ伏せなければならない。

 

 これだけのチカラがあっての敗北は許容出来ない。

 

 ここからは一つのミスも許されない。

 

 

 今の自分には必達すべき目的があるのだ。

 

 この身の後ろには守るべき者がいるから。

 

 

 

「バ、バカな……、なんでこんな……っ!」

 

 

 剣を雑に横に大きく振ると視界が切り開かれ、その向こうにアスの姿が見えた。

 

 少し前までの彼からは考えられない余裕のない様子。

 

 その態度から、もう隠し手はないことが窺えた。

 

 

「こんな……こんなことがあって堪るか……! なんなんだ貴様は……⁉」

 

「あ?」

 

 

 これで何度目か。同じ問いを投げられ、弥堂は眉を顰める。

 

 

「何故貴様がここに、この世界に居る……⁉」

 

「日本人が日本に居て何が悪い。悪魔に言われる筋合いはないな」

 

「惚けるな『エッジ・オブ・ヴェイン』……ッ! この世界に居るはずがない!」

 

「なんの話だ」

 

「それはこの世界に在るチカラではない……!」

 

「それはそうかもな。なんか目醒めちまったんだ。仕方ないだろ」

 

『あっ、ユウくんメンドくさくなってきてる。カワイイ』

 

「うるさい黙れ」

 

 

 勝手に口を挟んできた道具を黙らせる。

 

 その間にもアスは切られた左腕を押さえながらブツブツと怨嗟を吐いている。

 

 

「ふざけるな! なんのチカラもなかった只のニンゲンに、この土壇場で偶然そんなチカラが目醒めるなど……、そんなことがあって堪るか……ッ!」

 

「それは確かにそうだな。俺もそう思うよ」

 

「もうすぐ……、プロジェクトの達成まであともうすぐだったというのに……ッ! 綿密に計画を立て、各方面に配慮し、調整し……、目前まで漕ぎ着けたというのに……ッ!」

 

「まるでサラリーマンだな」

 

「上手くいっていた……! 私にミスはなかった……ッ! 無事に魔王は誕生し、目障りな低能(バカ)は始末し……、全てが完璧だった……ッ!」

 

「そうかもな」

 

「それが……ッ! まったく関係のない部外者が……! 一般人よりは多少戦える程度のただの人間が……! なんで貴様ごときが……ッ!」

 

「たまたまだ。そんなこともあるさ」

 

「そんなわけがあるかァ! たまたま対象の魔法少女と同じ学校で、たまたま同じクラスで……、たまたま行く先々で出くわして……ッ! それで最終局面で盤面を引っ繰り返すようなチカラにたまたま目醒めるなど……! そんな巫山戯た話があって堪るものかァ……ッ!」

 

「あぁ、お前の言うとおりだ。同情するよ。だが、それはそんなに珍しいことでもなければ難しい話でもない。たったの一言で説明がつく」

 

「なんだとッ⁉」

 

 

 激昂するアスに対して、弥堂は何度も口にして言い慣れた言葉を言おうとして――

 

 

『――ご都合主義、結構なことじゃあないか』

 

 

――記憶の中に記録された言葉が蘇る。

 

 

「……なんだ?」

 

「…………」

 

 

 急に喋るのを止めた弥堂をアスは訝しむ。

 

 弥堂はそれを無視して、今一度、彼の――廻夜 朝次の言葉を聞く。

 

 

『もしも、普通の高校生である弥堂 優輝が、ある日偶然に、ひょんなことから、魔法少女に出逢ってしまったのなら――』

 

『普通に高校生活を送っていたら、奇怪な化け物とそれと戦う魔法少女に出遭い、成り行きで魔法少女の味方をしていたらどうにもならないような強敵が出てきてしまって、助言も虚しく魔法少女が負けてしまいそうだ。もしもこのまま彼女が敗北してしまったらこの世界は滅茶苦茶になってしまう。そんな状況をなんて言うんだい?』

 

『チャンスさ、弥堂君。掛け値なしの決定的チャンスだよ』

 

 

 それは4月22日の部活動の時に、廻夜から既に言われていたことだった。

 

 

『ただ覚醒しさえすればいい』

 

 

 無茶とも謂えるようなそんな内容だった。

 

 だが――

 

 

『無理かい? いいや、無理じゃあないね』

 

『そんな力はない? 無ければ目醒めればいい。その場で』

 

『根拠も脈絡も伏線すら要らない』

 

『必然であればそれでいい』

 

『もうどうにもならないってとこまで追い詰められたのなら、ただ覚醒しさえすればいいじゃないか』

 

 

 あの時は、そんなことは不可能だと弥堂は否定した。

 

 そんな都合のいいことが起きるはずがないと。

 

 

『都合がいい? そうだよ? ご都合主義、結構なことじゃあないか』

 

 

 しかし、現実はまた彼の言ったとおりに為った。

 

 

『言っただろ? 自分にとって都合のいい未来へたどり着くのなら、その過程でいくらでも都合のいいことがあったっていいじゃないか』

 

『なにがダメなんだい? 結果さえよければ過程はどうでもいい。それがキミの信条だろ? 何ひとつ問題なんてないじゃないか』

 

『都合のいいことが起きなければ勝てないってんなら、都合のいいことを起こすしかないじゃないか』

 

 

(そうか……、確かにそうだったか……)

 

 

『大丈夫。その都合のいい結末は必ずある』

 

『信じるのでも願うのでもない。その前にまず『ある』ということを知って、認めて、理解するんだ』

 

 

 確かに今のこの事態はアスにとって想定外のことで、弥堂にとっても同様だ。

 

 しかし、彼にとってはそうではなかった。

 

 

「『ある』以上は『いける』……」

 

「なんだと……?」

 

 

 訝しむアスへ侮蔑の目線を向け、そして唾を吐き捨てる。

 

 

「お前は勘違いをしている」

 

「……どういう意味だ」

 

「自分は頭がいいと思い込んでいるただの無能だと言っているんだ」

 

「貴様ァッ!」

 

 

 下等なはずのニンゲンに見下されアスは怒り狂う。

 

 だがその感情のままに弥堂へ襲いかかることは出来ない。

 

 

「確かにこの事態は俺にもお前にも読めていなかった。だが、前にも言っただろう? 俺の上司は完璧に総てを読み切っていた。悪魔ごとき、彼の掌の上だ」

 

「じょ、上司……? 貴様らは一体……? 何の目的で私たちの邪魔をするッ⁉」

 

「別に。目的などないさ」

 

「だったら何故!」

 

「俺たちは普通の高校生だからな。別に目的などなくても、魔法少女の味方をするのが普通のことなんだ」

 

「は……? な、なんだと……?」

 

「『可愛いは正義』だそうだ。薄汚い悪魔と比べたら考えるまでもないだろ? お前ら不細工でムカつくから殺してやるよ」

 

「バ、バカにしているのかァ……ッ!」

 

 

 自分の中ではもう答えは得られたので、弥堂はそれ以上の会話が面倒になり適当に肩を竦めた。

 

 アスは理不尽さに震えた。

 

 

「こ、こんな……ここまで来て失敗するわけには……、クソッ! クソォォォッ!」

 

「遊びは終わりだ」

 

 

 聖剣を振って弥堂が進み出ようとすると、悪魔たちは後退る。

 

 ここまでで力関係は決してしまっていた。

 

 

 このまま一気に仕留め切る――と、そう考えたところで、突如地鳴りが響いた。

 

 

「な、なんだ……⁉」

 

 

 それは向こうにも想定していたことではないようで、アスは慌てて首を左右に振って周囲を確認する。

 

 すると、後方の離れた位置――

 

 

――悪魔の生息地と繋がっていた石造りの門に異常があった。

 

 

 正確には門の中に異常が在った。

 

 

 

 それは目。

 

 

 巨大な眼玉だ。

 

 

 巨大な門に入り切らないほどの大きな眼玉が向こう側からこちらを覗いていた。

 

 

 その眼は複眼。

 

 虫のような眼玉で、ただひたすらに巨大だった。

 

 

 全ての者たちの視線が“それ”に向けられると、数千もの個眼から成っているその複眼と全員が目が合ったと感じた。

 

 

「あ、あれは……ッ!」

 

 

 アスが叫ぶ。

 

 その驚愕の声には歓喜が含まれていた。

 

 

「魔王様……ッ!」

 

「なんだと」

 

 

 アスが巨大な眼にそう呼びかけると、門の中から長い爪の生えた巨大な指が這い出てきた。

 

 目玉よりも大きなその手は内側から門の端と端を掴み、無理矢理こじ開けようとしている。

 

 こちらへ出てくるつもりだ。

 

 

「フッ、フハハハハ……! 魔王様……、ベルゼブル様……ッ! ようこそおいで下さいましたァ……!」

 

 

 どうもあちらにとってもご都合な出来事が起こったようだ。

 

 アスは途端に強気になる。

 

 

「ニンゲンめ! 終わりだ! あの方は魔王ベルゼブル様! 生まれたてでも成り上がりでもない、最古に数えられる最強の一柱だ……ッ!」

 

「魔王だと……?」

 

 

 弥堂は【根源を覗く魔眼(ルートヴィジョン)】に門の中の魔王の姿を映した。

 

 

 その“魂の設計図(アニマグラム)”の威容と“存在の強度”には、確かにアスが『魔王』と称するに相応しい強大さがあった。

 

 

「ちっ、ここにきてまだあんなモノが出てくるのか……」

 

 

 その言葉は悲愴からくるものではなく、ただ心底面倒そうに吐き捨てた。

 

 

『フフ、ちょうどいいわね』

 

「……?」

 

 

 ご主人さまの言いつけ通りに黙っていたエアリスが笑う。

 

 

『魔王なんて願ったり叶ったりじゃない』

 

「どういう意味だ?」

 

 

 上機嫌に笑う彼女に問う。

 

 すると、彼女は真剣な声音を向けてきた。

 

 

『ユウくん。アナタはこれまでずっと過酷な道を歩き、数々の困難に苦しめられてきました』

 

「…………」

 

『運命は只管にアナタを弄び、異世界での戦いの日々はアナタの心を蝕み、でも、それでもアナタは今日まで歩き続けてきました』

 

「足だけ動かしとけば勝手にどっかに進むからな」

 

 

 承認されることの不快さに弥堂はそう嘯く。

 

 エアリスは微笑ましそうに一度笑い、それからまた真剣に続ける。

 

 

『ですが、アナタはその日々に答えを得られなかった。結末を取り上げられ、決着をつけることが出来なかった。だからアナタの戦いは終わらなかった。日本に帰って来てからもずっと、その心は遠い戦場に置いて行かれたままだった』

 

「……何が言いたい」

 

『ここに決着を――』

 

 

 エアリスは――勇者の導き手である聖女は弥堂を戦場へと誘う。

 

 

『あっちの世界で出来なかった魔王討伐。それを今ここでやり直しましょう。そしてアナタは自分の時間を先に進めるのです』

 

「……魔王討伐、ね」

 

『ようやく戦争を終わらせられる。アナタの7年の戦争にやっと答えが出るわ』

 

「…………」

 

 

 自分とは一体なんだったのだろう。

 

 

 長年弥堂を苛み続けていたその答えが、この戦いの先にある。

 

 

 そう考えると、異世界での日々が、喪失の記録が高速で再生される。

 

 

 その過去に囚われるとまた衝動が萎む。

 

 

 ずっと求めていた答えのはずなのに、過去の喪失を振り切って足を踏み出すのは何故か気後れしてしまう。

 

 

 今日自分で見つけた目的を叶える為に、そうする必要があるというのに。

 

 

 目的の為なら躊躇わずどんなことでも出来る。

 

 

 出来ていたはずなのに。

 

 

 何かもう一つ。

 

 

 背中を押すモノが欲しいと思った。

 

 

 ルビアはもう居ない。

 

 

 セラスフィリアも居ない。

 

 

 自分で決別して、自分で決断しなければ。

 

 

 何かあともう一つ、決定的なモノがあれば――

 

 

 

『――命令だ』『――弥堂くん』

 

 

 

 ピタッ――と、心の揺れ動きが止まる。

 

 

 魔眼でただ敵を映した。

 

 

 

 魔王ベルゼブルの手が異界の門を引き裂いて入り口を拡げている。

 

 巨大な腕の肘から先がもうこちらへ出てきていた。

 

 

 魔王だけでなく、拡がった門の隙間からさらに続々と悪魔たちが出てくる。

 

 地上だけでなく、大量の蠅の悪魔が出てきて、こちらの世界の空までをも黒く塗り潰そうとしていた。

 

 

 せっかく減らしていた敵の軍勢はさらに数を増した。

 

 先程よりもさらに絶望的な光景が広がっている。

 

 

 だが、そこに動揺はない。

 

 

 今ここで決めることでもない。

 

 

『普通の高校生が魔法少女に出逢って、彼女をサポートして、だけどそれでも、それだけじゃあ絶対に敵わない強敵に出遭ってしまったら。魔法少女と同様に『世界』に選ばれ、許された、なんなら魔法少女以上に優遇された存在に出遭ってしまったのなら』

 

『その時は終わりなんかじゃあない』

 

『不運でもなければピンチですらない』

 

 

 その話は既に聞かされていた。

 

 

『迫りくる強大な敵を根こそぎぶちのめしてヒロインを救う』

 

『もしも普通の男子高校生がそういう状況に陥ったら、そうなるのが当たり前のことで、今度はそれが普通になる』

 

 

 もう三日も前に、既に命令されていた。

 

 

 

 

『無双は義務だよ、弥堂君――』

 

 

「――任務了解」

 

 

 

 

 思わず口の端が吊り上がる――

 

 同時に、これまで以上の魔力が噴き上がった。

 

 

『アハッ――』

 

 

 手に握る聖剣も歓喜を表している。

 

 

 やり残した過去の清算。

 

 魔王討伐。

 

 

 果たせなかった決着。

 

 

 異世界に置き忘れてきた自分を取り戻し、或いは決別する。

 

 

 自分とはなんなのか、その答えを得る。

 

 

 そしてこの先に進むための――

 

 

 

 この戦場は自分というモノのあらゆる結末に繋がる“可能性(ルート)”――その全てを内包している。

 

 

 最期の決戦。

 

 

 相手は魔王。

 

 

 対する自分は勇者。

 

 

 それはこの上なく相応しい戦いだ。

 

 

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