俺は普通の高校生なので、   作:雨ノ千雨

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1章裏 4月26日 ⑤

 

『――なるほど。話はわかったぜ、兄弟』

 

「よろしく頼む」

 

 

 愛苗の入院する病院への道中、弥堂は個人的に繋がりのある皐月組の跡取りと通話をしていた。

 

 スマホを耳にあてながら歩く弥堂の足元を、ネコの姿のメロがチョコチョコと着いて来ている。

 

 

『とりあえず見かけだけの身分証は一日で用意できる。それ以外――保険証やら物件やらは少し時間をもらう』

 

「構わない。“見かけだけ”とは?」

 

『あぁ。例えば住民票。役所が出してるフォーマットに合わせて偽造するだけならすぐに出来る。が、ヤツらの管理してるデータの方もそれに合わせて改竄させるのは一日二日じゃあ無理だ』

 

「そうか。ならそれはこちらでやっておく」

 

『……オマエそんなことも出来んのか? オレら以外にもツテがあるのか?』

 

「勘繰るな。ちょっとインターネットに触るだけだ」

 

『……まぁいい。ストーリーは?』

 

「あぁ――」

 

 

 弥堂は返事をして一度言葉を切り、足元のネコをチラリと見遣る。

 

 一瞥だけをしてすぐに通話を再開した。

 

 

「名前は『水無瀬 愛苗』、設定は――」

 

 

 そして明日に愛苗本人にも語って聞かせることになる彼女の新しいプロフィールを騙っていく。

 

 

『――オーケイ、わかった』

 

「いくらだ?」

 

『ヘッ――貸しにしといてやるよ』

 

「それは困るな」

 

『アァ?』

 

 

 何かにつけて貸しを作ろうとする相手と、それを躱そうとする弥堂。

 

 それはいつも通りのやりとりではあるのだが、しかし流石に今回は“借りゼロ”では済ませられなそうだと弥堂は諦める。

 

 

「実は頼みたいことが他にもあるんだ」

 

『ヘェ……?』

 

「連休に入っちまうだろうから、近々事務所へ伺う」

 

『なんだァ? 随分仰々しいな。また身代わりが必要になったのか?』

 

「そういうわけじゃない。仕事として頼みたいという意味だ」

 

『ハッ――そうかい。んじゃあ、今回のこととセットにしといてやるぜ』

 

「悪いな。支払いは現金でする」

 

 

 借りにしないためにしっかりと金で済ませる“取引”だということにした。

 

 

『それなら悪いが本家の方へ来てもらうことになるかもしれねェ』

 

「本家? 下町の屋敷のことか?」

 

『あぁ、そうだ』

 

「新美景のお前の事務所じゃ駄目なのか?」

 

『オレはそっちでも構わねェんだが、なにぶん本家に呼び出されちまったんだ』

 

 

 僅かに眉を顰めた弥堂と、似たような感情が電話の向こうからも伝わってくる。

 

 

『今回のことでちょっと親父に呼ばれちまってよ』

「ヤクのことか?」

 

『あぁ、そうだ。ちっと派手にやったから一応説明しなきゃなんねェ』

「俺もか?」

 

『いや、兄弟がそこまでする必要はねェよ。別にケジメとれって話じゃあねェからな』

「だったら――」

 

『――ただ、オレはそうはいかねェ。実の息子だとは言っても勝手をやっていいわけじゃあねェ。多少のシメシはつけなきゃな。ってことで、もしかしたらG.W中は実家から出してもらえねェかもしんねェんだわ』

「……そのお前に会うには本家に行くしかないってことか」

 

『ハッ――兄弟よォ。オメェ、タツのアニキたちに絡まれんのがダリィんだろ?』

「……そうだ」

 

 

 苦々しく認めると耳元で愉しげな嗤い声が響く。

 

 

『まぁ、アイツらにとっちゃこないだの件は上前ハネられたことにもなるしな。本人たちもそろそろ気が付くんじゃあねェか?』

 

「だから面倒なんだ」

 

『だが、それなら安心しな』

 

「あ?」

 

 

 相手の声に悪戯げな色がのったのを感じた。

 

 

『タツのアニキなら今入院してっからよ』

「入院?」

 

『あぁ。昨日のケンカで大ケガしてよ』

「なにしてんだ、あのオッサン」

 

『イヤイヤ、実は昨日よ、本家にカチコミがあったんだよ』

「へぇ、それは大変だったな」

 

『あの人よ、化け物相手に何を考えたんだか、全裸でタイマン挑んだみてェでよ』

「そうか。それは気の毒だったな」

 

『いや、死んでねェよ。一応勝ったらしいんだが、本人も全治二か月だとよ』

「心が痛むな。だが、そうか。だから……」

 

『あぁ。タツのアニキは不在だ』

「なるほどな」

 

『…………なぁ、兄弟?』

 

 

 そこまで機嫌よく話していた相手の空気が突然冷え込んだことを弥堂は察した。

 

 

「なんだ」

 

『……気にならねェのか?』

 

「タツのアニキか? 心配だな」

 

『そうじゃあねェよ。オレが言ってんのは――』

 

 

 僅かな間を置いて、踏み込まれる。

 

 

『――“化け物”のことだ。なんだそりゃって思わねェのか?』

 

「…………」

 

 

 弥堂の眼もスッと細められる。

 

 しかし、意識して間を空けぬように返答をした。

 

 

「化け物? それがどうかしたのか?」

 

『ゾンビだ。映画みてェなよ。それが大量にウチの本家にカチコんできやがったんだ。そんなことあるわけねェって思わねェのか?』

 

「そうか。俺はてっきり『バケモノみたいに強いヤツ』――それとケンカでもしたのだと勘違いをした。なにせ、そんなことあるわけないからな」

 

『……兄弟、昨日街で起こったこと――』

 

「――勘繰るな。俺が知るわけないだろ」

 

『本当か?』

 

「…………」

 

 

 今度は少し間を空けて考える。

 

 そしてまだ嘘を吐くことにした。

 

 嘘を続けて、相手がどう反応するかを確かめるために。

 

 

「そもそも街で騒ぎが起こっていたことすら俺は知らない。昨日はずっと家に居たからな」

 

『……昨日、ウチのパシリがオメェの家に行った。前に頼まれたヤカンを持っていかせたんだ。不在だったそうだ』

 

「ちょうどコンビニに出掛けた時かもな。運がなかったな」

 

『家の鍵は開いていたそうだ。鍵を掛けずにコンビニ? オメェが? ありえるか?』

 

「ちょっとうっかりしていたんだ。次からは気をつけるよ」

 

『ヘェ……?』

 

「…………」

 

 

 弥堂のように日常的に嘘を吐く者にとって、他人と対面した時、他人と関わる時、相手を測る重要な基準がある。

 

 

 一つは当然のことながら、騙せる相手かどうか――

 

 しかし、実はこれはあまり重要なことではない。

 

 

 虚言症のように病的に妄言を吐いて結果的に嘘になるタイプの嘘つきとは違い、弥堂のように確信的な意図を以て偽りを騙るタイプの嘘つきは、自分の吐く嘘は必ずバレると知って嘘を吐く。

 

 だから、他人を測るのにもっと重要な基準がある。

 

 

 それは、その相手がどこまで自分の嘘を許容するのか――という点だ。

 

 

 弥堂のような嘘つきにとって都合のいい人間とは、まずは『そもそも弥堂の言うことを疑わない人間』と『疑われたとしても簡単に騙せる馬鹿』だ。

 

 これは水無瀬 愛苗が該当する。

 

 

 次に、『嘘に気付いていても突っこんでこない人間』だ。

 

 これに該当するのが現在の通話相手である皐月 惣十郎と、後はエルフィーネだ。

 

 ただ二人には明確に違いがある。

 

 

 エルフィーネのような女の場合は気が弱くて指摘出来なかったりするタイプだ。

 

 一方で、前者の方は嘘を指摘しないでそのまま利用しあった方が都合がいいからそうするタイプだ。

 

 

 弥堂と皐月 惣十郎はこれまでにお互いにそんな関係でいたし、だからこそ上手く付き合ってこられた。

 

 しかし、今日はそうもいかないようだ。

 

 彼がこうまで踏み込んでくるのであれば、何かしら掴んでいると考えた方が無難だ。

 

 そして、そうする理由は――

 

 

(――面子か)

 

 

 組の本家を攻められたとあれば捨て置くわけにはいかない。

 

 他にも色々と理由はあるだろうが、彼らのような稼業の者にとっては相手を滅ぼさねばまず面子が立たない。

 

 おそらく理由としてはそんなところで、そして彼が連休中に本家から出られなくなる理由も本当はそっちだろう。

 

 つまり、彼も彼で先程は弥堂に嘘を吐いたことになる。

 

 

 しかし、弥堂はそれを指摘もしないし、怒りも感じない。

 

 お互いにそうし合える関係の方が望ましいからだ。

 

 

 ちなみに、弥堂にとって一番都合がいいのはエルフィーネのように『嘘と気付いていても騙されたフリをしてくれる女』であるが、対照的に最も都合が悪いのは『何でもかんでも嘘を見抜いていちいち揚げ足をとってくる人間』だ。

 

 希咲 七海がそれに該当する。

 

 

 希咲 七海と皐月 惣十郎を足してニで割ったのがあのイカレ女――セラスフィリアとなる。

 

 

 嫌いな女たちのことを思い出して不機嫌になった弥堂は今後の皐月との付き合い方を考える。

 

 

 このまま今までどおりに利用しあえるのか、それとも――

 

 

 弥堂はこの世界に帰ってきて間もない頃に、何人か殺害してしまっている。

 

 そしてその罪を被って刑務所に行った身代わりを用意したのは皐月組だ。

 

 それはお互いにとって弱みとなる。

 

 

 近いうちにその関係性を決めることになりそうだ。

 

 

『だいたい、化け物――ゾンビが出たってオレが言ってよ、それをそのまますぐに信じるのか? 意味わかんねェだろ、こんな与太話』

 

「お前が俺に嘘を言う訳がないからな。俺はお前を信用している」

 

『……そうかい。じゃあここまでにしとくぜ。なんせ兄弟――オレもオマエを信じてるからな』

 

 

 お互いにまた嘘を言い合って、この話は手打ちにすることになった。

 

 

『とりあえず――身分証の何点かは夕方までには用意する』

 

「その時間帯は恐らく学園に行く」

 

『わかった。使いを向かわせるから落ち合ってくれ』

 

「わかった。色々悪いな」

 

『……もしかしたら、近いうちに大きめのヤバイ案件を依頼をすることになるかもしんねェ』

 

「…………」

 

 

 おそらく彼の言う『G.W中に実家から出られない』というのは、先日外人街の麻薬のシノギにチョッカイをかけた件の謹慎ではなく、その次の“ヤバイ案件”というのが本命だろう。

 

 

「……ちょうど金が欲しくなってきたんだ。タイミングが合えば内容次第で受ける」

 

『そうかい。そいつは助かるぜ』

 

 

 弥堂はそのことを指摘しなかった。

 

 つまりお互いにまだ利用し合う関係を続けることを暗黙で取り決めたのだ。

 

 

『んじゃァ、またな。兄弟』

 

「あぁ。それと、一つ言い忘れたんだが――」

 

 

 そしてそれさえ話がついたのなら、これ以上はもう必要な話はない。

 

 

『アン?』

 

「――俺はお前の兄弟になった覚えはない」

 

 

 言い捨てて、弥堂は通話を切断した。

 

 

(それにしても――)

 

 

 歩きながらスマホを仕舞いつつ、考える。

 

 

(――あのオッサン……、レッサーデーモンと普通に殴り合いして勝ったのか……)

 

 

 今しがた電話で話していた相手のことではなく、彼から聞いたタツのアニキのことを。

 

 アニキのこと自体はどうでもいいのだが、その戦果が普通では考えづらいことだったので気になってしまったのだ。

 

 

 辰の兄貴は喧嘩っぱやく、実際に腕っぷしも強い。

 

 だが、かといって彼には戦闘に使えるほどの魔力もなければ、そういった方面の技術や知識もない。

 

 だから普通に考えて、劣等とはいえ悪魔や魔物の類に勝てるわけがないのだ。

 

 

 しかし、辰の兄貴は存在するチカラが強い。

 

 強いとは言っても愛苗のように超越したレベルでは当然なく、紅月兄妹や希咲たち程でもない。

 

 一般人よりは魂の強度が高い。そんな程度だ。

 

 

 それでも、その強度が高い者は特別なチカラや技術がなくても、今回の辰の兄貴のようになんだかんだ生き残ってしまったりもする。

 

 きっとルビアは、それを『運がよかったのさ』と表現していたのだ。

 

 

 そしてそれはきっと弥堂も同じで、そして――

 

 

「――なんだ?」

 

 

 ジロリとした目つきを、足元の方から感じる視線に返す。

 

 チョコチョコと横を歩くメロがジト目で見上げてきていた。

 

 

 悪魔メロ。

 

 下級の悪魔だ。

 

 

 自分より格上の上級悪魔や魔王に反旗を翻して魔法少女に与し、弥堂や愛苗と共に今回の戦場を生き残った弱きモノ。

 

――きっと彼女も運がよかったのだろう。

 

 

「なんか悪そうなヤツと悪そうな話してたッスね」

 

「誤解だ。役所の人と話をしていたんだ」

 

「しょうもねぇウソつくなッスよ。ネコさんは耳がいいんッス。まるっと聴こえてたッスよ」

 

「そうか」

 

「ウソがバレた途端に興味失くして弁明も謝罪もしなくなるのは悪いクセだと思うッス」

 

「なにせ悪いヤツだからな」

 

「やっぱ類友なんッスね」

 

 

 呆れたような言葉を言いつつ、メロは「ニャシシ」とわざとらしく笑った。

 

 

「今日はマナが起きるといいッスね」

 

 

 そして彼女は話題を変えた。

 

 

「そうだな」

 

「もう少し感情をこめて共感したフリをしろッス」

 

「別にフリでもないがな。早く起きてくれた方が今後のことを進めるのに効率がいい。だから彼女に起きて欲しいと思っているのはフリではない」

 

「……オマエ、マジでそういうとこな」

 

 

 今度は本当に呆れたように彼女は嘆息した。

 

 

 そこまで話したところで、国道沿いを歩く二人は愛苗の入院する病院へ繋がる曲がり角に近い場所まで進んでいた。

 

 曲がる場所は現在放棄されている国道沿いの旧病棟が目印だ。

 

 

「…………」

 

「まったく、少年にはいっぺん人の道ってやつを話して聞かせてやらなければならそうッスね」

 

「……それはちょうどよかった」

 

「へ?」

 

 

 なにやらブチブチと言っているネコを弥堂は見下ろす。

 

 

「俺もお前に話がある」

 

「なんッスか? ネコさんの道についてッスか?」

 

「そんなもの知るか。水無瀬が目を醒ます前に今後のことについて打ち合わせをしておきたい」

 

「打ち合せ? エサの件ッスか? ジブンの希望としては一日三食。それとは別にオヤツを二回くれッス。一回はカリカリで、もう一回は“ねこチュッチュ”な? 少年がどうしてもと言うなら“チュッチュ”は無制限にくれてもいいッスよ?」

 

「残飯でも漁ってろ。ゴミネコが」

 

「なんてこと言うんッスか! あと、トイレは最低でも二日に一回は掃除してくれッス。砂も頻繁に入れ替えて欲しいッス」

 

「自分でやれ。それが嫌ならその辺の公園の砂場ででもしてこい」

 

「そんなこと出来るわけねーだろッス。万が一ショタにジブンのブツを掘り当てられたらと考えると……、正直興奮し過ぎてジブン夜も眠れなくなって夜鳴きしちゃうッス」

 

「……発情期がきたら外に放り出すからな」

 

「無責任なこと言うなッス! ジブンがどこの猫の骨とも知れない野良に孕まされたらどうするんッスか? 多分5匹前後産むッスよ。二ヶ月くらいでボロンっと出てくるから覚悟しとけな? 全部少年が育てるんッスよ?」

 

「堕ろせよクソが」

 

 

 なんて迷惑な生き物なんだと弥堂は顔を顰めた。

 

 生き物を飼うことの難しさとその責任の面倒さに早くも嫌気がさしてくる。

 

 

「クズ男に相応しいクソな台詞ッス。しょうがないにゃあ~。このジブンがネコさんとして少年にアニマルセラピーをしてやるッス。ちゃんと真人間にしてやるからな?」

 

「余計なお世話だ。というか俺がしたい話はペットの飼育方法についてじゃない。今後の共同生活におけるもっと基本的なルールだ」

 

「共同生活……、ていうかホントにジブンらの面倒見てくれるんッスね。お願いした立場で言うのもなんッスけど、ちょっと意外ッス」

 

「俺は『彼女を守る』と決めた。やるからには徹底的にやる。何も矛盾はない」

 

「ヘヘッ、じゃあいっちょよろしく頼むッスよ」

 

「だからその為に話しておきたいことがある」

 

「なんッスか?」

 

「あまり他人に聞かれたくないからここでは……、ちょうどいい。こっちへ着いてこい」

 

 

 言いながら弥堂は視線を動かして、何mか先の廃病院を見つける。

 

 すると彼はそこを目的地に設定したようだ。

 

 

「あぁ……、にゃるほどッス」

 

 

 彼のその様子から、おそらく魔法少女や悪魔などに関する話をするのだろうとメロは当たりをつけた。

 

 なのでこの場では言及せずに、勝手に敷地内に踏み入っていく弥堂の後に続く。

 

 

 昼間でもどこか薄暗い――そんな雰囲気のある廃病院『旧美景台総合病院』の入り口が、待ち受けていたかのように二人を呑み込んだ。

 

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