俺は普通の高校生なので、   作:雨ノ千雨

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1章裏 4月26日 ⑧

 

「な、なんで……」

 

 

 メロは愕然とする。

 

 ここに至って、彼からまるで敵に対するような態度をとられることに。

 

 

 しかし、それこそが弥堂の言う『勘違い』なのだ。

 

 最初に路地裏で出遭って以降、彼女に対する弥堂の態度は基本的に一貫している。

 

 

 弥堂は初めて会う人物がいた場合、まず最初にその眼に宿った魔眼【根源を覗く魔眼(ルートヴィジョン)】で相手を視る。

 

 初見でなくても何か不審を感じた時にも同様のことを行う。

 

 メロだけではなく全ての人物に対して同じことをする。

 

 

 弥堂の魔眼には別に相手の心を読んだり嘘を暴いたりする機能はない。

 

 必ず実質的な効果を見込んでそうしているわけではない。

 

 半分以上はただの癖だ。

 

 

 だが、その行為で見定められることもある。

 

 それは相手が人間かそうではないかを判別することだ。

 

 

 一目見て、彼女の“魂の設計図(アニマグラム)”が人間のそれでないことを視破って以来、ただの一度も弥堂はメロのことを信用していない。

 

 最初からこの瞬間まで、メロのことはずっと敵だと見做している。

 

 

 仮に彼女が悪魔でなく人間だったとしてもそれはあまり変わらないだろう。

 

 弥堂は病的に疑り深い――というのを超越している。

 

 

 疑うか疑わないかは行為だ。

 

 その時々の必要性によって疑ったり疑わなかったりをする。

 

 それと他者を信用をするかどうかは別の話だ。

 

 

 信じるというのは行為ではなく心の置き処の話だ。

 

 

 弥堂は自分を含めた全てのモノを信じていない。

 

 

 そしてメロに関してはスタート時点で『悪魔である』という要素がある。

 

 彼女の言動から疑う理由があり、彼女と自分の立ち位置から疑う必要性があり、そして悪魔であるという要素が在る為に信用をしなくていいということになる。

 

 

 現在の弥堂は、水無瀬 愛苗を庇護――或いは護衛をすることを目的とし、自らの立ち位置をそこに定めている。

 

 その対象である愛苗にとってメロはパートナーであり、家族そのものだ。

 

 

 しかし、弥堂 優輝という男にはそんなことは関係ない。

 

 彼の思う『愛苗を守る』ということに、彼女自身が持つ関係性や家族のことなどはまるで関係がなく、その達成条件に含まれていないのだ。

 

 

 だから――

 

 

「た、確かにジブンは悪魔ッスけど……、でも――」

 

「関係ないな」

 

 

――だから、弥堂からしてみれば、まるで仲間のように振舞うのはメロの思い違いであり、『勘違い』なのだ。

 

 

 彼は唯一、水無瀬 愛苗にだけ味方する。

 

 そうすると決めた。

 

 

 彼女以外の総ての存在は、利用できるモノ、利用できないモノ、敵――

 

――この三つで区別する。

 

 

 目的を達する為に誰かと協力しようだなんて考えは毛頭ない。

 

 異世界の戦場をたった一人で生き抜いてしまった男は誰の仲間にもならないし、為れない。

 

 

「――三回」

 

「え――?」

 

 

 指を三本立てて見せてくる弥堂にメロは聞き返す。

 

 弥堂は表情も変えず淡々と読み上げるように話す。

 

 

「俺の知る限り三回。お前が裏切りを働いた回数だ」

 

「ジ、ジブンそんなに――」

 

「――悪魔の先兵、もしくは先遣された工作員であったはずのお前は、標的であるはずの人間に情を抱き、同族たちを裏切った。これが一度目だ」

 

「え? ま、まってくれッス。それは――」

 

「――指示に逆らって“生まれ孵る卵(リバースエンブリオ)”をあいつに使うことを躊躇っただろ。使えばどうなるかをある程度知っていたから。しかし、追い詰められて結局は使った。これは悪魔も水無瀬もどっちも裏切ったことになりそうだが、サービスで一回でカウントしてやる」

 

「そ、そんな……」

 

 

 動揺するメロに無慈悲に告げる。

 

 

「二つ目――心情的には水無瀬の味方のつもりだったんだろうが、結局お前は悪魔たちと内通し続け、そして昨日、あの戦場に彼女を誘き寄せた」

 

「ジ、ジブンは……ッ」

 

「本当はあの時に俺にしたような小芝居をあいつに仕掛けるプランだったんだろう?」

 

「それは……」

 

 

 反論しようとする彼女をジロリと見遣るとメロは言葉に詰まった。

 

 

「それから、お前は最終的に悪魔を裏切って水無瀬についた。これで三回だ。お前のような裏切者を誰が信用するものかよ」

 

「そ、それは……、悪かったと思ってるッス……! だけどジブンは――」

 

「――最終的には味方したんだからいいだろって?」

 

「そんな言い方する気はないッス! ジ、ジブンちゃんと謝るッスから……」

 

「その必要はない」

 

「え……?」

 

 

 意味がわからずに目を丸くするメロに弥堂は変わらぬ調子で告げる。

 

 

「謝る必要はないと言ったんだ」

 

「ど、どうして……? ジブンが裏切ったから怒ってるんじゃ……」

 

「いや? 怒ってはいないし、咎めてもいない」

 

「なんで……?」

 

「わざわざ説明するようなことか? 理由はお前が悪魔だからだ。悪魔は自分よりも強いモノに逆らえない。そういう生き物だ。そういう習性の生き物に怒ったり咎めたりしても無駄だろう」

 

「それって……」

 

 

 とりあえず彼が裏切りに対し激昂しているわけではないことはわかった。

 

 しかし、それならば何故暴力を奮われたのだろう。

 

 怒っていなくとも、咎めているわけではなくとも、しかし酷く見放したような彼の物言いにメロは背筋に冷えたものを感じた。

 

 

 彼の顏を見上げていた視線を何となく下げる。

 

 すると弥堂の手が目に入った。

 

 

 昨日彼が自死に使っていた鈍い黒色の大きなナイフ。

 

 いつの間にか、彼の手にはそれが握られていた。

 

 

 それを目にして、ようやくメロは明確な身の危険を感じ始めた。

 

 

「――遅いんだよ」

 

 

 思わず弥堂の顏を見上げて何かを言おうとすると、短い言葉で制される。

 

 

「さっき言っただろ。危険を感じる能力を大事にしろと」

 

「え……?」

 

「おかしいと思わなかったのか? ここに来るまでに」

 

「ど、どういうこと……」

 

 

 大振りのナイフを持った弥堂が一歩近づく。

 

 メロは恐怖から躰を動かせない。

 

 

「さっきのホームレスとの会話。どう聞いても俺と彼は初対面じゃなかっただろ?」

 

「そ、そういえば……」

 

「下のゴミだらけの階層を明らかに目的地がどこにあるかわかって歩いていただろ」

 

「…………」

 

「表をお前と歩いている時に、偶然思いついて、通りがかりに偶然あった廃墟への脇道に入ったはずなのに。本当に何も気付かなかったのか? 何もおかしいと思わなかったのか?」

 

「そ、それは……」

 

 

 確かに弥堂の指摘通り、廃墟の中を進む際に今言われたとおりのことを思った。

 

『おかしい』と感じていたのだ。

 

 なのにそれが『気付き』に至らなかったのは――

 

 

「だから『勘違い』だと言ったんだ。仲間だと――俺が味方だと勘違いしているから自分が危険に誘い込まれていることに気付けない」

 

「危険って……」

 

「お前よく俺に言っていたな? 空気が読めないと。それはお前のことだ。空気が読めないから危険に気付けない」

 

「――ッ⁉」

 

 

 そこでようやくメロは思い至る。

 

 これから自分がどんな目に遭わされるのかを――

 

 

「なぁ。俺が何故、今、ここに居ると思う?」

 

「え……?」

 

 

 怯える少女に言葉をぶつけることを弥堂は躊躇わない。

 

 

「それは水無瀬を守るためだ」

 

「そ、それならジブンだって……」

 

 

 水無瀬 愛苗を守る。

 

 その点に於いて弥堂とメロは目的を同じにしているはずだ。

 

 

 それを主張しようとして、しかしメロは見上げた弥堂の瞳――

 

 

――蒼銀の光の膜の向こうのその黒の深さに息を呑んだ。

 

 

「水無瀬 愛苗を守る――その為だけに俺は存在する。彼女を守るという目的を果たす為の消耗品なんだ。俺は。彼女以外に重要な物事などこの『世界』に何一つとして存在しない」

 

 

 メロはゾッとした。

 

 

 確かに彼が昨日の最終決戦の最中に『愛苗を守る』と、そんなようなことを言っていたのは憶えている。

 

 だが、それを口にする前までの彼の愛苗に対する態度や扱いはとてもぞんざいなものだった。

 

 それが、守ると決めた瞬間にこうまでガラっと真逆に変わるものなのか。

 

 

 まるで狂信者のようなその言動にメロはさらなる恐怖を感じた。

 

 

 特に強く言葉を発したというわけでもなく、ただ当たり前のことを口にしただけのように佇む弥堂の眼から目を離せなくなる。

 

 彼の瞳には蒼銀の魔力の光が薄っすらと膜のようにかかっていた。

 

 

 彼の眼をこの色の光が覆っている時はきっと“魔眼”を使っている時だ。

 

 さっきも何故彼が魔眼を使用しているのか――その違和感に気付けるチャンスがあった。

 

 そのことをメロは今更思い知る。

 

 

「彼女を守るために、お前は邪魔なんじゃないのか?」

 

「そんな……」

 

「理由は三つほどある」

 

 

 彼の物言いには優しさも配慮も何もない。

 

 それも当然だ。

 

 弥堂はメロのことを『敵』だと認識している。

 

 

「理由というかデメリットだな。まず一つ、今言ったばかりだが、お前は空気を読めない。自分の危険を察せない程に。これは一般的に“無能”と言う」

 

「な……ッ⁉」

 

「次に“役立たず”だ。お前は悪魔なのに、自分よりも格下のはずのレッサーデーモンとすらまともに戦えない。弱い。戦場に連れて行っても役に立たない」

 

「ジ、ジブンは……ッ!」

 

「サキュバスだったか? 戦闘に特化した種族ではないな。“魂の設計図(アニマグラム)”の仕様上、存在としては格上でもそれが強さの序列になるわけではないが、俺には関係ない。お前が“役立たず”で“無能”であることには変わりはない」

 

「……ッ!」

 

 

 “無能”、“役立たず”――

 

 烙印となるような言葉を投げかけられ、ムッとして思わず言い返してしまう。

 

 だが、彼からさらに返ってきた言葉には悔しいが反論できず、メロは唇を噛んだ。

 

 

「“無能”、“役立たず”、そして“裏切者”だ――こんなヤツ邪魔でしかない」

 

「ま、まってくれ……! ジブン最後は……ッ」

 

「最後は水無瀬の味方をしたな。で? 次は?」

 

「つ、つぎ……?」

 

 

 戸惑うメロへ弥堂は一層冷酷な眼を向けた。

 

 

「お前はクズだ。自分より強いモノに詰められれば逆らえずに寝返る。だが心情的には水無瀬の味方だ。しかし、そのくせ、放っておけば彼女がどうなるかわかっているのに何もしない。決断を先送りにする癖があるだろう?」

 

「あっ……、うぅ……っ」

 

「そうしてあいつが追い詰められれば今度は仕事を放棄してまた裏切る。だがお前が味方になっても何の役にも立たない。そんなヤツはクズ以外のナニモノでもないだろう。違うか?」

 

「ジ、ジブンは……」

 

「次にまた別の強力な悪魔が現れてお前の肩に手を置いたら――その時にお前が裏切らない保証がどこにある? そんなクズは生かしてはおけない。そんなヤツは彼女の傍には置いておけない」

 

 

 ナイフを持つ弥堂の手に僅かに力がこもる。

 

 その動作がメロの目に映った。

 

 恐怖で躰が震え、反論の言葉を口に出来ない。

 

 

「お前は悪魔だ。悪魔とはそういうモノだ。『世界』がお前らをそうデザインした。お前の魂がそう設計されている以上、お前は必ず裏切る」

 

「ジ、ジブンは……、でも……ッ!」

 

「でも? なんだ?」

 

「確かに、ジブンは悪魔だけど……、でもッ! マナの友達で、家族だから……ッ!」

 

「友達? 家族? なんだそれは?」

 

 

 初めて聞く知らない言葉だと言わんばかりの弥堂の反応にメロは言葉に詰まる。

 

 

「な、なんだって……、だって……、友達も家族も、一緒にいるものだって……」

 

「へぇ。まるで人間の女子供が言いそうなことだな。悪魔がよく言うぜ」

 

「うっ、うぅ……ッ」

 

 

 情に訴えたつもりではなかったが、普通の人間相手なら通じる話も目の前の男には通じない。

 

 メロは追い詰められ始めた。

 

 

「人間の子供の姿を模れば見逃してもらえると思ったか?」

 

「ジ、ジブンそんなつもりじゃ……」

 

「つもりじゃなくてもそれがお前だ。女、子供、愛玩動物。多くの者が庇護対象にするモノだ。攻撃をするのが憚られるような。そのカタチを得て許してもらおうというのがお前の本質であり魂の在り方だ。だからその姿やネコになるんだ。クズめ」

 

「そ、そんな……⁉」

 

 

 全く以て理不尽な弥堂の物言いだが、相手が悪魔なのであれば話は少し変わる。

 

 メロ自身、自分の振舞いやこれまでに思ったこと考えたこと――覚えがないわけではなかった。

 

 そしてなにより、悪魔というのは確かにそういった存在だ。

 

 存在の維持を肉体に依存しない分、その魂の在り方が姿形に性質として表れる。

 

 即座に否定することが出来なかった。

 

 

「そんなものは俺には通用しない」

 

「ま、まってくれ――」

 

 

 彼を納得させるだけの言葉がなく、こちらへもう一歩近づこうとする弥堂に向かってただ手を出して制止する。

 

 しかし、その後に出来ることは命乞いしかない。

 

 

「ジ、ジブンは、もう裏切らない……ッ!」

 

「どうやってそれを保証する?」

 

「ほ、保証って言われても……」

 

「お前が裏切るか、裏切らないか……。その答えは次にお前が裏切る時まで出ない」

 

「そ、そんなの意味が――」

 

「――わからないか? だってそうだろう? 『お前が裏切らない』という答えは俺とお前が生きている限り証明されない。少なくともどちらかが死ぬ必要がある。あぁ、水無瀬が死ぬ時でも同じか」

 

「む、ムチャクチャな……」

 

「そうか? 俺はそう思わない。『お前が裏切らない』と信じるということは、俺たちの内の誰かが死んで約束が無効になる時か、もしくはお前が裏切る時――その時を待つということだ」

 

 

 メロには到底理解のし難い理屈を真顔で述べる弥堂に絶句する。

 

 

「お前が裏切らないことを期待しながらお前が裏切る時を待てだと? なんだそりゃ? そんなのは馬鹿のすることだ。効率も悪い」

 

「な、なにを言って……」

 

「じゃあ誰か死ぬのを待つか? それもいつになるかわからない。というか、そもそも水無瀬を守ることが目的なのに彼女の死を待つ意味の方がわからないだろう? だったらどうする? 今、ここで、お前が死ねばいい」

 

 

 黒い刃がギラリと光る。

 

 

「今はまだ、お前は裏切っていない。なら裏切る前に死ねよ。今死ねば、お前は彼女を裏切らずに済む。その死を以て、彼女への信義と自分の言葉の真偽を証明してみせろ」

 

「そ、そんなこと……」

 

「出来ないか? そうだろうな。お前は重大な決断を自分で選べない。迷いながら為るようになった現実に流されるだけの愚図だ。だから俺が殺してやるって言っている。喜べ。お前は彼女に殉じることが出来る。死ぬこと以外には出来ない。感謝しろ」

 

「オ、オマエは……、頭が、おかしい……」

 

 

 これまで一緒に過ごしてきた自身の大好きなパートナーとその家族と同じ人間であるはずなのに、同じ種族だとは全く思えない。

 

 目の前の存在は精神の構造が、魂の在り方が、何もかもが違う。

 

 人間の理屈も悪魔の理屈も何も通用しない。

 

 ニンゲンの姿をしているだけで、その中身は悪魔以上のバケモノだ。

 

 

「それは正気でないという意味か? だとしたらその通りだ。正気である必要などない。そうであることに拘るのはデメリットでしかない」

 

「狂ってる……」

 

「狂ってはいないな。彼女を守るために必要なことをし、必要ないことはしない。正常で優秀な犬だ。そして、お前はそうでないから生かしておかない」

 

「う、裏切らない……っ! ジブンはもう裏切らないから……!」

 

 

 必死に制止しようとするメロをつまらないものを見るように視下す。

 

 

「そうかもしれないし、そうではないかもしれない。それがわかるのはいつになるかわからない。もうしただろ、この会話。スパイの可能性があるなら排除する。当たり前のことだ」

 

「ジ、ジブンはスパイなんかじゃ……。悪魔とは繋がってない……!」

 

「お前はわかっていないな。スパイであることと、敵と繋がりがあるかどうかは関係ない。なんならこちらに悪意や敵意があるかどうかも関係ない」

 

「ど、どういうこと……」

 

 

 弥堂の言うことはやはりメロには理解出来なかった。

 

 

「実際に敵から送り込まれたり、抱きこまれたりした間者じゃなかったとしてもスパイになることはある。お前はそうなる可能性が高い」

 

「な、なんで……⁉ 意味がわからない……ッ!」

 

「さっき言ったとおり、お前が無能だからだ」

 

「なッ……⁉」

 

 

 これまでに何度も経験してきた当たり前の事実を弥堂は冷淡に口にする。

 

 

「敵との繋がりがなくとも、何かを吹き込まれることはある。お前はその情報に踊らされる。その結果こちらに不都合な行動をとったり、不適切な情報を持ち込んだりする。悪意や敵意からではない。彼女のためにと、善意から行動した結果、味方を破滅させる。それが無能だ。覚えはあるだろう。つい、昨日に」

 

「それは……ッ!」

 

「例え裏切らなかったとしても、お前はそんな無自覚なスパイとして利用される可能性がある。俺が悪魔ならそうする。裏切るかどうかは重要じゃない」

 

「り、理不尽だ……ッ!」

 

「お前の方がよほど理不尽だ。裏切っていなくても敵を有利にするんだからな。戦闘も出来ないから昨日みたいに人質にされて水無瀬の足枷になる。いるだけで邪魔なんだよ、お前は。だから今の内に始末する」

 

「や、やめて……、殺さないで……っ!」

 

 

 ジリっと靴底で床を擦るとメロは形振り構わずに命乞いをした。

 

 幼い少女の姿で、涙を溢し、助命を嘆願する。

 

 

 普通の人間の感性を持っていれば躊躇もするだろう。

 

 しかし弥堂にとっては既に通り過ぎた問題だ。

 

 その意思には一切揺らぐものがない。

 

 

「言うことはそれでいいのか?」

 

「え?」

 

「そうやって命乞いをすれば俺が止まると思うのか? そんなわけがないだろう。そういうところが無能だと言っている。空気を読めない。情報を精査出来ない。判断が下せない」

 

「だ、だって……! オマエは何を言っても信じてくれない……!」

 

「信じる、信じないの問題ではないともう言った。お前がすべきことはメリットの提示だ」

 

「メ、メリット……⁉」

 

 

 ビニールシートに尻をつけたまま必死に後退るメロへ弥堂はゆっくりと近づく。

 

 その瞳は蒼銀の光を発している。

 

 一切の油断もない。

 

 

「お前が居ることがデメリットだと俺は言った。それを覆したいのなら、眼に視えない不確かな信用を口にするのではなく、お前が居ることでどんな得があるのかを言ってみろ。それが正しい判断だ」

 

「ジ、ジブンが居ることで……?」

 

 

 混乱をしながらメロは頭を回転させようとする。

 

 

「情に訴えても俺は考えを変えない。俺を納得させたいのなら実利を差し出せ。それが出来ないのなら――」

 

 

 そんなメロの前で弥堂は足を止め黒刃の切っ先を彼女へ向けた。

 

 

「――お前はここで死ね」

 

 

 そして冷酷な眼つきで、死にたくないと泣く少女を見下ろす。

 

 

 これは無慈悲な最期通牒だ。

 

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