俺は普通の高校生なので、   作:雨ノ千雨

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2章02 4月28日 ⑤

 夜の自宅。

 

 

 はて? と――

 

 

 弥堂 優輝(びとう ゆうき)はノートPCの前で首を傾げた。

 

 

 現在時刻は21時になろうかという頃。

 

 授業が全て終わった放課後、元々は愛苗の入院する病室へ会いに行く予定だったのだが急遽それを取りやめ、弥堂は特に目的もなく適当に街を徘徊した。

 

 希咲 七海(きさき ななみ)を警戒しての行動だ。

 

 

 放課後になった途端、なんなら授業と授業の合間の休み時間にでも彼女が自分の所へ来て、愛苗のことについて問い詰めてくるものだとばかり思っていた。

 

 しかし放課後になっても彼女は現れず、そのことで逆に警戒心を抱いた弥堂は人気のない場所を選んでダラダラと歩き、彼女の襲撃を釣ろうと試みた。

 

 予定通りに愛苗の見舞いに行った場合、下手に尾行などされて彼女の生存確認と居場所の特定をされたりなどしたら堪らないからだ。

 

 

 だが、やはり希咲は現れず、特に自分が監視や尾行を受けているような気配も感じなかった。

 

 

 とはいえ、現在弥堂が学園からパクったパイプ椅子に座り、ガムテープでグルグル巻きにして固定したダイニングテーブルの前で首を傾げているのは、別に希咲のことについて頭を悩ませたからではない。

 

 

 

 どこか肩透かしを食ったような心持ちで帰宅した弥堂は、現在はバイトに従事しようとし始めたところである。

 

 

 自身の勤め先である探偵事務所。

 

 弥堂はリモートでバイトをしている。

 

 

 数日前に悪魔との大決戦に出掛ける時には、どうせこの後死ぬしと、そのバイトを飛ぼうと考え、雇い主からの連絡をバックレた。

 

 しかしそれから状況が変わり、JKとネコさんを一匹ずつ飼うために急遽金が必要になったので、図々しくも「あるだけ仕事をよこせ」とバイト先に要求したのである。

 

 

 そしてその結果、労働意欲に溢れたバイト君に大喜びをした上司が大量に仕事を送り付けてきた。

 

 その内の一つである『よくある浮気調査』に取り掛かろうとしたところ、初っ端から不測の事態が起きたのである。

 

 

 パソコンとインターネットを使って浮気の証拠画像を入手しようといつものように動かしたのだが、弥堂が望んだ物は表示されなかった。

 

 

(今日は駄目な日か?)

 

 

 こういう時がたまにある。

 

 それならそれで仕方ない。時間を置けば大丈夫になるだろうと、弥堂はこの時間を別のことに充てることにした。

 

 

 その方が効率がいい。

 

 しかし、今日一日予定していたことは何一つそれ通りに進んでいない。

 

 やると決めたこと、やろうとしていたことを変更してばかりで、実質は少しも消化出来ていない。

 

 

 その効率の悪さに苛立ちながら弥堂はスマホを手に取る。

 

 Y'sへ連絡をとる為だ。

 

 

 Y'sとは、弥堂も所属する部活動『災害対策方法並びに(あまね)く状況下での生存方法の研究模索及び実践する部活動』――通称サバイバル部の部員だ。

 

 性別不詳で身元不明な点が珠に瑕だが、優秀な情報屋だ。

 

 

 各敵対勢力の情勢や構成員の個人情報の収集、学園の警備システムのジャック、電流トラップの作成・設置・遠隔操作に独自アプリの開発・運営から、ご近所のスーパーのお買い得情報やゴミの日のお報せまで、ありとあらゆるサポートをする。

 

 少々言動に頭のおかしいところはあれど、それでも凄腕の情報官だと謂えよう。

 

 

 サバイバル部の偉大なる長である廻夜 朝次(めぐりや あさつぐ)部長は常から「ITを制する者が世界を制する」と唾を飛ばし拳を振り上げながら豪語していた。

 

 つまり、現代社会のIT戦線に討って出るためのアンサーがこのY'sなのだろう。

 

 

 弥堂としては個人的にこのY'sを好ましく思っていないが、しかしヤツは廻夜部長が用意した人員だ。

 

 所詮はヒラの部員で末端構成員に過ぎない弥堂には人事への発言権がない。上司の人材運用に対して否とは言えないのだ。

 

 

 だが、重ねて言うがヤツは優秀ではある。

 

 そして今、弥堂はその優秀な情報官にやらせたい仕事が出来たので連絡を試みていた。

 

 

 以前にY’sがメールを送ってくるのに使っていたいくつかの捨てアドへ同じ内容の文章を送る。

 

 その内容には何も特別なものはない。

 

 端的に『仕事だ』としか記していない。

 

 

 一斉送信が終わって、そのままスマホをジッと視る。

 

 10秒が経っても返信はない。

 

 弥堂はメールアプリを落とした。

 

 

 すると、今度はメッセンジャーアプリの“edge”に通知が溜まっていることに気が付く。

 

 若干眉を顰めながらそれを確認すると、鬼のような連メッセージを送ってきていたのは希咲――ではなく、以前に養ってもらっていたキャバ嬢の華蓮さんからだった。

 

 別端末に連絡しても繋がらないからこちらへ連絡してきたのだろう。これ自体はよくあることだ。

 

 

 弥堂は元々スマホ2台持ちだった。

 

 今手に持っているスマホは2台目のスマホで自身で購入した物である。

 

 では最初に持った物はというと、それは華蓮さんのヒモをしている時に彼女に買ってもらい、それから直近まで月々の使用料も支払ってもらっていた物だ。

 

 そのスマホをどうしたかというと、バイト先への対応と似たようなものだが、同じく4月25日の決戦に向かう際に「この後どうせ死ぬしこれもういらねえな」と、バイクに乗りながら県道で投げ捨てたのだ。

 

 予定外に生き残ってしまった以上、これは面倒なことになりそうだと顔を顰める。

 

 

 連絡を無視していることや、彼女に買ってもらったスマホを捨てたことを怒られるのはまだいい。

 

 問題は4月25日に何処で何をしていたのかを聞かれることだ。

 

 

 あの戦いの最中で、愛苗を追い詰めるために悪魔アスが街で襲われる人々の映像を彼女に見せつけていた。

 

 その中に華蓮さんの姿もあった。

 

 

 チッと弥堂は舌を打つ。

 

 

 学園でも考えたことだが、ゾンビの襲撃などという出来事は近年類を見ないレベルのセンセーショナルな事件だ。しかし、それを実際に目撃したのは極一部の者である。

 

 しばらくは世間でその話題は過熱するだろうが、物証がなければ時間とともに風化し都市伝説にでもなるか、「そういえばそんなデマもあったよね」くらいの話でやがて落ち着くだろう。

 

 だが、それを間近で体験した極一部の者たちは違う。

 

 

 皐月組、美景台学園、そしてキャバクラ店“Void(ヴォイド) Pleasure(プレジャー)”。

 

 その極一部に、弥堂の関係者が悉く含まれている。

 

 これは非常に不都合だ。

 

 

 それなりの期間を華蓮さんと同棲していたが、当然のことながら弥堂は自分のことを『異世界帰りの勇者』だとは明かしていない。

 

 魔物だの魔術だのとファンタジーな物がこの世に存在していて、さらに自分もそっち側だなどとは教えていないのだ。

 

 

 華蓮さんと連絡をとってしまえば、当然「聞いてよ。あの日こんなことがあってさ――」という話をされる。

 

 それだけなら別にいいが、必ず「――で、キミはその日何してたの?」と訊かれる。

 

 これが弥堂にとってマズイ。

 

 

 華蓮さんは弥堂のことを子供扱いする嫌いがあるがその反面、弥堂を過大評価している傾向も見られる。

 

 この街で何かヤバイ事件やデカイ事件――特にそれが突飛なものであればあるほど――それが起こった際に彼女はまず弥堂の関与を疑うのだ。

 

 そしてそれを疑われた場合に、弥堂が容疑を否認できたことはあまりない。

 

 

(クソキャバ嬢め)

 

 

 彼女に養われている間、誠心誠意股を舐めてやっていたというのにこのような仕打ちをするとは許せないと憤る。

 

 

 ただ、仕打ちも何も、彼女に疑われた件は漏れなく弥堂は関与していたし、今回も関与どころかど真ん中で聖剣を振り回していたので、華蓮さんは何も間違っていない。

 

 だが、だからこそ、反論の余地がないからせめて心中で職業差別を行うことで、弥堂は留飲を下げた。

 

 

 決して既読を付けてしまうことがないよう慎重な手つきで弥堂は“edge”のアプリを落とした。

 

 少しの間、いかに華蓮さんの追求から逃れるかを考える。

 

 

 それから、改めてノートPCに向かった。

 

 少し時間も経ったことだしもう一度バイトの方にチャレンジしてみる。

 

 

 ちなみに華蓮さんのことについては革新的な解決方法を見いだせず、臨機応変に上手いことやることにした。

 

 最悪一回抱けば何とかなるだろうという結論に落ち着いた。

 

 紛うことなく人生寸詰まったクズ男の思考であった。

 

 

 雇い主からのメールを読む。

 

 今回のターゲットは『加山 修二』会社員の男性だ。依頼主はその妻で内容は浮気の調査になる。

 

 これまでずっと会社が終わるとすぐに帰宅をしていた亭主だったが、二ヶ月ほど前から帰りが遅くなることが急に増えた。同じ社内の部下の女性が怪しい。

 

 よくある話ではあるが、主婦という立場の者を軽視した非常に許し難い行いであると弥堂は義憤を燃やす。

 

 こいつは悪いことをした許せない奴なので、個人情報を探って特定して晒してやろうと決めた。

 

 

 弥堂はマウスを操作して『加山 修二』の名前をコピーし、それをブラウザの検索窓に張り付ける。そして淀みのない動作で“虫メガネ”のボタンを左クリックした。

 

 ほんの一瞬で画面が切り替わり、今行った検索の結果が表示される。

 

 しかしその中に弥堂の望んだような内容は存在しなかった。

 

 

 いつもであればこうしてターゲットの名前を検索にかければ、該当人物が市内のラブホテルから浮気相手と出てくる場面の写真画像だったり、なんならホテル室内で行為に及んでいる場面の写真画像なりが検索結果に表示される。

 

 それが今回はそうならない。

 

 

「ふむ……」

 

 

 顎に指で触れながら蒼銀の光を佩びた魔眼でモニターをジッと視る。

 

 

 そのまま数秒経過し――

 

 

「――インターネットが壊れた」

 

 

 ポツリと呟いて、弥堂は諦めることにした。

 

 

 自分はいつもの通りにやっているのに、それでいつもの通りにならないのは機械が壊れているせいだ。自分は悪くない。

 

 そういうことにした。

 

 

 だが、これには仕方のない部分もある。

 

 

 弥堂は中学一年から約7年ほどの間、電気も何もない中世レベルの文明の異世界で過ごしていた。

 

 そのせいで、弥堂は現代日本の文明にとことん弱かった。

 

 ネットやPCどころか一般的な家電製品の操作すら怪しい。

 

 

 とはいえ、日本に帰ってきて1年以上は経っている。

 

 その間にやろうと思えば、それを覚えることは十分に出来たはずだ。

 

 だが、弥堂にはそれを避ける傾向があった。

 

 

 理由はいくつかあるのだがその内の一つとして、日本語を読むのにストレスを感じるというものがある。

 

 弥堂は異世界から日本に帰ってきた時、日本語を少し忘れかけていた。

 

 最初は会話にも少し違和感を持っていて、今はそれには慣れてきたが、文章の読み書きには今でも若干の苦労をしている。

 

 

 特に長文の読みは駄目だ。

 

 3行以上の日本語の文字列を見るとイライラしてくるのである。

 

 そういう訳で説明書を読まないことで、彼は電化製品にとことん弱くなってしまった。

 

 

 同棲中にそのことに気が付いた華蓮さんが、いくらなんでもそれでは生きていくのに困ると、嫌がる弥堂を叱り付け無理矢理教えようとした。

 

 だが、頑固なクズは碌に言うことをきかない。

 

 それでもどうにかスマホを使って電話をかけることと、メッセージを見たり送ったりするところまでは教えることに成功した。

 

 

 しかし、華蓮さんの家を出た後、向上心を持たないクズ男は当然自分でそれ以上を覚えるようなことはしない。

 

 仕事に必要だからとメールの使い方くらいは習得したが、しかしそこまでだ。

 

 

 異世界に行くまでにスマホを持たされたことがなかったのもあって、今から触れるこちらの現代文明は、弥堂にとって魔術オタクの大魔導士ルナリナが語る講釈よりも気おくれするモノになってしまった。

 

『異世界から日本に帰ってきた』というより、『異世界から日本に来てしまった』という感覚が強い弥堂の、社会に馴染めない一つの要因である。

 

 

 

 手持無沙汰になったので、弥堂はテーブルの上のリモコンを手に取りTVの電源を入れる。

 

 いくつかのCHを回しニュースをチェックしていく。

 

 美景市のゾンビ襲来の件について、世間でどう言われているのかを一応知っておくべきだと考えたからだ。

 

 

 しかし、TVをつける時間帯が悪かったのか、現在流れているのは画面に映っている人間しか笑っていないようなくだらないものばかりで、ニュースをやっているのは地元のローカル局だけだった。

 

 そこでCHを固定し、テーブルの上にリモコンを放り投げる。

 

 

 しかし、不自然に傾いているテーブルの上をそのリモコンはツーっと滑っていきそのままガコンっと床に落ちた。

 

 階下でガタンッ、バタバタバタッと誰かが走り出す音を聴きながら、弥堂は落ちたリモコンをジッと視る。

 

 

『……で発見された変死体ですが身元不明のホームレスの男性で、警察は自殺ではないかと考えています。ただその死因が……』

 

 

 するとTVで読み上げているニュースが愛苗の病院から遠くない場所の出来事のようだと気付く。

 

 弥堂はセキュリティ上の観点から、リモコンをそのままにしてすぐに画面へ眼を向けた。

 

 決して拾うのが面倒だったわけではない。

 

 

 感情の灯らぬ渇いた瞳にキャスターの唇の動きを映していると、スマホが鳴り出す。

 

 

 音に釣られて視線を動かす。

 

 電話の着信のようだ。

 

 

 手に持って相手を視てみると、表示されていたのは『公衆電話』からだった。

 

 

 スッと目を細めて一度カーテンの隙間へ視線を遣り、そのまま電話に出る。

 

 

「……誰だ」

『――あっ、でた。もしもし?』

 

 

 耳に当てた受話口から響いたのはソプラノボイス。

 

 女の声。

 

 だが、警戒していた希咲ではない。

 

 

「誰だ」

 

 

 変わらぬ抑揚でもう一度同じ問いを送話する。

 

 

『え? いや、誰って。ジブンッス。ジブンジブンっ』

 

「お前は……」

 

 

 弥堂は電話相手の正体に見当がつき、弥堂は眉間に皺を寄せた。

 

 

「貴様――ジブンジブン詐欺だな?」

 

『なんだそりゃーッス!』

 

 

 キンキンと喧しい甲高い声に不快感を覚え、反射的に耳から離してしまった電話を再び顔に近づける。

 

 

『そんな一般的でない一人称で詐欺ができるかーッス!』

 

「自覚があるのなら直せ」

 

『ジブンッス! メロッスよ!』

 

「そうか」

 

『……オマエ意外とベタなこと言うのな』

 

「うるさい黙れ」

 

 

 呆れた声をパワハラで黙らせた。

 

 

「何の用だ」

 

 

 そして端的に用件を言わせるよう仕向ける。

 

 

『いや、何の用って……』

「お前、この番号を渡す際に、用もないのに電話してきたら通話時間1秒ごとに指を一本折ると言ったのを忘れたか?」

 

『忘れてねーけど! でもそんくらいでキレるオマエはビョーキッス! ビョーキ!』

「うるさい。何の用だ」

 

『クッ……、やっぱりッスか……! 対面でも碌に会話出来ねえコミュ障と電話で話すのはやっぱ無理があったッス……! ナナミのヤツよくこんなのと通話してんな。スゲェッス』

「おい」

 

 

 聞き捨てならない単語を耳にして弥堂の眼つきがギラリと一層険しくなる。

 

 

「何故あいつの名前を出した。不自然だな。このタイミングで。お前。どういうつもりだ。何を知っている。吐け。殺されたいか?」

 

『なななな、なんッスか⁉ なんでいきなり理由なく詰めてくんッスか⁉ ジブンなにも知らねえッス……!』

 

「じゃあ何の用だ。用はないのか?」

 

『コ……、コイツ……ッ! 用ならちゃんとあるッスよ! ジブンだって用もないのにオマエと話したくないッス! コワイから!』

 

「何の用だ」

 

『…………』

 

 

 メロは一周回って、生涯独身で過ごすことが確定している男を憐れみ、溜息を吐いてから用件に入った。

 

 

『今日来なかったから!』

 

「あ?」

 

『だから! 今日来るって言ってたのに来なかったじゃねえッスか!』

 

「…………」

 

 

 弥堂は答えず眼を細めた。

 

 警戒心が膨らむ。

 

 

(こいつ……)

 

 

『ていうか「あ?」って言うのやめろよッス! 女子はそういうのコワイんッスよ!』

 

 

 希咲と似たようなことをメロが発言したせいで、メンヘラセンサーが反応した。

 

 

『これでも何かあったんじゃねーかって、こっちは心配して電話したのに。なんでそんな冷たくするんッスか! つーか、聞いてんッスか?』

 

(調子にのるなよ)

 

 

 敵愾心が溢れ出す。

 

 

 ちょっと使い魔にしたら即行で彼女ヅラし始めた悪魔を心中で侮蔑する。

 

 

 こうして「心配したから」だのと恩着せがましい理由を述べながら事あるごとに連絡してくる女はメンヘラの可能性が高い。

 

 この後に「顏が見たい」と続いたらもう確定だ。

 

 

『無事ならちゃんと約束通り顔を見せろよッス。マナだって――』

 

「――殺すぞ」

 

『なんでェッ⁉』

 

 

 相手の身を心配し無事を確認したら殺意を仄めかされ、メロはビックリ仰天した。

 

 

『ジブン、少年のキレどころが1ミリもわかんねーッス! オマエちょっとメンヘラすぎねーッスか⁉』

 

「うるさい黙れ。メンヘラはお前だ」

 

『いーや! ゼッタイにオマエの方がメンヘラッス!』

 

「何の用だ」

 

『いや……、だから……っ』

 

 

 メロはしばし、どう言えばこの異国人に日本語が伝わるだろうかと考え、そして――

 

 

『――だから、今日ガッコ終わったらマナのお見舞い来るって言ってたのに来なかったから、なんかあったんじゃねぇかって思って。マナも寂しがってたし、そんでジブン電話してみたんッスよ』

 

 

――結局そうとしか言いようがなかったので同じ内容を繰り返した。

 

 

 それに対して――

 

 

「そうか」

『そうッス』

 

「…………」

『…………』

 

「…………」

『…………?』

 

「…………」

『……ん? あれっ?』

 

「…………」

『ちょ、もしもーし?』

 

「なんだ?」

『えっ⁉』

 

「…………」

『あの……』

 

「なんだ」

『いや! なんか言えよッス!』

 

「あ? 電話掛けてきたのはお前だろ。用を言え」

『今言っただろ!』

 

「そうか」

『そうッス』

 

「…………」

『オイィィィッス!』

 

「うるせえな。なんだよ」

『なんだよじゃねーッス! なんとか言えよッス!』

 

「あ? 電話掛けてきたのはお前だろ。用を――」

『――ギャアアァァァアッス! 頭おかしくなるッスぅぅぅッ!』

 

 

 もしや自分は自動音声ガイダンスかBOTとでも会話をしているのではと、メロは精神が不安定になって頭を掻き毟った。

 

 

『なんで何も答えねえんッスか⁉』

「答えただろ」

 

『答えてねえだろ!』

「答えただろうが。お前が何故電話してきたのかと理由を言ったから、了承の意を示しただろうが」

 

『なんで来なかったのかを言えよッス!』

「なんでだよ」

 

『聞いてんだから答えろよ!』

「聞かれてないが」

 

『病院に来ないから心配したって言っただろがッス!』

「そうか」

 

『…………』

「…………」

 

『うぅ……っ、もうヤダこの子ッス……』

 

 

 メロはさめざめと泣いてから、所詮相手は愚かなニンゲンだと諦め、自分が妥協してあげることにした。

 

 

『あんな? 少年』

「なんだ。というか用が済んだならもう切っていいか?」

 

『…………あんな? 少年』

「なんだよ」

 

 

 メロは色々と堪えながら辛抱強く言って聞かせる。

 

 

『ジブンが「予定通りに少年が来なかったから心配した」って言っただろ?』

「あ? 今同じことを聞いたばかりだぞ」

 

『まぁ、いいから聞けよッス。ほんで無事だってジブンは聞いた。そしたらな? 「なんで来られなかったのか」ってのを言うんッスよ。フツーは』

「あ? 要するにお前は『俺が病院に行かなかった理由』を知りたかったのか? チッ、最初からそう聞けよ。めんどくせえな」

 

『だからずっとそう聞いてんだってばぁッス。恐怖を感じるレベルのコミュ障ッス……』

 

 

 メロは疲労を溜息で吐き出しつつ、『だからこないだ電話してた時にナナミはあんなにキレてたのか』と得心した。

 

 そうして改めて仕切り直す。

 

 

『……で?』

「あ?」

 

『…………どうして病院に来なかったんッスか?』

「あぁ、それはな――」

 

 

 ようやく弥堂は答えようとして、止まる。

 

 

「――言わない」

『はぁ⁉』

 

 

 これだけ手間をかけさせられてからのあんまりな返答にメロはまた驚く。

 

 

『オマエいい加減にしろよ!』

「うるせえな。理由なんかねえよ」

 

『うぅ……ッ、これからこんな人と生活していかなきゃいけないなんて、絶望しかねえッス……』

「嫌ならお前だけ消えろ」

 

『そうはいかねえッス! つーか、いいから早く言えよッス!』

「理由なんかないと言っているだろ」

 

 

 適当に流そうとするがメロは食い下がってくる。

 

 予定通りに行かなかった理由としては、希咲が帰ってくるという想定外のことが起きたために、念のためにこうしたというだけの話だ。

 

 しかし、弥堂はメロを信用していないので、それをこの場で告げる気にはならない。

 

 

 しかし――

 

 

『――んなわけねえだろ! オマエはそんなヤツじゃない!』

「知った風な口を」

 

『オマエはクッソテキトーなヤツだけど、理由のないことはしねえッス。特にマナに関わることは』

「へぇ」

 

 

――メロの言い分に少し関心を示した。

 

 

「どうしてそう思う」

『お前はメンヘラだから思い通りにならないとすぐイライラするッス。それが何にもないのに予定を変えるわけがねえッス』

 

「考えすぎじゃないのか?」

『そういうのいらねえんッスよ。こっちだってマナを守るために張り付いてんだ。マナに関係あることならジブンにだって関係ある。早く教えろよッス』

 

「そうか。じゃあ明日教えてやるよ」

『明日は来るんッスか?』

 

「あぁ」

『……わかった。それで納得するッス』

 

 

 弥堂の声色に先程よりも重みを感じてメロは呑み込むことにした。

 

 

「それより、そっちは何も変わりはないか?」

『ん? あぁ、マナは今日も元気だったッスよ。ご飯もモリモリ食べてたッス』

 

「そうじゃない。異常はないかという意味だ」

『ん? なんだ、それなら最初からそう聞けよッス』

 

「…………」

 

 

 カチンときたが、話を進めるために今度は弥堂が呑み込んだ。

 

 

『なんにもなかったし、誰も来なかったッスよ』

「結界は?」

 

『そっちもッス。破ろうとしてきたヤツもいないし、探ろうとしてきたヤツもいないッス』

「そうか」

 

 

 現在愛苗の病室には悪魔印の認識阻害魔法がかけられている。

 

 ただ、やりすぎると医者やナースも来なくなってしまうので、メロが付き添いも兼ねて病室に缶詰めになり、適宜調整をしていた。

 

 

『――だけど、一応言ったッスけど』

 

 

 前置きながらメロが補足を入れてくる。

 

 

『ジブン程度の魔法、他の悪魔なり魔法が使えるヤツなりが破ろうとしたら多分簡単にバレるッス。それは――』

 

「――あぁ。俺も言ったが、破られればそれで誰かが仕掛けてきたことがわかる。それで十分だ。逃走パターンと落ち合うヤサの位置は忘れるなよ」

 

『ヤ、ヤサって……、なんか悪いことしてる気分になるから言い方に気を遣って欲しいッス』

 

「生き残れたら考えてやるよ」

 

 

 適当に受け流しながら、弥堂の方も念のための補足をする。

 

 

「警戒レベルを上げろ」

『えっ?』

 

「そろそろ何か起こる可能性がある」

『やっぱりなんかあったんッスか?』

 

「なにもない。だから警戒しろ」

『言ってる意味が……』

 

「もう一度言うぞ。元々の知り合いだろうと何だろうと、医療スタッフ以外は誰も近づけるな。なんなら見慣れた病院関係者も全て毎回疑え。昨日無関係だった者が今日も敵じゃない保証などない」

『わ、わかってるッスよ』

 

「しくじったら殺すぞ。明日の午前中に行く。じゃあな――」

『え? あ、ちょ――』

 

 

 言いたいことだけを伝えて一方的に電話を切る。

 

 

 画面を落とす前にメールを確認するが、Y'sからの返信は無い。

 

 ヤツに学園から盗んだ警備ドローンを使わせて、愛苗の病室周辺の警備の為に美景台総合病院に出入りする人間を監視させようと考えたのだ。

 

 返事がないのでは仕方ないとスマホをテーブルの上に戻した。

 

 

『――通報を受けた押し入り強盗の事件ですが、やはり家の中から盗まれた物は何もなく。むしろ――』

 

 

 部屋の中には再びTVの声だけが響く。

 

 弥堂は画面に眼を向けた。

 

 

 美景市内で最近起こった強盗事件だ。

 

 日中堂々と家内に押し入り家の中の者を拘束したのだが、おかしなことに何も盗んで行かず、逆に大金の入ったカバンだけを置いて行ったそうだ。

 

 事件当時、犯人に気絶させられはしたが住人にケガはなく、だが犯人がどういうつもりか全くわからないために、謎の事件として茶の間を賑わせているそうだ。

 

 

「……おかしなこともあるもんだな」

 

 

 不可解だなと、それだけを思ってからすぐに興味を失くし、弥堂はリモコンを拾ってTVを消した。

 

 

 そして背もたれに体重を預け、天井を見る。

 

 

 街には色々と騒がしいことが起こっているようだ。

 

 だが、自分の周りには何も起こらなかった。

 

 

 今朝、思ってもいなかったタイミングで希咲が現れた。

 

 だが、今日一日それ以外に何も起こらなかった。

 

 

 そのことに弥堂は気持ちの悪さを感じる。

 

 

 いつも使えていたPCが使えず、仕事は終わらない。

 

 いつもすぐに連絡を返してくるY'sからは今も返信がない。

 

 だけど、それは大きなことではなく、特に実害はない。

 

 

 世間は色々と騒がしく、自分の周辺は平穏だ。

 

 それはいつもとは真逆のことだ。

 

 

 これは全く根拠がなく、科学的でも論理的でもない、まるで勘のようなものだが――

 

 

(――このままで済むはずがない)

 

 

 これまでの経験からそうとしか思えない。

 

 自分はロクデナシのクソッタレだから、そんなヤツの人生や生活もロクでもなくクソッタレなものにしか為り得ないのだ。

 

 

 もしかしたらこの夜、これから起こるのかもしれない。

 

 

 そう警戒しながら、弥堂はいつでも戦闘ないし逃走に移れる態勢を維持しながら朝を待つ。

 

 

 しかし、今日という日は、何も起こらないまま夜が過ぎていった。

 

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