俺は普通の高校生なので、   作:雨ノ千雨

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2章04 Private EYE on a thousand ⑥

 偉業。

 

 

 真剣な顔でそう言ってくる望莱に希咲は戸惑いを浮かべる。

 

 

「えっと、マジで言ってる……? いつもの冗談とかじゃなく?」

 

「はい。マジのガチです」

 

 

 自分のしたことを全く理解していない様子のお姉さんに、望莱はもう一度これ見よがしに溜息を吐いてみせてから説明をする。

 

 

「天使の撃破――」

「え?」

 

「それも単独での撃破。これは歴史に残るレベルの偉業です。そんなことが出来た人類は数えるほどしかいません。まぁ、歴史といっても“裏”の方だけですが」

「え゙っ――」

 

「言ったじゃないですか。出遭ったらまず生き残ることすら至難って」

 

 

 盛大に顔を引き攣らせた希咲に望莱は困ったように笑った。

 

 

「そ、そんなにヤバイ相手だったんだ……。や。マジで強かったけど」

「ですです。天使はガチです」

 

「でもさ、そんくらいならベツに――」

「――ダメです。絶対ダメ」

 

「なんで? あたしだってベツに手柄自慢なんかしたくないから言いたくないけど、でも警察とかにはちゃんと言った方が……」

「なに言ってるんですか。そんなことしたら七海ちゃんは英雄として祀り上げられちゃいますよ?」

 

「は? えいゆう……?」

 

 

 馴染みがないというか、思ってもいなかった言葉に希咲はポカンと口を開けてしまう。

 

 

「いいですか? 単純に『天使倒したどー! うおー! スゲエー!』だけで済む話じゃないんです。いや、それだけでもヤバイんですけど」

 

「や。でもさ、勝ったって言ってもフツーにぶっ飛ばしたってよりは、ウラワザ的な勝ち方っていうか……。天使があれで逃げてくんなかったらあたしマジでもうムリだったし……」

 

「この際それは大した問題じゃないですよ。今回天使を倒したことでどういう結果に繋がったかを考えてください」

 

「え? えっと……、あ、そっか。教会とかに怒られちゃう? いちお天使も信仰してんだっけ?」

 

「いいえ。逆です。今回の結果ですよ。七海ちゃんは天使をやっつけて、美景――ないしは日本を滅亡から救ったんですよ?」

 

「は? すくった?」

 

「そりゃそうでしょう。さっきそういう話してたじゃないですか。天使が一体何をしに来たのか。魔王出現中の美景に天使を行かせていたらどうなったかを考えたら、あの局面で天使を捕捉して即撃退した七海ちゃんの行動って、ガチで救国レベルの偉業なんですよ」

 

「……あ。そっか、そう言われると……」

 

「ご理解いただけましたか?」

 

「……うん。今更コワくなってきた……。あそこであたしが負けてたら……」

 

 

 それを想像して顔を青褪めさせる希咲に望莱も重く頷く。

 

 

「警察や政府の方々も同じ恐怖を感じることでしょう。もしも事件当時の、対応がまったく追いついていなかったあの状況で、さらに天使までもが美景に突っ込んできたら……」

 

「…………」

 

「だから七海ちゃんのやったことを報告すると間違いなく英雄として祀り上げられます」

 

「でもさ、あたしもそんなのヤダけどさ。だったら尚更天使のこと黙ってるのは……」

 

「いいえ。七海ちゃん。英雄として祀り上げられるというのは、表彰されて一定期間チヤホヤされて、それで終わる話じゃないんです」

 

「え? どういうこと?」

 

 

 真剣なままの望莱の声音に希咲は眉を寄せて尋ねる。

 

 

「祀り上げられ、そしてその後で担ぎ上げられます」

 

「ん……? どう違うのそれ?」

 

「天使を一人で倒した救国の英雄。そんな戦力を『どうもお疲れさまでした。機会がありましたらまたよろしくお願いします』って、放っておいてくれるわけないですよね?」

 

「それって、もしかして……」

 

「スカウトされます。彼らは死に物狂いで七海ちゃんを囲い込みにきますよ」

 

 

 希咲にもようやく望莱が危惧していることが伝わってきた。

 

 

「……フツーの生活に戻れなくなるってことか」

 

「そうです。英雄を組織の看板にする。そういう目的でスカウトされます。そして、基本的にこれは断れません。何故なら、天使を単独撃破出来る暴力を国が管理出来ない状態で放置できませんよね?」

 

「それは……、そっか。そんなの当たり前か……。そうよね。言われてみれば、そりゃそっかって話よねこれ」

 

「ですです。というわけで、このみらいちゃんがそんなの許すわけないです」

 

「うん。あたし考えが足りてなかった。ありがとうみらい」

 

「赤ちゃんが欲――」

 

「は?」

 

「――あ、いえ、間違えました。間違えてないけど今のは間違いです」

 

「あんたね……、がんばってマジメ続けて」

 

 

 推しに感謝の言葉を頂いたことで興奮し、うっかりプロポーズしてしまいそうになったみらいさんは慌てて体裁を取り繕う。

 

 

「んんっ、そしてさらにですね。それだけでも済まないんですよ」

 

「えぇ……」

 

「スカウトしてくるのは政府側だけではないです。陰陽府からもきます。教会からもくるでしょう。七海ちゃん争奪戦が始まります」

 

「な、なんでそんなに……⁉」

 

「天使殺しの英雄を看板タレントに出来ればブランディングばっちりですから。単純な戦力として他の組織へ睨みをきかせるのにも使えます」

 

「えぇ……、殺してないのに……」

 

「逃げられたとなれば尚更ですよ。また来る可能性があると考えれば、防衛力として何が何でも手中に収めようとするのは当然のことです。有事に自分たちを優先して守ることは勿論のこと、他国や他組織が襲われたら英雄の派遣でいくら儲けられるか」

 

「マジさいあく……」

 

 

 げんなりとしてしまう希咲に望莱は追撃するように情報を追加していく。

 

 

「あと、他の国はちょっと微妙ですけどアメリカからは引き抜きがくるでしょうね。それもかなり強引に」

 

「ん? アメリカって教会じゃないの? なんかキリスト教の国ってイメージだったんだけど」

 

「ははは、七海ちゃん。あの国が自分たちの国土で何処かの組織に好き勝手にさせるわけないじゃないですか」

 

 

 朗らかに笑う望莱の瞳の中で愉しげな色が濃くなった。

 

 

「宗教的なシェアとしては確かにキリスト教が多いんです。ですが、こっちの分野に関しては政府直下の組織で対応しています。教会はやっぱりヨーロッパでの影響が一番強いですね」

 

「ってことは、アメリカは日本と似た感じってこと?」

 

「ですです。日本でいう清祓課みたいな組織がアメリカにもあるんです。G.H.O.S.T(ゴースト)っていうんですけど」

 

「そのまんまな名前なのね」

 

「ですね。日本だと妖を討伐する職業は陰陽師。教会式だと退魔師(エクソシスト)でこれが今のワールドスタンダード。で、アメリカではゴーストバスターって名前になっています」

 

「ややこしい。統一してよ」

 

「それをまさにアメリカがやろうとしてますね。アメリカってこの分野では後発組なんですけど、あの国って世界中の何もかもに自分たちの基準と規格を押し付けてマウントとらないと気が済まないじゃないですか? だからめっちゃゴリ押ししてきます。ゴーストバスター。G.H.O.S.T(ゴースト)の人の前で他の名前で呼ぶと露骨にご機嫌ナナメになるから面白いですよ」

 

「おもしろくない……、うざすぎ」

 

G.H.O.S.T(ゴースト)ってCIAとかFBIみたいに、政府の下に居るのは同じなんですけどナワバリ違いの独立した別組織って扱いなんです。表向きは」

 

「……やっぱり裏があるの?」

 

「はい。G.H.O.S.T(ゴースト)の構成員って、CIAとかFBIの出身者がメインなんです。あと軍人さんとか。だから古巣と強く繋がってますし、そんなどエリートのアメリカ人といえばどんな振舞いをするかお察しですよね」

 

「あたしそんなのと絡みたくない!」

 

「うふふ」

 

 

 共演NGを訴えるタレントさんに望莱は嬉しそうに微笑んだ。

 

 

「ということでそんな人たちと絡まないための話に戻ります」

 

「あ、うん。お願いします。ガチで切実に」

 

「今回の事件の担当をしているのはニュースとかでたまに聞く公安って組織なんですが、その中でも最も特殊な部署です」

 

「妖専門みたいな人たちよね?」

 

「はい。東京都公安委員会 第十三課 清祓係 美景分室――通称清祓(せいばつ)課って呼ばれています。まぁ、一般に認知されないようにしているので、そもそも呼ぶ人が少ないから通称も何もないんですけど」

 

 

『ふんふん』と頷く希咲へスラスラと説明を続ける。

 

 

「この組織の歴史は長いんですが、元々は現在のような実働部隊を持っていなかったんです」

 

「あれよね、実際戦ったりするのは京都の陰陽府だから、そこと交渉したりしてたのよね?」

 

「ですです。国内で妖などの霊害が発生した際に陰陽府へ要請をしたり、あとは一般人にバレないように情報操作したりしていた人たち――なんですけど、まぁ、実態は接待係みたいなものでした」

 

「接待?」

 

「ご存じのとおり、陰陽府って国のお金で成り立っているようなものなんですけど。陰陽術や魔術といった技術と、魔力などの力の継承を独占しているものですから……、まぁ、昔からオラついてるわけなんですよ。ゴールデンの番組のプロデューサーだかディレクターみたいに」

 

「え? テレビの人たちってマジであんななの?」

 

「さぁ? わたし会ったことないので。イメージです」

 

「あんたね……」

 

「まぁまぁ、大体そんな感じってことで」

 

「あぁ……、うん。確かにそんな人ばっかだったわね。京都の人たちは……」

 

 

 無人島滞在時に聞いた蛭子の話と、希咲自身がこれまでに出遭った陰陽府の者たち。それを思い出してうんざりとする。

 

 

「だから清祓課の仕事って、そんな陰陽師たちの手綱を握って、上手に機嫌をとりながら国の為にきっちり働かせることだったんです。ですが、ずっと永遠にそのままでいいと国が考えるわけがないですよね?」

 

「あ、そっか。天使殺しの英雄と一緒ってことね」

 

 

 希咲が早い理解を示すと望莱も満足げに頷く。

 

 

「長い長い時間をかけて、政府は陰陽府からバレないように引き抜きをしたり、在野にいる外法師(ハグレ)の人たちのスカウトを続けてきました」

 

「その人たちの集まりが――」

 

「――そう。現在の清祓課です。実働と実戦に耐えうる部隊と組織にまで至ったのが約20年前。それって何が起こった時でしたっけ?」

 

「……あ、昔にあった美景の大災害?」

 

「です。酷い災害があったのになんで力を増したのでしょう?」

 

「もしかして、郭宮(くるわみや)……?」

 

「大正解です。京都でも最強格だったブランドを手に入れた。表立ってイキるにはいいきっかけですよね。おまけに当時の美景の災害で少なからず失態を犯した陰陽府もそれなりに責任をとらなきゃでしたし。バッチリなタイミングで力を弱めました」

 

「こういう話が自分の身の周りの割と近くにまで関わってるって、なんか実感が湧かないわ……」

 

「今日からはそうもいきません」

 

 

 眉を寄せる希咲に望莱は少し声を潜めて伝える。

 

 

「これは確定情報ではないので、特に兄さんには絶対に言わないで欲しいんですけど……」

 

「え? うん」

 

「昔の災害。陰陽府が郭宮を陥れる為に工作したんじゃないかって、こないだ蛮くんが言ってましたよね?」

 

「そうね。紅月パパからもそう聞いてる」

 

「わたしはこれ、政府も怪しいって思っています。郭宮を囲い込み、さらに関東から陰陽府を追い出し、こっちでの実権を強める為に彼らが――正確には『彼らも』工作を行って陰陽府にそう動くように仕向けたのではと……」

 

「え? こわ」

 

「証拠はないです。それに彼らが証拠を探す側なので永遠に出てくることはないでしょう。わたしも暴く気はありません。ただ――」

 

 

 望莱は一つ間を置き、さらに言葉を強めた。

 

 

「――わたしが言いたいのは、驕る古き陰陽府を追い落とした新進気鋭だとか、正義の集団だとか。彼らのことを決してそうは見ないで欲しいということです。例の災害で最も得をしたのは彼らだということも事実なので」

 

「……うん」

 

「彼らは公安委員会なので表向きは警察組織です。しかし実態としては政府の組織が警察内に居るというのが正しい。一般には存在さえ知られていない。仮に彼らが暴走したら止める人がいないんです」

 

「え、もしかして――」

 

「――いいえ。現状はそうなっていないですし、必要以上に疑えとも言いません。実際に彼らは必要な仕事はしっかりとしています。彼らのルーツは陰陽府であるようなものですが、ぱっと見は全くそうは見えません」

 

「どういうこと?」

 

「彼らは謂わば公務員で官僚のようなものなんです。すごく応対が丁寧ですし口調も柔らかく、とても親切そうに声をかけてきて、親身に話を聞いてくれます。人の好さそうな笑顔で」

 

「……心の中でも笑ってるとは限らないってことね」

 

「はい。清祓課の人で高圧的な態度をとる人は京都気分が抜けていない三下だと思ってください。役職持ちで今わたしが言ったような『いい人そう』な人こそ警戒して下さい」

 

「あはは……、そっちもやっぱりコワイ人たちなのね」

 

 

 希咲は乾いた笑いを漏らす。

 

 望莱はそれに同調もせず愛想笑いもしない。

 

 

「いいですか七海ちゃん。もしもそういう人に話しかけられたら、絶対にその場ではどんなことにも明確な回答をしないで下さい。紅月の名前を迷わず出していいですから、後日に改めさせて下さい。必ずわたしが同席します」

 

「そ、そこまで大袈裟な話なの……?」

 

「当然です。わたしの用意していたシナリオとは大幅に変わりますが、しかし、欲望で心ばかりが肥えた枯れ木(ろうじん)どもの権力争いに、七海ちゃんを利用させたりなんかしない。もしもそんなことになったら――」

 

 

 画面に映った望莱の瞼がスッと細まる。

 

 

 情欲を(ふす)べるワインレッド。

 

 ハイライトの消えた瞳の奥で紅が妖しく揺れた。

 

 

「――わたしはこの国を亡ぼします」

 

「――っ⁉」

 

 

 希咲の背に震えが奔る。

 

 望莱の声音にはいつものような軽薄さはない。

 

 

 しかし――

 

 

「あんたね。すぐそういうこと言うのやめなさいよ。もう中学生じゃないんだから」

 

 

 いや、だから――

 

 

 希咲は殊更に軽い調子で彼女を窘めた。

 

 

「いいえ。わたしは推しのためならば国すら燃やします。複垢とVPNを駆使して大炎上です。80歳過ぎても変わりません」

 

「おばあちゃんになるまでには落ち着いてよ……。あたしが地獄じゃんか……」

 

「ふふふ、お互いに還暦のお祝いし合うために長生きしましょうね」

 

 

 望莱も希咲の調子に合わせる。

 

 スッと、空気から重みが減り、その話はそれきりで流れた。

 

 

 希咲は内心でホッとする。

 

 

 国を亡ぼす。

 

 

 まるで中学生が口にするような笑えない冗談。

 

 

 だが――

 

 

(――この子はホントにやる……)

 

 

 紅月 望莱(あかつき みらい)

 

 この少女には、伝説の荒神を一撃で還した兄の聖人や、天使を単騎で撃退した希咲のような戦闘能力はない。

 

 しかし、それでもこの少女には国を亡ぼす――それが可能であると希咲は危惧した。

 

 

 実際的な戦闘能力がなくとも、望莱には生来具わった高い知性と悪性がある。

 

 それは自分や聖人の戦闘能力よりもある意味で強大で恐ろしいものだと、希咲はそれを知っていた。

 

 

「――さて、改めて確認ですけど、天使の見た目ってどうでした?」

「んーと、羽……じゃなくって翼か。おっきい翼が左右に3枚ずつあった。それ以外は人間と変わらない見た目で、背はあたしよりちっちゃくて、そんで顔がすっごくキレイだったのよ」

 

「いいえ。七海ちゃんの方がカワイイです」

「いや、あっちのが絶対顔よかったって。でも、なんかキレイすぎて作り物みたいで……。そのせいかコワイって感じたかも」

 

「ほら。だから言ったじゃないですか。ウチの推しの方がカワイイって」

「はいはい、あんがと。もうそれでいーわよ」

 

 

 攻撃性の高い厄介ファンを刺激せぬように、希咲は熟練のスキルで捌いた。

 

 

「しかし、翼が6枚。3対6枚って、まるで大天使みたいな特徴ですね」

「羽が多い方がエライの? 天使って」

 

「うーん、伝承だとそう受け取れるんですがどこまで当てになるものか……。現れたのは1体だけだったんですよね?」

「そーね。つかさ、天使と魔王ってどっちが強いの?」

 

「おそらく――になりますが、タイマンなら魔王が圧勝ですね。天使って基本的には軍隊みたいに数で攻めてくるんですよ。もちろん個体ごとの戦力も雑魚なんかじゃありませんが」

「へー、ってことは、その数で集られると魔王もキツくなるってことね」

 

 

 望莱へ言葉を返しながら、希咲は自分が遭遇した天使とのバトルを思い出す。

 

 アレに数で来られること。そしてアレの集団でかからないと倒せないらしい魔王を想像して頬を引き攣らせた。

 

 

「だからといって、天使一匹程度なら余裕なんてわけじゃ勿論ないです」

「うん……。ジッサイ、マジでヤバかった。あたしが負けても全然おかしくなかったし。ってゆーかもう二度と戦りたくないわ」

 

「歴史上でも、一人で天使とガチって勝っただなんて話ないかもしれないですしね」

「うぇぇ、そんなになんだ……」

 

「そうです! だからマジで“さすなな”なんですっ!」

「あ、こら――」

 

 

 またも興奮しだしたみらいさんに、これはよくない流れだと感じた希咲が止めようとする。

 

 だが、彼女の溢れる推しへの愛に蓋は出来なかった。

 

 

「わたしだって! 本当はこの推しの達成した偉業をSNSでバズらせて全世界に知らしめたいです……っ!」

「バカなことゆーな!」

 

「ボ、ボクの推しが世界一かわいいんだお――とかほざいてるブスなチー牛どもに! 『は? ウチの推しは天使倒したんだが?』ってマウントをとりたいです!」

「ゼッタイやめろっ!」

 

「いいえ! V豚どもの思い上がりと勘違いを正さずにはいられません! 『お前の推しって天使倒せんの?』って!」

「平和に楽しんでる人たちのジャマすんじゃないわよ! Vの人たちだってベツに“打倒天使”を目標に配信なんかしてないんだから!」

 

「わたしの推しは天使がノーパンで逃げ出すくらいカワイイ。つまり世界一カワイイ。それをまず人類は知るべきなんです。そして知ったら涙を流しながら感謝をして課金すべきなんです。『この世に存在してくれてありがとう』って」

「頭おかしいこと言わないで! つか、天使の方がカワイかったし」

 

「は? ウチの推しの方がカワイイに決まってるんだが? 世界の理ぞ? アナタちょっと魂の強度低くないですか?」

「あたしがその推しだ! 本人が言ってるんだが⁉」

 

「はきゅんっ。推しに認知され、推すことを許されました」

「ねぇーっ! その無敵なのやめてっていってんじゃん!」

 

 

 普段SNSでは滅多に七海ちゃんにハートもつけてもらえないし拡散もしてもらえないみらいさんは、承認欲求をここぞとばかりに満たした。

 

 

「そういえばさっき天使のことをこれまでに教えてなかったって言ったじゃないですか?」

「え……? あ、うん……」

 

 

 そして一頻り満足したらコロっと態度を戻して普通に元の話に戻る。

 

 七海ちゃんはお口をもにょもにょさせた。

 

 

「これって特に強い理由があって黙っていたわけじゃないんです。なんとなく『まぁ、天使になんて遭うことないだろ』って、そんな感じで」

 

「まぁ……、フツーそう思うわよね……」

 

「だからわたし、七海ちゃんが天使に遭遇したって聞いて、本当にゾッとしました。3回も」

 

「3回……?」

 

 

 厄介リスナーとの会話に疲れた希咲は若干おざなりな対応をしていたが、望莱のその言い方に引っ掛かりを覚えた。

 

 

「まず最初は、七海ちゃんを危うく死なせてしまうところだった。それが1回目」

「あ、そうだった。ゴメン。心配させちゃって……」

 

「いいえ。むしろ謝るのはわたしの方です。わたしの想定が甘かったです。すみません。危険な目に遭わせてしまって」

「んーん、だいじょぶ」

 

 

 お互いに謝罪をしあって、慣れた風にそれで手打ちとなる。

 

 

「七海ちゃん。天使って何をしに人間界に来るものですか?」

「えっと、天罰だっけ?」

 

「正確には神罰、ですね。では、それはなんですか?」

「なにって禁忌を……、そうか――」

 

 

 希咲は言葉にする前に、自分の気付きにハッとする。

 

 

「――そうです。奇しくも、美景にはその時魔王なんてモノが出現していましたよね? そして天使は美景の近海に。こんな偶然、あるわけないですよね?」

 

「そっか……。そういえばアイツ、初めに美景の方を見て『ギルティ』とか言ってた……!」

 

「はい。あの時、おそらく港に、禁忌に該当するモノがあった。その可能性が高いと思います」

 

 

 望莱の推測に希咲は息を呑む。

 

 起きている事態に、自分の見たモノ、それらが繋がるような感覚があった。

 

 

「多分、七海ちゃんが出遭った天使は偵察だったんじゃないでしょうか?」

 

「そっか……、天使は攻める時は集団で来るモノだもんね……」

 

「はい。なので、もしもあの天使を美景に行かせていたら――禁忌が見つかり、その後に天使の本隊が現れ、そして美景を戦場とした天使と悪魔の戦争に発展していた。そう考えることが出来ます」

 

「……あたし。美景に逃げたらワンチャンこいつ撒けないかなって、考えた。もしもそれをやってたら……」

 

 

 あの時の選択が酷く紙一重なものであったことに気付き、希咲はまた顔色を悪くした。

 

 

「今回の件でのわたしたちのゲームオーバー……」

 

「えっ?」

 

「天使と悪魔の戦争が起こって国ごと亡ぶ。今回の一連の事件においての、わたしたちにとってのゲームオーバーはそういうことだったのではないかと思いました。これが二つ目のゾッとしたです」

 

「あ、はは……っ。ガチでシャレになってないわね……」

 

 

 無理矢理に笑ってみせる希咲に、望莱はさらに『ありえた恐怖』を突きつける。

 

 

「そこまでを考えてから、わたしはもう一度ゾッとしました」

 

「え……?」

 

「繰り返しますが、七海ちゃんに天使のことを伝えていなかったのに深い考えはなかった」

 

「うん」

 

「それってつまり、逆もありえたんですよ」

 

「え? 逆……?」

 

 

 不可解そうに眉を寄せる希咲に、慎重な口調で望莱は説明する。

 

 

「普通に、深く考えずに、七海ちゃんに天使のことを伝えていた可能性だってありえたって意味です」

 

「それってなにかマズイの?」

 

「マズイです。詰みレベルでした」

 

 

 希咲の疑問に即座に否定を返す。

 

 

「もしも伝えていた場合、その時にわたしは必ず『こう』言っていました。『天使に出遭ったら形振り構わずに何を捨てでも逃げろ』――と」

 

「あ――っ、そっか……。それ聞いてたら、あたしゼッタイにすぐに逃げてたわ……」

 

「わたしたちはラッキーでした。運がよかったんです。でも、それだけです。ゲームオーバーを回避できたのは運がよかっただけのことに過ぎないんですよ……」

 

 

 ここまで聞いて、希咲にも望莱の言いたいことに察しがついた。

 

 

「あたしたちが、自分たちで勝ったわけじゃない……」

 

「はい。七海ちゃんに天使のことを教えていなかった――偶然です。美景で禁忌が起きているなんて想像すらしていなかった。だから天使が出てくることも想定していなかった。もっと言うのなら、あの日、あの時間、あの場所に現れるだなんて知り得なかった。なのにそこに出遭った――偶然です」

 

「…………」

 

 

 それは今回の事件において、自分は何も出来ていなかったということになる。

 

 たまたま事なきを得ただけで。

 

 

「だから、天使が七海ちゃんの前に現れたんじゃないです。七海ちゃんが天使の前に現れたんです」

 

「それも偶然……」

 

「だって、もしも天使の出現を予測していたら、わたしは絶対に七海ちゃんを一人で行かせたりなんかしなかった。七海ちゃんが天使に勝てるなんて知らなかった。でも知っていたとしてもそんな選択は選べない。代わりに兄さんをぶつけようなんて決断もおそらくしなかった」

 

(でも……、それでもあたしは……)

 

 

 後悔を含んだ望莱の言葉を聞く裏で、希咲は心中でそう苦し気に呻く。

 

 

「今回の七海ちゃんVS天使。これは夥しいほどの数の偶然の上に成り立ったマッチメイクです」

 

「……そうよね。ここまで聞くと、とんでもない偶然のタイミングだったってわかる。多分1分前後しただけで成立しなかった……」

 

「この奇跡のような偶然。これがなかったらと。それが三度目のゾッです」

 

 

 少し表情を緩め、眉を下げて苦笑いをしながら望莱はそう言う。

 

 だが、その裏側――

 

 

(――そしてあの怪文書……)

 

 

 あれの送り主はおそらくこれを知っていた。

 

 この偶然を起こせることを知っていて、そしてきっとこの偶然を起こすことが目的だったのだ。

 

 

 望莱は心中で思いを馳せる。

 

 

 最初は希咲と自分たちを分断することが狙いだと疑った。

 

 

 次に希咲を美景の舞台に配置するシナリオなのだと考えた。

 

 しかし、龍脈の暴走が始まるタイミングが、希咲が美景に到着するのが到底間に合わないような早さで起こったことから、それも違うと考えた。

 

 

 ならば、送り主の目的は希咲をどの局面からも外すことなのではと考えた。

 

 

 しかし、それも違ったようだ。

 

 

 本当の目的は、この針の穴に糸を通すような偶然のマッチメイクを成立させることだったに違いない。

 

 

 結局あの時に聖人(まさと)を島から出すわけにはいかない。

 

 だから単独で天使を退けることのできる戦力をぶつけるために、希咲の出発日時を精緻に操作して、あのタイミングで美景に帰還させる。

 

 そして天使も悪魔も、二面作戦で両方撃退する。

 

 怪文書の真の目的はこれだったに違いないと確信した。

 

 

 こんなことは間違いなく人類史上誰も成し遂げたことのないことで、まるで神算鬼謀のような恐るべき戦略だ。

 

 

 それに気が付いたこと。

 

 これが口には出せない、望莱が4回目にゾッとしたことだ。

 

 

「――みらい?」

 

「え?」

 

 

 思考に潜り過ぎていたようで、希咲のよびかける声でハッと我にかえる。

 

 望莱の手に持つスマホの画面には窺うような希咲の顔が。

 

 慌てて体裁を取り繕う。

 

 

「す、すみません。ちょっとおしっこチビってました」

 

「は――?」

 

「お股がズッシリです。七海ちゃん。どうか早くこちらへ帰還してわたしのパンツをお洗濯してください」

 

「あんたね。今は冗談言ってる時じゃないのよ」

 

「冗談なんかじゃないですよ! わたしのお股がカブれてもいいって言うんですかぁっ!」

 

「わ⁉ なによっ! いきなりおっきい声出さないでって言ってんじゃん!」

 

「わたしだってツライんです! もう15歳なのに! こんなパンツでこれから先どうやって生きていけばいいって言うんですか⁉」

 

「パンツ脱ぎなさいよ! シャワーで洗って着替えろ!」

 

「い、今の『パンツ脱ぎなさいよ』ボイス……、目覚ましボイスにしますね……っ」

 

「録音してんじゃねーよ! きもいっ!」

 

 

 上手いことみらいさんの体裁は取り繕われ、少しの間騒ぎ合ってから話は本題に戻っていく。

 

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