俺は普通の高校生なので、   作:雨ノ千雨

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2章04 Private EYE on a thousand ⑦

 

「――さて、話を戻しましょう」

 

「いや、あんたパンツ替えなさいってば」

 

「いい加減にしてください七海ちゃん。今はパンツの話をしてる場合じゃないです。七海ちゃんはちょっとパンツが好きすぎると思います」

 

「マジむかつくっ! あんた絶対ぶつから!」

 

 

 プリプリと怒る幼馴染のお姉さんを鑑賞してみらいさんは一定の満足感を得る。

 

 

「……で?」

 

「はい。まぁ、今お話ししたような日本の滅亡。こんな荒唐無稽と謂ってもいいような結末も、現実に十分に在り得た。そうですよね?」

 

「ん。そーね」

 

「だから。その前にお話しした弥堂せんぱいの妄想ストーリー。あれも絶対にありえないとは言い切れないと思います」

 

「あいつが悪魔たちをやっつけたって話よね?」

 

「ですです。七海ちゃんが人知れず天使をぶっ飛ばしている時に、“せんぱい”も人知れず魔王をぶっ飛ばす。申し合わせたわけじゃないし、お互いに何やってるのか知らないはずなのに、奇跡のファインプレーのコラボです。やだ……、ベストカップルじゃないですか……!」

 

「ふざけないの。でも、そんなマンガみたいな奇跡なんて、マジであるかなぁ……?」

 

 

 ツンデレ的なリアクションを期待してカップル弄りを仕掛けたが、まったく拾ってもらえなかったのでみらいさんは一瞬だけ気落ちした。

 

 しかしすぐに気を取り直して希咲の疑問に答えていく。

 

 

「正直可能性が高いとは到底言えません。でもあの“せんぱい”が無実になるにはもう魔王を斃すしかないです。『勇者ビトー』の爆誕です」

 

「あいつが勇者ってギャグよね。実際どう思う?」

 

 

 二人顔を合わせて『勇者ビトー』にクスリとしてから表情を改めた。

 

 

「まず、やっぱりキャラじゃないって思っちゃいます」

「そうよね。どう考えても勇者にやっつけられる側だもんね」

 

「例えば、“せんぱい”のとこの配役を兄さんにしたらバッチリとハマりますよね」

「そーね。聖人のライフワークって感じ」

 

「なんなら蛮くんでもギリでアリかもしれません」

「そーね。でも、弥堂は……」

 

「『ないわー』って思っちゃいますよね。多くの他人のために街を守るとか。絶対にそんなこと思うわけないですよね」

「まぁ、うん」

 

 

 幾つかの共感と同意を重ねていってから望莱は人差し指を立てる。

 

 

「わたし、この『キャラじゃない』って結構重要だと思っていまして」

「さっきも言ってたわね」

 

「はい。で、兄さんってそういうキャラじゃないですか。その設定とかイメージに合わないことって滅多にしないですよね?」

「え? うん?」

 

「そういう風にイメージが固まる――他人から見たカタチが固まるくらいに、“そっち”に突き抜けているから。だから紅月 聖人は紅月 聖人なんですよね」

「カタチが、固まる……?」

 

「そして弥堂せんぱいも、“あっち”に突き抜けていて、それでカタチが固まっているから“ああいうキャラ”なんだと思うんです」

「それってさ――」

 

「――はい。“魂の設計図”。その存在を定義づけるモノ。なんかふとそう思いました」

 

 

 弥堂が語っていた荒唐無稽な話。

 

 少しの間二人ともに無言になり、それに思いを馳せる。

 

 

 やがて沈黙に気付いた希咲が気まずさから別の話題を切り出した。

 

 

「……そういえばさ。あんたが警察に隠したことって、結局なんだったわけ?」

「え?」

 

「ほら、さっき言ってたじゃん。天使のことだけじゃないって。もしかしてホームセンターとか県道とかの、港以外の場所での弥堂の映像を隠したって意味?」

「いいえ」

 

 

 望莱は即座に否定をする。

 

 

「んー、じゃあなんなの?」

 

 

 唇に人差し指をあてて少し考えてみてから希咲がギブアップをすると、望莱はニッコリと愉しげに微笑んだ。

 

 

「やだなー、そんなの決まってるじゃないですか」

「だからなにが?」

 

「もう一回言いますよ? わたしが警察に情報を隠したのは、七海ちゃんのためだって」

「あたし? えっと、だからそれって英雄にされないためにで、それで天使のこと隠したって話だったでしょ? ……つか、なによ英雄って。ださいんだけど……」

 

「うふふ」

 

 

 自分で言って自分で眉根を寄せる希咲に笑いかけ、ようやく望莱は答えを口にする。

 

 

「わたしが隠した情報――それは当然、水無瀬先輩のことです」

 

「え――」

 

 

 その答えに希咲は一瞬言葉を失くし、そしてすぐに目の色を変える。

 

 

「――愛苗のこと見つけたの⁉」

「やーん。七海ちゃんまっしぐらです」

 

「ちょっと! ふざけないでっ!」

「ふふ、では、答えは“いいえ”です」

 

「は……?」

 

 

 支離滅裂なように聞こえる望莱の言い様に希咲はまたフリーズしてしまう。

 

 

「ちょっと、ふざけないでよ」

 

「だからふざけてなんかないんですってば」

 

 

 まったく同じ台詞をジト目で言う希咲に、望莱は朗らかに笑う。

 

 

「だっておかしいじゃんか。愛苗の情報を隠したってことは、何か手掛かりを見つけたってことでしょ?」

 

「そうですね。確かにそうとも言えますね」

 

「あによそれ。もしかしてどっかのカメラに愛苗が映ってたとか……?」

 

「いいえ。七海ちゃん。わたしは言いました。『水無瀬先輩の映像は一つも見つからなかった』と」

 

「まぁ、そーね。言ってたわね」

 

「はい。残念ながら、『一つも』。ただの『一つも』、たったの『一つも』見つからなかったんです」

 

「……ん? なに……?」

 

 

 わざとらしく強調する望莱の言い草の不審さに希咲はようやく気付いた。

 

 

「そして、こうも言いました。『他の時間、他の場所の映像を調べたら驚きの結果があった』と」

 

「え? それって弥堂のことじゃないの? だって愛苗はどこにも映ってなかったって……」

 

「そうです。もう一度言いますね? 水無瀬先輩の映像はありませんでした。ただの一つすらも」

 

「あの、ゴメン。ちょっとマジで意味が……っ⁉ まって。みらい……? もしかして、そういうこと……?」

 

「そういうことです。他の日、他の場所、どの時間でも。街中のカメラのどれにも水無瀬先輩が映っていない」

 

「ただの一つも……無い、わけない……!」

 

「はい。この街でずっと暮らしていて、いつどのタイミングでもカメラに一切引っ掛からないなんて――そんなことはありえませんよね?」

 

 

 持って回った言い回しをしていた望莱の言葉の本当の意味に希咲も気が付き息を呑んだ。

 

 そしてその意味の先にある真実が見えてきた。

 

 

「わたしはこう考えました――」

 

 

 情報の消化に戸惑う希咲に、望莱はそれを解き解す言葉を投げていく。

 

 

「港の録画映像で所々歯抜けになっている空白の時間。これらには全て水無瀬先輩が映っていたのではないか――と」

 

「…………」

 

「2年B組の教室で起こったこと。ロリ営業先輩が作った水無瀬先輩の動画。覚えてますよね?」

 

「うん……」

 

「水無瀬先輩のことを覚えていられた七海ちゃんや弥堂先輩はその動画の存在も忘れない。実際七海ちゃんのスマホにはしっかり残ってました。なのに、水無瀬先輩のことを覚えていられない人たちはその動画のことも忘れてしまう。作った本人はついうっかりデータを消してしまうし、その他の人たちだってその動画がないことに何も違和感を持たない……」

 

「…………」

 

「さて、次は警察内での出来事。事件現場の港の映像が所々消えていることに一般人のスタッフたちは違和感を持たなかった。しかし中ボスちゃん――“魂の強度”が普通よりも高いと思われる人はそれに気が付いた。これって同じ現象ですよね? 七海ちゃんもさっき同じだって言いましたよね?」

 

「それは、そうだけど……。じゃあ、みらい。あんたは……」

 

「はい。事件以外の関係ない日。関係ない場所。それらの映像を調べて、そのどれにも水無瀬先輩が映っていないことを確認しました」

 

「で、でも……っ、そんなの……」

 

「4月11日――」

 

「――え……?」

 

 

 望莱の示唆する真実を希咲は否定しようとしたが、それに被せるように発せられた望莱の言葉。

 

 ただの日付。

 

 それに戸惑い希咲は言おうとしていたことを飲み込んでしまう。

 

 

「4/11、3/15。あとは、そうですね……、去年の9/24に10/6あたりでどうでしょう?」

 

「は? みらい? あんたいきなりなにを……」

 

「あれ? ビビビーってきませんか? それではヒントも付け加えましょうか。9/24火曜日の放課後に中美景公園のクレープ屋さん。10/6日曜日に同じく中美景公園にて体育祭の特訓。時が飛んで先月、3/15日曜日は新美景駅南口のゲロモンの屋台。それから4/11土曜日に美景モールでショッピング。これでどうでしょう?」

 

「いや、そんなのわけわかん……、って――んっ⁉」

 

 

 意味がわからないと回答権を受け取り拒否しようとした希咲だったが、ビビビっとくるものがあり、とある可能性に思い至った。

 

 

 大慌てで虚空から手帳を取り出して、物凄い勢いでそれをパラパラと捲った。

 

 秘密の道具箱に大切に仕舞っている七海ちゃんの“ないしょの手帳”である。

 

 

 その“ないしょの手帳”にはこう記されている。

 

 

『9/24 放課後に水無瀬さんと一緒に帰った。水無瀬さんはのんびりしてる子で歩くのもゆっくりだから、なんかあたしもほのぼの。並んで歩くとあたしが車道側を歩いて守ってあげなきゃって気になった。一生懸命歩いてるのがカワイイ。公園で寄り道して一緒にクレープたべた。ベンチで並んで座って、水無瀬さんが落っことしそうになったクレープをキャッチしてあげたら、ミスって自分の分を顔にぶつけちゃった。そしたら水無瀬さんがあたしのほっぺについたクリームをペロって。めっちゃはずい。カッコいいお姉さんって思われたいのに』

 

『10/6 愛苗と公園で“とっくん”した。愛苗に「愛苗って呼んで」って言われたから愛苗って呼んでよくなった。えへへ……。愛苗が体育祭で活躍したいって言うから一緒にリレーのバトンの練習した。高校生にもなって公園で「はいっ」「はいっ」って、めっちゃはずかったけど愛苗が一生懸命でカワイイからなんかもういいや。愛苗が活躍できるといいな』

 

『3/15 今日は愛苗と駅前デート。昨日は愛苗のお家でお泊り会だったからそのまま一緒におでかけ。詳しくは昨日の日記参照! ということでハンバーガー屋さんでランチしたあとに南口の屋台でデザート。ゲロモンの屋台で美景汁で……。あのキモいマスコット、愛苗は好きみたいだけどあたしはキモいって思う。でも愛苗が好きみたいだから……。屋台のゲロモンの着ぐるみがジッと見てくるのマジキモい。でも愛苗が喜んでたからガマンした。美景汁も実はちょー苦手だけど愛苗が好きみたいだからガマン。苦いしなんか青臭いしマジでマズイ。つか、なんであれフタ開けるとピンクになんの⁉ 意味わかんない。でもキライなの愛苗にバレないようにしなきゃ……。だって愛苗は好きみたいだし、あたしがあれキライだって知ったら愛苗が残念になっちゃう。それに一緒のモノ好きな方がなかよしでうれしいし。あとあと、愛苗は優しいからあたしも好きじゃないと気を遣ってゲロモンに行かないようにすると思う。それにもしかしたら他の子誘って一緒に行くようになっちゃうかも。そんなのヤダ……』

 

『4/11 今日は愛苗とモールでショッピング! あたしが薦めたスカートを選んでくれて嬉しかった。愛苗に似合うのいっぱいあって試着室に持ってったの全部買ってあげたくなっちゃったけど、やったらガチで引かれるから頑張ってガマンした。あたしぐっじょぶ。つか、そんなお金ないし。おのれママめ。また借金増やしやがって……。それはともかく、来週のビトーの誕プレの作戦会議もした。それとなくリサーチしようと思って昨日話しかけてみたらガチシカトされた。は? なんなのあいつ。評判サイアクだったけど実物の方がクソじゃん。つか、あんなのと愛苗が付き合うとかマジないし。もしも仮にそうなったとしたら「愛苗は俺とデートだからお前は消えろ」とか言ってくんの? は? は? は? あたしは親友だが? カレシごときが何いってんの? お前が消えろムッツリやろう! でも……。ベツにあいつじゃなくても、愛苗にカレシできちゃったらもう遊べなくなっちゃうのかな……? そんなのヤダな……。てか、なんの話だったっけ。今日なにしてたっけ……。もういいやわかんない。つか、ビトーまじキライ。今度あいつから話しかけてきたらゼッタイあたしもシカトしてやるし。2回シカトしたら返事してやる。そしたらあたしの勝ちだし。つか、あいつとかどうでもいいし。はぁ……。なんかもうツライからお風呂入って寝よ……。もうやだ。まじむり』

 

 

 望莱が指摘した日付の内容を確認し、びっくり仰天した七海ちゃんのサイドテールがぴゃーっと跳ね上がった。

 

 

「ちょっと……っ!」

「なんですか?」

 

「あんた勝手に見たでしょ⁉」

「見てませんよ。七海ちゃんの“病み日記”なんて」

 

「病んでないし! 日記じゃないし!」

「いいえ。七海ちゃんはメンヘラさんなので、どうせグジグジヘラヘラとお気持ちを書き綴っているに決まっています。『はぁ……』とか溜息を文字にしてそうです」

 

「そんなわけないから! ただのスケジュール帳だもん!」

「うふふ」

 

 

 お手元の手帳をギュッと胸に抱いて、カメラに映らないように守る七海ちゃんにみらいさんは萌える。

 

 

「つーか、そうじゃなくって!」

「なんでしょう?」

 

「なんであんたがあたしの行動把握してんの……⁉」

「それはスタッフに――」

 

「尾行してたわけ⁉」

「勿論です」

 

「なにが勿論かーっ!」

 

 

 当然のことのようにプライバシーを侵害してきた妹分に七海ちゃんはガァーっと怒鳴る。

 

 それに対してみらいさんはスッとジト目になった。

 

 

「な、なによ……⁉」

 

 

 その醒めた目線に七海ちゃんは若干怯む。

 

 

「わたしの気持ちも考えてください」

「は、はぁ……?」

 

「七海ちゃんはちょろすぎます」

「ちょろくないし」

 

「いいえ。だって、ですよ? 七海ちゃんが水無瀬先輩にちゃんと出会ったのって1年の時の2学期が始まってからだから、9月に入った後ですよね?」

「そうだけど?」

 

「それから半月くらいしか経ってないのにもう公園デートでペロリンされて即オチしてました」

「し、してないし……!」

 

「そしてその翌週にはモジモジしながら名前呼びしてました。その日記に『えへへ……』とかキモいこと書いてそうです」

「き、きもくないし……っ!」

 

「弥堂せんぱいへの逆恨みとかも書いてそうです」

「そ、そんなの書くわけないし……っ!」

 

 

 全てが図星だったので、七海ちゃんは逆転のために法を盾にする。

 

 

「つーかストーカーじゃんっ!」

「いいえ。愛ゆえに、です」

 

「ストーカーでしょ! てゆーか、どうやって尾行したの⁉ あたし普通に周り警戒してた時だってあったのにマジで気が付かなかったんだけど……」

「わたしが直々にストーカーしました」

 

「ストーカーって言ってんじゃん。つか、あんたの鈍くさい尾行なんてあたしが気付かないわけない!」

「それはアレです。七海ちゃんに貰った姿も気配も完全に消すマントを被って後を尾けました」

 

「はぁっ⁉」

 

 

 望莱が白状したその手口に希咲はビックリする。

 

 

「あんたね……っ! 絶対に日常生活で使うなって約束したでしょ!」

「いいえ。緊急事態です。日常ではありません」

 

「あたしと愛苗が遊んでるだけでなんで緊急なのよ⁉ ちょー平和だったし!」

「わたしだってツラかったんですよ!」

 

 

 のらりくらりと供述していたみらいさんはついにキレた。

 

 

「わたしの身にもなってくださいよ……っ!」

「な、なにが……っ⁉」

 

「わたし一人だけ置いて、みんなでさっさと高校進学して……!」

「い、いや、だってそれはしょうがないじゃんか……」

 

「用済みだとばかりにわたしをポイ捨てして、自分は新しい環境でさっさと新しい女を作るなんて……!」

「なんであんたが元カノ面してんのよ! そういうんじゃないでしょ⁉」

 

「だからわたしイヤだったんです! 七海ちゃんを一人で高校に行かせるのは……! 言ったのに……っ! 留年して一緒に卒業しましょうって……! わたし言ったのに……っ!」

「ムチャ言うな! そんな理由で中学留年とか……、あたしが地獄じゃんか!」

 

 

 キャンキャンと電話越しに怒鳴り合う。

 

 

「思った通りほれ見たことかですよ。これだから尻軽ギャルは」

「イミわかんない!」

 

「夏休み明けにこんなにあっさりとNTRされて……。白飯が捗る捗る。おかげでわたしこの時期に3㎏増えちゃいました。どうしてくれるんですか?」

「一個もあたしのせいじゃないじゃん……」

 

 

 希咲が疲れたように息を吐くと、どうやら満足したらしい望莱は笑顔に戻る。

 

 

「てゆーか、なんで今あんたの犯行を自白したわけ?」

「もちろん関係ある話だからですよ」

 

「なにがどう関係……っていうか、またなんの話してたかわかんなくなったし」

「わたしはわかります。いいですか七海ちゃん」

 

「あによ」

 

 

 ジッと白んだ目を向けるお姉さんに望莱はまた人差し指を立てて説明をする。

 

 

「水無瀬先輩があらゆる場所と時間で監視カメラに一切映ってないと言いましたが、いくらわたしでもこの短期間で年単位の映像を全て確認するなんてムリゲーです」

「それはそう……というか、あたしそれを言おうとしてたんだけど」

 

「まぁ。わたしたち両想いですね」

「はいはい。そーね。つか、あんた一人で映像チェックしてんの? スタッフさんたちは?」

 

「スタッフに振りたいのは山々なんですが、なにせ“魂の強度”とやらが一定以上でないと映像の不具合を認知出来ないですから……」

「あ、そっか。だからあんたがやってんのね」

 

「……はい。マジのガチでワンオペです。街中の防犯カメラの映像から人力一人分で見つけ出しました。ここんとこ全然寝てないです。スマホ10台フル稼働です……」

「あっ……、それは、なんか……ゴメン……」

 

 

 彼女の寝坊を咎めてしまったことに罪悪感を覚えた希咲は思わず謝ってしまう。

 

 望莱はニッコリと笑って先を続けた。

 

 

「だから虱潰しというわけにはいかないので、ある程度の見当をつけて過去の映像をチェックしたんですよ」

 

「そっか。だからあたしと愛苗が遊びに行った日を……」

 

「はい。わたしが確実に把握している水無瀬先輩の行動は、七海ちゃんを監視してた日くらいですからね」

 

「……それはキモいからもうやめて。それで、どうだったの?」

 

「やはり全ての映像が残っていませんでした」

 

 

 予想していたことではあったが、その答えにはやはりショックを受ける。

 

 

「そんな……、過去の分まで……?」

 

「はい。同じ消え方です。七海ちゃん一人しか映らない画角の時はちゃんと映像が残っているんです。でも、おそらく水無瀬先輩も映りこんでいると思われる瞬間は全て消えています。去年のものまで、ひとつ残らず」

 

「なんなの……? まるで愛苗が最初からこの世界に存在してなかったみたいに……っ」

 

「いい表現ですね。わたしもそう思います。まるで水無瀬先輩の存在を無かったことにしようという働きかけを感じます」

 

「そんなの……っ! 絶対ゆるさない……!」

 

 

 怒りと悲しみの混在した希咲の瞳を見つめ、望莱も笑みを消す。

 

 

「現在水無瀬先輩と同じ目に遭っている人が他にもいないかはわかりませんし、多分その確認は出来ません」

 

「…………」

 

「だけど、港の映像に関してはもうそういうことだろうとわたしは結論づけました。あの日の現場で何故か細かく消えた箇所があるのは、そこに映っていてはいけない人が映っていたからだと……」

 

 

 希咲は反論をしようと咄嗟に口を開きかけたが、何も言えずに悔しげに唇を噛んだ。

 

 

「ここでさっきの妄想ストーリーに戻ってください。弥堂せんぱいが無実になるための、そんな都合のいいストーリー」

 

 

 望莱はその隙に結論へと話を進める。

 

 希咲の返事も相槌も追いついていないことに構わず、矢継ぎ早に言葉を重ねていった。

 

 

「あの弥堂せんぱいが人々の為にだなんて、そんな理由で美景の危機に立ち向かうわけなんかない」

「自分が必要性を感じなければ、“いいこと”も“わるいこと”も、何もしない。そんなキャラ」

「では、別のナニカの為だったら?」

「“せんぱい”は水無瀬先輩の為に、ナニカと戦った」

「あるいは、水無瀬先輩の為になるには、ナニカと戦う必要があった」

「それならさっきよりは彼の中にも必要性が少しは生まれそうですよね?」

「七海ちゃんとの約束もあったし」

「他にもわたしたちの知らないことがあの二人の間にはあるのかもしれない」

「ほら、理由が出来ました」

「自分の都合でしか動かない男にも」

「戦う理由が」

「彼は必要性があれば、“いいこと”も“わるいこと”も、何でもする」

「さっきよりもちょっとだけ、あり得そうな話になったと思いませんか?」

 

「…………」

 

 

 希咲はまだ何も言えなかった。

 

 反論の言葉を探しているがために。

 

 それは裏を返せば、望莱の言うことに同意していることにもなる。

 

 

「あの日、弥堂せんぱいと水無瀬先輩は事件の中心に居た。二人一緒に――」

 

 

 望莱はそんな希咲を慮ることなく、最後まで言い切った。

 

 

「――わたしはこの“気付き”を丸ごと全て、警察に隠しました。七海ちゃんのために」

 

「…………」

 

 

 希咲は苦しむ。

 

 

 愛苗が悪魔や魔王なんて危険なモノが跋扈していた事件の現場に居ただなんて、そんなことあって欲しくない。

 

 そんなことは受け入れられないし、認めたくない。

 

 

 実際、望莱のこの推論は物証が完全に揃っている話ではない。

 

 だからそこを論って反論することは出来るはずだ。

 

 

 しかし、言葉が出ない。

 

 

 なにより望莱の話を聞いていて、聞いてしまって――

 

 

 希咲自身もそうだと直感的に思ってしまった。

 

 

 こんなにも認めたくないと願っているはずなのに、自他ともに鋭いと認められている彼女自身の勘が、そうに違いないと心に強く伝えてくる。

 

 

(……でも――)

 

 

 この後に望莱が何を言ってくるかはわかっている。

 

 最初に言われたとおりだ。

 

 

 愛苗を見つける為には弥堂を追う必要がある。

 

 その弥堂は警察に目を付けられている。

 

 そして希咲は自分と天使のことを国や警察に隠す必要がある。

 

 だから、今関わってはいけない。

 

 

 少なくとも警察が今回の事件への見解をはっきりさせるまでは、それは非常にリスクの高い行為となる。

 

 

(――だけど……っ! それでも、あたしは……っ!)

 

 

「七海ちゃん――」

 

「――っ⁉」

 

 

 意を決しようとしたタイミングで名前を呼ばれ、希咲は息を飲み込む。

 

 

 手の中のスマホの画面から、望莱が真っ直ぐにこちらを見つめていた。

 

 

「わたしは七海ちゃんに言わなければならないことがあります」

 

「……わかってる」

 

「そうでしょうか? 本当にわかっていますか?」

 

「わかってる。でもゴメン……、みらい、あたしは……」

 

 

 希咲は苦し気に言い淀む。

 

 望莱は不思議そうな顔で首を傾げた。

 

 

「どうしました? どうして謝るんです?」

 

「それは、だって……」

 

「あれー? おかしいですね。七海ちゃん本当にわたしの言いたいことわかってくれてますか?」

 

「だから、それはわかる。わかるけど……」

 

「ふむ。もしかしたらお互いの認識に相違があるかもしれません。試しに言ってみてくれませんか? わたしの言いたいことを。七海ちゃんのお口から」

 

「あんた……っ」

 

 

 まるで甚振るような口ぶりの望莱の瞳には、やはり嗜虐的な色がある。

 

 希咲は一度悔しげに唇を噛んで、それから意を決した。

 

 

「あたし――だけじゃなくって、あたしたち全員の為にも、今はまだこの件に関わるなってことでしょ……っ!」

 

「うふふ……」

 

 

 自分を睨みつけてくる希咲の顔に望莱は満足げに、そして意味ありげに笑う。

 

 

「それはわかってる……! だけどさ、あたしは――」

 

「――ぶっぶぅー、不正解です」

 

「――え……?」

 

 

 続けて希咲は自分の決意を口にしようとしていたが、その途中で望莱に声を被せられて反射的に黙ってしまう。

 

 

「不正解……? なにが?」

 

「勿論、わたしが何を言いたいか――それに対する七海ちゃんの答えは不正解ですって、そういう意味です」

 

「へ……?」

 

 

 かなり強く確信があったことだったので、希咲は拍子抜けして気が抜けてしまった。

 

 

「正解はむしろその真逆ですね。さぁ、ガンガン攻めていきますよ。七海ちゃん」

 

「はぁ……?」

 

 

 これまでの話を引っ繰り返すような望莱の物言いに希咲はポカンと口を空けて呆けてしまう。

 

 その顔を見た望莱はイタズラの成功を喜ぶように愉しげに得意げに微笑んだ。

 

 

 そして――

 

 

「では、これからの話をしましょう――」

 

 

――今度はその瞳に挑戦的な光を宿した。

 

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