俺は普通の高校生なので、   作:雨ノ千雨

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2章04 Private EYE on a thousand ⑨

 水無瀬 愛苗を知らない。

 

 

 弥堂のその言葉を何故希咲は信じたのか。

 

 

 教室での僅かな邂逅を脳裏に浮かべつつポツリポツリと言語化していく。

 

 

 

「――んとね……」

「はい」

 

「まず大前提なんだけど。あの時、あたしヨユーなさすぎだったのね?」

「でしょうね」

 

「だから全部あの時にちゃんと考えてたことってわけじゃないんだけど……」

「構いません。なんでも、聞かせてください」

 

 

 希咲がそう断りを入れると望莱はニッコリと微笑んだ。

 

 

「なんか……、戻ちゃった感じがしたの……」

「戻った?」

 

「うん。なんて言うか、あいつの雰囲気? っていうか態度っていうか……。あとは話し方……ってより声の感じかな? あと目つきとか」

「ふむ……。それが『戻った』というのは?」

 

「えっと……、それはぁ……、うぅ……っ」

「……?」

 

 

 少しヒアリングをしていくとすぐに希咲は言い澱んだ。

 

 言うべきことがわからないというよりは、言葉にするのを躊躇っているように。

 

 恥ずかしがるような悔しがるような――そんな複雑な表情でお口をもにょもにょさせる彼女に望莱は首を傾げた。

 

 

「――これはあくまで仮に、というか……」

「はい?」

 

「ホントはあたしだってこんなこと言いたくないし、これから言うことはウソなんだけど……」

「はぁ……」

 

 

 全く要領を得ない言い訳染みた希咲の供述に望莱は生返事を返すことしか出来ない。

 

 やがて希咲は諦めたように溜め息をひとつ。

 

 それからようやく話しだした。

 

 

「……あたしね。あいつとちょっとだけ仲良くなれたと思ってたの」

「えっと……? と言いますと?」

 

「ホントはそんなの認めたくないし、ウソだし、仮だから、実際にそのような事実はないの。だからそこんとこ勘違いしないでよね!」

「はいはいツンデレ乙。いいから続きあくしろよ」

 

「だからそーいうんじゃないんだってば!」

「わかりましたってばぁ」

 

 

 生温い目でホクホクとするみらいさんを威嚇しつつ、希咲は先を続ける。

 

 

「愛苗のことでさ、色々やりとりしてたじゃん? 基本口ゲンカばっかだったけど……。でもこうやってあいつとちゃんと絡む前よりは、少しは仲良くなったって……、そう思ってたの」

 

「まぁ、煽りは自重しますか。要は馴れた――慣れたでもいいですけど。そういうことですよね? 普通はそうだと思います。どんな相手でも関係を継続すれば多少の差はあれど良くにも悪くにも馴れますよね」

 

「うん。そうね。それが合ってると思う。あいつってば今まで見たことないくらい色々ヤバイ奴だったけど、それでも会話は出来るようになってきたし。だから、そのうち普通の人たちとするみたいにもなれるかなーって……」

 

「でも、そうじゃなかった?」

 

「……教室で会ったあいつの感じがメッセ交換する前――もっと前か。放課後に一緒にトラブったりする前……、多分クラス替えした初っ端くらいの感じになっちゃってた気がして……」

 

「あぁ、なるほど」

 

 

 そこまでを聞いて、望莱にも希咲の言いたいことが伝わった。

 

 

「つまり、弥堂せんぱいの態度の変化が、水無瀬先輩のことを忘れてしまったクラスメイトさんたちの症状と似ていると思ったわけですね?」

 

「うん……。リアルタイムではっきりそう考えられたわけじゃないんだけど……、あの時あたしすごく不安で……、なのに突き放されてる感じがしちゃって……。あいつの目が、拒絶してるみたいで……」

 

「……ふむ」

 

「上手く説明できなくてゴメン。でも、とにかく。それであたしは、愛苗のことがわからないっていう弥堂の言葉を信じちゃったんだと思う」

 

「なるほど。よくわかりました」

 

「えっと、今のでちゃんと伝わった?」

 

「はい。バッチリです。わたしにはちゃんと伝わりました。七海ちゃんがえっちな女の子だということが」

 

「そんな話してなかったでしょ! なんでそうなんのよっ!」

 

 

 どんなところからも推しの萌えポイントを見つけ出せるみらいさんは「うふふ」と笑う。

 

 希咲はそれに付き合わぬよう、再度息を吐いて表情を改めた。

 

 

「ねぇ、あいつウソ吐いてると思う……?」

 

「うーん……」

 

 

 その問いに望莱は一つ考えるフリをしてから答えていく。

 

 

「まず、これはわたしが予め持っていた考えなのですが」

「え?」

 

「仮に、弥堂せんぱいが事件の真ん中で無双してた場合――」

「うん」

 

「これまでの情報から判断すると、そんなことが出来る人って間違いなく“魂の強度”が高いですよね? いくらなんでも普通の範疇に収まりません」

「今聞くと、そうね……。そう思う」

 

 

 言葉どおり自然にそう考えられた。

 

 

「もう一つ、弥堂せんぱいが犯人だった場合――」

 

「その場合も覚えてるか……。自分で何か仕掛けて自分で忘れちゃうって、いくらなんでもバカすぎだし」

 

「ですです」

 

 

 前提で同意を得られたので、望莱は結論へ舵を切る。

 

 

「せんぱいが事件に関わってる“こっち側”の人だとすると、覚えてないわけがないんですよ」

 

「でも、もう無関係な一般人だとは……」

 

「とても思えないですよね」

 

 

 見解が一致したことで、本題に戻る。

 

 

「というわけで。水無瀬先輩を見つけるためには、まず“せんぱい”の嘘を暴く必要があります」

 

「……あいつ素直に白状するかなぁ……」

 

「そういう性格面でのこともネックですが、わたしたちの方にも嘘の暴き方を選ぶ必要があります」

 

「ん? 暴き方……?」

 

 

 首を傾げる希咲に望莱は説明する。

 

 

「あの人が嘘を吐いているということは、そうする必要があるから――少なくとも本人はその必要性を感じていることになりますよね?」

 

「まぁ、そーね。そういうヤツよね。なんで必要だと思っちゃったのかが、ちょっと常人的にはイミわかんないことあるけど……」

 

「ですね。なのでシンプルに考えましょう。彼が水無瀬先輩のことで嘘を吐くとしたら、どんなシチュエーションがあるか」

 

「うーん……、あたしに嫌がらせしたかった、とか?」

 

「そうだったらカワイイものなんですけどね」

 

「かわいくないし」

 

「ふふふ」

 

 

 冗談めかして和んでから、望莱は自身の考えを話す。

 

 

「まず、せんぱいが今回の事件で悪さをしていた側だった場合。どんな悪さを――とかは具体的に考えなくていいです。どれでも一緒なので」

 

「……その場合はシンプルに、愛苗のことがバレると自分もヤバくなるから……、よね?」

 

 

 希咲の回答に頷く。

 

 

「そうですね。何がどうヤバいのかは誤差あれど、基本的にはどんな場合でもそうでしょう。疚しいから偽って隠す。で、ここで問題になるのが、その“せんぱい”の嘘を暴く――正確にはこちらが嘘に気付いたことが“せんぱい”に気付かれると、非常にマズイことになります」

 

「ややこしいけど、そっか。なんも考えなしに正面から行って、『ねぇ、あんたウソついてんでしょ!』とかって言ったら……」

 

「はい。その瞬間に『ファイッ!』ですよね。そうなったらもう、彼をぶちのめして拷問なり何なりして無理矢理吐かせるしかなくなります」

 

「……拷問はともかく、下手に手加減して逃げられたりしたらもっと最悪か……」

 

「確実に高飛びされるでしょうね」

 

 

 自分の懸念と意図が伝わったと判断し、望莱は次のケースに進める。

 

 

「では、“せんぱい”が英雄さんだった場合。その場合は多分水無瀬先輩を“せんぱい”が保護しているケースが考えられます。仮に水無瀬先輩も“こっち側”の人だった場合は、仲間だから匿っているとか」

 

「うーん……?」

 

 

 しかし、今度は望莱の推論がしっくりこなかったのか、希咲は首を傾げてしまう。

 

 

「でもさ? その場合って、あたしたちとも仲間じゃん? 隠さなくてよくない?」

 

「七海ちゃん。それは違います。そこは絶対に勘違いをしてはいけません」

 

「え? なんで?」

 

 

 キョトン顔の彼女へ望莱は深刻そうに話す。

 

 

「いいですか? わたしたちから見て、“せんぱい”の周囲や背後が不明瞭なように――」

 

「――あ、そっか。あいつから見たら、あたしたちのことがわかんないのか……、って、これこの間もした話だったわね。ゴメン」

 

「ふふふ、いいんですよ。ということで、そして、です。この『わたしたちのことがわからない』というのは大きなヒントなんです」

 

「どういうこと?」

 

 

 希咲から寄せられた強い関心に望莱は応える。

 

 

「“せんぱい”が魔王を斃したとしましょう。そんな強大なチカラを持っているのに、わたしたちのことがわからない。知らない。これはとても不自然なことです」

 

「ちょっとでもこっちの業界に関わってたら、そんなのありえないってことか……」

 

「はい。別に日本じゃなくたっていいです。教会でもアメリカでも他国でもいいです。それでも一定期間日本に居て、郭宮・紅月・蛭子・天津――この名前のどれにも見当がつかないって、いくらなんでもそれはないです。持っているチカラが強ければ強い程に不自然なことです」

 

「なるほど……」

 

「だから、知っていてそれでわたしたちを警戒しているのなら――わたしたちの周囲や背後と敵対的な国や組織の出身かもしれない。でも、そうでもなく。あれだけのチカラを持ちながら業界のことを何も知らず、とりあえず全方位を警戒しているとしたら――その場合はとんでもなくミステリアスな正体になりますよね」

 

「もう……っ! あいつマジめんどい!」

 

「ふふふ……。わたし、彼にとっても興味が湧いてきました」

 

「え――」

 

 

 その言葉を聞いた瞬間、これまでと別種の不安が希咲の胸で一気に膨らむ。

 

 

「魔王級を殺せる。倫理観が壊れていて、遵法精神が欠片も無く、社会での居場所を惜しまない。なのに全方位に猜疑的で慎重な行動選択も可能。すごく興味があります。ちょっと欲しいです」

 

「あんた……」

 

 

 背筋がゾッとする。

 

 

 元々、最初の段階で望莱と弥堂を組み合わせてはいけないと、希咲の勘が訴えていた。

 

 そしてこの二人はどこか似た部分があるとも。

 

 

 具体的な危険の事例を即座に提示できるわけではないが、やはり何となく感じるものがある。

 

 この二人の相性には0か100かしかない。

 

 

 そしてどっちの場合でも、きっとロクなことにならないと希咲は強い危機感を覚えた。

 

 

「ふふふ、でも、これってわたしだけじゃないですよ?」

 

 

 その内心を見透かしたように、望莱は嬉しげに笑った。

 

 

「陰陽府の方は嫌うでしょうけど、お役人の人たちの中には多分一定数居ます。彼のことが好きな人」

 

「それって……」

 

「捨て駒、爆弾、鉄砲玉、人間兵器……色んな言い方はありますけど……」

 

「……つまり絶対に他には渡せないってことね」

 

「ふふ、ですです」

 

 

 たっぷりと愉悦混じりに微笑み、それから望莱は表情を元に戻した。

 

 

「話は逸れましたが、その“せんぱい”がたとえ今回の件では味方側だったとしても――」

 

「あたしたちのことを敵視――とまではいかなくても、警戒はしてるかもしれない。だから雑にウソを暴いちゃダメってことね?」

 

「そうです。その場合はまず先に、わたしたちが敵じゃないとわかってもらう必要があるんですけどぉ……」

 

「うわぁ……、ヤだなぁ……。あいつめっちゃ疑り深いわよ? 虐待とかされた野良犬みたいに人間に敵意持ってるし……」

 

「マジかわいいですよね」

 

「ぜんっぜんかわいくないっ!」

 

「まぁ、七海ちゃんったらヒドイです。ワンちゃんが可哀想な目に遭ったのはわたしたち人間のせいなのに……」

 

「そっちじゃない! ワンちゃんはカワイイけどあいつはかわいくないっ!」

 

「うふふ」

 

 

 冗談のようなやりとりで二人は中々に核心をつく。

 

 

「もしも“せんぱい”が本当に忘れていたとしても、その時は当初の予定通りに事件前後の彼の行動を聴取して、そこから水無瀬先輩の手掛かりを探すことには変わりはありません」

 

「どっちみちあいつの言葉が本当か嘘か――ちゃんと確かめる必要があるってことね」

 

 

 愛苗に辿り着くまでの最初の一歩目は決まった。

 

 次は――

 

 

「――じゃあ、どうすればいい?」

 

「それは簡単です」

 

「え?」

 

 

 難しそうな顔で問いかける希咲に、望莱は殊更軽く言い切った。

 

 

「嘘の看破はマスト。でも、こっちが看破したことは“せんぱい”に気付かれてはいけない」

「ジッサイにそれやるの結構ムズくない?」

 

「いいえ。とても簡単ですよ?」

「ホントに……?」

 

 

 ピンときていない希咲に望莱は人差し指を立てて説明をする。

 

 

「“せんぱい”は現在、水無瀬先輩のことを覚えてない――という一般人のフリをしています」

「うん。そうね」

 

「ということは、他の――例えばクラスメイトの人たちと同じ認知でいなければならない」

「認知……?」

 

 

 ここ数日で何度か使ったその言葉の意味を希咲は考える。

 

 

「そうです。具体例を挙げましょう。七海ちゃんは旅行に行くにあたって留守中の水無瀬先輩のことを“いいんちょ”さんたちにお願いしたじゃないですか?」

 

「うん」

 

「でも、彼女たちが水無瀬先輩のことを忘れてしまったことで、記憶にある七海ちゃんからの頼まれごとに対する認知はどう変わりましたか?」

 

「あ――そっか。あたしが弥堂のことを頼んだって……」

 

「そうです。あとは『全校一斉乳輪ドック』の時も」

 

「は? なにそれ?」

 

「ほら、教室に居るせんぱいとビデオ通話した時ですよ。七海ちゃんが“せんぱい”に乳輪の直径を測って報告するように強要した……」

 

「あたしそんなことしてない! むしろ逆だったでしょ⁉」

 

「でも……、結局測って教えたのは“せんぱい”だけだったし……。七海ちゃんは測らせてくれなかったし……」

 

「当たり前でしょ! ふざけないで!」

 

 

 眉をふにゃっとさせて七海ちゃんの乳輪への未練を吐露するみらいさんを怒鳴りつける。

 

 

「つーか、その日の通話がなに⁉」

 

「あ、はい。その通話で弥堂せんぱいが言ってましたよね? んんっ……『俺と水無瀬がしていた会話などが一部、俺とお前がしていたものに記憶が置き換わっている』……って」

 

「イケボであいつの台詞読むな。キモい」

 

「えー? でもでも、わたし“せんぱい”の低音低温ボイス割と好きですよ? 不安になってドキっとするっていうか。けっこうよくないです?」

 

「よくない。話。戻せ」

 

「おっといけません」

 

 

 わざとらしく「あらやだ」とお口に手を遣ってから望莱は本筋に戻る。

 

 

「記憶から水無瀬先輩が居なくなったことで起こる矛盾を、今言ったような無理矢理に近い対象人物の置き換えで辻褄合わせしているじゃないですか?」

 

「うん」

 

「で、このズレた認知って事前に彼女たちがネタ合わせをして、それで統一された認知ではないですよね? 自然と不思議に何故かみんな“そう”思い込んで。そうやって辻褄合わせが起きている。何が言いたいかわかりましたか?」

 

「他の子と弥堂の認知のズレ――それを見つける」

 

「さすななっ。正解です」

 

 

 自分の推しがファンの気持ちをわかってくれるタイプの推しであったことにみらいさんは一定の満足感を得た。

 

 

「“せんぱい”とそれ以外の人のギャップを見つけ出す。それにはなるべく彼が事前に他の人がどういう認知をしているか――それを把握出来ていないような質問を投げかけてみるのが有効ですね」

 

「そっか……。例えば弥堂と野崎さんに同時に同じ質問してみて、その答えが合っていなければ……ってことか」

 

「はい。出来るだけ“せんぱい”にアドリブを強いるようなものであれば尚ヨシですね。といっても、水無瀬先輩に纏わることでないといけないので、こっちもそれ程ネタを用意出来ないかもしれませんが」

 

「そうね。それに、ロコツに『あれ覚えてる?』『これってどうだっけ?』とかみたいに、ポンポンいくつも連続で質問しても怪しまれちゃうわよね……」

 

「そうですね。出来ればワンパンで仕留められるものを用意出来てから仕掛けた方がいいでしょう。と、いうわけで――」

 

 

 一拍の間を置いて、望莱は話を締めに入る。

 

 

「“せんぱい”にアプローチするシチュエーション――その条件を限定します」

「条件……、って?」

 

「はい。まずは第一に、一対一は絶対にダメです。特に密室は以ての外です」

「そっか。他の人も居なきゃ意味ないか……」

 

「です。出来れば周囲にそれなりに多くの人が居る状況。これは七海ちゃんの安全のためでもあります」

「警察の目もあるしね」

 

「ですです。上記のシチュで彼と周囲の人のギャップを生み出すこと。そして彼にはそれを気付かせないこと」

「……教室が一番いいか」

 

「かもしれません。とりあえず周囲に人気がある昼間。これだけは最低条件として必ず守って下さい」

「ん。わかった」

 

「でも――七海ちゃんの登校はもう少し待って欲しいです」

「え?」

 

 

 話は決まったと思った矢先にまた「待て」を掛けられて、希咲は若干不満そうな顔をした。

 

 望莱はその反応にむしろ嬉しげに笑い、それから表情を改める。

 

 

「港の現場検証がもう少しで終わりそうなんです」

「うん……? 警察の?」

 

「はい。七海ちゃんが天使と戦った場所も一応現場に含まれてはいます」

「うげ……っ⁉ もしかしてやばい……?」

 

「いいえ、多分大丈夫です。ですが、警察がどういう見解を示すかあとちょっとだけ様子を見たいです」

「ノコノコ登校したら、あたしが捕まっちゃう可能性もあるのかな……」

 

「いいえ。スパイの報告ではその辺は問題なさそうです」

「スパイってあんた……」

 

「まぁまぁ。ということで、その少しの時間を使ってお願いしたいことがあるんです」

「え? あたしに?」

 

 

 目を丸くする希咲に望莱は説明する。

 

 

「現場検証は、今は揃ったデータを署内の方で検分している段階です。実際の現地からは引き上げが始まっています。まぁ、これは港の開発推進派からの圧力もあるんですけど。ともあれ、事件現場が手薄になるということです」

 

「うん。それで?」

 

「七海ちゃんにその現場を見てきて欲しいんです」

 

「えっと、結界があった場所ってこと? 知ってると思うけど、あたしそういう霊的なのはわかんないんだけど……」

 

「いいえ。見ればすぐにわかります」

 

 

 気まずそうに断りを入れようとする希咲に、望莱は言葉を強めた。

 

 

「なにせ地面が割れてますから」

 

「は?」

 

「わたしも写真で見たんですけど、七海ちゃんが実際に現場を見て、それでどう感じるかを知りたいです」

 

「んと、ベツにいーけど……。なんにもわかんないかもよ?」

 

「それならそれでオッケーです。ちなみに“せんぱい”がパクったと思われるショベルカーの残骸がここで見つかってます」

 

「うぇっ……、あーいう車ってすんごい高いんじゃないの? あいつマジばか……」

 

「ふふ、そういう問題でもないですけど、うけます」

 

「お金のことは笑えないわよ。つか、さ――」

 

「はい?」

 

 

 ジト目で一度望莱を見遣ってから希咲は不安げな顔をする。

 

 

「あいつ、ホントはどっちかな……? もし覚えてなかったら……」

 

「んー、わたしはほぼ間違いなく覚えていると思います。さっき話した“魂の強度”のこともありますが、なにより七海ちゃんの言った『戻っちゃった』、これで確信しました」

 

「え? なんで?」

 

 

 驚きに目を開く希咲に望莱はニヤリと笑う。

 

 

「水無瀬先輩を忘れることで起こる認知のズレ。これも合わせて考えてみてください」

 

「無理矢理辻褄が合うってことよね?」

 

「一番のポイントは水無瀬先輩と弥堂せんぱいとの間の出来事が、七海ちゃんとせんぱいとの出来事に置き換わったってやつです」

 

「えっと……?」

 

 

 まだピンとこない様子の希咲に、真に迫るように望莱は告げる。

 

 

「この置き換えってなんで起こったものだと思います?」

「愛苗が居なくなっても不自然じゃないようにするため……?」

 

「まぁ、そうですね。もっと言うなら水無瀬先輩がいなくても、その日までに出来た七海ちゃんと弥堂せんぱいの関係値を維持するためですよ」

「関係値?」

 

「だって辻褄を合わせるだけなら、七海ちゃんとせんぱいの関係も無かったことにして、元の状態に戻しちゃえばいいじゃないですか。でもそれだと水無瀬先輩の居ないところで培われた七海ちゃんとせんぱいの関係に矛盾や不整合を起こしてしまう」

「だから置き換える……?」

 

「七海ちゃんとせんぱいの関係って、間に水無瀬先輩が居たから始まったものじゃないですか?」

「そうね」

 

「でも始まった後は必ずしも水無瀬先輩が絡んでいたわけじゃないですよね?」

「うん。文化講堂の件とか最近のメッセとか通話も……」

 

「つまり、七海ちゃんとせんぱいの間だけでも別に関係が発生していて、水無瀬先輩とは関係なく培われた関係値もあるんですよ」

「そうか、そうだとすると……」

 

 

 希咲にも望莱の言わんとしていることが見えてくる。

 

 

「そう。そして、だからこそです。弥堂せんぱいが七海ちゃんとの関係がなかった時に戻るのはおかしいんですよ。水無瀬先輩のことを忘れているのなら。水無瀬先輩抜きで七海ちゃんとの関係値が維持されるように記憶や認知がズレていないといけないんです。他の生徒さんたちのように」

「あ――」

 

「そうです。だから『戻る』わけがない。なのに『戻ちゃった』ように見えるのは彼がそう振舞っているから」

「だからあいつはウソを吐いてる……」

 

「その可能性は限りなく高いです。だから七海ちゃん。なんとなく『戻っちゃった』って感じた、そこを見つける七海ちゃんのその感覚。それはとても正しいです。過程を飛び越えて一発で答えに辿り着いています。さすななです」

「それならきっと愛苗も……」

 

 

 呆然とする希咲の瞳に希望の色が宿ったことを確認して、望莱は満足げに笑った。

 

 希咲はその瞳を望莱へ向けて強い意思を伝える。

 

 それに言葉は必要なかった。

 

 

 

「さて――一応『“せんぱい”捕獲計画』の方針は示しました。ですが、これはどうしてもすぐに実行するならの話です。基本的にはわたしたちの帰還を待って欲しいというのは忘れないで下さいね?」

 

「うん。でも……」

 

「ですよね。行くならさっきの最低条件を必ず守って下さい。それは絶対ですよ」

 

「だいじょぶ。約束する」

 

「ふふふ、では、わるいワンちゃんを追い詰めていきましょうか。けっこう楽しいです」

 

「楽しむなっ。でも……、あんたやっぱすごいわね」

 

「へ?」

 

 

 いつもは逆の立場なことが多いが、今度は望莱が希咲の言葉に目を丸くした。

 

 

「や。よくここまで考えて喋れるなって。すごいなーって。知ってたけどさ」

 

「えー?」

 

「実際にあいつに会ったのってあんた一回だけでしょ? 遠いとこで情報見て考えるだけで、よくここまでわかるわね」

 

「うふふ。わたし実は今回の推理、結構めちゃくちゃな答えになりましたけど、でもかなり自信あります。弥堂せんぱいの人物像にも大分アジャスト出来た手応えアリです」

 

「うん。それは素直にスゴイ」

 

「これも長年に渡って七海ちゃんをストーキングした成果です。磨かれてます。わたしのスキル」

 

「うん。それは素直にキモイ」

 

 

 にっこりと微笑みながら希咲は「もうやめろ」と、割とガチめの注意を入れた。

 

 それから少し眉を下げて困ったような顔をする。

 

 

「あたしもさ、ちゃんと論理的? に考えたり喋ったりしようって気をつけてるつもりなんだけど……。どうしてもやっぱ感情的になっちゃうこと多いのよね……」

 

「うーん……、七海ちゃんはそのままでいいと思いますよ?」

 

「へ?」

 

 

 不思議そうに目を丸くする希咲へ、今度は望莱も困ったような顔をした。

 

 

「いいですか七海ちゃん。論理ってバカの使うものなんですよ」

 

「は? なんで?」

 

 

 続いた望莱の言葉に希咲はさらに驚く。

 

 言葉の内容もそうだが、自信家の彼女が褒められて謙遜するようなことも珍しいからだ。

 

 

「本当の天才はまず答えを見つけるんです。そこまでの道筋なんて必要ない。一瞬でゴールまで飛ぶんです」

 

「ん……? どゆこと? だって論理的なのがいいことっていうか、頭いい証みたいによく言われてない?」

 

「それ言ってるヤツはバカ確定です。論理っていうのはゴールまで続く道を作る方法――つまりただの手段です。それを振り翳してイキってる人は、ただ自分が頭がいいと思われたいだけのザコです」

 

「ず、ずいぶん辛辣ね……」

 

 

 頬を引き攣らせる希咲に望莱は微笑みかける。

 

 

「誰よりも先にゴールまで来ちゃって、他のおバカさんたちがここまで来るのを待ってるのが暇だから。だからその時間を短縮する為に、ゴールから彼らの場所まで逆に辿って作ってあげた道。毎回それをするのは手間だからその道の敷き方を教えてあげたモノ。馬鹿でも答えに辿り着けるようにする方法。それが論理です」

 

「む、むずかしいわね……」

 

「謂ってみれば道路工事の知識や技術でしょうか。道を歩いてれば馬鹿でもいつかは目的地に着けますよね? もちろんその道を作る知識や技術自体は素晴らしいものなんです。でも、一部の天才が用意してくれたマニュアルに従って地面にツルハシを打ち付けて、それと気づかずに自分の成果だと得意げになっているのはバカ丸出しだというお話でした」

 

「でも、それでちゃんとゴール? まで行けるんならいいんじゃないの?」

 

「ゴールがあるのなら、そうかもしれませんね」

 

「え?」

 

 

 望莱の瞳の色にどこか空虚なものが滲んだ。

 

 

「一生懸命道を敷き続けて、それで延々と時間をかければもしかしたら何処にあるのかわからなかったゴールに辿り着けちゃうこともあるかもしれません。でも、ゴールのある場所が地続きでなかったら? そもそもゴール自体が存在しなかったら?」

 

「えっと……」

 

「論理で辿り着けるのは既に存在する答えまでです。まだ存在しないそれを創り出すことは出来ないんですよ……」

 

「そうかな……?」

 

「はい。だから“直感”や“勘”でそれを見つけ出したり創り出したりする兄さんや七海ちゃんの方がスゴイんです。だから七海ちゃんはそのまんまでいいんですよ」

 

「う……、でもさ――」

 

 

 彼女を褒めていたはずが何故か逆に自分が褒めらる格好となり、希咲はむず痒そうにした。

 

 

「あたしの“勘”はやっぱ感情的になったりするとまともに働かなくなるし、聖人だって……」

 

「はい。兄さんの直感は事が起こってからじゃないと働かなかったりしますね。完全無欠ではないけど、それでもどっちも十分に特別(スペシャル)ですよ」

 

「うーん……、なんか調子狂うわね……。でも、あんただってめっちゃ頭いいじゃん」

 

「はい。わたしが天才なのは間違いないです」

 

「はぁ⁉」

 

「それは不変の事実というか、それ以外の人類の話ですね。わたしは特別な人間です」

 

「なんなの……! なんか落ち込んでるのかと思って心配しちゃったじゃんか!」

 

「うふふ。推しに構ってもらうための“お気持ち”は我々の常套手段です」

 

「さいあくっ! もう知んないっ!」

 

 

 プイっと希咲が顔を背けた僅かな隙に、望莱は少しだけ苦笑いを浮かべた。

 

 

(でも、実際褒められたものじゃないです……)

 

 

 心中でそう吐露する。

 

 

(わたしは今日も甘かった……)

 

 

 本当は希咲にちゃんと言わなければならないことがあと一つあった。

 

 しかし望莱はそれを口に出せなかった。

 

 

(水無瀬先輩が敵かもしれない。それはでも、まだマシな方の可能性……)

 

 

 それ以上の最悪が本当はある。

 

 それは――

 

 

(せんぱいが犯人で水無瀬先輩はそれに巻き込まれた一般人の場合――)

 

 

 もしもそうだったとしたら、その時は――

 

 

(水無瀬先輩はもう生きていない……)

 

 

 そういう可能性があることも本当は言わねばならなかった。

 

 けれど、望莱はそれを希咲に言い出せなかった。

 

 

 その理由はわざわざ改めて思い浮かべるまでもない。

 

 

「――みらい?」

 

「え……?」

 

 

 苦く自嘲をしていると、希咲に心配げな目を向けられていた。

 

 

「どうかした? まだ他にもなんかあった感じ?」

 

「……いえ。もう必要なことは全部言いました」

 

「ん。そか」

 

 

 希咲もそれ以上は踏み込まなかった。

 

 勘のいい彼女がこちらの心情に気付かないわけがない。

 

 

 その優しさにまた罪悪感を覚え、望莱はニッコリと清楚な微笑みを張り付けて苦笑いを嚙み殺した。

 

 腹の中から何かが漏れ出てしまう前に、口を開く。

 

 

「では、今日の会議はこんなところで……」

 

「オケっ! 気合入った……!」

 

 

 最後はそんな短い言葉で簡単に終わらせた。

 

 

 答え(ゴール)までの道筋が僅かに見えて、希咲の瞳の色に強さが戻る。

 

 

(待ってて……! 愛苗……っ!)

 

 

 必ず彼女を見つけ出すと改めて心に誓う。

 

 そしてその為には――

 

 

(――絶対にあんたの思い通りになんかさせないんだから……っ!)

 

 

 自分と彼女の間に立ちはだかる、悪役マントを棚引かせて高笑いをするイメージ上の『あの野郎』へ、キッと挑戦的な眼差しを向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 こうして自らの与り知らぬ場所で、JK達によって着実に犯行を暴かれている『あの野郎』はその頃――

 

 

 

 

 

「――と、いうのが昨日の教室での出来事だ。一般生徒どもはそのまま放置で構わなかったのだが、ヤツが現れた以上我々は予断を許さぬ状況へと追いやられたことに……」

 

 

 美景台総合病院。

 

 その院内1階にあるコインランドリーにて。

 

 

 精悍な顔つきと隙を窺わせぬ鋭い眼で、自分たちの危機的状況を注意喚起する男が居た。

 

 

 その男の前には洗濯機。

 

 洗濯機の上には気まずそうに目をキョロキョロとさせる黒ネコが居る。

 

 

「おい貴様。ちゃんと話を聞いているのか?」

 

「い、いや、聞いてはいるッスけど……」

 

「――ヒッ⁉」

 

 

 男が黒ネコの態度を咎め、黒ネコが言い訳を口にしようとした時、ランドリーの入り口の方から女の息を呑むような声が聴こえた。

 

 

「ご、ごめんなさい……っ!」

 

 

 男がそちらへジロリと眼を向けると女は慌てて走り去った。

 

 男は「ふん」とつまらなそうに鼻を鳴らす。

 

 

 この光景はさっきから何度かあった光景であり、これこそが黒ネコが気まずそうにしている理由でもあった。

 

 

『悪魔といい、ニンゲンといい、ユウくんのお話を邪魔するなんて全員死ねばいいわ。ねぇ、ユウくん。他の女なんてお姉ちゃんが皆殺しにしてあげるからいつでも言ってね?』

 

 

 男でも黒ネコでもない別の女の声。

 

 それは黒ネコの隣から発せられた。

 

 

「うるさい黙れ」

 

 

 男は不機嫌そうな声で女の物騒な提案を斬り捨てた。

 

 そして視線をまた洗濯機の上の黒ネコと隣の女へと戻した。

 

 

『キャー! ありがとうございます!』

 

 

 酷く無碍にされたカタチだが女は何故か歓喜した。

 

 

 黒ネコ――メロはその女の方へ化け物を見るような目を向ける。

 

 だが、その視線の先には声から想像するような女の姿はない。

 

 そもそも、人間――というか生物の姿すらない。

 

 

 黒ネコの姿をした悪魔メロの隣にあるのは――

 

 

――しましまのブラジャーだ。

 

 

 

『――ア? なに見てんだ? このクソ悪魔がよ。討滅すっぞ? アァン?』

 

「い、いえ……、すんませんッス……」

 

 

 人語を発する奇怪なブラジャーを見ているとメロはガチめにキレられてしまった。

 

 色々な意味で怖すぎるのでメロは即座に謝罪をした。

 

 

『初代聖女だぞこっちは。本当だったらオマエもう死んでっからな? 特別に生かされてるって立場を弁えろよ?』

 

「は、はい……、それはもう……、はいッス……」

 

 

 右のカップと左のカップの間に飾られたリボンの上で青い宝石が威嚇をするようにビカビカと光る。

 

 メロは卑屈に頭を下げた。

 

 

『オマエなんかワタシのパシリだから。ワタシの方がユウくんの役に立つんだから。チョーシにのってユウくんに色目使うなよ? ゴミクズ淫魔め』

 

「も、もちろんッス……。ジブン所詮薄汚ェ悪魔ッスから……」

 

『ふん。本当はユウくんにはワタシだけがいればいいの。ねぇ? ユウくん?』

 

「うるさい黙れ」

 

 

 男は自分に媚びてくる女ににべもない。

 

 

「無駄口を叩くなクズども。いいか? これからの予定を変えるぞ――」

 

 

 そしてまた二人へ向けて連絡事項を告げていく。

 

 

「――えっ⁉ ひっ、へんたい……!」

 

「…………」

 

 

 告げていこうとしたが、またこのランドリーに入ってこようとした先程とは別の女が、男たちの姿を見て驚き、慌てて逃げていった。

 

 

 平和な病院の昼前頃。

 

 

 院内のコインランドリーの中には、ネコさんとブラジャーに向かって真剣に語りかける男の姿があった。

 

 

 もちろん、弥堂 優輝である。

 

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