俺は普通の高校生なので、   作:雨ノ千雨

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2章05 嘘と誤認のスパゲッティ ①

 

『――まず、小娘の健康状態だけど、病気的な意味では問題ないと思うわ』

 

 

 澄んだ声で朗々と語るのは、何千年か前の異世界で伝説の金属と共に溶鉱炉にぶちこまれ、それから長らく聖剣の管理人格として過ごし、現在はこの日本でブラジャーの姿に身をやつしてしまわれた初代聖女エアリス様だ。

 

 

『ワタシにこの世界の高度な医学への理解はないけれど、医者たちの様子と見比べても大丈夫だと判断出来るわ』

 

 

 現在の愛苗の容態についての彼女の見解を弥堂とメロは聞いている。

 

 

「そうか。では、それ以外の意味では?」

 

『今の小娘はニンゲンだと見ていいと思う。同化した悪魔との切り離しは一応成功したカタチになっている。でも完全に繋がりを断つことは出来なかったわ』

 

「つまり、悪魔化が進む前の、魔法少女として戦っていた頃に戻ったということか?」

 

『おそらく。そう考えていいと思う。あとはもう実際に見ていくしかないわね』

 

「そうか」

 

 

 弥堂が端的に返事をして一旦話を切ると、二人の顔色を窺って黙っていたメロが遠慮がちに口を開いた。

 

 

「つ、つまり、マナの生命とかに心配はないってことッスか……?」

 

『今そう言っただろうがァッ!』

 

「ひっ――ご、ごめんなさいッス……」

 

 

 そう質問をすると即座にエアリスから過激なパワハラを受ける。

 

 かつて狂信的な聖女であった彼女は悪魔であるメロに殊更厳しかった。

 

 

「うるさいぞ。それより――」

 

『なぁにっ? ユウくんっ』

 

 

 弥堂が声をかけると聖女さまは露骨な猫撫で声で媚びてくる。

 

 

「――お前は? 治らねえのか? それ」

 

 

 少々うんざりとした口調で聞いて、弥堂は洗濯機の上に鎮座する“しましまブラジャー”をジッと視た。

 

 弥堂に視線を向けられると、おブラの中心の青い宝石がキャピキャピと点滅して歓喜を表した。

 

 

 あの地獄のような戦争の決着後――

 

 

 魔王に為りかけている愛苗を救うために弥堂とエアリスは、彼女の心臓とそれに巣食う“生まれ孵る卵(リバースエンブリオ)”を切り離そうとした。

 

 “生まれ孵る卵(リバースエンブリオ)”とは、自我の無い悪魔を素体として造った、とある魔王謹製の魔導具だそうだ。

 

 

 だが魔法少女を悪魔化する仕組みはそれだけではなかった。

 

 

 魔法少女に変身をするためのアイテムである“Blue Wish”。

 

 それが“生まれ孵る卵(リバースエンブリオ)”とセットのような形になっており、魔素や魔力の動きを制御するデバイスの役割を果たしていたのだ。

 

 

 術中にそれに気が付いたエアリスが“融合”の加護を使い、そのデバイスを取り込んで支配しようとした。

 

 そうしたら事故なのか失敗なのかはよくわからないし、どうしてそうなったのかの理屈も弥堂には全く理解出来ないが――

 

 

――異世界製の聖剣と、魔王製の魔法少女の変身アイテムと、ついでに日本製のブラジャーがミラクル合体してしまい、現在のエアリスさんは喋るブラジャーへと進化してしまっていた。

 

 

『結局小娘が魔法を使えば、絶対に活性化された魔素が生み出される。それは『世界』に定められた魔力運動の仕組み。そしてその魔素をペンダントが吸ってしまう』

 

「吸えば成長してまた悪魔化が始まる恐れがある、か」

 

『その通りよユウくん。だから小娘が魔法を使う都度ワタシが余剰魔素を分解して『世界』へ還せば……』

 

「水無瀬の悪魔化を阻害出来るというわけか」

 

 

 そこまでの話には納得をする。

 

 

「で? 今のお前は聖剣なのか? 魔法少女のペンダントなのか? それとも……、“生まれ孵る卵(リバースエンブリオ)”なのか?」

 

 

 気にかかっていた部分を質問する。

 

「お前はブラジャーか?」とブラジャーに尋ねるのは憚られた。

 

 エアリスはそれに淀みなく答える。

 

 

『そのどれでもあるし、総てでもある。そういう状態ね』

 

「総ての機能を果たせるという意味か?」

 

『えぇ。実際に試す必要はあるけれど、聖剣としてユウくんと一緒に戦うこと、魔法のステッキになって小娘と一緒に戦うこと、そして“生まれ孵る卵(リバースエンブリオ)”の制御――その総てが可能よ』

 

「随分とポリバレントなんだな」

 

『だけど、同時に全部は出来ないわ。小娘を魔法少女に変身させて、魔法のステッキをやりながら同時にユウくんに聖剣を渡す――こういうことは出来ない』

 

「選べるのはどちらか。まぁ、そんなもんだろ」

 

『そうね。むしろこのカタチの方が都合がよかった部分もある。小娘の心臓と同化していた“生まれ孵る卵(リバースエンブリオ)”と無理矢理融合していたら危なかったかもしれないわ』

 

「どういう意味だ?」

 

 

 それは新しい情報だった。

 

 弥堂は眼を細める。

 

 

『悪魔の受肉ってあるじゃない?』

 

「あぁ」

 

『元々魂だけの精神体のようなクソが不純物を取り込んで肉体を形成する。そういう仕組みよね?』

 

「そうらしいな」

 

『“生まれ孵る卵(リバースエンブリオ)”っていうのは一体の悪魔なのよ。それが受肉するための不純物を寄生先の心臓を対象にしている』

 

「寄生して一体化というのはそういうことなのか」

 

『そのようよ。ワタシも術後の経過を見て気が付いたわ。けど、もう一点特殊なところがあって、小娘の心臓で受肉しているのだけど悪魔の魂はそこに無いの』

 

「……なるほど。ペンダントを魂の入れ物に?」

 

『えぇ。そうやってペアリングして魔法少女の魔力運動の制御やサポートをしているみたいだわ』

 

「……そういえば以前に水無瀬がペンダントのことを『この子』と呼んでいたな」

 

『もしかしたら無意識に別の存在がいることを感じていたのかもしれないわね』

 

「……理屈だけ聞いても受け入れ難いが、先に実物が存在しているからな」

 

『これを創ったっていう魔王……。相当なモノよ。発想のイカレ具合といい、実現したモノの難易度といい、こんなのまるで……』

 

「…………」

 

 

 エアリスは最後まで言葉にはしなかった。

 

 彼女と同じモノを連想したので弥堂も口には出さない。

 

 

「……つまり、現在は水無瀬の心臓と“生まれ孵る卵(リバースエンブリオ)”はもう同一のものになっているという認識でいいか?」

 

『えぇ。だけどデバイスをワタシが支配してさえいれば悪さは出来ない』

 

「そうか」

 

『……あの時もしもワタシも心臓と同化していたらヤバかったかもしれないわ』

 

「具体的には?」

 

『聖剣の機能を失って、ワタシの自我も消えていたかもしれない……。だから必然的にデバイスの制御も出来ない』

 

「それはあいつの“魂の強度”のせいか?」

 

 

 肝を冷やしたとばかりピカピカと冷たい色で点滅するブラジャーに弥堂は尋ねた。

 

 

『えぇ。あの小娘……、バケモノよ……。悪魔の悪戯も魔導具も関係ない。あれは生まれながらの怪物。アレが初めてユウくんの前に立った時、反射的に【這い寄る悪意(ディスマリス)】しそうになったわ……!』

 

「お前そんなことが出来るのか?」

 

『お姉ちゃんだから!』

 

「意味がわからんな。わかっていると思うが、水無瀬に着用されている時に勝手な真似をするなよ」

 

『お姉ちゃんに任せて! とりあえずしばらくはワタシの存在を小娘に気付かれないようにするのよね?』

 

「そうだ」

 

 

 青い宝石がビカビカとピンク色の光を放って求愛してきたので、弥堂は鬱陶しそうに眼を逸らした。

 

 エアリスは元の澄んだ声に戻る。

 

 

『小娘の心臓の病気。多分普通の病気じゃなくて、魔力の循環の不具合のせいで起きた不調だと思うわ』

 

「どういうことだ?」

 

『あの子、魔力の生成量が尋常じゃないのよ。ストック出来る魔力量もかなりのもの。でもそれは無限に溜めておけるわけじゃないから、都合消費しなければならない。でも、この世界は……』

 

「あぁ、なるほど。そういうことか」

 

「えっ? あ、あの、どういうことッスか……⁉」

 

『ワタシとユウくんがお話してんのにいちいち質問してくんなァッ! 悪魔のくせにこんな簡単なこともわかんねえのかァ……⁉』

 

「ひっ、ひぃぃぃ……っ⁉」

 

 

 何やら不穏な雰囲気だったので思わずメロが口を挟むと、エアリスさんは即座にぶちギレた。

 

 瞬時に真っ黒な触手を一本創り出し「キシャァー」と威嚇する。

 

 顔のすぐ傍まで寄ってきた触手の牙にメロは怯えた。

 

 

「……それは誰の魔力を使って創ってるんだ?」

 

『あ、これ? これは小娘の魔力よ』

 

「お前と水無瀬はどういう状態なんだ?」

 

『魔力パスが繋がっている状態ね。元々ペンダントと小娘って、今のユウくんとこのゴミネコみたいな使い魔の契約を結んでいる状態に近かったのよ』

 

「それが今はお前と?」

 

『えぇ。心臓と“生まれ孵る卵(リバースエンブリオ)”の切断を中止して、この魔力的な繋がりを切断したの。それをワタシを中継ハブみたいにして繋げ直したのよ』

 

「……そうか」

 

『あっ! でもでも! ちゃんとユウくんとワタシの絆の繋がりも残ってるから! だからこれは浮気じゃないの! 信じて!』

 

「……絆というのは魔力パスのことか?」

 

『うん! 二人の絆!』

 

「……そうか」

 

 

 何を言っているのかわからなかったので弥堂は適当に流した。

 

 

「それよりこのネコにいちいち突っかかるな。説明を続けろ」

 

『あ、うん。小娘の病気のことね? ということで、『世界』には魔素が満ちている。生物の体内で生まれ魔力運動を経て外の『世界』に放たれたモノ。それから植物などの自然の生物から生み出された意思を持たない、或いは意思の脆弱な誰のモノでもない魔素。それらが大気に拡がり『世界』に満ちているわ』

 

「あ、ジブンそれ習ったッス。悪魔学校で」

 

「悪魔学校だと?」

 

「ん? そうッス。悪魔の――」

 

『――クラァッ! 今ワタシがユウくんに喋ってんだろうがァ!』

 

「ひぃ、す、すみませんッス……」

 

「……いいから続けろ」

 

 

 弥堂は悪魔学校に若干興味があったが、話が進まなくなるために我慢した。

 

 

『んん。だけど、その魔素は放っておけばそれでいいものでもなく、『世界』を循環させなければならない。生物が魔法を使う際に、周囲の魔素を取り込んで自分の魔素と混ぜて魔力とし、魔法を稼働させるための燃料にする。そうして魔法を使い終わった後に散らばる余剰な魔素がまた『世界』へ還る。そうすることで魔素は活性化されて世界は所謂健康な状態を保つ。でもこっちの世界では――』

 

「――魔術や魔法を使う者が居ない。もしくは極端に少ない」

 

『そうね。こっちに転移してきた時は驚いたわ。こんなに不健康な状態で世界が保たれているなんて……。でも魔術の代わりに科学というものが発展しているのね。科学技術って考え方が魔術に近いと思えるものも多いし……』

 

「逆に科学で事足りるようになったから魔術が必要とされなくなったのかもな」

 

『そうだわ。ユウくんが言うんなら絶対にそうに違いないわ。ワタシ論文にしてどっかの大学に勝手に置いてくるわね』

 

「やめろ。適当に言っただけだ」

 

 

 弥堂は自分に対して否定的でいちいち突っかかってくる奴が嫌いだったが、逆に肯定的すぎても目障りだなと感じた。

 

 

「つまり、マナは魔力だか魔素を身体の中で上手く循環できなかったから病気になっちまったってことッスか?」

 

「多分な。魔素を生むのは心臓だ。生成量が多すぎて心臓の負担が大きかったんだろう。おまけにここでは魔術を教える者がいない。生み出された魔力は碌に消費されないから溜まりっぱなしになる。だから不調になったとか、なんかそんな感じだろ」

 

「テ、テキトーッスね……」

 

『アァ⁉ テメエ、ユウくんの言うことに文句あんのか⁉』

 

「黙れ。それよりも重要なのは、これからも定期的に魔力運動をして発散させないと、あいつの身体はまた不調に陥る可能性があるということだな?」

 

『そうね』

 

 

 弥堂が確認した結論にエアリスは頷いた。

 

 しかしブラジャーには首も顎もないので、代わりに左右のカップをペコペコと凹凸させた。

 

 

「あいつの魔法とか、そういうチカラはどうなった?」

 

 

 弥堂はスルーして尋ねる。

 

 

『やっぱり実際使わせてみないとわからないわ。けど、多分変わってないと思う』

 

「変わってない、とは?」

 

『最低でもユウくんと路地裏で初めて会った時。もしかしたらあの最終決戦くらいのチカラが残っているかもしれないわね』

 

「つまり、魔法少女への変身は出来るということか」

 

『そうね。でもやってみなければ。小娘の身体に問題がなくても、こっち側に不具合があるかもしれないし……。なにせ『世界』初の試みだったから……』

 

「……最悪、それが駄目なら、俺があいつに魔術か魔法を教えて使わせることにもなるか」

 

『最後の手段ね。でもなるべくは――』

 

「――やりたくはないな」

 

 

 愛苗の容態について、それで弥堂とエアリスは一旦結論とした。

 

 二人の話があまり理解出来なかった為に大人しくしていたメロが、様子を見計らって口を開く。

 

 

「えっと……、とりあえずマナは大丈夫ってことッスか……?」

 

「あぁ。多分、だがな」

 

「そ、そっか……! よ、よかったぁ……っ」

 

 

 安心して力が抜けたようにメロは洗濯機の上でグデっとする。

 

 涙の溜まった彼女の目を弥堂はジッと視た。

 

 

「安心している場合じゃない。本当に水無瀬を無事だと断ずるのは外敵を排除してからだ」

 

「え? あっと……、さっき少年が言ってた学校のことッスか?」

 

「学園だけでないが、まぁ、当座はそうだな」

 

 

 メロの質問を受けて、弥堂は今度は自分の持って来た話を主導する。

 

 

「水無瀬の転入は一旦保留だ。今のままでは学園に戻せない」

 

「そ、それどうにかなんねえッスか⁉ マナ、本当に楽しみにしてたんッス……!」

 

「保留だと言っているだろ。そうしている間にどうにか解決の道を探る。その為にあいつの退院を延期させた」

 

「させたって……。そういうのって医者が決めるもんじゃないんッスか?」

 

「だから『させた』と言ってる。そのように計らうように話をつけてきた」

 

 

 何やら不穏な弥堂の物言いにメロはまた不安になる。

 

 

「い、いや、ホテルじゃあるまいし。それって延期しろって言ったらどうにかなるもんなんッスか? 他に入院したい人だっているだろうし……」

 

「知ったことか。だからどうにかしたんだ」

 

「オ、オマエどうやって……」

 

「それはそのうち教えてやる。今は優先すべきは希咲のことだ。あいつが居る限り水無瀬をここから出せない」

 

 

 弥堂は最も身近な外敵――脅威についての対策へ話を移す。

 

 

「水無瀬を美景台学園に戻すことをマストにした場合、希咲は殺すしかない」

 

「は?」

 

 

 だが、開始しての第一声からメロは着いていけなかった。

 

 

「なんだ?」

 

「い、いや、殺すって……、ナナミを……?」

 

 

 いきなり話を折られて不機嫌そうな顔をする弥堂に、メロは聞き違いかと尋ねた。

 

 

「当たり前だろ」

 

「な、なんで……?」

 

「なんで?」

 

 

 しかし少しも聞き違いなどではなく、弥堂の方からは逆に何故そんなことを聞かれるのかわからないといった反応が返ってくる。

 

 

「意味がわからないな。殺すだろ。普通。邪魔だったら」

 

「い、いやいやいや……っ、そんなこと簡単に言うなよッス!」

 

「そうだな。あいつ一人仕留めても終わらないからな。恐らくあいつの仲間全員を始末する必要がある」

 

「そうじゃなくって……!」

 

「そうするとあいつらの家や親族などの関係者全てともやり合う羽目になるかもしれん。そうすると俺たちがこの街に居られなくなる方が早いかもな……」

 

「そういう問題じゃないッスよ!」

 

「あぁ。だから学園への復帰は見直すことになるかもしれない。オマエもそのつもりでいろ」

 

「ああぁぁぁぁっ……! 話が通じねえッス……!」

 

 

 あまりに会話が成立しないせいで、頭がおかしくなりそうになったメロは二本の前足で頭を抱えた。

 

 

「なんでこんな簡単な話が通じないんだ」

 

『バカだからよユウくん。所詮悪魔なんてゴミカスだから。こんなの殺処分してお姉ちゃんとお話しよ?』

 

「あ、あの、二人ともちょっといいッスか……?」

 

 

 どうやらこの場でわかっていないのは自分だけのようだったので、メロは狂人たちを相手に一応下手に出ることにした。

 

 

「そもそもなんッスけど。マジで本当にそもそもなんッスけど……!」

 

「あ?」

 

「これはホントにガチで初歩の初歩で基本的なことを真剣に聞きたいんッスけど!」

 

「なんだ」

 

「この疑問を解決しないと、多分ジブンはオマエの話を何も理解出来ないと思うッス」

 

「理解など必要ない。出来なくてもやれ。やれないなら死ね」

 

「だからー! すぐに死ねとか殺すとか言うなよッス……!」

 

 

 一向に歩み寄る姿勢を見せない非情なニンゲンさんに悪魔は真摯に対話を訴えた。

 

 弥堂は露骨に面倒そうな顔をする。

 

 

「だったらさっさと言え。何が訊きたい」

 

「んじゃあ聞くッス! そもそもッスよ――」

 

 

 メロは随分前から抱えていた至極真っ当な疑問を口にする。

 

 

 

「――そもそも、なんでナナミにマナのことを内緒にするんッスか?」

 

 

 

 それをメロが口にした瞬間、その場の空気が凍った。

 

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