俺は普通の高校生なので、   作:雨ノ千雨

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2章05 嘘と誤認のスパゲッティ ⑤

 どうにか事なきを得て再びランドリー内――

 

 

「――あまり調子にのるなよ」

 

『ごめんなさいごめんなさい……っ。だって、今までずっとお喋りできなかったから……。つい反動で……』

 

 

 ヒステリーを起こして大した理由もなく一般人を襲った触手女を叱ると、彼女は謝罪を口にしながらも自分は可哀想な存在であることをアピールしてきた。

 

 しかし、血も涙もない冷血男はそんなことで同情したりなどしない。

 

 

「弁えろ。お前は所詮道具だ」

 

『うぅ……、それは嬉しいのだけど、でもね? お姉ちゃんもう染まっちゃったの……、ネット社会に。インターネットに触れてないと触手の震えが止まらないの……』

 

「それならこういうのはどうッスか?」

 

 

 聖女さまが引き籠りニートのような訴えをすると、メロが提案を持ちかけた。

 

 

「なんだ?」

 

「マナにスマホを買ってくれッス。それを寝てる時とかにお姉さんがこっそり触ればよくないッスか?」

 

『ネ、ネコさん……』

 

 

 見事な助け舟を出してくれた悪魔に聖女さまはジィーンっと感じ入る。

 

 

「つーか、こないだは買ってくれるって言ってたッスよね? 入院が長引くならやっぱヒマしちまうし、出来れば買ってくれると助かるんッスけど……」

 

 

 メロが理由を付け足していくが――

 

 

「――駄目だ」

 

 

――弥堂はそれを斬り捨てた。

 

 

「あれは中止した」

 

「なんでッスか? マナもJKなんだし退院後のこと考えても絶対に必需品じゃねえッスか」

 

「希咲のせいだ」

 

「はぁ?」

 

 

 弥堂の言い分にメロは顔を顰める。

 

 

「なんもかんもナナミのせいにすんなよッス。さすがにこれは関係ねーだろ?」

 

「勇気を出してあいつに連絡をしてみようと、気紛れにそんな行動を起こされたら困る」

 

「い、いやそれは……っ。うぅーん……? 確かになくはねえかもしんねーッスけど……」

 

「ただ、いずれはお前の言う通り必要になるだろう。しばらくは様子を見る」

 

『そ、そんな……っ⁉』

 

 

 弥堂の説明に難しい顏をしながらもメロは説得されてしまう。ショックを受けたエアリスさんはうちひしがれた。。

 

 

「というか、お前は水無瀬のスマホを弄れるのか?」

 

『どうかしらね。一応魔術的には小娘とも契約状態にあるようなものだし。やってみないとわからないけれど』

 

「ふむ」

 

『それに小娘自体がユウくんの所有物だという解釈も出来るかもしれないわ』

 

「それもそうか」

 

「そうかじゃねーわ。ビックリすること言わないで欲しいッス」

 

 

 人権の存在しない世界からやってきた二人の非人道的なやりとりにネコさんはジト目を向けた。

 

 

「とはいえ、それも一度確認くらいはしてみるべきか……」

 

『今度ユウくんの検査をする時に纏めて仕事も持ってきて。ついでに一気に片付けるわ』

 

「不便だし、面倒だが、それしかないか……」

 

『しばらくは仕方ないけれど、最終的にどういう生活のスタイルにするかは考えておかないとね。ワタシはユウくんに従います』

 

「……そうだな」

 

 

 エアリスが口にした忠誠の言葉に適当に頷きながら、内心では鼻で嘲笑った。

 

 

 そうすると、これまで二人の話にあまり着いて来られていなかったメロが能天気な声を出す。

 

 

「よくわかんねーけど、今までフツーに出来てたことが出来なくなったってことッスか?」

 

「そうだな」

 

「ふーん」

 

『何を他人事みたいな態度をとっているの? 使い魔のくせに。オマエこそユウくんのために何が出来るのよ』

 

「ジブンッスか?」

 

 

 まるで自分が貶められたかのように受け取った聖女さまは、自身の評価を上げるために他人を落とそうとメロへ水を向ける。

 

 メロはキョトンとしたあと、考え始めた。

 

 

「えっと……、さっきも言ったッスけど、ジブンはサポートタイプのネコさんッスから。それ系の魔法が割かしトクイッスかね」

 

「催眠だとか認識阻害だったか?」

 

「うむッス。でも、やっぱジブンの力はちゃちぃッスから。一度にあちこち何ヶ所にも認識阻害の結界張ったりとかはキツイッス。効果が弱くなったり維持出来なくなったりするッス」

 

「そうか。戦闘は?」

 

「うーん……」

 

 

 戦闘能力について確認を入れるとメロはさらに難色を示す。

 

 

「……例えば、路地裏で遭ったみてえなネズミのゴミクズー。あれくらいなら流石に勝てるッス。でもギロチン=リリィとかアイヴィ=ミザリィみたいなネームドはムリゲーッス」

 

「そうか」

 

「ゾンビくらいなら何体か居てもどうにかなるッスけど、レッサーデーモンになると厳しくなってくるッスね。タイマンなら勝てるッスけど数で来られるとジブン火力ないッスから」

 

「攻撃用の魔法が使えないということか?」

 

「使えなくはねえッスけど……。魔法弾少し飛ばすくらいなら。でもマナやアス様みたいな威力は期待しないでくれッス」

 

「なるほどな。他には?」

 

 

 さらに詳しく訊くと、メロは捻り出すように「うぅーん」と宙空に目を遣った。

 

 そして――

 

 

――徐にクルリンと宙がえりをしてボフンと煙を出した。

 

 

「はいっ」

 

「あ?」

 

 

 再びメスガキフォームになり、弥堂へ向けて両手を差し出してくる。

 

 

「ちょっと手ぇ出せッス」

「断る」

 

「断んなよッス! 話進まねえから早く出せよッス!」

「チッ、なんだよ」

 

 

 悪態混じりに左手を出すとメロは両手でそれを掴んだ。

 

 そして彼女は目を閉じ何かを探るように集中をする。

 

 弥堂は自分の身体の中に何か魔力的な動作を感じた。

 

 

「何をしている?」

 

「んー?」

 

 

 不審に思い尋ねてみるも返ってきたのは上の空な声だ。

 

 

「おい――」

 

「――ちょっと待っ……、あ、みつけた」

 

「あ?」

 

 

 そろそろこいつの手を握り潰してやろうかと弥堂が考えた頃――

 

 

《――聴こえるッスか?》

 

「……なんだこれは?」

 

 

 耳からではなく、頭の中に直接メロの声が届いたように感じて弥堂は眉を寄せる。

 

 

《今、アナタの心に直接語りかけていますッス……》

 

「これは魔法か?」

 

《念話ってヤツッスね。通信用の魔法ッス》

 

「へぇ。これは他の人間などにも出来るのか?」

 

《アス様みたいに誰にでもはムリッス。ジブンじゃ契約してるオマエとしか基本は繋げないッスね》

 

「そうか。距離は? どれくらいいけるんだ?」

 

《あんまり遠いとジブンの送受信の感度じゃ厳しくなるッス。外国は当然無理だし、多分隣の県とかでもアウトだと思うッス。美景市内くらいならどうにかカバーできんじゃねえかなーくらいッスかね……》

 

「まぁ、そんなもんか」

 

 

 彼女に使い魔としての性能はあまり期待していなかったが、これは便利かもしれないと少し感心する。

 

 

《あ、オマエ怖いから先に言っておくッスけど、これでオマエが考えたことが勝手にこっちに流れてきたりはしないッスから疑わねえでくれな?》

 

「あぁ」

 

《思っただけの時点では伝わらなくて、それを誰かに伝えようとすると思念ってのになるんッスけど、その思念を契約の魔術パスにのせて送るようなイメージッス》

 

「そうか」

 

《つーか、オマエもこっちで喋ってみてくれッス》

 

「あ? ちょっと待て……」

 

《コツは今言ったみたいな感じな?》

 

 

 弥堂は自身の中に潜るようにしてその回路を探る。

 

 間もなくして――

 

 

《――こうか……?》

 

《お?》

 

 

 無事に念話でのコミュニケーションに成功する。

 

 

《一発で繋ぐなんてセンスあるじゃねえッスか》

 

《異世界に念話式の電話のような魔導具があってな。それを使うのと同じ感覚でやってみたんだが、原理は似ているようだな》

 

《へぇ。じゃ、次は一回切るから、今度はオマエから繋いでみてくれッス》

 

《わかった》

 

 

 了承の返事を送ると、頭の中で何かがプツっと切断された感覚がする。

 

 メロが通信を切ったのだろう。

 

 弥堂は彼女に繋がる魔術パスを意識して思念を送ってみる。

 

 

「…………」

「…………」

 

「…………」

「……?」

 

「…………」

「……ちょっと?」

 

「聴こえないのか?」

「え? なんも?」

 

 

 どうやら上手く繋がらなかったようなので、もう一度精神を集中して行ってみる。

 

 だが――

 

 

「…………」

「んんー? ちょい待ち……」

 

 

 一向に何も聴こえてこないので、メロは「むむむっ」と唸る。

 

 

《これは聴こえるッスか?》

 

《……あぁ、聴こえる》

 

《あれぇー? おっかしいッスね……》

 

『ちょっと見せてみなさい』

 

 

 二人のやりとりを見かねたエアリスがシュルシュルと霊子の糸を伸ばす。

 

 その糸でそれぞれ二人に触れた。

 

 

《これは……》

 

《お? お姉さんもこっち入れるんッスか?》

 

《なにかわかったのか?》

 

《えっと、いえ……、その……》

 

 

 弥堂が訪ねるとエアリスは気まずげに言い淀む。

 

 その態度で弥堂は原因を察した。

 

 

「多分俺の方からは繋げないのだろう」

 

「え? なんでッスか?」

 

「繋げないものは繋げない。異世界の念話機もそうだった」

 

 

 あまりに魔術の適性が低いせいで、誰かに繋いでもらってからでないと使えなかったことを思い出した。

 

 適当にそのことをメロに説明してやると――

 

 

「――か、かわいそう……」

 

 

 酷く同情的な目を向けられた。

 

 

「殺すぞ」

「うぅっ……、こんな簡単な魔法も満足に使えないなんて……」

 

「黙れ」

「あれ……? でも、オマエあの時の戦いでは、あんなにヤベー魔法ボンボン使ってたのに……」

 

「人には得手不得手というものがある」

「だってオマエってあん時に覚醒っつーか、パワーアップしたんじゃねえんッスか?」

 

「どうだろうな」

 

 

 適当に肩を竦めつつ心中では嘲る。

 

 

(パワーアップどころかパワーダウンだな)

 

 

 誤ってそれが思念として送られぬように思考を切った。

 

 

『要するに、最初にネコの方から通信を繋がないと会話が出来ないということね』

 

 

 エアリスがそう纏める。

 

 

「使えねえな」

 

「オマエのせいだろ……ッス」

 

 

 居直る弥堂にメロは呆れた目を向けた。

 

 

「定期的に通信を寄こせ」

「め、めんどくせえ……。これ一応魔力使うからだるいッス。メッセで気軽に済ませたいッス。ジブンにもスマホを買ってくれッス」

 

「ネコごときがスマホだと?」

「今は女児ッス。防犯のためにも必要ッス。少年の方から連絡したい時とか困るだろ?」

 

「それは確かにそうだな。考えておく」

「やったーッス!」

 

 

 女児に強請られて弥堂はスマホを買い与える約束をする。

 

 メロはピョンコとジャンプして燥いだ。

 

 

『そんな……っ⁉ ネコのくせに……っ!』

 

 

 エアリスさんはいたくショックを受ける。

 

 

「お前の方もどうにかする」

 

『でも、これは冗談ではなく、なるべく早めにお願いするわ』

 

「なにか不都合があるのか?」

 

 

 弥堂が適当に言い包めようとすると、エアリスは声音を改めて深刻そうに言った。

 

 

『新たな問題というより、今まで出来ていたことが出来なくなることの方なんだけれど……』

 

「あぁ」

 

『これまでは街の防犯カメラに映ったユウくんの映像を必要に応じて消していたのよ。犯罪に関与している時は特に』

 

「なんだと」

 

「犯罪に、関与……?」

 

 

 その部分をメロが聞き咎めたが、二人は無視して続けた。

 

 

『他には以前に警察のお世話になった時の記録とかも消しておいたわ』

 

「そんなこともしていたのか」

 

『えぇ。でも、あくまでネットから入れる場所にあるデータだけだけど。紙やフロッピーディスクなどに記録して保管されている物にまでは手が出せないわ』

 

「だろうな」

 

「な、なぁ、それって結構ガチめにヤバイ犯罪なんじゃねえんッスか?」

 

『ちなみに、今ついでにこの部屋周辺のカメラに映った映像も消しておいたわ。触手がバッチリ映っちゃってたからね』

 

「自業自得だろうが」

 

 

 さりげなく自身の不始末までも手柄にしようとした浅ましいブラジャーへ弥堂はジト目を向ける。

 

 

『とにかく例の決戦後、今のカタチになってからはもう出来ていないわ。だからなにか悪いことをする時はカメラの存在に注意して欲しいの』

 

「わかった」

 

「いや、まず悪いことするのをやめてくれよッス」

 

 

 その傍らで、倫理観の欠如したニンゲンにネコさんもジト目を向けた。

 

 

『あとは戸籍もそうね』

「戸籍?」

 

『小娘のよ』

「あぁ、そういえばそれもやらなければならなかったな」

 

 

 指摘され、忘れていたタスクを弥堂は思い出す。

 

 

『皐月組でやってくれるのは偽の書類を造るところまで。役所や国のデータまで弄るのは彼らでは時間もお金もかかってしまう。だからそっちは自分でやるつもりだったのでしょう?』

 

「あぁ」

 

『ユウくんの戸籍や中学の卒業証明とかのデータを改竄したのもワタシだし、小娘の分もやるのなら……』

 

「そうだな。学園に復帰するかどうか次第だが、それが決まったら」

 

『そうね。あまり何回も弄ると不自然さが増すから、やるなら一度にやった方がいいわね』

 

「わかった」

 

 

 現状の確認と今後のことについてはそれで一段落した。

 

 

 その時、部屋内で動いていた洗濯機の一つが『ビーッ』と終了を告げる音を鳴らす。

 

 弥堂たちがここに来る前に他の客が動かしていたものだろう。

 

 そろそろこれを回収に来ることが予測できる。

 

 

 これを合図として、話をここで終わらせることにした。

 

 

「そろそろ出るぞ」

 

「いや、洗濯は?」

 

 

 しかし、弥堂が撤収準備を始めるとメロがすぐに止めてきた。

 

 

「あ?」

 

「『あ?』じゃねえッスよ。洗濯しにここに来たんだろ?」

 

「そういえばそうだったな。よしやれ」

 

「え?」

 

 

 そういえば自分たちも洗濯をしに来たのだったと当初の目的を思い出し、弥堂は使い魔に洗濯を命じる。

 

 するとメロはパチパチとまばたきをした。

 

 

「ジブン、ネコさんなんッスけど?」

「今はニンゲンだろ」

 

「女児なんだが?」

「子供でもできる」

 

「オマエは?」

「使い方がわからん」

 

「マジかよコイツ……」

 

 

 子供でも出来ると言い張ったことが出来ないらしい成人男性をメロは軽蔑した。

 

 言いたいことはあったが、この男に家事を期待しても仕方がないと、一応コインランドリーに設置された洗濯機を見てみる。

 

 

「うぅーん……、水無瀬家のと微妙に違うような……? ママさんはなんか『ピッピッ』ってやってからスタートを押してた気がするッス」

「とりあえず金を入れればいいのか?」

 

「わっかんねーッスけど……、あ、そういえばママさんは回す前になんかちっさい引き出しみたいなの開けて、そこに洗剤っぽいの入れてたと思うッス」

「洗剤? そんなものないぞ」

 

「むぅ、困ったッスね……」

「お前は? これを操作できないか?」

 

『んー、これネットに繋がってないからダメね』

「チッ、厄介だな」

 

 

 勇者、聖女、悪魔の3人PTは現代日本の電化製品を前に打つ手がなく、途方に暮れてしまう。

 

 

「……仕方ないか」

 

 

 すると、目的のためなら手段を選ばない男が何かしらの覚悟を決めた。

 

 

 スマホを取り出してカメラのレンズを洗濯機に向ける。

 

 

「写真撮るんッスか? あ、もしかして話題のAIさんに聞いてみるんッスか?」

 

「あ? わけのわからないことを言うな。そんな魔法は使えない」

 

「い、いや、魔法じゃなくって……」

 

『ネコ。クチを慎みなさい』

 

「…………」

 

 

 メロは、現代の情報に疎いニンゲンさんの勘違いを正してあげようとしたが、聖女さまに注意されてしまった。

 

 納得のいかない心持ちで口を噤んでいると弥堂が顔を向けてくる。

 

 

「おい、テレビ電話はどうやってかけるんだ?」

「え? いやジブン知んねえッスけど」

 

「ちょっと見ろ。この番号にかけたい」

「えぇ? うーん……、この電マみたいなボタンじゃねえッスか?」

 

「よし黙ってろ」

「…………」

 

 

 お礼の一言を言うことすら出来ない愚かなニンゲンを見下しつつ、メロはスススっと下がった。

 

 

 メロに言われたボタンを弥堂はタップする。

 

 すると首尾よく通話が発信され、何コールかしてから相手が出た。

 

 

『……もしもし? 相変わらず連絡が遅い……、って、え? なにこれ……?』

 

 

 スマホから聴こえてきた目的の人物の不機嫌そうな声はすぐに困惑に変わる。

 

 

「俺だ」

 

『わかってるけど……。ていうか珍しい――というより初めてね。ビデオ通話なんてしてくるの。それよりキミ、これ何を映してるの?』

 

 

 電話の相手は“CLUB Void Pleasure”のNO.1キャバ嬢である華蓮さんだ。

 

 

「これは洗濯機だ」

 

『あのね……。それは見ればわかるわよ。そうじゃなくって、なんでこんなもの映してるのか聞いているの。つーか、顔見せろよ』

 

「キミの方こそ顔を映せ。お前は本当に華蓮さんなのか?」

 

『イヤよ。寝起きのすっぴんとか写せるか。つーか、この時間アタシが寝てるの知ってんだろテメエ……』

 

 

 現在時刻は昼前。

 

 夜職の彼女は睡眠に充てている時間だ。

 

 そこを起こされて意味のわからない映像を見せられた華蓮さんは頗る機嫌が悪かった。

 

 

「華蓮さん。口調」

 

『あらヤダ』

 

 

 言葉遣いを窘めると彼女は体裁を取り繕う。

 

 これは口ほどには怒っていないなと、彼女が寝ていることも今日が休日であることもわかった上で電話をかけた男は判断した。

 

 

『それで? 何の用かしら? こんなわけのわからないことをしてくるってことは、無視してた私の連絡への返事ではないんでしょ?』

 

「……ちょっとこれの使い方を教えてくれ」

 

『は?』

 

 

 大分見透かされていたが、弥堂はゴリ押しをしてみた。

 

 すると案の定彼女の声の不機嫌さが増す。

 

 

『キミね。人に心配させておいて、やっと連絡を寄こしたと思ったら洗濯機の使い方を教えてくれですって? ふざけてるの?』

 

「真面目に聞いている。困っているんだ」

 

『……そうよね。真面目なのよね。キミってそういう子よね。つか、なんでいまだに洗濯機の使い方もわかんないのよ。前に教えたでしょ?』

 

「キミの家にあった物と違う機械のようなんだ」

 

『洗濯機なんてどれも同じようなものでしょ……、って、ん? もしかしてこれコインランドリー?』

 

「そうだ。早くしろ」

 

『このクソガキ……ッ!』

 

 

 ギリっと歯軋りの声がスピーカーから伝わってくる。

 

 しかし、彼女はなんだかんだダメ男に甘いタイプのキャバ嬢なので、画面を見て説明の仕方を考えてくれる。

 

 

『こんなのお金入れてスタート押すだけじゃないの? ちょっと説明書きみたいなの映してくれない?』

「こうか?」

 

『んー……、洗剤も勝手に出てくるタイプみたいね。キミ、どうせ洗剤なんてわからないから用意してないでしょ?』

「あぁ」

 

『「あぁ」じぇねえんだわ。ま、いいわ。お金入れてスタートするだけでいいわよ』

「そうか。感謝する」

 

『あっ――ちょっと待ちなさい! キミなにを洗う気? モノによっては一緒に洗えないのもあるから……』

「普通の服だ」

 

『キミの普通は信用できないから、ちょっとカメラで洗濯物を写しなさい』

「…………」

 

 

 女の力を借りないと一人で洗濯も出来ない男は言われたとおりに従う。

 

 洗濯ものの入った紙袋の中へレンズを向けた。

 

 

『……あ、よかった。ホントに普通の服だ』

「そう言っただろ」

 

『キミが突然洗濯するなんて言い出すから、てっきり人を殺っちゃって返り血でも浴びたのかと思ったのよ』

「そんなわけがないだろ。仮にそうなったら燃やすか捨てるかする」

 

『違う方を否定しろよ……、って、うん?』

 

 

 華蓮さんの呆れ声がすぐに怪訝そうなものに変わった。

 

 

『……おい』

「なんだ」

 

『テメエこれ女の服だろ』

「気のせいだ」

 

『おもいっきしブラ映ってんじゃねえか……ッ!』

 

 

 電話越しに鋭い怒気が伝わってくる。

 

 面倒なことになったと弥堂はスマホに拾われぬように舌打ちをした。

 

 

『え? ウソでしょ? ホントに言ってる? これはビックリだわ……』

 

「……事情がある」

 

『あのさ、キミさ? こないだ――先週か。私が洗濯してあげるからウチに持ってこいって約束したのにバックレたわよね? それなのに他の女の服を洗うために私に聞いてくるの? これってどんなあてつけ? いくらなんでもありえなくない?』

 

「落ち着いてくれ華蓮さん。キミの考え過ぎだ」

 

 

 弥堂は一応彼女を宥めようとするが、彼と同棲経験もある女性には通じない。

 

 

『今度店に来なさい』

「…………」

 

『おい』

「……わかった」

 

『オープンラストな?』

「…………」

 

『返事』

「……わかった」

 

 

 開店から閉店までの時間を、彼女を指名して店で過ごす約束をさせられる。

 

 またバックレればいいだけのことだと、弥堂は渋々受け入れた。

 

 すると、華蓮さんの声が若干和らぐ。

 

 

『あ、そうだ。下着はネットに入れた方がいいんだけど……』

「ネット? これはインターネットには繋がっていないそうだぞ?」

 

『は? 何言ってんの? インターネットの話なんてしてないでしょ……、っていうかキミが用意してるわけないか』

「何の話だ」

 

『一緒に住んでる時に見たことあったでしょ? 洗濯物干すのお願いしてたじゃない』

「ん? あぁ……、あれか。おブラやおパンツの入っていた袋か」

 

『そうだけど、キモイからそれやめろって言ったでしょうが』

「リスペクトの結果だ。許せ。しかし、それなら調達できるかもしれん。少し待て」

 

『は?』

 

 

 弥堂は断りを入れ、先程終了の合図を鳴らしていた他の洗濯機へ近づいていく。

 

 そして既に動作を終えていたそれの扉を無遠慮に開き中を物色した。

 

 

「……あった。これか」

 

 

 他人の洗濯物から目的の物を見つけ、チャックを開けて中に入っていた女性用下着を乱雑に床に放り捨てる。

 

 

「おいぃぃぃっ! オマエなにやってんだぁ⁉」

 

「うるせえ。いいから拾って元の洗濯機に放り込んどけ」

 

 

 およそ日本人とは思えないこの蛮行を流石に見咎めたメロが頭を抱えると、弥堂はその彼女に後片付けを命じてネットを片手に元の場所へ戻った。

 

 

『ちょっと? キミなにしたの? 今子供の声しなかった?』

 

「幻聴だ。それよりネットを調達した。おブラとおパンツはこれに突っ込んでから洗濯機に放り込めばいいんだな?」

 

『調達ってまさか……。はぁ、もういいわそれで。知らないからね』

 

 

 ある程度弥堂と付き合いの長い彼女は何かを察したのか、諦め声でスルーした。

 

 

「扉を閉めてから金を入れてスタートだな?」

 

『そうね。余計なボタン押しちゃダメよ』

 

「そうか。ご苦労」

 

 

 そんな彼女に対して、人の情を持たないクズは碌に礼も言わないまま、自分の用は済んだので勝手に通話を切断する。

 

 すぐに鬼のような折り返しの電話がかかってくるが、スルスルと霊子の糸がスマホに伸びてきて、華蓮さんの番号を着拒した。

 

 

 喧しい着信音が消えて部屋の中がシンとする。

 

 メロは弥堂へジト目を向けた。

 

 

「オマエ、今の女誰ッスか?」

「キャバ嬢だ」

 

「ウソつけよ。キャバ嬢が洗濯の仕方なんか教えてくんないだろ」

「華蓮さんは教えてくれるタイプのキャバ嬢なんだ」

 

「コ、コイツの生活怪しすぎるッス……!」

「考え過ぎだ」

 

「つーか、今のお姉さんめちゃくちゃ怒ってたけど、こんなことしていいんッスか?」

「ん? あぁ。彼女はよく怒るし、怒るポーズをするが、どうせ許してくれるから大丈夫だ」

 

「も、もうやだ……っ、この人クズすぎッス……!」

 

 

 自分はこんな男の使い魔なのかとメロは恥ずかしい気持ちでいっぱいになった。

 

 顔を覆ってメソメソと泣き始める。

 

 

「なに泣いてんだ。バカじゃねえのか」

 

「だって……! 念話みたいな簡単な魔法もできない……! 洗濯も自分でできない……! おまけにスマホ代も自分で払えない……! こんな人がジブンのごシュジンだなんて……! あんまりッス……! ジブンまでなさけないッス!」

 

「おい、スマホ代は払ってるぞ。金ならある。彼女が勝手に払いたがったから払わせてやっていただけだ」

 

「クズっス……! コイツどうしようもねえクズッス……! 人として終わってるッス……!」

 

「…………」

 

 

 それは少々誤解もあると弥堂にも言い分はあったが、それを正したところで誤差にしかならないかと弁明を諦める。

 

 シクシクと泣く女児が泣き止むまでしばらく宇宙について考えていることにした。

 

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