「それで――結局お前らは何をしていた? 喧嘩か? 答えろ弥堂」
「はっ」
数分が過ぎ、気絶した生徒たちを雑に介抱して意識を取り戻させた後に、大事をとって救急車を呼ぶわけでも自宅へ帰らせるでもなく、教師は生徒全員を横一列に並ばせた。
完全下校時間を過ぎているにも関わらず校内で騒ぎを起こしていた不届きな生徒達に腕組みをしながら正対し、権藤教師は容赦のない軍人のような眼つきで睥睨をしている。
「風紀委員である自分が当委員会の通常業務である放課後の見廻りに従事していたところ、この者たちが集団で希咲生徒を襲撃している現場に遭遇したため介入しました」
報告を命じられた弥堂は軍人のように意気よく返事をしてからハキハキと大きな声で報告を始める。
「……続けろ」
「はっ。主な罪状は『不要な居残り』『無許可での集会の開催』『一般生徒への脅迫及び暴行』『騒乱罪』となります。こちらの指導に従わず抵抗をしたため、風紀委員の責務に従い粛清を執行しました。その中で学園側に対する異論や不服の思想がみてとれる発言を確認しており反乱分子であると認定をしました」
スラスラと言葉を並べ立てる弥堂の報告内容に、『
「まず、お前に言いたいことは2つだ。ひとつは、『希咲生徒』とはなんだ。クラスメイトをそのように呼ぶな。もうひとつは、これはお前に何度か言った覚えがあるが…………いいか、もう一度言うぞ弥堂。風紀委員とは、そういう、ものでは、ない。繰り返せ」
「はっ。風紀委員とはそういうものではありません」
権藤は淀みなく復唱する弥堂へと近づき、裏切者かどうかを見定める尋問官のような目で彼の顔を覗いた。
至近で顔を覗き込まれても、弥堂は彼とは目を合わさずに真っ直ぐ前を向いたままで、その表情は一切崩さず身動ぎ一つもしない。
「…………いいだろう」
疚しい事など何一つもないと謂わんばかりの堂々とした彼の態度に、権藤は不服そうにとりあえずの納得をした。
聴き取りを進めるために元の位置に戻ると、他の者にも事実を確認しようとする。
「希咲。今こいつが言ったことは――む……?」
現状、加害者なのか被害者なのか定かではない女子生徒へと水を向けようとしたが、彼女の様子が気に掛かった。
他の生徒たちと同じように一列に並んだ希咲は、しかし身を正している他の者とは違って、片手でスカートの裾をぎゅっと握り、もう片方の手で胸を隠すようにしながら、もじもじ……そわそわ……と何やら不安そうにも見える様子だ。
教師である権藤から見て希咲 七海という生徒は、その容姿から派手に映り誤解も受けやすいが、この学園に多数存在する他の頭のおかしいガキどもと比べれば、至って真面目な部類の生徒であるという認識だ。
普段は堂々としていて、はっきりとした態度をとることの多い彼女が、公の場でこのような落ち着きのない様子を見せるのは、何かしらの問題を抱えているのではと判断する。
「希咲どうした?」
「――へ?」
「具合でも悪いのか?」
「えっ? いや…………その、なんでも、ない……です……」
どう見てもそうは思えないが、彼女からは否定の言葉が返ってくる。
胸に置いた手でカーディガンの左右を寄せるようにしてギュッと掴むその立ち姿には違和感しか覚えない。
権藤はさらに踏み込もうとして、しかし寸前で踏みとどまった。
もう10年を超えるベテランの域に差し掛かってきた教員としての経験が、これはセンシティブな問題である可能性が高いと警鐘を鳴らしたからだ。
昨今のご時世、特に女生徒へ対する言葉は慎重に選ばなければならない。こちらとしては気遣ったつもりでも、相手がそう受け取らなければ何がセクハラになるかわからないのだ。
権藤はそんな地雷原を日常的に歩んでいる自分をプロフェッショナルな教師であると自負している。
チラっとここに居る希咲以外の面子を見る。
教師としてはっきりと口に出してそう表現することは憚れるが、先述したとおりこの学園の生徒には頭のおかしなガキが多い。
しかし奴らはその分、顔面に拳を叩き込んだとしても小一時間もすれば何事もなかったかのようにケロっと忘れているのだ。
それに苛立つことも多いのだが、ある意味ではやりやすいと言い換えることもできる。
視線をもじもじとしている希咲へと戻す。
だからといって、この希咲のような一般的な生徒にも奴らと同じようにフィジカルで対応するわけにはいかない。
しかし――
(一般的な女生徒が男5人を蹴り倒すか――?)
先程目撃した――希咲が宙でひとつ歩を進める度に男が一人ずつ倒れていく――あの衝撃的な無双アクションを脳内に浮かべ逡巡する。
(それでも、ここはリスクをかけるシーンではない――か)
権藤は迷いを払うように
自身のキャリアに傷をつける可能性のある危険なものには触れない近づかない。最も大事なのは毎月の給与という名の定期収入だ。
権藤はプロフェッショナルな教師であると同時に、プロフェッショナルなサラリーマンだ。
それが大人というものである。
「そうか。もしも調子が悪くなったら遠慮なく言うんだぞ? では――おい弥堂。粛清だのとぬかしたが、俺の目にはお前も含めてまとめて希咲にシメられていたように見えたが、どういうことだ? 説明してみろ」
そしてこの場で一番何を言っても大丈夫そうな生徒を問い詰めた。
権藤から見てこの弥堂 優輝という生徒は、頭のおかしいガキどもの中でもトップクラスに厄介な人物で、たとえどんな教師がどんなに熱心に指導したとしても間違いなくロクな大人にはならないと強く確信できる、そんな生徒である――そういう認識だ。
だが、だからこそ、普通の相手には言い辛い強い言葉や聞き辛いことでも言いやすい、そんな利点もある。
昨今それはパワハラであると認定をされかねないが、何を言っても大丈夫な相手というのは非常に便利で、そういう相手を日頃から見繕っておくのは社会を生き抜いていく上できわめて重要なスキルであると権藤は考えている。
それがプロフェッショナルということだ。
権藤の詰問に対し、隣に立つ希咲が「あぅ……」とばつが悪そうに小さく呻いたのに比して、問われた本人である弥堂は予想どおり眉一つ動かさない。
「はっ。その件に関しましては――そうですね、不幸な行き違いから発生した事故であると考えます」
「えっ?」
「事故――だと……?」
自身の認識とはまるで異なる弥堂の報告に権藤は目に不審を宿す。初耳だとばかりに思わず驚きの声をあげた希咲の態度を鑑みてもまるっきり疑わしい。
「はい。この女は実は自分が個人的に雇っている協力者――パートナーのようなものです。故に彼女が風紀委員権限を行使して不良生徒を粛清することには何も問題がないし、状況としては正当防衛も成立していたと証明することも可能です」
複数人に懐疑的な視線で見られる中、弥堂は教師に対してペラペラと虚言を並べ立てる。
(もしかして…………あたしのこと、庇ってくれてる……?)
まさかそんなことをしてくれるとは露ほども思っていなかった相手からの擁護に驚き、対面する権藤に悟られぬよう前髪で目線を隠しながらチロッと横目で弥堂を見上げた。
相変わらず何を考えているのかわからない無表情で淀みなく嘘の言葉を連ねる、今日まであまり深く関わったことのないクラスメイトの男の子の顏を見て、どうしたらいいかわからない、そんな気持ちになる。
何故なら、彼が言っていることは完全に混じりっけなしの嘘だからだ。真実な部分は下手したらひとつもない。
正当防衛うんぬんの所だけは議論の余地があるかもしれない。
希咲としても存分に言い分はあるものの、それでもやはり先生に嘘をつくのはよくないという一般的な倫理観から、取り返しがつかなくなる前に口を挟んで本当のことを言うべきか逡巡し、お口をもにょもにょさせた。
希咲がそう迷っている間にも弥堂の答弁は続いている。
「ですが、彼女はまだ職務に就いてから日が浅く、実戦経験にも乏しい。慣れない現場での極度の緊張の為、誤って味方である俺を攻撃してしまった。それが今回の事故のあらましであり、まぁ、よくあることです」
「……いち生徒である風紀委員が個人的に協力者を雇う……だと……? 聞いたことのない話だな」
「現在当委員会主導により学園内の警察機能・司法機能・行政機能を一極化し、立法の長たる生徒会長閣下による直接統治をより円滑にすべく日々構造を改革中です。そのため細かい規定の変更についての方々への報告が遅れることはありますが、所詮は大事の前の小事。あなたがた教師にも理解と協力を願います」
案の定、ちょっと目を離しただけで奴は早速不穏なことを言い出した。希咲は「あわわわわっ」と権藤の顔色を窺う。
「…………随分と素晴らしい思想を持っているようだな……面白い冗談だ」
「はっ。恐縮です」
「ちょ、ちょっと……! 褒められてねーってば! やめときなさいよ……!」
幸いにも本気だとは受け取られなかったようだが、まともに空気を読める者には挑発としか思えない弥堂の態度に、慌てて希咲は小声で止めに入った。
「とりあえず今回は聞かなかったことにしてやるが……いいか? 絶対に余所でそんなこと口にするんじゃないぞ。我が校の教育が疑われる」
「ご忠告痛み入ります――が、余計なお世話です。機密の保持には充分な注意を払っています。ご安心を」
「バっ、バカ! 先生にそんな口きくんじゃないわよ!」
「馬鹿はお前だ馬鹿。場を弁えろ。報告の場で発言の許可もなく勝手に喋るな」
「あ、ん、た、が、わ、き、ま、え、ろっ!」
教師が相手でも相変わらずな調子の弥堂の無礼に、段々とヒートアップし希咲の声量も上がっていくが、権藤がコホンと場を正すように咳ばらいをしたことによって、慌ててお口にチャックをし弥堂の横に並びなおした。
「そういうわけで、仮にこちらに落ち度があったとしたら、それはこの女の経験不足と訓練不足です。後で俺の方でしっかりと言い聞かせましょう。また、後日に研修を開いて徹底的に指導を行い、よりいっそう意識を高め、このような失態を二度と起こさぬよう全力で努めていきますので、この場では不問にして頂きたい」
「こっ、このやろう…………なにを偉そうに……」
教師である権藤に対して段々と上から目線になっていきながら、全く改善される見込みのない展望を語る弥堂の態度に、希咲は苛立ち拳を震わせた。
権藤は無礼な弥堂の言葉をひとつ息を吐いてスルーをした。
「言いたいことは満載だが、とりあえずだ。クラスメイトの女子を『この女』などと呼ぶな。わかったか?」
「はっ。善処します」
「まるで政治家のような小賢しい言い回しだな」
「はっ。恐縮です」
「あっ、あんたマジでやめなさいって……!」
「……これも前に言った覚えがあるが…………その軍人が上官に対するような口調をやめろ。外聞が悪い」
「はっ。善処します」
「ばかっ……ばかっ……! なんで先生まで煽るのよ……っ!」
そろそろフィジカル的な対応をも視野に入れ始めた権藤は、隣の希咲に制服を掴まれガクガクと揺さぶられる弥堂を目を細めて見遣った。
「いいか弥堂。俺はお前の言うことなど何一つ信用していない。これから同じ質問を他の者にもして確認をとるが、構わないな?」
「もちろん構いません。しかしその必要はない。そう進言します」
「……どういう意味だ?」
尚も挑発的な言動をする弥堂に対して、一際鋭くなった権藤の眼光に、弥堂以外の生徒たちは冷や汗が止まらない。
「そいつらは、最近放課後に孤立した生徒を狙い迷惑行為を働いている『
「『
弥堂へと復唱しながらギロッと視線を法廷院たちに向ける。彼らはビクっと肩を震わせた。
「はい。校則違反を働いた生徒は下級生徒となります。下級生徒には弁護士を雇う権利が与えられておりませんので、仮に俺の報告内容に瑕疵があったとしても、法廷ではこちらが報告書に書いた内容が真実であると認められます。なので、あなたが聴取をする必要はないと言ったのです」
「…………その下級生徒とはなんだ……?」
「はっ。現在こちらで進めている改革の一つです。素行の悪い生徒の多い当学園において、犯罪者予備軍どもと善良な生徒たちを同じに扱うのは不平等であるという考えのもと、『上級』『一般』『下級』と3段階の身分制度を導入する予定です」
「身分、制度……だと……? 正気か?」
「もちろん。まだ正式に許可はおりていませんが、それは時間と順番の問題に過ぎません。いい機会なのでテストケースとしてこいつらを初の下級生徒として扱います」
極めて過激かつ不謹慎で、世界中の何処に出しても完全にアウトな発言を教師へと向ける弥堂の蛮行に、希咲は両頬を抑えながら「ひゃあぁぁぁぁっ」と声にならない悲鳴をあげた。
「そんなことが許されると思っているのか?」
「許す・許さない。その権限は貴方にはない。勿論俺にも。ただ学園の意志により総てが在るべき形になっていく。それだけのことです。だが、真に学園に貢献をした者が正しく報われる、そんな公平な学園になることは間違いない」
「……貢献とはなんのことだ……?」
「そうですね……あくまで。これはあくまでも例えとしてあげるだけで、様々あるものの中のほんの一部ですが…………例えば、寄付金の額――などでしょうか」
「面白い冗談だ。いいか? 冗談だとこの場で言え。今ならそれで済ませてやる」
腕組みを解いて最後通牒の様に宣告してくる権藤に、一切顔色の変わらない弥堂が尚も口を開こうとするのを、希咲が物理的に止めに入ろうとしたその直前――
「――ちょっと待ってくれよぉ」
これまで大人しく黙っていた法廷院が口を挟んだ。
先程までの怯えようとは打って変わって、彼はその瞳に挑戦的な色を灯し、ニヤリと唇を歪めた。
「おいおいおい、勘弁してくれよぉ、せんせぇ。冗談で済まそうだなんてそれこそ悪い冗談だぜぇ。だってそうだろぉ? 既に現実で可視化されている『差別』を法制度によって合法化しようだなんて、そんなこと冗談でも口にすべきじゃあないぜぇ」
「……法廷院」
「おっとぉ。ボクのことは苗字で呼ばないでおくれよぉ。これは前にも言ったことがあったはずだぜぇ、権藤せんせぇ? なんにせよ、誰に権限がなくともこのボクが許さないぜ。その権限を誰もが持てるようにするのがボクたちの
「法廷院。俺はまだお前に喋っていいとは言っていない。もう少し黙っていろ」
「なんてこった! 教師の立場を利用して生徒の発言を封じるのかい? こいつはきっぱりと『言論統制』だぜぇ。だってそうだろぉ? 『言論の自由』と『発言の機会』は全ての国民に『平等』に与えられた『権利』なはずだからねぇ」
「そうか。だったら自由に選べ。自発的に黙るか、俺に顔面を掴まれて黙らされるか、だ。ちなみに俺はリンゴを素手で握り潰すことができる」
どこかで聞いたような論調の権藤先生の説得に対し、法廷院は自らの自由な意思のもと、お口にチャックをして大人しくすることを選択した。
権藤から見て
前に一度、気の弱い同僚教師などは、上記の状況で授業中に噛みつかれ好き放題に騒がれた挙句、反論の機会を与えられないままに『論破した』などと言い周られ、悔しさと不甲斐なさからくる自責の念で休み時間に職員室で泣いていた。とても痛ましく同情をした。
この手のガキにはとにかく喋らせないことが重要だ。どうせ話などまともに聞きはしないのだ。
幸いにも彼の保護者からは、多少無茶をしても構わないから厳しくいって欲しいと許可は得ている。
ならば、とっとと脅して従わせるのがスマートな大人のやり方といえよう。
首尾よく法廷院を黙らせた権藤は弥堂へと向き直る。聞き捨てならないことはまだいくつもあるのだ。