俺は普通の高校生なので、   作:雨ノ千雨

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2章09 絡まる糸の結び目 ①

 紅月家所有の無人島――

 

 

 

「――はい。はい。……わかりました。七海ちゃんもどうかお気をつけて」

 

 

 島のほぼ中央に位置する洋館。

 

 その館内の自室にて、紅月 望莱(あかつき みらい)は耳にあてていたスマホを下ろして通話を切る。

 

 

 通話相手は希咲 七海(きさき ななみ)だった。

 

 

 彼女は本日弥堂とのコンタクトを決行するようで、その報告連絡を望莱は受けていた。

 

 

「さて、これも誰かの意図なのでしょうか――」

 

 

 誰も居ない部屋でポツリと呟き、そのまま思考に潜ろうとしたところで部屋のドアがノックされる。

 

 

 すごく面倒そうに叩かれた、そんな雑な音が伝わる。

 

 それだけで誰が訪問してきたのかが望莱にはわかったが、彼女は返事をしないまま無言でスススっとドアに二の腕を付ける。

 

 そしてガチャリと鍵をかけた。

 

 

「おいッ! なんでカギ閉めんだよ!」

 

「む。ガラの悪い声。どなたですか?」

 

「それは前にもやっただろうが……ッ!」

 

 

 既視感のある展開に持ち込むと、訪問者の苛立ちがドア越しに伝わってきた。

 

 ドアの向こうにいるのは蛭子 蛮(ひるこ ばん)だ。

 

 

「あなたが本当に蛮くんなら、小6の時に好きだった女子の名前を言ってください」

 

「オレまだ名乗ってねンだがよォ……」

 

「不正解や未回答の場合、わたしと蛮くんのパンツのツーショットを撮ってその子にメッセで送ります」

 

「ふざけんなテメエ! 開けろッ!」

 

 

 いつもならここで助けてくれる七海ちゃんが居ないので、蛭子くんは必死にドアノブをガチャガチャした。

 

 

「開けてもいいですけどぉ、わたし今全裸ですよ?」

 

「ウソつくなやボケッ!」

 

「ふふ、試してみますか? ドアを開けた瞬間蛮くんに寄り添ってツーショットを自撮りしますけど?」

 

「オ、オマエ……ッ⁉ それでオレを強請る気か……ッ⁉」

 

「ふふふ……」

 

 

 みらいさんは明確な回答はせずに不敵に笑った。

 

 自らの素肌を盾に思春期の男子を脅す。

 

 

「な、なんで服着てねェんだよ……ッ」

 

 

 効果は覿面で、みらいさんのハッタリに騙された蛭子くんの腰が引けた。

 

 

「着替えの途中だったんですよ。起きたばっかでしたので」

 

「なんだって下着まで脱ぐんだよ!」

 

「んま。蛮くんったら。わたしの着替え事情がそんなに気になるんですか?」

 

「んなワケねェだろッ!」

 

「女の子は起きたらパンツを替えることもあるんですよ。寝てる間に大変なことになってしまうことがあるので。どう大変かっていうと――」

 

「――ま、まて……ッ! 言うなッ! オレが悪かったッ! それ以上言うんじゃねェ……ッ!」

 

「えー? 聞きたいんじゃなかったんですかー?」

 

「幼馴染のそういうのは聞きたくねェって言ってんだろうが……ッ!」

 

「でもでも、男の子も朝起きたら大変になっちゃってることがあるそうじゃないですか? わたしとっても興味あります。蛮くんが起きたらカピカピで大変になっちゃったのって最近だといつですか?」

 

「最悪だな! オマエッ!」

 

 

 朝っぱらから酷いセクハラを受けたヤンキー男子は憤慨する。

 

 

「な、なぁ……? オマエよ、マジで連絡とってるのか……?」

 

 

 しかし、みらいさんには実際にどれだけ弱みを握られているのかが不明なので、あまり強くは出られなかった。

 

 

「――ちょっとバンッ! よろしくて?」

 

 

 すると背後から聞き慣れた耳障りな声がする。

 

 蛭子は渋々振り返った。

 

 

「よろしくねェよ。なんだよ」

 

「いつになったら朝食が出てきますの? このわたくしをこれ以上待たせないで下さいまし!」

 

「アァ……? チッ、もうそんな時間かよ」

 

 

 スマホで時間を確認しながら蛭子はうんざりとした顔をする。

 

 

「もうちょい待ってろ。みらいに話があンだよ」

 

「だったら早くなさいまし」

 

「コイツが部屋開けねェんだよ」

 

「なんですって?」

 

 

 マリア=リィーゼ様はキッと部屋の扉を睨みつける。

 

 

「ちょっとミライっ!」

 

「む。お耳に優しくない声。どなたですか?」

 

「無礼者ォーッ!」

 

 

 蛭子くんにしたのと同じ対応をとると、王女さまは即座にぶちギレた。

 

 

「エルブライト公国第一王女たるこのわたくしに向かって、『誰か?』ですって……⁉ わたくしこのような侮辱を受けたのは生まれて初めてですわ……っ!」

 

「リィゼちゃんが本当にマリア=リィーゼ・フランシーネ・ル・ヴェルト・ラ・エルブライトだというのなら合言葉を言ってください」

 

「だからまだ名乗ってねェのにわかってんじゃねェか。つか、お前よくそのフルネームをスラスラ言えんな? オレいまだに覚えてねェぞ」

 

「合言葉ですって? ミライ……、誰に口をきいているつもりですの? 王族の顏を目にしたら無条件に道をお開けなさい! わたくしをマリア=リィーゼ・フランシーネ・ル・ヴェルト・ラ・エルブライトだと知っての狼藉ですか⁉ このわたくしの名前を言ってごらんなさいッ!」

 

「今テメエで言っただろうが」

 

 

 ドア越しにキャンキャンと吠え合う女どもに蛭子は呆れた目を向けた。

 

 

「よぉ、みらい。監査のオッサンの容態はどうなんだよ?」

 

 

 そして、このままでは埒が明かないのでさっさと自分の用件だけでも済ませることにした。

 

 

「む。監査のオッサン? 知らないオッサンですね。どなたですか?」

 

「いい加減にしろよ! オマエのせいで大怪我したオッサンのことだよ……ッ!」

 

 

 現在この島には京都の陰陽府から派遣された監査員が訪れている。

 

 この島を鎮めにきた紅月 聖人の仕事に粗がないかを見極めることが目的だ。

 

 

「わたしのせいじゃありません」

 

「オマエ以外の誰のせいなんだよ?」

 

「あれはペトロビッチくんのせいです」

 

「だからオマエのせいだっつってんだよッ!」

 

 

 その監査員さんなのだが、島に訪れるなり森の中で不運にもヒグマに襲われてしまったのだ。

 

 何回も調査をしてこの島には獣の類は居ないということになっている。

 

 その調査結果を信じていた監査の責任者さんは、突然目の前に現れたアラスカ生まれのクマさんに咄嗟に対応することが出来なかった。

 

 そして監査員さん数名が怪我を負い、責任者のオジサンは頭からパックリいかれて重傷を負ってしまったのだ。

 

 

 ちなみに下手人はみらいさんのペットであるコディアックヒグマのペトロビッチくん(3)だ。

 

 この島に来る前に既にニンゲンさんを少なくとも三人は殺ってしまっているロシア帰りのアウトローである。

 

 

「まぁまぁ、クマさんのやったことですし」

 

「……本当だろうな? オマエが嗾けたんじゃねェだろうな……?」

 

「いいえ。そんなわけないじゃないですか。第一ペトロビッチくんは、あんまりわたしの言うこと聞いてくれませんし」

 

「まぁ、そうか……。あのクマ、オレらのことナメきってて七海の言うことしか聞かねェもんな……」

 

 

 疑り深いヤンキーを秒で論破し、望莱は声音を少し真面目なものにする。

 

 

「既に説明しましたが、常識の範囲内で陰陽術の治癒を使っているので、完治までと言うともう少しかかりますよ?」

 

「それはわかってっけど、アイツらがダウンしてるせいで監査が進まねェんだよ……ッ! タダでさえ龍脈が暴走した後だ。どこにどんな不具合が起きてるかわかんねェ。あんなヤツらの手でも借りてェんだよ」

 

「んー。やろうと思えば1秒で全快に出来ますけど、どうします?」

 

「それは……、さすがに……」

 

「まぁ、ビックリされてしまいますね」

 

「クソ、下手に疑われるわけにもいかねェしな……」

 

「仕方ないですね。重傷の“おじおじ”には少しだけ術の効果を上げておきます。バレない程度に」

 

「あぁ、頼む。監査が終わんねェとオレらいつまで経っても美景に帰れねェからな」

 

 

 少し真面目に話せば1分程度で話がついてしまい、蛭子は何とも言えない気持ちになった。

 

 すると、空気の読めないことに定評のある王女さまにも会話の切れ目が感じ取れたようだ。

 

 

「よろしくて? バン」

 

 

 ツンと高飛車に召使のように蛭子を呼びつける。

 

 

「よろしくねェけど、なんだよ」

 

「そろそろ朝食をお出しなさい」

 

「チッ、わかったよ。つーか……、あれ? 今朝は聖人がやってんじゃあねェのか?」

 

「やってましたわよ。というか今もやっているはずです」

 

「は?」

 

 

 マリア=リィーゼ様の不可解な供述に蛭子は眉間を歪めた。

 

 

「だったら聖人に言えよ」

 

「わたくし言いました」

 

「誰に? 何を?」

 

「マサトに。お腹が空いたので早くしてくださいましって」

 

「じゃあ、もうそれでいいだろが。なんでわざわざオレんとこにも文句言いに来んだよ」

 

「無礼者ォーッ!」

 

 

 至極真っ当なことを言ったつもりだったが、どうやらこれも無礼にあたるようだった。

 

 

「ンだよ、うっせェなァ……ッ」

 

「王族のすることに文句をつけるのではありません! おのれバン……! 身の程を弁えなさい! わたくしこのような――」

 

「――あーうっせうっせ。いいから理由を言えよ」

 

「マドカにバンに文句を言うように言われましたの!」

 

「はァ?」

 

 

 相変わらず彼女からはまともに何かを聞き出すことが出来ない。

 

 激しく苛立ちながらも蛭子は辛抱強く事情を聴取する。

 

 

「なんで真刀錵がそんなことを?」

 

「わかりませんわ! わたくしが涙ながらにマサトに空腹を訴えたら、邪魔だからバンのところに言っていろと!」

 

「それは『行っていろ』じゃねェのか? それにしたって意味わかんねェけどよ」

 

「なんか包丁持ってて、似合いすぎるからわたくし恐かったんですの! なんとかなさいな!」

 

「なんとかって……。それは『メシ』をか? それとも『真刀錵を』か?」

 

「全ておやりなさいっ! アナタには王女であるこのわたくしに尽くす義務があります!」

 

「ねェよ、ンなモン。あのなぁ? 姫さんよォ……」

 

 

 世間知らずで我儘な王女さまにガチ説教をしようとしたところで蛭子くんはハッとする。

 

 

(コ、コイツ……ッ⁉)

 

 

 とあるセンシティブなことに気付いてしまい、恐る恐るマリア=リィーゼを見遣る。

 

 

(コイツ……、タライ回しにされてやがる……ッ⁉)

 

 

 確かに彼女は死ぬほどウザイが、仲間にそんな扱いをされていることに少し同情してしまった。

 

 

「なんですの⁉ 無礼ですわよ! ハッキリとモノを申しなさいッ!」

 

「…………」

 

 

 蛭子は何も言わず、そっと王女さまの肩に手を触れた。

 

 

「な、なんですの……? 触らないで下さいましっ⁉」

 

「……いいから、オラ行くぞ。七海が作り置きしてくれてたおにぎり分けてやるからよ」

 

「は……? え? なんなんですの? 急に……」

 

 

 王女さまは訝しみながらも、優しく背中を押す蛭子に促されるまま連行されていく。

 

 

「――オイ、みらい!」

 

「なんでしょう?」

 

 

 廊下を歩きながら、蛭子は部屋の中の望莱へ向けて声を張り上げた。

 

 

「どうせもうすぐメシになんだろうから自分で食堂に下りてこいよ! もう一回呼びに来て二度手間はゴメンだからなッ!」

 

「はーい」

 

 

 望莱が適当に返事をすると、二人の足音は少しずつ遠ざかって行った。

 

 

「…………」

 

 

 それを確認してから望莱は部屋の中へ戻り、背中から倒れる。

 

 彼女の身体がベッドに沈んだ。

 

 

 ちなみに現在のみらいさんの服装は学校ジャージであり、全裸は当然嘘だった。

 

 大好きな幼馴染のお姉さんが居なくなってしまったため、現在の彼女の私服へのモチベーションは皆無だ。

 

 

「――ようやく少しは、ゆっくりと考える時間が出来ましたね……」

 

 

 そう呟きながら彼女はスマホの画面にメールを表示する。

 

 

 

 

――――

 

G.Wが終わるまでお前たち5人は美景に戻って来るな。

 

そうしないと、希咲七海と水無瀬愛苗は永遠に戻ることはない。

 

そしてお前たちは皆殺しにされるだろう。

 

――――

 

 

 

 

 事件終了後に新たに着信をした怪文書メールだ。

 

 

 

「さて、これはどういった意図だと読むべきでしょうか――」

 

 

 望莱は瞼を細め、チロリと舌先で唇を舐める。

 

 そして、画面の向こうの誰かを睨みつけた。

 

 

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