俺は普通の高校生なので、   作:雨ノ千雨

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2章11 Bitterness supplements ⑥

 

「――絶対イヤっ!」

 

 

 希咲からの猛烈な反発に望莱は嬉しそうな顔をして惚けた。

 

 

「えー?」

 

「まじむりっ!」

 

「まぁ、どうしてです?」

 

「まじむりだからっ!」

 

「なるほど、それは困りましたね」

 

 

 通話始めと同じような会話をして、望莱はわざとらしく悩ましげな溜息を吐く。

 

 眉をナナメにする七海ちゃんを見つめ、みらいさんは眉をふにゃっと下げた。

 

 

「そんな顔してもダメなんだから!」

 

「だって七海ちゃん。今が攻め時なんですよ?」

 

「だからってなんであたしがあいつなんかの彼女になんなきゃいけないのよ⁉ 別にあたしらが付き合うのは必要ないことだって、さっき言ってたじゃん!」

 

「落ち着いてください。それは水無瀬先輩の消失を誤魔化すのには必要ないってお話ですよ」

 

「落ち着いてられるかーっ! 女として終わるかどうかの瀬戸際なのよっ!」

 

 

 冷静に説得しようとするが、取り付く島もない程にガーっと怒られてしまう。

 

 

「いいですか、七海ちゃん。これはチャンスなんです」

 

「なんのチャンスよ。あたしベツにあいつのことなんか好きじゃないんだから、付き合いたいなんて全然思ってないし」

 

「そのチャンスではありません。そういうこと言うからツンデレだと思われちゃうんですよ?」

 

「あんたがそう言いふらしたからだろがー!」

 

「おっと、いけません」

 

 

 興奮する彼女を落ち着かせなければいけないのだが、推しに怒られることが三度の飯よりも好きなみらいさんはついイジってしまった。

 

 ここは断腸の思いで自制することが求められる。

 

 

「七海ちゃん。わたしたちは“せんぱい”に接触する必要がある。そうですね?」

 

「そうだけどっ!」

 

「わたしたちには彼に対して目的があります。それは確認すること」

 

「かくにん……?」

 

「はい。主に3つの確認必須な事項があります」

 

 

 望莱は指を3本立てて彼女に注目をさせた。

 

 それを誘うようにゆっくり左右に動かして挑発すると、七海ちゃんにふしゃーっと威嚇される。

 

 

「まず1つ、“せんぱい”が水無瀬先輩を覚えているかどうか。2つ、彼のここ一週間ほどの行動の聴取。そして3つめが、彼のスキルの確認」

 

「最初の2つはわかるけど、スキルももう一回確認するってこと?」

 

「はい。先にその話をしましょう。彼の不自然な『見る動作』――これをしている瞬間を狙ってみて下さい」

 

「んー……、でも、あいつってば不審で不自然なのがデフォだし。魂見てるかもって確信できる時はあたしにもわかんないわよ?」

 

「はい。なので、出来るだけ長い時間一緒に居て、それっぽい時に複数回試してみる必要があります」

 

「……わかったけどさぁ――」

 

「――まぁまぁ、先に他の2つも聞いて下さい」

 

 

 またゴネられる前に、望莱は合理性で押し切る作戦に出た。

 

 矢継ぎ早に情報を並べていく。

 

 

「1つめは改めて言う必要ありませんよね。“せんぱい”が憶えているなら直接水無瀬先輩に繋がる確率は格段に上がりますし、憶えていなかったとしても――」

 

「――2つめね?」

 

「はい。彼の直近の行動は必要な情報です。現在の彼の記憶がどうあれ、港の監視カメラに映っていたのは動かしようのない事実なのですから」

 

「最終的には忘れたけど、ギリギリまで愛苗のことに関わってたってパターンもあるってことよね……?」

 

「ですです。だから、“せんぱい”が憶えていようがいまいが、最重要な手掛かりであることは間違いありません。そして彼から話を聞き出すのは割と急を要します」

 

「そうよね……、愛苗が心配だし……」

 

「いいえ。それだけではありません」

 

「え?」

 

 

 望莱の放つ強めな否定の言葉が希咲の不安を誘った。

 

 

「先に警察が彼が確保してからでは、彼と自由に話すことが難しくなります」

 

「あ、そっか……。てか、あいつそんなガチめにお巡りさんに狙われてるの?」

 

「はい。ガチです。多分そろそろヤバイです」

 

「だからこっちも急がなきゃってことか……」

 

「情報を全部搾り取るよりも、まずはシロかクロかの判断を急ぎたいです。それによっては警察から庇ってこっちで匿うことも可能です。でもそれがわからなきゃ……」

 

「こっちの中には入れられないわよね」

 

「はい。一応そういう方向で御影理事長とも話は付いていますし、もしもそうなればすぐにウチのパパも説得できます」

 

「いつの間に……」

 

「警察や行政が絡まなければもう少しゆっくり進められたんですけどね」

 

 

 少しだけ苦笑いをする望莱の顔を見て、希咲は心中で反省をする。

 

 自分がは現場で右往左往するばかりで特にこれといった成果を上げられないでいたというのに、望莱は遠く離れた場所からでも確実に物事を先に進めていた。

 

 そんな彼女に対して文句ばかりを言ってしまい、申し訳ない気持ちになってくる。

 

 

 すると、希咲のそんな心情に気が付いて、望莱がフォローを入れてきた。

 

 

「気にしないでください。適材適所です。それに、七海ちゃんが現場に居てくれるからこそ、取れる手段が広がります」

 

「みらい……。うん、ありがとう……」

 

「それぞれでやれることをやって協力しましょう」

 

「……そう。そうよね。うん」

 

「私も全力を尽くします。だから七海ちゃんも――」

 

 

 真っ直ぐな瞳を向けてくる望莱に希咲は力強く頷き、そしてお目めをキラキラと輝かせる。

 

 

「うん。わかった、みらい! あたし、がんばるわ……!」

 

「七海ちゃん……! それじゃあ……?」

 

「あたし……やるわ……! あたし、あいつの彼女にな――」

 

 

 そして決定的なことを言い切る直前にハッとした。

 

 

「――なるかぁーーっ!」

 

「ちっ」

 

 

 気付いてしまった七海ちゃんに、みらいさんは口惜しそうに舌打ちをする。

 

 

「あっぶな……! なに言わせようとしてんのよ!」

 

「えー?」

 

「つーか、おかしいじゃん!」

 

「なにがですか?」

 

「あいつに話を聞かなきゃいけないのはそうだけど! だからって彼女になる必要はないでしょ⁉ いみわかんないじゃん!」

 

「いいえ。七海ちゃん、それは違います」

 

 

 希咲は極めて正論を述べたつもりだったが、望莱は真剣な表情で首を横に振った。

 

 

「いいですか七海ちゃん。考えてみてください」

 

「は?」

 

「あの“せんぱい”がですよ? 水無瀬先輩のことを憶えていてもいなくてもです。あの人に、普通に『ねーねー、びとうくん。おしゃべりしよー?』って言ったとしても、『うんっ、いーよー?』と簡単には応じてくれないでしょう?」

 

「あいつがそんなゆるゆるなこと言うわけないじゃん」

 

「七海ちゃん。論点を逸らすのはやめてください。今は口調の話はしていません」

 

「なんなのよ! もぉーっ!」

 

 

 クラスに一人は居るマジメちゃんのように「希咲さんふざけないでください」と、みらいさんが注意をする。

 

 あまりに理不尽だと感じて、七海ちゃんはぷんすかした。

 

 

「もしも彼に、水無瀬先輩のことで疚しいことがあれば当然逃げようとするでしょう。仮に忘れているとしても、彼には他にもたくさん疚しいことがあるでしょうから、どっちみち逃げようとします」

 

「じゃあ、結局ダメじゃんか」

 

「いいえ。彼はそれを出来なくなりました」

 

「は? なんで?」

 

「だって、自分の彼女から逃げる不自然な人なんているわけないですよね?」

 

「あ――」

 

 

 希咲はようやく望莱の意図に気が付く。

 

 

「七海ちゃん。これはチャンスなんです」

 

 

 望莱はもう一度それを強調した。

 

 

「今、有利なのはわたしたち。彼の彼女というポジションを手に入れたから」

 

「そういうことか……」

 

「やっぱり彼、地頭はあまりよくないですね。色々と策謀や偽装を働きますが、視線があまり先の方までは届いていない。短絡的とも謂えます。だから目の前の安全地帯に安易に飛び込む……」

 

「安全地帯……?」

 

「はい。それは七海ちゃんの彼氏ポジです。水無瀬先輩のことを忘れているフリをするなら周囲の認知と合わせなければならない。だから他の人と同じように、自分が七海ちゃんと付き合っていると思い込んでいるフリをする。それが成功すれば――その場を騙せればどうにかなると考えた。でも、そのせいで余計に追い込まれることになったんです」

 

「追い込まれた……?」

 

「これってその場シノギに過ぎないんですよ。そうしてしまったことで、この後余計に逃げることが難しくなった。だって二人は付き合っているんですから」

 

「そっか。付き合ってるならその後も関係は続けなきゃいけない」

 

「ただ、注意点があります」

 

 

 希咲も真剣な顔で望莱の話を聞く。

 

 

「おそらく、連休に入ってしまえばどうにかなると考えたのでしょう。それはつまり――」

 

「――連休中に何処かに行方を眩ませるかも?」

 

「ですです。だから急がなきゃいけないんです。こっちも連休中に勝負をつける必要があります」

 

「でもさ。彼女だからって、あいつが言うこと聞いてくれるとは思えないんだけど……」

 

「彼が本当に水無瀬先輩のことを忘れていて、本当に七海ちゃんの彼氏だと思い込んでいるのなら、そうでしょうね。でも、そうじゃないなら、きっと聞いてくれます。聞かざるをえないでしょう」

 

「どういうこと……?」

 

 

 望莱はニヤリと笑って、自説を語り始めた。

 

 

「もうぶっちゃけて言いますけど、わたしは“せんぱい”が忘れてる側だとは思っていません。彼氏ムーブもフリ。嘘八百です」

 

「……あんたの口ぶりはずっとそうだったもんね」

 

「根拠はあります。“せんぱい”って絶対人前で彼女にベタベタ抱きついたりとか、『好き好き』言うとかしないです。むしろ、そういうの無理なタイプです」

 

「あー、ね……」

 

 

 思っていたような切り口での根拠ではなかったが、希咲はそれには納得がいってしまった。

 

 

「もっと終始オラついてくる系の男子だと思うんですよね」

 

「うーん……? や。オラついてることはオラついてたわよ? そんで合間に義務的に『好き』って言ってくるから余計にムカつくのよね」

 

「あと、浮気バレして証拠があがっても絶対に簡単には認めたりしないです」

 

「あ、うん。それはそう。なんかゴチャゴチャよくわかんないこと言って、俺が浮気したのはお前が悪いとかクソみたいなこと言ってきたし」

 

「ですよね? 何があっても謝りたくないからって、こっちが折れるまでゴネるに違いないです。そんで、いよいよまで追い込まれたら『じゃあ別れる』とかって逆ギレしそうです」

 

「あー、する! 絶対そんな感じよあいつ。マジないんだけど」

 

 

 プロのJKである希咲さんと紅月さんは、同じ学校の男子の悪口で盛り上がる。

 

 一頻り「あーね、そうそう」と共感し合ってから、表情を改めた。

 

 

「ですが、彼は後ろめたいことがあって。騙したい、隠したいという意図があるから。だから素よりも彼氏っぽい彼氏を演じてしまいました。ちょい甘彼氏を」

 

「言うほど甘くなかったけど」

 

「一度やってしまった以上は今後も同じ態度を貫かねばならない。だって彼は七海ちゃんに疑われたり、探られたくないって思っているのですから」

 

「こっちとしても『彼女』ってポジは合法的に近付けるから都合がいいってことね……」

 

「ですです。そして、ここでもう一個注意点が」

 

「え?」

 

 

 望莱は表情と声音に一層の真剣さを含ませた。

 

 

「彼はその場凌ぎの嘘を吐いたことで自分の逃げ場を失くすことになりました。そして、本人が気づいているかはわかりませんが、警察にも追われています」

 

「追い詰められてるってことよね」

 

「はい。なので、追い詰めすぎてもいけません」

 

「おいつめ、すぎ……?」

 

 

 望莱の目がスッと細まる。

 

 

「彼は何をするかわかりません」

 

「…………」

 

「よく言いますよね。追い詰められたら何をするかわからないタイプ。“せんぱい”はそのタイプの中でもトップクラスだと思います」

 

「あたしたちが何もしなくても……」

 

「はい。警察がそろそろ狙うはずです。そうなった時に、どんな行動に出るかわからない。そして、その時の被害がどれだけの深刻さで、どれだけの範囲に及ぶか測れません」

 

「そっか……。だからあいつの力もガッツリ把握しなきゃダメなのね」

 

「この言い方だと“せんぱい”を敵認定してるように聴こえるでしょうが、彼がシロだった場合は保護しなきゃいけません」

 

「保護……?」

 

「彼は今回の件ではシロだったとしても、恐らく後ろ暗いことが他にあります。だから、関係ないはずの今回の件で追い詰めてしまったら――」

 

「――その時も何するかわからないってことか。だから、保護」

 

「はい。これはわたしたちや、水無瀬先輩と、そして弥堂せんぱいがシロなら彼も守るためです。絶対に必要なことなんです」

 

「そのためには……」

 

「はい。現状で彼に最も容易かつ安全にコンタクトを取れるのは七海ちゃんだけです。他ならぬ彼自身が自分の彼女であるとしてしまった七海ちゃんだけ」

 

「そう……か……、そっかぁ……、うぅ~ん……」

 

 

 理屈の上では納得した。

 

 だが、希咲にはまだ躊躇いがあるようで難色を示す。

 

 

「んもぅ、七海ちゃんったら。何が不満なんです」

 

「や。だってさぁ……、やるわよ。やるけど……。あいつに会ったら絶対またセクハラされるじゃん……」

 

「セクハラくらいなんですか。彼氏なんですからちょっとくらい許してあげてください。そんなんだから“せんぱい”はわたしと浮気えっちしちゃったんですよ?」

 

「そういう事実があったみたいに言うな! 何がホントで何がウソかこんがらがってきちゃうでしょ!」

 

「今から『自分は弥堂 優輝の彼女である』と暗示をかけて本番でミスらないようにするんです」

 

「なによ暗示って。キモいんだけど」

 

 

 そのキモいことを薬物まで使って実行した人間が実在していて、そして見事に本番でミスっていたことを二人は知らない。

 

 

「っていうか、セクハラとか言ってないで、むしろえっちしちゃいましょう」

 

「はっ?」

 

「だからー、七海ちゃんは弥堂せんぱいと、えっちしてください」

 

「えっ……⁉ はぁっ……⁉」

 

「男子高校生なんて、ヤらせてあげれば何でも言うこと聞きますって。一回えっちしてから、言うこと聞かないともうさせてあげないって言えば奴隷に出来ますよ」

 

「あんたばかじゃないのぉーっ⁉」

 

 

 実に性に奔放なみらいさんの発言に七海ちゃんはビックリ仰天する。

 

 みらいさんは果敢に煽りにいった。

 

 

「えー? だって、七海ちゃんはもう男の子と付き合ったことがあって、そういうこともしてるって……。あれはウソだったんですか? まさか処女じゃないですよね?」

 

「ウ、ウソじゃないし……っ!」

 

「元カレ6人いたんですもんね? その人たちとえっちだってしたし、男の子には慣れてますもんね? 七海ちゃんはモテますもんね?」

 

「そ、そうよっ! 当たり前でしょ!」

 

 

 ついさっきは『初カレだったのにー!』と泣き喚いていていたのに、七海ちゃんはついイキってしまう。

 

 さりげなく元カレ4人設定が6人になってしまい、架空の経験人数が増えてしまった。

 

 

「じゃあ元カレたちと同じように“せんぱい”なんてチャチャっと彼氏にしちゃって、やることやったらフってブロックしちゃえばいいじゃないですかー」

 

「それは、その……っ」

 

「まぁ、えっちするのは言い過ぎでした。でも、ちょっとお外で二人で会ってお話するくらいなら、なんでもないですよね?」

 

「ま、まぁ? それくらいいつもしてるし?」

 

「わかりました。このみらいちゃんにお任せください!」

 

「は?」

 

 

 言質はとったとばかりにみらいさんはサブのスマホを操作する。

 

 すると間もなくして希咲の通話中のスマホが、メッセージの着信を報せた。相手はみらいさんだ。

 

 

「ん? あんたなに送って……、え? これって……」

 

「駅前に新しくできたオシャなカフェです」

 

「“Lushe Luce(ルーシェ・ルーチェ)”って……、女子で噂になってるお店じゃん」

 

「予約しました。明日」

 

「明日? 誰が行くのよ。あんたまだ島でしょ」

 

「そんなの決まってます。もちろん七海ちゃんと“せんぱい”です!」

 

「えっ……⁉」

 

 

 希咲は固まる。

 

 

 件のお店は最近に新美景の駅前北口にオープンしたばかりの女性をターゲットにした“映える”カフェだ。

 

 駅傍の治安の悪い地帯から少し離れた、小綺麗なオフィスが並ぶ通りにある。

 

 カップルシートとオープンテラス席が人気で、オシャなスイーツとラテの写真をSNSにアップする為に女子たちが競って来店をしていると専らの噂であった。

 

 当然アンテナの高い七海ちゃんもチェックしている。

 

 

「こ、ここってそんな簡単に予約とれるお店じゃないでしょ? 数ヶ月先まで予約とれないとか聞いたけど……」

 

「株主優待でバッチリとカップルシート押えました。安心してください」

 

「安心できるかー! あんな女子女子したオシャなカフェにあのバカと行くの⁉ ウソでしょ⁉ 地獄なんだけど⁉」

 

「キツイですか?」

 

「キッツイ……!」

 

 

 想像しただけで立ち眩みを起こしそうで、希咲は『まじむり』であることを強調した。

 

 するとみらいさんはフッと瞳の色を落とし、深い失望を露わにする。

 

 

「わたし、ざんねんです……」

 

「はぁっ⁉」

 

 

 突然そんな態度をとられ希咲は眉をナナメにした。

 

 

「七海ちゃんはモテカワ女子だと思ってたのに……」

 

「な、なによ……⁉」

 

「真のモテ女は男のエスコートになんて頼りません。真のモテ女ならば、不慣れな男の子にもさりげなくサポートしてあげて、恙無く逢瀬を進行させ、自分がちゃんとエスコート出来たと自信を与えてあげることだって出来るはずなのに……。出来ないんだぁ……」

 

「……でっ、できるけど……っ⁉」

 

「えー? だって、なんかぁー、自信なさそうですぅー」

 

「そ、そんなわけないし……っ!」

 

「えー? だってぇ、ちょっと男の子とカフェ行くってだけなのにぃ、なんかアワアワしちゃってぇ。なんかぁ、七海ちゃんってホントはダサいのかなぁって……。男の子とのお出かけにビビってるみたいー」

 

「はぁ……っ⁉ ビビッてないし……っ!」

 

 

 カッとなって反論をしようとして、希咲はハッとする。

 

 うっかりノセられそうになってしまったが、相手はただの男の子ではないのだ。

 

 おそらく人類で最も難易度の高い男の子である。

 

 

「だ、だって……! あいつってばカフェに不慣れどころのレベルじゃないじゃん! 人間社会そのものに不慣れじゃん……っ!」

 

「えー? でもぉー、それを何とかしてこそのデキる女ですし? そんなもんなんだぁー……、七海ちゃんの女子力……」

 

「そ、それは……」

 

 

 七海ちゃんをお目めをキョドキョドさせる。

 

 このままでは妹分に『あ、この女って普段お姉さんぶってるけど、実はただの内弁慶なんだ』とナメられてしまう。

 

 そうすれば、この非常識娘が言うことを聞かなくなってお外でも非常識に振舞うことに繋がりそうだ。

 

 現時点で殆ど言うことを聞いてないが、さらに酷いことになるだろう。

 

 そのことを危惧する。

 

 

 しかし、そうだとしても簡単には頷けない。

 

 あの非常識男とキラキラしたカフェに行くだなんて、想像しただけでも生理不順になりそうなほどの鬱イベントである。だが、こうまで気が進まないのには他にも理由があったからだ。

 

 

「で、でも……、そのお店、連休終わったら愛苗と一緒に行こうと思ってたのに……。なんであんなヤツと“初ルールー”しなきゃ……」

 

 

 “ルールー”とは女子たちの間での“Lushe Luce(ルーシェ・ルーチェ)”の略語であり、そこへ初来店することを“初ルールー”と言う。

 

 すごくどうでもいい知識だ。

 

 

「でもぉー、“せんぱい”をなんとか攻略しないと、その水無瀬先輩と“初ルールー”するのは永遠に叶わないかもなのに。七海ちゃんは水無瀬先輩のためにそんなことも出来ないんだぁ……」

 

「ぐ、ぐぬぬ……っ」

 

 

 結局それが一番効果の高いキラーワードとなった。

 

 希咲は苦しげながらも受け入れていく。

 

 

「で、でも……、あいつ絶対ああいうお店が生理的に受け付けないタイプよ? 誘っても絶対来ないと思う」

 

「そんなの近くで待ち合わせだけして、お店予約してるからって引っ張っていけばいいんですよ」

 

「そ、そうかもだけど……。なんて言って呼び出せば……」

 

「ふふ、そんなの簡単です」

 

 

 望莱は清楚に微笑む。

 

 

「もはや実にイージーですよ」

 

「言うほど簡単?」

 

「はい。今後はもう“せんぱい”をコソコソ尾行する必要もないし、待ち伏せする必要だってないです」

 

「じゃあ、どうすんの?」

 

「たった一言、こう伝えればいいんです――」

 

 

 パチリとウィンクして望莱は自分の口元をアップにする。

 

 画面に映った彼女の唇の動きが告げたその一言に、

 

 

「――う、うぐぐぐぐ……っ」

 

 

 希咲はもう一度苦々しく呻いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ちょうど同じ頃――

 

 

 

 弥堂は新美景駅南口の路地裏を歩いていた。

 

 メインとなる“はなまる通り”から一つ奥へ入った道。

 

 

 先日のようにヤクの絡みでここを訪れたわけでもなければ、同じクラスの女子にケンカで負けた腹いせにギャングたちを小突き回しに来たわけでもない。

 

 私用の買い物を済ませる為にここへ来ていた。

 

 

 メロと別れた後自宅に帰り、いつものルーティンでコーヒーを淹れようとしたら豆が切れていたのだ。

 

 割と最近に買い足したばかりだったのだが、ここのところどうも消費量が増えていたようで、想定外のペースで使い切ってしまったようだ。

 

 

 特に家ですぐにしなければならないことがあるわけでもなかったので、コーヒー豆を仕入れるために弥堂は外出をした。

 

 いつもの店へ向かうために、現在この辺りに来ている。

 

 

 薄暗い細い道を歩いて行くと、一際人通りがなさそうな風景になっていき、視線の先に一軒の店が見えるようになる。

 

 

 古く汚い雑居ビルの1階。

 

 店先に取りつけられた曇ったライトがぼんやりと看板を照らしている。

 

 店名は何処にも書かれていなく、ただ『OPEN』とだけ看板に記されていた。

 

 

 弥堂はその店の前で足を止めた。

 

 

 こんな寂れた場所に店を出しても客など碌に来ないだろう。

 

 来る度に毎回そう思う。

 

 だが、この店の営業スタイルを考えれば、それでいいのかもしれないと思い直した。

 

 

 弥堂は左右に視線を振って人影の有無を確認してから店の扉に手を伸ばす。

 

 腕にそれなりに力を入れ、重い扉を押し開いた。

 

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