俺は普通の高校生なので、   作:雨ノ千雨

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序章33 弱者どもの夢の跡 ②

 

「あぁ、そうだ。希咲さん。ちょっといいかな?」

 

 

 法廷院の方から話を振られる。

 

 

「なによっ⁉ 今こいつと話してるんだから余計な口挟まないで!」

 

「うん? まぁ、そうだね。ご指摘のとおり余計なことさ。本来言うべきじゃあない余計なことで、挟むべきじゃない余計な口をききたいからちょっと付き合ってくれよぉ」

 

「はぁ? またいみわかんないことを……」

 

 

 激昂しているところに油を注ぐような言い回しをされ、希咲は怒鳴り返そうとして、しかし自分の口から出たのは勢いのない声だった。

 

 

 それは彼の――法廷院 擁護(ほうていいん まもる)の雰囲気が、先程までの小学生のようなバカ騒ぎをしていた時のそれではなく、この場で初めて出会った時のどこか不気味な空気を発するそれに変わっていたのを感じとったからだ。

 

 

「言うな、とも注意されていてね。本来はそちらに義理を果たすべきなんだけれども、まぁ、これは本当にキミには関係のない話だ。だけどね、今日はとっても素敵な体験をさせてもらったし、キミには『いいもの』も見せてもらったからね。そのお礼にひとつ大きなお世話をしてみようってわけさぁ。もらいっぱなしはよくないからねぇ。だってそうだろぉ? そんなのは『対等』じゃないからさぁ」

 

「……やっぱ、あんたケンカ売ってんでしょ⁉」

 

「おいおいおい。やめてくれよぉ、喧嘩だなんて。野蛮だなぁ。そいつは誤解だぜぇ? ボクが売りたいのは恩さ。お節介をしてキミに恩を売っているのさ。だってそうだろぉ? キミとは同志になれるって言ったじゃあないかぁ。弱いか弱い希咲 七海さん。でも安心してくれ。売るっていっても基本無料だぜぇ」

 

「お断りって言ったでしょ! 結局なんなのよ!」

 

「過保護――」

 

「――え?」

 

 

 意識して語気を荒げながら言い返していたが、法廷院が発したその一つの単語に目を見開く。

 

 

「――過保護。優しくて過保護な希咲さん。キミにひとつ忠告だ」

 

「…………な、なによ」

 

 

 自分の心持ちのせいなのだろうが、希咲には一際空気が重くなったように感じられた。

 

 続きを語る法廷院にも悪ふざけをしているような様子はない。

 

 

「先に言っておくし、先に言った通り。ボクはキミの大切なその『ダレカ』を知らない。知らないし、キミやそのダレカにこれから何が起きるのかも全く知らない」

 

「…………」

 

「だけどね……いや、だから、かな? だから。キミは大切な宝物をなるべく手元に置いておくべきだ。もしくは、なるべくキミが離れないようにするべきだ」

 

「どういう、意味……なの……? なんのことを、言ってるの?」

 

「さぁね。言ったろ? 知らないって。ボクには何もわからないよ。ただ、そうするべきだって思ったのさ」

 

「なに、それ…………わけわかんない……」

 

「同感だね。ボクもこれっぽっちもわけがわからないよ。やっぱり気が合うねぇ。どうだい? これを機に我が組織に加入してみないかい?」

 

「やだっていってんでしょ! しつこい!」

 

「おっとこわい」

 

 

 ククク、と笑う法廷院の雰囲気がどこかおどけたものに変わる。そのせいか幾分か空気が和らいだ気がした。

 

 

「だからね、偉そうに忠告とか言っておいて申し訳ないんだけれど。ボクの言ったとおりにキミが注意してもそれで何かを回避できるとは限らないし、ボクの言うことを無視したとしても何も起こらないかもしれない」

 

「はぁ? そんなの当たり前のことなんじゃないの?」

 

「そうだね。『当たり前』で『普通』のことだ。先のことは――未来は誰にもわからない。だってそうだろぉ? もしもそれを知ることが出来る者がいたとしたら、そんなのずるいじゃあないかぁ。とっても『不公平』なことだろう?」

 

「……結局あたしをおちょくったわけ?」

 

「そいつは違うぜぇ」

 

 

 再び法廷院の目がギラつく。

 

 

「『不公平』だと思ったからさ。本来知るべきではない未来(それ)を知っているかもしれないヤツがいる。他のみんなは得ることができないものなのに、一人だけ世界から『贔屓』されてるみたいにその知識をそいつだけが持っている。そんなのずるいだろぉ? だから少しだけキミに肩入れしてみたのさ」

 

「なに、それ…………誰よ⁉ そいつが愛苗のことなんか言ってるってこと⁉ 教えなさい!」

 

 

 ここに居ない、正体の知れない誰かが居て、その者が自身の親友について何か重大な言及をしている。

 

 あまりに不透明な法廷院の発言に、希咲は苛立ちを募らせ声を荒げる。

 

 

 そして、その彼女を担いだままの弥堂は、意味のわからない二人の会話を止めるでもなく、ただ目を細め法廷院を視た。

 

 

「おっとぉ。そこまでは出来ないよぉ。個人情報だからねぇ」

 

「なんでよっ! あたしの味方するんでしょ⁉」

 

「トモダチだからさ」

 

 眉を吊り上げ剣呑な声を出す希咲に、法廷院は眉を下げどこか諦めたような表情でそう言った。

 

 

「確かにボクは弱者の味方さ。でもヤツはトモダチだからね。『不公平』なヤツで気に食わないとこもあるけどさ、トモダチだから仕方ないよ」

 

「友達…………それって、さっき話に出てきた『ギャルはえっちなパンツ穿いてる』とかって決めつけてた頭おかしいヤツのこと?」

 

「おいおいおい。キミこそ『ボクに友達は一人しかいない』なんて決めつけてやしないかい? そいつは無意識な『差別』だぜぇ。だってそうだろぉ?」

 

「脱線させないでよ! ちゃんと答えてっ!」

 

「脱線させてるつもりはないんだけどねぇ。まぁ、それはともかく――」

 

 

 前置いて、話と空気を戻す。

 

 

「――ともかく。トモダチの味方をするかどうかなんてさ、理性で考えて決めることじゃあないぜぇ? それだけは無条件だ」

 

「いみ…………わかんない、わよ……」

 

「あっ! もしかして今のけっこう名言っぽくないかい? そのうち『そういえばあの時こんなこと言ってた――』みたいにさ、思い出す時がくるかもだぜぇ? 是非とも有効活用してくれよぉ」

 

「ふざけんな……」

 

「まぁ、決めるのはキミさ。何を大切にするのか、それをどう大切にするのか。全部キミが決めることさぁ」

 

「余計な……お世話よ……」

 

「そう。だから最初に言ったろ? 余計なお世話だって」

 

「あんた、マジでムカつく」

 

「おっとぉ。それじゃこれ以上ムカつかれないようにそろそろ退散するかねぇ。ボクは『弱い』んだぁ。キミに蹴られでもしたら怪我じゃあ済まないし、これ以上余計なこと言ったらアイツに怒られちゃうかもしれない。それはこわいからね。こんな『弱い』ボクをキミは許すべきだ」

 

「結局何の役にも立たないじゃない」

 

「その通りだよ。そしてキミも役に立てずに失敗してしまうかもしれない。その時はボクのとこに来るといい。キミの弱さももちろん許されるべきだからね。このボクが擁護して、許してあげようじゃあないかぁ。だってそうだろぉ?――」

 

 

 法廷院は踵を返し立ち去ろうとしながら、首を回して顏だけをこちらへ向ける。その過程で一瞬だけ意味ありげに弥堂を見てから、言葉を締める。

 

 

「――弱さは免罪符だからね」

 

 

 そう言い残して、無理矢理組み立てた車椅子を押して、他の仲間の手を借りながら気絶した高杉を運んでいく。

 

 

 弱者たちが身を寄せ合いながら継ぎ接いだ車輪を回す。

 

 

 疑問など何一つ解消できていない希咲はその背中になおも声を掛けようとするが――

 

 

「――あっ!」

 

 

 彼らの後に続こうとしていた白井が大きな声をあげ、その声に驚き言葉を飲み込んでしまった。

 

 

 白井は歩きかけながら何かを思い出したようにこちらに向きなおると、近くへ寄ってきて希咲の前で立ち止まる。

 

 そして彼女は懐からメモのようなものを取り出すと手早く何かを書き込み始めた。

 

 

 言動の予測の難しい彼女がまた突然何かを始めたものだから、弥堂も希咲も警戒心たっぷりに無言でその様子を見る。

 

「こいつなんのつもりなの?」といった意味合いを含んだ視線を希咲が弥堂に送り、「知るか」とばかりに弥堂は目を伏せ肩を竦める。

 

 その肩が、担いでいる彼女のお腹に食い込み、希咲が「むーー」と視線の色を不満のそれに変えると、彼はうんざりとした表情を浮かべた。

 

 

 法廷院と割と緊迫したやり取りをしていたつもりの希咲だったが、その間もずっと弥堂の肩に担がれたままであった。そのため、傍から見るとかなり間の抜けた絵面だったのだが、無意識に米俵ロールをする彼女は幸いにもそれに気付いてはいなかった。

 

 

 そんなことをしている内に何かを書き終えた白井が、希咲の手をとって紙切れを握らせてくる。

 

 

 希咲はそれを無言で確認した。

 

 

 手の中のメモ書きには英数字が羅列されている。

 

 

「えぇ~っと…………これは?」

 

 何となく察しはついていたがダメ元で白井に尋ねてみる。

 

 

「見ればわかるでしょ。IDよ。edgeの」

 

「あははー。だよねー……そう、だよね…………」

 

「なによ。ショッピング付き合ってくれるって言ったじゃない」

 

「そう、ね。言ったね。いっちゃった……ね……」

 

「私そろそろ帰りたいの。あとでフォロバするからIDで探してフォローしといてちょうだい」

 

「…………うん……」

 

「ランジェリーショップも付き合ってもらおうかしら。ふふっ。じゃあね」

 

「うん……ばいばい…………」

 

 

 そう言って立ち去っていく白井の背を希咲は死んだ目で見送った。手の中の紙切れがやたらと重く感じる。

 

 

 やがて重く溜め息を吐き出すとなんとなく弥堂の顏を見遣る。

 

「これ……どーしよ……」

 

「知るか」

 

 当然彼は希咲の心境など慮ってはくれない。

 

 

「はぁ……あいつと二人でモールか…………やだなぁ」

 

 

 希咲 七海はプロのJKである。

 

 

 例えさっきまで口汚く罵り合っていた相手であろうとも、『あんたなんかと遊ぶわけないでしょ? バカじゃないの?』とは口が裂けても言えないのである。

 

 なんとなくそれは絶対に言ってはいけないことのように感じてしまうのだ。

 

 

 確かに買い物に付き合うと言い出したのは自分である。

 

 だが、それを言った時は本当にそう思っていたが、今はもう状況が違うのだ。

 

 

「あんな地雷女だって思わなかったもんなぁ……さすがに外で今日みたいなバカ騒ぎはしないと思いたいけど……」

 

 しかし、どこを踏むと爆発するかわからないからこそ地雷なのである。

 

 

「うぅ……あいつと愛苗は絶対に会わせたくないしなぁ……」

 

 せめて他にも連れがいればと考えを巡らせるが、一番に思い浮かぶ親友の水無瀬は、あんな悪意の塊のような女とは絶対に関わらせたくない。

 

 

真刀錵(まどか)は下着もコスメも興味ないだろうし、リィゼは……ケンカになりそうよね…………。みらいは……ダメ。絶対にダメな予感がする。この二人を組み合わせたら事件起こしそうだわ。でも他の女子連れてくにしても共通の知り合いとか…………いない、わよね……。ヘタにガラ悪い子選ぶと白井さん居づらくて委縮しちゃいそうだしなぁ」

 

 

 ブツブツと呟きながら「う~ん」と弥堂の肩の上で悩んでいると、ふと彼と目が合う。

 

「あっ。共通の知り合い」

 

 

 弥堂はサッと目を逸らした。

 

 希咲は構わずに声をかける。

 

 

「ねぇ」

 

「さぁ、下ろすぞ。足元には気を付けるといい。不便を強いて悪かったな。どこか痛むところはないか?」

 

「…………ねぇ?」

 

 

 弥堂は彼に似つかわしくない紳士的な口調と態度で、希咲を丁寧に下ろして床に立たせてやると、カーディガンの前を閉じさせてやり、直接身体には触れぬよう細心の注意を払いながら彼女の服を払って着衣の乱れを直してやる。

 

 

 あまりの白々しさと胡散臭さに希咲は胡乱な目つきになり声のトーンも下がる。

 

 

「ねぇ、ってば」

 

「ここに近いトイレの場所はわかるか? こっちだ。今日は疲れただろう、まだ歩けるか? つらいのなら俺の肩を貸してやろう。もちろんキミが嫌でなければ、だが。遠慮はするな」

 

「もうっ! わかったわよ! あんたに付き合えなんていわないってば。そもそも下着ショップも行くらしいから男子はちょっとねぇ、だし」

 

「そうか。俺で役に立てるならばと思っていたがそれは残念だ」

 

「あっ、そぉ? それならお店の前で待っててもらえば大丈夫よね? あんたもいく?」

 

「断る」

 

 迂闊に軽口を叩いたことを後悔し即答で断る。

 

 

「ぷっ。なにそれ。必死すぎ。ちょっとうける」

 

 

 またも噛みついてくるかと予想したが、一応はトラブルも終わったと認識し彼女も緊張が解けて肩の力が抜けたのかもしれない。

 

 

 希咲は悪戯げに目を細め少しだけ楽しそうに笑った。

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