俺は普通の高校生なので、   作:雨ノ千雨

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2章13 ドキドキの初デート ②

 

 弥堂 優輝(びとう ゆうき)は待ち合わせ場所の近くまで来ていた。

 

 

<――少しは急げよッス!>

 

 

 駅のロータリーをゆっくりと歩きながら、首は動かさずに視線をさりげなく左右に動かし続けていると、頭の中でメロの声が響く。

 

 

<初デートで30分以上の遅れとか既にわりと致命傷ッスよ⁉ せめて急いで来たフリだけでもしろよッス!>

 

 

 弥堂はそのご意見を無視してペースを保つ。

 

 

<つーか、オマエさっきから何をしてるんッスか? せっかく約束より早く来てたのに待ち合わせ場所にも行かないで>

 

<索敵に決まってんだろ>

 

 

 ようやく弥堂は返事を返した。

 

 

<さくてき……?>

 

 

 若い男女のデートに於いてあまり聞く機会のない言葉だなとメロは首を傾げる。

 

 

<周辺に敵兵を伏せられている可能性がある。それにいざという時の逃走経路の把握も必要だ>

 

<……あれ? オマエって今日何しに駅前に来たんだっけ?>

 

<デートだ>

 

<…………>

 

 

 メロの知る限り、デートというものは決してそのようなものではなかったはずだ。

 

 反論をしようかとも思ったが、『そういえばこの人頭おかしいんだった』と思い出して、メロは文句を言うのをやめた。

 

 

<あの……、そろそろ行ってあげないと希咲さんが可哀想だと思いますッス……>

 

<言われなくてもそろそろ現場に突入する>

 

 

 ごく無難なことをクラスの女子風に伝えると、アタオカ男は彼女との待ち合わせ場所を“現場”と表現した。

 

 メロのテンションが落ちると別の声が念話に割り込んでくる。

 

 

<――ユウくん。その前にちょっといいかしら?>

 

<なんだ>

 

 

 異世界の初代聖女であり、勇者の聖剣の管理人格でもあるエアリスだ。

 

 

<ゴメンなさい。ドローンの配備は間に合わなかったわ。今回は使えないと思ってちょうだい>

 

<了解>

 

 

 昨夜遅くに希咲からメッセージにてデートの誘いを受けた弥堂は、本日の朝イチで愛苗が入院する病院に侵入し、エアリスやメロと作戦会議を行った後に戦場となるこの駅前へ訪れていた。

 

 周囲の監視や索敵の為に学園から盗難したドローンを投入しようと思ったのだが、それは叶わなかったようだ。

 

 急なことなので仕方ないと割り切る。

 

 

<でも代わりの手段を用意したわ>

 

<代わり?>

 

<えぇ。ネコ。準備できたわよ>

<え? マジで出来るんッスか?>

 

<アタリマエよ。このワタシを誰だと思っているの>

<さすがお姉さんッス! ひゅぅ~っ!>

 

<なんの話だ?>

 

 

 何やら二人で盛り上がっているようだが、弥堂にはまるでわからない。

 

 

<少年。今からちょっと魔法使うけど、ビックリすんなよ?>

 

<あ? 勝手に余計な真似をするな>

 

<いいから。そっちでなんか派手なことが起きるわけじゃないッスから>

 

 

 メロは弥堂に断りを入れてから魔法を発動させる。

 

 

<ハアァァァァァ……ッ! “強制3P(フォースド・デッドスリー)”――ッ!>

 

<なぁ、それ俺に聞かせなきゃ出来ないのか?>

 

 

――気合の念とともに放たれたのは、メロの新たなネコさん魔法だ。

 

 

<OK、成功よ>

<うおおおッス!>

 

<何も起こっていないが?>

 

 

 病院の方の二人からは何やら喜ぶ様子が伝わってくるが、肝心の現場の弥堂の方には特に何も変化は見られない。

 

 

<フフフのフッス。今こっちで少年の視界を共有してるッス>

 

<視界?>

 

<わかりやすく言うと、ユウくんの眼に映っているモノがワタシたちにも見えているってことね>

 

<へぇ>

 

<少年の触ったモンの感触がジブンにも感じられるって言っただろ? それの応用ッス>

 

<お前そんなことも出来るのか>

 

 

 完全に役立たずな魔法だと思っていたので意外に思ったのが半分。

 

 もう半分は、昨日習得したばかりの魔法を翌日にはもう応用できるような能力があのバカネコにあったのかと、弥堂は感心した。

 

 だが――

 

 

<――いや、これはお姉さんがやってくれてるッス>

 

<あ?>

 

<なんか魔術だか魔力だかの回路っつーかパスっつーか? そういうのをなんかイイ感じにしてくれてるッス>

<フ、造作もないわ>

 

<俺にはよくわからないな。自分の体内の魔力回路なら多少は把握しているが……>

 

<そのへんの感覚はニンゲンには難しいものなのかもしれないわね。ワタシも生きていた時はわかっていなかったわ。“こう”なって初めてわかるようになったくらいよ>

 

<そういうものか>

 

<かくいうジブンもあんまわかんねェッス。雰囲気でやってたッス>

<オマエはわかっていなさいよ。だから雑魚悪魔なのよ>

 

 

 何故か便乗してドヤるメロにエアリスが冷たい声を向ける。

 

 

<いや、でも。さすがはお姉さんッス。やっぱ聖女ってのはハンパないんッスね>

 

<ま、まぁね>

 

<初代ってとこがまたアレッスよね。並の聖女よりもオシャレ感が尋常じゃねェッス>

 

<ふ、ふふふ……。アナタもわかってきたじゃないネコ>

 

<……うん。わかってきたッス>

 

 

 悪魔絶対殺すウーマンだったエアリスは、メロにとって当初は恐怖の対象だったが、早くも扱い方がわかってきた。

 

 

<これはお前単独でも使えるのか?>

 

<え? そんなのムリに決まってるッス。ムジィッス>

 

<……そうか>

 

 

 やっぱり役立たずは役立たずのままかと弥堂は諦めた。

 

 

<というか、これがどうドローンの代わりになるんだ?>

 

<ん?>

 

 

 それよりも気になったことを確認する。

 

 

<俺の眼に映っているモノは俺が見ているから、他人にも見てもらう必要などないだろう。俺の見えない範囲に目の届くモノが必要だったんだが>

<まぁ、それはそうッスけど。でも、こっちも絶対必要だと思うッスよ?>

 

<何故だ?>

<いや、だって、オマエ頭ヤベーじゃん?>

 

<どういう意味だ>

<ちゃんと様子を見守って、サポートしてやるからな?>

 

<必要ない>

<絶対必要だってばッス。だってオマエ既にフラれるだけの要件を満たしてるからな?>

 

<そんなことはない。仮にフラれたとしても俺がそれを認めなければいいだけのことだ>

<ほら……、ヤベーストーカーじゃん……>

 

<俺は彼氏だ>

 

 

 強くサポートの必要性を訴えかけてくるメロを突っぱねて、弥堂は足を止めた。

 

 

<着いたッスか?>

 

<あぁ>

 

 

 相槌を送りながら待ち合わせ場所であるパパ活広場へ目線を遣る。

 

 

<こんな時間からいっぱい女がいるッスね>

<そうだな>

 

<……あれ? 七海いなくね? 怒って帰っちゃったんじゃ……>

<いや、いる>

 

<え? どこッスか? ジブンわかんねぇッス>

<俺にはわかる>

 

 

 弥堂は数居る女の中から迷わず一人を視止めた。

 

 

<突入する>

 

<デートな? 今日はデートだからな? 大丈夫だよな?>

 

 

 不安そうに念押しするメロの声を無視して、弥堂は噴水の縁に座る希咲の方へ歩き出した。

 

 

 

 

 

 

「――遅いんだけど?」

 

 

 不機嫌顏の七海ちゃんの第一声はそれだった。

 

 

 弥堂が近づいて来ても立ち上がりもせず、膝の上に肘を乗せて頬杖をつき、約束の時間から大幅に遅刻をしてきた男をジロリと睨む。

 

 

 だが、今日の彼女は大きなサングラスをかけていてその表情は窺いづらい。

 

 なので、弥堂は気のせいだということにして、周囲へ眼を配らせた。

 

 

 その態度に希咲はさらにムッとする。

 

 

「ねぇーっ! 遅刻なんだけど!」

 

「…………」

 

「こ、このやろう……っ!」

 

 

 謝るどころか挨拶すらもせず、キョロキョロと周囲の女たちを物色しているクズ男への怒りで、希咲は早くも膝が震えてきた。

 

 彼女が気に喰わないのは、弥堂のこの態度だけではない。

 

 

 この男ときたら、まるで急いだ様子もなく広場に現れて、ダラダラと歩きながらここまで近づいてきた。

 

 彼がこちらを見ながら歩いてきていることに希咲も気付いたので、一応気付いていることを報せるために軽く手を挙げて口パクで「よっ」としてやったのだ。

 

 なのに、この男は手を振り返すこともせず、口を閉じたまま無表情で歩いてくる。

 

 

 おかしいなと、希咲は理解に苦しむ。

 

 一応設定上は自分はこの男の彼女で、今日は二人の初デートのはずだ。

 

 

 なのに、この男は当たり前のように時間に遅れ、その連絡も自発的にはせず、こちらからの確認の連絡も無視し、やっと来たと思ったらこんな態度だ。

 

 まるで未開のダンジョンにでも踏み込むような雰囲気で、彼女との待ち合わせの場に入ってきやがった。

 

 

 あくまで設定上の彼氏彼女だし、そうでなくてもこの男のことは好きでもなんでもないし、さらに『クズ男界の日本ランカー』であることもわかっていたので、希咲はこのデートに一切なにも期待などしてない。

 

 だが、これでは、あまりにも自分が女として軽視されているようで、希咲は無性に癪に障った。

 

 

 とりあえず景気づけに一発引っ叩いてやろうかと希咲が立ち上がりかけた時、周囲をジロジロと見ていた弥堂がようやく希咲に眼を向ける。

 

 そして開幕の一言――

 

 

「――何の用だ」

 

「あははー」

 

 

 希咲は思わず笑ってしまった。

 

 だが、口の端はビキっと引き攣っている。

 

 ユラァっと立ち上がった。

 

 

「よ、用って……、あ、あれぇー? ヘンだなぁー? おかしーなー? デデデ、デートなのに……っ。あっ、あああたし……、かかかかか、彼女なのになぁ……っ!」

 

「チッ」

 

 

 弥堂は舌打ちをする。

 

 

 そういえばそうだった。

 

 彼女となにか会話を始める時はいつも最初にこの言葉を言っていたので、知らぬうちに自分の中でパターン化されてしまっていたようだ。

 

 だが、この女は彼女で、今日はデートという設定だったと思い出す。

 

 

「なぁんも言わないでキョロキョロして。そんなに他の女の子が気になるのー?」

 

「いや別に」

 

「じゃあ一体どこを見てたのかなー? なんか来るのも遅かったし」

 

「悪かったな七海。キミに危険があるといけないと思ってな。予め周辺地帯の安全を確認していたんだ」

 

「は? なんて?」

 

「伏兵や罠がないかを確認していた」

 

「そんなデートがあるかボケ」

 

「あ? なんだと?」

 

「ん、んーんっ! あたしのこと考えてくれてありがと! うれしいっ!」

 

 

 早速意味不明なことを言い出す弥堂に希咲は一生懸命彼女としての体裁を保とうとするが、既に彼女は大分苦労していた。

 

 そして弥堂の方もそんな希咲の態度を訝しむ。

 

 だが、それ以上に希咲の猫撫で声にイラっときた。

 

 

「チッ」

 

「は?」

 

 

 思わずまた舌打ちをしてしまうと、希咲の瞳からも光沢が消える。

 

 そして二人ほぼ同時に、今日はそういう日じゃないと思い返してハッとした。

 

 

 このままではこの場で派手な口論に発展してしまいそうなので、弥堂はさっさとデートのタスクを消化するよう促す。

 

 

「いや、なんでもない。それよりも行くぞ。こんな場所でバカのように立っていても意味が無い」

 

 

 だが、その言い草が的確に希咲をカチンとさせる。

 

 溢れ出す怒りが彼女の唇をヒクヒクと震わせた。

 

 

「あ、あははー。あたしってば、こんな場所でバカみたいにあんたのこと待ってたんだけどー? そーんな健気な彼女に、なんかないのかなー? おかしーなー?」

 

 

 先程望莱と話していた時は、『弥堂だから時間を守れなくても仕方ない』というようなことを言ってはいた。

 

 だが、こうして本人と対面して、実際にその言動を目の当たりにすると、身体の奥底から無限に怒気が湧いてくる。

 

 

 そして、顏はどうにか笑っていても、怒りと嫌味を隠していない希咲の言葉に弥堂も苛立ちを増していく。

 

 

「それはお前の勝手だ」

 

<オイィッ⁉ オマエやめろって!>

 

 

 セコンドの制止を無視して弥堂は果敢に打ちあいに出る。

 

 

「は? 遅刻したら謝んなさいよ」

 

<七海ちゃん。ここはスルーしましょう>

 

 

 そして希咲の方もそれに応じた。

 

 

「遅れてない」

「遅れてんじゃん」

 

「そのような事実はない」

「あるから。時計見ろ!」

 

「持ってない」

「ほら! 10時40分! 約束10時!」

 

 

 額に怒りマークを浮かべながら希咲はスマホの時計を弥堂に突きつける。

 

 だが、それくらいで顔色を変えるような男ではなかった。

 

 

「遅れてないだろうが」

「バカなの? 40分も遅刻してんじゃんか」

 

「10時台に来てるんだから約束通りだろうが」

「そんな待ち合わせがあるかー! 10時ったら10時ピッタリに決まってんでしょ⁉」

 

 

 違う文化圏の者同士が遭遇したように、二人の間にはまず『時間の約束』や『待ち合わせ』の概念から齟齬が生じていた。

 

 

 これはイカンとメロから指示が飛ぶ。

 

 

<オイ、少年! オマエよせって>

<うるさい>

 

<とりあえず遅刻を謝っとけって! 思ってなくてもいいから!>

<断る>

 

<なんで⁉>

<女に謝るとつけ上がらせる。こちらが悪い時ほど謝るわけにはいかない>

 

<ダ、ダメだ、このひと……っ>

<あーん、ユウくん漢らしくてステキっ>

 

 

 全肯定風お姉さんには何故か好評だが、メロは味方選手の絶望的な民度の低さに眩暈を感じた。

 

 だが、この戦いは自身の大事なパートナーである愛苗の安全にも関わるもののようなので、どうにかモチベーションを繋ぎアドバイスを続ける。

 

 彼女はサポートタイプのネコさんなのだ。

 

 

<わかったッス。そこまでイヤなら謝るのは諦めるッス。代わりにホメるッスよ>

<あ? この女のなにを?>

 

<自分の彼女に何言ってんのッス⁉ つか、ナナミなんてハイスペなんだからホメれるとこなんていくらでもあるだろうが! とりあえずオマエでもボロが出にくそうな髪型にするッス>

<髪型だと?>

 

<どうせ失敗するから上手いこととか言おうとしなくていいッスから。シンプルに『いいね』って言うだけで! 余計なこと言うなよ⁉>

<メンドくせえな。そんなもん必要ないだろ>

 

<頼むから! ジブンのお願いっス!>

<だったら相応の頼み方があるだろ>

 

<ど、どうか、お願いしますッス……! ナナミの髪型をホメてくださいッス……!>

<チッ、仕方ねえな>

 

<なんなん? このひと……>

 

 

 開幕数分で味方を激しく疲弊させた弥堂は、改めてジロリと希咲の姿を見遣る。

 

 

「あによ?」

 

 

 その不躾な視線に希咲はムッとした。

 

 そんな彼女の生意気な顔に弥堂は反射的に罵倒をしたくなる。

 

 しかしその衝動を努めて抑え、褒める対象である髪型を確認してみた。

 

 

「…………」

 

 

 

 だが、今日の彼女は大きめの帽子を被っていて、髪型などは碌に視認出来ない。

 

 見てわかるのは、おそらくいつものサイドテールをやめて髪を下ろしているのだろうという点。

 

 そして後ろ髪だけをゆるめの三つ編みにして纏めてあり、それを身体の前面に垂らしていた。

 

 

 右側の鎖骨を隠す毛束を視て、弥堂の眉間に僅かに皺が寄る。

 

 

「……お前、その髪型ムカつくな」

<オマエなに言ってんのぉ⁉>

 

「はぁっ⁉」

 

 

 褒めるどころか髪型をディスる――女子にやってはいけないことを繰り出した男に、希咲もメロもビックリ仰天した。

 

 

「なにが悪いってのよ⁉ カワイイでしょ⁉」

「別に。悪いとは言っていない」

 

「言ったじゃん!」

「ムカつくと言っただけだ。咎めたわけではない」

 

「一緒でしょ!」

「一緒じゃない」

 

「こ、このやろう……っ!」

 

 

 そっちがその気ならこっちだってやってやると――

 

 希咲は今まで頑張ってスルーして触れないようにしていたモノに目を向ける。

 

 

「つーか、あんた人のこと言ってる場合じゃないでしょ?」

 

「あ?」

 

「なんなの? その服?」

 

 

 彼氏のコーデへのダメ出しを開始した。

 

 

 女子から男子へのそういった指摘も通常は賛否両論別れるものではある。

 

 だが、この場において希咲を咎める者は誰もいないであろう。

 

 

 何故なら――

 

 

「服がどうした?」

 

「ジャージじゃん」

 

 

 本日の弥堂くんのファッションはジャージだった。

 

 

「それがどうした?」

 

「ありえないから……っ!」

 

 

 制服じゃない時は大体ジャージな弥堂は怪訝な顔をするが、希咲は断固としたNOを突きつけてきた。

 

 

<ほらぁ! だから言ったじゃん! ジブン言ったじゃん! ジャージはねえって……!>

 

<服なんかなんだっていいだろ>

 

<初デートにジャージで来るクソダサ彼氏を連れ歩く女子の気持ちを少しは考えてあげて欲しいッス……!>

 

「デートにジャージで来るとかバカなの⁉ あんたあたしのことナメてんでしょ! つーか、デートじゃなくても駅前に出るのにジャージはないからっ! 中学生か⁉ そんなヤツと一緒にいたらあたしまで恥ずかしいでしょ⁉ 全然相手のこと考えてくれてないじゃん! そんくらいわかれ! ばか!」

 

 

 メロが女子として切実な訴えをすると、ちょうど希咲の方からもその倍以上のガチ説教が飛んできた。

 

 

「うるせえな。そんなに気に喰わねえんなら――」

 

「――ちょい待ち」

 

 

 不愉快そうな顏で弥堂が両手を自身の首元に持っていくと、彼が言葉を言い切る前に希咲の両手が素早く弥堂の手首を摑まえた。

 

 ジトっとした目を弥堂の顏へ向ける。

 

 

「……あんたなにする気?」

「気に喰わねえんなら脱げばいいんだろ?」

 

「……ちなみに下に何着てるの?」

「何も着てないが?」

 

「なんで?」

「特に理由はないが、強いて言うなら着るものがないからだな」

 

「なんで?」

「ないからだ」

 

「……脱いだら裸じゃん」

「そうだな」

 

「なんで脱ぐの?」

「お前がうるさいからだ」

 

「……もういい」

「なら最初から文句を言うな」

 

「…………っ」

 

 

 ファッションにダメ出しをしたら公衆の面前で裸になると脅迫をされ、希咲は色々と諦めることにした。

 

 もっと言い返したかったが、そうするとこの男は本当に脱ぐので、周囲の目を気にして自分が折れてあげることにする。

 

 

「……あんたさ、ヤクザの人たちだってジャージの下にタンクトップかTシャツくらい着てるでしょ? 裸ジャージはないって……」

 

「チャック上げてれば見えないんだから一緒だろ」

 

「もう多くは求めないけどさ、せめて白Tにジーンズとかでお願いできなかったんでしょうか……?」

 

 

 ちょっと落ち込んできたので希咲がつい下手に出てしまうと、ダメ男はキョトンとした。

 

 

「白Tとは白いTシャツのことか? 体操服ならあるが?」

「……体操服じゃないのは? もう何色でもいいけど」

 

「ないが?」

「なんで?」

 

「何故と言われもない物はない」

「……あんたの私服ってどうなってんの?」

 

「これだが?」

「他には?」

 

「ないが?」

「なんで?」

 

「ないからだが?」

「……うぅ、やだよぅ……。あたしの彼氏ダサすぎるよぅ……、こんなのないよぅ……」

 

 

 あくまで設定上であり、作戦上での彼氏である。

 

 だが、だとしてもだ。

 

 

 初デートというものに少なからず抱いていた幻想のようなものを、木っ端微塵に爆砕された上にその破片にガソリンをぶちまけられ盛大に燃やし尽くされた挙句残った灰すら便所サンダルで執拗に踏み躙られたような気持ちになる。

 

 デートはまだちゃんと始まってもいないのに、七海ちゃんは早くもメンタルに深刻なダメージを負い、さめざめと涙を落とした。

 

 

「なに泣いてんだお前。バカじゃねえのか」

 

「ばかはあんたよぅ……。立ち直るからちょっと待ってて」

 

 

 サングラスを外してメイクを気にしながら涙を拭くと、ふと気が付く。

 

 クルッと首を回して弥堂の顔を見た。

 

 

「なんだ?」

「そういえばあんた、よくあたしのこと見つけられたわね」

 

「どういう意味だ?」

「や。あたし帽子とサングラスだし。よく一発で見つけたなーって」

 

「そんなもの視ればわかる」

「そ? 知り合いにバレたくないからこんな恰好したけど、後からあんたもわかんないかもって気付いてさ。上手に待ち合わせ出来なかったらメンドいなって思ったんだけど……」

 

「自分の大切な彼女と他の女の見分けがつかないわけがないだろう? 何故なら俺はお前の彼氏だからな。当然のことだ」

「…………」

 

 

 一旦口ゲンカが途切れて少し冷静になったので、弥堂は発言内容の比率の調整のために恋人アピールをする。

 

 希咲はニッコリとパーフェクトスマイルを作り、だが何も言わずにクルっと身体ごと向きを変えて弥堂に背を向けた。

 

 そして――

 

 

<――きっしょ……っ!>

 

<うーん……、無表情なお顔と無感情な口調でこれは軽くホラーですね。なるほど。これはキモ告です>

 

<でしょ⁉>

 

 

 ここまで大人しくしていた望莱も弥堂のキモさにしみじみと共感する。

 

 

<それはともかく。こいつ、どう思う?>

 

 

 弥堂の様子について希咲は望莱の所感を伺う。

 

 

<う~ん、微妙ですね。ほんとビミョーです>

<うん。ビミョーよね>

 

<相手が他の人だったら、こんな態度で彼氏のつもりはありえないって即断ですけど……>

<弥堂だからね……。頭おかしいから逆にわかんない……>

 

<記憶が改変したからって、“せんぱい”の腐った性根まで変わるわけじゃないですし……>

<いっそ性格まで改変しててくれたら社会のためだったのに>

 

<この人、彼女に対してもこれが平常運転なんでしょうか?>

<誰に対しても態度ワルイからなぁ……>

 

 

 デフォでアタオカな人の行動から整合性を推し量ることは非情に困難であった。

 

 

<とにかく。これは先にボロを出した方の負けって感じですかね>

<やだなぁ……>

 

<正念場ですよ、七海ちゃん。世界一可愛い彼女を演じてください>

<うぅ、かえりたいよぅ……>

 

<まだ始まってもいません。それよりそろそろ移動した方が>

<えー? もうここで缶ジュース一本飲んだら帰るでよくない?>

 

<パパ活のオジサンや女子に囲まれながらデートする高校生なんていませんよ>

<だってさぁ。こんなモッサリジャージ野郎とオシャなカフェとか地獄すぎじゃんかぁ>

 

「おい、早く移動するぞ」

 

 

 望莱と思念通話で相談していると、他人をいくら待たせたとしても自分は決して待ちたくない系男子の弥堂がすぐに焦れる。

 

 

「うっさい。もうちょっとだからそこで大人しくしてて!」

 

 

 七海ちゃんはクソ男をガーっと威嚇して“待て”を命じ、望莱との話を纏めにかかった。

 

 

<ジャージは妥協しましょう。仕方ないです>

<だって、三本線よ?>

 

<三本線さんは別に悪くないです>

<せめてオシャレジャージだったらまだガマンしたけど。こいつが陰のオーラ半端ないから全然スポーティでもないし。高校生がジャージ着てんのに何で爽やかさがこれっぽっちもないの? ありえなくない? なんかパチンコ屋に朝並んでるガラ悪い人みたいだし>

 

<ボロカスで草。ですが、七海ちゃん。本当にそろそろ移動した方がいいですよ? でないと――>

 

 

 望莱が何かの注意を希咲に伝えようとした時、周囲の声が希咲の耳に入ってくる。

 

 

「――なにあの男。ダサ」

「ねー? ないよねぇ。アレとデートとか」

「男のレベルでどの程度の女かわかるよねぇ」

「ま、だからお似合いなんじゃない? 私は絶対ないけど」

 

 

 普段は誰とも目を合わせようともしないソロの援交女たちが抜群の連携でマウントをとってくる。

 

 プークスクスと、これ見よがしな嘲笑を四方から浴びせかけられて、希咲はあまりの羞恥と屈辱に歯噛みした。

 

 

<ぐぬぬぬ……っ!>

 

<ほら、ここに居てもロクなことないですし。せめて民度の高い場所に行きましょう?>

 

<わ、わかった……!>

 

 

 本当は「こんなの彼氏なわけねーだろボケ!」と声を大にして反論したかったがそういうわけにもいかない。

 

 希咲は渋々怒りを押し込める。

 

 だが、周囲の視線と声を見咎めたのは希咲だけではなかった。

 

 

「び、弥堂、とりあえずここを――って、ちょっと?」

 

「…………」

 

 

 弥堂は自分たちへ気を向ける者たちの顔を順番に見回していた。

 

 希咲の胸でイヤな予感が急激に膨らむ。

 

 

 弥堂はパッと見でわかりやすくガラの悪い風貌をしているわけではない。

 

 だが、異世界の戦場帰りは伊達ではなく、それと知らない者にもその異質な雰囲気が伝わってしまう。

 

 

 つい今まで希咲に悪意を向けていた女たちも、弥堂に視線を向けられると得体の知れない恐怖からスッと目を逸らした。

 

 だが、狩りをする犬は逃げれば追うものだ。

 

 

「――おい、貴様。貴様、貴様だ。何故今目を逸らした? なにか疚しいことがあるんじゃないか? どうなんだ?」

 

「ちょっとぉぉっ⁉」

 

 

 デート中に急に他の女にイチャモンをつけ始めた彼氏に七海ちゃんはびっくり仰天する。

 

 

「な、なんだよ……っ⁉」

 

「貴様……、見覚えがあるな。何故またここに居る? 不自然だな」

 

「い、意味わかんねーよ……! アタシはよくここに……」

 

 

 ぽっちゃりお肉をノースリーブワンピにギュッと押し込めた女子が、気丈にも弥堂に怒鳴り返す。

 

 奇しくもそのパパ活少女は前回ここでパパ活オジさんからドロップした財布を弥堂と奪い合った少女だった。

 

 

 彼女は頻繁にここで売春をしているので特に偶然でもないのだが、そんな理屈は弥堂には通じない。

 

 ずっと自分を監視していた刺客である可能性を疑う。

 

 

 自分の彼女をその場に残しズカズカと歩いて、少女への尋問を開始した。

 

 

「いいから服を全部脱げ。それで何も出てこなかったらとりあえず生命だけは見逃してやる」

 

「な、なんなんコイツ⁉ そこに彼女いるんだろ⁉」

 

「知ったことか。まずは自分が生きて帰れるかを心配をするんだな」

 

「こ、こらぁーーっ!」

 

 

 呆然としていた希咲はハッとすると、慌ててパパ活少女の救助に向かう。

 

 少女に触れそうな至近距離に立って見下ろしながら強い圧をかける弥堂の腕を掴んだ。

 

 

「や、やめろばかっ! 知らない人に迷惑かけんな!」

「黙ってろ。俺の邪魔をするな」

 

 

 多少強引にでも弥堂の腕をグイグイと引っ張って、とりあえず少女から少しでも離すことには成功する。

 

 そしてすかさず弥堂と少女との隙間に自身の身体を滑り込ませて、希咲は一般人を庇った。

 

 

「あ、あの! こいつはあたしが何とかするんで、逃げてください……!」

 

 

 か弱き少女へ避難を促すが――

 

 

「は? ベツにそんな男とるわけねーだろ? クソウゼェッ」

 

「へ?」

 

 

 メイクで激盛りの顔を盛大に歪ませた少女に毒を吐きかけられてしまう。

 

 

「カンチガイ女が。こんなとこで彼氏と待ち合わせとかあてつけかよ? そんな低スペ全然羨ましくねーっての。このブス。バァーカ」

 

「あ、あははー……、そそそ、そういうつもりじゃ、なかったん、だけどぉ……っ! ごごご、ごめんねぇー……っ!」

 

 

 何故か少女は希咲の方へ激しいヘイトを向けてくる。

 

『あれー? あたし助けてあげたのになー? おかしーなー? “また”なのかなー?』と脳内に疑問を浮かべながらも、これ以上のトラブルにはしないように希咲はギリギリ笑顔だけは維持した。

 

 

 だが――

 

 

<誰がブスだ! イキってノースリーブ着てんじゃねーわよ! 腋肉乗ってんだよボケ!>

 

<バチギレで草>

 

 

 心の中は決して穏やかではなかった。

 

 

 すると、碌に反論が来なかったことでマウントがとれたとでも思ったのか、少女はその顔に底意地の悪さを表した。

 

 

「つーかさ、アンタ遊ばれてるよ?」

 

「えっ?」

 

「アンタの彼氏、先週もここで見たよ? そん時さ、ベツの女と一緒だったんだけど」

 

「は? え?」

 

「その子泣いててさ。そんでここでアンタの彼氏が抱き上げてそのまま――」

 

 

 マズイ――と、弥堂はすかさず動き出す。

 

 何を言われているのかわからずに希咲が戸惑っている隙をついて、少女へと手を伸ばした。

 

 

「ホテル街の方に――」

 

「――うるせえんだよこのブス」

 

「――いぎゃあああぁぁぁっ⁉」

 

 

 少女が手に持っていたどこかのカフェのプラカップごと少女の手をグニっと強く握って黙らせる。

 

 ごくシンプルな暴言と共に行われたその暴力により、潰れたプラカップから白濁したミルクティが飛び出して、メイクベッタリの少女の顔をドロドロに汚した。

 

 

「か、顔はイヤアァァァッ⁉」

 

「おっと、失礼。目に入っているといけない。見せてみろ」

 

 

 弥堂は少女の顔から垂れるミルクティで自分の手を濡らすと、その指で少女の目の周辺をガシガシと乱暴に擦り始めた。

 

 

「メ、メイクがあぁぁぁっ! ぎゃああぁぁぁぁっ⁉」

 

「なななななにしてんだばかやろーっ!」

 

 

 目の前で行われた余りの蛮行に、希咲は堪らず弥堂に飛びつく。

 

 抱き着く形になっても構わずに力づくで少女から引き剥がした。

 

 

「何をする」

「あんたが何してんだー!」

 

「救命措置だ」

「うそつけー! あれは女子にやっちゃいけないことBEST5のうちの一つだから!」

 

「チッ、またそれか。おい、残りの3つを教えろ。後から言われてもめんどくせえんだよ」

「うっさい! いいから、あんたは離れて!」

 

 

 希咲は弥堂をドンっと突き飛ばして、地面に蹲る少女を助け起こそうとする。

 

 

「だ、だいじょうぶ……⁉」

 

「こんなアタシをみないでぇぇぇぇっ!」

 

「ひぃぃっ⁉」

 

 

 だが、近付いた瞬間にガバっと上体を起こした少女の顏に張り付いた前髪があまりにも不気味で、希咲は思わず悲鳴をあげてしまう。

 

 決してメイクの剥がれた素顔に悲鳴をあげたわけではない。

 

 

 少女は勢いよく立ち上がると、自身のワンピースの裾を両手で掴む。

 

 

「へ……?」

 

 

 呆ける希咲を他所に、少女は豪快にTシャツを脱ぐおじさんのようにワンピースのスカートをバッと捲り上げた。

 

 

「なにしてんのぉーっ⁉」

 

「みないでぇぇぇぇっ!」

 

 

 驚く希咲を置いて、少女は裏返したスカートを被って顔を隠す。

 

 そして上下セットの下着丸出し状態のまま物凄い勢いで広場から走り去っていった。

 

 

「…………」

 

<ぷっ……ぅくくくっ……、あっははははっあははは……っ!>

 

 

 希咲は放心したまま少女のお尻を見送りながら、どうやら今のでツボってしまったらしい望莱の笑い声を頭の中で聞いていた。

 

 

「な、なんなの……っ⁉」

 

 

 数秒程そうしてから希咲は弥堂を怒鳴りつける。

 

 他にどうしていいのかわからなかったからだ。

 

 

「なんだよ」

「なんでこんなことになんの⁉ ここ外なのよ⁉ まだ会って10分なんだけどっ!」

 

「知るか」

「ちょっとだけでいいからちゃんとしてよっ!」

 

「うるせえな。じゃあ、あれだ。俺の彼女にガンたれてやがったからシメてやったんだよ。礼を言え」

「ぶっとばすわよあんた!」

 

 

 弥堂のジャージの胸倉を掴んでガクガクと揺らす。

 

 そうしていると、周囲からの視線が今までになく集まっていることに気が付き、七海ちゃんはハッとした。

 

 

<七海ちゃん。とにかく移動を>

<あ、そ、そうよね……>

 

<それと、今の子はスタッフに尾行を命じました。以後スルーで>

<え?>

 

<詳しくは後で。とにかく今のことには絶対に触れないでください>

<わ、わかった>

 

 

 希咲はがんばって色々なモノを胸にしまって、まずはこの場からの離脱をすることに切り替える。

 

 乱れた弥堂のジャージをサッサッと直して、彼の手首をガッと掴んだ。

 

 

「行くわよ」

 

「あ?」

 

「『あ?』じゃない! いいから一緒に来て!」

 

 

 そのまま弥堂の腕を引いて広場を脱出し、ロータリーに沿って駅と反対方向へと足早に進む。

 

 

「どこに行くんだ?」

 

 

 しばらく歩いたところで弥堂からそんな疑問が投げかけられると、希咲はペイっと弥堂の腕を投げ捨てるようにして離した。

 

 そして何となく自分の身だしなみをサッサッと整えてからサングラスの位置を直して、コホンと咳ばらいをする。

 

 

「お店。予約してるから。後ろ着いてきて」

 

 

 返事も碌に聞かずにスンっとお澄ましして歩き出す。

 

 弥堂はとりあえず彼女に着いていくことにした。

 

 傍から見れば初デートらしく見えなくもないぎこちなさで、二人は会話もなく目的地へと向かう。

 

 

<腕組んで歩きましょうよー。一列縦隊のデートなんて聞いたことないです>

 

<うっさい>

 

 

 望莱の揶揄う声をあしらいながら希咲は黙々と歩く。

 

 

 その間に後ろを歩く弥堂の頭の中でも緊急会議が行われていた。

 

 

<オマエはバカなのか⁉>

 

<うるさい。頭の中でデカイ声を出すな>

 

 

 弥堂のセコンドについたメロさんは大変お怒りだった。

 

 

<あんな態度っつーか、行動っつーか……、ああぁぁぁぁっ! ダメじゃないとこが一つもなくって、何を注意すればいいのかわかんねえッス!>

<黙りなさいネコ。ユウくんのすることを否定しないで。全部許してあげるの。だってユウくんはカッコいいから>

 

<お前らどうでもいい会話はそっちで勝手にやってくれないか>

 

 

 自身のことは棚に上げ、弥堂は女どもの無駄話に辟易とした態度を示す。

 

 

<オマエもうちょっとどうにかなんねェんッスか?>

 

<なにがだよ>

 

<自分の彼女にあんな態度とるヤツがこの世にいるわけねーだろッス!>

 

<俺は大体あんな感じだったが?>

 

<ただのクソなんだが?>

 

 

 音楽性の違いから脳内でお互いの主張がぶつかりあった。

 

 

<とにかく! ジブンも女子としてアドバイスしてやるから。素直に聞いてどうにか乗り切ってくれよッス>

 

<お前は本当に役に立つのか?>

 

 

 ネコの分際で一端の女子気取りの言動をするのが鼻についてしまい、弥堂はどうにも懐疑的だ。

 

 すると、メロは得意げに鼻を鳴らす。

 

 

<フッ、いいッスか? ナナミの服装を見るッス>

 

<服? あれがどうした? その辺でもよく見かける恰好だが>

 

<オマエそれ絶対ナナミに言うなよ……? つーか、そういうことじゃないッス! オマエ警戒されまくってるッス! あの服装からわかるッス!>

 

<なんだと?>

 

 

 弥堂はその意見に一定の価値を認め、メロの話に耳を傾けた。

 

 

<もう大分あったかくなってきてるのに、肌の露出がほとんどないだろッス>

 

<それがどうした?>

 

<あのコーデから、絶対にオマエには見せないし触らせないという強い意思が感じられるッス>

 

<よくわからんが、急所を防御するために隠しているから、やる気だということか?>

 

<逆ッス。あれはやる気ゼロッス。えっちNGッス。つーか急所って言うな>

 

<意味がわからんのだが>

 

 

 しかし、彼女の言うことが全く理解できずに弥堂は眉を顰めた。

 

 

<言うほど急所が隠れていない気もするが。あんなに首を晒して。狙ってくれと言っているようなものだろ>

<とりま急所は忘れろッス。でもいい目の付け所ッス>

 

<……?>

<ダボダボニットで肩が半分くらいと首筋だけ見えてるだろ? あれはせめてもの情けっていうか、なけなしのサービスッスよ?>

 

<頸動脈を狙えという意味か?>

<だーから! 殺意をどっかやれッス! オマエが感じなきゃなんねェのはナナミへの敵意じゃなくって、感謝ッス!>

 

<何故俺が感謝をしなければならない>

 

 

 ますます意味がわからなくなってしまうが、メロは当たり前のことを説明するように話す。

 

 

<言っただろッス? 絶対に露出サービスはしないけど、でもそれじゃ可哀想だから肩だけ少し見せてあげるってサービスなんッスよ。我々女子は男子に厳しいことも言うッスけど、それでもフェアなんッス。だからオマエもリスペクトしろッス>

 

<リスペクトだと?>

 

 

 やはり何を言っているのかわからなかったが、弥堂の所属する部活動の長である廻夜 朝次(めぐりや あさつぐ)からも散々女性へのリスペクトを言いつけられていた。

 

 具体的には“おぱんつ”と“おブラ”だ。

 

 なので弥堂はメロの言葉を聞き入れようとする。

 

 

<どこをリスペクトすればいいんだ? 首か? 肩か?>

 

<は? まずは鎖骨じゃろがい! 普段あんま見えねえレア物ッスからな!>

 

<“お鎖骨”か? どうすればいい?>

 

<え? おさこつ……? そうッスね……。よくわかんねェけど、オマエは改心するためにまずは感謝をするんッス。感謝の気持ちが大事ってマナのママさんも言ってたから間違いないッス>

 

<具体的に言え>

 

<具体的……? えっと? 感謝の基本は頭を下げて『ありがとう』じゃねッスか? ホントはオマエみたいなモンがナナミレベルの女子からデートに誘って貰えるとかありえねえッスからね? ありがとうございますって言えッス>

 

<わかった。いいだろう>

 

<へ?>

 

 

 メロが適当にノリで説教をしていると弥堂は何かをわかってしまったようで、急に足を速めて希咲の背に追いつく。

 

 

「おい、きさ――七海」

 

「は?」

 

 

 とても感謝の念を感じられない高圧的な声で名前を呼びつけると、希咲が不機嫌そうに振り返り足を止めた。

 

 弥堂はそんな彼女の鎖骨をジッと見下ろす。

 

 

「……なに? つか、どこ見てんのよ……?」

 

 

 その不躾な目線に、希咲は嫌悪感を露わにした。

 

 ゆったりめのVネックの隙間を隠すように襟元を手で押さえる。

 

 

「ちょっと“お鎖骨”を見せろ」

 

「は……?」

 

 

 急に意味不明なこと言い出した彼に希咲は眉を顰めた。

 

 弥堂はその隙に彼女へ手を伸ばす。

 

 彼女の“お鎖骨”を隠す邪魔な三つ編みを掴んで、ペイっと背中側に投げ捨てた。

 

 そして――

 

 

「ありがとう」

 

「…………」

 

 

 希咲の鎖骨に向けて誠心誠意腰を折って頭を下げる。

 

 至近距離でしっかりと希咲の鎖骨を見つめてリスペクトをした。

 

 

 七海ちゃんは何も言いたくないし、何も考えたくなかった。

 

 なので、唐突に自分の胸元に顔を近づけてきて感謝の意を表明した男に対して気合でニコーっと笑う。

 

 そして無言のまま、綺麗に伸ばした爪を使い、プスっと弥堂の頬を刺した。

 

 

「いてえな」

 

「うっさい。余計なことしないで。大人しく着いてきなさい」

 

 

 そしてなかったことにしてプイっと背中を向けてまた歩き出した。

 

 弥堂も黙って歩き出す。

 

 

<七海ちゃん? 今のはなんだったんです?>

<わかんないけど、どうせいつものおばかでしょ>

 

<あの人いっつも“あぁ”なんですか?>

<知んないけど、大体そうよ。ちょっと構ってあげないと暇だからってすぐ余計なこと考えるのよ。でもおばかだから、ああいう意味わかんないこと思いついちゃうの>

 

<……あれはどういうあれなんです? セクハラ?>

<多分鎖骨に“お”を付けてたからリスペクトだと思う。知らんけど>

 

<…………>

 

 

 口ぶりとは裏腹に、あの脈絡がなさすぎて意味不明な男の言動と思考回路を着実に把握していっているお姉さんに、みらいさんはこっそりと萌えた。

 

 

 

<オマエふざけんなよ⁉>

 

 

 一方こっちではメロが怒っていた。

 

 

<あ? お前がやれって言ったんだろ?>

<言ってねえッス! 言ったかもしんねえけど、そういうことじゃねえだろ⁉>

 

<よくわからんな>

<まぁ、過ぎたことはもういいッス。切り替えていこうッス。ナナミの鎖骨アップも見れたしな。色々と言ったがサキュバス的にはポイント高いッス>

 

<なんのポイントだよ>

 

 

 メロさんはどうでもよくなってきたので切り替えて、自分もふざけることにした。

 

 

<ポイントといえばさっきのもポイントやるッス。オマエあのパパ活女子のむっちむちのケツ見たッスか?>

<見てない>

 

<ウソつくんじゃねえッスよ。ジブンに見えてたってことはオマエが見てたってことじゃろがい! こ、こいつぅ~、隠すなよぉ~>

<うるせえな。何が言いたい?>

 

<走って逃げる時のあのだらしない尻肉がぶるんぶるん揺れるの、いいッスよね? あとー、右のケツの下にホクロあったの気付いたッスか? あれ……、スケベでいいッスよね?>

<知るか>

 

 

 ストレスにより下ネタに逃げ始めたメロの戯言を聞き流すが、悪魔は勝手に頭の中に話しかけてくる。

 

 

<いいッスか、少年? 今、ジブンの視界には少年の見ているものが共有されているッス>

<それはもう聞いた>

 

<いいや、オマエはわかってないッス>

<なにがだよ>

 

<つまりッスよ? 現在の我々にはハメ撮り生配信が可能ッス!>

<あ?>

 

<ジブンに任せろッス! いいッスか? 協力してあのギャルを即日えっちに持ち込むッスよ!>

 

 

 妙に協力的だと思ったら、どうやらサキュバスらしい邪な思惑があったようだ。

 

 

<ふざけるな。そんな目的じゃないだろう>

 

<何おぼこいこと言ってるんッスか。恋人のフリで通すなら最終的にはそうなるだろがッス。どうせオマエみたいなモン、女性とのコミュニケーションと言ったらセックス以外の手段を知らないだろッス>

<そのような事実はない>

 

<ボロが出る前にラブホに引き摺りこむッスよ。長期戦はオマエには不利ッス!>

<もう通信を切れ。お前は不要だ>

 

<そ、そんなこと言うなよぉ……! ギャルとデートとかジブンガチでテンションアガるんッス! ドスケベのニオイがプンプンするんッスよぉ……!>

 

<ネコ。マジメにやりなさい。ユウくんの邪魔をしないで>

 

 

 “不要な栄養(リュクス・アーモンド)”に我を失い、己を解放したメロはすぐに聖女さまに怒られてしまった。

 

 聖女さまは自分の勇者さま以外には厳しいのだ。

 

 

<これは遊びじゃないの。ユウくん、気付いてる?>

 

<当然だ>

 

<え?>

 

 

 思いの外真剣な二人の声音にメロは冷や水を浴びせかけられたように冷静になる。

 

 

<あいつ、昨日とは違う。状況が変わったようだ>

 

<ど、どういうことッスか?>

 

<気付かないのネコ? 今日のあのギャル子の振る舞いに>

 

<振る舞い……?>

 

 

 なんのことだろうとメロは考えるが、その答えを出す前にエアリスは先に進めた。

 

 

<あのギャル子。寝て起きたらユウくんの彼女気どりよ>

<え?>

 

<気付かなかったの? あの子。今日は付き合っていることを一回も否定していないわ>

<そ、そういえば……、自分からフツーに彼女とかって言ってたッス……!>

 

 

 メロにもようやく前回との状況の変化が理解できる。

 

 

<でも……、急に、なんで……?>

 

<こちらを混乱させるつもりだろうな>

 

<混乱?>

 

<いい? ネコ。ユウくんは今、小娘の記憶を失ったことにして、他のニンゲンと同じように記憶や認識の改変の影響を受けているフリをしているわね?>

<うん>

 

<あのギャル子はそれをわかっている。でも、あの子まで同じ認識改変の影響を受けたフリをしたら?>

<え? えっと……?>

 

<当然、そうじゃないって知っているこちらはそれを不自然に思うわよね? それに違和感を感じないのは記憶が変わっているニンゲンだけ>

<そ、そうか……!>

 

 

 どういう事態なのかが全員に共有された。

 

 

<つまり、ナナミの彼女ムーブに疑問を感じたら負けってことッスよね?>

 

<そうだ。少なくとも疑問や不審を感じていることをあの女に気取られてはならない。タフなゲームになるぞ>

 

<油断するんじゃないわよ、ネコ。戦いはすでに始まっているの。そう……、つまり――>

 

<ここはもう――戦場だ>

 

<…………>

 

 

 緊迫感を伝えてくる二人にメロは何も言うことが出来ない。

 

 病室のベッドの上、朝からリハビリをがんばって現在はお昼寝中の愛苗ちゃんの横で、メロはそっと視線を窓枠で切り取られた狭い空に向ける。

 

 

<……ねぇ、みらい。そろそろ晩御飯の支度する時間じゃない? あたしもう帰らなきゃ>

<七海ちゃん。残念ながらまだ午前11時です>

 

<あ、じゃあ、あたしウチの子たちのお昼作んな――>

<――それはウチのお手伝いさんにやってもらうことになってるでしょう? 万が一遅くなった時に備えてお夕飯も頼んであります>

 

<…………あたしもう体感夕方くらいなんだけど>

デート(バトル)はまだまだこれから。今まさに始まったばかりです! 負けませんよー!>

 

<…………>

 

 

 お互いの念話でのやり取りを知る由はないが、この時希咲とメロの思いは偶然にもリンクしていた。

 

 

 メロは澄んだ顔で空を見ながら、この思考が念話に乗らないように努める。

 

 

(今日もダメそうだなぁッス……)

 

 

 今回のルールは、単純明快。

 

 恋人ムーブに耐え切れずに、先にイモ引いた方が負け。

 

 

 弥堂と希咲の――カタチを変えただけのような気がしないでもない――いつものチキンレースが開始された。

 

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