俺は普通の高校生なので、   作:雨ノ千雨

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2章13 ドキドキの初デート ③

 

 新美景駅北口の駅周辺は一帯の治安や民度の低さが表れているように外観が荒れている。

 

 ゴミが転がっていたり、壁に落書きがあったり、また路面に血痕が付着していることも珍しくない。

 

 それは駅前のロータリーから東側に入って伸びていく歓楽街と、その奥にある外人街の影響だ。

 

 

 だが、それでも一般人が北口に来訪するのは、ロータリーの反対側の西方面にあるショッピングストリートのおかげだ。

 

 

 ロータリーの西側出口から駅を離れていくに連れて、風景が徐々にクリーンになっていく。歩道のスペースが拡がって段々と車道を侵食していき、やがてそれが無くなる。

 

 アスファルトで塗られていた歩道はその区画に入る頃にはレンガ作りに変わっており、同じ北口だとは思えないほどお洒落な通りが視界に広がる。

 

 

 レンガを敷いたこの路面の見た目はSNS映えするだろうに、実はあまり女性からの評判がよくない。

 

 レンガの隙間にヒールが刺さって折れてしまい、その度に通りにある靴屋が儲かるという事例が頻繁に起こっているからだ。

 

 実際に市へ陳情もいっているようだが、改善する意向はいつまでも見えてこない。

 

 

 通りの両脇には新しめで小綺麗なビルが規則正しく並んでいる。

 

 これらのビルの2Fより上に入っているのはほとんどがオフィスだ。

 

 そして通りに直接面する1F部分は店舗用のテナントとなっているので、辺りは買い物客で賑わっている。

 

 

 洋服のブティックや小物ショップ、スイーツ専門店にカフェやレストラン――

 

 メインターゲットを女性にしているのだろうと思われる店並びだ。

 

 この空間全てが品のいい空気感でコーディネートされていて、この場所を訪れる客も目論見通りに女性やカップルなどが多くなっている。

 

 

 ここは“W.M.Street”というショッピングストリートだ。

 

 本来はただの“西美景通り”という何の洒落っ気もない名前に過ぎなかったのだが、災害復旧時から“WEST MIKAGE”という表記に変わり、現在の外観に近づくに連れて“Woman Midium”とも掛けて“W.M.St.”と略されるようになっていた。

 

 人によって“W.M”という略語から連想するものが多岐に渡ってしまい、いい感じに元の“西美景”というダサい起源が隠蔽されている。

 

 若者たちの間では“W.M(ダブエム)”と呼ばれることが多かった。

 

 

 

 その“W.M”のレンガに靴を乗せると同時に、清潔感のある空気が頬を撫でる。

 

 その雰囲気に身体を浸した瞬間――

 

 

 希咲の耳は上機嫌にピコンっと跳ねて、弥堂の眉間は不愉快そうに歪んだ。

 

 

 通りの中央ラインには一定間隔で木が植えられており、その木の外周に沿うようにベンチが並んでいて、ちょっとした休憩スペースにもなっている。

 

 そのベンチで男女のカップルが並んで座り、クレープ片手に談笑していた。

 

 

 カップルの男の方がクレープに齧りつく姿を視てから、弥堂は眼を逸らすようにしてその場を離れる。

 

 先を行く希咲の背を眼に映した。

 

 

 周囲の地形や道行く人々を確認しながら歩く弥堂の前で、希咲は首を振ることなく真っ直ぐに歩いている。

 

 目的地が決まっていて、その場所を把握していることがわかる。

 

 

 少し進んだところで、希咲は一軒の花屋の軒先をムムッと見て、それからその隣の店へと向かった。

 

 店の外側の通りにはテーブルや椅子が設置されていて、まだ昼前の時間だがその席はもう埋まっているように視える。

 

 

 かなり繁盛しているようで、店の中から外まで列が続いているようだ。

 

 希咲がその最後列で足を止める。

 

 

 弥堂も彼女の背後で立ち止まり、視線を上げる。

 

 “Lushe Luce(ルーシェ・ルーチェ)”と記された大きな看板があった。

 

 

 さらに視点を上げると、2Fには書店、さらにその上にはネイルサロンやエステサロンの看板が出ている。

 

 視点を下げると、1Fの店内と外のテラス席との境にはガラス張りの壁だ。

 

 丈夫そうなガラスに視える。

 

 “零衝(ぜっしょう)”を使えば問題なく破壊出来るだろうが、体当たりでぶち破るには軽傷は覚悟する必要がありそうだ。

 

 

 テラス席の方へまた眼を向ける。

 

 各テーブルの上に並んでいる物を視るに、軽食やデザートも出てくる喫茶店のようなものなのだろうと判断出来た。

 

 仮に店内で襲撃を受けて逃走をする際、このテラス席とこの外まで伸びている行列が邪魔になりそうではあるが、その辺にいる連中を盾にすることも可能だと――そんな風に考えることも出来る。

 

 

 弥堂は視線を広い範囲に振った。

 

 何か怪しい風体の人間や、不自然な動きを見せる人間が居ないか、魔眼を使って確認する。

 

 

<――お。ここ“ルールー”じゃないッスか?>

 

 

 そうして弥堂がカフェの店先で不自然な挙動をしていると、念話でメロが語りかけてきた。

 

 

<“ルールー”……?>

 

<うむッス。女子に人気のカフェなんッスよ。“Lushe Luce(ルーシェ・ルーチェ)”だから“ルールー”ッス>

<そうか>

 

<初めてここに来ることを“初ルールー”って言うんッス。“初ルールー”のタグつけて投稿すれば“good”3桁は約束されたようなもんッス>

<それは素晴らしいな>

 

 

 この上なくどうでもいい情報を与えられて弥堂は気分を害する。

 

 弥堂のような陰気で野卑な男は、女子が好むようなキラキラ文化に触れると無条件に苛立つように出来ているのだ。

 

 

 眼に入る光景、肌で感じる空気、そして生理的に受け付けない文化。

 

 間違いなくここはアウェーだった。

 

 

(タフなゲームになるな……)

 

 

 改めてそれを感じとり、弥堂は希咲の背に眼を戻して黙って列が進むのを待つ。

 

 

 5秒。

 

 

 弥堂はイライラしてきた。

 

 

 

 とりあえずこんな場所に連れて来た者に八つ当たりをすることにする。

 

 

「おい」

 

「は?」

 

 

 ぶっきらぼうな声を彼女の後頭部にぶつけると、同じくらいに不機嫌そうな声を返しながら希咲が首だけ振り向かせた。

 

 

「あによ」

 

「ちっとも進まないぞ」

「まだ並んだばっかじゃん」

 

「そもそも何故並ぶ?」

「ここ人気なんだもん。しょうがないじゃん」

 

「他にも店はあるだろうが」

「もぉー……、うるさいなぁ……」

 

 

 うんざりとしながら希咲は肩から提げたリュックの外ポケットに手を入れてゴソゴソとする。

 

 

「――はい」

 

「……なんだこれは」

 

 

 リュックから抜いた手を伸ばして、希咲は弥堂の掌の上に何かを落とす。

 

 それはただのキャンディだった。

 

 

「それ食べて大人しくしてて」

「いらねえよ」

 

「じゃあ、フツーに大人しくしてて」

「してるだろうが」

 

「文句言わないで大人しくしてて」

「文句じゃない。並ぶほど混雑した店で順番を待つより空いている店に入った方が効率がいいという正当な主張だ」

 

「ダメよ」

「あ?」

 

 

 弥堂にしては珍しく一般的な部類の意見ではあったが、それは希咲に一考の余地もなくバッサリと切り捨てられてしまう。

 

 

「予約してんだからダメ」

 

「予約……だと……?」

 

 

 弥堂の警戒心が膨れ上がりその眼が細められた。

 

 

「どういうつもりだ?」

「は? どういうも何も予約は予約でしょ」

 

「何故予約した」

「あんたとノープランでお出かけなんて出来る気がしないからだけど?」

 

「それはお前の妄想だ」

「妄想じゃないし。じゃあ、あんた今日は一緒に何処行こうかとか、何かそういうプラン持って来たわけ?」

 

「……来た」

「うそつき。んじゃ、代わりにどっか行きたいとかそういうアイディア出せるわけ?」

 

「……出せる」

「うそつき。どうせあんた“ダブエム”来るのも初めてでしょ? どこにどんなお店あるか知らないくせに」

 

「だぶ、えむ……?」

「あ、うん。もうだいじょぶ。うんうん、待つの退屈だよね? もうちょっといい子にしてよーね?」

 

 

 大きなサングラスを着けていてもわかるくらいに、希咲はニコっと大袈裟な笑顔を造って弥堂をあやすとクルっと前を向く。

 

 

「…………」

 

 

 弥堂はあまりの侮辱に咄嗟に言い返すことが出来ず、図らずとも大人しくいい子になってしまった。

 

 だがそれも5秒。

 

 弥堂はイライラしてきた。

 

 

「おい」

 

「もぉーっ」

 

 

 予想はしていたのか――声をかけただけで希咲は辟易としながら、今度は身体ごと振り返る。

 

 

「なんですぐイライラしちゃうの?」

 

「してない。他へ行くぞ」

「ムリだって」

 

「無理は嘘吐きの言葉だ」

「あんたが言うんならそれもウソじゃん」

 

「嘘じゃない」

「じゃあやっぱムリじゃん。終わり」

 

「あ……? っと、どういうことだ?」

「え……? んと、どういうことだろね。わけわかんなくなっちゃった」

 

 

 二人顔を合わせながら首を傾げてしまう。

 

 

「とにかく予約してるからダメだってば」

「ふん、やけにこの店に拘るな? なにかあるのか?」

 

「は? 拘るっていうか、あたしここ初めてだからそれはちょっとだけ楽しみだったけど?」

「ほう。希咲……、貴様さては“初ルールー”か?」

 

「え……、なんであんたが“初ルールー”とか知ってんの? きも……」

「…………」

 

 

 さっき覚えたばかりの知識でマウントをとろうとしたら、希咲にはガチめに引かれてしまった。

 

 頭の中で響くメロの笑い声を聴きながら弥堂は屈辱を奥歯で噛み砕く。

 

 

「そんなことはどうでもいい。あまりにお前が頑なだから訝しんだだけだ」

「予約したからちゃんと行く。それだけでしょ? なによ訝しむって。いみわかんないし」

 

「ふん、そうか? 本当はお前にはその意味がよくわかっているんじゃないのか?」

「なに言ってんの? 予約の意味わかってないのはあんたでしょ」

 

「わかってる。だから他へ行くぞ」

「行かないってば。やっぱわかってないじゃん」

 

「わかっている。お前の魂胆など、な」

「はぁ?」

 

 

 弥堂は周囲へ視線を回し伏兵や罠を警戒した。

 

 希咲はそんな挙動不審な男を軽蔑の目で見る。

 

 

「いいかげんにしなさいよ。もう高校生なんだから、ちょっと待つくらいガマンして」

「ほう、そんなに困るのか? 俺が大人しくこの店に入らないと」

 

「当たり前でしょ。あたしも困るし、お店の人も困るに決まってんじゃん。つか、すでにあたしら予約時間に遅刻してんだからね? あんたのせいで。わかってる?」

「チッ、やはりグルか……」

 

「あんたなに言ってんの?」

 

 

 希咲は溜息を吐き、弥堂が店の中へ鋭い眼を向けた瞬間――

 

 

「――おい、おばか」

 

「あ? な――」

 

 

『なんだと?』と続けようとした弥堂の言葉は、途中で止まる。

 

 カツっと鳴った自分の歯の音で止められた。

 

 

 弥堂が眼を逸らした隙に神速のスピードで動いた希咲の手が、彼の手からキャンディを奪う。

 

 次に声をかけながら素早く紙包みを解き、彼が口を開けた瞬間にそこへキャンディを入れる。

 

 弥堂はそれを視て認識するよりも先に、舌先に感じた甘さの方に気付いた。

 

 

「いいからこれ舐めて大人しくしてなさい」

 

 

 希咲はジト目でそう言いながら指先で飴玉を弥堂の口の中に押し込む。

 

 舌で甘さ以外の味を認識し、彼女の細い指が下唇から離れた瞬間、弥堂はベッと飴玉ごと唾を吐き捨てた。

 

 反射的に腰の後ろに手が回る。

 

 

「あっ――⁉」

 

 

 ナイフの柄に手が触れたところで、弥堂の行いにビックリした希咲が素早くしゃがみこんだ。

 

 

 希咲は、弥堂が吐き捨てたキャンディを元の包み紙で摘まんで拾うと、ポケットティッシュを取り出し地面に落ちた唾を拭きとる。

 

 次に、新しいティッシュで全部を包んで鞄から取り出したビニール袋に放り込んで口を縛る。

 

 そして、袋を元通りリュックの中に仕舞った。

 

 

 それから「すいません」「ごめんなさい」と周囲に頭を下げながら苦笑いをする。

 

 

 弥堂は今すぐナイフを抜いて首を掻き切りたくなる衝動を抑え、手足の痺れや内臓に異常がないかを確認しながら、彼女が列に戻ってくる姿を視ていた。

 

 希咲は弥堂の前に立った瞬間に愛想笑いを消し去って眉をナナメにする。

 

 

「――あんたねっ! なんでそういうことすんの⁉」

 

「……いらないと言っただろ」

 

「もうマジガキっ! マジやだっ!」

 

 

 それっきりプイっと前を向いて彼女は黙ってしまった。

 

 

<あーあ、怒らせちまったッス>

 

 

 その隙にメロが念話で話しかけてくる。

 

 

<お前この怒らせ方はダメッスよ。二人の間だけでのことならリカバリが効くッスけど。周りの人に迷惑かけて恥をかかされる系のヤツは、女子はマジでムリッスよ>

<うるさい黙れ>

 

<なんでこんなことしたんッスか?>

<毒を盛られている可能性がある>

 

<あるわけねーだろ?>

<そう考えて油断した奴から死んでいくんだ>

 

<いやいや、百歩譲って生命狙われてるとしてもこんな目立つトコで殺っちまったらその後どうするんッスか? 人生終わりッスよ?>

<殺すことが目的ならそれを達成した瞬間その後のことなどどうでもよくなるだろ>

 

<そんな風に捨て身で物事考えるのはオマエだけッスよ! どこの世界に自分の人生かけてデート中にカフェで彼氏を殺りにくるJKがいるっていうんッスか!>

 

<ネコ――>

 

 

 弥堂とメロが口論していると、横からエアリスが参加してきた。

 

 

<ユウくんはね、これまでに何度も毒殺されているの。数えきれないほどの女に>

<えっ……?>

 

<その結果こうなってしまったし、こうでなければ絶対に生き延びることは出来なかったわ……>

<も、もしかして、マナの弁当捨てたりしたのも……>

 

<そうよ。ユウくんは他人から出された食べ物や飲み物は絶対に口に入れないわ。相手が女なら特に>

<そ、そうだったんッスか……>

 

<全部女が悪いの。ワタシ以外のこの『世界』の全ての女が。ユウくんは悪くない。一つも。カワイソウなの。被害者なの。ユウくんのお腹の中を汚そうとする淫乱女どもからユウくんを守ってあげなきゃいけないの……>

<そ、それは……>

 

 

 どこかうっとりとしたような声音で言うエアリスに、ちょっと言い過ぎじゃないかと思ったがメロさんは空気を読んだ。

 

 

<あれ……? ちょい待ちっス。ってことは――>

 

<――集中しなさい、ネコ>

 

 

 メロは何かに気づいてそのことに思考を巡らせようとするが、エアリスに窘められてしまう。

 

 

<言ったでしょう? 戦いは既に始まっていると>

<あ? え? はぁ……>

 

<そんなわけない。そんなことするわけがない。そうやって油断をした者から死んでいくのが戦場よ。そうよね? ユウくん>

<そのとおりだ>

 

<徹底しなさい、ネコ。ここまで徹底してなおその後も毒を盛られ続けたくらいなんだから。やってもやっても足りないのよ>

<そ、それって、どっちみちダメなんじゃ……、って――うわっ⁉>

 

 

 メロがげんなりとしようとした瞬間、共有している視界がグルっと勢いよく回った。

 

 弥堂が急に背後を振り向いたためだ。

 

 

<な、なんッスか急に……>

「――おい、貴様」

 

「え……?」

 

 

 驚くメロを無視して弥堂は知らない人に話しかける。

 

 

「何故俺の背後に立つ? どういうつもりだ貴様」

 

「えっ? 私、列に並ぼうかと……」

 

 

 それは普通に行列に加わろうとしただけの一般女性だった。

 

 弥堂は二人組の若い女をギロリと見下ろした。

 

 

「その必要はない」

 

「え?」

 

「この店はいっぱいだ。列は少しも進まない。時間の無駄だ。他所へ行け」

 

「で、でも、私たち……」

「ずっと前から予約してて、今日やっと……」

 

「ほう。貴様らも“初ルールー”か」

 

「あ、はぁ……」

 

 

 モッサリジャージ野郎が自分たちと同じ言葉を使ったことで、女性たちは無意識に不快感を覚える。

 

 そんな様子にもお構いなしに、弥堂は知らない女の人たちへの疑いを強めた。

 

 

「奇遇だな。俺も“初ルールー”だ。だが、おかしいな」

 

「え?」

 

「列に並んだ客が偶然たまたま続けて“初ルールー”になる確率はどれくらいだ? そんな偶然があるか?」

 

「その、人気の店ですし、ねぇ?」

「う、うん、別に普通にありえるんじゃ……」

 

「うるさい黙れ。言え。誰に頼まれた。隠すとただじゃ――ぇぺっ」

 

「じぇぺ……?」

 

 

 ゴリ押しで女性たちに有りもしない罪を吐かせようとすると、突然背後へ首が引っ張られる。

 

 ギロリと眼を遣ると、そこには後ろから弥堂のジャージの襟を引っ張っている彼女の姿が。

 

 

「あ、あの、このバカがごめんなさいっ……!」

 

「えっと、はぁ……」

 

 

 弥堂は希咲へ何か文句を言ってやろうとするが、その前に彼女はペコペコと女性たちに頭を下げ始めた。

 

 

「ホントすみません。もう話しかけないようにさせますんで……。あっ、お詫びに前どうぞ。あたしたち後ろに行きます」

 

「えっと……、ありがとう……?」

 

 

 何が何だかわからないと戸惑う女性たちに順番を譲り、希咲は弥堂の首根っこを摑まえて一つ後ろへと引き摺って行く。

 

 

「あんたねぇ! すぐに知らない人にカラむのやめてよ!」

「絡んでない」

 

「うっさい! とにかく他の人にメーワクかけるのやめてっ!」

「お前にそんなことを言われる筋合いはない」

 

「あるから! あたし彼女だし! あたしまで恥ずかしいでしょ⁉ 彼氏なら言うこと聞いて!」

「あ? 彼氏だからと……」

 

 

 言うことを聞く筋合いなどない――そう言おうとして、弥堂は言葉に詰まる。

 

 過去の経験を思い出すに、ルビアにしろエルフィーネにしろ、外で女の言うことを聞かないと割と碌な目に遭っていないような気がしたのだ。

 

 

「とにかくっ! あんた今日はもう、あたし以外の人と喋るの禁止ね! いい⁉ ゼッタイよ!」

 

「…………」

 

 

 弥堂が言葉に詰まった隙に、希咲は一方的にそう言い付けてまた前を向く。

 

 弥堂はとりあえず黙って引き続き周囲を警戒することにした。

 

 

 

<――もう……っ! 超ハズイんだけど……っ!>

 

<七海ちゃん七海ちゃん。今の束縛彼女の台詞あとで“edge”の通話でもう1テイクお願いします。録音したんですけどノイズ混ざっちゃって>

 

<うっさい!>

 

 

 早速思念通話で揶揄ってくるみらいさんを希咲はガーっと怒鳴りつける。

 

 

 すると、「え? 彼氏?」「あれが?」「うそでしょ?」といったコショコショ話が前の方から聴こえてくる。

 

 七海ちゃんはカァーっと羞恥と怒りで顔を赤くして俯き、帽子をズラしてお顔を隠した。

 

 

(ま、まだお店に入ってもいないのに……。じ、じごく……っ)

 

 

 待ち合わせをして、何分か歩いて目的地まで来る。

 

 たったのそれだけでデートとはこんなにも疲れるものなのか。

 

 

(え? こんなんだったら、あたしマジで一生彼氏いらないんだけど……)

 

 

 割と本気で恋人関係というものに絶望してしまう。

 

 

 だが、それは二つの意味で思い違いだ。

 

 

 一つは、当然彼氏というのは決してこのようなものではないということ。

 

 

 そして、もう一つは――

 

 

――弥堂 優輝という男は決してこの程度ではない、ということだ。

 

 

 地獄とはこんなものではない。

 

 

 本当の地獄(デート)はここから始まるのだ。

 

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