俺は普通の高校生なので、   作:雨ノ千雨

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2章13 ドキドキの初デート ⑥

 普通の高校生である弥堂くんと希咲さんは付き合い立てのカップルらしく、カフェでお昼ごはんの相談をしている。

 

 

「いいからさっさと決めてよ!」

 

「いらねえっつってんだろ」

 

 

 している。

 

 

「お店出た後で『お腹空いた』とか言われたらめんどいからここで食べちゃってよ!」

「余計なお世話だ」

 

「それを言っていいのは自分でちゃんと出来る人だけっ! あんたちっともちゃんとしないじゃん!」

「だから、そもそも昼飯が必要ないと言っている」

 

「そんなわけいかないでしょ。それともなに? あんた、もう食べたの?」

「……食べた」

 

「へぇ? あたしのこと待たせておいて一人でお昼ご飯食べてきたわけ? ふぅ~ん?」

「……食べてない」

 

 

 弥堂が弥堂なのはもちろんなのだが、希咲も希咲でムキになって、二人はずっと言い合いをしている。

 

 しかし、弥堂をセクハラや迷惑行為などのパワープレイに出させなければ、単純な口ゲンカでは希咲の方が若干有利なようだ。

 

 

<…………>

 

 

 望莱は黙ってその様子を観察している。

 

 新鮮な気持ちで二人のやりとりを聞いていた。

 

 

「つか、あんた朝ごはんは?」

「あ?」

 

「『あ?』じゃない。ちゃんと朝ごはん食べてきたの?」

「……何故そんなことを聞く?」

 

「ベツにフツーの会話でしょ? 食べたか食べてないか言うだけなのに、なんでいちいち口答えしてくるわけ?」

「うるせえな。母ちゃんか、お前は」

 

「誰があんたのママか。きっしょ。で?」

「チッ、食ったよ。しつけえな」

 

「そ。なに食べたの?」

「……何故そんなことを聞く?」

 

「もぉーっ、またそれ?」

「こっちの台詞だ」

 

 

 朝ごはんトークすら儘ならない二人の会話を望莱は楽しむ。

 

 そんな風に鑑賞されていることに二人は気が付いていなかった。

 

 

「お昼のメニュー決めるのに参考にしようと思ったの」

「だからいらねえってんだよ。無理矢理給食を食わすのはパワハラだってことになったんだろ?」

 

「給食じゃないし。いいからお昼くらい大人しく食べなさいよ」

「昼飯なら持ってるから頼む必要はない」

 

「は?」

 

 

 弥堂はまたジャージをごそごそと漁って何かを取り出す。

 

 そして彼がテーブルの上に置いた物を見て、希咲は見事なジト目になった。

 

 

「俺はこれを食う」

 

「…………」

 

 

 弥堂が出したのは完全栄養食である“Energy(エナジー) Bite(バイト)”だ。

 

 希咲はそれを無言で没収した。

 

 

「おい」

「持ち込みはダメだって言ったでしょ? つか、またこれ? あんたマジでこれが好きなの?」

 

「それを一本飲み込むだけで生命維持に必要な物が摂取できる。効率的だ」

「……もしかして朝も?」

 

「あぁ。それを食った」

「……美味しいのこれ?」

 

「おいしい……?」

「あ、うん……。ごめん、なんでもない」

 

 

 そんな言葉初めて聞いたといったような反応をする弥堂に、希咲は残念そうに眉を下げた。

 

 

 どうやら食事というものの捉え方からして決定的な齟齬があるようだ。

 

『効率』という言葉に囚われた結果、彼の生活からは一切の娯楽が排除されてしまったのかもしれない。

 

 なんて悲しきモンスターなのだろうとこっそりと同情しつつ、希咲はEnergy(エナジー) Bite(バイト)をリュックに仕舞った。

 

 

「それ以外の物は俺は食わんぞ」

 

「あのさ。ホントはランチ前の時間でここ予約してたの。でもあたしたちが遅れたから今ランチタイムになっちゃってるの。ホントならランチ頼む別のお客さんを入れられたの。だからせめてランチを注文しようとか、そういう義理・人情みたいなのがあんたにはないわけ?」

 

「……落とし前の話か? 金で済むのか? それとも指を落とせと言っているのか?」

 

「ダ、ダメだ……、この子……っ」

 

 

 言って聞かせることがあまりに困難で、希咲は思わず額を押さえる。

 

 その仕草に弥堂は眉間に皺を寄せた。

 

 

「飯が食いたいなら勝手に頼んで勝手に食えばいいだろ?」

「はぁ? あたしだけご飯食べてろってこと?」

 

「そう言っているんだが」

「バカじゃん? 男の子と一緒で、あたしだけモリモリご飯食べてたらスンゴイ食いしん坊みたいじゃん。そういう目で見られちゃうでしょ? あたしの女子的な尊厳とかどうなっちゃうわけ? そんなのダサイでしょ?」

 

「なに言ってんだ? バカじゃねえのか」

「バカはあんたよばーか。どうしてそういうのわかんないかなー。絶対モテないわ」

 

「モテる必要などない。俺にはお前がいるからな」

「あははー。どうしよう。全然ドキっとしない。マジむかつくわ」

 

「それはキミの受け取り方の問題だ」

「あんたの渡し方の問題だから」

 

「とにかく一人で頼め」

「ダメ。あんたも頼め」

 

 

 話が平行線になりそうになったところで、希咲は内心で「しまった」とミスを認める。

 

 とってつけたように放り込んできた彼氏っぽい発言にイラッときて、ついムキになってしまったが、もう面倒だから彼の言う通り自分だけで注文してしまえばよかったと後悔した。

 

 どうしても彼に食事を摂らせなければならない理由などない。

 

 ただなんとなく悔しいだけだ。

 

 どうにか謝ることなく発言を撤回出来ないものかと考えていると――

 

 

<――七海ちゃん七海ちゃん>

 

 

 望莱から思念通話が入った。

 

 

<ん。なに?>

<これ以上、無理に注文させようとしない方がいいです>

 

<あ、やっぱ? あたしも今そう思ったとこ>

<……多分ですけど、食事に毒物を混入されることを警戒してます>

 

<は?>

 

 

 思いもよらぬことを言われ、希咲は驚く。

 

 思わず目を見開いて表情に出してしまったので、弥堂が訝しむ目線を寄こしてきた。

 

 希咲は目に力を入れて「んっ」とそれを威嚇して、望莱とのやり取りに戻る。

 

 

<毒って? 推理ドラマとかでありそうな、ああいうののこと言ってんの?>

<恐らくそうです。だから飲み物の時もゴネてたんだと思います。ほら、お水にだって、ストローも挿さずに一切手を付けてない>

 

<あ、ホントだ……。自分でお水持ち歩くようなヤツが一口も飲まないわけないわよね>

<ですです。この人ガチですよ>

 

 

 一体どんな生き方をしているんだと、希咲は呆れ半分感心半分の気持ちで口を半開きにしてしまう。

 

 そこへみらいさんが神妙そうに言葉をかけた。

 

 

<……わたし、もう一つ気付いたことがあって>

<ん? なに?>

 

<七海ちゃんって、せんぱいと絡むとポンコツになってません?>

<はぁ⁉ どういう意味よ……⁉>

 

<どういうというか……、PONでカワイイなって>

<そんなわけないから>

 

<あの、そこを否定すると普段からずっとPONだということに……>

 

 

 みらいさんが恐るべき真実を告げようとした時、目の前の危険な男が動きを見せる。

 

 

「チッ、わかったよ」

 

「え?」

 

「注文すればいいんだろ」

 

 

 せっかくこちらが譲歩しようとしたというのに、何故か突然受け入れる意思を表してきた。

 

 弥堂にしてみても、希咲と平行線の言い合いを続けるのが面倒になったのだ。

 

 

 戸惑う希咲の前で弥堂はギョロリと眼球を動かす。

 

 そして、ちょうど近くでホールの様子を見廻していた女性店員さんに目を付けた。

 

 

「――おい女」

 

「え……?」

 

「貴様だ。そこの女。ちょっとこっちへ来い」

 

 

 現在の地球上の何処でも許されていない女性への声の掛け方をして、弥堂は乱暴に店員さんを呼びつける。

 

 女性店員さんは内心でビックリしながらも、愛想笑いを作って席に寄って来た。

 

 

「ちょ、ちょっと――」

 

 

 希咲が慌てて止めようとして身を乗り出すと、弥堂はちょうどいいとばかりに彼女の手からメニュー帳を奪い取る。

 

 そして見もせずに適当に開いたページを店員さんへと向けた。

 

 

「メニューのこのページに載っている物を適当に見繕って持ってこい。どうせ食わんから適当でいい。金ならあるから安心しろ」

 

「はい……?」

 

 

 ファンタジーな異世界のSランク冒険者にしか許されていないような豪気な注文の仕方に、希咲も店員さんもお口をあんぐりと呆けてしまう。

 

 そんなことはお構いなしに弥堂は自分が開いたメニューのページに眼を向け、そして不愉快そうに眉間に皺を寄せた。

 

 

「貴様の所のメニューは名前の意味がわからん。これは暗号か? どういうつもりだ? それともこれはわざと読みにくくして客の誤認を狙う詐欺テクニックなのか? 貴様自身はどう思っているんだ? おい、答えろ」

 

「こ、こらぁーーっ!」

 

 

 そしてすかさず息を吐くようにイチャモンを付け始めたので、ハッとした希咲が慌てて止める。

 

 

「あ、あの……、このバカはあたしが責任もって大人しくさせますんで……ホントにゴメンなさい……っ。なるべく早く出ていきますので……!」

 

「は、はぁ……」

 

 

 弥堂の口を押さえようとして伸ばした手が、良い感じにバチィンっと正面から顔面に入る。

 

 狙ったわけではなかったが、弥堂が鼻面を押さえて顔を下に向けたので、希咲はその隙に立ち上がってペコペコと店員さんに頭を下げて避難させた。

 

 

「ごめんなさい、ごめんなさい……!」

 

<株主優待使ってなかったら、ここまででもう出禁にされてたかもですね>

 

 

 クスクスと笑う望莱の声を聴き流して、希咲は目の前の困った子を睨みつける。

 

 

「いい加減にしてってゆったじゃん!」

「……今度はなんだ」

 

「なんでそういうことすんの⁉」

「お前が注文をしろと言ったんだろ」

 

「あれのどこが注文だっ!」

 

 

 まるで悪びれた様子のない弥堂を叱りつけた。

 

 

「お店に来て店員さんにイキるヤツとかマジださい! サイテー!」

「言いがかりはやめてもらおうか」

 

「何がいいがかりか! いるのよね。客の立場になった途端に急にエラそうにするヤツ。マジキライ」

「俺はいつでもどこでも誰にでもこうだが」

 

「はぁ? そんなわけ……、そういえばそうだったわね……。ガッコの外でもマジでこんななんだ……。サイアクすぎ……」

「だから言いがかりだと言ったんだ。謝れ」

 

「謝るかっ! 余計悪いわ!」

「うるせえな」

 

 

 至極当然な希咲のお説教を弥堂が聞き入れることはなく、むしろさらに態度が悪くなっていく。

 

 そもそもここで言って聞き入れる人は、元々こうはなっていないというご意見もある。

 

 

「うるさいじゃないでしょ! 人と居る時くらい常識守ってよ! こっちにも迷惑かかるんだから!」

 

「知るか」

 

「なんで態度悪いの? あんたが悪いのに。つか、あんたが謝んなさいよね」

 

 

 しかし、それで引き下がらないのも希咲 七海という少女だ。

 

 弥堂にもいい加減それはわかってきてはいるので、うんざりとした顔で溜息を吐く。

 

 

 弥堂に言い聞かせても無駄なように、弥堂からしても彼女と言い争い続けてもまた仕方ないのだ。

 

 

「……悪い」

 

 

 彼にしては珍しく、とりあえず謝罪だけはしてやり過ごそうと試みる。

 

 だが――

 

 

「なにそれ――」

 

 

 激おこ状態の彼女はそれくらいでは許してくれない。

 

 

「ねぇ? その間はなに? そこに『お前が』を隠したでしょ?」

「そのような事実はない」

 

「マジないんだけど。あんたみたいな男、絶対彼女とか出来ないから。マジさいてー」

「お前がその彼女だろ」

 

「そうだった! マジさいてーっ!」

「お前はほんとにうるせえな……」

 

 

 ガーンっとショックを受ける希咲の前で、弥堂も疲れたように背を丸めた。

 

 やはり平行線のままだった二人だが、ちょうど口ゲンカが途切れたので、暗黙で一旦なかったことにする。

 

 希咲も席に座り直して口を噤むと、また無言の時間が出来てしまった。

 

 

 その時間はセコンドとの相談タイムとなる。

 

 お互いに――

 

 

 

<モテ要素ゼロすぎてステキです>

<なんでそれでステキになんのよ! 赤点じゃん! マイナス! こんなのの彼女とか地獄なんだけど!>

 

<まぁ、七海ちゃんったら。少し落ち着いてください。そんなに怒っちゃったら破局まで待ったなしですよ?>

<もう別れたいよぅ……>

 

<ペットかなんかだと思いましょう。そうすればもう少し大らかな気持ちになれるはずです>

<バカ犬すぎてムリなんだけど……!>

 

 

 他所に漏れる話ではないので、二人ともかなりヒドイことを言う。

 

 しかし仮に漏れたとしても、相手が弥堂なので誰も咎めたりはしないだろう。

 

 

<マジで元カノの人とかどうしてたんだろ……>

 

<えっ⁉ この人前に彼女いたんですか⁉ そんなバカな!>

 

<あっ>

 

 

 珍しく望莱が普通にビックリしている声で、希咲はハッとする。

 

 思わず口が――というか思考が滑ってしまった。

 

 

 とはいえ、本当にエルフィさんとやらはこの男とどうやって付き合っていたのか、そもそも何でこんなのと付き合ってしまったのだろうと希咲も興味が湧く。

 

 よくこんな男の面倒が見れたなと感心するのが半分。

 

 もう半分では、どうして最後までちゃんと面倒を見てくれなかったのだろうというお門違いな恨み言だ。

 

 

(まぁ、これはフるわよね……)

 

 

 どうして別れたのかというのは現在身に染みて理解している。

 

 これは無理だ。

 

 

 なにか、すぐ近くから『申し訳ありません』と誰かが言ったような気がしたが、きっと気のせいだ。

 

 

<そうは言ってもなんですけど――>

 

 

 望莱の声で希咲も下世話な思考を切り替えた。

 

 

<――いくらなんでもやりすぎじゃないです?>

<は? めっちゃ優しいでしょあたし。縛りがなかったらもうぶん殴ってお家帰ってるし>

 

<あ、いえ。逆です。“せんぱい”の方ですよ>

<そんなの今更じゃない? いつもやりすぎがフツーなバカって、さっき話したじゃん>

 

<まぁ、それはそうなんですけど。でも、今日の“せんぱい”の目的を考えたら、これはちょっとおかしいなって思ったんです>

<ん? どういうこと……?>

 

 

 望莱はまた何かに気が付いたらしい。

 

 希咲はそんな彼女の話を聞く。

 

 

<これが彼の素だとしましょう。でも、今日の目的を考えるとそのまま素を出してくるのは変です>

<なんで?>

 

<だって、彼は七海ちゃんの彼氏でいなければならないんです。素のまんまでいたらフラれるって自分でもわかってるはずです。だって前にそれでフラれてるんですから>

<あ、そっか……>

 

 

 どうやら以前の彼女が元カノになった原因に関して、みらいさんも希咲と同じ見解のようだ。

 

 

<彼が襲撃や罠を警戒するのは尤もですけど、でも同時に彼氏も演じなければならない。てゆーか、七海ちゃんをあんなに疑ってる時点で、水無瀬先輩を忘れてる設定は半ば破綻してしまっていますし……>

<そう言われると……、どういうつもりなんだろこいつ>

 

<それが読めないんですよね。こんなことしてたらフラれるってことすらわからないほど頭は悪くないはずなんですが……、って、あ。そうか……。そういうことですか>

<みらい……?>

 

<わかりました。せんぱいの狙いが――>

 

 

 

 

 望莱が口の端を持ち上げて勝ち誇ったのと同じ頃。

 

 弥堂側のセコンドといえば――

 

 

<――おい、あのバカネコはどうしたんだ?>

 

 

 そういえば店に入った頃から静かだったなと思い出して聞いてみる。

 

 もしも念話が切れていたら弥堂の方からはテレパシーを繋げないのだが――

 

 

<――ウトウトしているわね>

 

 

 幸い魔法は繋がったままだったようでエアリスが答えた。

 

 だが、その報告内容に弥堂はイラっとする。

 

 

<おいクソネコ。寝てんじゃねえよ>

 

<――ハッ⁉ ねねねねねてねーし⁉>

 

 

 特にメロが必要なわけではないが、それはそれで腹が立つ。

 

 なので少し強めに思念を送ると、微睡むネコさんはハッと目を醒ました。

 

 

<やる気あるのかお前>

 

<へへ、ジブンネコさんッスから。一日の半分以上は寝てるんッス>

 

<ネコ。ユウくんが頑張ってるのよ。少しはサポートしなさい>

 

 

 今まで放っておいたくせに、弥堂に便乗して聖女さまも注意をしてくる。

 

 メロはクァっと欠伸をしてカカカっと耳の裏を後ろ足で掻いた。

 

 

<もちろんサポートはするつもりッスけど。でも、あんま必要ないかなって>

 

<必要かどうかを決めるのは俺だ。勝手に判断をするな>

 

<いや、だって。オマエの場合フツーにしてるだけでヨユーで目的達成できるッスよ>

 

<……? どういう意味だ?>

 

<そのままの意味ッスけど。まぁ、でも、そこまで求められるならジブンも吝かではないッス>

 

 

 承認欲求が満たされたことでメロのやる気が蘇る。

 

 病院のベッドの上でグッと伸びをして、寝ぼけていたネコさんボディを解してから彼女は立ち上がった。

 

 

<なにをするつもりだ?>

 

<オマエの勝利を祈って、景気づけに一発カマしてやるッス――とぉぅっ!>

 

 

 気合いの声とともにメロはピョンコとジャンプする。

 

 

<ハアアァァァ……、ネコさんフラァーーッシュッ!>

 

 

 弥堂の現在地と全く関係のない離れた場所にある病室の中がペカーっと光で瞬いた。

 

 メロはスタっとベッドに着地する。

 

 

<おい、今なにをした?>

 

<あん? なにって……、あ、ちょっと待つッス>

 

<おい>

 

 

 弥堂の質問に答えようとしたが、今の発光現象のせいでお昼寝中の愛苗ちゃんが寝苦しそうにした。

 

「う~ん……」と唸りながらむずがる愛苗ちゃんの手に、メロはそっと自身の前足を握らせる。

 

 

 すると、愛苗ちゃんは肉球をぷにぷにして再びスヤスヤと眠りについた。

 

 大好きなパートナーの愛苗ちゃんの体温を感じてメロも眠たくなる。

 

 

<おい。どうした?>

 

<ウトウトしてるわね>

 

<チッ、こいつ本当に役に立たないな>

 

<あ、小娘にくっついて丸くなったわ。寝たわね>

 

<もういい。ほっとけ>

 

 

 仲間の質では圧倒的なハンデを抱えているようだった。

 

 しかし、元々弥堂は仲間など当てにしていない。

 

 これまで通り、決めたことを一人でやりきるだけだと改めて決意した。

 

 

 

 

<――あのひと、七海ちゃんにフラれるつもりです>

 

<え?>

 

 

 望莱は弥堂の狙いを見抜いた。

 

 

<なんで?>

 

<もう一度思い出してください。せんぱいの現状を>

 

 

 希咲はこの作戦を開始する前に確認し合ったことを頭に浮かべる。

 

 

<えっと、愛苗のこと誤魔化す為に忘れてるフリをする。そんで、その為に周囲の認識改変に乗っかって、あたしの彼氏のフリをする>

 

<はい。ですがそれと同時に、彼氏のフリを続けるせいで逃げられなくなってしまいました>

<あたしたちにとってはアドバンテージよね>

 

<ですです。しかし、それはイコール“せんぱい”のディスアドバンテージです。しかも割と致命的な>

<致命的……、あ、そっか……!>

 

 

 希咲にも答えがわかった。

 

 望莱は頷く。

 

 

<そうです。彼氏のフリはする。でも付き合い続けることは出来ない。そんな中で彼から別れを切り出したりしたら?>

<不自然よね。ただでさえ、あたしが疑ってるってわかってるだろうし>

 

<はい。では、どうすればいいか?>

<あたしの方から『別れる』って言わせる>

 

<正解です>

 

 

 カチっと音が鳴ってパズルが嵌まるように、弥堂の滅茶苦茶な行動の狙いが理解できた。

 

 

<いくらアタオカと言っても、こんな振る舞いを素でやる人なんているわけがないです。でも、彼の普段の言動が、彼ならやるかもと――そんな風に他人に思わせてしまう>

 

<……まさか、いざという時にこういう手段もとれるように普段から滅茶苦茶なことしてる……?>

 

<そこまでではないとは思いたいですが……。でも、ある意味理に適っているとも言えます。不自然なことを不自然と思わせないために日常から非常識な人間だと他人に印象づけている……>

 

<ちょっとゾッとした>

 

<そうだとしたら少し甘く見ていましたね。相手の知能レベルの想定を何段階か上げます>

 

 

 二人共に意識せずに息を呑んだ。

 

 

<どうする……?>

 

<こちらも変わらず、です。彼の彼女で居続ける。現状はそれがベターです>

 

<あたしがガマンできなくなるように仕向けるために、わざとこんなことしてるってことか……。他の人に迷惑かけることもどうでもいいのね……。ムカついてきた……!>

 

<はい。ですが冷静に対応するべきです>

 

<でもさ、ゴールはどこにあるの? 耐えてるだけじゃ……>

 

<ゴールはもちろんあります>

 

<それって?>

 

<はい。お持ち帰りです>

 

<は? なに? どゆこと?>

 

<当然、せんぱいに七海ちゃんをお持ち帰りしてもらうことです>

 

 

 かなり深刻な雰囲気だったはずなのに、突然おかしなことを言い出した望莱に希咲はジト目になる。

 

 

<ちょっと……?>

 

 

 希咲は思わずテンションを落としてしまうが、しかし望莱は真剣な声のまま答えた。

 

 

<勘違いしないでください。必要なことです>

<するわけないってさっきも言ったじゃん。ふざけないで>

 

<いいえ。大真面目です。いいですか? さっき言ったのは『ラブホにGO!』です。今言っているのは『せんぱいのお家にお持ち帰りされる』です>

<どこが違うのよ。どっちにしてもないから!>

 

 

 どうやら彼女の集中力が切れてしまったようだと、希咲は怒りを露わにする。

 

 しかし、それでも望莱はあくまで真剣だ。

 

 

<七海ちゃん、聞いてください>

<あによ>

 

<もしも“せんぱい”が水無瀬先輩を監禁か、匿っているとします>

<え?>

 

<その場合、水無瀬先輩が居る可能性の高い場所はどこですか?>

<あ……そっか!>

 

<はい。それは“せんぱい”のお家です>

 

 

 望莱の真意を理解し、希咲は再び息を呑む。

 

 

<そういうことね……。そのために>

<はい。合法的に彼の家に行く。そのためのお持ち帰りです>

 

 

 決して彼女がふざけていたわけではないことはわかった。

 

 だが、それでは回りくどいというか、遅いのではと希咲には感じられた。

 

 

<……ねぇ、みらい? あのさ、今のうちに――>

 

<――実はもうやってます>

 

<え?>

 

 

 最後まで聞くことなく望莱は希咲の提案に答える。

 

 

<ここで“せんぱい”を引きつけている間に、ウチのスタッフに彼の家を襲撃させるってことですよね?>

 

<襲撃っていうとアレだけど……、でも、うん>

 

<実は既に現地に派遣済みです。ですが、突入や侵入は出来ません>

 

<どうして?>

 

 

 そこに愛苗が居るかもと思うとどうしても気が急いてしまい、少し語気を強めてしまう。

 

 望莱はそれにも冷静に答える。

 

 

<いいですか、七海ちゃん。彼は家を二つ持っています。現在そのどちらにも行かせています>

 

<それなら、なんで……>

 

<二つあるということは、もっとあるかもしれないからです>

 

<あ――>

 

<はい。わたしたちはまだ彼の確保している拠点の全てを把握できていません>

 

<そっか。その二つに攻撃をしかけてもしも愛苗が居なければ……>

 

<はい。戦いにはならなくても、でも侵入されたことに気付かれたらマズイです>

 

<逃げの一手を打たれるかもってことね>

 

<ですです>

 

 

 望莱は続けて状況を補足していく。

 

 

<今回行っているのは“せんぱい”の拠点付近の監視カメラの設置と増台です。当然出来る範囲で外から中に人の気配がないかを探ってはいますが、確信がないと踏み込めません。強襲するのは全拠点を押さえてから大量動員で同時に。それが基本です>

 

<で、でも、それじゃ時間がかかりすぎるんじゃ……。あいつの拠点を全部見つけられるかもわかんないし>

 

<そもそも他の拠点なんてないかもですしね>

 

<わ、わかってるなら……>

 

<まぁまぁ、聞いてください。わたし見つけました。今回の戦いの攻略法を――>

 

 

 望莱は勝利を確信したような口調でそう告げた。

 

 有無を言わさぬようなその言葉の強さに希咲は言葉を飲み込む。

 

 

<あと何日か使います。期間はそうですね……、ひとまずこのG.W中に>

 

<そんなに……? 一体何をするの?>

 

<束縛彼女を演じて連日彼を外に連れ出します。この美景市の東西南北あちこちに>

 

<え? でもあたし明日はバイトよ?>

 

<今日は北西方面なので、今度は南の方にしますか。ちょうど明後日あたりに美景メッセでイベントがあったはずです。その次は東の牧場とか大学の方……>

 

<ちょ、ちょっと……! まってってば。そんなことして何になるわけ……?>

 

 

 希咲の質問に望莱は「フフ」っと自信ありげに笑った。

 

 

<多分何にもないですよ? 出かけた先では>

 

<はぁ? じゃあ、なんのために>

 

<もちろん直接尻尾を掴めればそれに越したことはないですが、狙いは行き先ではなくって帰り道です>

 

<え? え? どういうこと?>

 

 

 楽しそうに喋る速度を上げていく望莱に希咲は着いていけずに焦る。

 

 そんな彼女の様子にすら望莱は楽しげにした。

 

 

<フフフ、あちこちにお出かけして遊んで、終わったら必ず現地解散>

 

<え、えっと……?>

 

<もしも“せんぱい”の拠点があちこちにあれば、帰りに近い拠点に寄るかもしれないですよね? 誰かを監禁したり匿ったりしているような重要拠点ならなおさら>

 

<あ――>

 

<なにせ日中は七海ちゃんが時間を拘束してるわけですから。もしも水無瀬先輩を隠しているのなら彼女のお世話もしないといけないはず。自由な時間がないから効率厨の彼は帰りついでにそれをするしかなくなる。仮に彼に仲間がいるのならどこかでコンタクトをとるかもしれないですし>

 

<そういうことか……>

 

<既に各地のカメラの増台の手配をしました。監視カメラと七海ちゃんの尾行の二段構えです>

 

<でも、あたしの尾行は……>

 

<近付きすぎなければ大丈夫でしょう。その分はカメラでサポートします>

 

 

 二人は今回の件の方針を明確化した。

 

 

<では、七海ちゃん。やるべきことはわかっていますね?>

 

<こいつの彼女で通すのね>

 

<はい。重くてウザイ彼女になって束縛しまくりです。得意ですよね?>

 

<ちょっと引っ掛かるけど、とりあえずわかったわ>

 

 

 それが決まると希咲の腹も据わる。

 

 

<せんぱいがクロなら今言ったとおりの方法で追い込んでいきます。上手く転べばわたしたちも美景に帰れて、襲撃する際には兄さんや真刀錵ちゃんも動員出来ます>

 

<シロなら?>

 

<ないと思いますけど、もしも水無瀬先輩のことを忘れているのなら、それでも同じです。彼の先週の行動を訊き出すためにはやっぱり彼女ポジは最適です。それは今日や他のデートで少しずつ訊くことも可能です>

 

<ヤダけど、それしかないか>

 

 

 そうすると希咲は少しだけ気が軽くなった気がした。

 

 

<これは“せんぱい”の攻略ゲームです。乙女ゲーのキャラだったらムリゲーレベルのクソキャラですけど>

 

<誰も攻略したがらなそう……>

 

<まぁ、わたしたちはやるんですけどね。その為には世界一カワイイ彼女を演じるんです。彼がシロならうっかりお持ち帰りしたくなっちゃうくらいにメロメロにしちゃうんです>

 

<それはムリだろうけど、でも、わかった……!>

 

 

 希咲は戦意を漲らせる。

 

 彼氏をメロメロにするために。

 

 

<それにはこのカフェバトルは負けられないわね……! 見てなさいよ! 絶対にこのままじゃ済まさないんだから……!>

 

<カフェはバトルステージではないんですけど、でもその意気ですよ! 七海ちゃん!>

 

 

 本当にわかっているのか、みらいさんは若干不安になったが、それはそれで面白そうだったので、無責任に囃し立てた。

 

 

 こうして弥堂と希咲のデートは序盤の攻防を終え、改めて互いに勝利条件を確かめた。

 

 激闘のカフェバトルは後半戦に突入する。

 

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