俺は普通の高校生なので、   作:雨ノ千雨

616 / 628
2章15 風ニ薫ル ⑤

 希咲とマキさんの間で、弥堂を巡る“彼女バトル”が勃発した。

 

 

 バトルとはいっても、マキさんが出すお題に沿って、弥堂の希咲の二人がカップルらしさを表現出来るかという形式のようだ。

 

 合否の判断はマキさん一人に委ねられる。

 

 つまり、全てはマキさんの匙加減だ。

 

 

<――そんな理不尽ある⁉>

 

 

 思念通話で希咲は望莱に不満を吐露する。

 

 

<ですが、水無瀬先輩に近付くにはやるしかありません>

<うっさい。あんた絶対面白がってるでしょ>

 

<いいえ。くすくす。そんなこと。ぷふー。ありません>

<せめて隠す努力をしなさい>

 

 

 希咲と望莱が作戦会議をしているのと同時に、弥堂も使い魔と話しあっている。

 

 

<おい少年。いつの間にか新しい女が増えてるッスけど、この人誰ッスか?>

<あ? この女はマキさんだ。キャバクラに棲息するバニーだ>

 

<な、なんだってーッス⁉ キャバでバニーとか、そんなのエッチすぎるじゃねェッスか……ッ! ジブン、サキュバスとして正直嫉妬を禁じ得ないッス……!>

<知るか。黙ってろ>

 

 

 両陣営ともに意思疎通はバッチリで、準備万端だ。

 

 

 希咲は弥堂に胡乱な瞳を向ける。

 

 

「ねぇ? あんたなんでやる気なの?」

「どうせまた、やらなきゃ終わらねえパターンだろ」

 

「……あやしい。なんかワルイこと考えてるでしょ?」

「別に」

 

 

 お題にチャレンジする前にカップルの信頼関係も盤石だ。

 

 

 そんな仲睦まじい様子にマキさんはコクリと頷き、イベントを進行する。

 

 

「さぁ――まずは最初のお題だよ……!」

 

 

『最初の』というフレーズに希咲は引っ掛かったが、それを問い質す前にお題が告知されてしまう。

 

 

「まずは定番! 第1Rは『腕組み』だよ!」

 

「腕組み……?」

 

「そう。さっきワタシがやってたみたいに、ユウキくんの腕に抱き着いてみて! 甘えるみたいに!」

 

「え……、フツーにヤなんだけど……」

 

 

 希咲が普通に嫌悪感を表すと、マキさんは彼女をビシっと指差した。

 

 

「カップルなら当たり前のことだよ!」

 

「えぇ……」

 

 

 表情を曇らせながら希咲は弥堂の腕を見て、「はぁ」と溜息を吐く。

 

 弥堂が言ったとおり、きっとやらなきゃ終わらないのだろうということは希咲にもわかっている。

 

 絶対に出来ない無理難題ということもないし、仕方ないかと諦めた。

 

 渋々と弥堂の腕に手を伸ばした。

 

 

「…………」

 

 

 マキさんは胡乱な瞳になる。

 

 弥堂のジャージの袖をチョコンっと摘まんだ希咲の指をジッと見た。

 

 

 そんな風に審査をされている中、希咲は不機嫌そうな表情で弥堂を睨む。

 

 

「こっち見んな」

 

「見てねえよ。それより、どうだ?」

 

「は?」

 

 

 言葉足らず過ぎて意味のわからない問いに希咲は眉を寄せた。

 

 

「さっきまで他の女を抱いていたその腕はどうだ?」

 

「……あのさ? そんなこと言われても、フツーにキモいなーとか、フツーにサイテーだなーって思うだけなんだけど? もしかして嫉妬して欲しいの? きも」

 

「別に」

 

 

 さらに意味がわからなくなるような補足を真顔で説明してくる男に、いっぱい悪口を言って黙らせた。

 

 弥堂がフイっと顔を背けるのと同時――

 

 

「――うーん、不合格」

 

「なんでぇ⁉」

 

 

 シビアな判定が下された。

 

 

「もっとちゃんとムギュってしないと認めないよ!」

「これでもいいじゃん!」

 

「ダメー。ラブみが足りてないよね!」

「そんなの人それぞれだし!」

 

「うるさーい! 決めるのはワタシだー! もっとベタベタ甘々じゃないと合格はあげられないよ!」

「そんなのズルイ!」

 

「さっきのワタシみたいに、あざとさ全開で露骨におっぱい押し付けて!」

「そんな変態痴女みたいなこと出来るわけないし……!」

 

「あれ……? ワタシ今ディスられた……?」

 

 

 キャンキャンと言い合ってマキさんが首を傾げたところで、セコンドから指示が飛んでくる。

 

 

<七海ちゃん! ここは従う他ありません!>

<イヤッ!>

 

<そんなに頑なに拒否ったら、彼女として不自然に思われます>

<節度を守ったお付き合いをさせてよ!>

 

<いいえ。七海ちゃんはただでさえおっぱいが清貧なんですから。この上出し惜しみまでしたら健康な男子高校生はションボリして他所に行ってしまいます>

<あ? 今なんつった……?>

 

 

 ナイチチいじりに七海ちゃんがブチギレ恫喝をするが、みらいさんには通用しない。

 

 

<おっぱいが小さいくせに勿体ぶったりしたら、そこのおっぱいボインなお姉さんに彼氏をNTRされちゃいますよ?>

<オブラートを剥がせなんて言ってないのよ!>

 

 

 逆にさらに直接的にディスってきた妹分に希咲は憤慨する。

 

 

<だいたいっ! あたしあるから! なにかにつけて小さい扱いしてくるけどさ! 全然フツーにあるしっ!>

<なるほど。では、それを証明しましょう。せんぱいの腕にグイグイ押し付けることで>

 

<そ、そんなのバカっぽいじゃんかっ。それになんでこんなヤツに触らせなきゃいけないのよ……!>

<七海ちゃん。もしかしたら今も水無瀬先輩はどこかに閉じ込められていて、卑劣なオジさんたちにあのおっきなお乳を好き放題されているかもしれないんですよ? 七海ちゃんは自分のお乳かわいさに水無瀬先輩のお乳を見殺しにするんですか? 本当にそれでいいんですか?>

 

<ぐ、ぐぬぬ……っ!>

 

 

 七海ちゃんはみらいさんの長文マジレスに論破されてしまった。

 

 悔しげに呻いて葛藤し、やがて――

 

 

「――あ?」

 

 

 突如、自身の腕の圧迫感が増したことで弥堂は眉を顰める。

 

 負荷のかかる右腕には、希咲が身体を押し付けるようにして強く抱き着いていた。

 

 

 突然何をしているんだこいつはと――彼女の顔をジッと視下ろす。

 

 すると、キッと険しい目つきで睨み返された。

 

 

「き、きんし……っ。きんしだから……っ!」

「なにがだよ?」

 

「腕の感覚切って!」

「は?」

 

「スイッチオフ! その、大きさとか、感触とか……! ぜんぶ禁止だから……っ!」

「ムチャクチャなことを言うな」

 

 

 腕を切り落としでもしない限り叶えられないような猟奇的な要求をしてきた女を弥堂は侮蔑の眼で視た。

 

 

 だが、とはいえ。

 

 そういう風に言われると多少なりとも意識をしてしまう。

 

 肘の骨がブラの強化外骨格によってゴリゴリ削られ、前腕尺骨に彼女の肋骨のカタチが僅かに伝わってくるのを感じた。

 

 

 そんな二人の様子をどう受け取ったのか、マキさんはニンマリと笑う。

 

 

「お? イイ感じじゃない? もうちょっと攻めてみよ! こう……グニっと! 谷間にもっと…………、谷間……?」

 

 

 マキさんは希咲のお胸をジッと見て、それからふにゃっと眉を下げた。

 

 希咲の頬がビキっと引き攣る。

 

 

「うん! すごくいいよ! 合格! 超合格っ!」

 

「な、なんなの……? この屈辱……っ!」

 

 

 なにかに配慮したかのように合格を言い渡され、希咲はどこか納得がいかなかった。

 

 しかし、かといってこんな破廉恥行為を続けたいわけではない。

 

 

「とにかく、これでもういいですよね?」

「うん! 第1Rは突破だよ!」

 

「だ、第1R……?」

「さーって。次は何にしよっかなー」

 

「や、やっぱり一回じゃ許してくれないのね……」

 

 

 予想通りの展開に七海ちゃんは「およよ」と悲しげに泣いた。

 

 

 そんな彼女を「なに泣いてんだ、このバカ」と内心で弥堂が見下していると――

 

 

<――オイ、少年ッ!>

 

 

 下ネタが絡んだ時だけしゃしゃってくる役立たずが念話で話しかけてきた。

 

 

<なんだよ>

<オマエ、なに女に為すがままにされてるんッスか?>

 

<この状況で俺に何をしろってんだ>

<男ならしっかりイニシアチブをとって女子をリードしろよッス!>

 

<してどうするんだ>

<そんなもんオマエ、このドスケベギャルどもにドエロイことするに決まってんじゃろがい……ッ!>

 

<そういう主旨の勝負だったか……?>

 

 

 マキさんの提案にのり蓋を開けてみたら、思った以上に下らないことになってきたので、弥堂はもう半ばどうでもよくなっていた。

 

 そんな彼の心の中に、悪魔が囁きかけてくる。

 

 

<いいから、少年からお題を出すんッスよ>

<なにを?>

 

<ここはどうか、ダブル耳舐めASMRでお願いするッス!>

<あ? なんだそりゃ?>

 

<だ、だからぁ……! 女を二人両腕に侍らせてぇ、左右の耳をベツベツにベロベロさせるんッスよぉ~! わかんだろー、こんにゃろーッス!>

<ふざけるな、気持ちワリィ。そんなことをする理由などない>

 

<やだやだーッス! ダブル耳舐めじゃなきゃやだぁーッス!>

 

<――あっ⁉ こら、ネコ。ワタシで爪砥ぎしないでっ!>

 

 

 メロが子供のようにダダを捏ねだすと、エアリスの抗議が聴こえてきた。

 

 

<なんだ? 何をしている?>

<ユウくん! このネコったらベッドの上に置いてあるワタシに爪を立ててきたのよ!>

 

<あ? おい、なんで水無瀬のおブラが外れてるんだ? そっちはどうなっている?>

<え? あぁ……。単に、今日はワタシのローテじゃないのよ。ほら? 毎日同じブラ着けるわけにもいかないでしょう?>

 

 

 何か予期せぬ事態が病院で起こっているのではと警戒したが、どうでもいいことだった。

 

 しかし、そういえば下着のローテーションのことなど全く考えていなかったことに気が付いた。

 

 

<今日の小娘は楽々スポブラよ>

<お前を着用していない時は、お前はタンスの中に居るのか? それでいざという時の防衛に間に合うのか?>

 

<いえ、ワタシはベッドの枕元に居るわ>

<枕? どういうことだ?>

 

 

 状況が全く想像できずに弥堂は眉を顰める。

 

 

<ネコがオモチャとしてこのブラを気に入ったみたいな風に装って、ワタシを引っ張り出して抱き着いて寝ているのよ。そうやって小娘を騙しているわ>

 

<…………>

 

 

 防衛的にはそれで問題はないが、枕元に常にしましまブラジャーが供えられている入院環境に、それはそれで大丈夫なのかと弥堂は疑問を抱いた。

 

 

<やだやだやだ! 買って買ってー! エロギャル共演の耳舐め買ってー!>

 

 

 しかしまたメロがグズり出したことでその疑問はどこかへいった。

 

 うんざりとした心持ちになる。

 

 

<まだ言ってるのか>

<これ、半分発狂状態ね。リュクス切れよ>

 

<またかよ。役立たずのくせに燃費が悪いってどういうことなんだ? こんな効率の悪い生き物が存在していていいのか?>

<うーん、多分長時間魔法を使っている影響かもしれないわね。こっちで暴れられると結構本気で困るし、ユウくん悪いんだけれど叶えてあげてくれる?>

 

<チッ>

 

 

 弥堂は念話に舌打ちを残し、渋々言うことを聞いてやることにした。

 

 キャイキャイと言い合うエロギャルどもの会話を遮る。

 

 

「――おい。次のお題は俺が出す」

 

「は?」

「へ?」

 

 

 急に積極的な参加意欲を見せ始めた男に二人はキョトンとした。

 

 

「どっちを女にするのか選ぶのは俺だ。勝ちたければこちらの指示に従え、バカ女ども」

 

「バカはあんたでしょ。浮気ヤロウのくせになんであんたがエラそうにすんの?」

「まぁまぁ。一応言わせてあげようよ」

 

 

 希咲がカッとなって言い返そうとすると、マキさんがやんわりと宥める。

 

 

「や。甘やかすと、こいつってばすぐ調子にのるからダメですよ」

 

「えー? でも、なに言うかちょっと興味ない?」

 

「えー? あたし、あんまり聞きたくないなぁ……」

 

 

 希咲は消極的だが、初対面のお姉さんにあまり強く当たれないので、一応弥堂に言うだけ言わせてみる。

 

 

「で? なに?」

「あぁ。あれだ」

 

「は? どれよ」

「あー……、ダブル? ASMRだ」

 

<オイィ! 耳舐めだ! 耳舐めを忘れるなッス!>

 

 

 弥堂が自信なさそうに発言すると、メロがすかさず訂正してくる。

 

 

「なにそれ?」

 

「お前らが両側から耳を舐めるんだ」

 

「はぁっ⁉」

 

 

 怪訝そうにする希咲に端的に伝えると、彼女は素っ頓狂な声を上げた。

 

 ロクでもないことだとは予想していたが、想像以上に直接的な要求をしてきたことに希咲はビックリ仰天する。

 

 

「あーっと……、リアルバイノーラルをしろってことかな?」

 

 

 一方で、マキさんは何故か一発で理解を示した。

 

 

<なるほど。それは素晴らしい試みです。チャレンジする価値はありますね>

 

 

 みらいさんも強く推してきた。

 

 そのことが余計に希咲を不安にさせる。

 

 

「ど、どういうことなの……?」

 

「えっと、要はね? ワタシもこっちに抱き着いてぇ……」

 

 

 言いながらマキさんは弥堂の左腕に抱き着く。

 

 

「そんでー。ワタシとキミとで、ユウキくんのお耳を片っぽずつペロペロするんだよ?」

「……え? なんで?」

 

「ユウキくんがASMRを所望しているから仕方ないんだよ?」

「きっしょ……」

 

 

 説明をされたが、何故そんなことをしなければならないのか、希咲にはさっぱり理解が出来ず、素直に心の裡を吐露して普通に引いた。

 

 化け物を見るような目を向けてくる希咲を、弥堂は鼻で嘲笑う。

 

 

「フン、出来ないのならお前の負けだ。負けた女は捨てられる」

「はぁ?」

 

「だが、舐めればいいだけのことをやらないと選択をしたのはお前だ。だから、お前が俺と別れると選択したことになり。つまり、俺には一切の責任は発生しない」

「な、なによ、それ……っ!」

 

 

 あまりに身勝手なことを主張するクズ男に、希咲は怒りで震える。

 

 

<七海ちゃん。やっぱりこの人たちグルっぽくないです? こうやって七海ちゃんに無理難題を吹っ掛けて、別れるって言わせようとしているんですよ>

<ひ、ひきょうな……っ>

 

<これが出来なければ水無瀬先輩への手がかりも得られない。こうなると、女として退くわけにはいきませんね>

<な、なんで、しょっちゅう女の尊厳を賭けてワケわかんない勝負をしなきゃ……>

 

 

 自身の境遇に希咲は泣きたくなった。

 

 

<しかし、これは楽勝ですね>

 

<え? なんで?>

 

 

 だが、望莱の見解は希咲とは違い、現状を悲観していないようだ。

 

 

<偶然にもわたしが以前にお渡しした音声データで、七海ちゃんは耳舐めASMRを既に履修済みです。何をすればいいかはわかっていますね?>

 

<え……? あ、あれをすんの……? あたしが……?>

 

 

 みらいさんに騙されて再生してしまった卑猥な台詞と水音のする録音データの記憶が蘇る。

 

 希咲が戦慄していると、みらいさんは感じ入ったように溜息を漏らす

 

 

<わたし、勉強になりました。こうやって悪い人たちは女の子を追い詰めてエッチな動画に出演させているんですね……>

<なにに感心してんのよ! マジさいてーなんだけど……っ!>

 

<あ、ちなみにリクエストなんですけど。せんぱいのお耳に七海ちゃんのお口を近づけながら、「ぇぇ~っぉ」って言って、それからリップ音をください>

<うっさい! 誰がやるか!>

 

 

 耳舐めに関するアドバイスが終わると、ちょうどマキさんが声をかけてくる。

 

 

「さて、先行と後攻、どっちがいい?」

 

「あ、あたし、できません……っ!」

 

 

 希咲が女性として当たり前の返答をすると、マキさんは不思議そうにお目めをパチパチさせた。

 

 

「でも、やらないと負けちゃうよ?」

「だ、だって、あたし、高校生ですから……!」

 

「へ?」

「そういうのって、年齢制限にひっかかるやつですよね? 高校生はアウトだと思います」

 

「そうなの? 耳舐めってダメなんだっけ……?」

「ほら。それ系の動画がBANされまくってるって、あたしSNSで見ました」

 

「あー! そういえばワタシもそれ見たことあるかも」

「だから、こんなところで高校生にそんなことさせたら、お姉さん逮捕されちゃうかもしんないですよ?」

 

「たしかにー! 逮捕は流石にマズイなー」

 

 

 公序良俗に則った正攻法の説得をしてみたら、意外と話の通じる人で希咲はホッとする。

 

 しかしそれも束の間。

 

 マキさんはイタズラげに笑った。

 

 

「じゃあさ? ラブホいく?」

 

「えっっ⁉」

 

 

 不意打ち気味のその言葉に希咲は大袈裟に驚く。

 

 

「いっそのことエッチで勝負しちゃう? ワタシ、自信あるよ……?」

 

「なっ⁉ ななななな、そ、そんなのムリッ……!」

 

「あぁ……、ふぅん?」

 

 

 過剰な希咲の反応にマキさんは『あ、この子まだだな』と悟った。

 

 もうちょっとその線でイジってみたかったが、弥堂の前でやるのは可哀想だなと思い直し、別の気になったことを聞くことにした。

 

 

「ねねね? 高校生ってさ、もしかしてユウキくんと同じガッコなの?」

「え? あ、はい。同じクラスなんです」

 

「わーっ。同じクラスでカップルって憧れるなー。ワタシ女子高だったからさ」

「あ、そうなんですか? 美景女子?」

 

「んーん。田舎から出てきたの。てか、ユウキくん高校生ってマジだったんだ。それもウソかと思ってたよ」

「あーね。似合わないですよね」

 

「うんうん。ユウキくんってガッコでどんな感じなの?」

「えっと……。まぁ、こんな感じで頭おかしいです」

 

「あー、うん。そっか。頭おかしいもんね」

「はい。マジヤバです」

 

「あはは。あ、ワタシはマキね? 美景台大学だよー」

「あ、あたし七海です。ダイコーの2年です」

 

「ねぇ、七海ちゃん。さっきから思ってたんだけど七海ちゃんのツメ可愛くない? それどこのサロン?」

「これ? これは自分でやったんです」

 

「え、マジ? 上手(じょうず)くない? 器用だねー」

「や。実は前に撮影の時にスタイリストさんにコツとか教えてもらって」

 

「撮影? 七海ちゃんって読モかなんか?」

「たまーに。読モってほどじゃ」

 

「えー! でもすごーい!」

「でも、ホントにたまにですよ? ウチのママがショップやってて。プロの人に頼むと高いから節約のためにあたしがチラシのモデルして。そんで、いつも撮ってくれるママの知り合いのカメラマンさんが、ファッション雑誌とよくお仕事してて」

 

「あー、そのコネってこと?」

「コネといえばコネなのかなー? お願いして出して貰ってるってより、モデルさんが足りなくなった時に急遽ヘルプで呼ばれるくらいの感じです。ママのとこのチラシいつも安くしてくれるから断れなくって」

 

「えー、でも全然いいじゃん! だからスタイルいいんだー。てゆかさ、ママのショップってどこなの?」

「んと、“MIKAGEモール”の中にあるんですけど、でもギャル服多めだから……」

 

「あー、全然オケ。ワタシ実は普段はそっち系のが多いから」

「そうなんですか?」

 

「そーそー。こっちのが男ウケいいかなって、今日は試しに着てみたの。どう? 似合う?」

「えー? 全然似合ってますよー? 第一印象でめっちゃカワイイって思ったし」

 

「ほんとー? うれしー」

「ほんとほんと。マキさんお胸あるのにちゃんとお腹細いからカッコいいし」

 

「やだもー。調子にのっちゃう! ワタシもモデルいけちゃう?」

「あ、興味あります? よかったらカメラマンさん紹介しましょうか? お顔もカワイーからヨユーでイケちゃうと思うー」

 

「おっとぉ? マジかー。これはそろそろバイト変える時がきたかなー」

「え? 今ってなんのバイト――」

 

「――うるさいっ!」

 

「ひゃっ⁉」

「ぉわっ⁉」

 

 

 何故か流れるようにとめどない女子トークを展開しだした女どもの会話に、耐え切れなくなった弥堂が怒鳴りつけた。

 

 せっかく大学生のお姉さんと楽しくお喋りしていたのに邪魔をされて、気分を害した希咲も怒鳴り返す。

 

 

「な、なによっ⁉ いきなりおっきぃ声出さないでってゆったじゃん!」

 

「お前らうるせえんだよ。両側から人の耳元でピーチクパーチクくっちゃべりやがって。耳障りだ。鬱陶しい」

 

 

 そう抗議してくる弥堂にマキさんが呆れた目を向ける。

 

 

「でもさユウキくん? バイノーラルってこういうことだからね?」

 

「うるさい黙れ。知ったことか」

 

「あんたなんなのその態度」

「てゆーか、ユウキくんからバイノーラルだのASMRだのって単語が出てくるのが違和感。誰に吹き込まれたんだー?」

 

<ギクリ>

 

 

 遠い病院でネコさんが肩を跳ねさせた。

 

 弥堂は顔色を変えずに答える。

 

 

「別に」

 

「バイノーラルとASMRって全然意味が違うってこと知ってる?」

 

「さぁな。だが、耳舐めASMRがスゴイというのは確かな筋からの情報だ。それは間違いない」

 

「それ、どうせいつもの変態部長でしょ?」

 

「…………」

 

 

 女二人がかりに言い負かされて弥堂が黙ると、希咲は彼に疑惑の目を向ける。

 

 

「てゆーかさ、ホントにやってほしいの?」

「あ?」

 

「勝負なんでしょ?」

「そうだ」

 

「自分で言い出してなに忘れてんのよ。マジいいかげん」

「忘れてない」

 

「忘れてたし」

「…………」

 

「じゃあ、レーティングに配慮して。このマキちゃんがいっちょやってやっかぁ」

 

 

 弥堂が希咲に詰められている隙をついて、マキさんがペロンっと舌を出して弥堂のお耳に迫る。

 

 

「ぇぇ~~っ――」

 

 

 だが、弥堂は首を逸らしてそれをスッと避けた。

 

 

 見事に空ぶったマキさんはベロを出したままで弥堂の顔をジッと見る。

 

 

「ぁんぇにぇんぉ?」

 

「なに言ってっかわかんねえよ」

 

 

 マキさんはベロをしまった。

 

 

「なんで逃げんの?」

 

「なんか寒気がした。やめろ」

 

「やれって言ったのに?」

 

「今はやめろと言っている」

 

「あんた超勝手」

「ヘタレー」

 

 

 自分で要求したくせにいざ迫られたら及び腰になった情けない男を、女子二人はジト目で軽蔑した。

 

 マキさんはすぐに「ま、いっか」と切り替える。

 

 

「じゃあ、ワタシが耳舐めを次のお題にしちゃうもんねー」

 

 

 希咲としては難を逃れたつもりだったが、仲良くなったと思っていたお姉さんにあっさりと裏切られてガーンっとショックを受ける。

 

 

「さぁ、七海ちゃん! チャレンジしてみよー!」

 

 

 そんな希咲に無邪気なフリをした小悪魔が無慈悲なことを言う。

 

 

「えぇ? あたしヤなんだけど……」

 

「ワタシは拒否られちゃったからさ。七海ちゃんがペロってすれば、このお題は七海ちゃんの勝ちでクリアだよー!」

 

「えー」

 

「直で舐めるのもアレだしさ。耳元でチュって鳴らすだけでいーよー?」

 

 

 急に要求のハードルを下げられて、希咲は「それくらいならギリでアリなのかな……?」と思ってしまう。

 

 彼女が冷静になる前にマキさんは勢いで押し切ろうとする。

 

 

「ほらほら、ユウキくん。ちょっとお耳さげて?」

 

 

 弥堂の肩に体重をかけて無理矢理彼の頭を下げさせた。

 

 

「でも、あたしやり方とかわかんないし……」

 

「それはね? 耳の近くまで寄って。そんで自分の指にチュって。そうそう。そこの間接のトコらへんに……」

 

 

 不安げにする希咲に素早くレクチャーをする。

 

 耳元でされるそのやりとりに、弥堂は首の後ろがムズ痒くなった。

 

 

 無理矢理身体を動かして二人とも振り払ってしまおうかと考えた頃――

 

 

――チュっと。

 

 

 耳の穴の真ん中をそのリップ音に抜かれて、さらにその音の振動で耳輪がビリビリと緊張したように感じた。

 

 音だけで触れられる感覚に、首の裏の毛が逆立つような錯覚を覚える。

 

 

「……あによ。その顔」

 

 

 どんな表情をしているのかは自分ではわからなかったが、希咲の不満そうな反応からすると、とても微妙な表情になっているようだ。

 

 

「ぞわっとした」

「自分でやれって言ったくせに」

 

「やめろとも言ったんだがな」

「あんたさ。こういう時って抵抗しないわよね」

 

「そのような事実はない」

 

 

 希咲から向けられる疑惑を弥堂はキッパリと否定した。

 

 なおも希咲が疑いを向けていると――

 

 

<――マッサージ……>

 

<は?>

 

 

 望莱が何かを呟く。

 

 

<あ、いえ。あるじゃないですか? 男女のコンビ打ちで女の子を油断させるマッサージ屋さん。ちょっとそれを思い出しちゃいました>

 

<あんたなに言ってんの?>

 

 

 望莱の言うことがさっぱり理解できずに眉を顰めると、マキさんが明るく声を張り上げる。

 

 

「ともあれ! これで第2Rもクリアだね! じゃあ、続きましては……」

 

「ま、まだやんの……?」

 

 

 心底イヤそうに希咲が顔を顰める前で、それを無視したマキさんは自身のバッグの中をゴソゴソと探る。

 

 そして二人の前に一つのお菓子の箱を取り出した。

 

 

「ポッキー……?」

 

「むふふー。定番のポッキーゲームのお時間だよー!」

 

「えっ」

 

 

 その宣言に希咲は固まる。

 

 ゲームの意味がわからない弥堂は仕方なく自分で質問することにした。

 

 

「なんだそれは?」

 

 

 マキさんは箱を開けて、中からお菓子を1本出して弥堂に見せてやる。

 

 

「うん。これを両端から二人で食べて行って、そんで最後はチュってするんだよ! 途中で折れたり逃げたりしたら失敗ね?」

 

「ふざけるな。誰がやるか」

 

「あっ――」

 

 

 弥堂がポッキーにチョップをかますといとも容易く半ばからペキっと折れ、チョコレートの部分が地面に落ちる。

 

 マキさんは眉をふにゃっと下げて、転がるお菓子を悲しげに見つめる。

 

 弥堂の後ろ頭が希咲にペシンっと叩かれた。

 

 

「その辺に物を捨てるなって言ってんでしょ!」

 

 

 ぷんすかしながら七海ちゃんは落ちたお菓子を速やかにお片付けする。

 

 

 その頼もしいママみに期待をこめて、マキさんは彼女をジッと見た。

 

 希咲は微妙な顔になる。

 

 

「や。あたし見られても。でも、そいつ何にも食べないですよ? さっきもカフェで頼むだけ頼んで、一つも食べなかったし」

「あー。あれって誰と一緒でもそうなんだ……」

 

「マジいみわかんないですよね」

「うーん、潔癖症ではないもんね……。キスは普通にしてくれるしなぁ……」

 

「……は? それって――」

 

 

 無意識にといった風なマキさんの呟きを希咲が聞き咎めるが――

 

 

「――あぁーーっ! そっか! もう直でキスでいっか!」

 

「え――」

 

 

 そのことを聞く前に、マキさんがとんでもないことを思いついてしまい、それどころではなくなった。

 

 

 固まる希咲と、興味無さそうに立つ弥堂に、マキさんはビシッと折れたポッキーを突きつける。

 

 

「さぁ! これが最後のお題だよ! カップルといえばやっぱチューだよね! して! いま! ここで!」

 

「き、きす……?」

 

「ラストはなんとポイント3倍! 出来なければ一気にワタシの逆転勝ちだよ!」

 

「そ、そんなムチャクチャな⁉」

 

 

 ここまでの忍耐と苦労を消し飛ばされるような謎のポイントシステムが突然実装され、呆然としていた希咲は顔色を変える。

 

 

「まーまー。さっきお耳にしたみたいに、軽くチュってすればいいからさ?」

 

「かるくってそんなこと言われても……ちょ、ちょっと――」

 

 

 ゴニョゴニョと文句を言う希咲を弥堂の方に押しやる。

 

 

(この子流されやすくっておもしろ)

 

 

 そんな邪悪な考えを浮かべながら、マキさんはまたも勢いで押し切ろうとした。

 

 

 混乱する希咲は流されるがままに弥堂の身体に正面から押し付けられる。

 

 希咲がそこに入ってくると、弥堂は無意識に腕を回して彼女の身体を抱いた。

 

 

「な、なに抱きしめてんだこのやろー!」

 

「ん? なんでこうなってんだ?」

 

 

 昨日もわりと長時間彼女を抱きしめていたので、つい条件反射でやってしまったようだ。

 

 

「あんた、なんだって言いなりになってんのよ……」

 

「あ?」

 

 

 希咲の問いに何か適当なことを返そうとすると、彼女の背後にいるマキさんと目が合う。

 

 マキさんはなにやらパチンパチンっとウィンクで合図をしてきた。

 

 

(……あぁ。これで希咲が音を上げるだろうってことか)

 

 

 弥堂はそのように納得する。

 

 今日までの様々な場面での希咲の反応から考えれば、キスなんて彼女が受け入れるわけがないし、また耐えられるわけもない。

 

 

 キスを迫れば彼女は怒って逃げ出す。

 

 

 つまり、それでチェックメイトだ。

 

 

「――よし、するぞ」

 

「はぁっっ⁉」

 

 

 何故かノリ気な弥堂に希咲はびっくり仰天し、彼の腕の中で身体を跳ねさせた。

 

 

「ば、ばかじゃんっ⁉ しないから!」

 

「うるさい。抵抗をするな」

 

 

 弥堂は勢いで押し切ろうとうする。

 

 

「あんたなんでこういう時ばっか言いなりなの⁉ ホントはあたしにエロいことしたいだけでしょ⁉」

「キスくらい別にエロくないだろ。それに、そうだったとしても――自分の彼女にそうしたいと思うのは普通じゃないのか?」

 

「そ、それは……っ。でも、ほら。い、いろいろと順番とか……っ」

「よくわからんが、それなら前借りさせろ。後で帳尻を合わせてやるから、先に寄こせ」

 

「えっ……、えっ……⁉」

 

 

 希咲はこれからのことに現実味が感じられずにただ焦るばかりだ。

 

 

 彼の迫ってくる力の強さに、彼の本気さを教えられてしまう。

 

 昨日と同様に腰を腕で抑えられ、身体は密着したまま逃げられなくされた。

 

 

<七海ちゃん。ここは涙をのみましょう>

 

<ウソでしょ⁉>

 

 

 こんな状況なのに、何故かセコンドもタオルを投げてくる。

 

 

<これも水無瀬先輩のためです。それにヤリヤリギャルな七海ちゃんなら、チューくらい別に挨拶替わりですよね?>

<そ、そんなの……>

 

<ところで。ペンダントのカメラで二人の顔の横辺りから写してくれませんか? わたし最前列で鑑賞したいです>

<バ、バカじゃないのぉーっ⁉>

 

 

 どうやら望莱にも助けてくれる気はないようだ。

 

 そうして混乱している間に、その時はもう迫っている。

 

 

「――っ⁉」

 

 

 ふと見上げると、すぐ間近から目で目を見下ろされていて。

 

 たったのそれだけで希咲の身体は萎縮して、どうしていいかわからなくなってしまった。

 

 

(キ、キス……。ホントにしちゃうの……?)

 

 

 じわじわと現実味が追いついてくる。

 

 

(いくら愛苗のためだからって……。こんなところで……、こんなことで……? そんな風に、しちゃっていいの……?)

 

 

 するならどんな場面かと、具体的に決めていたわけではない。

 

 だが、こんな嘘の恋人ごっこで、まるで冗談のように軽く済ませてしまうなんて。

 

 そんなこともまるで考えていなかった。

 

 

(ど、どうしよう……⁉ てゆーか、こいつ。こんなんであたしとキスして、なんとも思わないの? あたしのこと、絶対に好きじゃないくせに……!)

 

 

 不安に揺れる瞳で弥堂の目を見ようとした。

 

 だが、視線はどうしても彼の唇にいってしまう。

 

 

(そ、そうだ。フリ……、フリよね……? こうやってギリギリまで追い詰めれば、あたしが逃げると思って……)

 

 

 そんな風に弥堂の意図を見抜いて、グッと目に力を入れて精一杯強気に彼の目を睨む。

 

 だが、希咲のその行動とは真逆に――

 

 

――弥堂の瞼は閉じられた。

 

 

(え――? ウソ? ホントにホンキ? そんなわけ――)

 

 

 心中で必死にその可能性を否定しようとしたが、その時――

 

 

 ふっと――唇に吐息がかかる。

 

 

 その知っている感触とニオイに――

 

 

 一瞬で記憶が呼び起された。

 

 

 思い出す。

 

 

 それは教室での昼休み。

 

 

 あの時もこうやっていきなり。

 

 

 こいつはこういうヤツだった――

 

 

 

 それを思い出した時、ほんの一瞬で希咲の中で何かが切り替わった。

 

 

 腰に当てられた弥堂の手を支点にして、背後に上体を折るくらいの柔軟性を発揮して背中を反らす。

 

 そのままバク転をするようにしてクルっと廻る。

 

 狭いスペースで身体を縮めながら膝を真上に振り上げて、クソ野郎の顎に叩きこんだ。

 

 

 それはどれほどの威力だったのか――

 

 弥堂の身体は真上に打ち上がり、希咲は一回転しながら拘束から逃れると同時に着地した足でグッと地面を踏む。

 

 

 そして――

 

 

 

「キスなんかっ――」

 

 

 弥堂を追って希咲もギュンっと空中に跳び上がり――

 

 

「するわけっ――」

 

 

 両の足首でガッチリと弥堂の首を挟み込みグルングルン横回転をし――

 

 

「ねぇーだろこのボケがぁーーーーッ!」

 

 

 ギュインっと全身のバネを総動員して弥堂をブン投げた。

 

 

 

 ブォンっと風切り音を鳴らしてぶっ飛んだ弥堂は、バッシャァーンっとド派手に水面を叩いて頭から噴水に突き刺さった。

 

 舞い上がって俄雨のように降り注ぐ水飛沫に、パパ活広場の人々は悲鳴をあげながら逃げ惑う。

 

 

「へぁ……?」

 

 

 突然の事態に呆けるマキさんの目の前に、希咲はスタっと華麗に着地する。

 

 

 そして――

 

 

 

 

「――うわぁーんっ! もうわかれるぅー!」

 

 

 昨日と全く同様に、七海ちゃんは泣きながら逃げて行った。

 

 

 マキさんはその背を見送りながらパチパチとまばたきをし――

 

 

「やばすぎ」

 

 

 ぽつりと戦慄を呟いた。

 

 

(ワンチャン嘘かもって思ったけど、あの頭のおかしさはガチでユウキくんの彼女ね……)

 

 

 ものスゴイ納得感に「うんうん」と頷きながら、噴水の方へ歩いて行った。

 

 

「よいしょっと――」

 

 

 噴水から生える弥堂の足を抱えて引っこ抜く。

 

 死んでたらどうしようと不安になるが――

 

 

「――お、俺の……、勝ち、だ……っ」

 

 

 視点の定まらない瞳で身体をフラつかせながら弥堂はそんな負け惜しみを口にした。

 

 そんなズブ濡れのジャージ男をマキさんはジト目で見遣った。

 

 

「ま、いっか――」

 

「あ?」

 

 

 フラフラとしている弥堂の腕をガッチリと捕まえる。

 

 

「なんの真似だ? 離せ」

「ダーメ」

 

「あ?」

「ユウキくん見かけたら絶対に連れてこいって、華蓮さんに言われてるのよね」

 

「なんだと?」

 

 

 先程のように弥堂の腕に抱き着いてマキさんは愉しげに笑う。

 

 

「着拒なんかするからだよ? 華蓮さんマジギレだったし」

 

「離せ」

 

「逃がしたらワタシが怒られちゃうし」

 

 

 そんな風に押し問答をしていると、突然噴水から水が噴き上がった。

 

 どうやら何処かに致命的な故障が生じたようだ。

 

 

 またも人々がわーきゃーと悲鳴を上げる中、マキさんも楽しそうに「キャー」と喚く。

 

 その声に弥堂は鬱陶しそうな顔をした。

 

 

「水かかってないだろ。叫ぶな」

 

「んー、そうだね。上からかかってはないね。でも、ほら?」

 

「あ?」

 

 

 マキさんは少しだけ弥堂の腕から身を離し、密着させていた胸のあたりを示唆する。

 

 

「あーあ。濡れちゃったー。どーすんのこれ? 思いっきりブラ透けちゃってるし」

 

 

 弥堂の腕に接していた部分のブラウスの色が変わっていて、そこから確かに赤い色の下着が透けていた。

 

 

「自分でくっついてきたのが悪いんだろ」

 

「ねー、乾くまで付き合ってよー。責任もってさー」

 

 

 言いながらまた腕に胸を密着させてくる。

 

 

「脱いだ方が速く乾くからさ。どっか個室にいこーよー?」

「どこに行く気だ」

 

「わかってるくせにぃー」

「店に行けばいいだろ」

 

「こんなに早い時間に開いてるわけないじゃん。華蓮さんだって来てないし」

「ふざけるな」

 

 

 弥堂は無理矢理にでも逃げようとしたが、希咲にやられたダメージが大きくて上手く力が入らない。

 

 それを察したのか、マキさんはニンマリと笑いながらスマホを出す。

 

 

「逃げたら華蓮さんにチクっちゃうよ? また違うJK連れてたって。写メ撮ったし」

 

「卑怯だぞ」

 

「ユウキくんに言われたくないなー。つか、早めに謝っちゃった方がいいよ? どうせいつも最終的には逃げられなくって謝るんだから」

 

「…………」

 

「ふふふ。でしょ? だから――ね……?」

 

 

 蠱惑的に耳元で囁かれ、弥堂は逃走を諦めた。

 

 

 

 こうして、自分の彼女に無理矢理キスを迫ったらボコられた挙句に逃げられ、別の女と個室に数時間籠った後に洋服を買わされ――

 

 最終的に弥堂はキャバ嬢に引き渡されて、オープン~ラストで説教をされることとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 一方――

 

 

『――もうまじむりっ!』

 

『まぁ。それは大変です』

 

 

 広場から逃げた少し後、希咲は自宅にて電話で望莱に泣きついている。

 

 

『彼氏じゃないのに! 好きでもないのに! キスしてこようとするとかマジありえないっ!』

 

『あの、七海ちゃん。マジ泣き中に申し訳ないのですが、実はお聞きしたいことが……』

 

『な、泣いてないもん……っ!』

 

 

 みらいさんは断腸の思いで聞くべきことを聞く。

 

 

『一応、せんぱいと物理的に接触しましたが、“マーキング”は……?』

 

『…………』

 

 

 受話口から聴こえていた、希咲のスンスンと鼻を鳴らす音がピタリと止む。

 

 みらいさんはこれ見よがしに溜息を吐く。

 

 

『わたしは基本的に推しを全肯定です。しかし、それでも時には心を鬼にして言わねばならない時もあります』

 

『な、なに……?』

 

『七海ちゃん。何しに行ったんですか?』

 

『うわぁーんっ!』

 

『ギャン泣きで草』

 

 

 責めるような言葉とは裏腹に、希咲が泣き出すとみらいさんは愉しげに笑う。

 

 

『まったく。クラスの男子とカフェでランチしながらお喋りしてきただけだなんて……』

 

 

 みらいさんは悩ましげに溜息を吐き――

 

 

『――七海ちゃんはPONです』

 

『うわぁーんっ!』

 

 

 幼馴染のお姉さんをイジメて「うふふ」とお淑やかに微笑む。

 

 

 お互いにいくつかの進展はあったが結局目的の達成はあやふやなままで。

 

 

 これにて弥堂と希咲のデートは、またも両者ノックダウンで終了した。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。